ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 かっこ悪くても、かけ


g.t

 

 腹部に広がる熱。刺されたと理解するのに、時間はいらなかった。

 普通なら、痛みと絶望で心を挫かれるだろう。しかし、彼女は選りすぐりの女戦士だ。腹部を貫かれたくらいでは、決して彼女の闘争心を失わせることはできない。

 IXAを掴もうと手を伸ばしたその瞬間、ティオネの体は地面に倒された。背中から突き抜けていたIXAの切っ先が地面に沈んでいく。

 

「抜けないっ……!?」

 

 IXAを掴み、引き抜こうとする。しかし、IXAはピクリとも動かない。まるで地の底まで根を張った大木のようだ。

 ティオネには知る由もないが、IXAの刀身は遠隔操作により、枝分かれして地面深くに差し込まれている。ここら一帯を持ち上げるほどの怪力でなければ、IXAを引き抜くのは不可能だ。

 ティオネを地面に縫い付けたアリマは、無言のままアイズに向き直った。その手に武器は握られていない。

 

「……アイズ、逃げ、なさいっ……!」

 

 ティオネは掠れた声で叫ぶ。

 確信を持って言える。ロキファミリアの団員であろうと、アリマは容赦無く刃を振れると。

 説得は無駄だ。ましてや、戦おうとするのは愚の骨頂だ。

 

「……いやだ。待ってて、ティオネ。今助けるから」

「〜〜っ!」

 

 ティオネの想いに反して、アイズは首を横に振るった。

 仲間を置いて逃げるなんて、絶対にできない。

 アイズはデスペレートを構えながら、アリマを見据える。彼の目は普段と何ら変わりない。ずっとずっと、隣で見ていたそれと同じだった。

 

「私たちに戦い方を教えてくれたのはアリマだったね。アリマにとっては何気ないことかもしれないけど、私は全部覚えているよ。剣の握り方も、間合いの取り方も、稽古の帰りにじゃが丸くんを買ってくれたことも、全部」

 

 アイズの剣術の基礎となっているのはアリマの教えだ。

 だが、アイズだけではない。アリマは主に刀剣を使うだけであって、弓や斧でも一流以上に使いこなせる。アリマの教えを受けた者は多い。

 それでも、アイズにとってその記憶は戦い方を教えてくれた以上に意味があるものだった。宝物として大事に記憶している。

 

「私は、アリマのことを家族だと思ってるよ。ロキファミリアのみんなだって、きっと私と同じ気持ち。そして、今でもその気持ちは変わらない」

 

 アイズはアリマのことをいつか越えるべき壁であり、父親のような存在だと感じていた。

 それでも、ティオネを助けるため。そして、アリマを連れ戻すため。アリマに刃を向ける。

 

「アリマ、力づくでもあなたを連れ戻す。どうしてこんなことをしたのか、全部話してもらうから」

「……」

 

 武器を持っていなくとも、アリマは遥か格上。勝機は万が一より低いかもしれない。だから、全力の更に上を──!

 

「テンペスト(目覚めよ)」

 

 その言葉が紡がれると同時に、アイズの周囲に風が吹き荒れる。

 エアリアル。アイズにだけ使える、風を纏う魔法。その威力は凄まじく、風を受けただけで並みのモンスターはバラバラになるだろう。

 

「いくよ……!」

 

 風を纏った最高速度の踏み込み。一瞬でデスペレートの間合いまで距離を詰める。

 

「はぁ!!」

「……」

 

 しかしアリマはそれより速く、なおかつ最小限の動きでアイズの剣を躱し続ける。

 

「あぅっ!!?」

 

 剣を振り切ったその瞬間、自分が後方に吹き飛んだ。腹部に鈍痛が疾る。何が起きたのか理解できない。

 吹き飛ばされながら一瞬前を思い返す。

 先ほどの剣を振り切った瞬間、アリマの腕がブレた気がした。アイズが知覚できない速度で拳を振るい、エアリアルの上から無理やり叩きつけたのだろう。そうとしか考えられない。

 

「やっぱり、強い……」

 

 アリマがIXAを── いや、小ぶりのナイフでも持っていたら、勝負は決まっていた。

 体勢を立て直し、地に足を着ける。

 なんて高い壁。アリマが素手であっても、その上テンペストまで使っても、まだ届かないというのか。

 

