ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか 作:あるほーす
これは何かしなくちゃなぁ…… かっこ悪くてあの世にも行けねえぜ。
ということで番外編です。グールの巻末的な扱いでお読みください。
「おーいアリマ! あんた、ダンジョンに潜っとったからこの子ら知らんやろ?」
最初にその人を見たとき、とても綺麗な人だと思った。そして、触れれば消えてしまいそうな儚さがあった。雪みたいに真っ白な髪だから、そう思わせたのかな。
「この子たちが新しい団員や。ほれ、挨拶しい」
「ティオネ・ヒリュテです」
「ティオナ・ヒリュテです!」
私たちが頭を下げても、その人の表情は少しも変わらない。だけど、どこか歓迎してくれる雰囲気は伝わってきた。
「噂は聞いてるよ。俺はキショウ・アリマ。2人ともよろしく」
私たちがロキファミリアに入団してから、長い月日が経った。
入団したばかりの頃と比べたら、見違えるほど強くなれた。やっぱり、こんなに強くなれたのはダンジョンのおかげだと思う。
ダンジョンでは見たことのないモンスターが山ほど現れる。
どれも強くて、戦うときはワクワクした気持ちが溢れてくる。何より、みんなで協力してダンジョンを攻略していくのが、とても楽しい。
檻に入れられてたときとは大違いだった。あのときは、戦うことに対して恐怖と怒りしか心になかった。
テルスキュラから出て、世界の広さを改めて実感した。団長やリヴェリア、ガレスの戦い方から強さには色々な種類があると学んだ。
だけど、何よりも世界の広さを教えてくれたのはアリマの強さだった。アリマと一緒に戦って、彼の強さを肌で感じた。世界にはこんなに強い人がいるんだと、感動の気持ちさえ湧いた。あまりの強さに、彼はみんなから白い死神と呼ばれていた。
アリマの強さに、少しでも近づきたいと思った。一歩ずつ、確かに進んでいると思う。だけど、ゴールはずうっと遠くだ。
私がアリマの背中に追いつける日なんて、来るのかな──?
愛と師父
オラリオの外壁の先には、広大な平野が広がっている。その先には岩山には、たくさんの岩石が剥き出しになっている。
その岩山の頂上付近で、私はアリマの指導を受けていた。大双牙でそこらに転がっている岩を砕き続け、アリマは黙々とそれを見ている。
「やあっ!!」
大双牙を岩に叩きつける。
岩はその威力に耐え切れず、粉々になって砕け散ってしまった。
「ティオナ、大双牙を力づくで振り回してる。ちゃんと刃を意識しないと」
アリマから注意を受ける。
アリマの話では、大双牙を使いこなせば岩を叩き斬れるらしい。
「刃を意識……」
アリマに言われた通り、刃を意識して別の岩に大双牙を叩き込む。
しかし、先ほどと同じように、岩は粉々になって砕けてしまった。
「う〜ん…… いつもと変わらない」
どうすればいいのかと、普段はあまり使わない頭を悩ませる。
「借して」
「えっ?」
「一度、手本を見せる」
アリマに大双牙を渡す。私が砕いてきた岩よりも一回り大きなそれに向き合う。私には砕くことすらできないだろう。
だけど、アリマならきっと凄いものを見せてくれる。自然と、ワクワクした気持ちが溢れてくる。
アリマが大双牙を振る。岩は粉々に砕けず、縦に裂かれた。音もなく、まるで最初からそうだったように。二つに別れた岩は地面に倒れて、地響きを轟かせた。
「すごい……!」
岩石の片割れに駆け寄り、断面を手で触る。まるで鏡のようで、凹凸の感触を少しも感じない。
「どうやったの、アリマ!?」
「そうだな…… 刃の先まで神経を伸ばすような感覚でやればいいよ」
「……?」
刃の先まで神経を伸ばす…… その言葉に、私は思わず首を傾ける。
アリマの言葉は感覚的なものが多く、理論立てて教えてもらえることはない。私も感覚派だけど、アリマのは言葉が足りないと思う。
アリマの言葉を正確に理解できるのは、長年付き添ってきたラウルくらいじゃないかな?
