ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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笑む眠り

 

「──ッソが……! クソがああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ベートが顔を歪ませる。そこから感じ取れるのは絶望。無力な自分への憤り。そして、絶対強者に対する一種の尊敬の念。

 もう二度と訪れないであろう千載一遇のチャンスは、ナルカミのナックルガードにヒビをいれるだけで終わった。

 ナルカミの防御性能も十分におかしいが、それ以上におかしいのはアリマの筋力だ。全身全霊をかけたベートの一撃は、間違いなく人生で最高の威力を誇っていた。それを表情一つ変えず、片手で受け止めたのだ。

 

「ナルカミ」

 

 怒りが一瞬で引き、本能が今すぐ離れるよう警鐘を鳴らす。

 まずい、離れ──。

 

「ガッ……!!??」

 

 しかし、雷が奔る速度に敵うはずもなく。ナルカミから放たれた電撃が、容赦なくベートの肉を焦がした。黒い煙を吐き、糸が切れた人形にように地面に吸い込まれていく。

 

「っ、オオオオオォォォォ!!!」

 

 本能で仲間が倒されたと感じ取ったのか、フィンが雄叫びを上げながら槍の穂先を走らせる。

 しかし、槍が貫いたのは虚空だった。

 するり、とフィンの背後に回っていたアリマ。

 瞬間、フィンの肩から腰にかけて血潮が飛ぶ。膝を着き、そのまま地面に倒れる。

 ショートしたように、ナルカミの刀身に電気が漏れている。アリマはナルカミに少し目を落とした後、躊躇なくナルカミを地面に捨てた。

 

「……」

 

 ゾッとするような冷たい目がリヴェリアとアイズに向けられた。次はお前たちだと、そう言っている。

 待っているのは、全滅という末路。それを避けるため、リヴェリアはある決意をした。

 

「アイズ、3人を連れて逃げろ。私が殿を務める」

「……いやだ! 私は、大切な人を失くしたくないから強くなった! ここで逃げたら、あの日の私と何も変わらない!」

 

 アイズは普段では想像もつかないほど感情を露わにして、リヴェリアの言葉を拒絶する。まるで、駄々をこねる子供のようだ。だからこそ、リヴェリアは毅然とした態度を崩さない。

 

「聞きわけろ! 4人がかりで敵わなかったんだ、私たちだけで何ができる!」

「だけど、アリマと戦ったらリヴェリアは──!」

 

 その言葉の先は、リヴェリア自身が一番よくわかっている。

 

「……アイズ、今あの3人を救えるのはお前だけなんだ。頼む、行ってくれ」

 

 アイズだって分かっている。本当は分かってしまっているのだ。リヴェリアを殿に、自分が倒れている3人を連れて逃げるのが、一番多くを救う方法だと。

 

「私が魔法の連射で隙を作る。アイズはエアリアルで3人を運び、ここから離れてくれ」

「…………ごめん、なさい」

 

 リヴェリアの言葉を否定することができず、やっと出てきたのは謝罪の言葉だった。

 

「謝ることなんてない。むしろ、そうしなければならないのは私の方だ。辛い役目を押し付けてしまって、本当にすまない」

 

 呪文を唱える。魔法陣が展開され、無数の火炎弾が放たれる。

 大半の冒険者にとっては、一発一発が必殺のそれ。砲弾よりも遥かに高い威力を秘めている。

 

「行け、アイズ!」

 

 しかし、アリマは歩みを止めない。IXAを振るう風圧だけで火炎弾を掻き消しながら、一歩一歩近づいてくる。

 足止めにすらならない。だが、それでいい。アリマの背後で、アイズがベートとフィン、ティオネをエアリアルで運びながら逃げようとしている。

 アリマがそれに気づいている様子はない。このままアイズたちが離脱できるまで、精神力が底を尽こうとも魔法を撃ち続け──

 

「遠隔起動」

 

 飛来する火炎弾を一つずつ避けながら、聞き慣れた単語を呟いた。

 IXAの刀身が消える。アリマが得意とする、地面から杭のようにIXAの刀身を伸ばす中距離攻撃だ。

 身構えるリヴェリア。しかし、その狙いは彼女ではなく──

 

「っ!!??」

 

 IXAの刀身がアイズの右足を貫いた。

 

「アイズ!?」

 

 アリマは気づいていたのか──!?

