ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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エンドE

 目を開けると、天井があった。崩れ落ちるのではないかという不安を与えるズタボロ具合。見覚えのある亀裂やシミ。間違いない、本拠(ホーム)の天井だ。

 ダンジョンにいた筈なのに、いつの間にホームに帰ったのだろうか。何があったのか思い出そうとするも、ウォーシャドウを狩り、倒れた記憶しかない。

 ふと、ベッドに寝かされていると気づく。ベッドの位置を知っているとなると、やはり神様—— ヘスティアが寝かせてくれたのだろうか?

 このままベッドで横になっていても埒があかない。ベッドから立ち上がり、部屋の階段を上がる。

 

「——なんて、僕はそんなの認めない」

 

 声が聞こえた。この声は、神様の——

 

「ベル君をここまで届けてくれたことには感謝するよ。でも、白い死神が新米の冒険者にここまで肩入れするなんて、何を企んでいるんだい?」

「ベルがどこまで強くなるか見てみたい。それだけだ」

 

 ベルが見たのは、アリマに啖呵を切るヘスティアの姿だった。

 会話の内容までは聞こえないが、ピリピリとした雰囲気がここまで伝わる。

 思わずベルは足を止めた。こんな神様、今まで見たことがない。

 

「だけってのはないだろう? 聞きたいのはその先だよ。神に嘘は通用しないと知った上で、君はそう答えているだけだ。ベル君を強くして、どうしたいのさ」

「答える義理はないな。それに」

 

 アリマの目がこちらに向けられて——

 

「決めるのは彼だ」

「ベル君!」

 

 ヘスティアはベルに駆け寄り、勢いそのままに抱き着く。男にはない柔らかな感触に思わず顔を赤くする。

 

「か、神様!?」

「心配したんだよ! 夜が明けても帰ってこないし、果てには傷だらけで白い死神に担がれてくるし!」

 

 アリマと対峙していたときとは一転して、その声は弱々しく震えていた。どれだけ心配をかけさせたのだろうか。どれだけ不安にさせてしまったのだろうか。

 

「……そう、ですよね。すみません」

 

 そんな二人を、アリマはただジッと見つめていた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 人前で熱く抱き合いやがって。見せつけてくれるじゃねーか、この野郎。しかも相手がロリ巨乳の神様だなんて、業が深いじゃねーか、この野郎。

 まさかトーカちゃん枠まで自前で用意しているとは……。いや、チャンひな枠? ヒデ枠? 足して3で割った感じ? ヒロイン力最強じゃねーか!

 まあ、俺だってその気になれば彼女くらい作れるし? 実際、有馬さんの顔と強さで女が寄り付かない訳ねーし! だから全然羨ましくなんかねーし!

 でも、ベル君がここまでモテるのも少しわかる気がする。

 ベル君、普通に根性あるからな。ダンジョンにいるって分かったときは普通に感心したし。これぞ主人公力。カネキ君枠にこそ相応しい!

 

「さっきも聞いたかもしれないが、俺は君がどこまで強くなるか見てみたい」

 

 いつまでも抱き合っててムカつ—— 話が進まないから、あえて空気を読まずに話しかける。

 

「戦い方を教えよう」

 

 右手を差し伸べる。ベル君はヘスティアから離れると、手の前に来て足を止めた。

 さあ、取ってくれるか?

