わっちと異世界旅行   作:せぶんしーず

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誤字指摘ありがとうございます。毎度助かってます。


狼と戦士長と陽光聖典

 モモンガは遠隔視の鏡〈ミラー・オブ・リモート・ビューイング〉を覗き込みながら、感嘆のため息をもらす。

 「巨大な狼は、実は少女の見た目をした人狼(ワーウルフ)だったということか。この世界にも面白い生物がいるものだな」

 鏡の中には、一糸まとわぬ艶肌を見せる少女の姿がある。当然だがどこぞの風呂場の覗きというわけではなく、情報収集のために様子をうかがっていた村に現れた大きな狼の姿を追った結果だ。少女には毛並みの良い尻尾とぴょこんとした獣耳が生えている。

 その双眸は村の方を向いていた。やがて視線の先に若い男が現れ、服を渡して着替えさせる。しまいにフードを深くかぶって、少女は獣耳と尻尾を隠した。

 「ふむ」

 モモンガは、獣耳や尻尾を持つ者はこの世界においてそれを隠すべきなのだろうと推察する。モモンガのような骸骨の見た目をしている者やアルベドのような羽を持つ者も同じだろう。とすると外に出して人と交流させるとすれば、セバスやプレアデスの一部の、完全に人間の見た目を持つ者を選出した方がいいだろう。

 

 今後のことを考えているうちに、モモンガは件の村に新たな騎馬集団が接近しつつあることに気づく。軍備に統一性がなく、寄せ集めの傭兵団のような出で立ちの者達だ。

 「この鏡も便利だが……、音が拾えないのは少々難儀だな」

 「ではモモンガ様、隠密能力に長けた者達を村に送り込みましょう」

 傍らに控えていたセバスが、モモンガの意図を汲んで進言をした。モモンガはそれによるリスクとリターンを考える。

 結果、より多くの情報を得られる機会を見逃したくない気持ちが勝った。

 「そうだな。──セバスよ、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を四体送り込むことにする。すぐに手配せよ」

 「かしこまりました」

 命令を受けたセバスが退室すると、モモンガはソファに背を預ける。本音をいえば、自分が出ていってこの耳で情報を仕入れたいのだ。完全不可知化のスキルを使えば、大抵の者にモモンガの存在を気取られることは無いはずだ。しかし。

 「キングの駒が真っ先に最前線に出るのは……なんか違うような気がするんだよな」

 危険だとか安心出来ないだとかいう前に、モモンガのロールプレイ精神が『これは違う』と囁いた。まずは前哨を出して様子見をするのが、より王様っぽさがあるだろう。

 「ナザリックの名を全世界に広めようっていうんだ。もしかしたら魔王になるかもしれないんだし、今から練習しておかないとな」

 小さく笑って鏡を俯瞰にすると、鏡の隅に八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が四体姿を見せた。セバスの仕事の早さに満足しつつ、モモンガは耳の部分にあたる骨に手を当てる。

 「──《メッセージ/伝言》」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。貴方がこの村の村長で間違いないな?」

