ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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そして、ダンジョンに白い死神がいるのは──

 隻眼の黒竜と化したヴィーは、信じられないものを見るような目をベルに向けている。

 

『貴様は…… ベル・クラネルか!? 何故だ、キショウが始末しに向かったはず……!』

 

 取り逃がしたのか、キショウが。ヴィーは確信もないのに自然と、そう結論づけていた。

 アリマは自分よりも強いのだ。そんな彼が、誰かに負けるわけがない。ヴィーは誰よりもアリマの力に信頼を置いている。

 

「彼は、僕が倒しました」

『……馬鹿、な………… キショウ……』

 

 だからこそ、ベルの言葉は衝撃的だった。

 自分と同じ隻眼の王を名乗る少年。まだ、20にも満たないだろう。

 しかし、この刺さるような威圧感──。目の前の少年の言葉を、嘘だと切って捨てることができない。

 

「あなたを止める。それがここに来た理由だ」

 

 鐘の音が響いた。

 天まで響くような、清廉な鐘の音。怪人たちですら戦うことをやめ、じっとその鐘の音を聞き入った。

 ベルの全身が、蒼白い光を纏う。ベルの力がさらに跳ね上がったのに気づいたのは、果たして何人いるだろうか。

 

『やってみろ、ベル・クラネル。キショウが倒されようと、俺は止まらない!』

 

 隻眼の黒竜の爪と、ユキムラが重なり合う。

 衝撃波が巻き起こる。地面はひび割れ、礫は宙に舞う。

 

「……ッ、王!」

 

 レヴィスは焦った様子で、隻眼の王同士の衝突を見ていた。

 あれと、戦わせてはいけない──!

 レヴィスの本能がそう訴えかける。

 加勢しなければ。アイズを無視して、隻眼の王たちの戦場へと向かう。

 

「待って!」

「引き止めろ!!」

 

 怪人たちがアイズの行く手を遮る。

 これだけの数、いかにアイズといえども突破するには時間がかかるはずだ。

 

「!!??」

 

 反射的に剣を構える。敵が、いる。

 斬撃を受け止める。首を狙っていた。完全に取りに来ている。

 両手が痺れ、剣が軋む。重い一撃だ。かなりの使い手だと、そう直感した。

 

「きさ、ま……」

 

 自分に攻撃を仕掛けた相手は、レヴィスが見知った人物だった。

 

「裏切ったか、ラウル・ノールドッ!!!」

「……」

 

 ラウルは酷く冷めた目で、レヴィスを見る。

 

「お前たちの仲間になった覚えはない。俺は最初から最後まで、アリマさんについていっただけだ」

 

 ……何も、問題はない。そうだ、今までと何も変わらない。目の前に立ちはだかる障害は叩き潰す。この男を殺して、先へ進むだけだ!

 

「どけえええええええ!!!!」

 

 レヴィスの怒涛の連撃に、ラウルは後ろに下がりながらもいなす。

 

「王の戦いに横槍はさせない」

 

 ラウル・ノールド。

 アイズ・ヴァレンシュタインを始めとするロキファミリアの第一軍と、なんら遜色無い実力を持っている。

 しかし、その実力を覆い隠して余りある華のなさで、巷で話題になることはまずない。超凡夫という二つ名も、神会史上最速で決まった。

 だが、それでも彼は──

 

「お前も」

 

 ラウルは伸び切ったレヴィスの腕を絡み取り、地面に倒す。

 レヴィスはうつ伏せになって倒れる。起き上がろうとするも、身体の上に乗ったラウルにより右腕は足で踏みつけられ、左腕は手で掴まれる。

 ひやりとした金属特有の冷たさが首筋に走る。ラウルは空いてる手でナゴミを持ち、レヴィスの首に刃を当てている。

 

「黙って、見ていろ」

 

 ──キショウ・アリマに師事した一人だ。

 その強さは、対人戦でこそ発揮される。

 長い間アリマに教わってきたのは、格上を殺すための戦い方だ。

 

「それができないのなら、首を刎ねる」

 

 刃が食い込み、血が流れる。

 レヴィスが見たラウルの目は、少しも揺らいでいなかった。

 脅しでも何でもない。身動きを取れば、彼は呼吸をするように自分の首を刎ねるだろう。

 

「ああ、そうしろ──」

 

 自分の命惜しさに黙って見ているくらいなら、たとえこの命を投げ出すことなろうとも!