 

「あの、1つ聞いていいですか?」

「ああ」

「僕は最後の最後までヘスティアファミリアでい続けたいんです。もしもロキファミリアに改宗する必要があるなら、残念ですけど……」

 

 何だ、そんなことか。焦ったわ。

 全然良いよ、ロキファミリアに入んなくても。寧ろ入れる気なんて更々ないわ。みんなに色々と詮索されて面倒そうだし。

 

「大丈夫、改宗する必要なんてないよ。よろしく、ベル」

「こちらこそよろしくお願いします、アリマさん!」

 

 俺の右手をベルは両手で握る。

 ヘスティアと呼ばれた神が嬉しいような、心配したような顔をしていた。

 うーん、それにしてもこの格差社会……。ロキ、強く生きろ。

 

「ベル君……」

 

 ベル君は俺の手を放すと、ヘスティアに向き直った。

 

「すみません、神様。アリマさんから戦い方を教わるなんて、人生でまたとないチャンスだと思うんです。きっと、大切な人を守れるくらいまで強くなれる」

 

 凄いな、強くなりたい理由までカネキ君かよ。邪魔な芽は摘まなきゃってなるんかね。これはますます期待できるぞ!

 

「分かったよ、君の気持ちを尊重しよう。だけど約束してくれ、ベル君。もう無理はしないって。君がいなくなったら、僕はとっても悲しいよ……」

「大丈夫ですよ。ちゃんと帰ってきますから」

 

 ヘスティアは息子を守る母親のような目を俺に向ける。母親、かぁ。そういや、有馬さんの両親って誰だったんだろ?

 

「アリマ。ベル君を死なせたら、僕は絶対に君を許さない。そのことをよく覚えておくんだね」

「ああ」

 

 死にかけるのはギリセーフですね分かります。さーて、親御さん(仮)の許可も採ったし、ビシバシ鍛えるぞー!

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ダンジョンの第七層。そこでベルは、ただただ呆然とアリマの戦う姿を見ていた。

 まるで別の意思を持つ生き物のように動く右腕と左腕。右手の短刀、左手のナイフが群がるモンスターを切り刻んでいく。

 あっという間に、残るモンスターはゴブリンとキラーアントだけになった。

 アリマは短刀でゴブリンの首を斬り落とすと同時に、少し距離の離れた場所にいるキラーアント目掛けてナイフを投擲する。

 目視不可の速度で投げられたナイフは、的確に甲殻の隙間へと吸い込まれる。体液が飛び散り、ピクピクと痙攣する。まだ辛うじて生きてはいるが、死ぬのも時間の問題だろう。

 

「ベル、腕は2本あるんだ。こんな風に、右手と左手を別々に動かせばいいんだよ」

 

 大真面目な表情でアリマは短刀を渡した。

 

「いや、無理です。すみません、ほんとできないです」

「そんなに難しいかなぁ……」

「難しいですって!」

「それじゃあ、短刀だけでいいや。もうすぐモンスターの群れが来ると思うから、やるだけやってみてくれ」

「っ、はい!」

 

 キラーアントは危険を感じると、フェロモンを散布して仲間を集める特性を持つ。その特性を理由して、アリマはキラーアントを仕留めなかったのだろう。

 

「来たぞ」

 

 カサカサと何かが蠢く音がする。

 壁から。天井から。キラーアントが湧き出るように現れる。

 今のベルならどうにか捌ける量。流石はアリマ、厳しい特訓だ。大きく息を吐き、短刀を構える。

 

「それじゃあ、俺も攻撃するから」

「へっ?」

 

 キラーアントが襲いかかる。

 咄嗟に身を翻し、どうにかキラーアントの大顎から逃れる。それよりも、さっきのアリマの発言だ。あれはどういう意味なのか——

 

「があぁぁ!!??」

 

 直後、背中に走る痛み。

 モンスターの攻撃とは違う。牙や爪に引き裂かれる痛みではなく、鋭利な刃物で切り開かれたような痛み。

 思わず膝をつく。振り返ると、そこにはアリマがいた。いつの間に抜き取ったのか、右手に握られているナイフには赤い血が滴っている。

 間違いない。アリマが斬りつけたのだ。

 

「俺に気を取られていいのか?」

「っ!!」

 

 飛びかかってくるキラーアントを目の端で捉える。

 

「このっ!」

 

