ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていなかった

 鐘の音が鳴り響く。

 その音色はどこまでも清廉だ。ここが街中なら、鐘の音が耳に届いた者たち全員を立ち止まらせることだろう。

 その鐘の音は、ベル・クラネルの内側── 言うならば、魂から響いていた。

 ベルは諦めの表情も、刺し違えてでも倒そうとする鬼気迫る表情もしていない。あるのはただ、吹っ切れたような穏やかな笑みだ。

 今この瞬間、鐘の音を聴いている者は1人しかいない。白い死神、キショウ・アリマしか。

 彼は鐘の音を聞きながら、わずかに口を緩めた。まるで、教え子の成長を喜ぶ師のように。

 

 ──ボロボロ、選んだものを何度もひっくり返して、同じことの繰り返し。

 

 ベルは足元に転がっているユキムラを拾う。

 ユキムラを構え、地面を駆ける。その足は蒼白い光を纏っており、これまでとは比にならない速さを生み出す。

 少年が抱いていた英雄への願望は、英雄として戦う覚悟に変容した。

 英雄(アルゴノゥト)。そのスキルの真の効果は、負けられないという想いを糧に、自身の力を常時増幅させること。

 

 ──くだらなすぎる僕は。

 

 刃が交差する。

 衝撃で空気が震え、花弁が舞い散る。

 

 ──かっこ悪い、ダサイ、優柔不断、軟弱者。

 

 アリマから離れ、その場所に転がっていたヘスティアナイフを拾う。

 

 ──それが、僕だ。

 

 もう、迷わない。どれだけ無様だろうと、生きてアリマに勝つ。

 

 

 

 

 

ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか

 

 

 

 

 刃を交じり合わせた後、やや遅れて甲高い音が耳に届く。極限まで研ぎ澄まされた意識と、同様に極限まで鍛え上げた肉体は、既に音さえも置き去りにしていた。

 これ以上ないほど、自分の動きが冴え渡っているのが分かる。アリマさんの動きにもついていけてる。

 この鐘の音が、僕に力を与えてくれる。体力と精神力を代価に力を増幅させる英雄願望とは、似て非なるものだ。僕の想いが、そのまま力に変換されている。

 全てのステイタスが、前とは比べ物にならないくらい上昇している。それでようやく、アリマさんと互角の勝負に持ち込めている。

 正攻法では崩せない。なら、体力が保つ今、膠着状態を打ち破る一手を仕掛けるしかない。

 ヘスティアナイフを持っている右手を背中で隠し、アリマさんとの距離を詰める。

 横薙ぎに振るわれたフクロウをユキムラで受け止める。そして、背中に隠していた右手でフクロウの刀身を掴む。

 ヘスティアナイフは走る瞬間、見えないように背中の鞘に仕舞っている。まさかアリマさんも、フクロウを素手で掴まれるとは思っていなかったはずだ。

 当然、このまま素手で掴んで終わらせるつもりはない。右手に力を集中させる。右手に纏ってある蒼白い光は、より一層輝きを増す。

 

「ファイアボルト!!」

 

 有りっ丈の精神力を注ぎ込んだ、全力全開のファイアボルト。

 爆炎が立ち昇り、轟音が耳をつんざく。

 暴発のような威力に、僕の右腕は焼け爛れる。それと同時に躯骸再生が発動し、剥き出しになった右腕の肉を新しい皮膚が包み込む。

 黒煙が辺りに立ち込める。視界がきかない。だけど、気配で大体の位置はわかる。

 黒煙の中を突っ切って、アリマさんのいる位置へと走った。

 アリマさんは僕の気配を察知し、フクロウを横薙ぎに振る。剣圧が周辺に立ち込めていた黒煙が払う。

 ──何故かは分からない。だけど、その反応は確実にワンテンポ遅れていた。

 

「……僕の、勝ちだ」

 

 やれるという確信があった。

 フクロウの刀身に向かって、全身全霊の力でユキムラを振り下ろす。最後の決着は、アリマさんから貰ったこの武器で──。

 甲高い音が響き渡る。フクロウの刀身が折れ、そのまま宙を舞った。アリマさんはわずかに目を見開いている。

 ざすりと音を立てて、折れたフクロウの刀身が地面に突き刺さる。

 

「……」

 

 アリマさんは何も言わず、根元から折れたフクロウに目を下ろしている。

 

「……終わりです。フクロウは破損しました。その状態では──」

「戦いは」

 

 アリマさんの言葉が僕の話を遮る。

 彼の闘志は、少しも衰えていない……!