 目すら向けずに攻撃を当てるなんて──!?

 それよりも、アイズを助け──

 リヴェリアの脳内に様々な思考が飛び交い、彼女が判断を下すよりもずっと早く、アリマはアイズの真横に立った。

 

「うっ……!?」

 

 IXAの柄でアイズの後頭部を叩く。

 アイズはそのまま気を失い、地面に倒れる。エアリアルも解除され、宙に浮いていたフィンたちが地面に投げ出された。

 リヴェリアを無視してアイズを狙ったアリマの行動は、彼女の覚悟を嘲笑うのと同義であり──

 

「ぁ…… ぁぁぁぁぁぁああああ、あああありまああああああああああ!!!!!!!」

 

 びちゃり、と血が飛び散る音がした。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 トんでいた意識が戻ると、たった1人でリヴィラの街を歩いていた。

 あれほど酷かった傷は治っていて、口の中には鉄のような味がした。

 目的も曖昧に歩き続けた。胸に燻る不安を掻き消すように。

 開けた場所に出ると熟し、腐れた花のような匂いがして。

 花壇の真ん中に誰か立っていた。

 ……誰が語るでもなく、彼が名乗るわけでもなく。揃える気がないパズルが独りでに完成していくように。ただその姿を見ただけで僕は──

 

「……」

 

 ロキファミリアの白い死神。無敗の冒険者。

 ──相手が何者なのか理解した。

 

「…アリマ………さん…」

 

 

 

 

 死神が、立っていた。

 

 

 

 

 ──どうして美しいものは、生よりも死を連想させるのだろう……。

 僕は不思議とアリマさんを、綺麗だと思った。

 意識を奪われた僕は、眼下の景色の正体に気づいていなかった。

 それは、花などではなく。

 血で濡れたアイズさん、フィンさん、ベートさん、ティオネさん、リヴェリアさんだった。

 1人でやったのか?

 他の誰かが見たら、信じられない光景に映るかもしれない。だけど、僕にはこの光景をすんなりと受け入れることができる。

 白い死神の二つ名を贈られた意味を、僕は誰よりも知っているから。

 どうして僕はこの場所に来たのか。僕は今になってそれを理解した。

 確かめたかったのかもしれない。アリマさんが僕らを裏切ったという実感はまるでなく、今の今まで幻のように不確かなものだったから。

 だけど、目の前の光景が無口なアリマさんに代わって物語っている。キショウ・アリマは僕らを裏切ったのだと。

 哀しみ、怒りよりも湧き上がる感情は── 絶望。だって次は「僕の番」だ。

 一歩一歩、靴の音を響かせながら近づいてくる白い死神。明確な死が迫っているのに、僕の足は少しも動かない。

 逃げる? 戦う? 自分が何をすべきなのか、もう何も分からなかった。

 

「ごるぽ」

 

 アリマさんは僕が選択するまで待つようなことはしない。

 アリマさんが僕の横を通り過ぎてやっと、僕の体に数え切れないほどの裂傷が刻まれたとことを理解した。

 傷の痛みで頭がとろけそうだ。再生するたびに、ぼくのたいせつななにかがなくなっているきがする。

 

「……傷が。そうか」

「……ぁぃま…………… ぃま、あぃま、ざああああぁぁぁぁ! ぁ!!! あ! ぁ」

 

