「へぇ、ここが善子ちゃんのおうち? 思ったより綺麗ずらね」
「いきなり失礼ねずら丸。こう見えても綺麗好きなのよ私は」
「掃除しているの俺だけどな」
「な、なんか、こういうのって緊張するね……お邪魔します」
「そんなに固くならないでもいいわよルビィ。なんたって私の部屋なんだから」
「俺の部屋でもあるけどな」
「お茶でも入れるわ。二人はどこか適当な場所に座ってて」
「え、無視? なんで俺の存在は最初から無かったことにされてるの?」
「春彦うるさい。黙って隅の方で正座でもしていてちょうだい」
「あぁん? テメェの髪についた団子引きちぎって晩飯に出してやろうか」
「二人とも仲いいずらね~」
『どこが! 誰がこんな奴と!』
「な、仲良しだね……」
物凄く心外だ。黒澤と国木田からの不本意すぎる評価に声を大にして反論する。だが、その際に善子と台詞が被ってしまい、これまた嫌なニヤニヤ笑いを頂戴する有様だ。こんな日頃から迷惑をかけてばかりの中二病女と仲良しだなんて、そんなのこっちから願い下げ――――
「ハルくん急にニヤニヤしだして気色悪いずら……」
「馬鹿な事を言うな国木田。俺は一ミリたりとも表情筋を崩してなどいない」
「あーはいはい。そういうことにしておいてあげるよ」
「こいつ……」
訳知り顔で鼻を鳴らす国木田。こいつはまだ出会ってまだ数時間しか経過していないくせに、どうしてもう俺に対する態度がこんなに杜撰になっているのか理解に苦しむ。あんなに身を粉にして黒澤探しに付き合ってあげたというのに……内浦の奴らは揃いも揃って俺に厳しい気がしてきた。黒澤は超が付くほどの人見知りらしく、先程から国木田の陰に隠れて俺の方をちらちらと盗み見ては視線を外すループを繰り返している。黒澤が心優しい奴であることを切に願うばかりだ。
善子達と合流した後、また迷子になってはいけないと俺達はマイホームに舞い戻っていた。その辺でお茶をしてもよかったが、人目が苦手な黒澤もいることだし、落ち着ける場所の方がいいという意見になったのだ。友人水入らずで過ごした方がいいだろうと俺は席を外そうとしたものの、国木田と善子から「今更別にいい」とのお達しである。路頭に迷う必要がなくなったのは幸いだけれど、この女子大生達は本当に危機感がないというかなんというか……。
ちら、と隣に座る国木田を見やる。とある一部が豊満であるせいか、必然的に胸元の辺りが疎かになっている彼女。元々そういうことを気にする性格でもない上に少し着崩れしているせいか、結構ギリギリな辺りまで見えそうになっていた。もう少しずれれば下着がはみ出そうな程に攻めた胸部。しっかり存在感を発揮する谷間の食い込みを垣間見つつ、徐々に上半身を逸らしながらそれとなく視線を胸と服の境界線に持っていく――――
「あら手が滑っちゃった」
「熱っっっぁ――――――――っ! ホットな紅茶が脳天にぃいいいいいい!」
「か、茅野君!? 大丈夫なの!?」
「心配することはないわよルビィ。火傷しないギリギリの温度だから。それに、ずら丸のおっぱいチラリを堪能しようとしていたスケベ野郎には、これくらいのお仕置きは当然当然」
「ハルくん……助平ずら……」
「し、仕方ないだろっ! あんなに無防備だったら視線が行くのも止むを得ない……」
「第二派、いっとく?」
「もう絶対に見ません。堕天使に誓いますマイデーモン」
「……ふん」
俺の従順な返答にようやく怒りの矛先を収めてくれたらしい同居人は何故か不貞腐れたように鼻を鳴らすと、再びキッチンスペースに戻って改めて紅茶を注ぎ始めていた。なんだかんだ優しい奴である。しっかし、国木田のおっぱいを堪能しようとしたことを罰せられるのは全然いいとして、どうして善子はあんなに納得のいかない表情をしているのだろうか。今の流れでアイツが怒る場所といえば……あぁ、大切な友達をそういう目で見られたのが嫌だったのだろう。優しい善子らしい沸点だ。これは俺が反省すべき点である。猛省。
