椎名と釘宮は変わらず、メガロメセンブリアの内部を移動していた。
メガロメセンブリアは人口6700万人強を誇る大都市だ。その面積も相当なものになる。
そのため、足で移動するには不便で、多種多様の交通機関が存在する。
電車に動く歩道、レンタルバイクに飛空艇、中心部に行けばモノレールなんてものも見かけることがある。
もちろん、不法侵入者である釘宮が公共機関で移動するのには危険が伴う。
転移魔法で移動するのも良いのだが、釘宮はこの街を把握しきれていない。
転移した先に建物があったりしたら目も当てられないのだ。
そこで彼女たちが使っている交通機関は何かというと、
「やっぱこれだよなぁ……。乗っていると魔法使いになったって感じがするわ」
そう、魔法使いにとって自転車のような存在、“ほうき”である。
「エンちん、体は重くないの?」
「ん? このくらい気で体を強化してたら余裕だよ」
「でも、冷蔵庫にバイクに食料品にジャーに魔法銃に短刀に魔法符に薬に、他にもたくさんのものが入ってるんだよね? “ほうき”は大丈夫?」
「あぁ、そのことか。確かに今の俺の重量は400キロオーバーで、“ほうき”には耐えられないかもな」
「ならまずいんじゃ……」
椎名はまるでひとごとのように笑っている釘宮に、少し心配そうに言った。
「だから、“ほうき”は持ってるだけで実際は浮遊術で浮いてんだけどな……」
「それじゃあ“ほうき”は必要なの?」
「いや、こっちのほうが魔法使いっぽいじゃん!!」
「はぁ……」
そんなた他愛もない話をしながら、彼女たちは下を見る。
そして、あるものを見つけた椎名はため息をついて、
「エンちん、あれのことはどう思う?」
「あれってなんだ?」
不思議そうな表情で聞いた釘宮を確認して、椎名はを何やら地面を指差した。
その先を確認すると、釘宮は心の底から嫌そうな顔をして、
「あぁ、下手な尾行だな……」
「ねえ……、どうする? 殺る?」
「ニコニコ笑顔で物騒なことを聞いてんじゃねえよ……。適当にまくのがいいだろ」
「わかったんだよ♪」
椎名のそれを合図に、二人は空を駆ける速度を上げた。
『――指令、侵入者が路地に入りました。このルートから推測するに、おそらく目的地は廃ビルかと……』
魔法使いサン・レーロは下唇をかみしめる。
彼女たちの部隊に言い渡された命令は一つ。
住民票に名前のない二人の少女、椎名桜子と釘宮円の捕縛だ。
侵入経路はわからないが、おそらくこの二人は侵入者で間違いないだろう。
このことが公になれば、やすやすと外部の魔法使いの侵入を許したということで、外の防衛部隊、さらには元老院の信用にも関わってくる。
人目につくところで捕らえるわけにはいかない。
そう言った意味では彼女たちが人のいない廃ビルに向かうのであればそれは望ましいことなのだ。
(しかし、それは向こうも重々承知のはず。一体何を……)
そう、相手は少なくともメガロメセンブリアの厳重な警備体制を抜けてきている猛者。
そしてなにより目的があって侵入してきた侵入者だ。
彼女たちが人のこない廃ビルに向かったというのは、つまり、そこで何かしらの行動を起こすということにほかならない。
「総員に告ぐ。侵入者はD地区の廃ビルに向かった。奴らがビルに入り次第、それを囲む結界を発動させる。A班からH班まで、支持があるまで待機せよ」
侵入者の思い通りにはさせない。
この街は我々が守る。
「だってよ♪」
「おまえ……相手の念話をジャミングすんなよ……」
とまあ、こんな感じで全部筒抜けだったりするのだが……
「えぇ、戦争の時とかみんなやってるよ!! これくらい常識だよ!! なんでダメなの?」
椎名にとってみれば、釘宮のためにやったことなので、納得がいかなかった。
「そもそも、魔法使いたるもの念話を盗聴されることくらい予想して、波長をずらしていくつかのデマの情報も同時に流すのが常識なのにそれがないんだよ!!」
それに釘宮はため息をつきながら答える。
「その通りだよ……。でもな……それ聞いたらすっげえ闘いづらいじゃん!! 俺たちが完全に悪者じゃん!!」
「そうだね♪ でもまあ、私たちにあったのが運の尽きだよ……うふふふふふ。私のかわいいかわいい薔薇の花……久しぶりに真っ赤な花が咲きそうだね♪」
