(タイトル番号間違えておりました。指摘してくださった方々ありがとうございます 17/03/13)
六月。
東京での生活もある程度慣れ、日々の講義やらアルバイトに精を出しつつ大学生活を謳歌している俺こと茅野春彦。今日も今日とて特に興味はないものの履修上止むを得ず取っている講義に顔を出し、のんべんだらりと板書を取り続けていた。周囲には進学して新たに出来た友人たちが座っている。ちなみに善子は少し離れた席で、女子に囲まれて講義を受けていた。日頃あれだけ中二病全開のくせに、普段絡んでいる分にはただの真面目な女子学生ぶっているのだから女子と言うのはよく分からない。
「なぁ春彦。春彦ってば」
手持無沙汰にペンをくるくる回していると、不意に隣からかけられる声。先程からノートを開いたまま手元でスマホゲームに勤しんでいた金髪系チャラ男、谷沢だ。白のロングTシャツに流行りのMA-1を羽織ったいかにも『大学生』といった服装ながらも、外国語研究会とかいうクソ真面目な部活に所属しているアンバランス男子である。しかし噂に聞く限りだと外国語研究会は当大学でも有数の飲みサーだとか。彼のSNSでの発言傾向から見ても、その噂は濃厚っぽかった。大学怖い。
「なんだよ。今板書してんだけど」
「嘘つけ。さっきからちょくちょく津島の方見てただろ」
「はぁ~?」
「いやぁ、おアツイねぇ。やっぱり天下のスクールアイドルと付き合う奴は愛の深さも段違いなんだな」
「あのなぁ……谷沢は事情知ってんだろ。俺とアイツはそんなんじゃねーよ」
ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべながら茶化してくる谷沢に鼻を鳴らす。まったく違うタイプにもかかわらず顔合わせの立食パーティからなんだかんだずっと一緒にいるこいつは、俺と善子が付き合っていないことを知っていた。というか、百戦錬磨のコイツから言わせると「ぎくしゃく感が半端ない」とのことらしい。本来ならば谷沢を皮切りに恋人疑惑を払拭すべきなのだろうが、善子の貞操を守る意味合いもあるこの演技をやめるのは少々抵抗があった。
俺の言葉に一際ニヤニヤ具合を強める谷沢。
「確かに入学当初はガッチガチのハリボテカップル感凄かったけどさ、今の二人を見ていると熟年夫婦もびっくりな息の合い方してんべ? 少なくとも同じ学部内で春彦と津島が恋人同士じゃないって信じている奴なんざほぼゼロに等しいと思うけどな」
「せやろか」
「せやで。なぁ、もういっそのこと本当に付き合っちまえばいいじゃんか。客観的に見ても良い女だと思うぞ? マイナス要素は勉強が苦手ってくらいだろうよ」
「まぁ確かに、家事もできるし性格もいいし、一緒にいてすげぇ楽しい奴ではあるけど……」
「非の打ち所がない完璧な女じゃんか。俺だって春彦がいないならすぐにでも津島に手ぇ出してた可能性あるしな」
「……おい」
「嘘だよ嘘。冗談だからそんな怖い顔で睨みなさんなって」
「……そんな顔してねーし」
「めんどくさいなお前」
谷沢が少し焦ったように発言を訂正するが、俺は何故今こんなにイラッとしたのか原因が掴めず困惑していた。すぐに女をとっかえひっかえする腰の軽い男谷沢ではあるけれど、男同士の友情を何より大切にするコイツが善子に手を出すとは思えない。それを分かってはいるはずなのに、どうして彼の言葉にわずかでも怒りを覚えてしまったのか。友人を汚されかけた怒りと言うよりは、大切な宝物を奪われかけた独占欲というか……。
「お前と津島の関係性がどうなろうとどうでもいいけどよ。そんな中途半端な距離感でウダウダやるくらいなら、早いところ色々固めた方が身の為だぞ」
「関係性を固める、ねぇ……」
何の気なしに善子へと視線を向ける。と、どうしてか顔を赤らめた彼女とばっちり目が合ってしまった。妙に恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らす。彼女の友人達が漏らすクスクス笑いがこちらまで聞こえてきて、今すぐ家に帰りたい。
