時刻も1時を回った頃、泥酔状態の渡辺さんを抱えた俺と千歌さんはようやく我が家へと辿り着くことに成功した。幸い酔っ払いキャノンの第二派は治まったらしく、甚大な被害は出ていない。状態も落ち着いたようで、今や俺の背中でぐっすり眠っている。完全に脱力してしまっているせいで密着感が上がっているのは否めないが。
千歌さんがインターホンを鳴らすと、足音と共に扉が開かれる。
「おかえり春彦。予定より遅かったけど、何かアクシデントでも――――」
「や、やぁ善子ちゃん! 久しぶりだねぇ!」
「……は? 千歌さん? なんで?」
「なんでというかなんというか……色々複雑な事情が……」
「路頭に迷っていた私と曜ちゃんを、春彦君が自宅に連れ込んでくれたんだよ!」
「野宿でもしてなさい」
バタンッ! と無情にも閉められるマイホームドア。チェーンをかける音がやけに廊下に響いた。
「って、ちょぉおおおお!! そういう誤解を招く感じの発言はわざとなんですか千歌さんんんん!!」
「あ、あれ? 私なんかマズいこと言っちゃった……?」
「比較的事実ではありますけど、どちらかというと言葉選びが悪かったかな! なんでちょっと下心ある感じに言ったんですかね!」
「だって事実だしー」
「いやそうですけども!」
納得いかないとばかりに頬を膨らませる千歌さん。さすが元スクールアイドルだけあってふくれっ面も可愛らしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。泥酔状態の渡辺さんも早く収容しないといけないし、こんな寒空の下で野宿するわけにはいかないのだ。
再びドアをノックしまくると、チェーンはかけたままながら善子が顔を出してくれた。その表情は生ごみを見るような冷酷さに包まれているけれども、それくらいでへこたれる俺ではない。ちょっと泣きそうではあるが、根性を見せるんだ九州人!
「善子。さっきの千歌さんの言葉を鵜呑みにしないでくれ。確かに家に来るようには言ったが、あくまで善意なんだ。だいたい、俺がそういうことするような奴じゃないことは、お前も知っているだろ?」
「……ずら丸の胸チラ覗いてた変態が言っても説得力ないわよ」
「あれは国木田が巨乳で隙だらけなのが全面的に悪い」
「うわぁ……」
「千歌さん、その反応は傷つくんでどうか控えて」
分かってんだよ! でも国木田のブツに視線が行ってしまうのは男として避けられない運命! ですてにー!
……そろそろ二人の視線が辛くなってきたので、真面目に説得を始めよう。
「分かった。俺もただで入れてくれとは言わない。何か対価を差し出そうじゃないか」
「アンタの命」
「新手のプロポーズかな? って待って待って嘘嘘冗談だからドア閉めないで善子様!」
「チッ」
「舌打ちの音量考えような?」
この同居人、日を追うごとに俺への態度が滅茶苦茶キツくなってきているのはどういう了見なのだろうか。仮にも恋人代行に対する言動だとは思えない。もっと優しさを見せてほしいところだ。
「命以外でどうにか」
「それ以外に価値のあるものなんてアンタ持ってんの?」
「辛辣すぎて涙すら出ない。じゃ、じゃあこうしようじゃないか。今後一回だけ、無条件でなんでもお前の言う事を聞く権利を進呈というのはどうだろう」
「へぇ……なんでも、ねぇ……」
「あっ」
俺が代案を出した途端にあくどい笑みを浮かべ始める善子。まさに堕天使と言わんばかりにほくそ笑む彼女を前にして、自らの失言に気が付いた。今までの鉄の掟第五条に準じて互いの命令を聞いてきたことはあったけれども、今回はまた性質が違う。なんといっても、俺が「自分から」彼女に言ってしまったのだから。
ぶわっと全身から嫌な汗が出る。もう顔を見なくても勝ち誇った笑みを浮かべているのが分かる善子を今すぐ殴りたい。そして、そんな俺達を微妙な苦笑いで眺める千歌さんには後でちゃんと謝っておこう。完全に蚊帳の外にしてしまって申し訳ない。
善子は満足そうに何度か頷くと、ようやくチェーンを外して扉を開いた。
「ほら、とりあえず布団は私のを使って。お風呂は明日にでも入りなさい。千歌さんは曜さんの様子を見つつ寝ること。いい?」
「おぉ、善子ちゃんお母さんみたいだ」
「馬鹿な事言ってないでさっさと着替える! ほら、私のパジャマ貸してあげるから」
「ふむ、だったら俺も着替えて――」
「アンタは先輩達が着替え終わるまでトイレから出てくるな!」
「せ、殺生なー!」
