ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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借血

 

「2人に話したいことがある」

 

 アリマはそう言いながら、ジッと2人を見据えた。自分とラウルだけが残されたのはつまりそういうことだと、ティオナは朧げながらに察していた。

 

「俺の命はもう長くない」

「……は?」

 

 今、アリマは何と言った? アリマの言葉を理解してしまった瞬間、自分の足元がガラガラと音を立て、崩れ落ちるような感覚がした。

 アリマが死ぬ。ずっとずっと憧れていた、誰よりも強いアリマが。

 そんなことを突然言われても、受け入れることなんてできるわけがない。

 

「……な、何を言ってるの? こんなときに冗談を言うなんて、笑えないよ?」

 

 感情の色を窺わせないアリマの目は、このときだけ申し訳なさそうに揺らいでいた。

 

「ティオナ、アリマさんは冗談を言わない」

「っ!!」

 

 ラウルはいつも通り、淡々としている。

 しかし、ティオナにはそう振舞うことなんてできなかった。

 

「……お前、さてはニセモノだな! アリマが死ぬなんて嘘を言って、動揺させようと!」

 

 分かっている。本物だなんてことは。ロキファミリアの精鋭たちを一瞬で葬るなんて、アリマ以外にできるわけがない。

 それでも、そう言わずにはいられなかった。ほんの少しの希望にしがみつきたかった。

 

「すまない」

 

 アリマのたった一言。そのたった一言が、どうしようもない現実を突きつける。

 

「……どういう、ことなの? 全部話して、アリマ」

「ああ、勿論」

 

 アリマのこの話に、どうしてロキファミリアを裏切ったのか、どうして冒険者になったのかの答えが隠されている。ティオナはそう感じ取った。

 そしてとうとう、アリマの口が開かれる。

 

「俺は人間じゃない。モンスターと人の血が半分ずつ受け継がれている半人間だ」

「!?」

「異端児。知性のある、人と近しい存在のモンスターだ。彼らはこのダンジョンの奥に隠れ住んでいる。その内の1人が、俺の父だ」

「ま、待ってよ! そんなこと、急に言われても……」

「だが、俺自身は普通の人間と変わりない。少しばかり常人より高い身体能力と、短い寿命以外は。俺は、失敗作なんだろうな」

 

 モンスター。寿命。失敗作。アリマから語られる言葉の数々は、ティオナの許容範囲を優に超えていた。

 

「何故、先が長くないとお分かりなんです?」

 

 ラウルがそう尋ねると、アリマは視線を落とし、自分の右手をジッと見つめた。

 

「俺の右目は、最早何の像も映していない」

「……!」

「緑内障という。本来、老人がかかる病気だ。俺の肉体は既に老人のそれなんだろう。保ってあと2年…… いや、1年だろうな」

「そんな…… 1年だけなんて……」

 

 右目が見えないなんて、ずっと一緒にいるのに全く分からなかった。そんな状態なのに誰にも悟られず、冒険者としてひたすら戦っていたというのか。

 驚愕と共に、アリマの異変に気づけなかった自分に怒りを感じる。

 

「ティオナ、少しいいか」

 

 アリマがティオナに歩み寄る。そして、ジッとティオナの顔を見つめた。

 

「顔をよく見せてくれ。俺の左目も、徐々に機能を失いつつある。最期に、君の顔を一目見ておきたい」

 

 若くして徐々に、そして確実に朽ちていく肉体。それを体験するアリマは一体、どんな気持ちを抱えているのか。ティオナには想像できなかった。

 

「何で、そんなこと…… そうだよ、人間には無理でも、神様ならその病気を治せるよ! ロキにかけあえば、きっとどうにか……!」

「無駄だ。俺のこの体は病気じゃない。ただ、朽ちる寸前なだけだ。病気は治せても、人の寿命をどうにかすることはできないらしい」

「でも、冒険者になれば、寿命が伸びるって……」

「その結果がこれなんだろう。この体も、よく今まで保ってくれたと思う」

 

 気づけば、ティオナの頬には涙が伝っていた。今になってようやく、本当にアリマと向き合えた気がした。それが嬉しくもあり、悲しくもあり。

 

「どうしてそんな大切なこと、みんなに黙っていたの……」

「すまない。みんなに打ち明けることは、どうしてもできないんだ」

 

 アリマはさらに言葉を続ける。

 