「……はい」
「さんきゅ。それと、調子に乗りすぎた。誰だって友達が汚されるのは嫌だよな。すまん」
「……分かれば、いいのよ」
「ぴ、ピギッ!? よ、善子ちゃん……恥ずかしいよぅ」
紅茶を俺の前に置くとそのまま黒澤の背後に座り、彼女を抱き締める様に座る善子。くすぐったそうに身を捩る黒澤の肩に顎を乗せる。許してくれた割にはどうにも腑に落ちないといった表情を浮かべていた。首を傾げるが、これ以上追及しても余計な火種を生むだけだろう。今は保留が良策だ。
彼女が淹れてくれた紅茶を煽り、口を開く。
「それで、黒澤と国木田は善子の同級生だったっけか?」
「うん。内浦の【浦の星女学院】で一緒だったずら。マルは幼稚園の頃も同級生だったけど……」
「へぇ。善子の同級生だったってことは、こいつの堕天使キャラに苦労してきたタチか。大変だったろう、黒澤?」
「い、いやっ、そんなことは、ないよ? 善子ちゃんは面白くて……一年生の頃はちょっと大変だったけど、二年生になる頃には、すっかりクラスのムードメイカーだったし……。Aqoursでも、ファンのみんなを笑顔にするのは一番得意だったし……」
昔を懐かしみながらしみじみと語る国木田。一方、未だに俺に慣れないのか、ちらちらと目を泳がせつつ話す黒澤。人見知りとはいえ、さすがにそこまで露骨に視線を外されると少々傷ついてしまう。まぁ、無理を言うのも悪いか。
今後彼女が心を許してくれるようになるのを祈る俺だったが、黒澤の台詞に出てきたとあるワードが妙に気になっていた。あまりこういうことは変に掘り下げるべきではないのかもしれないが、好奇心には敵わない。一番スムーズに答えてくれるだろう善子の方を向くと、
「なぁ善子。今黒澤が言った【Aqours】ってのはいったい何なんだ? ファンがどうとかも言っていたけど」
「呆れた。アンタ本当に何も知らないのね」
「む。仕方ないだろ? 高校時代は勉強以外頭にないような生活していたんだから……」
「まぁいいけど。Aqoursっていうのはね、昔私達が組んでいたスクールアイドルのグループ名よ」
「スクールアイドル……? それを、お前達三人でやっていたのか?」
「私達以外に六人。リリーもその一人なんだけど、全部で九人のスクールアイドルユニットだったわ。一応、それなりに有名だったのよ? ラブライブでも結構な場所まで勝ち残ったんだから」
「ラブライブ……なんか、名前だけは聞いたことがある気がする」
「このご時世でスクールアイドル知らないって、アンタ相当浮世離れしているわね。マリーや果南さん以上に流行に疎いんじゃない?」
「知らない人達の名前を出して比べられても困るんだが」
「ま、私としてはいちいちサインねだられるのも面倒くさいから、春彦がそういうことに詳しくなくて逆に助かったかもしれないけれど。もしかして、大学で私があんなに人気だった理由に気が付いていなかったの? 美少女だから、ってだけじゃなかったのよ?」
「そ、そうだったのか……」
言われてみれば、いくら善子が美少女だとはいえ、あそこまで大勢がこぞって彼女だけを勧誘しようとするのは少々やりすぎ感があった。しかしながらなるほど、彼女がそのスクールアイドルとやらで、世間的に有名でもあったなら、あの人気ぶりは頷ける。国木田と街中を歩いている時にも妙に視線だけは感じると思ったが、あれは別に田舎者に向ける視線という訳ではなかったのか。話しかけてこなかったのも、恐れ多いとかそういう類の意識から来ていたのだとすると納得だ。
しっかし、善子がアイドルねぇ……。
「あによ」
