黒の魔王 ~黒闇復する~   作:(t)

1 / 2


頑張って難しい言葉を使おうとして自爆している奴の図


喪失の王

 

 

 

 

 かの場所は雲を突き抜け、星星すら掴み取れる天の果て。

 

 人の身では届くことはおろか、視界に納めることすら不可能たる高度において。

 

 一筋の光明が瞬いた。

 

 万里の果てまで届き、あまねく闇を消しゆく神の力の一片たるいかずちが、その道筋にある全てのものを貫いて。

 

 砕けることも、ひび割れることも叶わぬ、不変の黒き鱗を刳り。

 

 肉も骨も真奥に宿る魂も灰と化す。

 

 生じるは爆風。

 

 堕ちるは黒き巨体。

 

 生きるは白。背より翼を生やした美しき天使。神より賜りし、黒き鱗すら貫く聖槍を掲げた神の使い。

 

 があと黒は、どこまでも弱々しく、吼えた。残された力全てを数瞬にも満たぬ怨み言に込めてなお、虫のさざめきにも劣る声しか残っておらず。

 

 伝説を成し遂げた英雄は、朽ちゆく竜を冷めた目で見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうなっている……?

 

 呟きは誰かの耳に拾われず、風の音に掻き消える。

 少女はこの目に写る全てが信じられなかった。景色を叩きつける己の目に恐ろしさを抱いた。

 

「ありえぬ」

 

 少女の目が見ているそれは人間(・・)の行き交う大通り、それだけであって、何ら奇異なものなどない。端には石造りの建物が並び、歩きに適するよう道は舗装されている。遠くに見える荘厳なあれは、城であろうか。

 良い城である、と少女は思う。国の豊かさと力を朴訥に表す、重厚な鋼鉄の城。ひたすらに大きく、重く、それだけをひたすらに拘りぬいた故に、あの城を落とすのは困難である。

 例え火竜(サラマンダー)百体に取りつかれようとも小揺るぎもせぬ、そのように造ったのだ。

 

 (それはよい)

 

 少女が眉をしかめたのは、尖塔に突き刺さる十字の旗を見たが故。

 己の全てを汚されたようで、吐き気すら覚えてくる。受け入れ難い現実に目を回し、両膝を地面に着いた。

 熱でも出したと思ったのだろう。大丈夫か、歩けるか。と優しげな青年が声をかける。気分が優れぬわけではないが、良い気持ちでないのも事実である。青年に心配は無用と返答し、ふと思ったことを口にした

 

 ――ダイダロスという国の名を、知らぬか。

 

 ――知らぬ訳がない。青年は憎々しげに答え、やがて少女に奇異の視線を刺し始めた。ともかく礼を言い、少女は道行く人へ同音を放つ。

 

 ――ああ、知っている。

 ――ここだ、ここだったぞ。

 ――滅びた国だ。ついにな。

 ――……なぜ知らぬ?

 

 誰もが知り、そして同音で返される。認めたくなかった、悪い夢であると信じたかった。故に同じ質問を繰り返した。

 頭の血の巡りが悪そうな愚者に、知るべき情報は確実に持ちうるだろう商人に。皆が例外なく、ダイダロスを滅びた弱国であると嗤った。訪ねは五十を超えただろうか。ようやく少女は、この行為が意味のない愚行であるかを悟った。

 

 (なるほど。この状況には笑うに笑えぬぞ)

 

 一人暗い路地の裏で、空を見上げる。ぼうっと、少女はただただ途方に暮れていた。

 家も、城も、人も、国も、肉体も。

 失ったのだ。零れ落ちたのだ。手中に収めていた全てが。

 変わらぬのは空だけであった。あの日と同じように澄みきっていた。故に空に安息を覚えた。

 ――ああ、あの空に向かって飛び立ちたい。しかし叶わぬ。翼は既に消えたのだ 。少女は青空に思いを馳せる。

 

 「……」

 

 情熱というものが無くなると、時間とは矢のごとく過ぎていくらしい。瞬きの間にもう夜だ。あれよ、もう明るくなってしまったではないか。あれよ、あれよ、太陽は隠れ、ポツリと滴が落ちるまでが早送りで過ぎていく。

 全ては少女の錯覚に過ぎぬ。世界が早すぎると感じるほどに、少女の思考は遅々としていた。時についていくことを放棄した愚図は、心が折れそうで泣きたくなった。

 

 (いかん。この体になってから、どうにも涙脆い)

 

 天を仰いで地に目を向けなかった。なかった。そこには理解できない物事で溢れていたから。喪ったものの大きさを叩き付けてくるのだから。

 故に、気がつくのが遅れた。馬鹿のようにダイダロスはどこだ、シンクレアなど存在せぬと叫んで回ったのだ。その手の者を呼び寄せるには充分な行動。自分は阿呆かと思うも既に遅し。

 少女は敵というものに囲まれていた。気配から推測するに数は十。未だ攻撃というものはしてこず、だが殺気をここまで明確に叩き付けてくるものが味方だとは思えまい。

 

 「我々は、異端審問官の者です」

 

 何者かと言った覚えはなく、そもそも唇を開いてもいない。故にその女に視線を向けることもなく、言葉をぞんざいに聞き流した。

 

 「……一つ問います。貴女は、偉大なる白き神を信じますか?」

 

 先ほどよりも強い口調で、所々に怒りを洩らしながら言い放つ、栗色の毛をした美女。

 少女の知るところではないが、異端審問官とは恐ろしき者達である。その名を眼前で唱えられれば十字の信仰者はすべからく震え上がり、己の罪を吐いては無礼を詫びる。それほどの力を持った者なのだ、異端審問官とは。

