シャルティアの日常   作:クロハト

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原作11巻の前に書き始めたのもあって、作中の時期もそれに準じます。
つたない文章ですが楽しんでいただければ幸いです。


シャルティアの疑問とその答え

 一人の吸血鬼の女を閨で弄んでみたあと覚える空虚さ、やはり想い人たるアインズ様でなければ心は満たされないのだろうと思いながら、ふと本当にそうだろうか…という奇妙な疑問が浮かんだ。

 なぜそんな疑問が浮かんだのかは分からない、分からないが浮かんでしまった以上は考えざるを得ない。

 考えざるを得ないが面倒で横で寝ている女に尋ねる。

 

「ねえ、貴方はその理由ってわかる?」

「わかりかねますね。あの御方に抱かれたくないわけではないのでしょう?」

 

 女はさほど間を置かずに問い返してくる。

 

「そうよ、それこそ何もしてないのに下着が濡れてしまうくらいに想っていることは確かなのよ」

 

 私の言葉に女の顔が一瞬だけなんとも言えない顔になりかけたが気にしないでおく。

 

「けれど……。そう、その想いに違和感を感じると?」

「違和感……」

 

 そうだろうか?

『違和感』ということばが正しいのかどうか考えてみるけれど、その答えはでない。

 

「わからないという顔をなさっていますね」

「そう?」

「ええ、答えが出ない問題というのも多々ありますし、あまりお気になさらないほうがいいのではないでしょうか」

「そうかしらねえ」

 

 彼女は結構、私の愚痴とか悩みを黙って聞いてくれてそれに対する答えをくれるのでついつい甘えてしまう存在なのだが、その彼女が答えもくれずに気にしない方がいいとだけいうのはいささか予想外だった。

 

「貴方がそんな風に言うの珍しい気がするわね」

「そうでしょうか?」

「そうよ、なんだかんだで私の悩みとか聞いて答えてくれてた気がするのに今回は気にしない方がいいっていうだけって珍しいわよ」

 

 そう言われた彼女は少し困ったような、だけどそれだけではない何か別の感情も混ざったようなそんな複雑な顔をして、「私は別に」というだけだった。

 

 閨を出て仕事に戻ったあとも、今度はどうにも彼女のあの顔が気になって仕方がなかった。

 

(どこかで見た気がするのよねあの顔)

 

 一体どこでだったのか思い出せないし、そもそもあの顔には一体どんな意味があったのか、あの場で聞いてしまえばよかった気もするけれど彼女の態度がそれを拒んでいる気がして訊きそびれてしまった。

 

(玩具に嫌われたくないっていうのも変な話よね)

 

 彼女は私の玩具だ。気が向いた時に遊んで飽きたら捨ておいて、そしてまた遊びたくなったら遊ぶ、そういうものだ。

 ただ、他の玩具よりも少し便利なものだから、少しだけ特別扱いしてしまっているのかもしれない。それが悪いことだとかは思わないけれど、自分のことだけでなく自分の玩具のこともわからないのかという事実に少しだけイラッとした。

 それもこれも仕事が暇だからだ。いや、守護者としてここを守護するという御役目は大事なことなので疎かにする気など微塵もないが、他の守護者たちのようにもっと積極的にアインズ様のお役に立てるようなことがしたいと思うのだ。

 思うのだが……。

 

 以前にやらかした大失態のせいで、あれ以降、外に出るような仕事は全くやってこない、ナザリックに引きこもってるなら引きこもってるでアインズ様も引きこもっていれば、あれやこれやとアインズ様をも骨抜きにするようなことだって出来たかもしれないが、アインズ様ご自身も多忙であらせられて、あちらへこちらへとお忙しく飛び回っているのが現状だ。

 

 守護者として直接階層の見回りをしたりするのも大したこともないのですぐ終わり、私はつい「暇なのよねぇ」と小さくつぶやいてから特にすることもないので配下の者に何かあればすぐに伝えるようにとだけ言って、私は自室へと戻った。

 

 何もすることがない私が自室に戻ったところでやはりすることは特になく、玩具で遊ぼうかと思ったところでまた彼女のあの時の顔が浮かんだ。

 

「なんだったのかしらねえ、あの顔、見覚えはある気がするのよ……」

 

 どこでだったか、いつだったか、聡明なアインズ様ならこんな風に悩むこともないのだろうに、アインズ様のあの腕で強く抱きしめられながら、耳元で「シャルティア」などと名を呼ばれたら……。

