ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 迷宮都市オラリオでも屈指の人気を誇る酒場、その名も豊饒の女主人。大御所ファミリアから新米の冒険者まで、様々な人々がこの店を訪れる。今日は、遠征から帰還したロキファミリアの面々が打ち上げをしていた。

 遠征が無事成功したからか、まるでお祭りのような賑やかさだ。その中でもより一層賑やかなのは、アリマのいるテーブルだった。

 

「ねーねー、アリマ! IXAの代わりに傘でダンジョンに潜ったって本当なの!?」

 

 巷で流れているアリマについての噂話。尾ひれが付き、どこまで本当か分からないが、これを機会に確かめてみようとティオナが問いかける。

 

「何言ってるのよ。いくらアリマでも、さすがにそれは……」

 

 呆れた様子のティオネ。

 噂とは自然と尾ひれがつくもの。アリマの噂はただでさえ独り歩きしてるのだから、本当な訳がない。

 

「IXAの代わりにというか……。その日、IXAは調整中で、雨も降ってたから丁度良いなと思って」

(((何言ってんだこの人)))

 

 返ってきたのは肯定だった。しかも、よく分からない理由付きで。どうして雨が降っていたという理由が、傘でダンジョンに潜るという結論に結びつくのか。

 

「じゃあ、戦闘中に仮眠を取ってたのも本当なんですか!?」

 

 次いで、レフィーヤがずっと気になっていた噂話の真相を確かめる。

 

「眠かったからつい」

「ええぇぇ〜……」

 

 その飾りっ気のない返答が、逆に真実味を帯びさせた。

 

「あはは、見てるこっちは笑えなかったけどね……」

「まったくだ……」

 

 その話を聞いていたフィンとリヴェリアは苦笑いを浮かべる。

 思い出すのは、ある日のダンジョンに潜ったときの記憶の数々。

 アリマが悪ふざけで傘を持ってきたと思ったら、目や口といった粘膜を徹底的に突くという戦法で、モンスターを殲滅した。鈍器を強引に突き刺すというのだから、傷口が尋常ではないエグさだった。モンスターの阿鼻叫喚の嵐。思わず同情した者は少なくない。ちなみに、傘でもやはりアリマ無双だった。

 別の日。ある大型モンスターと戦っている最中、なんと立ちながら仮眠していた。その日の前日の晩、ずっとダンジョンに篭っていたから眠いという理由だった。ダンジョンから帰還した後、リヴェリアに説教されたのは言うまでもない。

 そんな調子で、アリマはほとんどの噂話を肯定し、実際に居合わせた団員たちが苦笑いを浮かべながら当時の光景を思い出す。宴会の時間はどんどんと過ぎていった。

 

「おいアイズ! あいつの話をしてくれよ! ミノタウロスに襲われて、腰抜かしていたガキの話をよぉ!」

 

 別のテーブルで、泥酔したベートがアイズに絡んでいた。よほど酒が入っているのだろう。店内に響く大声だ。アリマもジッと視線を投げかける。

 

「それならアリマに聞いて下さい」

「あいつに聞くなんざ死んでもごめんだ!」

 

 アイズは鬱陶しそうな目をしている。ここで引くのが正解なのだろうが、判断力を失っているベートは尚も絡み続ける。つれないアイズの反応に業を煮やしたベートが、さらに言葉を続けようとしたが——

 

「ああ、ベルのことか」

 

 アリマはジョッキに口をつけながら、ふと溢すようにそう言った。

 

「「「!??」」」

 

 アイズ以外の面々に衝撃が走る。

 運悪く口に飲み物を含んでいた者は噴き出してしまった。

 

「名前を聞いたのかい、アリマ!?」

「面白そうな子だったから」

「あのアリマが、面白そうって……!?」

「アアアアリマさんが目をかけるなんて、その人どんな化け物なんですか!?」

「いやでも、ミノタウロスを見て腰を抜かしていたって……」

 

 ダンッ、と机を叩くベート。その目には明確な苛立ちの色が見えた。

 

「何だよ、アリマ? そのガキを弱そうに見えた俺の目が節穴だって、そう言いてえのか!?」

「……?」

 

 アリマは不思議そうに首を傾げる。

 

「ベート、ベルを見たことないよね?」

「ぶっ飛ばす!!!!」

 

 アリマの指摘は尤もなのだが、このタイミングでは煽りにしか聞こえなかった。ベートの毛は逆立ち、瞳孔は完全に開いている。

 

「そうだな…… 久しぶりに組手しようか」

 

 音もなく机の上に跳び乗るアリマ。いつの間にやら、律儀に靴は脱いである。

 だから何故机の上に乗る!