 ぼくをきずつけるわるいひとに、ぼくはけんをふるった。

 だけどやいばはあたらない。ゆうれいみたいにとおりすぎるだけ。なにとたたかっているのか、ぼくはわからなくなってきた。

 

「ぼごふっ」

 

 おともなく、白い影はぼくのよこをとおりすぎた。

 いたくていたくて、ぼくはたっていられなかった。ひんやりとしたじめんが、ねつにおかされてるぼくのからだをさましてくれて、ここちよさをかんじました。

 

「っ、あっ……」

 

 しせんのさきには、とてもきれいなひとがねむっていた。

 このひとは── この人は、アイズさん。

 アイズさんの呼吸を感じる。アイズさんはまだ死んでいない。いや、ここに倒れている人たちは、誰一人として死んでいない。

 とろけている場合じゃない。立て。走れ。僕が戦わないと、みんな死んじゃう。

 

「おおおおおおおおお!!!!」

 

 両足が僕の想いに応えてくれた。足元の感覚が覚束なけど、確かに立っている。

 ふと、鐘の音が聞こえた。

 英雄憧憬。強敵との戦いには、何度も僕のことを助けてくれたスキル。

 僕の体力、精神力が青白い光となり、ヘスティアナイフに溜まっているのが分かる。

 アリマさんは立ち止まり、ただジッと鐘の音を聞き入っていた。チャージが限界まで達するのを待つように。

 

「……ダンジョンにいると外の天候が分からない。日付の感覚も鈍る。だが、もうすぐ日付が変わる頃だろう」

「……なに、を」

「ここは18階層。ここから、冒険者を出す事はできない。お前は、これ以上進めない」

 

 アリマさんが言葉を終えると同時に、チャージが限界まで達した。

 今の僕に、アリマさんの言葉を理解する余裕はなかった。本能に導かれるまま、僕は弾かれるようにしてアリマさんのいる場所まで走った。

 

「ぁぁああああああああああ!!!」

 

 強大な力がヘスティアナイフを握る右腕に渦巻く。

 流れる力に身を委ねて、ヘスティアナイフを前に突き出す。

 岩盤を叩いたような鈍い音が響く。

 大きな黒い壁に阻まれ、ヘスティアナイフは止められてしまった。

 空耳と間違えそうになるほど小さなヒビ割れる音が聞こえた。よく見れば、IXAの防御壁に小さなヒビが入っていた。

 ──届かなかった。僕の渾身の一撃はアリマさんには届かなかった。

 

「やるな、ベル・クラネル」

 

 ──冷たい手で、背中をなぞられるような感覚がした。

 アリマさんは嬉しそうに微笑んでいて、僕にはそれがとても恐ろしく感じた。

 それが最後に見た景色であり、聞いた声で。

 腹部に強い衝撃が走る。そして、後からやってくる浮遊感。

 重力に引かれて落下してく中、蓄積されたダメージと英雄憧憬の反動で、僕の意識は完全に刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──IXAの防御壁を損傷させるとは思わなかった」

 

 アリマはそう言いながら、倒れているベルを見下ろす。その手には、形状が歪んだIXAが握られている。

 

「……そうだな」

 

 飛び散ったIXAの破片が頬を切ったのだろう。ほんの少しだが、アリマの左頬に血が流れている。

 

「新しいクインケが要る」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ギルドの地下には、祈祷の間と呼ばれる場所がある。

 そこには地下故に一切の陽の光は届かず、ユラユラと踊る燭台の蝋燭の炎が唯一の光源となる。蝋燭の炎は大理石で造られた美しい壁と、部屋の奥にある巨大な石造りの玉座を照らす。

 その玉座に座すは、オラリオの影の支配者である神ウラヌス。老齢を感じさせない鋭い眼で、闇の中をジッと見つめていた。

 コツ、コツと足音が聞こえる。ウラヌスに会いに来る人物など、神を含めてもほんの僅かしかいない。

 

「貴様がウラヌスか」

 