 膝をついた状態から地面を思いきり蹴り、すれ違うようにキラーアントの真横へと移動する。

 自身の勢いと、向かってくるキラーアントの勢いを味方につけ、短刀でキラーアントを硬い甲殻ごと一閃する。

 キラーアントは短い断末魔をあげた後、そのまま黒い霧となった。安堵の息をこぼす。かなりの量が残っているが、先ずは1匹——

 

「1匹殺した程度で油断するな」

「ぎっ!!??」

 

 今度は右腕を切られる。衣服の上には赤い血が滲んでいる。傷は深くない。痛みを無視すれば、どうにか短刀は握ることができる。

 周りを見渡す。キラーアントの群れの中にアリマはいた。ベルを見るついでに、キラーアントの攻撃を紙一重で避けている。

 恐ろしい。あのキショウ・アリマが虎視眈々と隙を窺っているという今の状況が、何よりも恐ろしい。

 

「ああああぁぁあああ!!!」

 

 ぐずぐずしていると、出血多量でマトモに動けなくなる。

 恐怖を誤魔化すように叫び、ベルはキラーアントの群れに飛び込んだ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ベル君の評価について考えながら、地面に散らばる魔石を拾う。うーん…… まあ、及第点って所かな。俺の攻撃は何回も貰いまくってたけど、キラーアントの攻撃自体は一回も貰わなかったし。

 良し、最後の魔石も拾い終えた。

 血だらけでぶっ倒れているベルにポーションをぶっこむ。後半は気力だけで動いてたもんだったからなぁ。元気になぁれ、元気になぁれ!

 傷口がたちまち塞がっていく。やがて、傷1つない状態に回復した。最高級のポーションを使っただけはある。

 

「うっ…… アリマ、さん……」

「お疲れ、ベル。帰ろう」

 

 肩を貸し、出口へと歩いて行く。

 

「ありがとうございます、アリマさん」

「?」

 

 驚いた。まさか、お礼を言われるなんて。

 初日でこんなクソ厳しい修行だ。多少なりとも恨まれる覚悟はあったんだが。

 

「そりゃあ、思ってたよりも遥かに厳しい修行ですけど…… だからこそ、強くなっている実感があるんです」

 

 Lv7に狙われながら、新人殺しの異名を持つキラーアントの群れと戦ったんだ。レベルアップは無理かもしれんが、ステータスは大幅に上がっているはずだ。

 

「僕、強くなれてますよね」

「ああ、きっとな」

 

 ベルは嬉しそうに笑った。

 強くなりたいという思いがある限り、ベルはどこまでも強くなれる。根拠はないが、そう感じた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 2日ぶりに帰ってきた黄昏の館。廃協会を見た後だからか、いつもより余計に立派に見える。俺としては、あの味のある廃協会も悪くはなかったけどね。

 廊下を歩き、広間へと向かう。帰ってきた挨拶くらいはしないとダメだよね、流石に。

 ドアを開く。広間にはアイズたんを始めとする第一級冒険者たちがいた。全員がこっちを凝視している。

 

「ただいま」

 

 そう言うと、凄い剣幕をしたリヴェリアが近寄ってきた。怖いっ!

 

「アリマ、やっと帰ってきたのか……! 連絡の1つくらい寄越したらどうだ! いくらお前が強いといっても、みんな心配してたんだぞ!!」

「そうか」

「このっ、大馬鹿が……!」

 

 やっべ、言葉が詰まった。

 どうしよこれ。なんか全然反省してないみたいな感じじゃん。

 いやでも、たった2日空けた程度だよ? そこまで怒られる謂れはないんじゃない?

