アルバス・ダンブルドアと星の魔法使い   作:十人十色

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それは幸福な夢だった。

 週に一回、ホグワーツで最も星空に近い場所で行われるその授業をサフィロスは心待ちにしていた。

一年生の必修科目、『天文学』の授業である。

 

天文学は星の名や惑星の動きを学ぶという単純で明快な授業だったが、いかんせん覚える量が膨大過ぎた。深夜という授業条件は生徒たちのやる気を削ぎ、彼らは半分夢の中で教授の話を聞く。

 

しかし、そんな授業をサフィロスは楽しみにしていた。表情筋はいつものように働いていないが、その瞳は夜空の写し鏡のように煌めき、星を真っ直ぐに見詰めている。

何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。

 

『見えるかしら、あの一等明るい星がベガ。』

 

記憶の中の白く嫋やかな腕が真っ直ぐに星空を指刺す。

 

『かつてはリュラと呼ばれていたのだけれど、こと座(Lyra)と同じ音で混乱を招くから、アラビア語源のベガが使われるようになったの。』

 

指先で星と星を繋いで、母は寝物語のように星座の話を紡いでくれた。それはとても美しく、星のような輝きを持って彼の中で息づいている。彼は授業を通して微かな記憶を手繰り寄せようとしているのかもしれない。

 

「もう遅い時間ですからね。今日はここまでにしましょう。」

 

 泡が弾けるように教授の言葉がサフィロスを現に呼び戻した。今日の授業はここまでの様だ。やっと終わったとばかりに生徒達は教本をまとめて、ゾロゾロと天文塔の出口に向かっていく。

 

 スリザリンの寮は地下にある。とても落ち着いた雰囲気で過ごしやすい所なのだが、サフィロスは自分の寝起きする寮がこの天文塔ならば良かったのにと思っていた。星の光が届かない地下は、何故だか息苦しく感じて仕方がない。

 

スリザリンの同級生達は纏まって寮への道を行く。サフィロスは特に親しくする友人も居ない為、自然と集団の後方を歩いていた。天文学の教授は集団の後ろで生徒たちが逸れずにいるかを見守っているため、自然とサフィロスの隣を歩くこととなる。サフィロスは特に何も考えずに前を向き歩いているが、教授は何か気になることでもあるのかチラチラとサフィロスの指通りが良さそうな黒髪を上から伺っていた。

 

「アストラ。良い名ですね。星の意だ。」

 

その言葉を言うタイミングを計っていたのだろうか。アストラと名を呼ばれたと思ったサフィロスはゆるりと顔を上げる。

 

「ありがとうございます。」

 

サフィロスは自分よりも高い位置にある教授の顔を見上げて、いつもと同じ抑揚のない声で礼を言った。教授は決して愛想が良いとは言えないサフィロスを見て困ったような顔をすると、足下に視線を落とす。

 

「君は、アウレリアという名前を知っているかな?」

 

サフィロスは微かに瞠目した。

 

「…先生は、母を知っているんですね。母の名はアウレリアと言いました。」

「あぁ、やはり。アストラという家名は彼女以外に聞いたことが無かったから、もしかしてと思っていました。」

 

そう言って目を閉じた教授は過去の記憶を懐かしんでいるかのようだった。

 

「何故かこの授業を嫌っていましたが、息をするように課題を熟していました。君のようにね。溌剌とした生徒で、生徒達の輪の中心に居て_ 」

 

彼の瞼の裏にはサフィロスの知らない母の姿が浮かべられているのだろうか。サフィロスは母が自分を先導するように目の前の廊下を歩く幻影を見た気がした。艶やかな腰まである髪を靡かせて歩く後ろ姿の幻、それは決してこちらを振り向かなかった。不意に強烈な懐古の念に襲われる。

サフィロスは母の姿を思い出そうとする度、どうしても最期の母の顔が浮かぶ。良く笑う人だった筈なのに、思い出すのは覚悟を決めた険しい顔ばかり。もっと美しい記憶があった筈なのに、あの切羽詰まった顔が脳裏にこびりついて離れないのだ。

 些か沈んだ気分になったが、それでもサフィロスはホグワーツに来てからずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「先生は、母がどの寮だったかご存知ですか?」

 

教授は驚いたのか、先程まで懐かしむように閉じていた瞼をパッと上げる。

 

「…知らない?アウレリアは教えてはくれなかったのですか?」

 

先生は訝しげに眉を寄せ、サフィロスの顔をじろじろと見る。

 