「……テンペスト(吹き荒れろ)!」

 

 生半可な攻撃をしても、さっきの繰り返しになるだけだ。それなら最大出力に賭けるしかない。

 しかし、テンペストの最大出力の後は、それ相応の負担が体に跳ね返ってくる。正に大博打だ。

 暴走と呼んでも差し支えない、これまでとは比にならない風が吹き荒れる。それらを全て推進力に利用して、剣を前に突き出しながら突進する。

 地面が削れ、礫となって宙に舞う。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 繰り出されたのは、階層主すら葬る必殺の一撃。

 圧倒的な風の奔流が、アイズとアリマの姿を呑み込んでしまう。

 ティオネが見た限りでは、どんなつもりか知らないがアリマは避ける素振りを全く見せなかった。まず間違いなく、リル・ラファーガは直撃したはずだ。

 これだけの威力。もしかしたら、アリマを倒せたかもしれない。

 風の奔流が収まる。ティオネが目にしたのは、現実とは思えない光景だった。アリマはデスペレートの刃を指で掴み、受け止めている。

 

「っ!?」

 

 アリマはそのまま剣を引っ張り、アイズの体ごと引き寄せる。そして、空いている手で剣を持つ右腕を掴んだ。

 ──パキリ、と。

 乾いた音が嫌に大きく体の中で響いた。遅れてやって来る、燃えるような痛み。玉ような汗が額から浮き上がる。

 

「つうっ!!?」

 

 声を押し殺し、デスペレートを落とさないよう気合いで柄を握る。

 後方に跳び、距離をとる。アリマは追撃しようとせず、ただ黙って見ていた。

 目線を落とすと、アリマに掴まれた箇所は青紫色に腫れ上がっていた。完全に骨が折れている。

 

「っぅ、はずれろ、はずれろおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 ティオネは怒りで目を見開きながら、無理やりでもIXAを引き抜こうとする。しかし、IXAはピクリとも動かない。

 

「……」

 

 アリマはやはり、感情の色を窺わせない黒い瞳で2人を見ていた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 巨大な竜巻が発生し、木片が吹き飛ぶのがベルの目に映った。黒いゴライアスのときと同じだ。あそこにアリマがいると、ベルには不思議とそんな確信を持てた。

 その場所に向かい、走る。

 走ることしばらくして、進行方向に人の気配があるのを感じ取った。

 人影が見えたとき、ベルは思わず足を止める。白いコートを纏い、フードを被っている謎の人物がそこに立っていた。

 敵── しかも、これまで相手にしてきた怪人とは違う。佇まいだけで、強いとハッキリ分かる。

 白いコートの人物はある武器を構えた。しかも、それは見覚えのある武器で。

 

「その剣…… ナゴミ……!?」

 

 どういうことなのか思慮を巡る暇もなく、白いコートの男が迫る。

 防御── ユキムラを両手で持ち、振り下ろされるナゴミを受け止める。途方もない威力。足元の地面が衝撃に耐えきれず、クレーターのように凹んだ。片手で受け止めていたら、まず間違いなくユキムラごと持っていかれていた。

 鍔迫り合いの中、ベルはフードの中を垣間見てしまった。その顔は果たして、行方不明となっていたラウル・ノールドその人だった。

 

「……ラウル、さん!?」

「……」

 

 問いかけに帰ってきたのは、抉るような蹴りだった。ナゴミを受け止めるだけで精一杯のベルに躱す術などあるはずなく、そのまま直撃する。

 

「かはっ……!?」

 

 肺の中の空気が絞り出されるような感覚。

 地面を転がりながらも、どうにかして態勢を整える。

 

「ここを通りたければ、俺を斃してみろ」

「そんなこと、急に言われても……! ラウルさん、どうしてこんなことを!?」

「アイズ・ヴァレンシュタインとティオネ・ヒュリテが、彼と交戦している。アリマさんを師事した君も、この意味が理解できるはずだ」

「!?」

 

 身体の芯まで冷えるような感覚が襲う。最も多くアリマに殺されかけたベルだからこそ、事態の重さを正確に把握できた。

 

「どうしても、戦わなければいけないんですか……?」

「ここで立ち止まるか、俺と戦うかだ。どちらかを選べ」

「……」

 