思い切り不敵に笑う椎名に釘宮は……
「だから、物騒なこと言うなよ……てか、殺しダメ!! 絶対!!」
不安と恐怖に押しつぶされそうになっていたのだった。
サン・レーロの部隊は主にメガロメセンブリアの都市内部での任務につくことが多い。
と言っても、警察官や消防士のような仕事を想像してはいけない。
今回のような侵入者、あるいは裏切った魔法使い、そのようなメガロメセンブリアにとって不利益になる者を隠密に処理する。
いうなればプロの暗殺者集団だ。
その統制、技術の高さも然ることながら、彼女たちが最も重要視するもの。
それは団体としての力ではなく、個々での戦闘力だ。
メガロメセンブリアの誇る最高の暗殺部隊。
彼女たちは、たった一人の魔法使いに無力化された。
「おい……」
釘宮はものすごく不快そうな声で突然“ほうき”に乗ってきた少女に話しかけた。
なぜか額に青筋が浮かび、ぴくぴく動く。
そんな釘宮のことはまるで気にせず、飛び乗った少女柿崎美砂は無表情で、
「なんでしょうか? あぁ、追っ手ならば私が全部寝かせておいたので……、今頃自分たちの貼った結界の中に閉じ込められていますよ。まぁ、私の魔力で強化したので、いつ出てこられるかはわかりませんが……」
「ったく……来るなら連絡よこせよ……。お前まで見つかっちまったらもうこそこそ調べられねえじゃねえかよ……」
「あぁ、そのことでしたらあらかた調べ終わりましたので……」
柿崎がしれっとそう言った。
「そうか、ならいい」
釘宮の顔に笑顔がこぼれる。
「それなら、一旦宿に戻らない? 情報を整理しようよ♪」
「いや、もうメガロに用事はねぇんだ……、わざわざとどまる必要もないだろ……美砂、どうやって敵さんをまけばいい?」
「“フライマンタ7000”でまけばいいのでは? エン様の転移魔法と私の攻撃魔法で振り切れると思いますので」
「お前……勝手なこと言うなよ……。こちとらいろいろ買い込んでて腹の中が重てえんだぞ!!」
柿崎の言葉を受け、釘宮は急停止。
腰から十手を取り出し、空中に大きめの魔方陣を描き出した。
そして、そこに三人は飛び込んだ。
「指令、侵入者の魔力反応消失しました」
「おそらく、転移魔法によるものと思われます」
指令と呼ばれる魔法使い、サン・レーロの支部でPCらしき何かと向かい合っている職員たちが叫ぶ。
「周りに魔力の反応がありません!! おそらく区画以上を飛ぶ“長距離転移”によるものかと」
「転移妨害はどうなっているんだ!!」
「転移魔法陣で直接パイプをつないだと思われます」
「魔方陣、モニターに出します!!」
数秒のノイズのあと、この部屋のモニターに釘宮の描いた魔方陣が投影された。
二重の円に六芒星の書かれた魔方陣。
それを見た一人が声をあげる。
「指令、この魔法陣、旧世界と魔法世界とをつなぐ魔方陣に酷似しています」
「適合率72%!! 間違いありません!! 異世界とこことをつなぐ魔方陣です!!」
「おそらく、一度異世界にわたり、そしてこの世界のどこかに舞い戻ってくる魔方陣であると思われます!! それなら、転移妨害が干渉できなかった理由も!!」
「警戒態勢に移行するように各部署に伝えろ!! どこから攻撃が来るかわからない」
「「了解!!」」
そんな感じでメガロメセンブリア内部が騒いでいるころには、すでに釘宮たちは都市外部へと出ていた。
というか、柿崎美砂に来させられていた。
魔方陣を描いたのは釘宮、その転移魔方陣の行き先を固定したのは柿崎。
つまり、何一つものがなく、それでいて太陽がさんさんと照りつける砂漠に釘宮と椎名は連れてこられたといってもいいはずだ。
「いてて……」
「いつまでも跪いてないで立ち上がってください……」
急に地面に叩きつけられてブッ倒れている釘宮を柿崎は無理矢理に引っ張り上げた。
「なんだってんだよ……まだ、お前が調べた情報ってのを聞いてねえし……」
「そんなこと!! 移動しながらでもできます!!」
「はいはい……何を焦ってんだよ……」
釘宮はまぶたを半開きにして、腰から十手を取り出し、心底だるそうに地面に魔方陣を書いていく。
「できるだけ急いでください……」