 ラウルが首を刎ねようとした、その瞬間。

 

「ラウル!!」

「……」

 

 ぴたり、とラウルの動きが止まる。

 ラウルは声のした方に視線を移すと、そこには息を切らしているアイズの姿があった。

 

「この人は、私が見てる。だから、お願い。殺さないで……!」

 

 短い間、ラウルとアイズの視線が交差する。

 

「ぐっ!?」

 

 レヴィスの背中にナゴミが突き立てられる。

 ラウルはレヴィスの背中から降りると、手近にいる他の怪人へと向かった。

 アイズは慌ててレヴィスに駆け寄り、間髪入れずに拘束する。

 

「良いのか、私を生かして」

「勘違いしないで。あなたがしたことは、許されることじゃない。だけど、このまま逃げるように死ぬなんて、絶対にダメなこと。だから、生きて」

 

 レヴィスは大きく目を見開いた。

 アイズの姿が、かつての団長の姿が重なった。

 

「……お前は、団長にそっくりだな」

 

 懐かしそうに、そして嬉しそうに、レヴィスは微笑んだ。

 

「ガアアァァァァ!!!!」

 

 リザードマンやガーゴイル、グリーンドラゴンといったモンスターたちが怪人に襲いかかる。

 その強さは正に一騎当千。少なくともその実力は第一級冒険者相当はあるだろう。

 

「こいつら、モンスター……!? なんで、モンスターが俺たちを助けて……」

「っの、化物ぉ!」

 

 あまりに格が違う戦いぶりを恐れ、冒険者の一人がモンスターを攻撃しようとする。

 

「やめろ!」

 

 次の瞬間、その冒険者はティオナの大双牙によりぶっ飛ばされる。

 

「この人たちは敵じゃない!! 今度同じことをしたら、ぶっ飛ばすだけじゃ済まないぞ!!」

 

 あまりの迫力に、冒険者たちは震えながら頷いた。

 

「ティオナ!」

 

 ティオナの声を聞き、姉であるティオネが一早く駆け付ける。

 ティオナの顔はやはり哀しそうで── だけど、それを受け入れながら戦おうとする、強い覚悟がそこにはあった。

 

「あんたアリマについたんじゃ…… というか、何でモンスターと戦って……」

「話は後! 今は、この戦争を終わらせないと!」

 

 この戦争を終わらせる鍵は、彼が握っている。

 自分にできることは露払いくらい。

 羨むように、信じるように、ティオナは隻眼の王同士の戦いに目を向けた。

 彼らの戦いは、終始ベルが圧倒していた。

 爪をいなし、羽の弾丸を弾き、空間さえ斬り裂くような鋭い斬撃を何度も浴びせている。

 Lv7の状態のフィンを含む第一級冒険者たちが、束になっても敵わなかった隻眼の黒竜をこうも一方的に。その強さは恐怖を通り越して、いっそ物語の中から飛び出してきた主人公のような、非現実的なものに感じる。

 あまりに格の違う戦いに、見ていることしかできない。

 

『何故、異端児まで……!!』

 

 ベルと戦いながらも、ヴィーには怪人たちと戦う異端児の姿を目に捉えていた。

 

「これが、みんなの答えです。断言します。あなたのやり方は間違っている!」

 

 自分は、間違っていたのか。

 思い返すのは、愛しき伴侶にきっといつか人間と分かり合えると語っていた遠い日々。

 

『そうだとしても…… 俺は跪かん! 過去と未来の俺が、それを許さん! 世界中でただ一人になろうとも…… 俺は、俺の道を誇る!』

 

 たとえ誰に否定されようと、今さら止まる気はない。止まれない。これはもう、ただの意地だ。

 これで最後だ。全身全霊を、この一撃に。

 右腕を肥大化させ、巨大な剣に変える。

 

『オオオオオオオオォォォォ!!!!』

 

 雄叫びをあげながら、ベルに向かって右腕を振り下ろす。

 

「終わりです」

 

