君に会うまで。   作:ごはんやよ~

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第一話

 目と目があった。お互いにその存在に気が付いたのかはっとした表情ですれ違っていく。

 間違いない、この人だ。

 そう、私は確信するとともに間を走る電車が互いの視線を遮った。

 

 次の駅で降りるやいなや、私はその人を目指して走り始めた。あの人を知っている。心の中の不可思議な確信とともに先ほどすれ違った男性を探して東京の街を走り続ける。

 言葉にするとおかしな話だが私は彼が私を探しているということを知っている。

 どうしてだろう。心が騒いで仕方がない。きっと今まで探していた何かを彼はきっと持っている。いや、彼こそが私が八年間探していた人なのだ。

とても、長い間だったと自分でも思う。何かを思い出そうとしても思い出せない感覚は焦りとも悲しみとも寂しさともつかない不思議な感覚で私を苛んでいた。でも、きっとそれももうすぐ終わる。

 

 私、宮水三葉は、その感覚に終止符を打つかのように意識が八年前のあの日に潜っていくのを他人事のように感じた。

 

 あの日、星が降った日。世界を嘘のような虹色に染め上げて、月よりも近い彗星が糸守という町を奪った日。私はあの日からずっと、誰かを探して生きてきたのだから。

 

 

 

  目を開けるとまず初めに真っ白な天井が見えてきた。ゆっくり体を起こすとあちこちにひきつったような痛みが走る。顔を触ると絆創膏の感覚。窓からは夕焼けの光が差し込んでいる。

 「ここは……どこなんやろ」

 「お姉ちゃん!? やっと目が覚めたん?」

 四葉が駆け寄ってくる。視線をあたりにやると見えてきたのは病室の中だった。

 「私……どうしてここに?」

 「なんも覚えとらんの? お姉ちゃん、一昨日の朝からずっとおかしくなって、でもお姉ちゃんのおかげで糸守の人ら全員が助かったんやよ」

 「……一昨日?」

 確かに、彗星が降ってきたあの日はまるで何かに追われるように、何かにせかされるように町からみんなを助け出そうとした。

 「そうやよ。お姉ちゃん自衛隊の人らが来たときに急に倒れてそれでこの病院に運ばれたんよ。でも一日たっても目を覚まさずにようやく今日起きたんやよ」

  一日寝ていた。だから体がとても重たいのか。でも、それだけではない何かがある。そう、まるで何か大切なものをなくしてしまったような喪失感。自分の半分を糸守という町においてきてしまったかのような錯覚とともに、こらえようのない涙があふれてくる。

 「お姉ちゃん……どしたん?」

 四葉が心配したかのように顔を覗き込んでくる。それに必死に何でもないんやよと言うが、涙はとどまることなくあふれてくる。声を荒げることもなく静かに涙を流す姉に四葉は糸守の話題は危険だと気を使って急に話題を変える。

 「そんなことよりお姉ちゃん、その手どしたん? 体洗う時に手を開こうとしたのに力が強くて全然開けなかったって看護師さんがいっとったよ」

 涙でゆがむ視界で自分の右手を見下ろすと固く握られた拳が見えた。そしてその時初めて自分が力強く握っているということに気が付いた。

 手を開こうとするがまるで開きかたを忘れてしまったかのように手は固く閉ざされたまま。左手を使ってなんとかほどいていくとそこに静かに佇む三文字が見えた。

 

  すきだ

 

たった二日しかたっていないというのに文字はかすれ読み取れるか不思議なほどに薄れていた。だけれども、その文字を見ただけで心の中に何かあったかいものが広がっていくのが分かった。それは全身にくまなく広がってそれでもなお留まることなくあふれていく。

 涙はもう止まっていた。どこかで見慣れた懐かしいその筆跡にとてつもない勇気を与えられた。

 「お姉ちゃん、本当にどしたん?」

 「ううん、気にしないで」

 「なら、私はかえるで。明日はお婆ちゃんもつれてくるわ」

 「気を付けて帰りなー」

 四葉はそういって病室から出て行った。糸守、とくに神社付近に彗星が落下した以上、あの家だって無事ではないだろう。だとしたら四葉はどこに住んでいるのだろうか。被災者用の仮住宅だろうか。それとも、父親の……。そういえば、まだあの父親とは仲直りしていなかった。でも、今ならきっと大丈夫。ちゃんと仲直りできる。そんな確信がある。

 再び手のひらを覗く。この人に勇気をもらったから。どんなことでもできるような気がするのだ。・・・・・・この人? 彗星が落ちる前、幾度となく繰り返したその問いを再び繰り返す。

 

 カタワレ時の中、一人となった三葉は決して忘れないようにと自分の手の平にある文字を見つめていた。

 

 次の日、目を覚ますと右手の文字は消えていた。洗ってもいない、こすってもいない。むしろ、消さないようにとしていたのにも関わらずだ。ぼんやりとした表情で、なんて書いてあったかを思い出そうとして、止まる。何か、とても大事なことが書いてあったような気がするのだ。

 自分自身にぽっかりと空いてしまった穴を見つめるかのように三葉は自分の掌を眺めた。

 どうしてだろう。どうしてこんなにも寂しいのだろう。 書いてあったのはただの文字だ。そのはずなのに。どうして、涙があふれるのだろう。

 大事な何かを失ってしまったという感覚だけが強く残って、三葉の目からは涙が止まらなかった。

 

