ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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 どうしてこうなったのだろう。

 ベルはヘスティアの手を引きながら、ダイダロス通りの狭い小道を走る。

 横目で振り返る。やはり、白い巨大なモンスターが追いかけてきている。そのモンスターの名はシルバーバックという。

 怪物祭で偶然ヘスティアに出会い、一緒に屋台を見て回っていたら、闘技場から逃げ出したシルバーバックと鉢合わせしてしまったのだ。

 それだけならまだ避難するだけで良かったのだが、何故かシルバーバックは執拗にヘスティアを狙い続けた。他の人物になんて目もくれず、邪魔する建物は強引によじ登り、逃げ込んだ先であるダイダロス通りまで追いかけてきた。

 

(駄目だ、向こうの方が速い!)

 

 このままではいずれ追い付かれる。そう判断したベルは、少しでもヘスティアが逃げる時間を稼ぐ決意を固める。

 しかし、自分が時間を稼ぐと言ったら、ヘスティアはそれを絶対に認めないだろう。

 シルバーバックはベルのような駆け出しの冒険者では相手にもならない強敵。マトモに相手をすれば、負ける可能性の方がずっと高い。

 一本道が終わり、広い空間に出る。幾つかの道がある。どれを選べばいいのか……。

 

(あれは……)

 

 ベルの目に、おそらく地下へと続く通路の入り口が映る。

 

「神様、あそこへ逃げましょう」

「う、うん! 分かった!」

 

 走る速度を自然と落とし、ヘスティアを先に行かせる。

 ある地点を通過した瞬間を見計らい、備え付けられていた鉄格子の門を閉め、鍵をかける。

 ダイダロス通りなら、地下といっても出口は無数にあるだろう。戻ることはできなくとも、進むことはできるはずだ。

 

「ベル君、なんのつもり!?」

「神様、逃げてください。僕が時間を稼いできます」

「馬鹿言ってるんじゃない! ここを開けるんだ!」

 

 鉄格子を握りしめ、必死に開けようとするヘスティア。

 ちくり、とベルの心に痛みが差す。

 だけど、こうでもしないと、きっとヘスティアは自分のすることを止めるだろう。

 

「すみません、神様」

 

 ベルは振り返らずに走った。自分を呼ぶ名前が聞こえなくなるまで。

 シルバーバックと戦えば、死ぬかもしれない。それでも、ベルは行く。もう家族が失う苦しみを味わいたくないから。

 思い出すのは、嫌に日差しが強かったあの日。祖父がモンスターに追われ、そのまま深い谷から落ちたという報せが入った。たった1人の家族が助けを求めているかもしれないのに、何もできなかった。

 あんな思いをするのは、あれだけでもう十分だ。

 暴れる音を頼りに、シルバーバックのいる場所へと駆ける。

 

「ヴヴヴゥゥ……!!!」

 

 我が物顔で通路を徘徊するシルバーバックの姿が見えた。

 

「こっちだ、化物!!!」

 

 シルバーバックの注意がこちらに向き、追いかけてくる。

 これでいい。付かず離れずの距離を保ち、シルバーバックと戦える広い場所まで誘導する。

 ヘスティアと別れた場所とは違う広間に着き、ベルは足を止める。そして、ナイフを構え、シルバーバックを待ち構える。

 獲物を目前にした捕食者のように、シルバーバックは牙を剥き出しにしながら近づいてくる。

 ベルは震える足を叱咤しながら、ナイフを構え直す。

 

「——っ!!」

 

 次の瞬間、迫る拳。

 身を屈め、シルバーバックの巨大な腕をどうにか躱す。

 途轍もない拳圧を肌で感じる。マトモに受ければただでは済まない。

 しかし、アリマの攻撃よりも全然遅い。

 特訓の成果が出ているのだろうか。これなら勝てないまでも、時間を稼ぎ、逃げるくらいならできるかもしれない。

 

(もしかして、いける……!?)