善子の方でどういう会話があったかは知らないが、何故彼女は今赤面してこちらを見ていたのだろうか。俺との関係性をからかわれた……? いや、そういう他人を陥れるような発言は誰よりも嫌う彼女だ。そんなことで頬を紅潮させるはずがない。だとしたら、いったい……。
「なんなんだよ、ほんとに……」
釈然としない心持ながらも、その日の講義がすべて終了するまで心のモヤモヤが晴れることはなかった。
☆
「お疲れさまでしたー」
夜の十一時半ごろ。某企業の事務整理のアルバイトを終え帰路につく。時給も高く、そこまで体力を消費する必要もないこのバイトは意外にも性に合っていた。電話応対も業務に含まれている関係上たまに面倒くさい客に当たることはあるものの、直接顔を合わせているわけではないのでそこまで苦痛にもならない。そのうえ有給休暇もついているというのは非常にありがたい条件だ。
勤務中電源を落としていたスマホを起動させ、善子にメッセージを打つ。
《今から帰宅するんで、十二時くらいには帰る予定》
《了解。晩御飯作っておくから、帰ったら食べましょ》
《ん、いつもごめんな》
《いいわよ別に。一人で食べるのも味気ないし》
そんな返信を最後にスマホをポケットに突っ込むと、アパートに向かう。毎度毎度俺がバイト終わりに帰宅するまで晩飯食べるのを待ってくれている善子は本当に優しい。アルバイトをしていないのに十二時くらいまで空腹のまま待たせるのは非常に申し訳ないけれど、彼女の厚意を無下にする訳にもいかなかった。何故善子がバイトをしていないかというと、高校時代にスクールアイドルのギャラやら賞金やらで稼いだお金が残っているかららしい。計画性のある人間で何よりである。
少しでも早く帰宅するべく足を速める。さて、今日のメニューはいったいどんな激辛食べ物が待ち受けているのか……。
「うぇへへ~……お空がグルグル回ってるよ千歌ちゃぁ~ん」
「もぉー! 曜ちゃん飲み過ぎだってー! 終電すぎちゃったよどうすんのさー!」
「ごべんなざ……っぷ」
「うわー! ビニールビニール!」
街灯に照らされた路地の隅で四つん這いになって全身を震わせている茶髪の女性と、それを介抱するオレンジ髪の女性。茶髪の方は見る限り相当酔っているようで、相方から渡されたビニールを引っ掴むと文字にするのも憚られる程の効果音で胃の中のものを盛大にヨーソローしていた。介抱している女性も背中を擦ってはいるものの、立ち往生しているようだ。先程の発言から終電も逃しているようで、まさに万事休すといったところか。東京ではよくある光景なので、珍しいとも思わないけど。
にしても、「曜ちゃん」に「千歌ちゃん」? 髪の色もそうだが、偶然にしては適合率が過ぎる。
つい先月ファンを始めた某スクールアイドルグループのメンバーを思い出しながら、再び彼女達を見やる。動画の中で踊っていた彼女達と比べると少し大人びているが、雰囲気と顔立ちはAqoursのメンバーである渡辺曜、高海千歌のまさにそれ。三度見くらいして確認したから間違いない。間違いないが、もう少しマシなシチュエーションはないものかと頭を抱える。
立ち止まって見ていたからだろうか、高海さん(暫定)と目が合ってしまう。
「すみません、お見苦しいところを……」
「い、いえ、こちらこそ……」
「……って、キミは確か、前に善子ちゃんから写真で見せてもらった彼氏のコでは!?」
「彼氏じゃないです! 同棲しているだけです!」
「すごーい! 奇跡だよー!」
案の定というか何というか、善子繋がりで俺の事をご存知だったらしい高海さんは渡辺さんから手を離すと弾かれるように眼前へと迫る。支えを失った渡辺さんがゴッシャアとかいう鈍い音をあげながらアスファルトに顔面からダイブ決めていたが大丈夫なのだろうか。
「ぜんりょくぜんしん……よーそろぅでありまぁす……」
あ、大丈夫そうだ。
「高海さんと……渡辺さん、ですよね? Aqoursの」
「そうだよー! もう引退しちゃったけどね。私は高海千歌! で、そこで伸びているのが渡辺曜ちゃん! よろしくねっ」