 剣の上に立ちながら、ベルはそう告げた。

 そのまま腕を駆け上り、黒い鱗のような物体で保護されているヴィーの肉体をヘスティアナイフで斬り裂いた。

 ボロボロと、泥が削げ落ちるように隻眼の黒竜の姿が崩れていく。やがてバランスを失い、地面に崩れ落ちる。

 残ったのは、 隻眼の黒竜の本体であるヴィーだけだった。

 ベルは倒れているヴィーを眺めるだけで、トドメを刺そうとはしなかった。

 

「何故、俺を殺さない」

 

 自分を殺そうとしないことに疑問を持ち、ベルに問いかける。

 

「……僕は、あなたを殺す気なんて最初からない。アリマさんに頼まれたのは、あなたを止めることだったから」

 

 ヴィーは笑った。

 完敗だ。いっそ、笑えてしまうくらいに。

 この戦争は、自分たちの負けだ。目の前の少年に勝てない時点で、この戦争の勝敗も決した。

 怪人たちも制圧され、戦いの音が消えていく。

 戦争の終結を表すように、ポツポツと雨が降ってきた。

 

「ヴィー」

 

 聞き覚えのある声が、自分の名を呼んだ。

 

「リド……」

 

 声のした方に目を向けると、そこにはリドがいた。彼は最も付き合いの長い異端児だ。

 

「俺たちのために、本当の自分の願いを押し殺してまでよ…… お前は、本当にバカだ」

「俺の願い、か」

 

 本当の願い。それは、家族で一緒に、地上で穏やかに暮らすこと。忘れたことなんて一度もない。敵わない夢になってからもずっと、ずっとずっと願っていたから。

 

「……行こうぜ、ヴィー。今度は間違えねえように、俺たちが支えるからよ」

 

 リドの言葉に対し、静かに首を横に振る。

 

「悪いな、リド。俺はもう、長くない」

「……はっ、待て、どうしてお前まで!?」

「ダンジョンを壊す際、かなり無茶をしてしまった。魔石もこの有様だ。いつ砕けても、おかしくない」

 

 胸についてある魔石を見せる。

 魔石は暗く淀んだ色となり、大きくひび割れている。いつ砕けてもおかしくない状態だ。

 魔石が砕けては、異端児もモンスターと同じように生きていけない。白い灰になる瞬間を待つだけだ。

 

「本当は、もう少し長い時間保つはずだったんだがな。思わぬ強敵がいた」

 

 そう言いながら、ベルに目を向ける。

 

「……本当に、似た者同士だよ。お前とキショウは」

「そうだな。本当にすまない」

 

 親子揃って、本当に自分勝手だ。

 何も言わずに自分を犠牲にして、気付いた時にはどうしようもないほど手遅れになっていて。

 残される自分たちは、ただ看取ることしかできない。

 

「ベル・クラネル」

「……はい」

 

 ベルは倒れているヴィーに近づく。

 

「お前の中に、キショウを見た。お前の動きは、キショウの動きそのものだった。だが、それだけじゃない。上手く言葉にできないが、お前の中にキショウの意志を見た。……キショウは、死んだのか?」

「はい。僕に託して、逝きました」

「……そう、か。認めよう。これからは、お前が隻眼の王だ。その代わり、異端児をしっかりと守れ。不甲斐ない結果を残そうものなら、地獄でお前を呪い殺すぞ」

「任せてください。僕が、必ず……」

 

 ヴィーの指先が白い灰となって崩れ落ちた。

 このまま灰化が全身まで広がって、雨に溶けて消えていくのだろう。

 見上げれば、空にあるのは雨雲だけ。だが、自分のような悪人が最期に見る景色としては相応しい。自分のせいで、何人の人間が死んだのかさえよくわからない。

 

「……ここは、暗いですね」

 

 ベルは空に向かって右腕を伸ばした。

 

「ファイアボルト」

 

 途轍もない熱量を持った炎がベルの右手から放たれ、雨粒を蒸発させながら天に昇った。

 やがて炎は、雨雲を突き抜けた。ヴィーの真上の曇天にぽっかりと穴が開く。

 夜のような暗闇に差し込んだ陽の光は、まるで光の柱のようにヴィーに降り注いだ。

 

「陽の光……」

 

 灰化の進行は既に全身まで進んでいた。

 それでも、ヴィーは確かな暖かさを感じていた。

 

