君に会うまで。   作:ごはんやよ~

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第四話

 時間とは残酷なまでにすばやく流れる。それは焦りとなって身体を苛み、やがては取り返しのつかないことをしているのでは無いかという激しい後悔に襲われ始める。だが、何も思い出せず、ただ過ごしているだけの時間は三葉にとってはひどく耐え難いものであった。

 「宮水は進学ということで決まりだな。行きたいところは第一志望のままか?」

 「はい」

 「そうか。なら、このままの成績を維持していけば受かるだろう。最後になにか質問はあるか?」

 「ありません」

 「そうか、なら気をつけて帰れよ」

 進路担当の教師に一礼をして面談を終わる。三葉は三年生になり糸守に彗星が落ちた日から既に一年がたとうとしていた。オープンスクールのためか中学生であふれる廊下を一人エントランスに向かって歩く。

 一応、神宮高校は進学校なのでほとんどの生徒が大学を受験する。三葉としては大学に強く行く気は無かったのだが、俊樹が絶対に行けと強制するように言ってきたので、進学を決意したという経緯である。

 一つ大きなため息をつく。家に帰っても誰もいないというのは受験勉強をするときに妨げになるものがいないということだが、それ以上に三葉にとっては孤独の方が重たいものだった。今までずっと一緒にいた一葉と四葉の大切さは会えなくなったときに初めて痛感した。高校の友達も、てっしーやさやちんの様に仲良く話せるわけじゃない。三葉は、東京に来て人との間にある大きな壁を痛感していた。唯一の救いはてっしーもさやちんも目指している大学は一緒だということ。とりあえず誰も落ちなければまた糸守の三人が集まるのだ。今の三葉にとってそれだけが心の救いでもあった。

 ふと、足を止めてグラウンドを見る。ぼんやりと全体を俯瞰するようにそこにいる生徒や車を見る。すっかり、こうして見るのが癖になってしまった。まるで、大事な何かを探すかのように見知らぬ人が集まっていたらこうしてぼんやりと見つめてしまう。

 そこに見知った顔が無いことに気がつくと再び足を運び始める。

 「この高校でいいのか? かなり遠いぞ、お前の家からだと電車通学になるだろうし」

 「ああ、良いんだ。俺はここに決めたんだよ」

 「お前の成績で受かるのか?」

 「なんだよ、高木。お前だってギリギリじゃねえか!」

 後ろの方から男子中学生の話し声が聞こえてくる。何かに弾かれるようにして後ろを振り向くが、見えたのはかなり体格の良い男子中学生が誰かと話しながら階段を登っていくところだけ。聞こえてきたあの名前に妙な既視感を覚えたのは何故だろう。首を傾げながらそれでも答えは出さずに歩み続けた。

 

 「ただいまー」

 父の名義で借りているアパートに戻る。勿論返事を返してくれる人など誰もいない。かばんを部屋に置くと、夕食の準備を始める。

 作るの和食。というか作れるのは和食だけである。本当だったらもう少しレパートリーを増やしたい。イタリアンなんかに挑戦してみたいのだが、忙しい受験生にとってその時間を取ることもままなら無い。

 夕食を食べながらTVを付けるとちょうど彗星被害の特集で町長へのインタビューが行われていた。宮水俊樹は糸守町の人間を彗星被害から救った人物として一躍、時の人となってしまった。元の経歴ゆえに彗星落下を予言した本物の予知能力者じゃないのかという噂が結構真面目に囁かれたが、俊樹が肝心の話をぼかすことや本職が忙しいとして極力メディア露出を嫌っていたため、その噂はすぐに下火になった。テレビの中で俊樹はいつものように真面目な顔で糸守復興のための計画を熱く語っていた。俊樹はもともと糸守の人間では無いと聞いていたがTVで話す言葉の中には熱い糸守への思い出あふれていた。

 いつもの変わりない父の姿に少しだけ涙ぐむとスマフォを手に取った。

 