「異端児たちの願いは、地上に出ることだ。そのために、俺の父は世界中の人間を屈服させようとしている。きっと人間は自分たちを受け入れることができないと、あらゆる手段で異端児を排斥するだろうと、あの男はそう考えている」

「では、アリマさんはその手伝いをするために?」

「ああ、その通りだ。力をつけるために、俺は冒険者に── ロキファミリアに入った。裏切るのは、最初から決まっていたことだ」

「アリマさんがロキファミリアを抜けた理由は分かりました。ですが、何故それを俺たちに話してくれたんです?」

 

 ラウルのその問いかけに、アリマは少しだけ黙り込んだ。

 

「……君たちの力を貸してほしい」

「……アリマさんの、本当の目的にですか?」

 

 アリマはこくりと頷く。

 

「俺は父のやり方に賛同していない。このままでは、人間側に多くの血が流れる。そんなことでは、人間と異端児は分かり合えない。きっと、戦いはいつまでも繰り返される。俺の本当の目的は、異端児と人間を共存させることだ」

「……それが、アリマの本当の目的」

「勝手な頼みとは分かっている。それでも──」

「分かりました」

 

 あっさりと、まるで普段のアリマの頼みを聞くように、ラウルはアリマの頼みを引き受けた。

 

「……ありがとう、ラウル」

 

 アリマは悲しそうに、それでいて嬉しそうに微笑んだ。

 

「いえ」

 

 ラウルは表情を崩さない。そのはずなのに、ティオナにはラウルが悲しんでいるように見えた。

 

「ねえ、アリマ。もう1つだけ聞いていい?」

「何だ」

「どうして私たちに、その話をしてくれたの? アイズたちにも話してあげた方が……」

「……2人なら、俺の頼みを引き受けてくれると思ったんだ。それに、アイズたちは人間側の戦力として必要だ」

 

 自分はアリマに信頼されているから、この場に立っている。

 アリマの命を懸けた覚悟。そして信頼。ティオナの答えは決まった。それを聞かされて、断れるはずなんてない。

 

「……私も、私もアリマを手伝う。だけどゴメン。ほんの少し、ほんの少しでいいから気持ちを整理する時間が欲しいの」

 

 アリマがロキファミリアから抜けた理由は納得がいくものだった。

 しかし、アリマが死ぬのは。寿命が残されていない点だけは、どうしても受け入れられない。

 

「ああ、ゆっくり考えるといい」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ダンジョンの18階層。その階層は数少ないセーフティーポイントであり、迷宮の楽園と呼ばれている。

 しかし、今この瞬間、楽園とはかけ離れた事態が巻き起こっていた。

 

「ははははは歯歯歯歯歯!!!」

 

 支離滅裂な言葉を呟きながら、幽鬼のような足取りで接近する人間。その腕には、爪のような物体が形成されている。

 勢いよく振り下ろされた爪を、リヴィラの街の顔役であるボールスは剣で受け止める。

 

「う、うわあああ!!!」

 

 複数の冒険者が闇派閥の人間に斬りかかる。肩から肺に、脇腹に、腕に、それぞれの剣が食い込んだ。

 それでも闇派閥の人間は倒れない。

 

「このっ…… 化け物が!!」

 

 体勢が崩れた隙に、力任せに押し返す。

 地面に倒れた闇派閥の人間は、すぐさま何事もないように起き上がった。

 突如現れた闇派閥の人間の襲撃。いや、人間と呼んでいいのか。全員が全員、酷く錯乱した状態で── まるで、オラリオを襲撃した実行犯の1人、ゲド・ライッシュのような状態だった。

 1人1人の力がLv3相当はある上に、化け物染みた回復能力を盾に無茶苦茶な攻撃ばかりしかける。

 アリマの襲撃に備えるために、名有りの冒険者たちがリヴィラに滞在している。数ではこちらが圧倒的に上だが、それでも戦況は闇派閥の人間に傾いていた。

 必然的に、リヴィラの街にいた冒険者たちは一箇所に固まった。どうにか守りを固めているが、それを破られるのも時間の問題だ。

 

「くそがっ……!」

「やばいですよ、ボールスさん……! 俺もう、体力が限界ですぅ……!」

「馬鹿野郎! 気張りやがれ、俺1人であんな化け物相手にできるわけねえだろ!」

 