 

 シルバーバックの手足を掻い潜りながら、すれ違い様にナイフを斬りつける。

 シルバーバックの白い体毛に、か細い赤い筋が刻まれる。切傷というにはあまりに烏滸がましいが、先に一太刀浴びせたという事実には変わりない。

 

(やれる! いや、やるんだ!)

 

 先ほどまで抱いていた不安は、自信へと変わっていく。

 ベルの動きは段々と単調になり、積極的に攻撃を狙うようになった。しかし、それを驕りと呼ぶには、あまりに酷だろう。

 今のベルは自分の力量を正確に把握しているし、足止めに徹するという心構えは変わらない。しかし、彼の後ろには守るべき家族が—— ヘスティアがいるのだ。

 何が何でも守り抜く。その想いの強さが、ベルの動きから精彩さを奪っていく。

 

「ごはっ!?」

 

 横腹に響く衝撃。

 何が起きた!? 攻撃は躱した筈!!

 吹き飛ぶベルが見たのは、鎖をジャラジャラと揺らすシルバーバックの腕だった。シルバーバックは獣なりの知能と直感でベルの動きを予測し、鎖を振るったのだ。

 壁に叩きつけられ、ずり落ちるベル。逃げようとするも、脇腹の痛みで立ち上がれない。

 自分はここで死ぬと、そう思った。

 

(神様、逃げ切れたかな……)

 

 脳裏に浮かぶのはヘスティアの姿。

 オラリオに来てから右も左も分からず、訪ねたファミリア全てに門前払いされて、途方に暮れていた自分に手を差し伸べてくれた人。その優しさが、何度自分を支えてくれたか。

 そして——

 

(アリマさん、ごめんなさい。僕はやっぱり、強くなれなかったです)

 

 アリマの姿だった。

 自分を救ってくれた人。そして、強くなると言ってくれた人。

 自分がここで死ぬと知ったら、悲しむだろうか。怒るだろうか。それとも、何も変わらないのだろうか。

 

「ベル君!」

 

 自分の名を呼ぶ声——。

 そこにいたのは、逃げた筈のヘスティアだった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 モンスターが逃げ出したというのに、人の往来は相変わらず盛んだ。

 そんな雑踏のすぐ横に、深刻な面持ちの女性2人がいた。ギルドの制服を着たエイナと、その同僚のミィシャだ。

 2人の表情が深刻なのは、闘技場からモンスターが逃げ出したことを知ったからだ。

 住民の安全を配慮したガネーシャの迅速な対応のおかげで、エイナやミィシャらギルド職員にもすでに知れ渡っている。

 

「それで、向こうは何て言ってるの?」

「この付近にいる冒険者に討伐の手伝いを頼んでくれって……」

「そう言われても、冒険者が都合よくいる訳……」

「少し話を聞かせてくれるか、エイナ」

 

 感情の起伏のない平坦な声。

 振り返ると、そこにはオラリオの白い死神、キショウ・アリマがいた。

 

「アリマさん!」

「生リマ!!!???」

 

 エイナはホッとしたような表情を見せ、ミィシャはあまりの衝撃にフリーズする。下の名前を呼ぶって、え? そんな関係?

 

「街にモンスターがいた。一応、駆逐しておいたけど。どういうことか聞かせてくれ」

「それは——」

 

 エイナが一連の事情を説明する。

 

「そうか、モンスターが脱走を」

「ええ、パニックを避けるために祭りは続けるそうですけど……」

「犯人の目星は?」

「いえ、全く」

 

 アリマは口に手を当て、少し考え込むような素振りをする。

 

「分かった、力を貸そう」

「本当ですか! アリマさんが手伝ってくれるなら心強いです!」

「モンスターの場所は分かるか?」

「まさかあのアリマさんが、ナンパするためにエイナを呼び出した? 白い死神が通常のあのアリマさんが? でも、エイナは美人だし、そんなことが起きても不思議じゃないかも」

