ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 加速するぞ! スリップストリームで私についてこい!


牙音

 

 目を開けると、見知らぬ天井があった。

 天井までの距離が随分と遠く、ディティールまで行き届いたデザインは高級感を匂わせる。

 霧がかかったようにボンヤリする頭を働かせて、倒れた直前の記憶を掘り起こす。

 

「──アリマさんっ!!」

 

 アリマと戦い、負けてしまった。

 腹部を貫ぬかれたあの一撃。意識を断つには十分であり、今こうして生きているのが不思議なくらいの一撃だった。

 殺せたと思い、トドメを刺さなかったのだろうか。いや、あのアリマがそんな甘いミスをするはずがない。

 

「ベル君、起きたんだね」

「フィンさん!」

 

 そこには包帯を巻いたフィンがいた。

 起き上がっているのはフィンだけで、アイズたちは未だ簡易ベッドで眠っている。誰も死んでいない。

 ベルは安堵の息を漏らす。

 

「良かった、皆さんご無事だったんですね……」

「うん、どうにかね。それにしても、ベル君が僕の次に早く起きるとはね。腹部を貫かれ、全身を切り刻まれ、一番の重傷だったそうだよ」

「僕には躯骸再生…… 再生スキルがありますから。傷が治るのは早いんですよ」

 

 上着を脱がされ、包帯でグルグル巻きになっているのに気づく。

 包帯の下にあった傷は既に完治し、IXAに貫かれた腹部でさえ塞がっている。治療班はあまりの回復力にドン引きしていた。

 スキルを差し引いたとしても、異常なほどのタフネス。これもアリマの指導の賜物なのかと、フィンは苦笑いを浮かべる。

 

「あの、ここはどこなんでしょうか?」

「黄昏の館の病室さ。ガレスたちが倒れた僕らを見つけて、ここまで運んでくれたんだよ。リヴィラについても心配ない。ちゃんと怪人たちを撃退できた。どういう訳か、アリマはあれ以降姿を見せなかったそうだからね……」

 

 戦いが終わった安心感からか、ベルの肩から力が抜ける。

 

「フィンさん、お伝えしたいことがあるんです」

「何だい?」

「実は、アリマさんに会う前──」

 

 アリマと戦う前に、ラウルとも戦ったことをフィンに話す。

 

「そうか、ラウルまで……」

 

 確かにショックだが、どこか納得している自分もいた。

 ラウルはドライな性格だが、誰よりも有馬に心酔している節がある。ひょっとしたら、と心の何処かで思っていたのかもしれない。

 

「アリマさんは何を考えているんでしょうか。多分、僕らを殺す気ならとっくに殺せていたと思うんです。だけど、こうして僕たちは生きている」

 

 フィンはベルの言葉に頷いた。

 

「そうかもしれないね。実は僕の左手の親指は、命の危険を感じると独りでに疼き出すんだ。だけど、アリマと戦ったとき── 負けたときでさえ、終ぞ親指は疼かなかった。彼は最初から僕らを殺す気がなかったのかもしれない」

 

 だとしたら、何故殺さないのか。

 その答えは、きっと自分たちが推し量れるようなものではない。

 

「……やっぱり僕、もう一度アリマさんと話したいです」

「あれだけのことをされて、まだアリマのことを信じるのかい? それに、アリマと話し合ったところで、納得できる答えが返ってくる保証も、彼が止まってくれる保証もないんだよ」

「信じます。アリマさんは自分自身を超えさせるために、僕を強くしようとしたんです。アリマさんが何故こんなことをしたのか、僕には聞く義務があります」

 

 その目に迷いはない。即答するベルに、フィンは困ったように息を吐いた。

 

「……アリマは命までは奪わなかったけど、問答無用で襲いかかってきた。少なくとも戦闘不能にしないと、彼から話は聞き出せないと思う」

 

 それに、とフィンは言葉を続ける。

 

「殺さずに負けを認めさせるのは困難だ。ましてや、相手がアリマなら尚更さ。だから僕には、殺す気でアリマと戦うことしかできなかった。それでも、結果はこの様だけどね」

「っ……」

 

 ロキファミリアの主力陣が束になっても、アリマには敵わなかった。それなのに、自分一人で何ができるというのか。

 

「僕は、それでも……」

 