 ガゼフたち戦士団がカルネ村に着いたとき、村の広場には大勢の住民が集まっていた。その中で代表格らしい男に、ガゼフは馬上から問いかける。

 「は、はい。こんな所まで如何されましたか?」

 「この近隣の村々を荒し回っている賊の討伐に来た。この村は見たところまだ被害は無いようだが、今後も気をつけてくれ」

 用は済んだと、ガゼフは馬にムチを入れようとする。しかし村長の言葉に、その手は止まらざるを得なかった。

 「それならば先ほどやって来ましたが、森の賢王様が退治してくださいました。あの倉庫の中に押し込めていますので、どうぞ連れ帰って頂けると助かります」

 「…………はっ!?」

 ガゼフは驚きつつ、部下に指示をして倉庫を確認させる。村長の言葉通り、十数人のバハルス帝国の紋章を付けた騎士たちが縛られて転がされていた。

 王国騎士団の面々はあまりの衝撃に、口を開けることしかできなかった。

 「──ではこの者達はこちらが連れて行く。時に村長よ、話に出た森の賢王とは一体?」

 「それはそれは、裏の森に住まわれている大きな狼様でございます。颯爽と現れて騎士どもを蹴散らし、すぐに森の中へと帰ってゆかれました」

 「……自我を持つ魔獣の類か。もし人語を解するのであれば、再び現れた時にでも『王国戦士長が感謝していた』と伝えてくれ」

 ガゼフは森へと視線を移し、その道筋に点々と残っている巨大な足跡を視認する。そこからは、相当な大きさの獣が走ったのだろうことが容易に想像できた。

 そんな魔獣に守られているのなら、この村は安心だろう。ガゼフは心の中で森の賢王という狼に感謝しつつ、部下に引き上げる準備を指示する。

 襲撃者たちの馬に捕虜を括りつけ、いざ帰ろうとした時、周囲の索敵をしていた兵が叫んだ。

 「ガゼフ戦士長!周囲に魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき複数の敵影!村を囲むように接近しつつあります!」

 「何っ?」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ロレンスとホロは村の住民たちの集まりの中に紛れ込み、王国戦士団だという者達が慌てる様を観察する。時折聞こえてくる言葉には理解しがたいものも多かった。

 「……ぬしよ、マジックキャスターとは一体なんじゃ?わっちは長いこと生きておったつもりが、そんな言葉は一度たりとも聞いたことがありんせん」

 「おそらく言葉の意味合い的には呪術使いのようなものだと思うが、どうだろうな。……この地にはアンデッドなんて物騒なものがいるんだから、俺の想像できないような危険な連中かもしれない」

 村の味方であろう王国戦士団の敵ということは、ロレンスとホロにとっても敵だ。だが、それは今すぐにこの場所から離れなかったらの話である。

 村を囲まれているとはいえ、狼の姿のホロの上に乗って脱出すれば、戦闘に巻き込まれずに済むことは可能だろう。しかしロレンスは、すぐにその選択肢を捨てる。

 「……下手に逃げ出すよりも、王国戦士団に守られていた方が安全だろうな」

 「わっちも同感じゃ。……あのガゼフとかいう壮年は、かなりの強者の匂いがする。他の連中はまぁ、ぬしより多少戦える程度でありんすが──あの男だけは間違いなくわっちよりも強い」

 「ほう、そんなにか……」

 「あの男が敗れるような敵が現れたとなれば、わっちにはどうすることもできぬ。──そんなことよりも、ぬしにはぬしのすべきことがあるのではないかや?」

 ホロはニマッと笑うと、ロレンスの手を取った。

 「……あぁ、そうだな。商人には商人の戦争がある」

 国家同士の戦乱は技術の発展と物流の促進を助長する。軍人にとっては地獄であろうと、商人にとっては儲け話がそこら中に転がっている最高の宝船だ。

 そして、ホロが『強い』と言った男はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長だという。肩書きとしてはどう聞いても一級のものだ。となれば商人としては当然、コネクションを作っておきたい。戦争を儲け話に変えるための重要なパイプになるだろう。

 「だが俺は現時点で、売ることのできる商品を持っていない。悔しいが今は様子を見ながら、村での人間関係を築くのが最良だろうな」

 「焦っても良い結果は得られるものではない。悪くない判断だと思いんす」

 「となれば──」

 ロレンスの視線は広場の傍らに座り込んでいるエモット家へと向かう。エンリは妹らしい少女を抱きとめながら、家族揃って心配そうな表情で王国戦士団の背中を見ていた。

 ロレンスはホロを連れ、エモット家の人々のもとへと移動する。

 「あっ、ロレンスさん!」

 「また会いましたね、エンリさん」

 近づいてくるロレンスを目ざとく見つけたエンリが会釈をすると、エモット夫妻もロレンスに頭を下げた。ロレンスもそれに倣ってホロと共に頭を下げる。

 エンリの腕の中の少女は、何を言うこともなくロレンスを見た。幼いなりの、見ず知らずの人間に対する警戒の表情だ。ロレンスは微笑みを作りながら砂糖菓子袋から一欠片を取り出す。

