君に会うまで。   作:ごはんやよ~

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第二話

 「宮水さん、今日はなんだか元気そうね。珍しく遅刻したものだから心配したのよ」

 「すいません、先輩。遅れた分は今日中に取り戻しますから」

 「別に焦らなくてもいいけど、何だか今日は笑顔ね。彼氏でも出来た?」

 「そそそそんなことないですよ!」

 焦った拍子にうっかり訛りが出そうになり慌てて直そうとしたら思わず変になってしまった。これじゃあ、絶対瀧君のことばれてるよ・・・・・・。と思いつつ椅子に座りなおす。

 「また今度、彼の写真を見せてね」

 「はい!」

 「宮水先輩、彼氏さんできたんですか!?」

 三葉と上司との会話を聞きつけて社内の後輩が寄ってくる。今まで男の匂いすら感じさせなかった三葉に彼氏が出来たという話題でその日社内は持ちきりになった。

 それはそれほどまでに三葉に恋人が出来なかったというのもあるし、何より三葉自身の男性社員からの人気もそれに拍車をかけた。

 一方、本人はというとそれに気がつくことなく今朝交換したばかりの瀧のSNSの連絡先を何度も見ながらにやけていた。

 少しだけならメッセージ送ってもいいかな。でも、向こうが仕事だったら瀧君に迷惑だよね。でも、ちょっとだけなら。ううん、仕事してるんだから、それが終わってから、でも・・・・・・。

 と終わりのない思考を幾度と無く繰り返していた。瀧君のことを考えると何故だか暖かい気持ちになれる。こんな気持ちは生まれて初めてで。どうしていいか分からずに戸惑ってしまう。初めて?

 違う、初めてじゃない。前にもきっとこんなことがあった。あれは確か八年前のことだ。

 

 

 

 

 東京の学校に行くと初めて言ったとき、俊樹は反対も無ければ賛成もしなかった。ただ、そうかと言って再び目を瞑ってしまった。

 そして次に口を開いてどうしても神宮高校じゃないといけないのかと尋ねた。多分、あの時は返事をせずに頷いただけだった。

 「そうか・・・・・・。お前の人生だ、好きに生きてみろ」

 それは今まで優しく接してやれなかった父親の後悔からなのか、それともこれ以上三葉を手元においておきたく無かったのか。今となってもその真偽は定かではない。だが、俊樹は三葉を東京に送り出してくれて、経済的な支援もしてくれると約束してくれた。

 そのときのことは何度思い返してみても頭が上がらない。

 

 そうして、十一月から三葉は転校生として神宮高校に通うこととなった。

 「三葉、向こうに行っても友達やからね」

 「当たり前やよ、さやちん」

 二人とも、手と手を合わせ少しだけ涙組みながら言葉を交わす。

 「三葉、ちゃんと正月には帰ってくるんやぞ」

 「もう、テッシーたら親戚の叔父さんみたいやよ」

 そう言って三人で少しだけ笑いあう。

 「じゃあ、そろそろ時間だから」

 三葉はそう言って新幹線に乗り込む。前に使ったローカル線は駅ごと無くなってしまったからだ。でも、なんであの時学校をサボってしまってまで東京にいったんだろう。

 あれは、そうとても大事なことだった。あと少しで思い出せそうな気がする。

 「三葉、遊びにいくからね」

 「うん、いつでも来てね。さやちん」

 その言葉で扉が閉まる。その場で四葉、一葉、さやちん、テッシーが見えなくなるまで手を振り続けたあと自由席に向かう。今、何かを考えていたような。

 「ま、いっか」

 忘れてしまうことなどきっと、大したことじゃなかったのだろう。

 

本当にそうなのだろうか。右の掌を見る。彗星被害の後、癖になってしまった行動だ。どうしてだか、右の掌を見ていると耐えがたい喪失感と、そして矛盾するかのように安心するのだ。まるで、失ってはいけない何かをこの手に入れていたかのような錯覚。多分、この意味が分かることはきっと無いのだろう。でも、もしこの疑問に解消できる人がいるとすればきっとあの人だけだ。

 名前も顔も性別も思い出せないけど、ちゃんと胸の中にいる。きっと、あの人は東京にいる。あの高校にいるはずなんだ。

 東京まではあっという間についた。人生で二回目の東京は前と違ってどこか曇って見えた。身の回りの最低限度のものを入れたスーツケースを引きながらホテルに向かう。明日引越しの荷物が届くため、今日は寝る場所が無いのだ。馬鹿みたいに人があふれる東京駅の中をすれ違う同年代と思われる人間の顔を片っ端から覗いてしまう。

 でも、会えない。会えるはずが無い。どこか、胸の奥でストンと落ちる感覚があった。いかに東京が狭いといってもそこにいる人間の数は糸守なんかとは比べ物にはならないのだ。どうして、そこで会えると思ったのだろう。

 三葉は思わず俯いてしまう。それでも足を止めると人波を止めてしまうということにつながるので足だけは動かし続ける。

 でも、大丈夫。絶対、どこかで会える。そう怖気づいた心を励ます。そうでもしないと、砕けてしまいそうだったから。

 重たい足を引きずってホテルに来るとチェックインを済ませると、シャワーを浴びて着替えるとそのままベッドに倒れこんだ。

 起き上がる気力も無かった。一日の疲れがどっと出たのか三葉はそのまま呑まれるようにして眠りについた。

 