「ウキナ…… キショウ……」

 

 光の中── 妻のウキナが自分に手を差し伸べ、キショウは相変わらずの無表情で、自分がウキナの手を掴むのをずっと待っていた。

 

「俺の望みは、叶わなかったよ……」

 

 灰となり、崩れ落ちたはずの右腕を伸ばした。もう離すことのないようにと、確かにウキナの手を掴んだ。

 ウキナは労うように微笑みかけた。つられて、ヴィーも不器用に笑う。

 

「だけど、良い気分なんだ」

 

 白い灰は風に舞い上げられ、光の中へと消えていった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 黄昏の館の、とある一室。

 そこにはベルと、ロキファミリアの面々が集まっていた。

 

「全部、説明してくれんやろな」

「はい」

 

 今度ばかりは、絶対に話させる。

 そんなロキの威圧に屈したわけではないが、ラウルは素直に頷く。

 ダンジョンの真相。異端児。アリマは半人間だということ。アリマにはとうに時間が残されていなかったこと。そして、その目的。

 

「──話は以上です」

 

 それらの全てが、ラウルの口から語られた。

 大なり小なり、ここにいる面々は重い過去を背負っている。

 それでも、あまりに壮絶な真実に言葉が出なかった。

 

「アリマさんから、伝言があります。……赦されるとは思っていない。だけど、謝らせてくれ。迷惑ばかりかけて、本当にすまなかった、と」

 

 自然と、視線がティオネに集まる。

 妹を連れ去られ、IXAで腹を貫かれ、アリマに受けた被害が一番大きいのは彼女だろう。

 視線に気づいたティオネは、一つため息をついた。

 

「……ティオナを泣かせたのも、IXAを突き立てたのも、許してあげるわ。私たちはこうして、生きてるわけだし」

「……ありがとう、ティオネ。きっとアリマも、天国で安心してくれるよ」

「なんであんたがお礼を言うのよ、ティオナ」

 

 ティオネだけでなく、ロキファミリアの面々も同じ気持ちだった。

 ロキファミリアには、取り返しのつかない被害はなかった。しかし、他のファミリアや一般人は違う。アリマたちの行いで、明日を奪われた者は何人もいる。

 世間はきっと、彼らを許さないだろう。

 だが、それではあまりにアリマが報われない。彼は命をかけて、未来の礎になったのに。せめて自分たちだけでも、アリマを許さなければ。

 

「……他には、何か言うてへんかったか?」

 

 ラウルは少し目を伏せてから、口を開いた。

 

「……ロキファミリアの団員で、幸せだった。アリマさんは、そう言ってました」

 

 ロキは顔に手を当てて、どさりと地面に座り込んだ。

 

「阿呆や。うちは、ホンマにど阿呆や。あの子がそんな重いもんを背負ってるのに、なーんも気づへんかった」

「ロキのせいじゃないよ。わたしだって、自分が強くなることばかり、考えていて……」

 

 どうして何も言ってくれなかったのか。

 ……いや、全て話したとして、自分たちに何かできたのだろうか。アリマの味方をするということは、オラリオを裏切るということだ。モンスターの味方をするということだ。

 果たして、人類を裏切ってまでアリマについていける者が何人いるだろうか。そして、自分はアリマの味方であることができたのだろうか。

 

「……あいつは、全部覚悟の上だったのだな」

「はい」

 

 その覚悟はあまりに悲しく、強い。

 きっと、自分たちが何かしたところで今の結果は変わらなかっただろう。

 

「……私、もっとアリマさんとお話ししておけば良かったです」

 

 アリマは慕われていはいたが、やはりある一定の距離で壁を作っている印象があった。

 もしかしたら、自分が死んだとき余計に悲しまないようにと、彼なりの優しさから来るものだったのかもしれない。

 

「アリマの遺体は、どうしたのだ?」

「……21階層の花畑に埋葬してきました。アリマさんが、眠るなら故郷がいいと言ってましたので」

「……最後まで、マイペースなやつだ」

 

 リヴェリアは苦笑を浮かべる。

 ダンジョンは既に崩れ落ち、消滅してしまった。アリマが眠っている場所まで行くのは不可能だ。彼の遺体を弔うことくらいは、してあげたかった。

 