「アリマさん」
「ラウル」
アリマの名を呼ぶ声を聞き、思わず振り返る。
こちらに歩いてくるラウルの姿があった。声を聞くまで、ラウルの存在にまったく気づけなかった。
アリマに目をやる。特に動じた様子はない。どうやら最初から気づいていたみたいだ。
軽く会釈をしてから、ラウルは私の横を通り過ぎた。
「リヴェリア様からご連絡です。至急、会議に来るようにと」
「わかった」
アリマは頷くと、私に向き直った。
「ティオナ、すまないけど……」
そう言いながら、大双牙を差し出す。私はそれを受け取り、アリマが気に病まないよう朗らかな笑顔を作った。
「カイギがあるんなら仕方ないよ! それに、ここまで教えてくれただけでも十分だよ!」
武器の扱いを教えてほしいと頼み込んだのは私だ。それに、ここまで指導してくれただけでも嬉しいし、感謝の気持ちでいっぱいだ。
「ティオナ、俺たちは帰るけど……」
「ううん、先に行ってて。私は少し、ここで練習していくから」
手を振りながら、オラリオへ戻るアリマとラウルを見送る。やがて、2人の姿が見えなくなる。
「よーし、やるぞー!!」
私は大双牙を掲げ、大声でそう叫んだ。気合を入れて取り組まなくちゃ!
いつの間にか日は沈み、夜。私は暗闇の中、持ってきたランタン代わりの魔道具を頼りに、岩山でひたすら岩を砕いていた。
アリマとラウルが岩山を去ってから今まで、ずっとこうやっている。目指すは、アリマがやったような、鏡のように滑らかな断面だ。
時がたつにつれ、音が小さくなっていく。飛び散る破片は減り、次第に岩は二つに分かれるようになった。
確かな手応えがある。だからもう少し、あと少しだけ。そう思いながら、私は大双牙を振る。
「はああぁぁぁ!!!!」
大双牙が岩を斬り裂く。
アリマのように綺麗な断面ではないけれど、確かに真っ二つに斬れた。
大双牙を落とし、その場でへたり込む。あまりの嬉しさと達成感に、逆に声が出ない。
「ティオナ」
斬れたタイミングを見計らっていたかのように、アリマが姿を現した。
「アリマ!」
「夜になっても帰ってこないから、迎えに来た」
そういえば、辺りが真っ暗になっている。
このときの私は極度の疲労で、アリマたちに心配をかけたことに気づけなかった。頭の中には、アリマに褒めてもらいたいという気持ちしかなかった。
「えへへ、見てよ、アリマ。私にもできたよ」
「……ああ、頑張ったな」
少しだけ、本当に少しだけアリマが笑ってくれた気がした。
アリマのその言葉を聞いて気が緩んだのか、そのまま私の意識はふっ飛んだ。
……。
…………。
「──!」
目を覚ますと、ベッドで横になっていた。ここは…… そうだ、黄昏の館の医務室だ。
どうしてこんな場所で寝てたのか、寝起きで働かない頭を働かせる。
……そうだ! 岩山で修行してたら、疲れてそのまま眠っちゃったんだ!
誰が運んでくれたんだろう。ともかく、慌ててベッドから上身を起こす。
「あら、やっと起きたのね」
ベッドの横にある椅子に、ティオネが座っていた。
「ティオネ、どうしてここに!?」
「あんたが夜通しで岩を叩いてたってって聞いたから、仕方なく様子を見に来てあげたのよ。1日ずっと寝てたのよ。まったく、どうしてこんなバカなことを……」
「あはは、ごめんなさい。ついつい熱中しちゃって……」
「ふ〜ん……」
ティオネはイキイキした目で、私の顔を見た。これは、新しいオモチャを見つけたときの目……!
「団長には敵わないけど、アリマもイイ男だもんねぇ。どうせアリマに褒められたかったんでしょう、んん?」
「!!??」
自分でも顔が赤くなるのが分かる。図星も図星、大的中だった。
姉妹だからか、それとも私がわかりやすい性格をしているからか。
「もう、からかわないでよ!」
こういうことでからかわれると、どうしても動揺してしまう。
やれやれ、とティオネが肩を竦める。恋に一直線のアマゾネスらしくないのは、私が一番よくわかっている。
ティオネは団長に対する好意を隠そうとしない。アプローチも直接的だ。だけどそれは、アプローチを受けている団長は時々困ったような顔をするけれど、なんだかんだで満更でもなさそうだからだ。
もし、アリマにそんなことをすれば? どんな反応が返ってくるのか、想像もつかない。受け入れてくれる? それとも、冷たい目で──。
相手が自分をどう思っているのか、まるで分からない。だからこそ、こんなにも怖くて、ドキドキするんだと思う。
「そういえば、アリマが医務室まで運んでくれたのよ」
「アリマが!?」
そういえば、意識を失う前に話をしていたのはアリマだった!
