映画や原作でお馴染みのギャリック・オリバンダー氏ですが、生年月日が1919年以前の9月25日となっていますので、今回の店主は先代か先先代をイメージしています。
1892年夏。その日は随分と良い天気で、青々とした若葉がキラキラと輝く夏日だった。こじんまりとした一軒家の2階から、黒髪の少年が眩しそうに外を眺めている。
サフィロスだ。幼かった彼はフラメル夫妻の下ですくすくと成長し、既に11歳を迎えていた。
「サーフ!貴方にお手紙が届いているわ!」
「ペレネレさんの声だ…はい!すぐ行きます!!」
フラメル夫人の声が弾んでいたことに気付いたサフィロスは足早に階段を駆け下りていった。フラメル氏が如何に偉大な錬金術師であるかは説明しなくとも周知の事実であろうが、屋敷は無駄に大きな訳では無いので、彼はすぐにフラメル夫人の元へ辿り着いた。
ニコニコと楽しげな笑みを浮かべる彼女の姿に、彼は首を傾げる。はて、直近で何か良いことでもあったのだろうか。
「おめでとうサフィロス!ホグワーツから入学許可証が届いたわ!さあ、必要な物を買い揃えなくちゃ!」
フラメル夫人はまるで自分のことのように喜び、サフィロスに未開封の封筒を手渡す。自分宛の郵便物を受け取ったことの無かった彼は慣れない手付きで受け取り、後ろで見守る夫人と共に封蝋を破った。
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イギリス魔法界での買い物といえば、ダイアゴン横丁である。フラメル氏も夫人同様サフィロスの入学が許可されたことに喜び、彼らは早速ロンドンへと向かった。
さて何から買おうかと悩み、フラメル夫妻はサフィロスよりも余程熱心に議論を始める。サフィロスはといえば、商店街を興味深そうにキョロキョロと見回していた。彼が暮らすデボン州は長閑な片田舎で、様々な品物で溢れかえった情景があまりにも物珍しかったからだ。
「サーフ、まずはやはり杖を買いましょう。あまり嵩張るものでは無いし、魔法使いの証と言える杖をまず貴方にプレゼントしたいわ。」
フラメル夫人はサフィロスにそう言うと、彼の手を引いて歩き出した。
2つの大きな『OLLIVANDERS』の文字とその間に挟まれた小さな『Makers of Fine Wands since 382 BC』の剥がれかかった金色の文字が店を彩っている。
随分と年季の入った扉を押し開けるとチリンチリンと店の奥の方ベルが鳴った。
店内は杖の入っているであろう箱が天井まで届く棚に所狭しと並べられている。
「いらっしゃいませ。」
サフィロスが箱の多さに圧倒されていると、老人が箱の山の間から現れる。
「失礼、ここいらで最も評判の良い杖職人だと聞いた。この子はこれからホグワーツへと入学するのだが、杖を見繕って貰えないだろうか。」
フラメル氏は優しくサフィロスの背中に手を置きながらそう言う。
「これはこれは…ニコラス・フラメル殿。お会いできて光栄で御座います。そちらの方は…どういったご関係でしょうか?」
オリバンダー氏は少しばかり質問の仕方に悩むそぶりを見せて、彼らの関係性を尋ねた。
フラメル氏はポンとサフィロスの背を叩き、彼に名乗るように合図した。
「サフィロス・A・アストラと申します。」
「…アストラ?今、アストラと仰いましたか?」
「え、えぇ…」
名乗り慣れている訳ではないサフィロスは、尋ね返され何か間違ってしまっただろうかと狼狽る。そんなサフィロスの造形をよく確認し、オリバンダー氏はどこか懐かしむような顔をした。
「貴方のお母様もここで杖を買われました。」
それはサフィロスにとってあまりにも驚くべき事実だった。
「え…?母は魔女だったのですか?」
母が魔法使いだということをサフィロスはその時初めて知った。
彼が知っていたのは、あの懐かしい故郷で素朴な衣装を身に纏い優しく微笑む母だけだった。故郷では地図など見たことがなく、あの地の正確な場所をサフィロスは知らないが、こんなに発展したロンドンと繋がりがあったとは思えない。
思い出の中の母の姿は到底魔女とは結びつかなかった。
「ええ、そうですとも。貴方のお母様は、この店でハシバミに一角獣の毛を芯とした杖を御購入されました。さて、杖腕はどちらですかな?」
「右…です。」
フラメル氏は早速杖を選ぼうとブツブツと呟きながらサフィロスに相応しい杖の収まる箱を探す。
「そういえば、彼女は一角獣の杖と相性が良さそうでしたな。一角獣の毛を芯に使用した杖の中から探していきましょう。」
サフィロスの頭の中は母が魔女であったことへの驚きがぐるぐると渦巻いていた。
彼はオリバンダー氏が渡す杖を半ば放心状態で受け取り、杖達は彼を主人と認めないと反発するように店内を荒らす。
それに対してオリバンダー氏は慣れたように次々と新しい杖をサフィロスに握らせる。
「杖材は黒檀、芯は一角獣の毛、長さは23cm。」
次に渡された真っ黒な美しい見た目をした杖は、まるで自分達そっちのけで考え込むサフィロスに対して拗ねるかのように爽やかな風を巻き起こし、彼の肩まであるサラリとした髪を攫った。
はっ、と目の前の杖に意識が奪われる。
「おお、この杖ならば良い関係を築けるのではないでしょうか?
