わっちと異世界旅行   作:せぶんしーず

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た だ い ま


狼と香辛料と商談の始まり

 

 村に戻ったロレンスたちを迎えたのは、少しばかり理解し難い場面だった。

 村の中央に大きな大きな鍋が置かれ、男達が数人がかりで中をかきまぜている。

 その側では、比較的傷の深い男達が、先ほど見た赤髪のメイド──ルプスレギナを囲むようにしていた。じっと痛みに耐えつつ座す者から、座ることが出来ずに仰向けに寝かされている者まで。

 ルプスレギナはその中央でクルクルと回りながら、手のひらから緑色の淡い光を噴水のごとく振り撒いていた。

 「みんなユリねぇに感謝するっすよー。普段はどんなに積まれてもこんなことぜってーしないっすからねー」

 緑色の光を浴びた傷は立ちどころに修復を始める。そうして傷口が全部塞がった者はルプスレギナに深く礼をして──なけなしの所持金から、出せるだけの金品を支払い、まだ光を浴びていない者とその位置を交代する。

 ルプスレギナの足元には、傷を癒した男達から受け取った銀貨と銅貨で小さな山ができていた。

 既に一度治療を受けているガゼフは知っている。ルプスレギナの治癒魔法は、極めて高度なレベルのものだ。

 神殿で金貨の大枚をはたいてやっと受けることができる本職の治癒魔法が、子供のお遊びに見えてしまうくらいには。

 「……セバス殿には本当に頭が上がらないな。本国に戻ったら国王にどれほどの褒賞を申請せねばならないか考えると、今から胃が痛い」

 苦い顔をしながらも部下の無事を喜び微笑むガゼフに、ロレンスは苦笑を返しつつ質問する。

 「私の出身地ではこのような傷の癒し方をしなかったもので、一体いかほどの金額がかかるものか想像もつかないのですが──あの量の銀貨では足りないのですか?」

 「そうか、ロレンス殿は治癒魔法をご存知でないのか」

 ガゼフはそう言うと、ルプスレギナの隣にちょっとした量まで積み上がった、銀貨と銅貨の山を指す。

 「この人数の傷痍を完全に回復させるとなると、あれでは雀の涙にも及ばん。神殿で治療を受けたとしたら、白金貨で10枚を超えるだろう。財政担当者の嫌そうな顔が目に浮かぶな」

 「白金貨、ですか……。」

 村長から聞き及ばなかった新たな貨幣の存在に、ロレンスは目を険しくする。

 文脈から推測すれば、金貨の上をゆく単位だろう。国の財政担当者が引き合いに出されるということは巨額の可能性が高い。

 ロレンスはルプスレギナの力をなんとか商売に繋げられないかと思考に入り──。

 「……ダメだな。あまりにも情報が足りない」

 「む?……ロレンス殿、どうかしたのか?」

 「いえ、なんでもありません。商人という仕事柄、すぐに考え事に耽ってしまうのは悪い癖ですね」

 ロレンスは当面の資金繰りに悩んではいるが、リスクとリターンを考える余裕はある。かつて教会都市リュビンハイゲンで羊飼い(ノーラ)を利用して金を密輸した時は、ロレンスやホロと比べた彼女が、精神的にも物理的にも弱者だったから勧誘に成功した。その点、ルプスレギナはホロと比べても圧倒的に強いらしい。下手に機嫌を損ねれば、その大墳墓とやらに並んでいるであろう墓石の一つになりかねない。

 怪訝そうなガゼフに対して誤魔化すように小さく笑って距離を置き、ロレンスは大鍋の隣にいたホロとエンリのもとへ歩み寄る。

 エンリの隣には、彼女の妹であるネムの姿もある。ホロとネムは、今までに見たことのないような大鍋の中を背伸びをして覗き込もうとしていた。

 「……ホロ。お前はもうそんな歳じゃないだろう」

 「今までに見たことのないような大きさを見れば、気にせずにいられる道理がありんせん」

 「俺たちの宿で毎日かき混ぜていた鍋より多少大きい程度だろう?」

 ホロの目線の高さ程度の鍋はたしかに大きい。セバスが「ナザリック」とやらから持ってきたそうだが、ロレンスとしては鍋自体よりも、こんな質量の物体を運搬してきた手段の方が気になるところだ。