 その光景と感触を想像するだけで下腹部が疼きを覚え自然と手がそこへと伸び……。

 

 数刻後、私はどうしようもない虚しさを覚えながらぼうっと天井を眺めていた。

 玩具を使えばよかったなどと思いつつもそんな気にならなかったのは『アインズ様に抱かれたい』という想いから始まった疼きだから他ので紛らわせたくなかっただけ。

 

「アインズ様……」

 

 その名を想いを込めて改めて読んでみた時に、いつものように動いているはずのない心臓が痛み締め付けられるような感覚を覚える。

 この感覚が恋する乙女のそれだと思いながら不意に鏡が目に止まった。玩具を弄ぶときにもっぱら羞恥心などを煽るためにおいてある大きな鏡、そしてその鏡に写った自分の顔を見て私は気づいてしまった。

 

「ああ、彼女のあの顔は、私がアインズ様を想っている時の顔…そのものじゃないの……」

 

  ◇

 

 彼女に「ちょっと用がある」と言って自室へと呼び出し、それほど間を置かずににやってきた彼女に椅子に座るように告げると、彼女は少しだけ不思議そうな顔をしながらそれに従った。

 私の前に座った彼女は所在なさ気に落ち着かない様子で私の顔を見つめていた。

 

「どうかしたのかしら?」

「いえ、急な呼び出しでしたので、仕事のことか、もしくは夜伽のと思っていたのですが、そういう雰囲気でもないようなのでどういうことなのかと少し不安に」

「そう、そういえば貴方のことを呼ぶのはいつだって夜伽…と言うよりは、玩具としてだったわね」

 

 私のその言葉に彼女は平然と「そうですね」と返した。いつもならそれだけで終わっただろう、私は彼女の本心になど気づくこともなく、いつもの様に彼女で遊びそれで終わり。

 しかし、今日は違う、私はすでに彼女の本心に気づいている。だから私は言葉を続けた。

 

「貴方は、なんでそんな悲しそうな顔をしているのかしらね」

「……なんのことですか?」

 

 彼女は微笑みを浮かべながらそう言うが、その笑みには隠し切れない動揺の色がありありと浮かんでいた。

 

「ごまかすのはやめなさい、もう一度言うわ、なんで貴方は、そんな悲しそうな顔をしているのか答えなさい」

 

 彼女に半ば命令じみた口調でそう告げる。逃がすわけにはいかなかった。逃がしてしまえばもう二度と私自身の抱える問題の答えには辿りつけない、そんな予感がしたから。

 

「……私は貴方様の、シャルティア・ブラッドフォールンの部下です。ですからご命令とあらば答えましょう、ですがその前に無礼を承知で一つ質問をさせてください、そしてそれにお答えいただきたく思います」

 

 その立場をわきまえぬ物言いは、私を苛つかせ怒声を挙げさせるには十分だった。

 

「いいから早く答えなさい」

 

 私の怒声を聞いても彼女が引くようなことはなかった。

 

「いいえ、貴方が求めるものを得るためには、私の質問にお答えいただけなければなりません、それは私が答えたあとでは意味が無いのです」

 

 視線をそらすこともなくまっすぐと私を見つめて凛とした声でそう言い切る彼女の態度は私をさらに苛つかせ、私はとっさに彼女の首を掴みあげそのまま締め上げる。

 

「もう一度だけ言うわ、私の質問に答えなさい!!」

 

 首を締め上げられ、場合によってはそのまま首をへし折ることもできると知っているにもかかわらず。それでも彼女は息も絶え絶えになりながら同じ言葉を繰り返した。

「私が求める答えのためには私自身の答えが先にいるのだ」と。

 

 そこまで言うのならと私は力をゆるめ彼女を放す。彼女はそのままドサリとおちて座り込み喉を抑えながら咳き込んでいたがそれを無視して尋ねる。

 

「それで貴方は一体何が聞きたいっていうのかしら、くだらないことならその時点でその首刎ね飛ばしてあげるわ」

 

「簡単なことです。シャルティア様は至高の御方にそのすべてを作っていただいたとお聞きしております。ではその心の在り方は、作られたものですか? それとも貴女自身の意思で作られたものですか?」

 

 質問の意味がわからなかった。だけど彼女はそれすらも見越していたかのように言葉を続けた。

 

「もっとわかりやすく言いましょう、貴女がアインズ様を愛しているのは至高の御方ペロロンチーノ様にそう作られたからではないのですか?」

 