 少女はロレンスの差し出した砂糖菓子に驚き、そして微かに警戒を解いた。受け取った菓子は自らの口へ運ぶことはなく、エンリの口へと運ぶ。どうしたものか目を白黒させていたものの、エンリは菓子を食べるために口を開けた。

 「ふむ、姉思いの妹さんに、妹思いのお姉さんなのですね。実に微笑ましいものです」

 「はむっ……。──ふぁい。ネムは私の自慢の妹れふから」

 朝方エンリに渡した分は、この妹──ネムに渡ったのだろう。そして今度は妹が姉へと譲った。ロレンスは姉妹の仲の良さに、こそばゆい気持ちになる。

 「……甘いです!お砂糖をたっぷり使ったお菓子は初めて食べましたが、とってもおいしいです!」

 「口に合ったのならよかったです。それなりに値の張るものですからね。1袋でトレニー銀貨にして1枚ですから、1欠片でも山盛りの肉が食べれるくらいですね」

 「ええっ!?」

 わかりやすく青ざめるエンリに、ロレンスは笑いながら頭を掻いた。

 「冗談です。もちろん請求したりはしません。その代わりに少しお話を伺いたいのですが、構わないですか?」

 「えぇ、それなら!」

 

 ロレンスとエンリが握手を交わす間、ホロは相変わらず黙っている。フードの下の顔はネムへと向けられていて、ネムの方もホロに興味ありげな上目遣いをしていた。

 ふと、ネムと視線が合ったホロは外套の下から両手を出し、指で狼の形を作った。ネムの純真な瞳が手で作った狼に吸い込まれる。ホロはくすりと笑い、保母の読み聞かせのように狼を演じだした。

 「──うおぉーん。わっちゃぁ一足で千里を駆ける大狼、人呼んで森の賢王ホロでありんすー」

 「ホロさまっていうの?」

 ネムはエンリの腕の中から身を乗り出し、ホロの話に食いついた。ホロはフードの下の顔を楽しげにニッコリとさせながら、ネムに答える。

 「そうじゃ、うおぉーん。わっちの名はホロじゃー。どうじゃ、ネムよ。わっちのことがこわいかー?」

 ロレンスもエンリも、エモット夫妻でさえも、ホロの始めた一人芝居に目を引かれる。

 ロレンスは幼いネムに、もう大きくなってしまった一人娘のミューリの影を見た。ホロはこんななりだが一児の母だ。寝る前に駄々をこねられて、愛する娘に昔話を語ったことは片手では数えきれない。

 「こわくないよ!ホロさまは村の恩じん……恩おおかみだもん!」

 「そーかそーか、そいつはわっちも嬉しいでありんすー。ネムのような可愛い子に好いてもらえるとは、わっちも幸せじゃなー」

 ホロは手で作った狼の口をパクパクと動かした。ロレンスは徐々に心を開き始めたように見えるネムから視線を戻すと、エンリとの会話を再開する。

 

 「ええと、エンリさんは森の中で薬草を採取することがあるのですよね?」

 「あ、はい!……と言っても森の賢王様のおられる奥の方ではなく、しっかり村が見えるような位置でですけどね」

 「それは、行商の者に売るためですか?それとも自分で煎じて薬をお作りになるとか?」

 エンリは苦笑いをしながら顔の前で手を振る。

 「いえ、エ・ランテルの方から村に時々来る薬師の友人の手伝いです。けど、薬効のある草の見分けはつきますよ。なんども手伝って、覚えてきましたから」

 ロレンスは思わぬ収穫にほくそ笑む。小さな村で人間関係を作っても大都市に繋がりのある者はいないだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。全ての寄り道は金儲けに通ずというどこかの商業組合の教えを思い出した。