 

「──相手を殺すまで、続く」

 

 アリマさんが猛スピードで接近してくる。そして、折れたフクロウを振り下ろす。

 僕はそれをユキムラで受け止める。両腕に衝撃が走るが、やはり破損した状態だ。威力が格段に落ちている。

 

「あなたらしい……!」

 

 それでも、常軌を逸して強いのがアリマさんだ。損傷した武器でも、彼なら十分に戦える。僕以外の冒険者なら、この状態でもきっと勝ててしまうだろう。

 だけど、あくまで向かってくるなら、更に無力化するまでだ。足を攻撃して動きを止めるか、腕を……。

 

「っ……!」

 

 アリマさんは僕の目の前まで足を運び、そのまま砕けたフクロウで僕の腹を突き刺した。

 避けようと思えば、避けられた。だけど僕は、その一撃をあえて受け容れた。

 

「勝負…………はっ、もうついている……」

 

 分かってしまった。アリマさんにはもう、勝つつもりがない。僕に殺されるのを待つようにして、戦い続けている。

 

「こんなこと、もう……」

 

 だけど、僕にはアリマさんを殺す気なんてない。だから、もう──

 

無意味(虚しいだけ)だ」

 

 アリマさんは何も言わず、僕の腹に突き刺さったフクロウを抜いた。

 戦いが終わったのを表すように、辺りは静寂に包まれている。

 僕とアリマさんは何を言うでもなく、そのまま対峙していた。

 

「…………………………俺を殺す気もないか」

「………………………はい」

 

 僕は、アリマさんを殺すために戦ったんじゃない。アリマさんと一緒に帰るために、戦ったんだ。

 

「……………敗北、か」

 

 一陣の風が吹き、花弁を舞い上げる。

 アリマさんは天を仰ぎ、とうとう敗北を受け入れた。

 アリマさんに勝った。喜びも、達成感も思ったより感じない。ただ、ようやく終わってくれたという安堵感があった。

 

「18年間、冒険者をやってきた。相手を前に打つ手がなくなったのは、これが初めてだ」

 

 アリマさんは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「最後にもう一度聞く」

「……!」

「本当にトドメを刺すつもりはないんだな」

「……気持ちは変わりません」

 

 アリマさんは僕がこう言うのを分かっていたように、そっと頷いた。

 

「…………わかった」

 

 ──アリマさんは、自分の首をフクロウで斬り裂いた。鮮血が、飛び散った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 全身から力が抜けていく。俺は重力に身を委ねて、そのまま後ろに倒れていった。

 この感覚、覚えがある。あれは確か…… そう、歩道橋の階段から落ちたとき。頭から血が抜けて、どんどん死が近づいてくる感覚があった。

 あのときは、頭の傷の痛みと、自分がこの世界から消える恐怖でいっぱいだった。

 だけど今は、痛みも、恐怖もない。それどころか、どこか心地良さすら感じる。

 

「なにやってん……」

 

 ベル君の声がした。

 地面に叩きつけられる瞬間、おそらくベル君の腕で抱えられる。

 

「ですかッ!!!」

 

 ……そういえば、ベル君にこうやって怒鳴られるのは初めだな。

 

「ずっと、待っていた」

 

 口から血が溢れる。だけど、まだ時間はある。きっと、全てを伝えられるはずだ。無駄に頑丈なLv7のこの体に、初めて感謝する。

 