 だけど、僕たちは今、こうして生きている。ベルはアリマを信じる気持ちは強くなっていた。

 アリマに勝つなんて、誰もが不可能と思うだろう。他でもない自分が、最も強くそう思っている。それでも、大切な人がいなくなろうとしてるのを、黙って見ていることだけは──

 

「だけど、アリマが信じた君なら、アリマを超えられるかもしれないね」

 

 フィンの言葉に被って、ドアの開く音がした。

 

「……あっ」

 

 扉の先にはヘスティアがいた。

 目を丸くして、口をパクパク開けながらベルを見ている。

 

「……お、おはようございます、神様」

「み、皆ぁぁあああ!!! ベル君が、ベル君が起きたよおおおおぉぉぉおおお!!!」

 

 黄昏の館中に響く大声で、ヘスティアが叫ぶ。

 

「ベルくぅん!!」

 

 ヘスティアは感極まったあまり、ベルが怪我人ということも忘れて飛びかかる。

 

「ぐへっ!?!?」

 

 躱すわけにいかないので、真正面から受け止め── ようとしたが、満身創痍の体では厳しすぎた。そのまま床に倒される。

 バタバタと慌ただしい足音が響く。リリルカ、ヴェルフ、春姫の3人が病室にやって来た。

 

「ベル様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「落ち着けリリ山、ベルはケガしてんだぞ」

 

 ヘスティアと同じようにベルに飛びかかろうとするリリルカ。ヴェルフはそんな彼女のフードを掴み、その場に引き止める。

 

「べ、ベル様の包帯姿……う〜ん……」

 

 春姫はというと、ベルの包帯姿を見て気を失いかけていた。

 リヴィラの街で何が起きたかこの部屋で話すせば、少し騒がしくなるだろう。怪我人がいるのだ、安静にしなくては。

 ベルたちは部屋を移ってから、事の経緯を話し合った 。

 

「まるで御伽噺のような話ですね……」

「……いえ、御伽噺に出てくる悪役なんかよりタチが悪いですよ」

 

 春姫はあまりに現実離れした話の内容に、信じられないといった口調で言葉を漏らす。

 春姫がアリマについて知るのは、冒険者や同僚の噂話のみ。だからこそ、この中にいる誰よりも驚いていた。

 実際にアリマに会えば、異常な強さを心で理解させられる。春姫以外はアリマと何らかの接点がある。アリマならやるという、ある種の信頼が生まれている。

 

「ごめん、ヴェルフ。また鎧をダメにしちゃった……」

 

 ベルの身と引き替えに、兎鎧はラウルの一太刀で粉々に砕け散った。

 自分がもっと上手く立ち回れていれば、鎧も壊れずに済んだかもしれない。ベルは自分の至らなさに頭を下げる。

 

「気にすんな。鎧なんてまた幾らでも造ってやるからよ。それに、お前の命を守れたなら、ぶっ壊された俺の兎鎧も本望だろうさ。というか、毎度のことぶっ壊される兎鎧にも問題があるよな……」

 

 ヴェルフは腕を組みながら、頭を悩ます。

 自分にできるのは鉄を打ち、武具を造るだけ。ベルの隣で戦えるとは思っていない。

 だからこそ、ベルの助けになる装備を調達しなくてはいけない。だが、軽さを追求した鎧とはいえ、一撃で砕けてしまった。

 

「……なあ、ベル。情けねえ話だけどよ、俺が造った鎧じゃなくて、もっと腕の良い鍛治師── 例えば、椿の鎧を装備した方がいいんじゃねえか?」

 

 ベルの力になれない悔しさ、辛さを心の内に押し込めて言う。

 自分より腕の良い鍛治師なんて、このオラリオにはいくらでもいる。冒険者としてトップクラスの実力を有する今のベルなら、どんな鍛治師でも彼を拒むようなことはないだろう。

 しかし、ベルは首を横に振った。

 

「こんなこと言ったら、気を悪くするかもしれないけど…… 確かに、兎鎧より性能のいい鎧は沢山あると思う。だけど僕は、何度も命を救ってくれたヴェルフの鎧がいいんだ。ヴェルフの鎧なら、また僕の命を守ってくれると思う」

「……分かった。それなら、最高の鎧をお前に届けてやる。期待して待っててくれ」

 