 「私の友人──ンフィーレアは、エ・ランテルではそれなりに有名な薬屋さんらしいです。なんでもすごいタレント?……を持ってるとか」

 「ふむふむ、なるほど。私どもがエ・ランテルに行く際には、そちらも訪ねてみることにしましょう」

 とりあえず相槌を打つが、ロレンスには『タレント』という言葉が理解出来ない。言葉通りなら才能があると言う意味だろうが、話ぶりからしてそれだけではないだろう。ホロのように、嘘を見抜くことが出来るとかそういった類の異能に近いものかもしれない。

 ロレンスたちが会話を弾ませているうちに、王国戦士団は出立の準備を整えていた。村人が見守る中で戦士長ガゼフの号令の下、騎士達は馬を駆って村から走り去っていく。

 フードの下の耳をピクピクさせながら、ネムとともに騎士を見ていたホロが、騎士達の会話を伝える。

 「……あ奴らは包囲網を内側から食い破り、村からマジックキャスターとやらを引き剥がすつもりじゃ。騎士として戦に無関係な村人に犠牲を払わせまいという気心は賞賛に値するな」

 「となると、戦いが起きてもこの村は無事ってことか?」

 「そいつはわっちにもわからぬ。ガゼフとやらを超える実力者が敵方にいれば、騎士の連中が倒れた後に狙われるのはこの村じゃろうな」

 ホロの言葉にエンリとネムが揃って怯え、エモット夫妻も顔を見合わせる。ホロはクスクス笑い、顔の高さに手を持っていくと、再び狼を演じた。

 「──その時には、エンリやネムも力を貸してくれると嬉しいぞー。あぉぉーん」

 ホロはどこか楽しげにいうと、村の外の戦場の剣戟にフードの下の耳をそばだてた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「うぉらぁぁぁぁぁッ!!」

 ガゼフは武技・〈戦気梱封〉を発動し、魔法によって生み出された天使を2体同時に叩き斬った。両の足を踏みしめると横目で部下達の戦況を見て、苦虫を噛む。武器の魔化がされていない現状のガゼフ隊で、天使に痛打を通せるのは隊長の彼だけだ。徐々に立っている兵は減り、地面を彼らの血が染めてきている。

 いくら天使を倒しても、敵の魔法詠唱者(マジックキャスター)は減らない。魔力のある限り次の天使を召喚され、体力を犠牲にして武技を発動させるガゼフを消耗させ続ける。まさか天使を出し尽くすまで戦い続けることは出来ないし、長期戦は圧倒的に不利だ。

 「──ならば、狙うは指揮官」

 ガゼフは魔法詠唱者(マジックキャスター)たちに指示を出している隊長格の男に狙いを定めた。しかし走り始めると同時に6体の天使が道を阻み通させまいと剣を掲げる。ガゼフは地を蹴り、高く飛び上がった。そして剣を振りかざす。

