本とペンと世界非常識   作:ラギアz

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「二人の共通点」

朝のホームルームが終わった瞬間に、俺は直ぐに席を立った。理由は単純。絶対に転校生の周りに人が来るので、その濁流と何でお前が隣なんだという怨念を込めた睨みを避ける為である。

 案の定、クラスの大半が紡文栞へと殺到する。その中を逆流し、俺は章へとラリアットを喰らわした。

「おい、どういうことだ。ものっそい可愛いじゃねえか」

「し、知らねえな。俺だって分かってねえよ……あの情報はデマだったのか」

「悪質すぎる、な。というかクラスの視線が痛いんだけど、どうしよう」

「はっ! 自慢かこの野郎! あんな美少女転校生の隣に陣取りやがって、爆発すればいいのに……!!」

「さらっとお前の願望を混ぜてんじゃねえよ!」

 わいわいと後ろが賑やかな中で、俺達は男二人静かに言葉を交わしていた。

 茶髪を短く切りそろえた章は頭を掻きむしり、俺へやけにカッコつけた笑みを向けた。そしてそのまま口を開くと。

「俺は、早速紡文さんにアタックしてくる。骨は拾ってくれ」

「玉砕前提かよ。いってらー」

そそくさと章は人の間を縫い、なんと紡文栞に群がる人たちの最前列へ強引に入っていった。何人かの男子が押し戻そうとするが、無駄だ。

 馬鹿みたいにガタイが良いあいつを力で押し戻せる奴は、風音くらいしか居ない。章の机に体重を掛けると、そっと横から風音が話しかけてきた。

「貴方は行かないのですか?」

「んー、俺は良いよ。隣と言っても、あんなに話しかけられたら迷惑だろうしな」

「……意外に大人なのですね。見直しました」

「ふっ、惚れたか? デートでも行くかー?」

「な、何を馬鹿な事を言っているんですか!? 蹴りますよ? 蹴られたいんですよね!?」

「ふえ!? 落ち着けよ風音!!」

 冗談だよ、と俺は風音を宥める。急に慌てだし吃驚したが、それ以上に生命の危機を感じたのだ。こっちは冗談ではなく、風音とタイマンか裸で蜂駆除なら俺は迷いなく蜂の駆除を選ぶだろう。

「ねーねー! 栞さんの本見せてよ!!」

 大きい、そして喧しい声が聞こえる。間違いなく章だ。

 風音と共に呆れながらそっちを見ると、案外直ぐに紡文栞は胸元のボタンを少し外し、体内に手を入れた。

 男子は美少女のボタンが外されたことで全員が全員顔を真っ赤にしつつ、その場を見逃すまいと瞬き一つしない。恥じらいを微塵も見せず、紡文栞はズズズ、と体内から手を引っ張り出した。

 そこに、図鑑の様な大きさでありながら、六法全書並みの大きさを持つ本を持って。

シン、と教室が瞬く間に静まり返る。胸元のボタンを留めなおした紡文栞は、どすんと自身の本を机の上に置き、水色の瞳で章を見た。

「……これが、私の本」

「お、おおう。マジで?」

「マジで」

 章がどもりつつ返すと、彼女は自然に頷いた。

 それはそうだろう。彼女にとって、その本の大きさは異常では無いのだから。

 しかしそれは、彼女目線。俺達普通の人間としては、紡文栞の本の大きさには驚愕を隠せないのだ。

 普通の常人の本の大きさを知っているだろうか。

 目次に書かれている事柄を用いて、何かを発生させるためのエネルギー。それはページと言うキャパシティが多ければ多いほど多用出来る。時間経過でページは回復するが、急には回復しない為元々のページ数は重要視される。