 誰もが内心でツッコんだが、それを口にできる者はいなかった。

 ちなみに、アリマはロキファミリアの会議室の机の上で、何十回もアイズや他の団員と組手をしている。

 

「上等だこらぁ!!」

 

 ベートはベートで、机の上で戦うのに疑問を持たず、意気揚々と机の上に登った。

 息をつく暇なく、ベートは勢いよく踏み込み、アリマの顔面めがけて拳を突き出す。しかし、空振り。アリマはどこへ——?

 

「食べ物を粗末にするな」

 

 アリマはベートの背後にいた。

 その手にはサラダが盛り付けられた皿があった。あの一瞬で皿を取り、ついでにベートの背後に回り込むという無駄な神業。確かに凄いことには凄いが……。

 だったら初めから降りてやれ!

 誰もが内心でそうツッコんだが、やはり口にできる者はいなかった。

 

「んなろっ……!?」

 

 ベートは振り返った瞬間、宙を舞った。

 アリマに投げられたと気付いたのは、地面に叩きつけられた衝撃が走ってからだった。

 

「ガハッ!!??」

「上半身と下半身にラグがある」

 

 地面をのたうち回るベート。誰がどう見ても勝負ありだ。

 アリマは手に持つ皿を置き、軽やかに地面に着地する。自分の座っていた椅子に戻ると、ゆっくり腰を下ろす。

 この手の騒ぎは割と日常茶飯事なので、ベート以外の団員はすぐ宴会に戻る。

 ふと、アリマの肩に誰かの手が置かれる。アリマが振り返ると、そこには——

 

「当店での乱闘はご遠慮ねがいます」

 

 リュー・リオンがいた。豊饒の女主人に勤めるウェイトレスの中でも、彼女はトップクラスの腕っ節を誇る。つまり、この店で怒らせたらヤバい人である。

 物静かで、愛想があるとは言い難いが、今日はいつにも増して目が笑っていない。ガチギレである。

 

「貴方ももう30近い、いい歳した大人なんですよ? 机の上で喧嘩するなんて、行儀の悪い子供じゃないんですから。それに、貴方たちが乗ったテーブルは誰が拭くと思っているんですか?」

「すみません」

 

 申し訳ないと思っているのか、いないのか。無表情で頭を下げるアリマ。

 

「次やったら、ベートさん諸共出禁にしますからね」

「はい」

「俺もか!?」

 

 そう言って、リューは他の客の方へと向かった。年下のウェイトレスに説教される冒険者たちの憧れ、アリマ。皆の彼を見る目は、妙に生温かいものだった。

 

「ほんで、キショウ。そのベルっちゅーやつはどないやつなんや?」

 

 好きな子の名前を聞き出そうとする悪ガキのような顔で問い詰めるロキ。しかし、アリマはロキの方を見もせずに、静かに口を閉ざす。

 ロキファミリアではお馴染みの光景だ。

 アリマは名前を呼ばれることを嫌がる。とにかく嫌がる。ロキファミリアの団員たちにも、名前を呼ばせない徹底っぷりだ。

 そんな中、ロキだけがしつこく名前で呼び続けた。面白がってのことではなく、少しでもアリマと打ち解けたいという理由で。

 最初の方こそ苗字で呼んでくれと言っていたアリマだったが、しつこいロキに耐えかねたのか、ついにキショウと呼ばれるに限り無視をし始め、今に至る。

 

「……あーもう! 分かった分かった! どないやつなんや、アリマ!」

「俺と同じ白い髪で…… あ、そこにいる子かな」

「は?」

 

 アリマは一番端のカウンターの席に指差した。導かれるように、店にいる全員の目がその一点に集中する。

 そこにいたのは、不自然なくらいに身を屈めている少年だった。アリマと同じ、雪のように白い髪の少年。

 そう、ベル・クラネルだ。

 

(アリマさん……!!!)