「ベル・クラネル」

 

 今まで無言を貫きていたベートが、突然ベルの名を呼んだ。

 

「お前は、アリマに勝ったんだな?」

 

 ベートの言葉に、ベルは困ったような笑みを浮かべた。

 

「確かに、アリマさんに勝ちました。だけど、誇ってもいいのかは、わかりません。アリマさんは、もう両目が見えていなかった。病気がなければ、絶対に勝てなかったと思います」

「だが、お前が勝った事実は変わらねえ」

 

 どんな条件であれ、勝った者が強者で、負けた者が弱者だ。

 時間を巻いて戻す術はない。もう二度と、アリマと戦うことはないのだから。

 

「俺は、お前に勝つぞ。お前に勝つってことは、アリマを超えたってことだ。アリマを超えるのを、俺は諦めねえ。また、俺と戦え。それで約束を守れなかったのはチャラにしてやる」

「ありがとう、ございます」

 

 ベートは目を瞑り、壁に寄りかかる。

 ベルを超えることが、彼なりのアリマへの餞なのだと、付き合いの長いロキファミリアの面々はわかっていた。いかにも彼らしいやり方だ。

 

「ベル君、異端児は今どこに?」

「はい、今は神様たちと一緒にいます」

 

 異端児はベルと共に暮らしている。

 人数が人数だから、教会の隠し部屋に住むわけにもいかない。ダンジョンで過去に手に入れた素材を売り払い、館のように大きな家を買い取った。

 

「……彼は、僕なんかよりずっとずっと、重い使命を背負っていたんだね。道理で強いわけだよ」

 

 力だけではない。その心も。

 アリマはアイズ以上に強さを求めて── いや、強くなるしかなかったのかもしれない。

 

「ダンジョンの真相を伝えても、人間たちの理解を得るのは難しいだろう。隻眼の黒竜たちに、たくさんの人が殺された。それでもやるのか…… なんて、無粋な質問だよね」

 

 目の前の少年は、アリマを倒すという最もと困難であろう試練を成し遂げたのだ。今更、こんなことに物怖じするわけがない。

 

「僕にも何か力になれることがあるなら、声をかけてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 ベルは頭を下げる。

 オラリオでも指折りの実力者である勇者の力を得られるのだ。どんなに心強いことだろうか。

 

「アイズさん、レヴィスさんは……」

 

 戦争が終わった後、レヴィスはそのまま拘束された。

 今も牢屋で、審判が下るその時を待っている。

 レヴィスのことが気がかりだった。彼女の事情は異端児から聞いた。彼女がしたことは許されることではない。それでも、悪と断じるにはあまりに悲しすぎる。

 

「どうにか極刑にならないよう掛け合ってるよ。レヴィスは罰を受けるべきだと思うけど、それでもお母さんの恩人だから……」

 

 アイズの目から、一筋の涙が流れた。

 

「……強くなっても、取り零すものは無くならない。……悔しいよ」

「その気持ち、僕もよくわかります。僕は死んだ祖父に何も返すことができなかった。それでも前を向いて、歩き続ける。きっと、託した人はそれだけで喜んでくれると思います」

 

 だからもう、僕も泣かない。

 ベルは自分に言い聞かせるように、そう言った。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 来る者を拒むように、鬱蒼と生い茂る森を抜ける。その先には、陽の光を反射して蒼く煌めく海を一望できる崖がある。

 波の音が優しく鼓膜を揺らす。潮の香りが鼻孔をくすぐる。

 色々な景色を見てきたけど、ここ以上に美しい場所を僕は知らない。

 崖の先には、十字架が建てられている。

 アリマさんの墓標だ。決して朽ちることのないよう、ヴェルフに頼んで特殊な鉱石で造った。

 ここにアリマさんは眠っていない。それでも、こうして弔うことに必ず意味がある。残された者に、必要な儀式なのだから。

 アリマさんの墓標まで歩く。道中には色鮮やかな花々が咲き誇っている。これらは全て、僕らが植えた花の種から生まれたものだ。

 アリマさんが教えてくれた。繋ぐことは、この世界で最も尊ぶべき行為だと。だから、僕らは花を植えた。この崖は最初、草一つ生えていない荒れた土地だった。

 

