迷子なんて響きが懐かしく思える昨今、スマートフォンの普及もあり、たいていの場所では迷う事なんてなくなったはずなのに……、
「……どこだ、ここは」
「ずら~」
まったく見覚えのない風景を前にして、椅子に座ったまま頭を抱える俺こと茅野春彦。隣では茶髪ロングのまったりとした雰囲気を纏うグラマー系美少女が先程買ってやったハンバーガーをむぐむぐと頬張っている。口の端にケチャップを付けたまま食い進める姿はまるでリスかそれに準ずるげっ歯類を彷彿とさせるものの、この食い意地の張り方は何というか、あまり表現としては使ってはいけない類の動物系を思い出させる。
道中話した限りでは彼女は友達と遊ぶために静岡からやってきた大学生で、同い年。「内浦から来たずら」などとあまりにも田舎臭い口調で自己紹介されて思わず方言が出てしまった俺を誰が責められようか。「ずら」という単語が妙に引っかかるものの、うまく思い出せない。なんだったけかな。
さてさて、この奇怪な美少女――国木田花丸とかいうらしい――との出会いではあるが、これがまた俺人生史上最高クラスに間抜けな邂逅を果たしてしまったわけで。非常に不本意ではあるけれど、まずは状況の整理と共に国木田との運命的な遭遇を思い出していこう。
☆
大学生活が始まって半月ほどが経過し、俺も善子も講義やバイトでそれぞれの時間を過ごし始めた頃。講義終わりでバイトもなかった俺は暇つぶしに善子を遊びに誘おうとアプローチをかけたものの、今日は高校の友人と約束があるとかで断られてしまった為にテキトーに街へと出かけていた。家でのんびりする選択肢もあったものの、妙に外を回りたい気分だったのである。渋谷やら新宿やらをぶらついて店を冷やかしつつ、東京の街並みを散策する。高層ビルの間を縫うようにして大勢の人々が行き交う光景には未だに慣れない。よくもまぁこんなにたくさんの人がこの狭い東京にいるものだなぁとか呑気なことを考えつつ歩き進めていくと、とあるレストランのショーウィンドウに顔を張り付けたまま目を輝かせる一人の女性が唐突に視界に飛び込んできた。
「はぁぁ……こんな美味しそうな食べ物がいっぱいあるなんて、やっぱり東京は凄いずら~」
こんなにあからさまな田舎っぽさを全身から迸らせる人を見たのは何年ぶりだろうか。
口調といい周囲を気にしない大物っぷりといい、ただの田舎者ではない風格を漂わせるその女性。背は低めだが、全体的に柔らかな印象を抱かせる。……というか、とある部位において目を見張る程の大きさを誇っている彼女はいわゆる「ロリ巨乳」とかいう部類の人間ではないだろうか。ガラスに映る顔もよく見たら結構な美少女であるし、傍から見れば完全に奇行とも捉えられかねない行動さえいしていなければ、声をかけるのもやぶさかではないくらいだ。
だが、俺は知っている。経験則で知っている。あぁいう抜群の美少女は得てして一癖も二癖もあるのだということを。あの他の追随を許さない堕天使系美少女から毎日学ばされている俺が言うのだから間違いない。現に梨子さんも例にもれず変な人であったのだから。それだけの理由で目の前のグラマラス少女が変人だと断言するのは少々可哀想ではあるものの、あぁいう類の人間に関わると最終的に泣きを見るというのがこの半月で俺が身をもって学習したことなのだよ!
そういう訳で、名残惜しくはあるが見て見ぬふりを敢行してそのまま通り過ぎようとしたところ、不意に「くきゅ~」というか細い何かの効果音が俺の鼓膜を震わせた。具体的に言うならば、誰かの腹の虫が滅茶苦茶至近距離で鳴き声をあげていた。
まさか、と嫌な予感に苛まれつつ、視線だけ例の少女へと向ける。彼女はショーウィンドウを見続けたまま、お腹を押さえて恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「あ、あらら……お腹鳴っちゃった。参ったなぁ。お金を下ろす前だから、手持ちが全然ないずら……」
「……」
「ルビィちゃんとはぐれたのが痛いずらね。マルは東京の地理なんて分からないから合流もできないし、スマホの電池も切れちゃって連絡もとれないし……これはいわゆる万事急すってやつかな? はぁ」
「…………なぁ、良かったら、ご馳走しようか?」
「ずらっ!? き、急に話しかけられるとびっくりするずら! ていうか、貴方は誰?」
「まぁ、通りすがりの大学生というか。困っているみたいだから声をかけたんだけど……あ、俺は茅野春彦。この度上京して大学生している一年生だから、よろしく」
「あ、これはご丁寧に……マルは国木田花丸ずら。静岡の大学に通っている一年生……同い年だね。よろしく、ハルくん」
「おう、なんか色々距離感が不明だけどとりあえず話を聞かせてくれよ、国木田。何か力になれるかもしれない」
なんだか放っておけなくて話しかけてしまったわけだが、どうにもマイペースな彼女は少し狼狽えたもののいたって普通に会話を始めてくれた。危機感というか緊張感というか、そういうものが一切合切吹き飛んでしまっているような国木田である。初対面のはずなのに十年来の友人のように接することができる辺りは善子と同じではあるけれど、国木田の場合は癒し系ペットと接しているみたいな気分だ。ちなみに善子は頭の悪い猫。
