私を凶球?から救ってくれたあの子、
実は今まであまり話したことはないので正直なところどんな人なのかまったくわかりません。
知ってることといえばおとなしくて眼帯してて髪がすごく長くて。
……飛んできた野球の硬球を素手で受け止めて平然としていて───
………車を”よっこいしょ”とばかりに担いだり───
……………なんか私の世界の常識が崩れているような気がするけれど…。
…実際にあったんだからそれが現実なんだろうなぁ…。
うん、考えていてもしょうがない。
「まてれども なると思うな お友達 ぼっちになるぞ ながめせしまに」
かの小野小町
しかし…勢いで最初からグイグイいっても引いちゃうよね。
まずは糸口、足がかりとなる情報を。
そんなわけで今日は彼女を観察してみたいと思います!
提供はわたし、
うぇまいそー!
はい、現在わが一年一組は化学の授業の最中です。
…月曜の一時間目からまたハードだなぁ…。
化学担当の
「さて、そろそろ元素周期表も頭に入ってきたころだと思う。そこでこれからみなに問うから答えるように」
ザワッ……!
空気が揺らいだ。
まじですかっ。
「さあっ、教科書とノートをしまうように。ズルは己が身の恥と知れ!」
……いつも思うんだけどこの先生、貴族か何か?
「よし、しまったところで…きみ!はい立って!」
「ふっ?!ひぇっ!」
「名前は何と言ったか!?」
「は、
アイちゃん………なむ…
「原子番号6番はなんだ!?」
「ろ、ろく?!シ、シックス?!」
はい?!
「それは英語の”6”だろう!?元素だ!元素の6番だ!!」
「え、えーと」
「出来なければ周期表模写の宿題だぞ!!」
うえええぇぇぇ!?
教室中がハモッた。
「んー!!スイ、ヘイ、リー、ベ…ボ…ク…C、か、カーボン!炭素!」
「よろしい!次!きみ!」
「み、
「36番!」
「……!………!! へ…ネ…あるく…くるゥ…リ…クリプトン!!」
「正解!」
……アイちゃんの…もしかしてサービス問題だったんじゃない…?
そして
「次、きみ!は……」
「
「たしか…学年一位…だったか?…よし、85番!」
「アスタチン」
早ッ!?
「ふむ、それくらいはお手の物か…71番!」
「ルテチウム」
ざわ……
教室の一部からざわめきが起こる。
それはそうだ。
だって…
「96番!」
「キュリウム」
「44番!」
「ルテニウム」
「70番!」
「イッテルビウム」
ぶふっ、とアイちゃんが吹き出す。
……たしかにイッテルビウムって面白い響きだけどさ…。
「プルトニウム!」
「94番」
いつのまにか回答形式が逆に?!
「パーフェクトだ!!!」
先生が感極まったように額を抑えて天を仰いだ。
「素晴らしい!!語呂合わせに頼らずしかも即答だと?!」
先生、顔が怖い……。
怖いといっても怒ってるんじゃなくて狂喜が顔を象っているというか…。
すごすぎる…。
というか今の問題って…
授業が終わり───
「すごくない?!鈴木さん!!」
「あの
「ちょっと!まだドキドキが止まらないよ!!」
すっかり興奮のるつぼと化した教室は鈴木さんを中心に人だかりを作った。
鈴木さんはキョロキョロと周りを見渡してる。
少し困惑してるようだ。
なんか迷子の子供みたいで可愛い………。
「全然わからなかったんですけど…」
うん、そりゃそうだよアイちゃん、それはね…。
「of course、It's still……アー、how to say……、マダ、ベンキョウ、ヤッテナイ?」
ンフィー君だ。
「まだ習ってないところが出てたんだよ…って言いたいんでしょ?」
「ya!」
あと
原子番号57~71『ランタノイド』
原子番号89~103『アクチノイド』
この二つは元素周期表から分かれた別表扱いになっている。
これはこの二つの元素それぞれのグループ内が非常に似た性質を持っていて、同じ表にまとめようとするととんでもなく横長になってしまうことによる。
そのためそこの部分はまた別に憶えなければならないのだけれど…。
いま私たちがやってるのはまだ元の周期表の覚え方までなのだ。
「うへ、ズルっこぉ…」
「ソレダケジャナイ、That's included Easy to mistake Answer.like a "lutetium""ruthenium"…」
「間違えやすい問題も入ってたのにって。ルテチウムとルテニウムがそれだって」
そういえばンフィー君も化学得意だったね。
しかも鈴木さんと僅差の成績だったっていう……。
じゃあ、
「ンフィー君ならできた?」
「Sure!…but…………」
”もちろん、でも…”
「little bit harder……」
”ちょっとキツイかな”………か。
◇
さて、次は美術の時間です。
今日はビデオを見るらしく、視聴覚室へ移動です。
「視聴覚室ってなんかワクワクするよね」
「私は暗いところ来ると眠くなるのぜ?」
「ああ……あの放送ブース憧れるよねえ…」
視聴覚室はシアターのように、スクリーンが正面中央に据えられた形式の造りになっている。
ルミちゃんが言うように、放送設備も完備されたなかなか立派なものだ。
さて、どこに座ろう………。
あ。
「鈴木さん、隣いいかな?」
「うん。かまわない」
鈴木さんが一人で座っていたので、私はその隣を確保した。
その後ろにルミちゃんとアイちゃんが座る。
…
小学生が座っているみたい……
『自分の座高が高いだけかも』とかいう恐れは置いといて、隣の鈴木さんの小柄さに改めて驚く。
この小さな体のどこにあれだけの力が───。
「……なに?」
おっと、ついジロジロ見てしまった。
「ああ、えっと……、さ、さっきの元素周期表の、すごかったね!全部憶えてるの?」
「データはインプットしてある。それを参照するだけ。…むしろ教科書の周期表の方が足りない」
へ、へぇ………天才は言うことが違うなぁ……
教科書の方が足りない…って記録が古いのかな。
というか”いんぷっと”………???