「……お久しぶりです、アリマさん。お花、また増えましたね」

 

 当然だけど、僕の言葉に答えてくれる人は誰もいない。

 だけど、それでいい。この言葉はアリマさんに届いていると、僕は信じている。

 

「あれからもう、2年になります。神様たちも、異端児も、ロキファミリアのみんなも、元気でやっています」

 

 ここに来るのは半月ぶりだ。忙しくて、今日まで来ることができなかった。話したいことが、たくさんある。

 

「まずはそうですね…… この前、ベートさんと戦いました。勿論勝ちましたよ。まだ、隻眼の王を辞めるつもりはありませんから。ベートさんは多分、今もどこかで修行してるんだと思います。戦う度に強くなってますけど、アリマさんを超えるのはずっと先になりそうですね……」

 

 神様に背中を見てもらい、隻眼の王の詳細を教えてもらった。

 隻眼の王は、負けた相手に己の力を受け継がせるスキルだ。その条件とは、自分が死んだとき。相手に殺された場合でも、自動的に発動してしまう。

 隻眼の王が発動したとき、アリマさんの力は含まれない。僕の経験値、魔法、スキル、そして隻眼の王を相手に継がせることになる。

 大きすぎる力は禍を呼ぶ。アリマさんもそれを分かっていたからこそ、こうやって制限をつけたのだろう。

 誰に隻眼の王を継がせるかは、まだまだ先の問題だ。だけど、僕はアリマさんとは別のやり方で継がせようと思っている。殺し合いなんかじゃない、もっと別の方法で……。

 

「リヴェリアさんとレフィーヤさんは、魔法の研究をしています。アリマさんみたいな半人間が生まれたとき、人並みの寿命で生きられるよう、新しい回復魔法を研究してるそうです」

 

 この先、異端児と人の間に子供ができるかもしれない。アリマさんと同じ子供たちを救うことが、自分たちにできるアリマさんへの餞だと2人は言っていた。

 

「ガレスさんはご隠居なさるらしいです。その代わり、ビシバシ弟子たちを鍛えるらしいですよ」

 

 ガレスさんが育てた人は強さもそうだけど、心も真っ直ぐに育っている。きっと、次の世代を担う人材になってくれるだろう。

 

「そうだ、アイズさんから聞きましたよ。アリアさんと一緒に、アリマさんの墓参りに行ったって。アイズさん、よく笑うようになりましたよね」

 

 レヴィスさんの話によると、アイズさんのお父さんはアリアさんを助けるためにダンジョンの最深部に潜り、そこで死んでしまったらしい。

 アイズさんの両親は、アイズさんを置いていったわけじゃない。家族で幸せに暮らすために、戦いに行ったんだ。

 それを知っただけでも、アイズさんの心は救われたはずだ。

 

「そういえば、聞きましたか? フィンさん、とうとうティオネさんの猛烈なアプローチに観念するらしいですよ。小人族もかなり復興してますし、きっと肩の荷が下りたんじゃないですかね?」

 

 隻眼の黒竜との戦争で活躍したのは、意外にも小人族だった。先陣を切り、仲間を助け、多大な戦果を挙げた。ダンジョンとは意味が違う危機的な状況に、逆に吹っ切れたらしい。

 小人族は心が強い種族だ。フィンさんやリリを見てれば簡単にわかる。

 隻眼の黒竜との戦争を経て、他種族の小人族を見る目が変わった。小人族も、この戦争で自信を取り戻したらしい。

 隻眼の黒竜がキッカケになるなんて皮肉な話だと、フィンさんがボヤいていたのが記憶に新しい。でも、この流れはフィンさんが今まで築いてきたものがあるからこそだと思う。

 

「……僕の方は、やっぱり忙しいです」

 

 あの事件で、世界の情勢は大きく変わった。

 ダンジョンの消滅により、オラリオの国力は大きく衰えた。魔石産業は廃れてしまい、ダンジョンで経験値を稼ぐこともできなくなった。隻眼の黒竜により破壊された街も修復しきれておらず、復興は今も続いている。

 だからこそ、国同士や権力者同士、いざこざは常に絶えない。それを諌めるのも、隻眼の王たる僕の役目だ。

 