俺に対して嫌悪感めいたものは感じなかったのか、国木田は物怖じすることなく口を開く。
「今日はルビィちゃんっていう友達と一緒に東京に住んでいる子に会いに来たずら。でも、マルは都会には慣れていなくて、電車の乗り換えを間違えた挙句ルビィちゃんともはぐれちゃって……電話するにもスマートフォンの電池は切れちゃってるし、どうしようもなく……」
「それで腹が減ってレストランのガラスに貼り付いていたところに俺が出くわしたってところか」
「その通りずら。友達と合流してからお金を下ろすつもりだったから手持ちもなくて、どうしようって立ち往生していた時にハルくんが声をかけてくれて……。でも本当にいいの? 初対面の相手にご馳走してくれるなんて、危機感がないって親に言われたことない?」
「国木田には言われたくない台詞ランキング一位だなそれは。まぁ、お前が嫌じゃないなら俺は構わねぇよ。ちょうど同居人にもフラれて暇していたところだし、飯食いながらその友達とやらの話でも聞かせてくれれば」
「おぉ……東京の人は冷たいって印象があったけど、ハルくんは優しいずらね……!」
「いや、俺地元は九州だし。上京してきてこの春から東京に住んでいるだけだから」
「なんだ、じゃあマルと同じ田舎民なんだね」
「内浦とかいうクソ田舎と一緒にすんな」
会話の流れでコロコロと表情を変える国木田。なんだか無性に保護欲を駆り立てる奴だ。全身から溢れ出す後輩感というか、「守ってあげたい」と父性を擽られる危なっかしさ。善子とは違った意味で目を離してはいけないという気になる。こいつの父親はさぞかし国木田を甘やかしたに違いない。
このまま立ち話をするのもアレなので国木田を伴ってレストランに入店。昼時の為に店内はほぼ満席であったが、たまたま入れ替わりで空いた四人用のテーブル席に案内される。二人で四人席を使うのは少々抵抗があるが、他に空席もないので大人しく使わせてもらうべきだろう。
テーブルへと進む際に、入れ替わりで席を立った美人三人組と擦れ違う。
「いやぁ、お腹いっぱいだよぉ。やっぱり白米が美味しいと他の料理が引き立つね!」
「ご飯とおかずの割合がおかしいのよ貴女は……。せっかくお肉も野菜もあったんだから、もっと他のを頼めばよかったのに」
「昔から白米大好きだもんね。お昼はレストランだから、夜はラーメンが食べたいにゃー!」
「……?」
「どうした国木田?」
「いや、なんでもないずら。ただ、今の三人、どっかで見た覚えが……」
「滅茶苦茶綺麗だったもんな。もしかしたら芸能人か何かの可能性はあるんじゃないか?」
「芸能人……うーん、まぁそのうち思い出すずらね」
何かが引っかかると言わんばかりに首を傾げる国木田。二十代後半……いや、見た目だけならもっと若く見える三人だった。言われてみれば俺もどこかで彼女達を見かけたことがあるような……。まぁ、世の中には似た人物が三人はいるっていうし、おそらく他人の空似だろう。そんな簡単に芸能人を見かけられるわけもないし。
席に着くと早速メニューを開く。少しリッチなファミリーレストランらしく、品揃えは豊富だ。ロイヤルホ〇ト的な店といえば分かっていただけるだろう。俺は特に希望もないので、無難にハンバーグセットでも頼んでおく。
「むむむ。どれも美味しそう……」
「値段とかは特に気にしなくていいからな。お前、そういうの気にして遠慮するタイプだろ?」
「よ、よく分かったずらね……。じゃあお言葉に甘えさせてもらって、このリブロースステーキセットにしようかな」
「一番高いやつにしやがったな……」
「善子ちゃんが言っていたずら。『甘えられる時は全力で甘えた方が人生得するわよ』って」
「妙に既視感の湧く名前と台詞だなそりゃ」
高飛車で不器用な堕天使系女子大生が脳裏に浮かぶ。『よしこ』という名前といい遠慮のない台詞といい、あいつと同一人物ではないかと錯覚するほどの共通項。まさか東京にいる友達って善子のことじゃないだろうな、とは思いつつも、そんな偶然があるわけもない。おそらく日本に置いて『よしこ』と名の付く女性は基本的に高飛車で我儘なのだろう。そうに違いない。
店員を呼んで注文を行い10分後。それぞれの料理を乗せた鉄板が湯気をあげて俺達の前に置かれる。
「うわぁぁ……! ご、御馳走ずら~!」
「ファミレスくらいで大袈裟な……ほら、冷めないうちに食えよ」
「ハルくんありがとう! いっただっきまぁ~っす!」
「どうよ」
「っっっ~~~! ほ、ほっぺたが落ちそうになるずら……!」
「まぁ餅みたいに柔らかそうだから落ちても不思議じゃないわな。えいっ」
「むぐっ!? ひゃへひゅひゅやー!」
もぎゅもぎゅステーキを幸せそうに頬張る国木田を見ていると心が安らぐ。ほっぺたを抓んでやれば咀嚼しながらも抵抗しようとする姿がなんとも可愛らしい。つーかほんとにマシュマロみたいだな……めっちゃ柔らかい。
しばらく頬の感触を味わっていると、ようやく俺の手を弾いた国木田がほっぺを押さえながらじとーっと何かを訴えかけるような目でこっちを睨み付けていた。
「……ハルくんの助平」
「お前のスケベ基準結構古くね?」
まるで数十年昔からタイムスリップしてきたような不思議な少女は頬を膨らませて拗ねた様子を見せながらも、ステーキを頬張る手だけは決して止めなかった。
今回も読了ありがとうございます。