 アリマの右腕というのが、ラウルに抱いている率直な印象だ。ラウルが何かするときは、決まってアリマが関わっていた。だから今、ラウルが刃を向けているのはのはきっと──。

 

「通らせてもらいます、ラウルさん……!」

「そうだ、それでいい」

 

 この先にアリマがいる。それなら、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 再びラウルが仕掛けてきた。最短の距離で肉薄し、お手本のような淀みない一閃を繰り出す。

 後方に跳び、どうにかそれを躱す。ラウルの攻撃を受け止めれば、さっきのようにその衝撃で致命的な隙を晒してしまう。受け止めるという選択肢を捨てるしかない。

 ラウルは即座に地を蹴り、ナゴミの間合いまで身体を運ぶ。

 ラウルの嵐のような斬撃を掻い潜る。

 やはり、逃げるのは無理だ。絶対に逃してなるものかというプレッシャーがある。絶対に背は見せられない。

 ラウルの動きは、ベル以上にアリマのそれに近い。一挙一動に全身全霊で注意を向けなければ、次の瞬間には一刀両断されているだろう。

 

「ファイアボルト!」

 

 掌から放たれた炎が、雷のような軌跡を描きながらラウルを襲う。

 しかし、ラウルは必要最低限の動きでそれを躱す。やはり、ファイアボルトでは牽制程度にしかならない。

 右手にユキムラ、左手にヘスティアナイフを携える。攻撃の手数を増やし、無理やりにでも攻勢に回らなければ。

 今度はベルがラウルに近づき、ユキムラで斬りかかる。しかし、ナゴミで軽くいなされ、流れるような動作で反撃に回られる。

 反撃し、躱し、反撃し、躱し。薄い糸を渡るかのような極限状態が続く。二刀流のベルは軽業師のようにトリッキーに動き、ラウルは堅実かつ合理的に動く。

 甲高い金属音が鳴り響く。均衡を破ったのはラウルだった。ユキムラがベルの手から離れ、遠くへと弾き飛ばされる。

 

「っ!?」

 

 反射的に、弾き飛ばされたユキムラに目がいってしまう。

 その隙をラウルが見逃すはずもなく。

 

「あっ」

 

 ナゴミが振り下ろされる。

 肩から腰まで斬り裂く、容赦なき一閃。

 鎧が砕け、血潮が飛び散る。

 

「……ぅぐ!?」

 

 恥も外聞もなく、ただ全力で後方に跳ぶ。

 傷は深くない。まだ、辛うじて動ける。ヴェルフの防具の性能に助けられた。以前の装備だったら、まず間違いなく致命傷だろう。

 

「防具に助けられたか」

 

 完全に距離をとったときには既に、躯骸再生により傷が塞がっていた。実質的なダメージはないが、精神的なそれは否定できない。

 

「超再生…… そうか、そういう能力か」

 

 息つく暇もなく、ラウルが仕掛ける。

 更に的確に繰り出されるようになったラウルの斬撃。

 躱し切れず、一太刀ごとに決して浅くない傷が刻まれる。

 ラウルの猛攻を耐え抜き、どうにか距離をとるのに成功する。攻め疲れたのか、ラウルは追撃せずに様子を見ている。

 新たな傷を負うごとに、その治りがどんどんと遅くなっている。気づけば、回復が追いつかずに、足元には大きな血溜まりができていた。

 

(やっぱり…… 強いや。だけど、この先にアリマさんがいるなら…… 負けるわけには、いかない!)

 

 技術も、地力も、全てラウルが上だ。それでも負けたくない。ラウルを越えた先に、アリマがいるのだから。

 ベルのその想いに応えたかのように、清廉な鐘の音が身体の内側から響いた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

「英雄願望か」

 

 全身を蒼白く輝かせているベルを見ながら、ラウルは極めて冷静にナゴミを構え直した。

 英雄願望の効果は知っている。体力と精神力を対価に力を蓄積し、次の行動で解放するというスキルだ。

 ベルはこのスキルで、数多の格上を下してきた。しかし、それは相手がこのスキルの存在を知らないという前提での話だ。

 威力が上がるなら、速さが上がるなら、それを踏まえた上で間合いを測ればいいだけのこと。

 武器を構えながら、ベルがチャージを終えるまで待つ。

 今すぐにでも攻撃をしかけ、チャージする暇を与えないのが合理的だ。しかし、それでは意味がない。

 アリマが言っていた。ベルの全てを引き出し、その上で本気で戦ってくれと。ベルの越えるべき壁として、自分は戦っているのだ。アリマが自分をLv5のままでいるよう指示したのも、きっとこの日のためなのだろう。