「……ダンジョンの真相を、異端児を拒む人はたくさんいます。異端児と人を取り保つのは、思ったより難しいです」

 

 異端児を殺しに来る人も、果てには僕を殺しに来る人だっている。

 

「ティオナさんも、ラウルさんも、異端児のためにとてもよく働いてくれています。知ってますか、ラウルさんは犬が大好きなんですよ? 犬の異端児と接しているとき、凄い爽やかな笑顔で笑っていました」

 

 あの戦争の後、ラウルさんの雰囲気が少し変わった。前よりも感情を表に出している気がする。

 ティオナさんも、持ち前の明るさを取り戻してくれた。でも、アリマさんにプレゼントされた胸当を、愛おしそうに、切なそうに抱き締めているときがある。

 もしかしたら、ティオナさんはアリマさんのことを──。

 

「ロキさんも、色々と動いてくれています。アリマさんや異端児の運命を狂わせてしまった、せめてものケジメだって言ってました」

 

 あと、ダンジョンの誕生に関わっていた神々に、生まれてきたことを後悔させてやるとも言ってました。僕も、異端児とアリマさんの運命を狂わせた神は許せない。

 だけど正直、天界が心配です。

 

「リリも、ヴェルフも、春姫さんも、神様も、何も言わずに僕についてきてくれました。嬉しかったです、本当に」

 

 ダンジョンの真相と、アリマさんの最期を説明したら、やっぱりショックを受けていた。

 それでも、当たり前のように僕を助けてくれた。そして今も、僕に力を貸してくれている。

 

「リリが言ってましたよ。自分はアリマさんの言葉に救われた。だから、今度は自分がアリマさんのために戦おうって。僕にはできないような交渉術で、何度も力になってくれました」

 

 損得勘定は苦手だし、正直戦闘以外の駆け引きも苦手だ。そういったときは、リリが矢面に立ってくれる。

 元々素質があったのか、凄く頼りになる。実質的なリーダーはリリなんじゃないかって、時々思っちゃったりする。

 

「ヴェルフがIXAとナルカミを元どおりに修復してくれました。アリマさんの遺品として、今も大切に保管されています。この2年で、ヴェルフも凄く成長したんですよ?」

 

 IXAとナルカミを修復したいと申し出た鍛治師の人たちは山ほどいた。その中には、その道で有名な人もいた。

 だけど、アリマさんの遺言でヴェルフが武器の修復に指名された。ヴェルフも最初は驚いていたけど、是非やらせてくれと快諾してくれた。

 その経験があり、ヴェルフも大幅な成長を遂げたのだろう。

 アリマさんに武器の整備を任されたことを誇りに思うと言っていた。

 

「春姫さんは、異端児の遊び相手になってくれています。凄い人気者で、この前も大きくなったら春姫さんと結婚するんだって言われてましたよ。春姫さん、顔を赤くして困ってました。そういえば、僕が見てるのに気づいたら何故か慌ててたなぁ」

 

 春姫さんの優しさに、異端児のみんなもすぐに心を開いてくれた。

 きっと、僕たちの目指す世界には、春姫さんみたいな柔軟な心が必要になるのだろう。

 

「神様も、いつも僕を支えてくれています。誰よりも近くで、僕のことを……」

 

 隻眼の黒竜をたった一人で倒した僕のことを、異端児の味方をする僕を、化け物の仲間と罵る人もいた。

 神様はそんな僕を気遣って、いつでも泣いていいと言ってくれた。最初の頃は、よく慰めてもらった。

 

「異端児のみんなも、平和に暮らせています。ウィーネたちもどんどん成長して…… 言葉だって、スラスラ喋れるようになったんですよ」

 

 太陽の下で暮らせることを── アリマさんとヴィーさんに感謝しながら、上を向いて笑って生きている。

 その姿はとても眩しく、人間らしかった。

 

「僕、思うんです。少しずつだけど、世界は良い方に進んでいるって。誰かとわかり合うのは難しいけど、決して不可能なんかじゃないんです」

 

 確かに、異端児を受け入れられない人は多い。だけどそれ以上の数の人たちが、異端児を受け入れてくれている。

 

「それもこれも全部、アリマさんが僕に託してくれたからできたんですよ? アリマさんがいなければ、今の世界はありませんでした」

 