 「武技・〈六光連斬〉ッ!!」

 剣の軌跡が六つに分かれ、道を阻む天使達を両断した。耐久力が尽きた天使は光の束になって空に消えていく。

 「──見事だ、ガゼフ・ストロノーフ。流石はリ・エスティーゼ王国の戦士長の肩書きを持つだけある」

 戦闘を観察していた指揮官格の男がガゼフを睨み、賞賛の言葉を口にした。左頬に縦一文字の切り傷を持つ、背の高い人物だ。

 「……そちらはスレイン法国の特殊部隊と見受けた。狙いは私か?」

 「あぁ、そうだ。──貴様の存在は人類の団結のために大きな癌となる。大人しくそこで横になれば、せめてもの情けに苦痛なく殺してやろう」

 「俺はこの足がもつ限り諦めん。どうせ貴様ら、俺を倒した後はあの村を焼くのだろう?」

 スレイン法国の指揮官は口を歪めて愉快そうに笑う。言わずもがな、といった態度だ。

 「──やれ。波状攻撃でガゼフ・ストロノーフ1人を狙うんだ。天使を失ったものは順次、次の天使を召喚せよ」

 「させるかぁぁぁぁっ!」

 ガゼフは襲い来る天使を薙ぎ倒しながら、指揮官の男を目掛けて猛進していく。その鬼気迫る表情に、スレイン法国の部隊から余裕が消えた。

 「ぐっ──、手の空いている者は魔法を撃ち込め!奴を消耗させろ!」

 号令と共に〈マジックアロー/魔法の矢〉を始めとする攻撃魔法がガゼフを雨のごとく殴りつける。あまりの弾幕にガゼフの突進が止まり、鎧に深刻なダメージが入り始めた。ガゼフは膝を付き、剣を杖にしてやっと倒れずに済んでいる。

 「はっはっは!無様だなガゼフ・ストロノーフ!」

 指揮官は高笑いを上げると、部下に命令を下した。

 「──天使たちで止めを刺せ。ただし一体ではなく、数体で確実に仕留めろ!」

 命令に従って天使達が動き出し、ガゼフを取り囲む。じりじりと接近しつつある天使に、ガゼフは息を飲んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スレイン法国特殊部隊・陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーインは、死にゆく強敵に弔いの祈りを捧げていた。せめて死後は安らかに眠るがいい──

 

 だが、そんな祈りは途中で切り上げざるを得なかった。村の付近の森から獣の遠吠えが聞こえたかと思うと、小さな影が飛び出したのだ。

 「……なんだ?犬か?」

 ニグンは呟くものの、即座に気づく。あの獣からここまではかなりの距離がある。犬ほどの大きさならば点に見えてもおかしくはない。それにも関わらず、しっかりと獣の輪郭が捉えられるのはあまりにも妙だ。

 見る見るうちに獣が接近し、ニグンの疑問は焦燥に変わる。犬だと思ったそれは、視界を覆うほどに巨大な狼だった。

 「……総員傾聴!攻撃対象を前方の獣へと変更、天使と魔法の総力で迎撃せよ!」

 陽光聖典の隊員が狼へと第三位階の攻撃魔法を放つ。狼はそれを避けるようにして飛び上がり、天使を3体踏み潰しながらガゼフの真横に降り立った。

 『人の子よ、立てるか?』

 狼から人語で語りかけられたのは優しい気遣いだ。ガゼフは口端から血の泡を漏らしつつ返答する。

 「……貴殿がさきほど村で聞いた森の賢王殿か。すまないが私はもう立てそうにない。私のことは構わないから、村を守ってやっては頂けないか」

 しかし狼は首を横に振った。

 『──それは難しい。村を守りながら戦えるほど、わっちは強くない』

 「……そうか。いや、恩人に差し出がましい願いをした。許してほしい」

 狼は喉を鳴らすと森の方を見つめる。

 『わっちには無理じゃ。──ゆえに、森の若造どもの力を借りることにした』

 ガゼフを庇う狼に〈ファイアーボール/火球〉の魔法が迫った。狼は即座にガゼフを口へ咥えると、高く跳躍してそれを避ける。狼はそのまま魔法詠唱者(マジックキャスター)の合間を稲妻のようにジグザグに駆けて戦場から離脱し、森へと飛び込んで行った。

 「追え!ガゼフ・ストロノーフを逃がすな!」

 ニグンは慌てて部下に指示を飛ばした。しかし、その命令はすぐさま撤回されることになる。大狼と入れ違うように森から現れた無数の黒い影の脅威を確認したためだ。

 「──あれは悪霊犬(バーゲスト)!?しかも大規模な群れだと!?」

 鎖を身に巻き付けた、二本の角を持つ黒狼が群れで陽光聖典のもとへと疾走してくる。一匹の悪霊犬(バーゲスト)自体は魔獣退治を専門とする陽光聖典にとって敵ではない。だがニグンの経験の中で悪霊犬(バーゲスト)は、大地を黒く埋めるほどの大群で行動する魔獣ではない。嫌な汗を感じながら、ニグンはそれでも怯まず指示を出す。

