Devil May Cry ~Flaming Heart~   作:ユート・リアクト

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Interval②

 

 

「売春婦は最も古い女性の職業である」

               ――小説『スパイダーマン』より

 

 

       1

 

 

 ティキは二十四年の人生で二度、恋に落ちたことがある。

 一度目は、まだ小さい、ほんの子供だった頃の話だ。

 荒事を旨とする、裏稼業の便利屋だった父。ティキは、その父の相棒だった、銀髪をした赤いコートの男のことが大好きだった。

 もちろん、それは当時のティキの年齢的に、恋心と呼ぶにはまだ幼稚な胸のときめきだったが、はじめて異性を好きになった経験であることもまた事実だった。

 そんな人生最高の一章は、まずは父親の死によって幕を閉じる。

 暗い稼業に身を置く人間にありがちな、唐突な死。

 死体は残らなかった。ただ、父の愛用していたパイソンだけが残った。

 時を同じくして、母親代わりだった長女もまた、奇病を患った。

 医者でも原因が特定できない、ある種の精神疾患。ベッドに縛りつけられ、うわごとのように何度も『悪魔が襲ってくる』と呟いていたときの姉の表情は、いまでも忘れられない。

 しかも、悪いときには悪いことが重なるもので……ある日、姉を収容していた病院が謎の火災に見舞われた。建物は全焼。優しかった姉との思い出もまた、唐突な悲劇によって跡形もなく焼失した。

 ティキと、その妹のネスティは、あっという間もなく孤児となり、施設に送り込まれた。はじめて好きになった人とも、そうして離れ離れになった。里親はすぐに見つかったが、まだ星まわりの悪さは継続していた。むしろ、ここからが不幸の本番だった。

 事故により息子を失い、子に飢えていた養母はティキとネスティに優しくしてくれた。

 だが、養父のほうは違っていた。彼は、ある日を境にティキに性的な虐待を働きはじめた。そのときまだ十歳にも満たない子供を相手に、だ。一度出産を経験した妻のしまりの悪いプッシーより、まだ未開通のティキのそれのほうが魅力的に映ったのだろう。里親が養子に手を出す。この病んだ国では珍しくもない話だった。

 それからの七年間は、二週間に一度の割合で乱暴にされたが、抵抗する気は起きなかった。

 今となっては血の繋がった最後の家族となってしまった妹、ネスティ。

 彼女に不自由のない生活を送らせるためには保護者の存在は不可欠だし、妻では満足できない好色な養父は、うら若い身体とのセックスを要求し、特別不愉快なやり方でティキを手荒くいたぶってくる点を除けば、きちんと学校に行かせてくれるし衣食住も提供してくれる。行為を嫌がってネスティを路頭に迷わせるわけにはいかなかった。

 しかし、仲睦まじい家族を演じた下手な芝居は、間もなく破綻した。

 十代の艶でコーティングされた肌に味を占めた好き者の養父は、その食指をネスティにまで伸ばしたのだ。

 ――その時その瞬間、ティキのなかで溜め込まれていたものが決壊した。あふれ出した怒りと憎悪の念に彼女は支配された。有り体に言えば、完璧にブチギレた。

 あわやネスティまで手込めにしかかったペニス野郎のタマを、潰れるまでバットで殴ったティキは、妹の手を引いて逃げだした。行くあてなどまるでなかったが、ここにいるくらいなら裏路地で汚い毛布にくるまっていたほうがマシだと思えるほどに、そのとき彼女は冷静さを失っていた。

 だが、しばらくして気持ちが落ち着いてくると、彼女は思わず頭を抱えた。これからは誰の手も借りずに妹の世話をしなくてはならない。ほかに生活の手段がないので、身体を売ってセックスと金を交換するしかなかった。養父に仕込まれたから性倒錯者としての能力を発揮することにも問題はなかったし、やり方は熟知していた。「ジョエル」という偽名は、その頃から使いはじめた。とあるコメディ・ドラマのヒロインの名前だが、ティキよりは何倍も女の子っぽい名前なので、こちらを好んで名乗るようになった。

 そうして売春に手を染めてからは、苦労の連続だった。

 変態に殺されるのではないか、ゴロツキどもに襲われるのではないか、という恐怖と不安は常につきまとっていたし、ひと晩で二十人以上を相手にいかがわしい奉仕をすることもあった。病気を持っている客と行為をしたことも一度や二度ではなかった。

 組織から自立してフリーランスになるまでは、たちの悪いポン引きに金を巻き上げられ、どんないやな相手でもフェラチオを強要させられた。断れば有無を言わさず暴力を振るわれた。精飲のしすぎで猛烈な下痢を起こすなど日常茶飯事だった。