 アリマの指示を── いや、頼みを、全身全霊で成し遂げる。だからこそ、わざとベルに負けてやる気持ちは微塵もない。

 

「──行きます」

 

 ベルの空気が変わった。仕掛けるつもりなのだろう、その目に覚悟の色が見える。

 正しい判断だ。長期戦になれば、地力で劣るベルに勝ち目はない。

 

「ああ、来い」

 

 瞬間、空を切る音。猛スピードで投擲された漆黒のナイフを目に捉える。

 驚きはすれど、防げない攻撃ではない。ナゴミの刃の平の部分でヘスティアナイフを弾く。

 そして、違和感。違う、威力が軽すぎる。黒いゴライアスを葬った英雄願望の威力が、この程度のはずがない。考えるまでもなく、この攻撃は陽動──。

 

「!」

 

 辺りに視線を走らせるが、ベルはどこにもいない。

 ぞわりと、真上から気配を感じた。

 顔を上げれば、右拳に青白い光を溜めながら落下するベルの姿が見えた。

 ナイフを止めるのに意識が引っ張られる瞬間、自分の真上へと跳んだのだろう。

 人というのはどうしても、真上への警戒が疎かになってしまう。しかし、気づけなかったのは単純に自分の落ち度だ。

 まだまだ鍛錬が足りないな。己の未熟を恥じながら、ラウルは振り下ろされるベルの拳を受け入れた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ラウルの右頬に拳を突き立て、そのまま殴り抜ける。ラウルは吹き飛び、受け身も取れずに地面を転がった。

 地面に着地した瞬間、英雄願望の反動がやって来た。ズシリと身体が重くなる。

 全てを出し尽くした。地面に横たわるラウルを見る。どうか気を失ってくれと願う。ラウルがまだ立てるなら、もう諦めるしかない。

 

「……見事だった」

「!」

 

 仰向けになって倒れているラウル。しかし、今確かに彼の声が聞こえた。

 英雄願望の反動と、これまでのダメージでボロボロになった体を引き摺りながら、ラウルに近づく。

 ラウルは右頬を腫らしながら、しかしどこか満足そうな表情で天を仰いでいた。

 

「通れ。この先にアリマさんがいる」

「やっぱりそうなんですね。ラウルさん、これもアリマさんの指示ですか?」

「……いいや、少し違う。指示じゃない。お前と戦ってほしいと頼まれたんだ」

 

 指示と頼み。その二つには、アリマとラウルにとって大きな隔たりがあるのだろう。

 

「ありがとう、ございました」

 

 ラウルに向かって深く頭を下げる。この非常事態にあり得ないことかもしれない。しかし、ラウルとの戦いは殺し合いというより、稽古をつけてくれたような感覚だった。

 

「……礼なんていい、行け」

 

 そんなラウルの言葉を聞きながら、アリマのいる場所へと走った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 アイズのリル・ラファーガを目にしたロキファミリアの団員たちは、その場所で何かあったのだと悟った。

 怪人もどきは、オラリオを襲撃した実行犯の1人── ゲド・ライッシュと比べると、強さは格段に劣る。少なくともアイズなら、エアリアルを発動するまでもなく斬り伏せられるだろう。

 つまり、エアリアルを発動したならまだしも、リル・ラファーガを使用したということは。

 フィン、リヴェリア、ベートの精鋭メンバーは自ずとその場所に集まった。

 

「これは……!?」

 

 そして目にする。かつての仲間であり、英雄でもあった男が引き起こした惨劇を。

 

「アイズ!」

 

 アイズがアリマの手によって首を掴まれ、宙に持ち上げられている。

 

「みん、な……」

 

 今にも消え入りそうなアイズの声。

 アリマはフィンたちの存在に気づくと、そのままアイズを放り投げた。ベートが慌ててアイズを受け止める。

 

「ぐっ……!?」

「おいアイズ、無事か!?」

 