 ホロは背伸びをやめてネムを抱えると、だっこをしてネムの視線を鍋より高くした。そして顔だけロレンスに振り返り、ニヤリと笑う。

 「見慣れた大きさのぬし様のものよりも、突然現れたぬし様の以上のものに目を奪われるのは当然ではないかや?」

 「……それは、宣戦布告のつもりか?」

 そう言いつつもロレンスはネムとエンリの表情を気にするが、ネムは鍋の中を観察するのでいっぱいだった。エンリは少しだけ困ったように苦笑いをしていた。

 「ホロ。それはあまり、こんな場でするような話じゃないだろう?」

 「んむ?これは驚きじゃな。ぬし様が人前で話すのを躊躇うのは、大金の絡む商談だけかと思っておった」

 「……何を儲けるかが違うだけで、これも同じ儲け話だ」

 ロレンスが小声で嘯くと、フードの下で耳を動かしながらその声を拾ったホロは、ニッコリと微笑む。

 「おやおや、わっちの愛しい旦那様は、娘一人だけでは愛の証が足りぬと?」

 ホロはゆっくりとネムを下ろし、エンリとネムに背中を向ける。

 「そんなことは言ってな……うっ」

 言いかけた途端、鋭い眼光に射すくめられる。ホロの眼には狼の野性が戻っていた。

 足がすくみ動けないでいるロレンスへと、ホロは妖しく詰め寄り──その胸板に人差し指で、ツンと触れた。

 

 「ずいぶんとご無沙汰じゃからな。──今夜は楽しませてくりゃれ?」

 

 犬歯をキラリと見せて笑った妻の妖艶な表情を見て、ロレンスは額に手を当てた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 日が暮れ始め、村の中心部には篝火が焚かれた。普段ならば日没とともに一日を終わらせるカルネ村も、賊から村を守った英雄──ガゼフ率いる王国戦士団と、『ナザリックのメイドと執事』を名乗る四人の美女に一人の紳士を歓待するべく、祭りの様相を呈していた。

 大鍋の火を戦士団と村人の男たちが交代で見張り、女手は鍋をとりわけて皿を配っていく。

 戦士団を治癒した赤髪のメイド・ルプスレギナはすっかり周囲と打ち解け、酒に強い男達とともに樽を囲んで騒がしくしていた。

 バハルス帝国方面には無愛想で一言も喋らない黒髪の、スレイン法国方面には金髪でスタイルの良い『ナザリックのメイド』が立ち、警備をしている。

 そしてもう一人、髪を夜会巻きにして眼鏡をかけたメイドは、大鍋を中心に村を歩き回りながら給仕をして回っていた。

 「……さて、どうするかや?」

 ホロはいつもの表情だ。行商をしていた頃、新しい町に着く度に幾度となく見た表情。興味を惹くものや、面白いことを求めている、まるで子供のような瞳。

 ロレンスはホロと視線を交わすと、広場の外れで話し合う二人の男を見据える。王国戦士長・ガゼフと、『ナザリックの執事』のセバスだ。

 「良いパンは良い生地、延いては良い小麦から生まれる。では、良い小麦はどうしたら生まれる?」

 「良い土壌を選んで種を蒔けばよい」

 「そうだ。──種まきの時間だ。お前の力も借りるぞ」

 ロレンスはホロをリードしようと、妻の小さな手へと手を伸ばす。

 しかしホロはロレンスの手をすり抜け、もぐり込むようにロレンスと腕を絡めた。

 「くふふ、お安い御用でありんす。わっちに任せるがよい」

 上目遣いの微笑みでロレンスを見つめるホロは、フードの下で狼の耳を小さく動かす。そして耳の位置を確認するようにフードを被り直すと、ロレンスの腕をひっぱった。

 「……」

 「ささ、善は急げじゃ」

 

 

 