「アリマさん、今地上から薬を……!」

「聞け、ベル。俺にはとうに時間は残されていなかった。時期が…… 早まっただけだ」

 

 ポーションやエリクサーを使ったって、ほとんどない俺の寿命を延ばすだけ。

 それに、ベル君が地上に行って、戻ってくるまでに俺は保たないだろう。

 だから、俺はこの階層を選んだ。ダンジョンと共に消え行く運命にある徒花が、誰に見向きされなくとも懸命に咲き誇る、この場所を。

 

「……俺は、人ではない」

「……!?」

 

 ベル君の驚いた様子が伝わってくる。そうだよな、驚くよな。俺も、初めてこの事実を知ったときは驚いたよ。

 

「俺は、人間とモンスターの血の混じった出来損ないの、半人間だ」

「モンスター…… 半、人間……!!??」

「いつからか、ダンジョンに人間としての面を色濃く反映したモンスターたちが生まれた。彼らは異端児と呼ばれている。個体差はあるが人間と同等の知能を持ち、言葉を交わすこともできる。外見も、他のモンスターよりずっと人間に近い」

 

 幼少期は、リドたちと一緒に暮らしていた。共に過ごして、どいつもこいつも気のいい奴ばかりだとすぐに分かった。今となっては、懐かしい思い出だ。

 だから俺は、あいつらがヒトに殺されるのも、ダンジョンで地上に出るのを夢見ながら死んでいくのも、納得できなかった。

 

「俺の右目。お前は気づいていただろうが…… その機能は完全に失われている。俺の左目も、もうほとんど何の像も映していない」

 

 だからもう、何も見えていない。今、ベル君がどんな表情をしているのかさえ、俺は目にすることができない。多分、有馬さんよりも症状が進行している。

 戦ってる時も、何も見えなかった。音と、空気の流れと、研ぎ澄ました感覚でどうにか戦えていた。ちなみに、右目側に防御を偏らせていたのはわざとだ。ベル君を試す意味で、わざとそうした。

 だから、ファイアボルトの大爆発のときは焦った。爆音で耳がイカれそうになった。おかげで、有馬さんならしないような致命的な隙を晒してしまった。俺もまだまだだ。だけどこの反省は、もう活かさせることはないだろう。

 そう思いながら、俺は言葉を続ける。

 

「緑内障…… ありふれた病だ。そう、老人にとっては」

「ろう…… じん…………?」

 

 ベルは俺の言葉を理解できていない口調だった。

 

「俺の肉体は常人よりも早く朽ちる。俺の寿命はすぐそこまで尽きかけていたんだ」

「寿命…… 尽きかけ……? うそだ、そんな、アリマさんが……!!」

「まだ話は終わっていない、最後まで聞いてくれ」

「っ……」

 

 俺の肩を掴むベル君の手の力が強くなる。

 精一杯耐えてくれていることに感謝しながら、錆付いたように動かなくなっていく口を開いた。

 

「人間とモンスターの間に産まれてきた子供は、人間とほとんど変わらない。魔石を持つわけでもない。鋭い爪や牙を持つわけでもない。違うのは多少身体能力が高いことと、早く死ぬという二点だけだ」

 

 俺の身体能力は、短い命の対価のように思えた。その生き方は、今この場所で咲いている花と同じように思えた。

 だから、最後はこの場所を選んだ。

 

「ア、アリマさんは…… なんのために、こんな……」

「隻眼の黒竜を知っているか?」

「…………っ、はい」

「そいつが俺の父親で、ヴィーという名前だ。母は俺を産んだ後、人間に殺された」

 

 母親の話は、俺もよく知らない。

 ヴィーが肉を求めて地上に出た際、裏路地で野垂れ死にかけていた孤児の母と出会った。

 母を連れてダンジョンに戻り、共に暮らし、惹かれ合って…… やがて、俺が産まれた。

 俺を産んだ後、母は怪物狩りに来た冒険者たちから異端児を庇い、殺された。

 ヴィーは最初、人間と共存する道を探していた。その日を境に、ヴィーの方針は人間を支配するそれに変わった。

 ヴィーもなんだ。あいつも、この間違った世界に人生を歪められた被害者だ。

 