 体の奥底かは熱い鉛が湧き上がるような感覚だった。

 気を悪くするなんてとんでもない。ここまで言ってくれるのだ。鍛治師冥利に尽きるものだ。

 どんな手を使ってもいい。この世界で最も性能の良い鎧を造るぐらいの気持ちで臨む。そう、心に深く刻み込んだ。

 

「ヘスティア様、ロキの姿が見えませんが……」

 

 ふと思い出したように、フィンが辺りを見渡す。フィンが起きたときも、ロキはヘスティアと同じように大騒ぎしていた。

 そんな人騒がせな主神がこの場所にいない理由に見当はつくが、一応聞いておいた。

 

「ロキなら例の件でオラリオ中を飛び回ってるよ。今、このオラリオで最強のファミリアの主神だからね。忙しいのも無理ないさ」

 

 納得の表情を見せるフィンと対照的に、ベルはイマイチ要領を得ない表情だ。

 

「神様、どういうことです?」

「そっか、ベル君は眠っていたから知らないよね。リヴィラの襲撃に、戦力の大部分がリヴィラに集まっただろ? オラリオの警護が手薄になっているその隙に、ギルドが襲撃されたんだ」

 

 どくり、と心臓が跳ね上がる。

 

「そん、なっ……!? ギルドにいた人たちは、エイナさんは無事なんですか!?」

「大丈夫、職員の子たちはみんな無事だよ。君の専属アドバイザーのハーフエルフ君も、怪我一つない。だけど、ウラヌスは……」

「……まさか」

「殺された可能性が高い、そうだよ」

 

 エイナたちが無事なのは喜ばしいが、この都市のいわば影の支配者── ウラヌスが殺されてしまったという事実に、恐怖を覚える。

 まるで、オラリオはいつでも攻め落とせるという事実を叩きつけられたようだ。

 

「正面玄関から堂々と入って、一睨みで職員の子たちを動けなくさせたらしい。下手人について分かったのは、体格は大人の男に近いってことくらい。フードを被っていたせいで、職員の子たちでも顔は見れなかったって」

 

 その下手人はレヴィスやゲドと同じ存在── 怪人なのだろうか。そもそも、彼らとアリマの関係性も不明だ。単なる協力者なのか、それともアリマの手下なのか……。

 

「そいつは、どうやってオラリオに来たんでしょう? 地上への道は、沢山の冒険者たちに守られていたんですよ。そんな状況で、通れるわけが……」

「……いや、不可能な話じゃないよ。ダイダロス通りにある人造迷宮があるだろ? 実はあの場所は、ダンジョンに繋がっていると噂されているんだ。そんな場所で奥から強引に道をこじ開けたような破壊跡が確認されて、半壊状態にある。何が起きたかは容易に想像がつくよね」

 

 ベルも人造迷宮については耳にしている。壊して押し通るなんて、ある意味アリマさんらしいおベルは納得する。

 

「オラリオの壊滅が目的なら、僕たち冒険者がリヴィラにいるタイミングが絶好だったはずだ。だけど、そうしなかった。ギルド以外の被害は一切ない。ウラヌス様を殺すためだとしても、アリマの── いや、敵の狙いがまったく読めない」

 

 誰もが無言の肯定をする中、リリルカだけは何か心当たりがある様子でベルを見ていた。

 

「……ヘスティア様、今ここでベル様のステイタスを更新してくれませんか?」

「急にどうしたんだい、リリ山君?」

「どうして皆リリ山と…… いえ、少し気になることがあって」

「僕は構わないけど、ベル君はどうだい?」

「ええ、いいですよ」

 

 羊皮紙を持ってくるから、とヘスティアは律儀に自分で取りに部屋を出た。

 ベルは上着を脱ぎ、ソファーで横になる。男性の裸の耐性が低い春姫は、顔を赤くしながら背を向けている。

 

「すみません、ベル様。安静にしてなきゃいけないのに、無理をさせてしまって」

「大丈夫だよ、ステイタスの更新くらいならなんてことないさ。それに、僕は傷が治りやすいから」

「……ベル様。いくら傷が治りやすいとはいえ、自分の身体を消耗品みたいに考えないでください。取り返しのつかないことになったら遅いんですよ?」

「き、気をつけるよ」

 

