「リリー!」
「よっちゃん! 久しぶり!」
秋葉原駅の改札を通るや否や、目的の人物を見つけたらしい善子が一目散に駆けていく。彼女の向かう先には赤茶色の長髪をバレッタで止めた、お嬢様結びが特徴的な清楚な雰囲気の女性。はしゃいだ様子で近づいていく善子とは正反対に落ち着いた笑みで彼女を受け入れる姿はまさに深窓の令嬢。あまり俺の身近にいなかったタイプだから、少し緊張してしまう。
「あ、そちらの方はもしかしてよっちゃんが言っていた同居人の人?」
「は、はい。茅野春彦って言いますっす。どもっす」
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ? 私は桜内梨子。大学二年生で、よっちゃんとは高校からの友達かな。Aqours……いえ、ちょっとした部活仲間といったところかしら」
「あ、先輩でしたか。通りでお綺麗だと……」
「綺麗だなんてそんな……こともある、かな? えへへ」
なんだろう。最後の台詞で少しばかり善子と同類な感じを覚えたのだけれど、気のせいだろうか。照れた様子で微笑む梨子さんの姿は控えめに言って可愛らしいが、どことなく嫌な予感がする。気のせいだと信じたい。
一通り挨拶し終わると、改めて梨子さんに声をかける。
「それにしても、今日は俺なんかが一緒に来てよかったんですか? 自分で言うのもなんですけど、善子とだって昨日初めて会ったばかりなのに、こんなどこの馬の骨とも知らない男が」
「まぁ、確かにその通りよね。でもいいんじゃないかしら。あんまり社交的な方じゃないよっちゃんがこんなに懐いているんだから、悪い人ではないだろうし」
「懐いている……んですかねぇ? ただコイツが能天気なだけな気もしますが」
「それは私も否定しないわ」
「リリー!? 春彦はともかく、リリーまでそんなこと言うの!?」
「冗談よ冗談。久しぶりによっちゃんと会ったから、ちょっとからかいたくなっただけなの、ごめんね」
「……リリーの意地悪」
「可愛いなこの生き物」
「それに関してはまったく同意。分かっているじゃない、春彦君」
梨子さんの上品な弄りに目の端に涙を浮かべて上目遣いで唸っている善子がどうしようもなく可愛らしくて、俺の心が天を穿つドリルになりかけている件について。
にしてもやはり先程の嫌な予感は気のせいではなかったらしく、涙目善子に萌えを覚える俺に対してやや興奮したように親指を立てて同意してくる梨子さんである。もしかしたらもしかしたと思ってはいたけれど、善子の友人なだけはあった。こいつの知り合いがただの美人なんかで終わるわけがない。予想とは大いに違ってはいたものの、梨子さんも中々にクセのある女性であるようだ。まぁ、俺としてもそれくらい砕けていた方が絡みやすいのでいいけれど。
出会って数分で早くも化けの皮が剥がれ切っている梨子さんは善子をぎゅっと抱き寄せると、
「よっちゃんの柔らかな感触は道中で楽しむとして、まずはどこへ行こうかしら。春彦君の話も聞きたいし、とりあえずカフェにでも行く?」
「か、カフェですか? なるほど、やはり東京の大学生というのはこういう時にそういうオシャレな場所へ行くのですね。どこへ行きますか? ス〇バ? ドト〇ル?」
「いや、Café M〇COに行こうかと」
「チェーン店以外の喫茶店、だと……!?」
「昨日よっちゃんから話は聞いていたけれど、春彦君の地元ってそんなに田舎なの……?」
「そ、そういうわけでは。でも、チェーン店以外の喫茶店なんてわざわざ行くこともなかったので……」
少々憐みの籠った梨子さんの視線が物凄く胸に突き刺さる。善子が何やら馬鹿にするような顔でヘラヘラ笑っていたのは少々イラッとしたので、脳天に軽く手刀を落としておいた。文句が聞こえてくるが聞こえん。
地元が田舎というか、高校時代は喫茶店に行くようなシャレオツな学生でもなかったし、そもそもそんなお金があるのなら普通に外食するか教材その他に費やしていたので縁がなかっただけである。決して九州が田舎だとかそういう訳ではまったくない。……東京に比べれば、そりゃ田舎だが。
「大丈夫よ春彦。そんなおのぼりさんな貴方でも、私はいつだってリトルデーモンにしてあげるわ!」
「髪にミカン付けてる馬鹿は黙ってろ」
「蜜柑じゃなくてシニョン! レディに対して失礼でしょー!」
「怒るよっちゃんも可愛いなぁ」