「体の中からものを取り出すときは正確な座標計算が必要なんだよ……飛空艇みたいにたくさんの部品で成り立っているものなら尚更な」
柿崎が急かすが釘宮は何も急ぐ素振りは全くなく、十手で正確に地面に模様を描き出す。
そんな二人の光景を目にし、椎名は
「あははは……そもそも転移魔法と原子ごと物体を縮小するその魔法を同時に使うこと自体が異常なんだよ。時間がかかるのはしょうがないよ」
それはもう、見事な苦笑い。
そうしているあいだに、釘宮は魔方陣を描き終えた。
「『現れろ』」
釘宮がそう言って魔方陣から離れると、水に沈められたペットボトルが浮き上がるように、泡が割れるような音を出しながら、彼女たちの飛空艇“フライマンタ7000”が現れた。
それを満足げに眺めると釘宮は、
「よし、美砂、とっとと動かせ。なんか知らんが急いでんだろ」
「はい!!」
「また乗り物だよぉ……やんなっちゃうなぁ」
三人は“フライマンタ7000”に乗り込んだ。
そんなこんなで三人娘の乗った飛空艇は高速でテンペテルラへと向かっていた。
操縦席には柿崎美砂、その後ろに釘宮円、そして、壁にもたれかかるようにして椎名桜子、三人が操縦席にそろった。
腕を組んで仁王立ちをする釘宮は、柿崎に向かって質問を投げかける。
「で、結局お前が急いでいた理由ってのは何なんだ? わかったことがあるっつってたけど……」
「エン、“
柿崎はいつもどおりの無表情、無感動で釘宮に問いを問いで返した。
「ああ、もちろん。それがどうしたってんだ?」
「あの魔方陣ですが、一定距離内から常に干渉し続けなければ、効力を発揮しません……」
「なるほど、つまり、あいつを操っていた勢力っつうのは、俺たちがあいつと戦っているあいだも、ずっとそばにいたってことか……っつぅ!!」
釘宮は苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめた。
それを見て椎名が虚ろな目のまま、
「あの時、私たちの周りにいたのは、ナント・ラマテスのメガロメセンブリア艦隊だけだったよ……って!! それって!?」
「気がつきましたか……。私は、“
柿崎は真っ直ぐに進行方向を見据えながら言い放った。
「いや、待ってくれ美砂!! あいつらは“
「本当に戦っていたのですか?」
慌てる釘宮に対し、バッサリと釘宮は一刀両断。
「“
柿崎はさらに言葉を続ける。
「しかし、干渉を続けるためには、“
「いや、待ってくれ。お前の言いたいことはわかる。でも、それじゃあ、俺がメガロメセンブリアの艦隊を転移させたときはどうなったんだよ!? 一定距離以上離れていたはずだ!!」
「さぁ? 背中に人柱でも立ててたんじゃないですかね? 非常用に?」
「はぁ!! それじゃあ説明になってな……」
面倒くさくなったのか、柿崎は口を閉ざすとカバンから書類を取り出し、釘宮に渡した。
その書類に釘宮は目を通す。
「エン様、それは元老院議員ドレ・ラマテス……ナント・ラマテスの父親ですが……彼の書庫にあったものです。そこにはテンペテルラの地形、攻め方、作戦内容が書かれています」
「マジかよ……作戦決行が今日になってやがる……」
「エンちん!! 今のテンペテルラの自衛団って、連合とテンペの戦艦が入り混じった混合部隊になって……」
「つまり、敵味方が入り混じった乱戦になることが予測されますね……ここまで情報を集めても、信用できませんか? まぁ、エンには見捨てるという選択肢もありますが……」
それを聞いた釘宮は頭を抱えた。
「畜生……美砂、敵兵力はどれくらいだ?」
「わかりません……わかりませんが今朝、86隻の戦艦が連合から出発したようですね……」
「あぁ、もうド畜生!! 飛ばせ、美砂!! 気に入らねえから全部ぶち壊す!! その結果助けられるもんは助ける!! 俺たちをまんまと騙しやがったナント・ラマテスに一泡吹かすぞ!!」
「それでこそエンです!!」
「えいえいおーおぼぼぼぼぼおぼおぼ!!」
「大丈夫か桜子……とりあえず揺れの少ない飛空艇も買うか……」
次回は楽しい楽しい(私が)戦闘編です。
もうすぐ第一章が終わりますね……
釘宮の相変わらずの火力不足はどうにもならないので、次回は柿崎に頑張ってもらおうと思ってます。
椎名は乗り物酔いで使い物にならない気がしますし……