「ちょっとミィシャ。知ってるのあなたでしょ?」

「ほぁっ!? えっと、はい、こちらです! 既に何人かの冒険者に対応してもらっていますが、モンスターが手強くて!」

 

 どうにか再起動したミィシャが、モンスターの姿が報告された場所へと案内する。

 アリマがいるからだろう。住民の誰もが道を譲り、いつの間にか一本の道ができていた。しばらく進むと、獣の咆哮と戦闘音が聞こえてきた。

 近づくにつれて、人の数も多くなっている。きっと野次馬たちだろう。

 人と人の間からチラリと見えたのは、数人の冒険者たちが虎のようなモンスターを囲んでいる光景だった。話に聞いた通り、どうやら攻めあぐねている様子だ。それほどにまで強いモンスターなのだろう。

 アリマは観衆の間を縫うように移動し、観衆と冒険者の間に進み出た。

 

「ア、アリマだ!」

「ほ、本物……!」

 

 アリマが来た。それだけで観衆は湧き、冒険者たちの顔が安堵に変わる。

 

「退がれ。俺一人でいい」

「「「は、はい!」」」

 

 冒険者たちは距離を取るが、モンスターは彼らに見向きもしない。ただジッと、アリマだけを注視していた。誰を警戒するべきか、本能で分かっているのだろう。

 

「……」

 

 スイッチを押す音が聞こえた。

 アタッシュケースが地面に落ちる。

 右手にはレイピアのような武器が—— ナルカミが握られていた。

 吠える間も許さない速度でモンスターの懐に潜り込み、ナルカミを振るう。縦に切り裂かれたモンスターは当然絶命し、黒い霧となって消えた。

 

「い、一瞬……!」

「すげえ、これがLv7か!」

 

 数人がかりでようやく膠着状態に持ち込んでいたモンスターを、たった一瞬で。

 エイナを始めとする観衆に、Lv7のデタラメっぷりを改めて見せつける。

 

「きゃああぁぁあああ!!?」

「うわああぁぁぁぁ!!??」

 

 観衆の中から悲鳴が響く。

 戦闘音を聞きつけたのか、人混みの向こうにオークの姿が見えた。

 冒険者からすれば、オークはあまり強くないモンスターだ。しかし、一般人からすれば途轍もない脅威だ。蜘蛛の子を散らすように、見物人たちは逃げていく。

 しかし、そこには逃げ遅れが—— 小さな子供が取り残されていた。恐怖で腰を抜かしてしまっている。

 オークがゆっくりと拳を振り上げる。近くに冒険者の姿はない。このままではあの子供が死んでしまう——。

 カチリ。再びスイッチを押す音。ナルカミの刃が4つに開く。

 アリマは、ナルカミをオークのいる方向に向ける。4枚の羽根の真ん中には、雷のような音を発するエネルギー体が形成されていた。

 次の瞬間、宙に雷撃が疾る。バチンと甲高い音が響く。オークは黒焦げになり、倒れる間もなく黒い霧となって消えた。

 子供はただ呆然と、地面にへたり込む。

 間もなくして、母親らしき女性が子供に駆け寄り、無事を喜ぶようにぎゅっと抱きしめた。

 

「……」

「アリマさん?」

 

 アリマは目を細め、その様子を見ていた。

 相変わらずの無表情。それでも、どこか哀しそうだと感じた。

 

「次」

「あっ、はい! こちらです!」

 

 アリマの短い一言に弾かれるように、ミィシャはアリマを別のモンスターのいる場所へと案内する。

 哀しそうに見えた表情はきっと気のせいだと、エイナはそう思うことにした。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 手持ちの閃光弾を使い、ベルとヘスティアはどうにか窮地を脱出した。だが、先ほど投げたのは最後の閃光弾。同じ手はもう使えない。