「お礼、ちゃんと言っておきなさいよ」
「うん、教えてくれてありがとう! そうだ、アリマがどこにいるか分かる?」
「さあ、知らないわ。黄昏の館のどこかにはいるんじゃない?」
「それじゃあ、地道に探すしかないか!」
ベッドから飛び起きて、医務室の扉へと走る。
アリマがどこにいるか分からないけど、走っていればそのうち見つかるはず!
「それと、ラウルにもね。アリマ、自分の方が力があるからって、重い方(大双牙)を持とうとしたのよ? ラウルが気を遣って、大双牙を持ったんだから」
「うへぇ!!??」
ティオネの言葉に、思わず足取りが乱れる。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
ティオネはイイ笑顔で手を振っていた。
……ラウルにも、お礼を言っておかなくちゃ。
そう思いながら、私は医務室から飛び出た。
「んー、どこにいるのかなー?」
さっきから手当たり次第に走り回っているけど、アリマは一向に見つからない。もしかして、黄昏の館の外にいるんじゃ……。
「ティオナ」
ふと、私の名前を呼ぶ声がした。
足を止めて、声のした方を見る。
「アイズ!」
「倒れたって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「あはは、心配かけてごめんね……。だけど、疲れて倒れただけだから、どこも悪くないよ!」
「そっか、良かった……」
ホッとした表情から一転、目を爛々と輝かしながら、グイッと顔を近づける。
「アリマに指導してもらったって聞いたよ。どんなことしたの?」
「大双牙の使い方を教えてもらったの。岩を一刀両断できるようになったんだよ!」
「羨ましい……」
「アイズもアリマに教えてもらって…… いや、教えてもらってはないかな、うん。見本は見せてもらったんだけどね」
刃の先まで神経を通せって言われたけど、岩が斬れるようになって、ようやく少し理解できるようになった。多分、それくらい自分の一部のように扱えってことなんだと思う…… 多分。
だけど、誰かにわかりやすく説明しろとなると、私もどう表せばいいのかわからない。
「あっ、そうだ! アリマがどこにいるか知らない?」
「アリマ? それならついさっき、鍛錬場にいたよ。万年筆でラウルと戦ってた。私も混ぜてほしかった」
「わかった、ありがとー!」
アイズにお礼を言ってから、鍛錬場まで走る。
ちょっと時間がかかったけど、無事に鍛錬場までたどり着くことができた。
「あれ、ラウルだけ?」
扉を開けると、そこにいるのはユキムラの素振りをしているラウルだけだった。そこにアリマの姿はない。
ここだけ煉瓦造りの部屋で、ちょっとやそっとの攻撃じゃ壊れないようになってる…… けど、またボロボロになった?
アリマがこの部屋を使う度に、新しい傷が増えてる気がする。
「どうした」
ラウルは素振りをやめて、私に話しかけた。
「実はアリマを探していて。医務室まで運んでくれたお礼がしたいんだけど」
「そうか、入れ違いだったな。アリマさんなら、次の遠征について団長と話し合いに向かった」
「えー!!?」
タイミングの悪さに、思わず叫ぶ。
鍛錬場に向かってる途中、すれ違ってもいいと思うんだけどなぁ。
「今ならまだ団長の部屋にいるかもしれない。行ってみたらどうだ?」
「うん、そうしてみる!」
「俺もアリマさんを見かけたら教えておく」
「ありがとう、ラウル!」
ふと、ティオネに言われたことを思い出す。ラウルが、アリマに代わって大双牙を運んでくれたんだよね……。
「……それと、昨日のことも」
その言葉だけで真意が伝わったのか、ラウルは少しだけ口を緩めた気がした。
「大したことはしてない」
ラウルは短くそう言った。全部わかってる、みなまで言うなって感じで。
なんだか恥ずかしくなって、私は逃げるようにしてフィンの部屋まで走ってしまった。ま、まあ、お礼もちゃんと言えたし、いいよね!