「モンスターは元々、人間だった。彼らは神の娯楽の道具として、ダンジョンに囚われていたんだ。人々の魂を使い回し、モンスターを生み出す装置。それがダンジョンの正体だ。異端児は…… システムの不具合。ダンジョンからすれば、バグみたいな存在だ。ヴィーの目的はダンジョンを破壊し、異端児を再び人間として生きさせることにあった」

 

 ヴィーはいつも言っていた。

 神に弄ばれた命。だけどせめて、人間として生きれる可能性がある異端児だけは、人間らしく生きさせてやりたいと。

 

「彼は、異端児と人は分かり合えないと決め付けている。だから、異端児が平穏に暮らせるように、地上にいる全ての人間を屈服させるやり方を選んだ。俺も、そのやり方が間違っているのは分かっている。それでも、唯一の肉親だ。裏切るわけにはいかなかった」

 

 ヴィーの計画が進めば、その分だけ顔も知らない誰かの屍が積み上がっていく。それでも、俺はヴィーを止めることはできなかった。

 だって、ヴィーの願いは誰よりも純粋で、間違いなんかじゃなかったから。

 ベル君に託そうとしてる時点で、ヴィーの願いを踏み躙っているのは分かっている。だけど、ヴィーのやり方では誰も幸せになれないと、どうしてもそう思ってしまう。

 俺は、有馬さんのように生きることを盾にして、誰かに押し付けることを正当化しようとしていた。卑怯者だ。それでも、俺は──。

 

「アリマさんは…… 僕に何を望むんですか?」

「……」

 

 ずっと隠してきた俺のスキル、隻眼の王。

 俺が死ぬとき、俺が敗北を認めた相手に、俺の全てを受け継がせるというスキル。

 ベル君は多分、この世界で誰よりも強くなる。それこそ、神の領域に足を突っ込むかもしれない。降って湧いた強大な力。それでも、そんなものに振り回されず、正しいことに使ってくれると、俺は信じている。

 だから、その力で──

 

「ヴィーを止めてくれ。そして、異端児たちを守ってくれ。俺では、ダメだ。あいつらを最後まで守ることは、できない。お前が王として、異端児を導いてくれ」

 

 何故なら俺は、もうすぐ死んでしまう身だ。異端児を最後まで守れない。

 俺やヴィーという抑止力がなくなったとき、人間たちは異端児を排除しようするだろう。それだけ、モンスターと人の間にある溝は深い。

 だから、誰かに託すしかなかった。強くなるのはもちろん、他人のことを思いやれるような、優しい誰かに── カネキ君のように。

 

「頼む、お前にしかできないことなんだ……」

 

 永遠にも感じる間。

 ベル君はまだ、何も答えない。

 

「……分かり、ました。僕が、異端児を守ります」

 

 その答えを聞いて、心に絡みついていた鎖が、ようやく解けたように感じた。

 もう何も見えなくなった右目から、自然と涙が溢れ出た。

 

「……ありがとう」

 

 ああ、意識が遠のく。もうそろそろ、時間だ。

 

「お、おれは……」

 

 伝えるべきことは、全て伝えた。それでも、俺はまだ言葉を紡ごうとしている。

 

「ずっと、異端児たちを守ってくれる英雄を、探していた。時間ばかりが過ぎて、もうダメかもしれないと諦めかけていた。だけど、あの日、お前と出会うことができた。だから──」

 

 

 

 

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていなかった」

 

 

 

 

 あの日、ベル君と出会ったのは必然だった。

 俺はきっと、この瞬間のために、生きてきた。この選択はきっと、間違いなんかじゃない。ベル君に希望を託したのは、間違いなんかじゃないんだ。

 

「……やっと、託せる。何かを残すことができる」

 

 だから、ベル君。君が気に病む必要はない。

 誰よりも死を欲していたのは── 死神()自身なのだから。

 