 どうにかシルバーバックを撒けたものの、再び見つかれば終わりだ。現実的に考えれば、あのシルバーバックを誰かが倒してくれるまでジッとするのが正解だ。

 しかし、ヘスティアは——

 

「ベル君、戦おう。君ならあのシルバーバックに勝てるよ」

 

 そう言った。その言葉に対し、ベルは静かに首を横に振る。

 

「何言ってるんですか。このまま隠れて、やり過ごすのが一番ですよ」

「僕だって、何も思いつきで言ってる訳じゃないんだ。もし、もう一度あのエテ公に見つかってみてごらん。ベル君はきっと、また僕だけを逃がすために囮になるんだろ?」

 

 神に嘘は通用しない。ベルにはその言葉を否定できない。

 

「あのエテ公が先に僕たちを見つける可能性だって十分にある。それなら、こっちから迎え討った方が——」

「無理なんですよ!」

 

 思わず声を荒げる。

 何をやっているんだ、僕は……。

 心のモヤモヤを吐き出したかったから、ヘスティアに矛先を向けただけだ。どうしようもなく自己嫌悪に陥る。

 

「神様だって見たでしょう。あのモンスターに負けた僕の、無様な姿を。どう頑張ったって、僕の力じゃ、あいつを倒せません……」

「何の根拠もなく言った訳じゃないさ」

 

 ヘスティアは優しく微笑んだ。

 

「君の力でもまだ足りないなら、僕が力を貸そう。ベル君、これを受け取ってくれないか?」

 

 ヘスティアから手渡されたのは黒いナイフだった。手に取ると、支給品のナイフとは比べ物にならない力を感じる。

 

「ベル君、僕を守ってくれて本当に嬉しいよ。だけど、それ以上に悲しい。ベル君が思うのと同じくらいに、僕だって君に生きてほしいんだ」

「神様……」

 

 分かっていたはずだ。自分が犠牲になって生き延びても、神様は喜ばないと。これはただの独りよがりの自己満足だと分かっていたはずなのに……。

 切り裂かれるような痛みが胸を過る。

 

「ベル君、ここでステイタスの更新をしよう」

「!」

「そのナイフは君と一緒に成長するんだ。君が強くなれば、そのナイフも強くなる。名付けてヘスティアナイフ! こいつで戦えば、あんなエテ公なんてちょちょいのちょいさ!」

 

 それでも浮かない顔のベルに、ヘスティアは言葉を続ける。

 

「そりゃあ、僕にできることはこれくらいだよ。だけど、一緒に戦わせてほしいんだ。僕も君と一緒に、命を懸けたい」

 

 どこまでも真っ直ぐに自分を信じる目。ベルはその目に釘付けになる。

 そうだ、アリマを師事した日から誓ったじゃないか。大切な人を守れるくらいに強くなると。そして、絶対に神様を1人ぼっちにしないと。

 

「……分かりました、神様。ステイタスの更新、お願いします」

 

 地面に寝そべり、ヘスティアにステイタスの更新をしてもらう。

 ヘスティアが—— 神様が、君なら勝てると言ってくれた。新しい武器まで贈ってくれた。

 恐怖はある。不安もある。しかしそれ以上に、勝ちたいという気持ちが溢れてくる。自分を信じるあの目が、何よりも勇気をくれる。

 これで熱くならなければ、男じゃない!

 

「いいよ、ベル君!」

 

 ステイタスの更新が終わった。ベルはゆっくりと立ち上がり、ヘスティアナイフを握る。

 壁の向こうをそっと覗く。ステイタス更新の光を目に捉えたのか、シルバーバックがこちらに来ている。

 

「行きます!」

 

 地面を蹴り、物陰から一気に飛び出す。ステイタスを更新したおかげか、体が軽い。

 シルバーバックの懐に入り込み、横っ腹をヘスティアナイフで斬り裂く。支給品のナイフとは段違いの切れ味だ。

 痛みに狼狽えつつ、闇雲に暴れるシルバーバック。しかし、感覚の冴え渡ったベルにそんな攻撃が当たるはずもない。

 ベルを捕まえようと、シルバーバックの巨大な掌が迫る。

 

(焦るな! 躱せる! アリマさんとの特訓を思い出せ!)