「いや、美少女だとは思っていたけど、アイドルって言われればなるほどなって。そりゃあ美人なワケだわ」
「と、当然でしょっ。たとえアイドルじゃなかったとしても、私は天界から堕とされしビューティフルデーモン、ヨハネよ! 美しさだけなら、たとえあのµ’sが相手でも負けないわ!」
「すまん、分からん」
「なんでよっ!」
「善子ちゃん顔真っ赤だね……」
「照れてるずら~」
「ずら丸っ、ルビィっ、うるさいわよっっっ!」
ニヤニヤしながら微笑ましい表情を浮かべる二人に顔面トマト状態の善子が声を荒げる。その姿は普段見栄を張ってヨハネを演じている彼女とは違い、ありのままの津島善子としてこの場に存在していた。文句を言いながらもどこか照れくさそうにしている彼女にバレないように気を付けつつこっそりと笑みを浮かべる。見つかると、「またバカにしてー!」とか怒鳴られる未来が確定するだろうから。
親友達と笑い合う彼女は、この一か月の中で一番幸福感に満ち溢れていた。
☆
午後八時。風呂にも入り終えた俺は、現在一人でパソコンの前に座っていた。女性陣は外食に出かけており、家には俺だけが残っている。さすがに晩飯に着いていくような野暮な真似はしたくない、と三人を追い出した次第だ。俺は気遣いができる男だから、そういう点に抜かりはない。
カップ麺にお湯を注ぎつつ、検索エンジンを起動。【ラブライブ】と入力すると、目的のサイトはすぐに見つかった。『もうすぐ十周年!』とかいう見出しが目に付くものの、サイト内検索欄に早速【Aqours】の名前を入力していく。
今までラブライブに出たスクールアイドルのライブ映像はこの公式サイトから自由に見られるらしく、グループ名を入力しただけで十何曲もの映像がヒットした。その中の一つ、【MIRAI TICKET】とかいうタイトルの動画をクリック。
画面に現れる、九人の少女達。白を基調とした衣装に身を包んだ彼女達の中には、国木田や黒澤、梨子さん。そして善子の姿が勿論あった。他の五人は見たことがないけれど、佇まいと面持だけで思わず息を呑むほどの迫力。
数秒の沈黙の後、前奏が流れ出す。滑らかなピアノの伴奏。ゆっくりと、それでいて軽やかなリズム。
そして、曲が始まった。
『光に、なろう。未来を、照らしたい!』
九人の合唱。それでも、各々の特徴的な歌声が鼓膜を打つ。曲に合わせて身体を動かし、縦横無尽にステージを動き回る九人。どこにそれだけのスタミナがあるのか、全力で踊りながらも決して歌声を絶やさない。そして何よりも、彼女達は常に笑顔を浮かべ、ファンに笑いかけていた。ただの一度も、笑顔はなくならない。
――気が付くと、俺は完全にAqoursに魅了されていた。
お湯を入れたカップ麺が伸びるのも忘れ、ライブ映像を食い入るように見つめる。一曲が終わると、また次の曲へ。それが終わると、また別の曲へ。新たな遊びを知った子供のように、俺は彼女達のライブにすっかりのめり込んでいた。
昔から勉強ばかりで、ロクな娯楽も知らなかったから、なおのこと響いたのかもしれない。画面の中から放たれる彼女達の輝きが、どうしようもなく魅力的に思えた。
すべての曲が終わるころには、誰もいない空間で一人感極まり拍手喝采。あまりに感動して涙と鼻水が止まらくなっていた。情けない顔をしていると思う。だが、それほどまでに彼女達のライブは俺の心をひどく打ち鳴らしたのだ。こんな凄い人達が、俺が勉強に明け暮れていた頃に活躍していたなんて。
余韻に浸る間もなく、再び最初からライブを見始める。晩飯なんてどうでも良くなっていた。今は少しでも、彼女達の歌を聞いていたい。
失った青春を取り戻すかのように、善子が帰ってくるギリギリまで俺はAqoursを見続けていた。
今回も読了ありがとうございます。