 「天使たちを壁に、魔法で迎撃する!各員戦闘態勢!」

 悪霊犬(バーゲスト)の先駆けが天使に食らいつき、戦闘が始まる。すぐに天使の剣が魔獣たちの胴を貫き、切り裂き、圧倒的な質の差を見せつけた。しかし悪霊犬(バーゲスト)の方も鎖を竜巻のように振り回し、天使たちの行動できる場所を制限しつつ僅かな隙間から次々と後衛の魔法詠唱者(マジックキャスター)へと襲いかかる。圧倒的な物量を武器にした、自殺にも似た特攻だ。魔法詠唱者(マジックキャスター)の放つ攻撃魔法に打たれ、天使達を突破した悪霊犬(バーゲスト)が間引かれていく。有利に見える戦況だが、ニグンは危機感を感じていた。

 ガゼフ隊との戦闘から、隊員の魔力は途切れることなく消費され続けている。既に、天使を召喚するだけの魔力を使い果たし、魔力の消費が少ない第一位階の魔法を使って攻撃している者も見受けられる。この群れを倒しきることはできるかもしれないが、そうするとガゼフの追撃に割ける力が無くなってしまう。

 「くそっ、かくなる上は──」

 ニグンはローブの下にある魔封じの水晶を掴み、悩む。たかがこれしきの困難に、果たして法国の秘宝であるこれを使って良いものか。

 一瞬の逡巡は、得られる戦果とリソースの消費を天秤に掛けた時間だ。ニグンは魔封じの水晶を取り出し、魔力を注ぎ込んで最高位天使の召喚を開始する。

 「……いでよ、人類の守護者よ!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 暖かな光が天から注ぎ、魔力の奔流を撒き散らしながら、神々しい後光を背負った勇ましき主天使が現れた。信仰心の強い陽光聖典の隊員の間に感動の声が生まれる。一目見て誰もが、この天使は桁違いに強いと確信した。ニグン自身も、召喚した切り札のあまりの威圧力に、跪かんばかりの感動を胸にしていた。

 「──威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)、森へと逃げた狼の魔獣とガゼフストロノーフを殺害せよ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 森の中、一匹の大狼と一人の戦士が木陰で休んでいた。賢狼ホロと、傷だらけの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。ガゼフはため息をつきながら、自嘲気味に喋る。

 「まさかスレイン法国にまで、この身を狙われているとは思わなかったです。村で見た鎧はバハルス帝国の印だったが、偽装だったということでしょうか」

 『──随分と憎まれているようじゃな』

 「……えぇ、そのようです」

 ガゼフは、戦場に置き去りにした倒れた仲間達のことを思う。流れで自分だけ逃げてきてしまったが、これでは隊長失格ではないだろうか。

 自分を苛むガゼフに、察したホロは戦場の方を向いて言う。

 『この森の狼共は随分と強い。仰々しい鎖鎧なんぞを身に付けているくらいじゃから、それは折り紙つきでありんす』

 ガゼフはそれでも何か言おうとして、そして口を噤む。この大狼も、狼の仲間を危険に晒しているのだ。ガゼフが何かを言えることではない。

 そして、大狼は大きな口を開いて笑ったように見えた。

 『……あの若い雄どもはわっちとの交尾したさに呼ばれて飛び出てきた、文字通りケダモノのような奴らじゃ。ちょっとやそっと矢に貫かれたくらいでは、発情した狼が死ぬことはありんせん』

 「……貴方は女性なのか」

 『狼の雌のことを女性などと言う阿呆な雄はぬしで二人目じゃ。──いや、遠い遠い昔に一人おったから、三人目かや?……おや、噂をすればなんとやらじゃな』

 木の枝を掻き分け、銀髪の男が姿を現す。その後にはかごを持った若い村娘が一人ついていた。

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