芯は最初に説明したように一角獣の毛です。とても忠実で、最初の持ち主と強く結びつきます。」
オリバンダー氏はとても穏やかな顔をして、杖を丁寧に箱へ詰めるとサフィロスへ手渡す。
「この杖が貴方と共に末永く在ることを祈ります。」
それは見習い魔法使いを送り出す神聖な儀式のようだった。
杖の箱を抱き抱えて、店の外へと出る。サフィロスは箱を持つ腕がほんのりと暖かくなったような気がした。
「…フラメルさんは、私の母が魔女だったことを知っていたのですか?」
まだまだ背が届かない為、フラメル氏を見上げながらサフィロスは尋ねる。
「…あぁ、知っていたとも。ここで話すのも何だろうから、どこか店に入ろうか。」
フラメル氏はまだ幼さの残る彼にどう伝えるべきか迷うように、困ったようなしかし優しげな笑みを浮かべる。
お昼時であったことから、彼等は飲食店へと足を運んだ。
「君の母については私も詳しいことは知らないんだ。」
フラメル氏は食事の席に着くと思い出すように静かに語り始めた。サフィロスも決して急かしたりはせず、静かに彼が語ってくれるのを待つ。
「君の母親はある危機的状況に陥り、咄嗟に君を守ろうと、誰かに託すことにしたという。そして私は君を託されるときに伝言を受け取った。私達はその伝言でしか事情を知らない。」
そう語るフラメル氏は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
そして箇条書きを読み上げるように、フラメル氏はポツリポツリと話し始める。
自分はホグワーツの卒業生である
訳あってこの子を預けなくてはならない
自分の命が無事であれば迎えに来たいが、その可能性は低い
事情を説明する余裕がない
世話をすることが出来ないならば孤児院への手続きをお願いしたい
見ず知らずの私からの不躾な願いを申し訳ないと思う
「母校であるホグワーツへ通わせて欲しいという要望もあった。彼女がホグワーツの卒業生であったことから、ここで杖を買った可能性が高いと思っていたが、やはりそうだったようだ。」
フラメル氏はそこで肩をすくめてみせた。サフィロスは静かに聞いている。
「君を引き取ったのは…目が蕩けるほど泣いていた君を放って置けないと思ってね。妻と相談して、君が嫌でなければ私達が育てようと思ったのだ。」
「フラメルさん…」
サフィロスは買ってもらった杖を大事そうに抱えながら、夫妻に対して深々と頭を下げた。
「今まで本当にお世話になりました。僕はお二人に育ててもらって本当に良かったと思います。これからホグワーツに行きますが、精一杯学んで、お二人に恩返ししたいと思います。」
「おお、そんな事考えなくても良いんだよ。サフィロス。君は私達の自慢の息子だ。」
その言葉にサフィロスは薄っすらと笑みを溢した。
後書き
ファンタスティックビースト視聴しました。なんてこったい、フラメルさんは大層なご老人だった。この設定を考えた当初は知る由も無かったので、もう少し元気な(老ダンブルドア校長のような)設定で進めていきます。
舞台はアルバス・ダンブルドアも入学する1892年。
世界史での直近の出来事といえば、1894年日清戦争などがありますね。私はイギリスのデボン州を訪れたことがないので、詳細には書けませんでしたが、当時の都会と田舎の差は凄まじいものがあったのではないかと思います。サフィロスは故郷とデボン州でしか生活していなかった為、ロンドンやダイアゴン横丁の発展っぷりには驚いたのではないでしょうか。
・ハリーポッターの杖の設定はとても好きです。
興味はあるが知らないという方は一度調べてみることをお勧めします。
・ホグワーツの入学許可証は、いつ頃届くのでしょうか。ハリーは7/31生まれでそれ以前からフクロウ便にて送られてきていたので、夏の同じ時期に一斉郵送されているのかなと思ってこの話を書いています。