堕天使と同棲することになった件について。   作:ふゆい

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第一話

 何事においても、新生活というのは素晴らしいものだ。

 この春から大学生となる俺は、進学を機に九州を飛び出して夢の東京へと躍り出た。行き交うオシャレな学生達やテレビでしか見たことがない有名店の眩さに卒倒しかけながらも、田舎民丸出しのドでかいキャリーバッグをごろごろ引き摺って新居へと足を運ぶ。生活用品は先に宅配で送っているから、何も心配することはない。親に無理を言って上京させてもらった為にそこまで立派な部屋ではないが、都内のワンルームという素晴らしい本拠地である。夢にまで見た東京での一人暮らし。今からドキがムネムネだ。

 

「あ、あのっ。ちょっといいですか?」

「は、はいっ。俺に何か御用でしょうか」

 

 待ち焦がれた都会生活に頬を緩ませていると、唐突に声をかけられて少々狼狽する。できるだけ田舎っぽさを出さないように堂々と応対しつつ、俺に声をかけてきた人物へと視線を向けた。声の感じから言って女性。第一東京人とのお目見えだ。ごくりと生唾を呑み込む。

 まず目に入ったのは、特徴的な黒髪のお団子(後で調べたらシニョンというらしかった)と、前髪を揃えた姫カット。フリルが目立つ黒のワンピースは胸部がやや貧層だが、そのスタイルをものともしない程に整った顔立ち。あまりの綺麗さに思わず言葉を失い、息が詰まりかけたのはここだけの話だ。

 

「と、東京の女の子ってこんな可愛いん!? 実家の方とはレベルが違いすぎるっちゃけど!」

「ちゃけど?」

「なんでもありませんよ美しいレディ。して、この俺にいったい何の御用がおありですかな?」

「なんかいきなりキャラがブレてない……? まぁいいけど。ちょっと道を聞きたくて」

「道案内ですか……」

 

 ふと彼女の手元を見ると、俺と似たような黒塗りのキャリーバッグが飛び込んでくる。どうやら彼女も東京民ではないらしい。ポケットからメモのような紙切れを取り出す様を眺めつつ、こんな可愛い子と同じ境遇であることに少しだけ親近感と嬉しさが沸き起こった。見た感じ年齢も同じくらいっぽいし、もしかしたら同じ学校なのかもしれない。うぉぉ、これは楽しみやね!

 黒髪系美少女はようやっと取り出したメモを俺に差し出し、やや疲れたような表情でぼやく。

 

「ここなんだけどさぁ、東京ってやっぱり道が分かりづらいのよね……」

「実際俺も余所者だから詳しい地理は分からないんだが……って、この住所、何か見覚えが……」

 

 彼女に見せられた住所の並びに既視感を覚え、頭をフル回転。見覚えがあるというか、この住所は確か――――

 

「俺の新居と一緒のアパートやんか! こんな偶然ホントにあるんやね、びっくりしとうばい!」

「もう隠す気もない方言はさておき、凄い偶然ね。ふぅん。ということは貴方、もしかしたら春から同じ大学という訳かしら?」

「そうやね……こほん。そうだな。上京して早速学友に出会えるなんて幸先が良い。これは夢と希望に溢れた大学生活が期待できるかも!」

「ふふ、まぁ確かに、この可憐で美しい孤高の堕天使ヨハネと同じ学校に通えるということは歓喜するに値する事象と言っても過言ではないわ」

「堕天使? ヨハネ?」

「な、なんでもないわよ! それより、一緒の住所なんでしょ? これも何かの縁だし、案内してちょうだいな」

「心してエスコートさせていただきます」

 

 一瞬見てはいけない一面が垣間見られたような気がするものの、余計な詮索は遠慮しておく。人には触れてほしくない事の一つや二つあるだろう。本人も顔を真っ赤にしているし、ここはスルーしておくのが紳士の対応というやつだ。顔を赤らめて恥ずかしそうに口を尖らせる表情も美しいので、脳内フォルダに永久保存しておこう。美人はどんな顔をしても俺の心を豊かにしてくれる。

 彼女を引き連れて歩き出したところで、そういえば名前を知らないことにようやっと気が付いた。というか、最初に自己紹介くらいしておくべきではなかったかとかいうツッコミはこの際無しの方向でお願いする。

 

「お嬢さんお嬢さん。お名前教えてくださいな」

「何その童話チックな聞き方。他人に名前を聞くときはまず自分から名乗るって漫画から学ばなかったの?」

「これは失敬。確かに、レディから名乗らせるのは紳士としてあるまじき行為だったな。それじゃあ改めて名乗らせていただこう」

「さっきからその紳士って誰の事? 私の目の前には見るからに軟派気質な田舎者しかいないんだけど」

「……名乗らせていただこう!」

「あっはい」

 

 意外にも毒舌らしく結構胸が痛い。女好きという点はさておいて、田舎者と言われると都会民には分からない何かが崩れ去る音が聞こえるので勘弁願えないだろうか。田舎民はそういう方面のメンタルが弱いんだぞぅ!