「アリマ、さん……!」

「有馬…… か。おれは…… 有馬貴将として、ちゃんと生きていけたか……?」

「なにを…… なに言ってるんですか!!! アリマさんはアリマさんですよ!!! 僕が尊敬する、たった一人の……!!!」

「……そうだな。俺は、キショウ・アリマだ」

 

 最後の後悔。それは、有馬貴将としてベルと接してきたこと。ずっとずっと、本当の自分の言葉をかけることができなかった。ベルと本当の意味で向き合っている気がしなくて、心にずっと棘が刺さっていた。

 だから、最期だけは自分の言葉で。ここまで頑張ってきたんだ。この瞬間くらい、大目に見てもいいだろう。

 

「ベル…… ごめんな、辛い思いをたくさんさせて。だけどおれ、お前と会えて、幸せだったよ」

 

 そう、息子ができたみたいで幸せだった。

 失っていくしかないのは、この世界でも同じ。だから、唯一の希望はつなぐことだ。ベル君こそが、自分の行動が、自分の生きた時間が、無意味なものじゃないという証明になる。

 天に向かって手を伸ばす。

 もう笑ってしまいそうになるくらい、俺の腕は鉛のように重くなっていた。

 それでも俺は、手を、伸ばした。伸ばしたかった。

 

「叶うなら、もっと、お前と……」

「アリマ、さんっ……!!!」

 

 ──生きて、みたかった。

 

「………………べ……ル……」

 

 遠くで、誰かの泣き叫ぶ声が聞こえた。

 俺の意識は、微睡みに溶けていった。もう二度と目覚めることない、静安なる微睡みへ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 アリマさんが、しんだ。僕の腕の中で、眠るように死んでいる。

 涙はもう、枯れてしまった。胸を締め付けるような哀しみが、今も降りかかっている。だけど、それだけじゃない。

 アリマさんは、僕に託してくれた。

 隻眼の王。アリマさんが死んだ瞬間、彼の力が僕に受け継がれたのが分かった。

 半人間。異端児。隻眼の黒竜。まだ、わからないことがたくさんある。だけど、アリマさんは僕を信じて、僕に託すために戦っていることがわかった。それだけで、それだけで十分だ。

 ふと、足音が聞こえた。足音は一つ分。少し離れた場所に、複数の気配もある。

 

「ベル・クラネルだな」

 

 この声は、ラウルさん……。

 ラウルさんはアリマさんの部下だ。敵なのか味方なのか、わからない。アリマさんが死んだこの状況、仇を取るために背後から襲われてもおかしくない。

 だけど僕は、振り返らなかった。あと少しだけの時間、こうしていたかった。

 

「……アリマさんは、亡くなられたのか」

「……はい」

「……そうか」

 

 僕がアリマさんを殺したと思っても仕方ない状況なのに、ラウルさんは怒るでもなく、動揺するでもなく、ただありのままに事実を受け止める。

 

「ラウルさん、敵ならあなたも……」

 

 言葉の途中で、ラウルさんは僕に近づいた。

 まるで、僕が攻撃なんてするわけないとわかっているように。

 

「戦う気はない」

 

 ラウルさんは片膝を地面につき、僕の腕の中で眠っているアリマさんを見つめた。

 

「自刃か」

「……──はい」

 

 アリマさんの喉元の傷を見ながら、ラウルさんはそう言った。その言葉に、僕は短く肯定することしかできなかった。

 足音が複数聞こえる。遠くの場所で固まっていた気配が、だんだんと近づいてくるのがわかった。

 振り返ると、そこには様々な種類の人型モンスターたちと、ラウルさんと一緒に姿を消したはずのティオナさんがいた。

 ティオナさんは目を赤く腫らしていて、いつもの元気な姿からは考えられないほど表情を暗くしていた。

 

「……ねえ、ラウル。私も、アリマにお別れを言ってもいいかな」

「ワタシ、たちも……」

「……ああ」

 