 リリルカは心底心配そうな表情を浮かべる。

 アリマの特訓の影響なのか、それとも元来の彼の気質なのか。出会った頃から、ベルは自身の傷について無頓着だった。しかし、今はそれが加速してるように感じる。

 誰かのために、自分の身を削る。その在り方は美しく、ガラス細工のように脆い。

 

「お待たせ、みんな」

 

 ヘスティアが羊皮紙を持って戻ってきた。

 

「いや〜、参ったよ。羊皮紙がどこにあるのか、全然分からなくてさ」

「お手数かけてすみません。では、ステイタスの更新をお願いします」

 

 ヘスティアは指先を針で刺し、ベルの背中に一滴の神血を垂らす。

 

「これは……!」

 

 浮かび上がった神聖文字を読み、ヘスティアが驚愕の声をあげる。

 

「軒並みS以上…… 今すぐにでもランクアップできるよ……」

 

 その言葉を聞き、ベルを含む全員に衝撃が走る。

 

「それじゃあ、ベルはLv6になれるってことかよ…… とんでもねえ成長速度だな、おい」

 

 異常な成長速度だ。しかし、この場にいる誰もが心のどこかで納得していた。

 ベルは冒険者になってから、まだ一年も経っていない。しかし、一年とはいえその密度は他の冒険者と比べて段違いだ。立ち塞がる敵は全て格上。死の淵を彷徨ったのも数え切れない。生き急いでると言ってもいい。

 全ては、アリマに師事してから始まった。そのことを理解してるのは、他でもないベル自身だろう。

 

「リリルカさん、どうしてベル様がランクアップ可能だと分かったのですか?」

「リリは多分誰よりも長く、アリマ様とベル様の稽古を見ています。アリマ様はいっつも、ベル様に無理難題ばかりふっかけてました。不思議と、今回の出来事も同じように思えたんです」

「要するに、ただの勘かな?」

「うぐぅ…… まあ、そうなりますけど……」

 

 フィンの鋭い指摘に、リリルカは思わず言葉を詰まらせる。

 

「いや、すまない。非難してるつもりはないんだ。ベル君を強くするのは、アリマが僕らに語ってくれた数少ない本心の一つだ。むしろ、君の言葉は本質を突いているかもしれない」

 

 アリマがベルを自分より強くさせようとしてるのも、世界を救うためなのも、フィンはロキから聞いていた。

 

「結局のところ、僕らがこうして話し合っても、アリマが何を考えているのか分からない。ただ、その時が来るとしたら──」

「僕が、アリマさんに勝ったときですよね」

 

 その時は、本当に来るのか。答えは誰にも分からない。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 人類未踏の地── ダンジョンの最下層。ある一点を除けば、そこは何の変哲もない、ただの広い洞窟のような場所だ。

 その階層の中心には、柱のように天井まで伸びている赤い結晶がある。これこそがダンジョンの動力源。賢者の石の核だ。

 その結晶の中には、眠るように目を瞑る女性がいた。腰まで届く長い金髪。透き通るような白い肌。人形のように美しいその顔は、誰かと瓜二つであった。

 白い死神── アリマはある人物に想いを馳せながら、結晶の中で眠る女性を見つめていた。

 

「彼女こそが賢者の石の核。魂を磨り潰された王の代わり」

 

 結晶の柱に手を触れながら、隻眼の黒龍ことヴィーは呟く。

 そのすぐ隣には、不安げな表情でヴィーを見るレヴィスの姿がある。

 

「……王」

「心配するな。約束は果たそう」

 

 ヴィーは右手にフェルズの魂── 賢者の石を持つ。

 自分という存在は特異点── ダンジョンから解放されたいと執念が起こした奇跡と考えている。

 この瞬間のために、見知らぬ誰かの屍をいくつも積み上げてきた。戦い続けてきた。彼らの願いに、散っていた前世の己に報いるために。

 それが今、ようやく終わる。その目には、どこか感慨深さを覗かせる色があった。

 

「やるぞ。レヴィス、準備を」

 

 内にある強大な力の塊── 神々の力のほんの上澄みを、右手にある賢者の石へと送る。

 瞬間、最下層に嵐が巻き起こった。賢者の石から莫大なエネルギーが放出され、結晶の柱に直撃する。

 

「……っ!!?」

 