 だが、どれほど薄汚いペニスをしゃぶる羽目になろうとも、苦境に耐えることができた。

 ひとえに妹ネスティの存在があったからだ。

 長年の苦労のせいで目元に倦み疲れた陰をこしらえながら、それでも眼差しに光を灯してジョエルは思った。この子だけは絶対に、あたしが守ってみせる。その純粋な想いこそが、何度もくじけかけたジョエルの心を支える強さの秘訣だった。

「お姉ちゃん、わたし、お父さんとジェシカ姉さんの仇を討ちたいの」

 自宅のソファでくつろぎながら、姉妹お揃いの栗色の髪を撫でている時に、ネスティが言った。

「わたし、知ってるんだからね。お父さんとジェシカ姉さんを殺したのは、悪魔だってことくらい」

 死体すら残らなかった父親の死、原因不明の精神疾患に見舞われた長女。ベッドに縛りつけられた姉は、うわごとのように何度も『悪魔が襲ってくる』と呟いていた……

 科学的に解明できない病気や突然の不幸を、そうした悪の象徴に結びつけて当たり散らすことは簡単だ。ただひとつ、それが架空の存在ではないという点を除けば、だが。

 悪魔は実在する――そして当時、ティキとネスティが住んでいた街は、この世ならざる怪異に脅かされ、不審な死や怪事件が相次いだ。彼女たちの父と長女のように。

 やめろ、とティキは言った。冷静になれ。復讐心など忘れて、前向きに生きるんだ――今さらながら、あのとき里親の家を飛び出したことをティキは後悔しはじめていた。

 いっときの感情に身を任せたりなどせず、どうかネスティだけはと養父に懇願して家族ごっこを継続してさえいれば。

 この子は、ネスティは、わが身の境遇を顧みて暗い復讐心を覚えることなどなく、当たり前の生活を謳歌していただろう。学校に通い、友達を作り、気になった男の子と恋に落ちたりしながら。

 だが、現実はどこまでもティキの意に反した形で進行した。

 姉の制止を振り切り、目を盗んで父の形見であるパイソンを持ち出して悪魔狩りに向かったネスティは、そのまま帰ってくることはなかった。

 妹の行方を求めてティキが見つけたものは、なにかと争ったような形跡と、ちょうど人間ひとり分の血をありったけぶちまけたような真っ赤な水溜まり。そこには、姉妹お揃いの栗色の毛が数本、浮いていた。

 死体なんて残っていない。ただ、あの古めかしいパイソンだけが残っていた。父が死んだときと同じように。

 ――絶叫。

 

 

       2

 

 

 そうして最後の家族までをも失ったジョエルは、個人営業の売春婦から足を洗い、悪魔絡みの退治屋稼業に転業した。

 俗にデビルハンターと呼ばれる、悪魔を狩ることを生業とする人間は、少なからず各所に存在する。悪魔はまったくどこにでも出現するからだ。だが、それこそ無限のような闇の軍勢と比べると、どうしてもデビルハンターの数は心許ない。非常に金になる仕事ではあっても、そこに伴う極めて高い危険性を考慮すれば無理もない話だった。

 だから、とジョエルは思った。誰もやらないのなら、あたしがやる。この世には、野放しにはできない悪がいるのだから。家族の仇。絶対に許せない……

 憎悪に囚われると破滅を呼び込む。そのことを以前、身を以って学習しておきながら、それでもジョエルは暴走する感情を止めることができなかった。

 かつて父と長女とを失ったばかりだった頃、ティキとネスティの名義で作られていた、身に覚えのない銀行口座。

 そこに振り込まれていた、なけなしの金をあるだけ武器と弾薬とに交換し、ジョエルは準備を進めた。

(ごめんね、トニー)

 あの頃の自分たちを気にかけてくれる人なんて、ひとりしかいない。

 脳裏をよぎる銀髪と赤いコートに、恥を忍んで頭を下げるジョエル。

 だが、これまで後生大事に取っておいた恩人の金を、ろくでもない復讐心に使ってまで討ち取りたい仇がいるのだ。

 復讐の鬼と化したジョエルは、それからと言うものの、火の点いた勢いで悪魔を狩っていった。そのことで人から感謝されることだってあった。娼婦上がりの小娘が、だ。こんな自分でも誰かの役に立てるのは気分が良かった。ただ、奴らの断末魔を聞いて幾度も血を浴びるたびに、ジョエルのなかの人間性が少しずつ失われていくのも否定できない事実だった。