 

 気づかれた。気づかれてしまった。

 ダラダラと、誰が見ても心配になる量の汗をかくベル。

 実は、ロキファミリアよりもずっと先に席に着いていた。アリマとアイズに挨拶するべきか迷っていたら、いつの間にか出るに出られない状況となっていたのだ。

 先ほどまでどんどん膨らんでいたベル・クラネルという虚像。実際は弱いのだ。どうしてアリマが目をかけてくれたのか、自分でも分からないくらいに。エイナの話を聞いた直後は自分にも才能があるのだと浮かれたが、才能という目には見えないもので驕れるはずも、自信がつくはずもない。

 アリマに目をかけられている筈の自分が、自分よりも遥かに強い冒険者たちの前に立つのが恥ずかしい気がした。だから、じっと息を潜め、やり過ごそうと思っていたのに。

 

「見た所、普通の少年だが……」

「あぁん? ただのガキじゃむぐぅ!?」

「はいはい、ややこしくなりそうだから少し黙っていようね」

 

 困惑の声があちこちから上がる。ベル・クラネルの評価が等身大の、ちっぽけなものへと縮んでいく。

 本当にあいつなのか? アリマさん、人違いをしているんじゃないか? あんな弱そうな奴なのに。

 騒めきの中、ベルは確かにそんな声が聞こえた。聞こえてしまった。

 

「っ……お釣りはいりません!!」

 

 財布の中にあった全ヴァリスをカウンターの上に置き、ベルは逃げ出した。今はただ、一刻も早くここを離れたかった。

 

「あらら、帰りおった……」

 

 アリマはやはり何を考えているのか分からない目で、ベルが逃げて行った先をじっと見ていた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ベル君が逃げた後の空気が、なんかよく分からないものになっている。まあ、それはどうでもいい。

 問題なのは、逃げ出したベル君のフォローをすべきか否かだ。彼、意外と繊細…… いや、おじさんにデリカシーがなかっただけっすね。彼の心情を例えるなら、「次やってくる転校生、今年のジュノンボーイに似てるらしいよ!」「えー! ほんとー!?」なんて噂が流れているクラスに突撃する普通の転校生だ。

 前世の俺だったら軽く死ねる。今世は有馬さんの姿だから堂々とできるけど。うーむ、申し訳ないことをした。やっぱ追いかけた方がええんかねぇ?

 ……うん、追いかけよう。ちょうど良い機会だ。こういう経験は良いバネになる。ベル君を徹底的に鍛えよう。有馬さん式の超スパルタ虐待スレスレメソッドでな!

 席から立ち上がると、みんなが一斉に俺の方へと視線を走らせた。

 

「どこに行くんや、アリマ?」

「ちょっと外に」

「……あの子の所なんか?」

「ああ」

 

 どこにいんのかなー、ベル君。ドラマや漫画なら、こういう時は公園のブランコに座っているのがお決まりなんだけどなぁ。

 

「待てよアリマ!」

 

 今度はベートが声をかける。なんすか?

 

「納得いかねえ、納得いかねえぞ! どうしてお前が、あんな雑魚を気にかけるんだ!」

 

 どうしてって、そんなの——

 

「強くなるから」

「……!!」

「いつかきっと、俺を——」

 

 おっと、危ない危ない。つい口を滑らせる所だった。

 勿論、言葉の続きは『俺を殺せるくらいに』だ。早く「やっと何か残せた気がする」って言いたいぜ!

 あっ、いけね。顔がにやけてた。無表情・無感動が基本の有馬さんだ。こんな些細なことで笑ってちゃいけない。

 なんか宴の空気が更に変になったけど、知ったこっちゃないです。俺はさっさと豊饒の女主人を後にし、ベル君を捜しに行った。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ロキファミリアの誰もが思う。アリマと随分長い間寝食を共にしてきたが、笑った彼を見たのは初めてだと。

 しかし——

 

「笑っていた、んだよね……?」

「うん、多分……」

「でも、でも……! あんな、あんな冷たい目で人って笑えるんですか……!?」

 

 笑みと称していいのだろうか。

 まるで、闇夜に紛れて獲物の魂を刈り取ろうとする死神のような、どこまでも冷たく、暗い目。それとは対照的に、まるで母親の腕に抱かれて眠る子供のように、どこまでも穏やかに綻んでいた口元。陰と陽。光と闇。一緒くたに混ざり合い、奏でる不協和音。

 そのときのアリマは、どんなモンスターなんかよりも恐ろしく、不気味だった。誰かが言っていた。人は正体不明のモノに相対したときこそ、最も恐怖を感じると。

 

「アリマ、君は……」

 

 フィンが険しい表情で、そう呟く。

 ロキファミリアの団長を務める彼は、武勇は勿論、頭のキレも並み居る冒険者とは大きく隔絶している。人心掌握のスキルも高く、ファミリア間での交渉役に駆り出されるのは決まってフィンだ。言葉の節々や、何気ない行動から、相手の本心を見抜いてきた。

 しかし、アリマの事となれば別だ。彼が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか、何も分からなかった。

 そう、あの笑顔を見るまでは。ほんの一端だけだが、キショウ・アリマの心に触れることができた。できてしまった。

 奥底にあるのは—— 利己心。悪意なんて少しも混じっていない、ただただ純粋な利己心。フィンには、それが何よりも恐ろしく感じた。立場上、何度も負の感情に触れる機会はあるが、こんなのは初めてだ。

 このままでは、取り返しのつかない何かが起きてしまうのではないか——?