 

「ねえ、アリマ……。もしかして、ロキファミリアを抜けちゃうの? 私、嫌だよ。そんなの寂しいよ……」

 

 ティオナが泣きそうな顔をしていた。いや、なんでさ。ロキファミリアを抜ける気なんて更々ねえよ。

 

「ベルって子がお気に入りなんでしょ? ティオナ…… いや、私だって。アリマがその子がいるファミリアに改宗しちゃうんじゃないかって、ずっと心配してたのよ」

 

 自分の行動をよくよく振り返ってみる。宴会をすっぽかして、お気に入りのあの子を探しに行ったと思ったら戻ってこない。

 うん、そりゃ心配するに決まってる。ティオネの指摘も納得だわ。

 

「私も、アリマにもっと戦い方を教えてもらいたい」

 

 アイズたん…… そればっかりだな君は。

 

「そんなつもりはないさ。大丈夫、俺はずっとロキファミリアだよ」

「ほんと……?」

「ああ」

「……よ、良かったぁ〜!」

 

 ティオナの喜ぶ声と同時に、場の空気が緩まったのを感じた。

 

「チッ、結局ここに居座んのかよ」

「あれ、ベートも勝ち逃げは許さねえぞとか言って心配してなかったっけ?」

「はっ、はあ!? 誰がするか!!」

 

 男のツンデレとか誰得。まあ、嬉しくなくはないけどさ。

 それにしても、流石は有馬さんだ。有馬さんの顔と性格、強さをがあると、こんなに人気者になれるんだなぁ。

 

「すまない、リヴェリア。これからは気をつけよう」

「分かったのならよろしい」

 

 流れに乗って謝罪すると、ママンもどうにか許してくれた。

 それにしても、こんなんで俺が死んだとき大丈夫なんかね? 俺、もう長くないんよ?

 

「アリマ、ロキが呼んでるよ」

「ロキが?」

 

 椅子に座っているフィンが、扉の方を指差しながらそう言う。

 ほどほどに雑談というかベルについて話した後、ロキの部屋へと向かった。

 意外にも、ベルへの質問の量が一番多かったのはアイズだった。ベルの事、やっぱり気になるのかな。俺と同じく、本能的に強くなると感じ取っているのだろうか。

 おかげで、ベートが剥き出しで対抗意識を燃やしていた。今度顔を合わせたら殴ると言わんばかりに。今度ベルと戦わせてみるか。

 そんな事を思っているうちに、ロキの部屋の前に着いた。ドアを開くと、ソファーにどっかりと座っているロキがいた。

 う〜ん、我が主神はどうしてこうも胸がないのか。

 

「おう、アリマ! やっと帰ってきたんか。リヴェリアにこってりしぼられたやろ?」

「ああ」

 

 向かいの位置にある椅子に座る。

 ここからが本題とばかりに、ロキは机に肘をつき、手を組んだ。

 ロキがこの体勢でする話は、大抵がロクな事じゃない。

 

「明日な、フレイヤの奴と会う約束をしてるんやけど、付いて来てくれへんか?」

 

 ほらやっぱりぃ! しかも、よりによってフレイヤかよ。厄ネタの臭いしかしねえ。

 というか、アイズたんを連れてけよ。あんたのお気に入りだろ?

 

「アイズじゃなくていいのか?」

「あの色ボケ女神は確実に猛者を連れてくる。対抗できるのは同じLv7のあんたくらいや」

 

 猛者…… そうか、オッタルか。

 

「分かった」

 

 あいつが出張ってくる可能性がある以上、仕方がない。規格外に対抗できるのは規格外だけ。有馬さんもどきの俺しかいない。

 というか、オッタルが出張るのは俺のせいでもある。逆もまた然り。フレイヤファミリアだって、俺に対抗できそうなのはオッタルしかいない。

 俺個人としては、そこまで心配しなくてもいいと思うのだが、リヴェリアやフィンを始めとする首脳陣はそうではないのだ。

 

「それにしても、あの子にえらくご執心やな」

 

 あの子、とはベル君のことか。

 いくら我が主神といえど、ベル君にちょっかいはかけてほしくないな。何より、最初に目をかけたのは俺だ。

 ここは釘を刺しておくべきか?