 闇の中から現れたのは、ウラヌスが知る者ではなかった。

 体格から察するに男だろうか。フードを被っているせいで、顔を窺うことはできない。

 体格からして人間── それも、大人の男なのだが。

 

「人間…… いや、その異様な雰囲気。まさか異端児か?」

「異端児…… リドたちと遭遇したとき、俺たちをそう称したようだな」

「その名を知るのは、やはり……。だが、解せんな。貴様のような完全なヒト型がいるという報告は上がらなかった」

「同然だ。貴様らに全てを明かす義務はない」

 

 侵入者がフードを取る。

 青年と呼んでもギリギリ差し支えのない、精悍な顔立ちだった。外見だけなら、人間と何ら変わりない。

 

「一応、自己紹介をしておこう。俺の名は── いや、隻眼の黒竜とだけ言えば十分か」

「!」

 

 隻眼の黒竜。かつて、ゼウスファミリアとヘラファミリアを壊滅させた最強のモンスター。その存在は謎に包まれ、30年前を最後に目撃例は一度もない。

 ウラヌスにも下界の存在の嘘を見抜く能力が備わっている。

 目の前の男の気が狂っているなら話は別だが、ここに辿り着いた時点でそれは有り得ない。

 

「一連の事件の黒幕は、キショウ・アリマと思っていたが…… どうやら違うらしいな」

「その通りだ。キショウは俺の指示に従って動いているだけ。俺の存在が露見しないよう、仮初めの王として動いてもらった」

「我らの監視を掻い潜るため、ダンジョンに潜んでいたということか。しかし、如何にしてこのオラリオに辿り着いた?」

「人造迷宮からだ。立ち塞がる障害は、俺とキショウが破壊させてもらった」

 

 人造迷宮の壁は超硬金属、そして最硬金属でできている。何でもないように言ってはいるが、力づくで人造迷宮を破るのが、どれだけ異常なことなのか。

 これ以上の質問は許さないとばかりに、隻眼の黒竜の双眸が紅蓮に染まる。

 

「今更、腹の探り合いは無意味だろう。手っ取り早く要件を言おう。賢者の石を寄越せ」

「!」

 

 隻眼の黒竜が紡いだ言葉は、ウラヌスにとっても予想外のものだった。

 

「貴様、どこでそれを知った」

「長い年月をかけ、手段を選ばなければ、いずれは真実に辿り着くものだ」

 

 確かに、ウラヌスは賢者の石を持っている。しかし、どこからその情報が漏れたというのか。この事実を知るのは、ウラヌスともう一人の男しかいない。

 

「卑金属を金属に錬金する媒体。永遠の命を与える至高の霊薬。賢者の石は様々な効力が伝えられている。だが、それらは本来の効果の副産物に過ぎない。超常の力を以って、賢者の石は真の効力を発揮する。それは── 生命の創造」

 

 この者は、どこまで知って──!?

 いっそ、目の前の異端児が得体の知れないナニカにさえ思える。

 

「何故そこまで知っている。その事実を知るのは、神の中ですらごく一部なのだぞ」

「実際に立ち会ってしまったからな。嫌でも分かってしまう」

「……貴様は、何者なのだ?」

「何者、か。俺は何故モンスターが現れたのか、何故ダンジョンができたのか、全て知っている」

「!?」

「もう何万年も昔になるな。その当時、この地には強大な王国があった。その国の王はたった一代で瞬く間に領土を広げ、この大陸を支配した」

 

 何万年。ウラヌスのような古い神でさえ、まだ生まれていない遥か昔だ。

 嘘は言っていない。だが、どうして隻眼の黒竜は古代よりも遥か昔の時代を知っているのだろうか。

 

「しかし、王は歳を重ね、とうとう病に倒れてしまった。世界を統一した王であろうと、時の流れには逆らえなかった」

 