 このままでは、殺される──。

 闇派閥の人間が再度襲いかかろうとしたその瞬間、闇派閥の人間が吹き飛んだ。そのまま地面を何度も跳ね、建物の壁にぶつかる。

 闇派閥の人間はそのまま起き上がらなかった。さっきの一撃で、簡単には回復できないダメージを負ったのだろう。

 

「大丈夫ですか!?」

「ベル・クラネル……」

 

 自分たちを救ったのは今やオラリオでも上位に食い込む実力者、ベル・クラネルだった。

 

「皆さんは下がっていてください! ここは僕が引き受けます!」

「おい聞いたかオメェら、尻尾振って退散するぞ!」

「「「へい!」」」

 

 一見薄情とも思えるほどの即断。

 ベルが来たということは、第一級冒険者たちもようやく加勢に来たということだ。撤退したのは、彼らの足手まといになると判断してのことだった。

 

「これも、アリマさんが……」

 

 ベルは周りを見渡す。

 リヴィラの街はあちこちが破壊され、道端には冒険者の死体が転がっている。

 ここにアリマがいるはず。根拠はないがそう確信しているベルは、リヴィラの街を駆け抜けた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 18階層の襲撃に、当然ロキファミリアの面々も応援に駆けつけた。

 その中でティオネは1人、リヴィラの街を駆けた。そう、妹であるティオナを探すため。

 ここに妹がいるとは限らない。それでも、何かせずにはいられなかった。

 

「邪魔だあ!!」

 

 力任せの一撃で、立ち塞がる闇派閥の人間たちを殴り飛ばす。

 ただ前へ、ただ前へと進む。鬼神のような歩みを見せる彼女が、ピタリと足を止めた。

 

「ティオナ!」

 

 見間違いようのない巨大な武器、大双刃を携えているティオナがいた。俯いているせいで、表情は窺えない。

 無事で良かった。そう思い、駆け寄ろうとした── が、足が動かなかった。

 ティオナから発されているのは、敵意。無防備に近づけば、容赦無く大双刃の一撃を見舞われるだろう。

 

「何のつもりなの、ティオナ! 武器を捨てなさい!」

 

 その言葉を聞き、ティオナは顔を上げた。

 

「っ!」

 

 その顔は今にも泣きそうなものだった。

 

「下がっていろ、ティオナ」

 

 聞き覚えのある声が響く。

 音もなく、建物の陰からアリマが現れた。その手にはIXAが握られている。

 まるで庇うように、アリマがティオナの前で佇んだ。

 ティオナは黙って頷くと、そのままティオネから逃げるように駆けて行った。

 ティオネは妹は追わなかった。アリマから逃げられるわけもない。何より、妹よりもまず目の前のこの男に用ができてしまって。

 

「あの子が、自分の意思であんたの側に付いたのなら、私は何も言わない。あの子はもう子供じゃないから」

 

 静かにそう語るが、その言葉には抑えきれない怒りが溢れていた。

 

「だけど、あんな顔をしているなら話は別だ……! あんた、私の妹に何をした!!」

「……」

「答えろ、キショウ・アリマァ!」

 

 ピリピリと空気が震える。並みの冒険者では、怒りに当てられ立つことすらままならないだろう。

 

「君に話す必要はない」

 

 プツリと、ギリギリで感情を堰き止めていた何かが切れた。

 勢いそのまま、アリマに斬りかかる。煮えたぎる心とは裏腹に、身体は冷静に動く。

 アリマは表情1つ崩さず、ティオネのナイフを容易く避ける。

 2つ分のLvの差なんて埋めようがない。相手にならないのは分かっている。たった1人でアリマと対峙した時点で、詰みだ。それでも、こうして戦うしかなった。

 

「……」

 

 アリマは明らかに手を抜いている。いつでもIXAの一突きで殺せるはずだ。しかし、まるで何かを待っているように回避に徹していた。

 

「ティオネ!」

 

 単独で行動したティオネを追いかけていたアイズが現れた。

 

「アイズ!?」

「……」

 

 次の瞬間。

 ティオネの体にIXAが突き立てられた。

 

 




 お待たせしました。
 ここで一つお知らせが。誠に申し訳ありませんが、ちょっとリアルが忙しいので、しばらく更新できないです。早くて半年、遅くて一年は更新できないっす。みなさん、気長にお待ちいただければ幸いです。

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