 だからこそ、少女の無作法が我慢ならない。名を恐れぬ、頭《こうべ》を垂れぬ、故にかの少女は異端の者である。

 黒の少女は女の思考が手に取るように分かった。仮にも『審問官』という裁き人の立場でありながら一方的かつ単純な脳。あまりにも思考の程度が低い。

 

 ――油を注げばどうなるであろうな。

 

  「信ずるに値せぬ。我が心を捧げるのは、古き闇の竜のみである」

 

 言うが早いか、審問官は排除という行動に移す。ぬかるんだ泥を跳ねあげながら女の取り巻きが襲い掛かる。

 数は一。女の最も近くにあり、かつ少女が唯一視界に収めていた男。清潔を突き抜けていっそ気味悪い純白のローブに、頭と顔を隠す三角頭巾という奇妙な格好。背負うを抜き放った際に見えた残光と合わせれば、悪魔払いの祓魔師と見えるかもしれない。

 重い刃は少女の脳天へと吸い込まれる。このまま甘んじて刃を受け入れることとなれば、頭蓋を砕かれ頭を破裂させるか、奇跡的にも体ごと縦に裂かれ二分するか、どちらにせよ脳漿を外界にさらけ出すことに例外はない。

 女は、たかが子供の一言で激昂する、愚かしい連れを止めはしない。雨であるから白昼堂々とまではいかずとも、雲の上には太陽が昇り詰めていることに変わりはない。目撃者はいるだろう。しかしそれが幼子へ手を掛けることを躊躇する理由にはなりはしない。

 どうとでもなる。集まる野次馬など「異教徒であった」の一言で納得させられる。揉み消すのではない。事実を公表し、正当なものであった、素晴らしい功業であったと知らしめることができるのだ。

 かつて村一つを『浄化』させ、また貴族を堂々と処刑することを成果とされた審問官という立場を持ってすれば、地位にさざ波すら立てずに静めることも容易い――

 

 

 

 

 「ば、かな……」

 

 カキン、という音が鳴る。やけに遠くまで響き渡る音であり、金属同士をぶつけ合わせた際に生じるそれであった。振動を発しているのは男の持つ大剣《クレイモア》。見れば剣だけでなく、繋がれている腕までもが小刻みに震えていた。体が震えていることは、おそらく別の問題であろう。

 これ程大きな音を出すには、なるほどよっぽど強く降り下ろしたのだろう。加えてぶつけた物はとても硬い何かであるはずた。

 そう、その硬い何かとは――――頭。

 少女の頭であり、鋼を越えた硬度を誇る歪な球体。それ以外になんと言えばよい。

 

 「済まぬ。二度目の生を受けた矢先に死するなど、忍びない故にな」

 

 直後、黒き少女を中心として“圧”が放たれる。威圧というだけの何ら魔力を用いないそれが、風という物理的な現象を伴った。小石が風に揺られて舞い上がる。

 それをもろに受けたのが、最も少女の近くにいた男である。剣など持っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。溜まる涙を隠そうともせず、あえあえと喘ぐばかりだ。少女から離れようにも折れた足と心は立て直せず、尻を使って芋虫のように這いずることもままならない。

 だが、近すぎたからこその幸福もある。離れた彼らは纏う雰囲気の全容が何であるかが認識できる。できてしまう。

 竜。人とは比べるべくもない上位者。人間では極々小さな小指の先を掛けることしか叶わない空、かの領域を統べる者の存在を少女は発していたのだ。

 人の安息の地たる壁の中、竜が――それも格別な存在が――突然顕れたとして、人類の内何人が正気を保てるというのだろう。恐怖に心を失った廃人となるか、たかが外れて獣に堕ちるか、前に出た男などは突き刺さる圧から逃れようと、死に救いすら見いだそうとしている。

 一歩、少女が前に出る。女は知らずの内に、その間に五歩は下がっていた。

 

 「心配するでない。貴様の望み通りに、ここからいなくなるさ」

 

 ――我の居場所など、既に消えたらしいからな。

 

 自嘲気味に笑みを浮かべ、するりと横を通られる。僅かにこちらに視線を向け、興味を無くしもう一度振り返りはしなかった。

 瞬時に涌き出た百の怒りと罵倒の数々。不信者、神の冒涜者、魔に魅入られた獣、だがしかし、終ぞ一言すらも口外へと吐き出すことはできなかった。

 首筋を撫でた。生きている実感への安堵と、己の運命を司る白き神への感謝を捧げる。

 

 「どうすれば……」

 

 奴を追うべきか、追わぬべきか。女は躊躇していた。

 彼女の信心深さは、決して偽りではない。神への侮辱、冒涜をする者への怒りは本物で、信仰によって作られた心は一突きで崩れる脆弱にあらず。

 だが、それは人の域を越えた超人が宿す、鋼の精神までには達しない。正真の死にも匹敵する殺気に幾度も貫かれ、心は恐怖に屈服していた。

 

 「神よ、どうかお許し下さい……」

 

 雨が強まる。遠い空で、雷鳴が響く。神の怒りを示すように。

 信仰を裏切る、新たに生まれた異端者を断罪するように――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、竜は、嘗ての王は、自らの国を抜け出した。王が犯罪者に堕ちる云う可笑しさで、何処までも愉快に笑っていた

 王の名は、ガーヴィナル。彼であり彼女は天空から降り注ぐ雷光を門出に、宛もなく歩を進めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。