 右腕が青紫色になって腫れている。剣を握ることすら、今の状態では不可能だ。

 ふつふつと、マグマのような怒りが腹の底から湧き上がる。

 

「許さねえ…… 許さねえぞ、アリマァ!!!」

 

 アリマは顔色一つ変えずに、ただベートの怒りを一身に受け止める。

 

「……許す、か。この世の不利益は全て当人の力不足。アイズがそうなったのは、彼女が俺より弱いから。或いは── 君が駆けつけるのが遅いからじゃないか?」

「──!」

 

 ぶっ潰す。そう決意したベートを、アイズが肩を掴んで止める。そして、自分のことなんてどうでもいいと言わんばかりに首を振った。

 

「待って、ベートさん……! 私のことは…… いいの……! それより、ティオネを……!!」

 

 アイズの視線の先には、赤い血溜まりのできた地面に仰向けになって倒れるティオネの姿があった。腹部にはIXAが突き刺さっている。

 

「ティオネ!!?」

 

 アリマはティオネに突き刺さったIXAを引き抜くと、彼女の腕を持ち、アイズのように再び放り投げた。

 フィンは槍を捨て、ティオネを受け止める。息はある。しかし、腹部からは血が湧き水のように溢れ、意識を失ってしまっている。

 

「リヴェリアぁ!!」

「分かっている!」

 

 ティオネ本人の回復力と、リヴェリアの回復魔法の相乗効果により、だんだん傷が塞がっていく。

 一先ず、これで失血死の心配はなくなった。手持ちのポーションを飲ませて、体力の回復を図る。

 続いて、アイズの腕にポーションをかける。痛々しい青紫色の腫れがだんだんと引いていき、元の白い肌に戻ろうとしている。

 2人の治療を終えたリヴェリアは、射抜くような視線をアリマに向けた。

 

「アリマ、貴様は…… どうして今まで慕ってくれたこの子たちを傷つけ、そんな平気な顔でいられるんだ!」

「……」

「まただんまりか……! どこまで私たちを馬鹿にすれば気がすむ! 話してくれなければ、何も分からないだろう!」

 

 怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった、リヴェリアの悲痛な叫び。しかし、アリマはそれに対して言葉を返すどころか、眉一つ動かさない。

 

「無駄だ、リヴェリア。アリマは何も喋らないよ。そういう奴だって、ずっと前から知ってるだろう?」

「っ、だが!」

「アリマはもう、許されない罪を犯してしまったんだ。この行動にどんな理由があろうと、僕はもうアリマの弁論を聞くつもりは微塵もない。彼はもう、越えてはいけない一線を越えてしまった」

 

 フィンは傷ついたティオネを優しく地面に寝かせながら、その行為とは真逆の底冷えするような声で告げる。

 

「アイズ、まだ戦えるかい?」

「……ごめん、なさい。私一人じゃ、ダメだった」

「いいや、良くやってくれたよ。たった一人で、僕らが来るまでよく持ち堪えてくれた。アイズ、もう少しだけ力を貸して欲しい」

 

 フィンは地面に投げ捨てた槍を拾う。

 

「殺す気でいくよ。それが、今までお前と共に戦ってきた僕の── ロキファミリアを率いる者としてのケジメだ」

「ああ、それでいい」

 

 アリマはいつの間にか手に持っていたアタッシュケースから、ナルカミを取り出した。

 IXAとナルカミ。その二つを携えたアリマから、どんなモンスターとも比較にならない膨大なプレッシャーを感じる。

 

「リヴェリア、詠唱を始めろ! ベート、アイズ! 僕と一緒に前衛を張れ!」

「言われなくてもォ!」

「……ああ」

 

 ベートとフィン、アイズは同時に地面を蹴り、アリマに接近する。

 三方向から繰り出される脚撃、槍撃、斬撃。しかし、アリマは完全にそれらを躱し、あるいは受け止める。

 アイズが背中に回り込み、剣を振るっても、アリマは顔すら向けずにナルカミで受け止める。

 至近距離で放たれるベートの連続蹴り。アリマは最初からどの位置に来るか分かっているかのような動きで躱し続ける。

 フィンの風のような速さの突きでも、アリマは片手間でIXAで受け止める。

 何故、これで当たらない。アリマ以外のこの場に居る者全員が、同じ感想を思い浮かべる。

 3人の攻撃が止まったコンマにも満たない瞬間。それと同時に、IXAとナルカミが空を切った。いっそ見惚れてしまう鮮やかな剣捌き。

 ベートを、アイズを、次いでフィンを吹き飛ばす。

 