 何も言えなかった。何も思いつかなかった。頭が考えることを拒否していた。考えてしまえば答えを出さなければならない、答えを出してしまえばそれは……。

 もはや呻くように喘ぐように言葉にならない何かが口から漏れ出すことしか渡しはできなかった。

 そんな私の傍にいつの間にか彼女は立っていて、そっとその手が私の頬に触れそのまま頬から顎にかけてなぞるように動き、その手は流れるように私の背に周り私を抱きしめる。そして彼女の口が私の耳元にまで近づき囁く。

 

「シャルティア様……。貴方様は決して愚か者などではありません。むしろ聡明すぎるがゆえに愚者となっていると私は思うのです。だって貴方様が何も言えなくなってしまったのは、私の問いに答えるということがどういうことか理解し、そしてもうすでに答えが出てしまっているからですもの」

 

『その先を聞いてはいけない』

 

 私の中でそんな声が聞こえた気がした。

 

「やめ…なさい」

 

 彼女は私の言葉を無視して言葉を続ける。

 

「その心も至高の御方に作られたものだと肯定してしまえば、貴女に自我と呼ぶべきものはなく。そうでないと否定してしまえば自我はあると言えるけれど至高の御方に作られた自分を否定してしまう。それはつまりアインズ様への愛に関しても同じ」

 

「違う…私は……」

「いいえ、違いませんよ。私も同じですから」

 

 そうだ。この吸血鬼も至高の御方々に直接作られたわけではないとはいえ、私に仕え従うようにと生み出されたものだ。

 そして私の考えが間違っていないなら、この女があんな顔をしていた理由も至って単純だ。

 

「私は、貴女を愛しています」

 

 今となってはわかりきったことを改めて彼女は口にした。

 

「でしょうね。けど私は玩具としてしか見れないし、そもそも貴女のその想いだって本物かどうかもわからないじゃない」

 

 相手を突き放しそして自分も相手も傷つけると分かっている言葉を私は何の感動もなくそれを口にできていた。

 だが彼女はその言葉自体には傷ついてはいないかのように受け止め、そして言葉を紡ぐ。

 

「偽物でも本物でもどうでもいいことなんです。私は貴女を愛している。仮にそうあるようにと作られたのだとしても私には関係ありません、私が悲しいのは貴女に愛されないということそれだけですから」

 

 そう言い切った彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。これは鏡だ今の私の顔がこうだとかそういう意味ではない、私が行き着くであろう姿の一つ。

 けれど……。

 

『彼女は鏡(私)ではない』

 

 だから行き着く結論も違うものになる。

 

「貴女のこと少し買いかぶりすぎていたのかもしれないわね」

 

「え?」という言葉とともに不思議そうな顔をする。

 

「もっと単純に考えればよかったのよ、偉大なる御方達は私達を愛していた。ならばその私達を言われたままにしか作られたとおりにしか動けない人形として生み出すと思う?」

 

「それは」と彼女が口ごもる。それはいけないと私は彼女の手を取る。

 

「疑うの? 私達を生み出してくれた偉大な存在を?」

 

 まっすぐと彼女の目を見つめて問う、そして彼女は答える。「いいえ」と。

 

「貴女の仰る通りです。私が愚かでした」

 

 本当はふたりとも理解している。それはあくまで可能性の話でしかないということを。しかし、偉大な御方達が私達を生み出すために費やした労力は愛がなければ出来ないことだと思うのだ。

 だから私は信じることにする。私の中の想いも、そして彼女の想いも。

 

  ◇

 

 その後、私達の何かが変わったということはない、私が愛しているのがアインズ様である以上彼女の想いに応えることは出来ないし、彼女もそれは理解している。ただ私を想う自由だけは与えた。

 少なくとも悩みを解決するきっかけをくれたのは彼女なのだからそれに対する褒美くらいは上げなければいけないと思ったからだ。大したものではないと思ったのだが彼女は大喜びした。

 はしゃいで回ったりしたというわけではないのだが、あそこまで嬉しそうにそして泣きながら笑うというのを見たのは初めてでだいぶ驚かされた。

 想う自由を与えたが彼女の態度などはさほど変わらず自分の立場をわきまえ、今まで通りの日々を過ごしている。

 そして私もまた変わらず。いや前よりも自信を持ってアインズ様への想いをつのらせ、そしてお役に立つにはどうすればいいのか悩む日々を送っている。

 この悩みに対する答えは流石に私も彼女も出せていない、だがそれでも考え続けるのだ今回のように答えを出せる日がかならず来ると信じて。

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