 だから、アリマさんがしたことは、アリマさんが生きていたことは──

 

 

 

 

「ダンジョンにキショウ・アリマ(白い死神)がいたのは間違いじゃなかった(間違っていた)

 

 

 

 

「あなたは死神なんかじゃない。僕たちに未来と希望を繋いでくれた英雄でした。それを証明してみせます。だから、ヴィーさんたちと一緒に見守っていてください」

 

 どれだけ時間がかかるかわからないけど、絶対に成し遂げてみせる。いつか、胸を張って隻眼の王を引き継げるように。

 

「そろそろ時間ですね。今度はじいちゃんと一緒に来ます」

 

 一礼して、来た道を引き返す。

 次に来れるのは、いつだろうか。

 

 ──頑張れよ、ベル。

 

 とても懐かしい声が聞こえた。

 弾かれるように振り返ると、優しい笑顔を浮かべながら十字架の前に立つアリマさんがいた。

 

「アリマさ──!」

 

 海から風が吹き、花弁を飛ばした。

 じゃれつくように飛んでてきた花弁に、思わず目を瞑る。

 再び目を開けると、そこには十字架が立つだけで、アリマさんの姿はなかった。

 アリマさんに会いたいという願望が生んだ幻かもしれない。それでも僕は、十字架に向かって笑い返した。

 アリマさんは確かにここにいた。そう信じることに、きっと意味がある。

 顔を上げて、空を見る。全てを包み込んでくれるような青空が広がっている。

 この世界がどうなっていくのか、僕にはわからない。それはきっと、神にだってわからないことだろう。

 だからこそ、必死に生きていこう。僕のおとうさんのように、誰かにきぼうをつなぐために。

 

 

 

 

 




 この小説の最後は「季節は次々死んでいく」をイメージしました。聴いたことのない人は是非。
 以上をもちまして「ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか」を完結させていただきます。
 どうにか完結させることができました。みなさんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。








 【注意】ここから後書きです。読み飛ばしてもらっても構いません。







あるほーす「有馬さんが死んじまった…… 寂しい…… ありまさぁん……」
あるほーす「よし、書こう。この寂しさを埋めるのだ」
あるほーす「ダンまちとかいいんじゃね? なんか上手くマッチしそうな気がする」
あるほーす「本人を出すのは畏れ多すぎるから、そっくりさんというかオリキャラにして…… そんで、最後は幸せになるように…… うん」
あるほーす「ダメだな、死なせよう」

 こんな流れで、この小説は生まれました。今思うと、よく最終話まで行けたと思います。ダンまちの設定を吸収するポテンシャルに驚きました。グールの設定が割とすんなり入れられました。あと、ベル君自身のポテンシャルもですね。気づいたらアリマさんに勝ってました。流石は原作主人公…… というかこの小説でもほぼ主人公ですかね。
 この小説を書いた反省点なのですが、ダンまちのキャラが扱い切れてませんでした。
 命とかもう、本当に申し訳ないです。原作ではヘスティアファミリアだったのに、族の撃ち音あたりで消えた……。なんというか、アリマさんがいたせいなのか、命がヘスティアファミリアに入団する画が浮かびませんでした。なんてこったい。
 リューさんに関しても、気づいたらフェードアウトしてました。一応話の本筋に絡ませようとしていた、過去の私の悪足掻きがありますね。本当は好きなんですよ、リューさん。ヒロインにしてもいいと考えてましたけど、そんな余地ありませんでした。というか、アリマさんとラブコメさせると悲恋一直線ですからね。悲しい。
 誤字の多さも反省点ですね。指摘してくださった方々、本当にありがとうございます。もう誤字りたくないとか言って、いつも誤字ってました。むしろこれが一番まずい。
 あと、本当はヤモリ枠を用意するつもりでした。アステリオスをとかヤモリ枠にピッタリじゃね、と。話のテンポと、アリマさんはそんなことをさせないだろと考えてオミットしました。拷問シーンを期待した方、申し訳ありません。
 この小説を書いて、非常に楽しかったです。本物に近づけたか分かりませんが、私の中にある有馬さん像を再現できました。この小説を機に、有馬さんが登場する小説が増えてくれると嬉しいです。では、後書きまで読んでいただきありがとうございました!

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