 ウラヌスの心情など気にせず、隻眼の黒竜はさらに言葉を続ける。

 

「そこで、王国に仕える魔術師たちにある命令が下された。不老不死の術を開発しろ、とな。世界を統べた王国に仕える魔術師だ。誰も彼も、不出世の天才と呼ぶに相応しい者たちだった。それでも、彼らは不老不死の術を作るには至らなかった。だが、天啓…… いや、悪魔の囁きだな。王は貴様ら超越存在から、賢者の石の製造方法を教わってしまった」

 

 これまでとは比にならない驚愕が襲う。長い長い時間の中で、こんな感情を味わったのは初めてかもしれない。

 話が見えてきた。見えてきてしまった。

 もしウラヌスの予想通りなら、モンスターは人類の敵などではない。

 

「賢者の石の材料は生きた人間。王はそれを知りながら、賢者の石を作り上げた。俺たち国民を不老不死の礎としたのだ。そうして出来上がったのが、賢者の石という名のダンジョンだ」

 

 隻眼の黒竜から語られる人の罪。そして、神々の罪。

 

「王は確かに、命を永らえた。モンスターを生み出す装置の核と化してな。王は特別だった。生まれつき精霊の力を操り、数々の武功を打ち立てた。賢者の石が真の力を発揮するだけなら、精霊の力で十分に能う。だが、あの有様では死んだ方が遥かにマシだったろう。同情はしないがな」

 

 モンスターは── いや、彼らは、神々の娯楽の犠牲となった被害者なのだ。

 

「賢者の石は肉体を生み出し、内包する俺たちの魂を入れ込んでモンスターという人類の敵を完成させる。モンスターとして死ねば、魂は賢者の石へと送還される。反吐が出るほど合理的なシステムだ。賢者の石に囚われた人々は、永遠にそのサイクルから逃れられない。元より、この世界にモンスターなぞ存在しなかった。納得するだろう、モンスターがお前らを憎む理由が。当然だろう、モンスターがダンジョンから脱しようとするのは」

 

 そう語りながらも、隻眼の黒竜はどこか他人事のように冷めた面持ちだ。

 

「運命の悪戯なのか、俺だけが全部覚えていた。いや、覚えていたというより、知っていた。感情と切り離された知識が、頭の中に残っている。だが、記憶の中にある怒りは前世の俺のものだ。貴様ら神々に対しても、俺たちを生贄にした王にも、怒りや憎しみは湧いてこない。それでも、誰かがやらなければいけない。この狂った世界を、跡形もなく壊さなくてはいけないのだ。賢者の石の力を反発させ、ダンジョンに囚われた人々の魂を解放する。それが俺の目的だ」

「……分からんな。貴様の言った通り、賢者の石の真価を引き出すには、我らと同じ超常の力が必要だ。貴様のような者に協力するほど殊勝な神などおるまい」

「そんなことは百も承知だ」

 

 隻眼の黒竜から、部屋全体を照らすほどの強い光が放たれる。

 

「まさか、神威……!」

「イシュタルといったか。あの女神を喰らい、この身に神の力を宿した。といっても、ほんの上澄みだけだがな。人しか喰らえない欠陥品と思っていた身体だが、一応意味があったようだ」

 

 話し終えると同時に、神威の光が消える。

 

「俺の侵入を許した時点でそちらの負けだ。さあ、渡してもらおう」

「断る、と言ったら?」

「日が昇る前に、この国を地図から消す。俺は隻眼の黒竜だ。嘘でも脅しでもないことくらい、お前になら分かるだろう」

 

 賢者の石か、オラリオの存続か。

 どちらも天秤に載せるにはあまりに重すぎるが、ウラヌスの選択は最初から決まっていた。

 

「……フェルズ」

「……」

 

 ウラヌスの呼びかけに応えるように、フェルズと呼ばれた者が暗らがりの中から現れた。

 

「お前が賢者の石を作った男か」

 