 ラウルさんが小さく頷く。

 僕はアリマさんを地面にそっと寝かせて、ラウルさんと一緒にその場から離れた。

 

「ゆっくり休んで、アリマ。あなたの想いは、私たちがちゃんと受け継いだから」

 

 ティオナさんはそう言いながら、太腿の上にアリマさんの頭を乗せた。アリマさんの頬に、数滴の涙が零れ落ちた。

 ティオナさんのその姿は、我が子の眠りを見守る母親のようだった。

 

「アリマ…… アリマァ……」

「……がんばったんだね、アリマ。ごめんね、ずっと辛い思いをサセて……」

 

 全員がアリマさんを囲みながら、涙を流していた。僕はただ黙って、その光景を見ていた。

 

「ラウルさん、彼らが……」

「異端児だ。キショウ・アリマは、彼らの希望だった」

 

 彼らが、異端児。

 アリマさんの死を悼む彼らを見て、思う。彼らは化物なんかじゃない。僕ら人間と、何も変わらない。

 だって、言葉も話せて、誰かのために泣けるのだから。姿形なんて、些細な問題だ。

 

「ラウルさん…… あなたは……?」

「俺はただの部下だ」

 

 ラウルさんの言葉はそれだけだった。だけど、その言葉からはラウルさんなりの哀しみと、アリマさんの意志を継ぐ決意が感じられた。

 

「ついて来い、この戦争を終わらせる。俺たち異端児一派はキショウ・アリマの命により…… 隻眼の王の指揮下に入る」

「隻眼の、王……」

「異端児たちを束ねる者の名だ。受け継いだんだろう、隻眼の王を」

 

 ラウルさんは全てを知っていた。いや、もしかしたら僕以上に事情を知っているのかもしれない。

 

「……最初から、こうするつもりだったんですね」

 

 ラウルさんは黙って頷いた。

 

「ラウルさん、僕もアリマさんにお別れを言っても?」

「ああ」

 

 折れたフクロウを拾う。

 アリマさんの元へ足を進めると、異端児たちとティオナさんがその場から離れた。

 気を遣わせてしまっただろうか。辛いのは、僕だけじゃないのに。だけど、今はその気遣いが素直に嬉しかった。

 花々に囲まれて眠っているアリマさんの前で両膝を地面に突き、フクロウを墓標代わりに地面に突き刺す。

 

「アリマさん……」

 

 彼はもう、目を開けることはない。だけど、その意志は僕らの中で……。

 フクロウを両手で握り、目を瞑る。

 思い出すのは、アリマさんと初めて会ったとき、

 

 ──ぼくをなんどもころしたひと。

 

 一緒に稽古をしたとき、

 

 ──ぼくをつよくしてくれたひと。

 

 モンスターと戦ったとき、

 

 ──ぼくに希望をたくしたひと。

 

 本気でぶつかり合ったとき、

 

 ──アリマさん。

 

 そして、笑いあったとき。

 

 ──あなたはぼくのせんせいで、

 

「僕、幸せでしたよ」

 

 ──おとうさんでした。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 隻眼の黒竜が現れてから、戦況は一変した。

 示し合わせていたかのように、囲むようにして怪人たちが現れた。その中には、おそらく怪人たちのリーダーであるレヴィスもいる。

 一箇所に固まっていた冒険者たちは、一転して囲まれる側となってしまった。

 第一級冒険者たちは隻眼の黒竜に、残りは怪人たちにといった具合に戦力が分断された。

 現れた怪人たちは、最初に現れた怪人たちと比べて段違いに強力だった。

 冒険者たちの屍が、どんどん積み重なっていく。ある者が戦意を無くし、レヴィスに跪いて祈るように手を合わせていた。

 

「頼む、見逃して、見逃してくれ!!」

 

 レヴィスは冷徹な目で、その冒険者を見下ろしていた。

 

「あぴゃ」

 

 小さな断末魔が響く。

 ごとり、と首が地面に落ちた。

 

「……ダメだ。お前たちはここで滅されろ」

 