 

「フィン」

 

 ロキの声がフィンの思考を遮る。

 普段のおちゃらけた彼女からは想像もつかない哀しい顔をしていた。

 

「信じてやってぇな、キショウを。そりゃあ、ちょっと不思議なとこはあっけど、悪い奴やないってのはあんたも知っとるやろ?」

 

 アリマがいたからこそ、命を拾えた団員は山ほどいる。その事実は、ロキファミリアの団長であるフィンが誰よりも分かっている。

 

「彼は何度もファミリアの団員を救ってくれた。団長である僕が、その事実を誰よりも知っている。信じたい気持ちは当然あるよ」

 

 だけど、どうしてもアリマへの不安が拭い切れない。

 いつかきっと、俺を——。

 その言葉の先に何があるのか。アリマの漆黒の目には、ベル・クラネルの姿がどのように映っているのか。それは主神のロキですら分からないし、予想できない。

 こんな空気で宴会の続きなどできるはずもなく、このままお開きとなった。アリマが心中でごめんねと謝ったのは別の話である。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ギルドの更衣室。ようやく本日の激務から解放され、眼鏡を外し、私服姿へと戻ったエイナがいた。

 今日も精一杯働いた。自分へのご褒美に晩酌でもしようかな。そう思っていたが……。

 

「エイナ…… 名指しのお客様が受付にいるの。ちょっと出てくれない?」

 

 同僚のミィシャがサービス残業事案を引っ提げて来た。

 

「ええー、今日の仕事はもう終わりよ。明日にでも来いって言っておいて」

 

 事前に言われるならまだしも、仕事が終わった後というタイミング。流石のエイナも難色を示す。

 

「無理! それだけは絶対無理!! というか、絶対に行った方が良いよ! 人生でまたとない機会だから!」

 

 いつになく強い語調のミィシャ。仕事を手伝ってと泣きつかれたとき以上の気迫だ。

 

「どうしたのそんな興奮して。一体誰が来たの?」

「わ、私の口からじゃとても……! とにかく、行けばすぐ分かるわ!!」

「はぁ、仕方ないわねぇ。すぐ行くわ」

「なるべく早くね! それじゃあ、他のお客さんを待たせているからこれで!!」

 

 更衣室から去ったミィシャ。

 やれやれと溜息を吐き、受付嬢の制服に着替え直す。こんな時間に名指しするなんて、非常識な奴に違いない。どんな冒険者が相手だろうと、小言の一つや二つは言わないと気が済まない。

 

「こんばんは」

「アリマさああああああん!!!??」

 

 が、そこにいたのは白い死神。彼の姿を脳が認識した瞬間、思考が一気にショート寸前まで陥る。小言の一つや二つなんて、言える訳がない。

 

「わ、私ったら大声を…… 失礼しました」

 

 こほんと咳払いをし、どうにか思考を落ち着かせる。

 それにしても、キショウ・アリマが自分に用事があるなんて。そんなこと露ほども想定していなかった。

 

「君が一番ベルと仲が良いと聞いた。心当たりがあるなら、今ベルがいそうな場所を教えてほしい」

「べ、ベル君ですか!?」

 

 思わず声を荒げ、目を見開く。ベルの言葉を信用していなかった訳ではないが、その衝撃はやはり大きい。

 

「あっ、ちょっと待ってください!」

 

 そういえば、他の職員からベルが思い詰めた表情でギルドに来ていたと聞いた。もしかしたら、まだダンジョンに潜っているかもしれない。ダンジョン出入管理名簿を捲り、ベルの名前を探す。

 しばらく手を進めると、エイナの予想通り、名簿一覧にベルの名前が紛れていた。

 

「やっぱり。ベル君は今、ダンジョンに潜ってますね」

 

 その言葉を聞いたアリマは、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「ダンジョンに行く。手続きを」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 第6階層。人型の黒い影の魔物、ウォーシャドウたちに囲まれながらも、ベルはたった一人で奮戦していた。