 ローブを着ているせいで、顔を窺い知ることはできない。

 しかし、ある違和感がある。人々の魂が蠢いているような、悍ましい気配がない。

 

「この感覚……」

「そうだ。この賢者の石に使われたのは、たった一つの魂── 私の魂だ」

 

 フェルズがローブを取る。そこにあるのは顔ではなく、古びた人骨だった。

 

「その風貌…… なるほどな、己の遺骨を依り代として、賢者の石のエネルギーで動かしていたのか。賢者の石に込められた魂が一つなら、依り代の奪い合いもない」

「ランクアップとは魂の昇華。人が神に近づくための、唯一の手段だ。Lv4の魂だけで、賢者の石を作るには十分に能う。従来の使い方とは違うが、これもまた一つの不老不死の方法だ」

 

 フェルズが自分の胸に腕を突っ込む。その手には赤色の宝石が握られていた。

 

「私は、ダンジョンの真実を── 世界の真実を知るために、遺骨と成り果てようとも今日まで命を永らえてきた。だが、その終わりは存外呆気ないものだったな」

「フェルズ、すまない」

「何を言う、ウラヌス。どのような結末に至ろうと、それは私が望んだ選択の末だ。後悔も、そなたに対する憎悪もない。それに、こうして世界の真実を垣間見ることができた。礼を言っても言い足りないくらいだ」

 

 その言葉は全て、本心から来るものだった。

 彼らしいといえば彼らしい。ウラヌスは少し安心したように笑ったが、やはりどこか申し訳なさそうだった。

 

「受け取れ、隻眼の黒竜」

 

 フェルズが手の中にある賢者の石を、隻眼の黒竜に投げ渡す。

 フェルズは隻眼の黒竜が賢者の石を受け取ったとのを確認すると、ウラヌスへと向き直った。

 

「さらばだ、ウラヌス。叶うのならば、もう一度、天界で──」

「フェルズ……」

 

 最後まで言い終える前に、依り代となっていた骨は地面にバラバラと崩れ落ちた。

 隻眼の黒竜は自分の手の中にあるフェルズの魂── 賢者の石を見詰める。

 

「……こうも簡単に渡してくれるとは、少し驚いた。お前ら神々にとっては、ダンジョンを消し去るとはつまり、絶好の玩具を手放すことと同義なんだろ?」

「娯楽に飢えた他の神々は知らんが、私は元より下界の異変── ダンジョンを探るために降り立った。ダンジョンの真実を了知した今、下界に居座る理由はない。何より、先ほどの話が真であるなら、そなたら異端児も── いや、モンスターも、我が子たちと何ら変わりない。勝手な頼みとは分かっている。モンスターの、囚われた魂を解放してやってくれ」

「貴様に言われるまでもない」

 

 隻眼の黒竜の右腕が鎧のような鱗を纏い、指先から剣のように鋭い爪が生える。

 

「私を殺すか?」

「……ああ、そうだ。殺す理由はないが、今生かしておく理由もない。せめてもの礼だ。苦しませないよう、一撃で楽にしてやる」

「ふっ」

「何がおかしい」

「いや、なに。天界に戻るのに丁度良いと思ってな。我が子らを弄んだ愚神を見つけ出さなくてはならない」

 

 当時、彼のような神がいてくれたら、結果は変わっていたのだろうか。

 しかし、時を巻いて戻す術はない。確かめる手段など、ありはしないのだ。

 隻眼の黒竜── ヴィーは右腕を振り上げた。




【朗報】アリマさん、初負傷【悲報?】

 かなり雑な原作伏線の回収となってしまいました。本当はもっと丁寧に拾いたかったんだけどなあ…… 自分の至らなさに恥じるばかりです。賢者の石が厄アイテムなのはあれですね、某フルメタルアルケミストが悪い。
 感想、評価してくれると嬉しいです。モチベ上がって赫者化します。

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