 

 こんな時、アリマならどうするか——?

 思い返すのは、短刀でゴブリンの首を斬り落としつつ、キラーアントにナイフを投擲したあの動作。

 考えるよりも先に、体が動いた。

 迫り来る掌を支給品のナイフで突き刺し、ヘスティアナイフをシルバーバックの胸に投擲する。掌をナイフで突き刺された痛みに、シルバーバックの動きが怯む。

 吸い込まれるように飛んでいったナイフは、回避行動を許すことなくシルバーバックの胸に突き刺さる。しかし、まだ浅い。シルバーバックを倒すには、まだ足りない。

 敵意で色濃く染まったシルバーバックの目。だが、そこにベルは写っていなかった。

 シルバーバックの真下に潜り込んでいたベルは、シルバーバックの胸の高さまで—— ヘスティアナイフが刺さっている位置まで跳び上がる。

 

「うおおおおお!!!」

 

 ヘスティアナイフの柄に手を当て、力の限り押し込む。サクリ、と。思ったよりも遥かにあっさりと、刃は奥へ食い込んだ。

 シルバーバックは短く呻き声を上げる。そのまま膝を突き、黒い霧となって消えていった。同時にゴトリと鈍い音を立てて、魔石が落ちる。

 

「やっ、た……」

 

 ぽつり、とヘスティアが呟く。

 

「やったあああああ!!!!」

 

 ヘスティアの喜びに満ちた叫び声が響く。

 いつの間にか、ダイダロス通りの住民たちや、騒ぎを聞きつけた冒険者たちがベルに拍手を送っている。

 

「やりました、神様……!」

 

 ベルとヘスティアは手を取り合い、ただただ喜びを分かち合う。

 

「やっぱり凄いよ、ベル君は。本当によく、頑張った……」

「神様!?」

 

 気を失い、地面に倒れそうになるヘスティア。ベルは慌ててヘスティアを抱きかかえる。

 建物の屋上には、そんな彼らを見下ろす2つの人影があった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 残り1匹の逃げ出したモンスター…… シルバーバックが1人の冒険者と女神を執拗に狙っているという話を聞き、今回の騒動の犯人はフレイヤに違いないと確信した。狙われているのはベル君とヘスティアだろう。

 あの女神、俺に任せるとか言って、すぐこれだよ。これはケジメ案件ですわ……。

 とりあえず建物の上を跳び回った。こういう黒幕系は高い所から主人公を見降ろしているものだって、俺知ってんだ。

 

『ズゥゥゥン……』

「!」

 

 何かが地面に崩れ落ちるような音が聞こえた。シルバーバックがいる可能性が高い。音のした方へと駆ける。

 ヘスティアを背負うベルの姿が見えた。

 建物や地面の所々が破損しており、戦闘があったと見受けられる。

 近くにシルバーバックの気配はない。そうか、たった1人で倒したのか……。やるな、ベル君。

 それなら、心置きなく目の前のフード女—— フレイヤに色々と言えるね!

 

「あら、流石に速いわね」

「……」

 

 今回は右手にはナルカミを、左手にはIXAを持っている。この意味が分かるかコラ。久方ぶりの本気スタイルって意味だ。

 

「ごめんなさいね。あなたに任せるって言ってたけど、ついつい我慢できなかったの」

 

 晩御飯のおかずつまみ食いしちゃった! ごめんね! みたいなノリで謝んなや。

 IXAとナルカミを構える。

 

「あら、怒っちゃった?」

 

 ええ、そこそこ。

 何より、その赤子が癇癪を起こしたような余裕綽々の態度にイラっとくるぜ。

 

「そうだ、こうしましょう。時期を見計らって、あの子には私の用意した試練を課すわ。きちんと強くなっているか、試す意味でもね。それなら私も満足できるわ」

「……」

 

 むっ、それくらいなら妥協した方がいいか?