と、美術の先生が来た。
ルミちゃんの号令(これが綺麗な声なのだ!)ののち、授業が始まる。
「はい、では今日見るビデオはですね、『ムットーニ』というカラクリ箱についてです」
カラクリ…茶坊主人形とかゼンマイ仕掛けのオモチャが思い浮かぶ。
「ムットーニとはカラクリ箱作品の名前なのですが、作者である
へぇ、電気で動くんだ……
というか上演?
「カラクリ箱というとゼンマイによってただ同じ動作を反復するものを思いがちですね?…ですがこの作品ではただ動くだけでなく、音楽を奏で、照明は光り、舞台そのものが変化するというかなり変化にとんだギミックで彩られた、まさに『カラクリ仕掛けの
…な、なんか面白そう……
「では実際に見てみましょう…」
照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出される。
…はっきり言おう、カラクリ箱といって侮っていたのが間違いだった。
作者が脇でする口上による語りとともに、大きなタンス大サイズの箱劇場はその物語を紡ぐ。
暗くぼんやりとした場面では内蔵された照明がチラチラと照らし、その中を人形が歩く。
人形は首を傾げたりキョロキョロと周りを見回したり、かなり動きを見せていた。
やがて場面転換、台座がせり上がり次の場面へ。
ガラリと雰囲気の変わった舞台のもと、その作品のタイトルにちなんだ結末を迎え、物語は幕を閉じた───。
素晴らしかった。
人形たちの幻想的な箱劇場は、そのわずかな時間と引き換えにあふれんばかりの不思議な何かを心に満たした。
そしてそれは───私の隣にいる、鈴木さんも同様だった。
普段の彼女からは想像できない面持ちでじっと画面を見つめていた。
まるで暗闇の中に光り輝く宝石箱を見つめるような。
まるで眼前に広がる
『
この一言に尽きた。
40分程のビデオが終わり、室内に証明が灯る。
「…すごかったね……しずちゃん……」
「うん、大変、興味深かった……、違う、人形の表現がいい…ちがう、適切な表現候補がでない…」
なにかに戸惑っている様子。
くすっ。
「……『
こっちを見上げるしずちゃん。
そして。
「うん」
なにかを考えるような仕草をした後、こう
「感動、した」
「ふぇああ……よくねたー」
「…
眠りから覚めたアイちゃんの真横には、両手を腰にあてた美術の先生が立っていた…………。
ふぇああああ…
文系に理数系の話考えるのキツイッ
作中の英語は可能な限り会話調に努めましたがなにぶん現役から退いてかなりたちますので…
間違ってたらごめんなさい!
……錆びついたなぁ…英語……
そして作中の『ムットーニ』について。
これはおなじく自身の活動名でもある美術家、『ムットーニ』こと武藤政彦氏の手による、実在するギミックボックスです。
初めて氏の作品に出会ったのは20年ほど前。
『蝋人形館』という作品でした。
私の中の既成概念をひっくり返されるくらいの衝撃でした。
ゼンマイで反復活動するだけとかスイングアームでクイクイ動くだけのものと思い込んでたら…。
『いつかこれを自分の手で誰かに紹介したい』
そう願ってはや20数年。
ようやく願いがかないました。
これを読んだ誰かに、再び私と同じような衝撃を与えんとすることを願って─。