ここまで頑張って曜さんを運んできたのだから、着替えシーンのご褒美くらい貰ってもバチは当たらないと思うのだが。抵抗空しく無情にもユニットバスに押し込まれてしまった。その後俺の寝巻が投入された為、泣く泣く風呂場で着替えを始める。
いやしかし、ライブ映像を見てなんとなくは予想はしていたけれど、曜さんは本当にグラマーだったな……スポーツ選手みたいに健康的な肉付きながらも、主張を忘れないOPPAI。完全に役得だったぜ……げへへ。
「着替え終わったからもう出てきて……って、うわっ。何その気色悪い顔。キモッ」
「これは一発殴っても許される案件ではなかろうか」
「アンタが変態親父みたいなゲッスい顔してるからよ。どーせ曜さんの胸の感触でも思い出してたんでしょ。きっもー」
「そっ! そんな訳ないだろ俺様は紳士で有名な春彦様だぜっ!?」
「うっわ……その反応は童貞くさすぎてヒクわ……」
「うるせー! ほっとけ!」
嫌悪感を微塵も隠そうとしない善子に怒鳴りながらも風呂場から脱出。こいつの口の悪さは本当にどうにかならないものだろうか。最近特にそれが顕著だ。理由を聞いても特に答えてくれないし、原因不明が一番困る。
風呂場を出ると、千歌さんと曜さんは既に寝息を立て始めていた。千歌さんが曜さんを背中から抱き締める様にしてすーすーと寝入っている。なんだかんだ疲れが溜まっていたらしい。曜さんが酔っ払いヨーソローする気配もないようだし、一安心だ。
……それはそれとして、俺は今夜どこで寝ればいいのだろうか。見たところ、残りの布団は一組しかないように思えるのだけれど。
嫌な予感を胸に善子に問うと、彼女はあっけらかんとこう言い放った。
「私と一緒に寝るに決まってるでしょ」
「お前はいいのかそれで」
「別に今更どうってことないし。それに、私寝相悪いから、何度かアンタを抱き枕代わりにしてたっぽいしね」
「気づいていたなら寝相直せよ」
「それは無理」
知ってた。
確かに以前から善子には抱き枕にされているのである程度慣れてきてはいるものの、年頃の女性と布団一枚で寝るという行為自体はなかなか慣れるものではない。加えて、なんだかんだ善子は超絶美少女である。俺の童貞心臓がどれだけ耐えられるか想像するまでもない。
しかしながら、それ以外に方法がないというのもまた事実だ。そもそも一人用の部屋に二人暮らし用の家具を置いているのだから、余分なスペース自体がない。風呂場で寝る訳にもいかない為、ここは腹を括るしかないだろう。
せめてものマナーとして、女性陣に背を向けた態勢で一番端に陣取る。掛け布団はないが、一晩くらいは我慢するしかあるまい。
「じゃあ電気消すわよ」
「おう、おやすみ」
一瞬で暗闇に包まれるが、背後に感じる善子の気配。密着しているわけではないものの、今回ばかりは妙に意識してしまう。特にそう言った気持ちを向けているわけではないのに、どうしても落ち着かない。布団がなく肌寒いのも相まって、なかなか寝付けないというのも原因ではあるっぽい。
「っくち」
「……なによ、寒いの?」
「そりゃ何も被ってないからな」
「ふーん……えいっ」
「はっ? へっ!?」
変な掛け声が聞こえたかと思うと、善子によって布団の中に引きずり込まれていた。先程までの肌寒い感覚はどこへやら、後ろから俺を抱きすくめる善子の温もりが全身に広がる。
「春彦うるさい。二人が起きちゃうでしょ」
「す、すまん……」
思わず謝ってしまったが、あまりにも場違いがすぎやしないか。抱き枕にされている、と考えればそれまでではあるのだけれど、首元に顔を埋められているせいで彼女が呼吸するたびに首筋がくすぐったい。本当に、いったい何を考えているのかこいつは。
「どういうつもりだよ、善子」
「別に。アンタが寒いとか抜かすから、合理的な方法を取っただけ」
「いくら同居人とはいえ、さすがにあんまりこういうのは褒められたことじゃないと思うんだけど……」
「…………いいわよ別に、アンタなら」
「ボソボソ言われてもよく聞こえないんだって」
「なんでもない。私は寝るから」
「おやすみ」と一言残してそのまま寝息を立て始める善子。最後に何を言ったのか聞き取れなかったが、彼女がなんでもないというのならなんでもないのだろう。こういう時に無理矢理聞き出そうとすると怒られるのは過去に経験済みだ。同棲生活安寧のためにも、記憶から消しておいた方が良さそうではある。
深く考えても仕方がない。今はとにかく眠りにつくことが先決だ。
「おやすみ、善子」
聞こえていないであろう言葉を向けて、睡魔に身を任せる。心なしか、俺を抱き締める腕に力がこもった気がした。
今回も読了ありがとうございます。