 糸が切れた人形のように、体の方も地面へと倒れる。

 レヴィスは剣を払い、刀身にこびりついた血を地面に飛ばす。

 次の獲物を求め、レヴィスは視線を走らせる。

 そして、気づく。かつての戦友の忘れ形見が、自分に剣を向けていると。

 

「レヴィス……!」

「……私に構っていいのか、アイズ? 全員でかからなければ、隻眼の王には勝てんぞ」

「あなたを止めるのが、私の役割。……それに、あなたには聞きたいことがたくさんある」

「私に話すことなどないが…… お前だけは、死なせるわけにはいかない」

 

 2人の剣が重なり合う。

 場所は変わり、戦場の中心。

 隻眼の黒竜とアイズを除いたロキファミリアを始めとした主力メンバーが戦っていた。

 隻眼の黒竜はその巨体からは考えられない速さで動き、近づく機会すら与えない。魔法を当てようとも、その硬い鱗を貫くことはできない。

 Lv7にランクアップしたフィンがいても、未だに攻めあぐねていた。長期戦に持ち込まれれば、倒れるのは間違いなくフィンたちだ。

 

「総員、撤退だ!! 怪人の包囲網を破って、戦線から離脱しろ! 隻眼の黒竜は僕が抑える!」

「団長、ですが階位昇華が!!」

「行け、団長命令だ!」

 

 階位昇華が効く時間はあとわずか。それでも今の自分なら、時間稼ぎくらいはできる。

 全滅だけは、絶対に避けなければいけない。第一級冒険者がいなくなれば、人類が隻眼の黒竜に対抗する術はない。

 小人族の未来── いや、人類の未来のため、この身を贄に捧げよう。ティオネたちが逃げてくれれば、希望はまだ潰えない。

 

『逃すと、思うか?』

 

 隻眼の黒竜が空高く舞い上がった。

 そして撒き散らされる、羽の雨。

 一撃一撃が、ひとを殺すにはあまりにも過剰な威力を秘めている。誰一人生きて帰さないと、そんな想いが強く感じられる。

 あまりにも圧倒的。隻眼の黒竜は、まだ本気ではなかったのだ。この場にいる全員が絶望に呑まれ、死を覚悟する。

 

『!!!』

 

 羽の雨を、炎雷が焼き焦がす。

 何が起きたのか、全員が理解できなかった。

 ただ唯一、魔法に長けたリヴェリアだけが、事態を把握しかけていた。

 

「これは、ファイアボルト……!? だが、ありえない……!! 何だこの出力は……! それに、この魔法は……!!」

 

 この魔法は、アリマのナルカミ──!

 空気が震える。あれだけ激しい戦闘音が響いていた戦場が静まり返る。

 全員が感じ取っていた。

 何かが、来る。

 途轍もなく強大な、何かが。

 

 ──私たちのネガイを聞くヒツヨウハ、モウありません。

 

 ──コロシタンダロウ、セキガンノオウヲ?

 

 ──キショウ・アリマを殺した冒険者は、かならず最強の存在となる。

 

 ──それは煌々と、太陽が放つ暈のように。

 

 ──ありまがあたためていた、玉座。

 

 ──座すも壊すも、お前次第だぜ。

 

 風が、凪いだ。

 この戦争を終わらせるため、一人の少年が隻眼の黒竜の前に降り立つ。

 

()は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隻眼の王だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




英雄(アルゴノゥト)
・勝ちたいという想いを力に変え、自身のステイタスを大幅に増加させる。
・反動はない。ぶっちゃけチート。

隻眼の王
・これまでの経験値、技術、魔法を、自分に勝った者に受け継がせる。
・自分が死ぬことで発動する。孤独の王様同様、戦闘には何も役に立たない。



 私自身、1話からずっとこの瞬間を待ち続けていました。
 読者の皆様も、思いの丈をぶつけてきてほしいです。
 次回で最終話というか、エピローグです。投下するまで時間が空くかもしれません。気長に待ってくれると幸いです。
 では、最終話でまたお会いしましょう。


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