 外傷は転んで打ち付けた打撲と擦り傷だけだったので、三日とたたずに退院することができた。一葉と四葉は驚くことに俊樹の家で暮らしていた。あの父がよくそれを認めたと思ったのをよく覚えている。

退院した後、初めて俊樹の家に行った時に三葉はなんて言おうかずっと迷っていた。謝るべきか、自分の話を聞いてくれて感謝の言葉を述べるべきか。だが、家に到着してみると父親はいなかった。

 災害関係の仕事に追われて家にはずっと帰っていないというのは四葉の談だ。結局、父親の家にいるというのに待っていたのは彗星前と変わらない三人での生活。ただ、以前と違うのは糸守高校には通えなくなったというところだ。彗星が落ちた後も校舎自体は残っているものの、ガラスが割れたり、建物にヒビが入ったりして危ないということで糸守高校は校舎を建て直すか、廃校にするかということでもめているらしい。

 そんなことを教えてくれたのは、退院したからと家に来てくれたさやちんとテッシーだった。

 「三葉、もう身体は大丈夫なん?」

 「さやちん、心配しすぎ。お医者さんも身体に大きな怪我は無いって」

 「三葉がそういうならそうなんだろうけど・・・・・・」

 「そうだ、三葉。お前、転校する高校は決めたんか?」

 テッシーのその問いに三葉はかねてからの思いを伝えることにした。

 「私は東京の高校に行こうとおもっとるよ」

 「東京にいくんか? 親父さんはなんて」

 「まだ、お父さんとは話してないの。町長の仕事で忙しくてあえなくて・・・・・・。二人はどこに行くの?」

 「私達は、隣町の高校に行くことにしたんよ。私はもう家族全員がそっちに引っ越すことになったんよ」

 「俺もさやちんと同じ学校にしたわ。こっから一番近いしな。それにしてもどうして急に東京なんて」

 「私にもわかんないの。でもどうしても東京に行かないと行けないような、そんな気持ちが強くなっとるんやよ」

 「もう、糸守神社は無いのに?」

 一葉と四葉が隣の部屋にいるため気を使ってさやちんは小声でそう尋ねてくる。それに三葉は苦笑いのような表情でうなづいた。

 「違うんよ。前のは東京にあこがれっとんだけど、今のは・・・・・・。うーん、言葉にすると難しいなあ」

 「でも、三葉がそう決めたんなら私たちは何も言わないよ」

 「そうや、でも三葉がいなくなったら寂しくなるで」

 テッシーとさやちんはそう言って帰っていった。三葉は東京のどの高校に行くのかを調べる作業をはじめることにした。

 最初の頃は『東京 高校』みたいな簡単なワードで調べていたが、いろいろな学校の外見を見ているうちにとある高校を見たときに心が吸い込まれる気がした。

 そして、何故だかこの高校じゃないといけないという気持ちに包まれた。どこかで見たことあるようなその学校は言いようの無い懐かしさと寂しさとなって心を貫いた。

 

 「あの、お父さん」

 「なんだ、三葉」

 一週間ほどたったあと、たまたま家に帰ってきた俊樹を捕まえて三葉はそう切り出した。

 「高校の話なんだけど」

 「ああ、そのことか。悪いが今は忙しいからお義母さんにやってもらえ」

 「東京に行きたいの」

 「・・・・・・何?」

 俊樹は椅子に座って目を瞑っていたが、その言葉で目を開けて三葉見つめてきた。

 「どうしても行きたい高校があるの」

 「その高校は何というところだ」

 三葉はあらかじめ印刷しておいた資料とともにその高校名を言う。

 「神宮高校っていうところなんだけどね・・・・・・」

 

 

 走る。走る。息が切れても、こけそうになっても立ち止まるなんてことは絶対にありえない。だって、ずっと探していたんだから。

 道を直角に曲がったところに階段があった。確かここから降りた方が彼の降りた駅の近道になる。そう思って階段から下を見下ろしたときに彼と目があった。

 身体の芯から暖かいものがあふれてくる。何故だかとてもよく見慣れた顔がそこにあった。まるで互いを確かめるかのようにゆっくりと階段を下りていく。

 この人をずっと昔から知っているはずなのに、ずっと昔にあったことがあるはずなのに。

 

 どちらも何も言うことなくすれ違う。悲しくて思わず泣きだしそうになる。

 どうしようも無い悲しさと空しさに心を奪われる。何で、何で、知っているはずなのに。言葉が出てこない。なんていっていいのかが分からない。

 

 「あの」

 だからこそ、その言葉に救われた。思わず振り向く。彼は階段を登りきったそこで、私を見下ろしている。

 「俺、どこかで君と」

 その言葉が嬉しくて、涙が出てくる。

 「・・・・・・私も」

 二人はまるで、子供のように息を合わせて互いに名前を尋ねる。

 三葉の頬を伝わる涙は止まることは無い。それは三葉を探していた瀧も同じ。自分の誰かを探し続けた数年間

は無駄ではなかったのだと。この寂しさはきっと、この人に出会うために心に巣くっていたのだと。

 

 だから、それにさよならを告げるために何年も前から知っていたはずの、その名前を相手に聞こえるように、記憶を奪った神に思い知らせてやるかのように、二人はその名前を叫んだ。

 

 

「三葉!」「瀧君!」

 




方言って難しいですね
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