 

「まさか、あのどチビの弱小ファミリアの団員やったとはなぁ。そんで、引き抜きはできそうなんか?」

「いいや、断られた。元からそんなつもりはなかったから、構わないけど」

「ありゃりゃ、そうなんか。勿体無いこっちゃなー。アリマが見込んだ通り、なかなか面白そうな子やのに」

「……ロキ」

「心配せんでええよ。アリマのお気に入りなんやろ、ちょっかいなんて出さへんって」

 

 おちゃらけた笑い顔から一転、ロキの顔が寂しそうなものに変わった。

 

「なあ、アリマ。あんた、うちのファミリアから出て行ったりせえへんよな?」

「……またそれか」

「実際のとこ、どうなんや?」

「心配しなくとも、抜けるつもりはない」

「そっか。なら、ええんや。明日はよろしく頼むで!」

 

 いつもの笑顔を見せるロキ。神々は嘘を見抜く能力を持っている。俺の言葉が真実だと分かり、安心しているのだろう。

 あの言葉に嘘はない。嘘は、な。

 さてと。オッタルがいるとなると、IXAとナルカミの両方を持っていかないとな。アタッシュケース2つ持たなきゃいけないから、面倒なんだよなぁ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 

 東のメインストリートに慎ましく建てられている喫茶店。コーヒーが名物で、知る人ぞ知る穴場として密かに有名だ。かく言う俺も常連さんで、いつものと頼めばブレンドコーヒーが出てくるくらいは通い詰めてる。どことなくあんていくみたいな雰囲気があって、落ち着くんだよな。

 この店にプライベートで来れたらどれだけ良かったか。

 只今、二階のある一室でロキ、フレイヤ、オッタルと錚々たる面子に混じっている真っ最中です。なんだこの魔境。

 ロキとフレイヤは向かい合って座り、フレイヤのすぐ側には石像のように微動だにしないオッタルがいる。俺はというとロキの側で棒立ちし、さっさと終わんないかなぁと思いながら、窓の外をぼーっと眺めている。怪物祭が催されているからか、窓から見える下の通路は人ごみで溢れている。

 

「なあ、フレイヤ。今回はどんな子が気に入ったんや? わざわざうちに話すってことは、まさかロキファミリアじゃないやろうな?」

 

 おい、まさかそんな世間話の為に呼んだんじゃないだろうな。ベル君の特訓を休みにしてまで来たんだぞ、ふざけんなよ。時間だって有限なんだぞコラ。

 

「ふふ、どうでしょうね?」

「わざわざアリマを引っ張ってきてまで、あんたの話を聞きに来たんやで? つまらん問答はなしにしようや」

「あら、残念。それじゃあ言っておくけど、あなたのファミリアの子じゃない。心配しなくてもいいわ」

「そか、ならええわ。ほんで、どんな子なんやって」

「その子はまだとっても弱くて、頼りないわ。だけど、誰よりも純粋で、透き通るような魂を持っていた。今までに見た事がないような、ね」

 

 誰よりも純粋で、透き通るような魂。

 その言葉を聞き、何故か。本当に何故かベル君の顔が浮かんだ。

 

「ベルか?」

「!」

 

 フレイヤが驚いたように口を開けた。

 試しに名前を出してみたらこの反応、当たりっぽいじゃん。こいつが気に入った子、ベル君かよ。先に目をつけたのは多分俺なのに。

 参ったなぁ。ロキならまだ許せるが、フレイヤとなると厄介だ。エトしゃんみたいなヤンデレだからなぁ……。大事な時期だってのに、何をしてくるのか分かんねえぞ。

 取り返しのつかないことになる前に—— 潰すか、今ここで。

 次の瞬間、俺の首に馬鹿でかい剣の刃先が当てられた。

 はいはい、オッタルオッタル。ちょっと本気の冗談に決まってんじゃん。いちいち真に受けてんじゃねえよ。

 

「やめなさい、オッタル」

「しかし——」

「二度は言わないわよ」

 