 結晶の柱にヒビが入る。しかし、まだ足りない。このペースでは、こちらのエネルギーが先に底を尽く。

 神の力とはいえ、やはり上澄みだけではダンジョンを壊すに至らない。しかし、これも想定内の事態だ。

 

「レヴィス!」

 

 ヴィーの呼び声に応えて、レヴィスは宝玉を地面に置く。

 宝玉の中で眠る生物が目を覚まし、卵の殻を破るように宝玉から飛び出す。胎児の目は、神の力を発するヴィーに向けられていた。

 宝玉の胎児。その正体はいわば、精霊の力の余剰である。

 核となっているこの女性の精霊の力は、前任の王のそれより遥かに強力だ。そのせいか、ごく稀にだが行き場を失った精霊の力がこの階層で渦巻いてることがある。

 精霊の力を特殊な宝玉によって回収し、地上にいる魔導師(ろくでなし)の手によって生き物の形に変えてもらったのだ。

 胎児がヴィーの肩に寄生する。瞬間、ヴィーの発するエネルギーの量が飛躍的に増加した。

 神の力を以ってしてもダンジョンを壊すには至らない場合の対処法として、宝玉の胎児は創られた。宝玉の胎児に寄生されれば、精霊の力をその身に宿すことができる。その代償として、精神に著しい汚染が及ぶ。これまで何度か実験して得た情報だ。

 

「俺に従え」

 

 精神を侵食しようと迫る魔の手を切り裂くような鋭い声。

 亀裂の走る音が響き、だんだんとその音は大きくなっていく。

 

「──っ!」

 

 結晶の柱が粉々に砕け散る。

 結晶の柱に捕らえられていた女性が解放され、地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 地面に衝突する寸前、真っ先に反応したレヴィスが彼女を受け止める。

 腕の中にいる女性が呼吸で揺れていることを確認すると、レヴィスは心の底から安堵したような、救われたような笑顔を見せた。

 

「良かった、本当に良かった……!」

 

 レヴィスの声は僅かにだが震えていた。

 

「核の破壊に成功した。もうダンジョンに魂を囚われることはない。これで…… これで俺たちも、お前も、真の意味で自由だ」

 

 ヴィーはレヴィスが自分に忠誠を誓った日を思い出しながら、労うように語りかける。

 

「賢者の石の新たなる核に選ばれてしまったこの女を助けるため、ゼウスファミリアの冒険者の地位まで捨て、怪人に身を堕とした。契約を終えた今、俺の首を狙おうが、全てを忘れてここから立ち去ろうが、お前の自由だ」

「……いえ。彼女を地上に届けた後も、王のために戦います。それが私にできる、あなたの恩に対する最大の報いです」

「そうか、好きにしろ」

 

 異端児の戦いは終わっていない。

 確かにダンジョンから解放はされた。だが、その後は?

 ダンジョンは間もなく崩壊する。行き場所は地上しかない。

 異端児はモンスターだ。ダンジョンの真実を話したところで、これまで積み重ねられた忌避感はそう簡単に拭えるものではない。こちらの話に耳を傾けてくれない可能性だってある。

 人の手によって排斥されると、ヴィーはそう確信している。人の醜さも、優しさも知っているから。

 このまま黙って殺されるのも、日陰者のようにして生きていくのも真っ平御免だ。

 陽の光の下で、もう一度生きたい。それが異端児たちの── モンスターたちの願いだ。この願いを阻む権利は誰にもありはしない。

 

「ダンジョンの崩壊も始まる。これより、我ら異端児も地上に進出する。オラリオとは総力戦になるだろう。勝利の鍵を握るのはお前だ。頼りにしてるぞ、キショウ」

「……はい」

 

 ダンジョンにいる全てのモンスターと、闇派閥の人間を引き連れてオラリオに攻め込む。

 キショウ・アリマは間違いなくこの世界で最強の個体だ。彼がいるかいないかで、勝率に大きな影響が生じる。

 

「俺はこの件をリドたちに伝えてくる。お前たちも戦いに向けて備えておけ」

「「はっ」」

 

 ヴィーが上の階に繋がる階段へと向かう。

 彼の姿が消えた後、レヴィスも女性を抱えて地上へ向かおうと歩き始める。

 

「レヴィス、少しいいか」

 




 ギュウニュウ……
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