「か、茅野春彦です。よろしくお願いします、高海さん」
「堅苦しいのは苦手だから名前で呼んでよ、善子ちゃんの相方くんっ。私も春彦君って呼ばせてもらうからさ!」
「は、はい……えっと、千歌さん……」
「よろしいっ」
えへへー、と子供みたいに輝く笑顔を浮かべる千歌さん。その姿はAqoursのライブ映像で見た彼女そのままで。有名芸能人が目の前にいる事実に脳の整理が追いつかず、ぽかんと間抜けな顔で立ち尽くす俺。なんかこう、カリスマがある……。
「春彦君? ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「はっ。だ、大丈夫です。Aqoursのメンバー、それもリーダーの千歌さんが目の前にいるっていう現実への喜びが天元突破しそうなだけなので、はい」
「善子ちゃんが言ってたけど、本当にAqoursのファンなんだね。ほれほれー、本物の高海千歌だよ~?」
「うぉおおお、さ、サインください!」
「ムフフー。よきにはからへー」
差し出したノートにすらすらと慣れた手つきでサインを書いてくれる千歌さん。興奮気味に頭を下げると、得意げな顔で胸を張る姿がなんとも格好いい。さ、さすがはAqoursのリーダーやで……。
とまぁそんな感じで話すこと十分程。ようやく落ち着いた俺は二人の状況について聞くことにした。
「それで、千歌さん達はどうしてこんなことに?」
「あー……特に理由とかはないんだけど、久しぶりに会ったんで飲みに行ったら、こんなことに……」
「な、なるほど……」
「私はまだ未成年だからジュースしか飲んでないんだけど、曜ちゃんがね……昔から調子に乗るタイプだからなぁ」
地面に突っ伏したまま寝息を立て始めた渡辺さんを呆れたように見つつ、溜息をつかれる千歌さん。終電の時刻は過ぎていて、ネットカフェに泊まるにも懐が寂しいのだとか。そもそも泥酔状態の渡辺さんを連れてネカフェに入れるのかという点も怪しい。かといってこのまま路地で夜を明かすわけにもいかず、途方に暮れていたのだという。
「どうしようかなぁ」と肩を落とす千歌さん。まさに打つ手なしといったところではあるけれど、一つだけ打開策に心当たりがある俺は僭越ながら提案を行った。
「あの、迷惑でなければ、俺の家に来ませんか?」
「はい?」
「あ、えと、俺の家というか、善子も今家にいるんですけど……このまま途方に暮れるくらいなら、ウチで一晩明かした方がいいんじゃないかと……」
「…………」
「す、すみませんっ。こんな急に馴れ馴れしいことを――」
「――いいのっ!? 泊めてもらえるなら、本当に助かるよー!」
「へ? ちょっ、千歌さん!?」
一瞬黙ってしまった彼女に謝罪する準備は万全だったのだが、俺を襲ったのは怒声ではなくマシュマロのような柔らかい感触。数秒遅れて彼女が俺に抱き着いていることを把握したけれども、理解ができずにされるがまま。千歌さんはまるでメンバーにするかのような気安さで俺を真正面から抱き締めていた。
一瞬で沸騰する俺の脳味噌。
「ななな、なぁっ!?」
「いや~、春彦君は優しいねぇ。善子ちゃんもこんな彼氏を持って幸せだよ~」
「か、彼氏じゃないですったら!」
「またまた~、照れちゃって~」
「違います! いいから、早く渡辺さん運びますよ!」
「了解チカ!」
名残惜しさを感じつつも千歌さんを引き剥がし、完全にグロッキーな渡辺さんを背負う。荷物は千歌さんに任せているが、なんともまぁ奇妙な図だ。……歩くたびに背中に当たるやわっこい球体の件については心の中に秘めておいた方が良いだろう。思春期男子には辛すぎるが。
「曜ちゃん、男の子に背負ってもらうなんて貴重な経験だねぇ」
「からかわないでくださいよ……」
「うぅん……うぉぇ……」
「くっそ! 第二派が来る前になんとか帰りますよ!」
「が、合点!」
背中で明らかにヤバイ危険信号を放ち始めた渡辺さんを背負い直し、千歌さんと二人アパートまでの道を駆け抜けていく。
今回も読了ありがとうございます。