そのまま走り、フィンの部屋に着く。今度こそ、アリマがいればいいんだけど……。
「フィン、入るよー?」
「うん、どうぞ」
扉を開けると、そこにいるのは椅子に座っているフィンだけだった。
アリマがいなくて、思わず肩を落とす。そんな私の様子を見たフィンは、少し困ったように笑う。
「どうしたんだい、ティオナ。部屋に入るなり、ガックリして」
「実はアリマを探していて…… だけど、もう行っちゃったみたいだね……」
「ああ、アリマに用があったのか。アリマならついさっき、IXAの整備を依頼しに行ったよ」
「もー! アリマ忙しすぎー!」
こ、今度は黄昏の館の外に……。
アリマが毎日忙しいのは知ってたけど、こんなにやることがあるなんて。なんだか力が抜けちゃって、お客様用のソファーに全身を預ける。
「今日はアリマに会えないのかなー……」
「もしかして、昨日運んだお礼をしたいのかい?」
「どうしてわかったの?」
「アリマが君を腕に抱えながら、黄昏の館に帰ってきたからね。随分と幸せそうな寝顔だったよ?」
「!!??」
思わずソファーから跳び上がる。う、嬉しいような恥ずかしいような……! アリマがみんなの前で、私をお姫様抱っこするなんて……!
「ンー…… 時間があるのなら、アリマに何かお礼のプレゼントでも探してみたらどうだい?」
「!」
フィンの言葉にハッとする。頭の中の霧が晴れたような感覚だった。
「名案だよ、団長! そうだ、そうしよう!」
なんで今まで思いつかなかったんだろう。感謝の言葉と一緒にプレゼントを渡せば、アリマだってもっと喜んでくれるはずだ。
「でも、アリマに贈るプレゼントかぁ。う〜ん…… 何がいいのかなぁ」
アリマといえば、いつも戦っているイメージだ。だとしたら、プレゼントは戦いに関するものがいいんじゃないかな。
鎧…… 武器…… だけど、アリマっていつもIXAとナルカミを使ってるし、鎧を着たところも見たことがない。ここはいっそ、食べ物とか贈ってみればいいかな。
何を贈ればいいのか、一向に決まらない。そもそも、アリマって何が好きなのか話さないしなあ。
私の思考を遮るように、ノックの音が響く。
「邪魔するぞ、フィン」
「やあ、リヴェリア」
「次の遠征の編成なのだが……ん?」
部屋に入ってきたのはリヴェリアだった。
リヴェリアは私を見ると、少し意外そうな表情をした。まあ、フィンの部屋に突入するのはいつもティオネだからね……。
「ティオナ、どうしてここに?」
「実は今、アリマにどんなプレゼントを贈るか考えていて…… ねえ、リヴェリアはどんな物を贈ればいいと思う?」
「贈り物は自分で考えてこそ意味があるんじゃないか? それに、気持ちが篭っていればどんな物でも嬉しいものだ」
「そっか、そうだよね。自分で決めないと、意味がないよね……」
「そういえば、東のメインストリートに新しい本屋ができていたな。珍しい本がたくさん売ってそうだ」
「!!」
リヴェリアの言葉を聞いて、脳内にナルカミが疾ったようにピキーンと閃いた。
「そうだ、本! どうして気づかなかったんだろ!」
アリマの部屋には棚がビッシリ埋まるくらい本があるから、本が好きに決まっている。
「どうした、ティオナ?」
「何でもない! それとありがとう、リヴェリア、フィン!」
そうと決まれば、早速新しくできた本屋に向かおう。東のメインストリートなら、そう遠くないはず。
たくさんヒントをくれたフィンとリヴェリアにお礼をしてから、駆け足で部屋から出た。
「流石はロキファミリアの母親(ママン)だ」
「ロキの真似はやめろ、フィン」
部屋から出る途中、2人が何か話した気がした。走るのに夢中で、話の内容までは聞こえなかった。
黄昏の館を出て、東のメインストリートにできた本屋に着いた。
新しくできたって聞いたけど、落ち着いた感じの造りだ。昔からあったように、周りの風景に溶け込んでいる。
貼り付けられたガラスの向こうには、本の詰まった棚がズラリと並んでいる。
出入り口の扉を開けると、古い紙の匂いがした。アリマの部屋と同じ匂いだ。
店内を一通り歩き回りながら、アリマが好きそうな本を探す。
「結局、どの本を選べばいいんだろ……」
そういえば、アリマがどんな本が好きなのかも知らない。いつも読んでるのは難しそうな本で、私が横から覗いたときは目が回りそうになった。
私が面白いと思った本を選ぶしかない。だけど、私が読んだことのある本は童話だけ。アリマからすると、少し子供っぽいかもしれない。
……いいや、大丈夫! こういうのは気持ちだって、リヴェリアも言ってたじゃん!
