堕天使と同棲することになった件について。   作:ふゆい

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第二話

「どういうことなん母さん! 手違いどころじゃないっちゃけど!」

『私に言われても知らんよ。今更どうしようもないっちゃけん、もう腹を括って男らしく受け入れんと』

「そんな無責任な……って、もう切ってやがる……」

 

 電子音を空しく響かせるスマートフォンを仕舞い、もう何度目になるか分からない溜息をつく。とりあえず二人して部屋の中に入ってはいるものの、この行き場のないやるせなさはいったいどうすればいいのだろう、と善子に目を向けると、彼女は彼女で動揺にスマホ片手にどんよりと肩を落としているところだった。親に電話した結果どうなったのかなど、わざわざ聞くまでもない。

 

「ク、クク……こ、これくらいの逆境、この究極堕天使のヨハネにかかれば乗り越えることなんて造作もない……」

「今さっき絶望にまみれた顔で床に手ついてた奴の台詞かそれが」

「し、仕方ないでしょ! さすがの私も今回ばかりはヨハネで押し通せるレベルじゃないことくらい分かっているけど、ちょっとキャパ超えしているの! ていうか、普通有り得ないでしょこんな事態!」

「不動産屋に連絡したら空室もないから手配できないって言われちまったしなぁ。幸い家賃は折半でいいってことだからそれくらいか。しゃーない、早急に新しい部屋を見つけるから、それまでの辛抱と思って……」

 

 本来なら別の空き部屋を手配してもらうのがセオリーだろうが、運の悪いことにそれもできないらしい。今年は例年以上の上京フィーバーらしく、大学圏内のアパートは全滅しているそうだ。片方を追い出すわけにもいかない為、このままだとまさかの同棲生活を余儀なくされてしまう。俺としてはこんな美少女と共同生活できるなんて願ってもいないけれど、善子的にはそうもいくまい。

 ……と予想していたのだが、彼女の返答は意外なものだった。

 

「別に新しく部屋を見つける必要なんてないでしょ。まぁ確かにちょっとびっくりしたけど、ルームシェアと思えばおかしなことでもないし、家賃も半分でいいならアンタの実家も助かるだろうし。総合的に見て、大人しく同棲するのが吉ね」

「……案外冷静なんだな。もうちょっと嫌がるかと思ってたよ」

「これがどこの馬の骨とも分からない相手だったらさすがに拒否ってたわよ。でも、春彦は悪い奴じゃなさそうだから大丈夫。私、人を見る目には自信あるんだから」

「危機感のない奴だな……もう少し男を疑うことを覚えた方がいいぞ」

 

 いくら仲良くなったとはいえ、数時間前に初めて会ったばかりの相手にそこまで心を許せるこいつの器のでかさに衝撃を覚える。そういえば高校は女子高だったとか言っていたっけか。周囲に男性がいない環境で育ってきたから感覚が麻痺しているのかもしれない。だとしたら、大学生活が始まる前に釘を刺しておいた方がいいだろう。差異はあれど、女子を性欲の対象としか見ていない男子大学生なんて腐るほどいる。特に善子のような美少女が相手となれば、その視線はさらに濃密なものとなるだろう。新入生が酔いつぶされて性的被害を受けたなんて事件もよく聞く。取り返しがつかなくなる前に価値観を矯正しておくに越したことはない。

 そう考えて少しばかりキツイ言い方をしてみたのだけれど、当の本人は何故か呆気にとられたようなアホ面で俺をぽけっと見つめていた。予想だにしない表情を浮かべられ、思わず気が抜ける。

 

「な、なんだよその顔。俺何か変な事言ったか?」

「いや、そうじゃなくて……春彦、もしかして私の事心配してくれた?」

「はぁ? 当たり前だろ。善子可愛いし、何かあったらどうするんだよ。俺だから問題ないとか言ってるけど、その俺自身がお前に手を出さないとは限らないんだぞ?」

「……ふふっ」

「なぜ笑うし」

「なんでもないわ。でも、やっぱり私の見る目は正しかった」

「はい?」

「春彦と一緒に住むのはまったく問題ないってこと。だって、アンタ優しいもの。心配してくれてありがとね、春彦」

「っ――――!」

 

 不意打ちだった。まったく意識していなかった分、ノーガードのところに思いっきり右ストレートを入れられた気分だ。

 何を思ったのか、俺の忠告を聞いた善子が放ったその台詞。そして、彼女が浮かべた自然な笑顔。そのすべてが気持ち悪いくらいに完璧で、噛み合って。その瞬間だけは、津島善子という女性がどうしようもなく魅力的で、尊いものに思われた。

 その姿はまるで、ステージの上で微笑むアイドルのようで。

 今まで何度か彼女に対して可愛いだの美しいだの言っていた俺だが、そんな冗談めいた言葉では言い表せない程の神々しさに似た何かを感じていた。ある意味、彼女の美しさは堕天使めいている、なんてことも思ってしまうくらいに。

 

「どうしたの春彦。私の美しい顔に見惚れでもした?」

「あ、えっと……そ、そんなわけなかろうもん! ちっとばっかボケっとしとっただけたい!」

「ククク、誤魔化すことはないのよ春彦。我が至高の美貌を前にしたのだから、心を射貫かれてしまったとしても無理なきこと。言わば、自然の摂理!」

「うっさいわこの中二病」

「中二病って言うなー!」

 