「いえ、母とは7歳になる頃に別れたきりで…行方が分からないのです。」

 

別れる際の切羽詰まった母の顔を思えば、生きているのかも怪しかったが、彼はそれを口にすることはなかった。事情を知らない先生に話すべきことではないと思ったのか、それとも彼自身が母が亡くなっている可能性を言葉にすることを嫌ったためか。

 

「そうですか…彼女はグリフィンドールの生徒でした。活発過ぎて手を焼くこともありましたが、良い生徒でしたよ。」

 

活発_確かにそうだったように思う。グリフィンドールという寮の名が妙にしっくりときた。

夜明けの空の色が、よく似合う人だった。朝焼けを背にして黄金色の髪をはためかせ、此方に向かって慈しみの笑みを浮かべる母の姿が鮮明に浮かんだ。朝日は、母の髪の色をしているのだと信じて疑わなかった。

向日葵の黄色がよく似合う人だった。向日葵は母に一目見て笑ってもらう為に毎年花を咲かせるのだと漠然とそう思っていた。そうだ、眩しい太陽のように笑う人だった。大輪の向日葵に視線を向けていた母が、此方に気付いて満面の笑みを浮かべる光景が、眩しく鮮やかな色を持って思い出される。

 教授の中の母は、きっとあの眩しい時のままなのだろう。ずっと思い出されることは無かった記憶が、教授の発した何気ない言葉で呼び起こされた。彼の語る母の姿に引っ張られたのだろうか。あまりに美しい記憶に、サフィロスの心は揺さぶられる。その感情の揺れ動きは彼にとって珍しいものだったが、彼は自分が泣き出しそうになっているのだと判断し、決して泣くまい目元に力を込めた。

 

「そういえば、彼女はギリシャ出身だと言っていましたね。」

 

思い出に浸り、ノスタルチックな気分になっていたサフィロスへ不意に爆弾が落とされる。

 

「君は大陸の方の魔法学校に通おうとは思わなかったのかい?」

「ギリシャ…?母はそう言っていたのですか?」

 

 初耳である。サフィロスはあまりに自分の出生について無知過ぎた。そもそも母の故郷と自分の故郷が同じなのかどうかさえ分からない。自分が使っていた言語がギリシャ語とラテン語だとフラメル夫妻から教えてもらってから、何らかの関係があっただろうと思っていたが、こうもはっきりと告げられるとは。衝撃的な事実に、サフィロスはポカンと口を開け間抜け面を先生に見せる。普段の彼の仏頂面を知っている者達が見れば、こういう顔も出来るのかと驚くこと間違いなしだ。

 

「おっと、そろそろお開きだね。」

 

月明かりと蝋燭に照らされた廊下での閑談はスリザリン寮の入り口が視界に入ったことによって打ち切られた。

 

「それではスリザリンの諸君。お休みなさい。」

 

教授は生徒達へ平等に就寝前の挨拶を告げる。生徒たちは口々にお休みなさいと言って寮の中へと入って行った。

サフィロスは母について教えてくれた先生に再度お礼を言おうと思い、少しだけその場に残る。

 

「今日は本当にありがとうございました。母の話を聞けて嬉しかったです。」

「いやいや、礼には及ばないよ。それでは、サフィロス君。良い夢を。」

 

 

 その日、彼はホグワーツの教室のような場所でちょいちょいとこちらへ手招きをする母の夢を見た。手招きに応じて向かいたいが、体が無いのか動かないのか視点は動かない。母は此方が動かないことに気付いたのか、何やら考え込み始める。そして、徐に杖を取り出したかと思うと空中に文字を書き始めた。

 

『ようこそ、ホグワーツへ!』

 

母が杖を使う場面なんて見たことが無かったのに、それは随分と自然な動作で再現された。彼女は文の出来に対してか満足げな顔をし、最後に此方に向かって記憶通りの満面の笑みを浮かべて手を振る。




ハリー・ポッターと賢者の石,p198より
"水曜日の真夜中には、望遠鏡で夜空を観察し、星の名前や惑星の動きを勉強しなくてはならなかった。"
など、1年の必修科目である天文学は原作でも詳細は記されていなかったので捏造しています。
→深夜の時間帯なので、移動には先生が付き添っている。
→付き添いの関係上、寮ごとに授業しているのでは?

今話の元々のサブタイトル『空に一番近い場所』

『それは幸福な夢だった。』
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