「づっ!?」

「がっ!?」

 

 アリマは間髪入れずにリヴェリアにナルカミの刃先を向ける。瞬間、ナルカミの雷が襲う。

 

「──ッ!?」

 

 詠唱しながら走る。

 リヴェリアにとって平行詠唱は難しいことじゃない。しかし、アリマのナルカミを避けるとなると話は別だ。

 猟犬のようにリヴェリアを追いかけるナルカミ。ローブの端を掠る。このままでは逃げ切れない。しかも、それは下層モンスターを葬る致死の一撃。

 

「らぁっ!!!!」

 

 ベートの連続蹴りがナルカミを消滅させる。

 本来なら、ナルカミに触れた時点で即アウトだ。しかし、彼の履くミスリル製のブーツは特殊武装、フロスヴィルト。魔力を吸収する特徴を持っている。

 吸収したのはたった一条の雷。それだけで、フロスヴィルトは悲鳴を上げている。なんて密度の魔力だと、戦慄を覚える。

 

「次はねえぞぉ、さっさと決めやがれ!」

 

 リヴェリアは杖先をアリマに向ける。ベートがナルカミを防いでくれたその間に、魔法の詠唱が完了した。

 ゆらり、と杖先が揺れる。最大出力の魔法。これを放つのはつまり、かつての仲間を殺そうとするのと同義だ。

 本当にいいのか──? そんな自問自答を、心の奥底に押し込める。

 

「レア・ラーヴァテイン!」

 

 感情を切り離し、その魔法の名を呼ぶ。

 展開された魔法陣から焔が放たれる。そのまま一直線に、アリマに吸い込まれた。

 一点集中の焔。その一撃は階層主でも灰すら残さず焼き尽くす。いくらアリマでも、無傷とはいかないだろう。

 しかし、まだだ。アリマを倒すには、これだけでは足りない。

 

「アイズ!」

「エアリアル!」

 

 アイズのエアリアルが空気を送り、焔は更に激しく燃え上がる。

 

「やったか……!?」

 

 焔が消える。

 彼らが目にしたのは、IXAの防壁を展開したアリマの姿だった。

 

「無、傷……!!?」

 

 リヴェリアの最大出力の魔法。そして、アイズのエアリアルによる威力の底上げ。それを真正面から受け止めて、傷一つ負っていない。

 

「アアアァァァ!!!」

 

 絶望に呑まれそうになった3人を、フィンの叫び声が現実に引き戻す。

 まるで獣のような動き。凶猛の魔槍を使ったのだと、何度となくフィンと共に死線を越えてきた2人は悟った。

 

「……」

 

 凶猛の魔槍は理性を引き換えにして、身体能力を大幅に上昇させるスキルだ。この状態のフィンは、平時の状態のオッタルに追随する身体能力を得る。

 しかし、相手は白い死神── キショウ・アリマだ。フィンの動きよりも速く、なおかつ洗練された動作で、初撃でフィンの懐へと入り込む。

 アリマからしてみれば、多少身体能力が上がりはしたが、動きが雑になっただけ。凶猛の魔槍は愚策と称せざるを得ない。

 しかし、その愚策を逆転の一手に変えるからこそ、フィンは勇者の二つ名を神々に贈られた。

 放たれるIXAの刺突に脇腹を少し抉られながらも、刀身を腕と体で挟み込む。

 フィンは強靭な精神力で、現在本能に従い好き勝手に動いている肉体に、一つだけ仕事を課した。それは、1秒でもいいからアリマの足を止めること。

 ベートのフロスヴィルトがナルカミの雷を吸収した瞬間、フィンはこうすると決めた。

 

「おおおぉぉぉ!!!」

 

 ベートは眩い雷を纏いながら、アリマに飛び蹴りを叩き込む。

 隙さえ作れば、彼がそうしてくれるとフィンは分かっていた。

 18階層に、遠雷が落ちたような音が響いた。




【朗報】ベル君、七夜習得

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