 無数の黒い腕が迫る。ときに直撃しながらも、どうにかそれを躱し続ける。

 突き刺し、斬り払い。その小さなナイフは的確にモンスターの急所を捉える。

 刃に乗せる感情は怒り。他の誰かにではなく、どうしようもない自分自身への。

 

 

 ——勘違いしていた。

 

 

 ——アリマさんに認められた。たったそれだけで、強くなった気でいた。弱い自分と決別できた気でいた。

 

 

 ——本当に僕は強いのか? なんて滑稽な自問。強い訳ないだろう。アリマさんに認められても、何もしなければ弱いままだ。

 

 

 

 ——戦え。戦え。戦え。戦え。

 

 

 

 ——戦わなければ、強くなれない!

 

 

 

「うおおおぉぉぉおおお!!!!」

 

 

 

 どれだけの時が過ぎただろうか。

 辺りには沢山の魔石が転がっている。

 ベルは血まみれになりながら、壁伝いに出口へと歩いて行く。魔物の血なのか、自分の血なのか分からない。きっと、自分の血も多量に混ざっているだろう。

 視界がクラクラする。立っているのも限界だった。地面に自分の体を預ける。

 瞼が重い。このまま目を閉じてしまえば、どれだけ楽だろうか。しかし、ダンジョンで寝るなんて自殺行為と同義だ。アリマ? あれは例外である。

 だけど、ほんの少し。ほんの少しだけ。

 自分の方へとやって来る足音に気づかず、ベルは深い眠りについた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 結局、エイナは帰ることができずに、そのままギルドに残っていた。アリマは兎も角、ベルのことが心配でならない。Lv7の冒険者が後を追ってくるなんて、只事ではないに決まっている。

 そろそろ帰ってきても良い頃合いのはずなのだが、一向にその気配はない。既に普段着に着替え、受付の角にあるソファーに座りながら待ち続ける。

 ……。

 …………。

 

「はっ!?」

 

 気づけば、ソファーで横になっていた。時計の針も大分進んでいる。いつの間にか寝てしまったらしい。

 

「ベル君とアリマさんなら、まだ帰っていませんよ」

 

 夜勤のギルド職員がそう言う。

 

「いつになれば帰ってくるのよ……」

「エイナさん、明日も仕事ですよね? そろそろ帰った方が良いのでは?」

「ここまで来れば待ち続けるわ。どうせ、今帰っても寝られないし」

 

 そのまま、エイナはアリマとベルを待ち続ける。太陽が少しだけ顔を出し、空が白んできた。とうとう日を跨いだ。しかし、帰ってくる気配はなし。まさか、本当に何かあったのか? 嫌な予感ばかりが胸を過る。

 

「っ!」

 

 誰かが太陽を背に歩いてくる。逆光で誰かは分からない。

 背丈から察するに、大人。少なくとも少年ではない。

 

「あれは…… アリマさん!」

 

 その人物の正体はアリマだった。

 白髪の少年—— ベルを肩に担いでいる。明らかにグッタリとしている。意識がないのか、それともまさか……。

 

「ベル君、大丈夫!?」

 

 思わずギルドを飛び出し、駆け寄るエイナ。

 手に触れることができる距離まで近づくと、寝息が聞こえてきた。よくよく見れば、呼吸に合わせてベルの身体が上下している。寝ているだけだと分かり、ふぅと安堵の息を漏らす。

 

「良かった、無事そうね……」

「ずっと待っていたのか?」

「は、はい。心配だったので、帰るに帰れなくて」

「そうか。優しいな、君は」

「や、優しいだなんてそんな……」

 

 アリマの思わぬ発言に顔を赤くする。

 これが他の冒険者なら、ありがとうと言って微笑み返せるのだが、アリマが相手だとそうもいかない。オラリオ最強の一角にそんなことを言われると、半端なく照れる。

 エイナのそんな様子に気づいているのか、いないのか。アリマは周りを見回していた。

 

「すまない、ベルのホームを知りたいんだが」

「あっ、ベル君のホームですか? 確か、あっちの方にある廃墟みたいな教会って言ってましたけど……」

「そうか、ありがとう」

 

 アリマは背を向け、エイナが指差した方向へと歩き出した。

 だんだんと遠くなっていく背中を見て、ふとエイナは思う。髪の色が同じというのもあるが、アリマがベルに接する態度がまるで——

 

「親子みたいね……」

 

 ——父親のように感じたから。




今更ですがちゃんと有馬さんできてるか不安なこの頃です。
明日も更新いたしまする。

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