 心の涙を拭うと再び咳払い。呆れを通り越してもはや無の境地に至っているクールビューティを真っ直ぐ見据え、燃える九州男児な俺は胸を張り堂々と名乗りを上げた。

 

「俺こそは九州が生んだ最終兵器。ここ東京に革命の風を吹かせる為に現れた益荒男。地元でも数々の伝説を打ち立ててきたこの俺を、人は茅野春彦(かやのはるひこ)と呼ぶ!」

「天界より魔界に堕とされし美しき天使。数々の苦難や試練を逆境として乗り越えるその姿はまさに漆黒の堕天使。そう、我こそは唯一無二の存在……堕天使ヨハネ!」

「……ヨハネ?」

「……津島善子です。以後よろしくお願いします」

「よろしく」

 

 逆ピースを目元に決めて言い直されても説得力の欠片もないのだが、そこは本人の為に触れないでおこう。もうなんか涙目で震えているし、一周回って可愛らしくなってきた。クールビューティというかアレだ、残念美人とかいうレアキャラだこの人は。

 やっちまったと言わんばかりに羞恥心でトマト状態の津島……もう善子でいいや。善子を前にして、この子とは仲良くなれそうだと一人頷く俺なのであった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 世の中には理不尽なことがたまにあって、そういうのはたいてい俺達だけの力じゃどうしようもない。世界は残酷と理不尽に満ちており、そういった負の要素は稀にわざとなんじゃないかって程のタイミングで俺達に襲い掛かるのだ。人によっては逆境とかいう言い方をするかもしれないが、逆転不可能な状態は果たして逆境といえるのか分からない。絶望という表現がお似合いだと俺は思う。

 さて、ここまで180字程思考に耽っている俺こと茅野春彦であるが、現在進行形で結構な絶望に巡り合っているところだ。先程まで残念美少女津島善子と親交を深めながら新居へと向かっていたところだったけれど、いざ目的のアパートに辿り着いたところで事件は起こった。

 アパート自体はいたって普通だ。大家さんも優しそうなおばあさんで、印象も良い。隣室には挨拶していないが、この分だと恐れることもないだろう。素晴らしいスタートだ、と普通ならガッツポーズを決めていたかもしれない。

 しかしながら、現実は非情だ。

 

「おい善子。先に聞いておきたいんだが、お前が貰った鍵がたまたま別の部屋のものだったとかいうオチはないよな?」

「ねぇ春彦。私も聞いておきたいんだけど、貴方の持っている鍵が番号間違えているとかそんな面白展開ないわよね?」

「あるわけねぇだろ下見にも立ち会ったんだぞ」

「私だって不動産屋にまで着いていったのよ」

「だよなぁ。違わないよなぁ」

「よねぇ。違うわけないわよねぇ」

 

 もうすっかり熟年の夫婦顔負けの雰囲気で会話する俺と善子。とても出会ってから数時間しか経過していない二人とは思えない打ち解けっぷりだが、これは何か吊り橋効果のようなものが働いているせいだと思われる。いやまぁ確かに少し話した感じ気も合うし仲良くなれる確信はあったが、今はそんな確信なんて遠くの東京湾に投げ捨てたい勢いで必要ない。

 顔を見合わせて揃って笑う俺達。見ようによっては仲睦まじいカップルに見えても致し方ないだろう。実際、既に肩を組んで親友よろしく笑い合っている二人である。人の繋がりは時間ではないと感じさせてくれるいい機会になった。

 ひとしきり笑い終えると、しばらくの沈黙が俺達を包み込む。ちら、と善子の手に握られている鍵の形が俺のものと非常に酷似しているのだが、気のせいだと思いたい。でもさっき何度も確かめた結果、それが気のせいではないことは分かっていた。分かっているから、半ばヤケクソ気味に善子と発狂していたのだ。

 はぁ、と溜息一つ。奇しくも同時に放たれたそれは虚空に呑み込まれていったが、俺達は構わず叫んでいた。

 

『不動産屋の手違いで新居の号室が被ったとかありえないだろ!』

 

 マンガか! とツッコミたい気持ちでいっぱいになっている俺を誰が責められよう。この未来化著しい現代においてこんな原始的なミスが起こり得るのか果たして。もうなんか色々な組織が暗躍していたとか言われた方がまだ納得がいくレベルの事故だぞ。

 隣を見ると、堕天使キャラで誤魔化す気も起きないらしい善子が下を向いてわなわなと肩を震わせていた。ここに来るまで彼女の話を聞かされていたが、結構な不幸体質らしく、今までも驚くような不幸体験をしてきたのだとか。半信半疑で聞き流していた俺ではあったけれども、なるほどこれは確かに不幸体質である。それも結構な密度の濃い不幸だ。

 彼女からメモを見せられた時に異変に気が付くべきだった。住所には号室も書かれていたのだから、あそこで気が付いていればもっと早急に対処できたというのに。土壇場でこんな超弩級のイベント与えられても苦笑い以外の反応ができやしない。笑い飛ばすにしてもちょっとばかしパンチが効きすぎていませんか神様。

 先程とは違って泣きそうな顔で俺を見てくる堕天使ヨハネに、同様の行き詰った苦笑を返す俺。人間追い詰められると何も言えなくなるというのは事実のようだ。こんなタイミングで知りたくもなかったが。

 

「し、初対面の男女が一つ屋根の下で新生活始めるって、まるで漫画みたいだよな!」

「…………」

「あ、あはは……」

「…………」

「……頼む善子、何か喋ってくれ。俺の心が折れそうだ」

「何を言えって言うのよ、この状況でぇ――――!」

「ですよね!」

 

 共に限界を迎えた俺達は頭を抱えてその場に四肢をつく。もう何をするでもなく、言い知れない倦怠感だけが心を支配しかけていた。某水泳選手とは違った意味合いで、何も言えねぇ。

 茅野春彦、18歳。

 夢の東京生活に、一日目からパートナーができました。

 




 善子ちゃんは残念可愛い。
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