童話コーナーで足を止める。本棚には、私が読んだことのある本がチラホラとある。
「う〜ん……」
私が一番面白いと思った本…… アルゴノゥトは置いていない。だけど、その次に面白いと思った本は置いてある。
そうだなぁ…… アルゴノゥトなら、私の持ってるのを貸せばいいかな。よし、この本を買おう!
その本は本棚の一番上の段にある。手を伸ばせば、ギリギリ届くかな……?
爪先立ちになり、限界まで手を伸ばす。
掴めそうで掴めない。もう少しで、届きそうなんだけどっ……!
「!」
誰かの手が本を掴んだ。
ウ、ウソ!? 1冊しかないのに!!
そう思っていたら、その人は本を私に差し出してくれた。もしかして、手が届かなかった私の代わりに取ってくれた……?
優しい人だなあ、ちゃんとお礼を言わないと。どんな人なのか、顔に目を向けると──
「はい、ティオナ」
「ア、アリマ!?」
本を手に取ったのは、なんとアリマだった。
「どうしてここに……」
「IXAの整備の依頼が終わったから、帰りに本屋にでも寄ろうと思って。そしたら偶然、君がいた」
目を泳がせながら本を受け取る。
正直、動揺が隠せない。まさか、プレゼントを選んでるときに会っちゃうなんて……。
「買ってあげるよ、折角だし」
短い言葉だけど、アリマがこの本を私に買ってあげようとしていると理解した。
「ダ、ダメだよ!!」
「ダメ?」
「あっ、いや、えっと…… 大丈夫だよ、自分で買うから!」
「……そうか」
思わず強く断わっちゃったけど、やっぱり不自然だったかな……。
お会計を済ませて、本屋から出る。
黄昏の館へと向かう。アリマは何も言わず、歩幅を私に合わせて歩いてくれている。それが少し、嬉しく感じた。
道行く人から視線を感じる。いや、視線を向けられているのは私というよりアリマだ。アリマにはその場にいるだけで、場の空気を緊張させるような不思議な雰囲気がある。
ふと、隣にいるアリマの横顔に目を向ける。アリマは相変わらずの無表情で、ただ前を向いていた。
「ね、ねえアリマ……」
「?」
アリマの瞳が私に向けられる。
「その、本の話なんだけどさ…… 童話とかって、好きだったりする?」
そのまま渡すのが怖くて、思わず童話が好きかどうか聞いてしまった。
アリマは少し考えるように、視線を落とす。
心臓がバクバクする。万が一、嫌いって言ったらどうしよう……。
「どんなジャンルでも好きだよ、俺は」
「そっかぁ……」
いつもと変わらない平坦な口調で告げられた言葉に、ホッと一息つく。
それなら、もう怖がる必要はない。足を止めて、ついさっき買った本を差し出す。
「実は、大双牙の扱い方と、医務室まで運んでくれたお礼に、この本をプレゼントしたかったの。アリマ、受け取ってくれる……?」
「ありがとう、ティオナ。嬉しいよ」
アリマは本を受け取ってくれた。しかも、ありがとうって言われて、自分でも恥ずかしくなるようなホワホワした気持ちになる。
「アリマ、その本読んだら感想聞かせてね!」
「ああ……」
足取り軽く、アリマの歩く先を行く。照れた顔を見られるのは、なんだか恥ずかしく感じた。
「……」
このとき、私はアリマがどこか遠くに目を向けているのに気づかなかった。
ダンまちなのに恋愛のカケラもねえぞオラァン! ということで、ティオナとの関係を補完する話をお届けしました。これできっとティオナも救われるはず……。
8000文字じゃ収まらないので後編に続きます。