 からかわれた途端に素に戻って叫ぶ善子。最後まで堕天使キャラを通せばむしろツッコまれもしないだろうに、妙なところで常識人だから中途半端なのだ。まぁ、終始一貫して堕天使キャラな不思議系女子と同棲するというのは俺的にも御免被りたいところではあるから、これくらい常識人である方が助かる。

 とにもかくにも、まずは同棲に際して話し合わなければいけないことがたくさんある。幸いにも入学式まで一週間ほどあるので、それまでにルールや間取り等を決めておきたい。

 

「善子、お前家事は何ができる? ちなみに俺は料理以外全般が可能だ」

「あら、意外と器用じゃない。てっきり何もできない駄目男かと思っていたわ」

「素直にひでぇな」

「とはいえ、私はだいたいなんでもそつなくできるって感じかしらね。春彦が料理できないなら、料理と洗濯辺りを私が。掃除その他を春彦がやるのが無難じゃない?」

「堕天使料理とか言って黒焦げの産廃作るなよ」

「作らないわよ! あのね、私こう見えて結構ポテンシャル高いんだからね!? 馬鹿にするなっての!」

「わ、悪かったよ。怒るなって」

「ふん、だ」

 

 俺の物言いが気に入らなかったらしい善子は腕を組むと唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。だが、ちらちらと様子を窺うようにこちらを見ているので深刻に捉える必要性はなさそうだ。なんというか、ホントどこまでも残念だなこの堕天使……。

 絶妙にポンコツな善子の機嫌を後日ケーキを奢ることで回復させると、再び話し合いを開始。

 

「問題は居住スペースだな。ワンルームだから部屋を分けるなんてこともできないし、風呂場の更衣室もない。寝る時は大人しく川の字で寝るしかないけど……」

「寝方に関してはそれしかないわね。お風呂は……そこは、ほら、お互いに気を遣って目を瞑るなりトイレに籠るなり……」

「ユニットバスだからトイレには籠れないけどな。まぁ、うん。頑張るよ色々と」

「色々と?」

「触れないでくれそこには」

 

 何も分かっていない様子で疑問符を頭上に浮かべる善子。これは思春期男子にしか分からない悩みだから、彼女が気にする事はない。ただちょっとばかし俺が自分の理性と激闘を繰り広げる必要がでてきた、ただそれだけのことだ。ユニットバスは廊下に隣接していて、居間と廊下を隔てるカーテンを付ける予定ではあるから問題はないのだが……これでカーテンにシルエットでも映った日には悶々とした日々を過ごすこと請け合いだ。せめてロフトが付いていれば多少状況も変わっただろうに。

 怪訝な視線を向けてくる善子から目一杯視線を逸らしつつ、まだ何も置かれていない居間の床に腰を下ろす。

 

「今更ながら、前途多難やなぁ。ホントに大丈夫なんかいな」

「心配性ね春彦は。この堕天使ヨハネがついているんだから何も心配いらないわ! タイタニック号に乗ったつもりで、ドーンと安心していなさい!」

「不安しかないんやけど……」

「方言で言われるとガチっぽく聞こえるからやめてよね……」

 

 本人も多少は不安を抱えていたようで、参ったと言わんばかりに溜息をついていた。にしても善子の前だとちょくちょく方言が出てしまう。一応共通語で話すように意識はしているのだが、彼女があまりにも話しやすくて絡みやすいので緊張が解けてしまうのだろうか。大学生活が始まる前までには方言を直したいところではあるけれど、果たしてどうなるか……。

 

「別に直さなくてもいいと思うけどなぁ。春彦の方言、私は結構好きよ?」

「…………」

「春彦?」

「お前……それ天然でやってんのならマジで怖いわ……魔性の女だわ……」

「魔性の魅力を持つ堕天使ってこと? 当然ね!」

「もうそれでいいよ……」

 

 オリジナルの堕天使ポーズで貧相な胸を張る善子だったが、あまりの天然っぷりに溜息すら出ない。色々と無防備すぎて心配を通り越してアホらしくなってきた。変な中二病キャラと人畜無害な素が反作用を起こして逆に魅力的なのがなんかムカつく。こいつはアレだ……厄介なファンが結構な数できるパターンの人間だ……。こんな危なっかしいが服着て歩いているような女を野放しにしておくのは危険すぎる。悪い虫が寄り付かないように気を付けておかないと……って。

 

「なんでこいつの彼氏みたいなこと考えてんだよ馬鹿か俺はー!」

「は、彼氏? 急に何言ってんの。疲れているのならレモネードか何か淹れてあげようか?」

「堕天使名乗ってる奴の優しさじゃねぇよそれ……」

 

 アンバランスという言葉が誰よりも似合う女、それが津島善子。

 なんでレモネードを持って来ているのか謎ではあるが、廊下のキッチンスペースで準備を始めた善子を尻目にぼんやりと天井に視線を飛ばす。初日から疲れ切った頭に浮かぶのは、これから起こるであろうドタバタな新生活への不安と希望、そして混沌。どうなるのかというより、どうかこのまま平和に四年間を送れるよう祈っている自分がいることに気が付く。美少女と同棲なんてもしかしたらムフフな展開が、とか一瞬でも考えた自分をぶん殴ってやりたい。善子は違う。あれはすっかり庇護対象だ。

 堕天使との同棲生活は、最初からクライマックスだった。

 




 残念美人って素晴らしい。
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