なんかもう大丈夫だろうかこのパーティ。今更ながら妙な不安が募ってきたのだが。
既に堕天使、残念美人、田舎者とかいう某ロールプレイングゲームもびっくりな部隊構成に全俺の胃が痛い。昨晩から酷使され続けている胃腸がそろそろ辞表を出しに来ても驚かないレベルである。上京してまだ二日目なのに、どうしてこうも心を休められる展開が訪れないのだろうか。善子の不運が俺に感染しているとか笑えないぞ。
「積もる話もあることですし、まずは喫茶店に向かいましょうか」
「それはいいんだけど、とりあえず私の腕を離してくれない、リリー?」
「私が満足したらね」
「うぅ、助けて春彦ぉ」
「頑張れ」
美少女に抱き着かれる美少女とかいう非常に目の保養になる光景をみすみす手放すほど俺は朴念仁ではない。人選はこの際秋葉原の雑踏に投げ捨てておこう。
とりあえず、人生初のガチなカフェ行きに心臓と胃が耐えられるのか、それだけが心配だった。
☆
秋葉原の通りに面しているものの、どこか隠れ家的な雰囲気を醸した喫茶店。聞くところによると、梨子さんも東京の友人に聞いて知ったのだとか。
中は少々手狭だが、大人な感じが漂っている。喫茶店だけあって煙草の臭いがちょっとばかり目立つものの、昔から大人の集まりによく顔を出していた俺はそこまで気にはならなかった。善子と梨子さんが心配だったけれど、二人ともそんなに抵抗はないようである。梨子さんはともかく、善子は意外だ。
「別に、これくらい普通でしょ。ウチはパパが喫煙者だから、どうってことないわよ」
「私はサークルの方で慣れてるし、大丈夫」
「梨子さんがサークル……もっとこう、ちゃんとした部活に入ってそうな感じでした」
「私のところは女子大だから、サークルでも安心して過ごせるからね。共学だと少し怖いけれど……一応それなりに楽しんでいるから、入って良かったわ」
「リリーは合唱系のサークルだっけ?」
「えぇ。ピアノ担当だから、あまり歌の方はやってないけれど」
コーヒーを煽りながらクスッと上品に微笑む梨子さん。合唱系サークルの伴奏者という肩書がものすごく高尚なものに思えてしまうのは梨子さんの清楚感溢れる姿がそうさせるのだろうか。内面は少々残念だけれど、外見は超絶美人だし、同年代とは思えない大人っぽさと上品さに気品を感じる。全体的に子供っぽい善子と並んでいるからか、梨子さんの魅力が一際目立つ――――
「ふんっ!」
「豚骨ぅっ!? み、鳩尾はいけんよ善子……口から内臓が出そうになるんやけん……」
「うるさい黙れこの色ボケ九州人。このヨハネアイはすべてを見通す堕天使の魔眼。アンタの思考なんてまるっとお見通しなのよ!」
「図星だからって暴力に訴えるのは感心しないぞペチャパ明太子ぉ!?」
「DEATH or DEATH。それ以上口を開けば今日の晩御飯はもやしオンリーになると知りなさい」
「い、イエスマイヨハネ……」
「それよりも春彦君の独特すぎる悲鳴が気になって仕方ないんだけど」
俺の感想が気に入らなかったらしい善子が拳を握って脅迫してくる。目線だけで人を殺せそうな程の殺意のこもった表情が非常に恐ろしい。今の威圧感ならば堕天使と言われても信じざるを得ないくらいだ。的確に急所を狙ってくるあたり、武の心得があるのかもしれない。今後はある程度距離をとったうえでからかう必要がありそうだ。
痛む腹を押さえて悶絶していると、何故か唐突に笑い出す梨子さん。
「どうしたのリリー。春彦のアホさ加減にとうとう我慢できなくなった?」
「おい」
「いや、二人とも、出会って二日目だとは思えないくらい仲がいいなって思って。よっちゃんが男の人と同棲することになったって聞いたときはちょっとだけ心配していたんだけど、やっぱり大丈夫そうね。もうすっかり親友じゃない」
「心外です。善子の中二病っぷりには結構苦労しているのに、親友なんてなった日には胃が持ちませんよ」
「今晩は勝手にカップ麺でも作ってなさい。私はリリーと外食するから」
「お許しください。わたくしめは貴女の忠実なリトルデーモンでございます」
「よろしい」
「あははっ。面白いコンビねホント。大学生活、安心して楽しめるんじゃないかしら? いい関係性だと思うわよ」
何が気に入ったのかすっかり笑顔な梨子さんに、善子と二人して顔を見合わせると肩を竦めた。その息の合った行動にすらツボった様子で腹を抱えていたのは、本当に首を傾げるしかなかったけれど。
梨子ちゃんはキャラが作りにくい(本音)