 渋々といった感じで、剣を引っ込めるオッタル。フレイヤの犬だね、まるで。獣人なんだけどさ。

 とはいえ、殺意は感じなかった。警告のつもりだったのだろう。フレイヤ様に手を出すなら、骨も残らないと思え。そんな所だろうか。

 周りを考慮できるくらいは冷静だったか。Lv7同士がこんな街中で本気でやり合えば、どんな被害が出るか分かったもんじゃない。

 

「気持ちは分かるで、アリマ。だけど、抑えてぇな」

「分かっている」

 

 殺意は抑えていたつもりだが、オッタルが反応してしまう程度には漏れてしまっていたようだ。

 反省しなくては。こんなことで感情を表に出すなど有馬さん失格だ。大きく息を吸い、気分を落ち着かせる。

 

「貴方もベル君に目をつけていたのね?」

 

 フレイヤの目が俺の方に向く。

 懐かしい玩具を引っ張り出したような、そんな目だと感じた。

 

「ああ」

「相変わらず不思議な子ね。私みたいに魂を見ることもできないのに」

 

 カネキ君に似てたから、とか言ったらどんな反応をするんだろ。というか、俺からすれば魂で判断できる方が不思議なんだが。

 

「お前はベルをどうする気だ?」

 

 腹の探り合いとかは苦手なので、要件を手短に言う。本気で潰すかどうか検討するのは、この返答次第だな。

 

「あの子の魂を輝かせたいの。私の持っている宝石なんかよりも、より煌びやかに」

 

 日本語でおk。いや、ここ日本じゃないけどさ。結局何をしたいのか分かんねえ。魂を輝かせるってどうやるんだよ。

 

「今度は私から。あなたはベル君をどうしたいの?」

「ベルを強くしたい。誰よりも、俺よりも」

「あらそう、私と同じね」

 

 えっ、同じだったの?

 まあ、意見が一致したのなら、ぶっ潰すのは保留でいいかな。

 

「アリマ、あんたそこまで……!?」

 

 ロキが驚いている。

 何言ってるんだ。弟子が師匠を超えるってのは王道中の王道だろう? それも、いかにも暇を持て余した神々が好きそうなさ。

 

「それじゃあ、用事を思い出したからこれで失礼するわね」

 

 急にフレイヤが椅子から立ち上がる。

 この時間が終わるのは嬉しいけれど、その用事って絶対にロクなものじゃねえだろ。嫌な予感がビンビンだ。

 

「ねえ、アリマ。ベル君を育てる邪魔するなら、どんな手を使ってでも排除する…… そう思ってるんでしょう? 私としても、あなたと敵対するのは避けたいの。だから、ベル君は任せるわ」

 

 フレイヤの言葉に少し驚く。

 意外、だな。まさか妥協してくれるとは。説得(物理)をするのも辞さない覚悟だったのに。だけど、裏があるように思えて仕方がない。

 

「何も特別な理由があるって訳じゃないわ。ただ、少し見てみたいの。鉄のように冷たかったあなたの魂が、少しずつ熱を帯びてきている。その果てにあるのは何なのかね」

 

 フレイヤは部屋を出る直前、肩越しに振り向き、そう言った。

 ドアが閉まる。残されたのは微妙に敗北感を植え付けられた俺と、勘定を押し付けられたと気づいたロキだけだった。

 人の魂を随分と勝手に言ってくれる。だけど、言い得て妙だ。ベル君に出会えたことで、俺の人生に、転生したことに、やっと価値を見出すことができた。鉄のように冷えた心に、熱が生まれたんだ。

 果てに何があるのかと聞かれたが、その答えは俺自身がよく分かっている。破滅。だけど、望むところだ。それ以外の結末なんて考えられないし、迎えるべきでもない。

 




 感想・評価もらえて最高にハイです。
 楽しいいいいいい(こんにちは!)って感じです。
 ありがとうございます!

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