レモン☆キャンデー   作:あやとっちぇ

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レモン☆キャンデー 2

久鳳麗香はひとり、オフィスビルの屋上から夜の町を見下ろしていた。赤毛まじりな長い髪が、ビル風に吹かれ舞い上がる。その合間から見える横顔は、精悍ながらもどこか大人びた妖艶さを感じさせた。

 「やはりこの街に来ていたんだね」

 突然、どこからともなく何者かの声が響いた。それは女声に近いかわいらしいものだったが、無論久鳳のものではなかった。この場に久鳳以外の人間はいないのだ。しかし、その気配は異様な雰囲気となって周囲に漂っている。

 久鳳には声の主が誰か分かっていた。驚く素振りも見せず、ただじっと、闇に沈んだ街並みを覗きこむ。

 「別に黄昏てる訳じゃないわよ? これから住む街の景色をちゃんと見ておこうと思ってね」

 久鳳は視線を変えずに返事をした。

 「これから壊す街、の間違いじゃないのかな」声は嫌みたらしく言った。

 「なんのことかしら」

 「君の蛮行をボクが知らないとでも?」

 久鳳は鼻を鳴らした。

 「魔法少女のことならなんでもお見通しってわけ? 恐れ入るわね」

 「既に魔法少女達の間では有名さ、同族殺しのイレギュラーだってね。こんなことをしてただでいられるとは思わないことだ」抑揚の無い声が久鳳に言い諭す。

 「へぇ、じゃあどうするの? 私のソウルジェムを没収でもする?」久鳳は変わらず平然と返す。

 「いいや、そんなことはしないさ」

 「なら放っておいてほしいわね、私は私の為に魔法少女になり、私の為にその力を使ってるんだから」

 「物事を狭視的に考えては駄目だよ久鳳。君一人の行いが人類全体にとってどれほど不利益なことか解らないのかい?」

 「不利益ね……」久鳳は呟いた。

 「君が何を考えているのかボクには分からないけど、これ以上和を乱す行動はしないで欲しいんだ。これは忠告だよ、いずれ君は自分の首を締めることになる。ボクが言いたいのはそれだけさ」

 ふと、立ち込めていた重苦しい空気消えてなくなった。

 久鳳はそこで始めて背後を振り返った。そこにはやはり誰も居らず、ただ夜闇が広がっているのみだ。

 

 忠告ですって? 私はあなたの言うことを信じたことなんて一度もないわ、六年前、魔法少女になったあの日からね。

 

 また風が吹いた。冷たい夜風は九頭竜町の街中に吸い込まれていった。

 

 

 奇妙な空間、吐き気のする空気、異形の怪物、そして謎の少女。それらはひかるのこれまでに体験したことのない異常な出来事だった。唐突に起きたその出来事は、ひかるの精神を混迷の中に突き落としたのだ。

 

 なんだか気分が重い。思考も纏まらない。

 まどろむ意識のなか、ひかるはあの時の記憶を反芻していた。

 やっぱりあれはただの夢だったのかな、それにしては妙に現実的で、なにより冒涜的な夢だ。心が何かに侵食されていくような感覚、あれほど耐え難い不快感を感じたのは初めてだ。あんなものが現実であるはずがない、わたしは単に、酷い悪夢を見てしまっただけだ。

 

 少しずつ意識が鮮明になってくる。

 そういえば、あの時も同じような体験をしたな……。

 ひかるは目を覚ました。一瞬、またあの不気味な景色が広がっているんじゃないかと不安になったが、目に入ったのは明々と光る照明に照らされた白い天井だった。

 よかった、やっぱり夢だったんだ。

 そう思って安心した瞬間、ひかるの視界の両端から、覗きこむように人間の顔が現れた。

 ひかるは驚きのあまり奇声を上げながら身を起こした。勢い余って、片方の人の顔面に自分の額を打ち付ける。

 「いったぁーっっ!!」

 不意に頭突きを食らったその人は、顔を押さえながら後ろにひっくり返った。

 「よかった、目が覚めたのね」

 もう一人、反対側に座っていた黒髪の少女が、額を押さえて悶絶するひかるに優しく言った。

 ひかるは、痛みに耐えながら辺りを伺う。ここはどうやら、何処かの家屋の一室らしい。白で統一された内壁に、机やクローゼットなどの家具がある。小さなソファの上には、ぬいぐるみがいくつか並んでいた。落ち着いた雰囲気の部屋だが、ところどころに女の子向けの小物やクッションが配置され、一目見ただけで十代の少女の部屋だと分かる。そこでひかるは、布団の上に毛布をかけられて寝かされていた。そして、ひかるを挟むようにして二人の少女が座っていた。どちらも自分と同じくらいの年齢に見え、そのことがひかるに少しばかりの安心感を与えた。