 こっちだって、一応譲歩された身だ。それに、ベル君への干渉を一切禁止したら、今回みたいに何をしてくるか分からない。

 いやしかし……。

 

「沈黙は肯定と受け取るわよ?」

 

 ああ、めんどくせ。もういいよ、お好きにどうぞ。駆け引きとかあんまり好きじゃないんだって。

 

「ありがと。それじゃあ、またいつかお会いしましょう」

 

 それだけ言うと、フレイヤは屋上から飛び降りた。

 飛び降りた先の地面には誰もいない。

 下にスタンバッてたオッタルがフレイヤを受け止め、そのまま本拠へ帰ったのだろう。

 空から落ちる美女を受け止めた筋肉ダルマが、猛スピードでいずこへと去っていく。そう考えると、ちょっとシュールな光景だ。

 さてと、結局ナルカミとIXAの出番はなかったな。アタッシュケースに戻さないと。どこに置いたっけかなぁ……。

 屋上から飛び降り、地面に着地する。

 先ずはベル君たちの様子を見るべきか。それともアタッシュケースを取りに行くか。どうしようかな?

 

「アリマ、やっと見つけたで! どこ行っとったんやこのアホ!」

 

 背後から聞き覚えがある声がした。振り返ると、そこにはロキがいた。2つのアタッシュケースを抱えている。

 おお、俺のクインケのアタッシュケースを持ってきてくれたのか。

 って、あれ? なんか怒ってる?

 

「毎度毎度フラフラフラフラ、オカンの役目はリヴェリアだけで十分やっちゅーねん!」

「すまない」

 

 クレープ買ってきてって頼まれたけど、モンスターの気配がしたから、そのままそっちに行っちゃったんだよね。

 そりゃ怒るわな、うん。

 

「ま、まあええわ。逃げ出したモンスターの討伐に協力したとは聞いとったし」

 

 言い訳する前に納得してくれた。

 ロキは、俺の足元に2つのアタッシュケースを置いてくれた。

 理解のある主神様で、俺は幸せです。

 

「……さてとアリマ。お前、ベルっちゅーやつを育てて、何がしたいんや? うちくらいには、喋ってもええんやないか?」

 

 ロキの雰囲気が変わる。

 聞かれるだろうとは思っていた。事実、モンスターの気配を感じて、真っ先にそこに向かったのも、ロキの問いかけをはぐらかしたかったからだ。上手く誤魔化せると思ったけれど、やっぱ無理か。

 神に嘘は通用しない。かといって、本当のことを言うなんて以ての外。なら、黙るしかない。

 誰も何も言わない。長い長い沈黙の時間が続く。こんなに黙っているロキ、久しぶりに見たな。

 ロキは目を瞑り、頭をかきながら、深く溜息を吐く。

 

「言いたくないんなら、それでええんや」

 

 ぴん、と人差し指を立てる。

 

「だけど、覚えときや。あんたはうちのファミリアなんや。いつでも力になるで」

「……そうか」

 

 力になる、ねぇ。

 無理だよ、絶対。

 もし本当のことを言ったら、お前らロキファミリアは俺を死なせないために全力で止めるだろう。いや、止めてくれる。

 だから本当のことは言えない。それに、いつかは嫌でも知ることになるんだ。俺がベル君に殺されたがっていることを。それが何を意味するのかも。

 

 

 




1話のサブタイは『開く譚と』でしたが、読み方は東京喰種:reと同じように『re + 開く譚と』って感じです。どうでもいいですね。
感想・評価ありがとうございます! 頭のなかがおれでいっぱいです。

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