 「お姉ちゃん!? どしたん、急に電話なんて」

 「急に声が聞きたくなっただけやよ。どう四葉。元気にしてる?」

 「う、うん。みんな元気やよ。お婆ちゃんも、テッシーさんもさやちんも。お姉ちゃんは?」

 「私も元気よ。あのさ・・・・・・お父さんおる?」

 「お父さんは今日は仕事にいっとるよ」

 「そっか、お婆ちゃんは?」

 「今、変わるわ」

 そういうと四葉が電話の向こうで一葉を呼ぶ声が聞こえる。

 今なお、瓦礫の除去が続けられている糸守町だがあまり進捗具合はよくないらしい。というのも、彗星によって道が崩れてしまっていること。また新糸守湖の周りは落下した際の瓦礫によりとてもじゃないが進める道にはなっていないこと。そして一番の問題は糸守から人が抜け出してしまっているということだ。家が崩れた、土地を失った。理由はどうあれ、今まで都会に出たいと思っていた人間がこれ幸いとみな抜け出してしまったのだ。その一人である三葉があまり大きな声で言えたことではないが、糸守から人がいなくなってしまうというのは少し寂しい。

 そんな感傷に浸りながら三葉は懐かしい声を聴いていた。

 

 東京の夜はうるさい。というよりかは騒々しいといったほうがいいのかも知れない。糸守にいたときのような夜の静まりというのはここ一年ほどすっかり耳にしていなかった。だが、人間というのは慣れてしまう。ベッドに入り込みながら外の音に耳を澄ます。もし、慣れてしまうのならばいっしょにこの胸の苦しみも慣れてくれればいいのにと思ってしまう。こんなに誰かを探している。誰かに出会うのを待っているというのが苦しいならばいっそのこと忘れてしまったほうが楽なのかもしれない。でも、と頭の誰かが反対する。この思いは決して忘れてはいけない物なのだ。これまでに大事なことをたくさん忘れてしまったけれど、それでもこれだけは忘れてはいけないのだ、と。

 そんな感慨とともに意識は深く、のまれていった。

 

「瀧君。瀧君」

 隣に眠る少年の肩をゆする。今までどうして忘れていたのだろうかと不思議になるくらいにすっと名前が出てきた。夢の中での三葉はまったく成長していない。それは瀧も同じ。彗星が落ちる直前の、カタワレ時のままで二人は邂逅するのだ。

 出会う場所は東京か糸守のどちらかランダムで、目覚めれば夢の中のことは忘れてしまう。しかし、夢の中にいれば前回の夢の内容も思い出すことができる。これがこの一年間で三葉が知った夢のルールだった。

 「うん……。おはよう、三葉」

 「もう、いつまで寝ぼけとるの。夢の中だって時間は限られとるんやからね」

 瀧は大きく欠伸をすると、立ち上がった。

 「あれ、今日は東京なのか」

 あたりを見回すと誰一人、車すらも通っていない道の上。歩道橋の上に二人は立っていた。夢の中には瀧と三葉以外の人間は極力出てこない。たとえ出てきたとしてもそれは店員であったり、車掌であったりと何かを利用するときに表立って出会う人たちだけで、またその人たち顔もはっきりと確認することはできない。だが、これをおかしいとは思わなかった。たぶん、それはこれが夢だからだろう。

「瀧君。こんど東京になったらおすすめのカフェ案内してくれるって言っとたに!」

 「そ、そんなこと言ったっけ……」

 瀧は困ったように首筋に手を当てる。

 「忘れたふりしても無駄やよ。さ、はよ行くよ」

 そういうと三葉は瀧の手を引っ張るようにして歩道橋から進み始めた、が。

 「あのー三葉さん。道、逆ですよー」

 「え、嘘!?」

 

 

 

 誰もいないカフェの中で二人だけのカップルが仲良くパンケーキを食べている。それは現実の二人が何よりも求めている平凡で。でもだからこそ手に入らない、幻の風景。せめて夢の中だけでもと、互いは望むが先にどちらかが目が覚めてしまえばもう片方は目が覚めるまで夢の中に取り残されてしまう。

 紅茶を飲んでいた三葉の腕がうっすらと薄くなり始める。覚醒の時が近づいてきているのだ。

 「ごめん、瀧君。今日はここまでみたい」

 「俺も、そろそろ目が覚めるみたいだ。珍しいな、二人そろって目が覚めるなんて」

 そういうと、瀧はとても優しく笑った。その顔を見ると胸の中に温かいものがわいてきて、何故だか気持ちが優しくなる。そして、それが可笑しくて思わず笑ってしまう。

 「またね」

 「ああ、また」

 別れはさよならではない。また、いつか夢の中だとしても絶対に会えるから――――。

 

 

 

 

 スマフォのアラームを止める。何か大事なものを失ってしまったという強い感覚だけが心を支配している。夢の中で何があったのか、誰に出会ったのか。霞にかけられたかのようにすっきりとしない中で目元を拭うと湿った何かが手に触れた。 

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