 更に、本が大きければそれだけ目次の項目も多いと言う事。使える能力が多いと言う事は、多種多様な場面で対応できると言う事にイコールでつながるのだ。

 それを踏まえたうえでの常人の本の大きさ。

 それは、文庫本と殆ど同じサイズだ。文庫本と同サイズの本と、ペンを体内から取り出し戦ったり、仕事をしたりする。逆に言えば、そのサイズでも社会は回るのだ。

 しかし、紡文栞の本の大きさは異常だった。

 一つの才能とも言えるだろう。簡単に言えば、大きめの図鑑が六法全書並みの分厚さで存在する。比喩抜きで、それくらい大きい。

 皆が言葉を失うのも当然だろう。その中でも俺は、特に驚いていた。

 俺の本の分、あいつに行ったんじゃ無いか。心の中でそう思うくらいには。

「あれは、本当に凄いですね」

「な。羨ましい」

「真は本を持ってないですからね。仕方ないですよ。まあ、代わりに本来は干渉が出来ない他人の本に書き込めるんですからまだ良いじゃないですか」

「……そんな力、要らないよ」

 素っ気ない呟きに、俺の過去を知る風音は直ぐに気づいたようだ。

 慌てて頭を下げ、ごめんなさいと言う彼女に俺は大丈夫、と笑いかける。

「風音、俺の言い方も悪かった。大丈夫だよ、あの事は」

「そう、ですか。ですがすみませんでした。配慮が足りなかったです」

 それでもまだ申し訳なさそうに口ごもる風音。瞼の裏にチラつくあの風景を、俺は頭を振って消し飛ばす。いつまで、俺はあれに捕らわれているんだと自分で自分を叱咤。

 もう一度俺は大丈夫、と笑う。風音も、それでやっと笑みをこぼした。

 そして俺は再び紡文栞の席でまだ騒いでいる章と他のクラスメイトを眺める。すると、お決まりのピンポンパンポーンという音が急に鳴った。

 何だろう、と一部の人が放送へと耳を傾ける。そこから聞こえてきたのは、担任である黒式先生の声だった。

『えー、連絡だ。一年二組の元葉真。一年二組の紡文栞。至急、会議室3まで来てくれ。繰り返すぞ、一年二組の元葉真、紡文栞。会議室3まで来てくれ』

 ぷつんっ、と二回繰り返したところで放送が途絶える。普段ならばもうここでクラスは賑やかになっているのだが、今回は誰も口を開こうとしない。

 代わりにあるのは、俺のみを睨み付ける無数の視線。章までもがお前何やったんだ、という目で見て来る。

 俺は何もやって居ない筈だ。寧ろ章の方が呼び出されるだろと言う視線を投げかけ、俺は教室を足早に出ていく。後ろの方で「栞ちゃんどうしたのー!?」とか聞こえたが、全くもって遺憾である。俺が手を出す?ふざけるな。そんな事が出来るわけないだろう。

 チキンを舐めるな、と心の中で呟く。無性に悲しいのは気のせいだろう。

 歩いて、二分程度。四階にある俺のクラスから三階に行き、階段の正面にある部屋へ俺は入る。すると中には黒式先生がもう座っており、気だるげに牛乳を飲んでいるところだった。

「失礼します。黒式先生、急に何ですか……?」

「おお、真か。いや、ちょっとな。別に説教ではないから安心しとけ」

「いや急にあの転校生と一緒に呼ばれたら暫くは噂が付きまといますからね?」

「しょうがないな。お前達の成績の為だから」

「お前たち?」

「ん?ああ、言ってなかったか。真がペンしか持ってない様に、紡文もな…」

 黒式先生の言葉の途中で、ドアが開かれた。音に反応してそちらを見ると、長い銀髪を揺らした無表情の紡文栞が立っている。

 何も言わず、彼女は俺の隣へ座った。大きいソファが二つ、黒式先生が座っているのと机を挟んで向かい合う様に設置されているその部屋。因みに紡文栞は普通に腰を下ろしたのだが、俺が極限まで端っこに寄ったのは言うまでもないだろう。

「うし、揃ったな。……んじゃ、お互いに自己紹介しろ。結構長いパートナーになる筈だから」

 長いパートナーとは何なのだろうか。結婚じゃああるまいし。

 眉を顰めると、制服の裾がちょいちょいと引かれる。そっちを見ると、俺より身長の低い紡文栞が蒼い瞳で俺を見上げていた。

「紡文栞。知ってると思うけれど。……呼ぶときは、栞でいい」

「元葉真だ。うん、平均平凡なのは許してくれ。俺も真で良いぞ」

 紡文栞、もとい栞はそれだけ言うと視線を黒式先生へと戻す。俺もそれに習うと、何故か牛乳の紙パックを握りしめたまま固まっている先生の姿。

「お前らさ。もっと青春しろよ。何でそんな必要最低限の自己紹介なんだよ」

「先生が言っちゃって良いの? ねえその発言良いんですか?」

「……必要ないので」

「栞はクールに返し過ぎません? 黒式先生は雑すぎません?」

「気にするな。性格だよ」

「直せよ先生!!」

 呆れた顔を未だに直さない黒式先生はため息を吐くと、俺へと顔を向けた。

 黒い瞳が、俺を真っすぐに貫く。少し体を固めると、先生は栞にも聞こえるように話し始めた。

「……真、お前はペンしか持ってない。本が無いから、戦えもしないよな。だけど、その代わりに本来干渉不可能な他者の本に干渉出来る力がある。…よな?」

「ええ、そうです。……ですが、それが何か?」

「その力使って、紡文とタッグを組んで本を使う教科をやれ。本が使えないのは、成績的に致命傷だ。幾ら勉強が出来ても、埋め切れない差がどうしてもあるからな」

「栞は、分厚い本を持ってますよ?俺と組んだら、寧ろこいつの成績が下がるんじゃないですか?」

「……お前は察しが悪いな。他者の本に干渉できるんだぞ?」

 さっきから何も言わない栞が、徐に胸元のボタンを開ける。

 そして胸へ手を突っ込み、図鑑を六法全書の分厚さにした様な大きさの本を取り出した。しかし、その手にペンは握られていない。これから取り出すのかと思えば、彼女はペンを取り出そうとせずに服のボタンを留めなおした。

 黒式先生が、にやりと笑う。そこでやっと合点が行った俺は、思わず息を呑んだ。

 栞は、ペンを取り出さなかったのではなく。

 俺と同じように。ペンしか持ってない、俺と同じように。

「紡文はな。ペンを持ってないんだよ」

「そ、そんな事が……!」

「お前と同じだろう?だからまあ丁度良い。試しに書き込んでみたらどうだ」

「……真。これ」

 栞に本を手渡される。余りの重さに一瞬落としかけるが何とか堪え、俺は机の上でそれを広げた。

 中は真っ白。一文字も、目次にも何も書かれていないその本は異質であり、俺と近しい物を感じる物だった。

 


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