 「あの……、ここは?」ひかるは恐る恐る尋ねた。

 「ここ? 私の部屋よ、九頭竜町にある普通の住宅の一室」黒髪の少女が答えた。

 ひかるは頭を押さえながらなんとか状況を整理しようとした。しかし、あまりに事態が唐突過ぎてついていけない。

 「私、気を失ってたんでしょうか……。その……、記憶が曖昧なんです」ひかるはシーツの上で項垂れながら言った。

 「昨日からずっと眠ってたわよ。あんな目にあったんだもの、無理もないわね」黒髪の少女が言った。

 「え!?」思わずひかるが顔をあげる。部屋の窓から溢れんばかりの朝日が差し込んでいた。本当に朝までここで寝こけていたらしい。

 「わたし事件か何かに巻き込まれたんですか?」

 自分が気を失っていた間、一体なにが起きていたのか、思い出せないだけに恐ろしかった。

 「ほんとに何も覚えてないの?」

 黒髪の少女は目を丸くして聞き返してきた。

 そんなことを言われても思い出せないものは思い出せない。ひかるは頭を抱えたまま再び俯いてしまった。

「魔女に襲われてたんだよ」

 不意に声がした。先程ひかるから頭突きをもらった少女だ。まだ完全にダメージから回復していないのか、手で顔を押さえたままだ。

 「魔女……?」

 ひかるには何のことだか理解できなかった。しかし、なぜかその言葉に言い知れぬ悪寒を覚えた。なにか触れてはならないもの、そんな気がしてしまう。

 「君を襲った怪物だよ、ほら、デカい銅像みたいなやつ」

 頭痛がした。思い出す事を脳が拒否している、それ以上知ってはならないと……。

 「あれは夢ですよ、現実じゃありません」

 「夢ならなんで私達がその内容を知ってるのさ」少女は快活そうな短髪を揺らしながらひかるに近づいてきた。

 「たまたまですよ」

 ひかるは寒気のあまり小さく身体を揺すった。

 「いきなりそんなこと言っても混乱するだけよ、ひとまず今は休みましょう」

 今度は黒髪の少女が言った。

 「安心していいわ、私達はあなたの味方だから」

 「そうそう、今日土曜日だし、しばらくここで休みなよ。って、ここカスミ先輩の部屋なんだけどね」

 短髪の少女と黒髪の少女は、ちょうどひかるの目の前に並んで座っていた。

 「そういえば、私達の名前まだ言ってなかったよね」短髪の方が言った。

 「私は小川ユキ、こっちは先輩の敷島カスミさん。 よろしくね」

 そう言いながら差しのべられたその手を、ひかるは握り返すことができなかった。なぜなら、並んで座る彼女達の顔は、夢の中でに出てきた謎の少女と瓜二つだったからだ。

 ひかるには、二人の顔を見ることができなかった。

 「あれは、夢じゃなかったんですか? 」ひかるはなんとかそれだけ言い返した。

 「そうね、信じられないかもしれないけど事実よ」 カスミが言った。

 「あれが現実だなんて……」

 できることなら夢だと信じたい、だが、突きつけられた事実がそれを許さなかった。

 「まぁさ、小難しい説明はあいつにまかせようよ」

 そう言いながら、ユキがソファの方を指差した。

 「やれやれ、やっと僕の出番か」

 声がしたかと思うと、ソファに並んでいたぬいぐるみの内のひとつが突然動き始めた。

 ひょこひょこと床の上を歩いているそれは、全身が白く、猫によく似た姿をしていた。と言っても、実際の猫とそっくりそのまま同じ姿という訳ではない。言うなれば、猫と狸とキツネザルを足して割ったような感じだ。そして尖った耳の耳孔からは、長い体毛の房が伸びている。

 突如現れた珍獣に動揺を隠せないひかる。というより、ひかるは先程からずっと動揺しっぱなしなのだが。

 そんなことを知ってか知らずか、珍獣はひかるにむかって朗らかに挨拶した。

 「やあ! 僕の名前はキュゥべぇ」

 意外にもそれは、人間の少女のような可愛らしい声だった。ただ、喋っているにも関わらず、口元は少しも動いていない。まるでテレパシーか何かで直接脳に語りかけられているようだ。

 「幻覚が見えてるんですけど……。」

 「心配するな、私達にだってばっちり見えてるよ」ユキが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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