黒の魔王 ~黒闇復する~   作:(t)

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強敵に思いを為せて

 

 

 

 旅、というものは往々にして辛いものだ。

 万の獣の首を刈る武勇、森一つを灰塵と化す大魔法、分かりやすく、それでいて絶対的な力。そんなものは何の意味も成さない。

 闘いとは違う、強かさが必要なのだ。日々を生き抜く為の最低限と、不測の事態への準備。危険の度合いを見極める判断と、荷物を極力減らしながらも、持ちうるそれだけで幾多の障害を打破する応用力。さまざまな知識と力が必要だ。

 野生の領域、そこに「人」の力が介在する余地などない。貴賤問わず訪れるものは平等。人をひれ伏させる権力も、人を魅了する金貨も糞の役にも立たない。雑草の方が糞の始末が出来るだけましである。

 王であっても同じなのだ。大自然の洗礼は容赦なく、苛烈に嘗ての王を攻め立てる。幼子となった身体には堪えるだろう。

 

 竜王と呼ばれた者が必死になって兎を追い回し、耳を掴んでいい気になって取り逃がす。近くに落ちていた木の実が食えるか否かの判断もつかず、ままよと食せば腹を下した。

 夜を舐めて、無防備に夜を過ごせば全身虫さされ。酷い痒みで一日中のたうち回ったこともあった。

 隣国の仏頂面なスパーダ王も、腹を抱えて笑い転げるだろう奇行、愚行、醜行の数々。其処に王としての在り方など微塵も存在しない。既にする余裕もない。

 

 (知など要らぬ、と堕落を貪った結果がこれか)

 

 生まれながらの王であったガーヴィナル。その竜生は勤勉ではなかった。本を読まず、学を知らず、ただ力を示すだけの王であり続けた。頭の悪い種族ばかりであったから、それでよかった。

 かといって、己を研鑽し高めたわけではない。竜たる我に努力など不要とせせら笑い、生まれもった才能と肉体のみで天の一角へと登り詰めた。

 

 (故に負けた。かの少女を矮小なる人間と蔑み、遥か昔より停滞していた我が勝てる道理などなかった)

 

 時は流れる。世界は常に新しく、より優れた世へと生まれ変わる。技術は進み、人は進化する。百年昔には最強などと言われていた竜王もまた、その椅子に甘んじていたために置いていかれたのか。

 

 (そして今となっては己足らしめていた竜の鱗を失った。これでは、本当に何もないではないか)

 

 知も技もない。とうに体もない。後悔ばかりが募る

 せめて知識だけは得ておれば、例えばこの酷い旅にはならなかっただろうに。頭でっかちなだけであろうとも、知ると知らぬでは天と地ほどの差がある。

 着の身着のまま、頭も空。町にも入ることができず、それでいてどうとでもなると何故思った。己の浅虜に呆れて笑いしか浮かばない。

 

 (これからどうしようか)

 

 過去の反省は置いておき、目下の問題はそれである。どう生きるか、とも言える。

 今現在、森の獣道を歩き続けているように、魔物狩りとはまた違う「冒険者」とし生きるか。ふらりふらりと当てもなくさ迷い続けるのも、今は楽しめる。知らぬことで満ちている。今も尚起こし続けている失敗も、いずれ笑い話へと変わってくれるに違いない。だがそれだけで与えられた第二の生を終えるには、少し勿体ないのではないか。

 もしくは、今一度パンドラ征服の野望を抱くか。伝説と謳われた魔王へは、終ぞ成れなかった。その夢を追いかけ続けるのも悪くはない。

 だがどうにも、気が湧かない。夢中になっていた趣味が急に冷めたように、魔王の称号に魅力を感じなくなったのだ。非力な少女の肉体に移り変わったことで、如何に無茶無謀であったかを実感し始めたのか。

 あるいは、白き天使に頭蓋を砕かれた時の衝撃で、人格に何かしら影響を及ぼしてしまったか。どちらにせよ、竜王ガーヴィナルであった頃の飽くなき野心は、すっかり失われていた。

 

 「………」

 

 枝を踏み砕く音が響く。己ではない。足元を見てもそれらしき物はなく、それに音は遠くの方から聞こえたものだ。

 思考を止める。前方に意を向け、ガーヴィナルはゆっくりと身構えた。形ばかりの戦闘体勢、何らかの戦闘的優位を及ぼすものではない。あるとすれば、自分は集中したという自己暗示くらいだろうか。

 少女と見える者の前に現れたのは、一匹のオーク。目に知性を宿している様子は見られない。人ではなく、魔物としてのオークが少女の眼前に立った。

 大口を開いて前に屈む。興奮に荒ぶる鼻息は空腹から生まれる食欲か、オークらしく性欲か。

 瞬間、首を刈られた。宙にて繰り出された蹴は居合いの如し。一切の反応、及び視認を許さぬ魔速にて放たれたそれは緑の皮に触れることでその超常を消す。首筋に解き放たれた衝撃は、鬼の巨体を浮かすに余りあった。

空気の破裂音が響くよりも速く、血飛沫を撒きながら右に吹き飛び、地面と摩擦を起こして巨体は止まった。首はあり得ぬ方向に捻じ曲がり、呼吸の維持を放棄している。有り体に言えば、死んでいた。

 体を、竜を失ったと言った。間違いではなく、現に少女ガーヴィナルの力は大きく損なわれたことは事実。しかしその残滓ならば未だ小さな体の内にある。黒き破壊の息吹なぞ吹けず、竜化も外見に変化が見られぬ程薄い鱗を纏わせることができるだけ。常人より幾ばくか優れた身体能力をもたらす程度であるが。

 そこに元が劣る幼子の体が加わったとしても、理性もなく体を御しきれぬ獣を葬るなど造作もない。繰り出した蹴足は刃のように鋭く、明確な殺傷力を有する。

 

 「ふん」

 

 鼻息を一つ。

 戦いですらない。ただの狩りであった。弱体化したとはいえ相手も所詮ランク2、自慢の腕力も比する所ではない。

 

 (実につまらん。我が空虚を満たすには程遠いぞ)

 

 己を斃した使徒とやらは、素晴らしい相手だった。全霊を傾けてなお勝てなかった相手はひどく久しい。スパーダの王に並び立つ、超えるやもしれぬ強者。

 願わくばもう一度、闘いたい、そして今度こそ勝ちたいものだ。大きな心残りが――

 

 「……………成る程。それがいい」

 

 死は覆せぬ敗北。だが今ならばその道理も通じぬ。ここに己の体が在る。ならばよし、断念する理由がない。

 膂力が落ちた? 魔力は衰えた? 素晴らしいじゃないか。お蔭で数多の敵と戦い往けるのだ、至福と呼ばずに何と言う。剣王、そして使徒と闘えた間は、王であることを捨てられた。楽しかった。大いに満たされた。また闘えるというのなら、これ以上の幸福など有りはしない。

 戦闘狂、黒竜ガーヴィナルにはその気があった。何故自分は生き返ったのか、最大の疑問を放り投げ戦に思いを馳す程度には。

 好敵手を想うだけで力が満ちる。これが恋か、と馬鹿なことも考えながら少女は笑った。歯を剥き出し、口端を吊り上げ、外観に似合わぬ下品な顔で。

 

 ――所詮は余生。一度既に死した身、怖れるものは何もない。好きなように生き、好きなように死んでやろう。

 

 いざスパーダへ。森の先の更に先、野望を幾度も食い止められた因縁深き隣国に王は向かう。

 

 





パンドラ大陸の地図が欲しい……
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