 「三葉、三葉」

 身体をゆすられる。でも、もう少しだけ寝ていたい。このまどろみに身体を委ねていたい。

 「三葉、起きて」

 その優しい声で意識が急に覚醒した。思わず目を見開く。そして、そこにある顔を何度も見つめた。

 「瀧・・・・・・君・・・・・・?」

 「ああ。そんなことよりこんな所で寝てると風邪引くぞ」

 そう言って瀧は三葉の腕を引っ張って体を起こす。未だに現実が飲み込めない三葉は瀧から視線を外すと辺りに視線を飛ばした。

 窪地になった台地の周りに盛り上がった地形。それが円状に広がり中心部には大きな石がある。はるか眼下に見下ろすように糸守湖が見える。だが、それは忌々しい瓢箪型ではなく、十何年間と見慣れた丸型だ。太陽は今にも沈みそうなギリギリから世界を照らしている。そして、はるか空には虹色に輝く尾を持つ天体が見えている。

 「ここは・・・・・・御神体の・・・・・・。でも、どうして」

 「分からない。でも目が覚めたらここにいた。で、隣を見たら三葉がいたから起こしたんだよ」

 そう言って瀧は微笑む。思わず、照れて顔が赤くなる。不思議と言葉を交わすだけで優しい気持ちになれる。その姿を見ているだけで暖かくなる。

 「そうや、彗星!」

 はっと気がついたように三葉は天を睨むが対照的に落ち着いたままの瀧はそれをなだめる。

 「多分、あれは落ちない」

 「どうして、そんなことが分かるんやさ!」

 「ここが夢の中だからさ。俺と三葉は同い年だろ?」

 そう言われて初めて瀧の格好を注視する。最初で最後に会ったときと全く同じ格好をしている。視線を下ろして自分の服を見てみても、これもまたあの時と同じ服だ。

 「夢の中でも、瀧君に会えて・・・・・・良かった」

 こんなに大事な人をどうしてずっと忘れていたんだろう。自分の無力さと瀧に会えた喜びとがぐちゃぐちゃになって表に現れる。

 「な、泣くことないだろ」

 「だ、だって、瀧君がぁ・・・・・・」

 「会えたんだから、いいだろ?」

 そう言って瀧は三葉の頭に手を載せる。暖かいその手に感触に安心して、思わず微笑んでしまう。

 「・・・・・・うん」

 「じゃあ、行こうぜ」

 「え、行くってどこへ?」

 「いつまでも御神体のとこにはいられないだろ。三葉、俺に糸守を案内してくれよ。彗星が落ちる前のきれいな糸守を」

 そう言う瀧の瞳の輝きはまるで子供みたいで思わず笑ってしまう。

 「もう、じゃあしっかりついて来てよ」

 「俺は小学生かっつーの」

 「似たようなものでしょ」

 「違えよ!」

 三葉が先導して山を降りる。瀧はその横を並んでゆっくりと歩く。カタワレ時は終わることなくまだ続いている。空に見える彗星はまるで背景のようにいっこうに動こうとしない。

 「ねえ、瀧君」

 「なんだ?」

 「ううん、名前を呼んだだけ」

 本当は忘れてしまうのが怖かったから名前を呼んだのだ。でも、そんなことは口が裂けてもいうことなど出来なかった。

 「変なやつだな、お前は」

 だが、瀧もそのことには気がつかずにそう言って笑った。その、何でもない時間がただ嬉しくて、言葉を重ねる。

 「ねえ、瀧君。ここを降りると神社が見えてくるんだけどね」

 そう言って瀧のほうを向くが誰もいない。

 「あれ? 瀧君、どこに行ったの?」

 キョロキョロと辺りを見回す。今降りている道の片面は岩壁だし、その反対は崖になっているため隠れる場所など無い。

 「もう、隠れて私を見てるんでしょ。全く」

 と、拗ねてみるが返事は一向に返ってこない。だんだんと怖くなって、今まできた道を走って戻る。もしかして、またあの時のカタワレ時のようなことが起きたのかも知れにない。

 それとも、もしここが本当に夢の世界だとしたら、もしかしたらまた御神体のところに瀧君が戻されるなんてことがあるのかも知れない。

 そう思って一歩踏み出したときに意識が闇に呑まれた。

 

 

 スマフォのアラームがけたたましく鳴っている。目を覚ますと今まで違う風景。と、同時に恐ろしいまでの喪失感。思わず身体を押さえる。なんで、どうして、こんなに寂しいんだろう。その問いに答える者はそこにいなかった。

 「顔洗わなきゃ」

 その孤独を打ち払うように無理に言葉を重ね起き上がったときに目元に違和感。指を当ててみると冷たい感覚。

 「・・・・・・涙?」

 どうして、泣いているんだろう。いや、その答えだけは分かる。

 失ってしまったからだ。何をうしったんだろう? それは、あの人を。あの人? あの人って誰? ねえ、誰か教えてよ。

 やり場の無い怒りとも、空しさともつかない感覚を抱えて三葉は一人ベッドの上から動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 昼休みになった瞬間、三葉のスマフォにSNSの着信音がなった。

 「ひゃあ」

 「先輩、今日本当にどうしたんですか?」

 まさに今連絡を入れようとしていた人物からの着信で思わず三葉は変な声を上げてしまう。それを見ていた後輩に、何でもないんやよ。と無自覚の訛りを入れて返す。

 変な顔をして後輩は立ち去っていく。が、一方で三葉は今までの人生で一、二を争うほどの笑顔になっていた。

 『今日、夜会えるかな。もっと三葉と話がしてみたんだ』

 『私もやよ、瀧君』

 そう送るとすぐに既読がついた。さらに向こうからは待ち合わせの場所と時間が送られてくる。

 それに三葉はスタンプとともに了承のメッセージを送った。





イチャつけてるかどうかは分からないけど、とりあえず二人を会わせておかないとひたすらに辛い
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