 「おお。クラフト殿に、奥方。先刻は世話になった。改めて礼を言う」

 ガゼフはホロの姿を見て僅かに声を詰まらせたものの、騎士然とした態度を保ちながら頭を下げた。ロレンスは「困った時はお互い様です」と声をかけ、礼を返す。

 それが終わるとロレンスは、ガゼフとセバスに朗らかな笑みを向けた。

 「お二人は召し上がらないのですか?」

 ロレンスが指すのは大鍋だ。既に村人と戦士団の大方に配り終え、皆々思い思いに食べ始めている。そんな中、配膳をしていた村人がガゼフたちを気にかけていた。

 「っと、これは申し訳ない。呼びに来て頂いたのか」

 「私としたことが。ガゼフ様のお話が大変興味深かったので、時が経つのを忘れておりました。……ふむ」

 セバスは少しだけ考える素振りを見せそして頷き、ぱん、と一つ拍手した。

 「では、我々もご相伴にあずかることと致しましょう」

 相も変わらず鉄仮面のままのセバスがガゼフを伴って歩き出し、ホロが僅かに目を細くする。

 ロレンスがセバスたちの後に続こうとしたところで、ホロがロレンスの袖口をつまんで引いた。ホロは無言のままセバスたちが離れるまで待ち、ロレンスに声をかける。

 「──ぬし、見えたかや?」

 「……何がだ?」

 ホロの視線はセバスの後ろ姿だ。敵意、懐疑といったものをはらんだ目を向けていた。

 「指輪じゃ。あのセバスとかいう化生、手を打った一瞬のうちで自らの手袋を外し、指輪を一つ外して外套のポケットに収めた上で再度手袋を着け直しおった」

 「……何を言ってるんだ?俺にはそんなもの見えなかったぞ」

 「狼の目に狂いはありんせん。──それともぬしは、ヨイツの賢狼たるわっちが、よりにもよって羊飼いの少年(うそつき)だとでもぬかすか」

 ホロは目を見開いてロレンスを見上げる。大きな瞳に射抜かれたロレンスは少しだけ考える。セバスの身体能力は、ロレンスの知っている、一般の人間の領域を明らかに超えている。もしかすると、ロレンスの目の前で瞬時にそのような芸当を行うことが可能かもしれない。

 「……だとしたら、だ」

 「何故、そんな遊びのような真似をしたかじゃな」

 ホロはセバスの背中を再度睨んだ。

 「あのセバスとかいうのは、先に森の中で一目見た時から嫌な感じがした。……生まれ落ちて十年と経っておらん餓鬼のようにも見えれば、何百何千という年月を生きた老獪な隠者の様にも見える。気味が悪い上に気持ちが悪いことこの上ありんせん」

 「そうか?やたらと強い以外は普通の常識人だと思うがな」

 「わっちの勘が外れたことがあるかや?」

 「……ないな。留意しておこう」

 ロレンスは頭の隅でセバスへの警戒度を引き上げ、そして想像力を働かせる。

 

 セバスが指輪を外した。

 セバスは指輪を外さざるを得なかった。

 セバスは指輪を付けていると不都合があると感じた。

 ──記憶と知識のどこを掘り返そうと、ロレンスの知る限りにおいて、食事の前に手袋の下の指輪だけを外さなければいけないという道理はない。そもそも、手袋の下に指輪をつけること自体が不自然なのだ。

 そもそも申告のとおり彼が執事なのであれば、仕事の際は常に指輪を外すのがものの道理というものだ。

 「思いついたかや?」

 「全くだ。……この地方独特のマナーや風習でなければ説明出来ない」

 「ぬしの言う通りじゃな。──まぁ、ひとまずは腹に何か入れねば思いつくものも思いつかぬ」

 「今回ばかりはお前の食い気にも納得だ。それに、案外『食べにくいから』とかいう大したことない理由かもしれんしな」

 ロレンスの口の中には、香辛料をふんだんに使った朝方の食事の風味が蘇っている。意識せず、口の中でつばが溢れそうになった。

 ロレンスはホロを連れて、ガゼフとセバスのいる広場の中央へ歩き出す。しかし、途中でホロの足が止まり、ロレンスもそれに合わせて歩みを止めた。ロレンスが振り返るとホロの視線は、飲み食いを楽しんでいる男たちの方へ向けられていた。

 「そうじゃ、ぬしには言っておらんかったことがある」

 その中でも特にアルコールに強い男たちは酒合戦をしているようで、酔い潰れて転がっている者に今にも吐きそうな表情でよろめいている者、顔を赤くしながら楽しげな態度をしている者と様々な色の顔があった。

 その中央で木製のジョッキを両手で持ち快活に笑いながら、呑み呑ませを延々と繰り返している女がいる。

 

 ホロは感情を噛み殺すような表情をすると、声を抑えて告げた。

 「あの雌──ルプスレギナとやらは、人間ではありんせん。野性を捨てると共に居場所を手にいれたのであろう、孤独を嫌った狼じゃ。わっちと同じようにな」




文字書きのリハビリ中で、以前のような文章から少し離れてしまったかも知れません。
文量も少し控えめで、『続けること』を第一にして書いていこうと思います。
以後もよしなにお願い致します。
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