 やがて、悪魔と戦う理由を見失うほどに、わけがわからなくなって、ただ気分の赴くままに狩りを続けていた頃……

 

 

 ジョエルは、その男と出会った。

 

 

 雑魚ばかりを相手にして思い上がっていたジョエルは、ある日、運が悪いことに上級悪魔と遭遇してしまった。

 本来、悪魔とは人間の勝てる相手ではない。

 ありったけの弾丸を撃ち込んでも、ついに倒れなかった化け物に、ジョエルは追いつめられた。

 廃墟の壁際にへたり込み、呆然と敵を見上げるジョエルは、そのとき改めて自分の愚かさを後悔した。

 憎悪に身を任せた者の、これが最後の末路だ。

 死にたくない、という身も蓋もない感情さえ、今さら遅い。ごめんね、ネスティ。今からお姉ちゃんも、そっちに行くから……

 振り下ろされる凶爪を、あわやジョエルが無抵抗に受け入れかかった、そのときだった。

 顔に鮮血の温かさが降りかかりこそすれ、いつまで経っても異物感と激痛が襲ってこないことを不思議に思ったジョエルは、まぶたを上げて目の前を見た。

 視界に映り込んだのは、揺らめく炎を連想させる、深紅色のジャケット。

「……トニー?」

 いつか見たような赤い服に、思わず身勝手な勘違いをしてしまう。

 彼のはずがない。かつて探偵を雇ってまで彼の行方を捜したこともあったが、見つかったのは銀髪で赤いコートを着た、違う名前の人物だけだった。

「残念だが人違いだ、お嬢さん」

 肩越しに振り返ってジョエルの勘違いを正すジャケットの男は、しかし彼と同じ微笑みを浮かべていた。

 自信と余裕に満ちた、不敵な微笑み。かつて父の相棒として頼もしく、平穏の中では刺激を感じたような。

 切ない程の懐かしさに胸中を締めつけられるジョエルは、しかし男の惨状を目の当たりにして顔も蒼褪める思いだった。

 それが身を呈してジョエルを守ろうとした結果であるのは言うまでもない。

 悪魔の凶爪が胸板を貫通して、赤い背中から飛び出している。

「血が……あ、あああッ!? 血がッ!」

「ん? あぁ、こいつか」

 いっそ滑稽なほどに取り乱すジョエルとは対照的に、ほのかに赤みがかった黒髪を持つジャケットの男は、いま気づいたとばかりに己を貫く凶爪を見下ろした。

 悪魔に襲われているというのに、まるで氷のように冷静だった。炎のような服に身を包んでおきながら。

「悪いが、こんな程度で死ねるほど――」

 常人なら間違いなく即死モノの傷を意に介した様子もなく、その男は引きつけるように右腕を構えた。

 その拳に灯る、紅蓮の炎。この世のものではない、地獄の業火。

 彼は人間ではなかった。ジョエルは恐怖と同時に納得しながら、その紅い背中を見つめていた。

 そうだ。本来、悪魔とは人間の勝てる相手ではない。

 悪魔に勝てるとしたら、それはきっと……

「オレは人間ができていないんでね」

 物質化した炎に包まれたショートフックが、ほとんど密着状態だった敵の顔面に炸裂した。

 相手を殴り飛ばすことで串刺しの状態から逃れた炎の男は、ゆっくりとジョエルのほうを見た。

 懐かしさを感じる不敵な笑みと、こちらを安堵させる力強い眼差し。 

 思わず飛び込んでしまいそうな胸板も、人外の回復力によって、もはや傷跡も見受けられない。

「う、後ろ! あんた、後ろだよ!」

「慌てんなよ、ベイビー?」

 引きつったようなジョエルの声にも慌てることなく、余裕の構えで裏拳を繰り出す炎の男。

 まるで背中にも目があるのではないかと思えるほどの自然さで、振り返ることもなく背後からの襲撃者を吹き飛ばしていた。

「クソどもが寄ってたかって女をレイプする気だったのか? 感心しねえな」

 油断なく振り返った炎の男は、いつの間にか大量出現を果たした敵勢を見渡した。

 たった今、葬り去った二匹と同種の悪魔の群れが、炎の男とジョエルとを取り囲んでいる。

 ジョエルでは一匹も討ち取ることの叶わなかった上級悪魔による、鉄壁の包囲網。

 だが、それを前にしてなお臆することなく挑戦的に手招きする、炎の男の右手。

 その両腕が、まるで龍の顎のような燃え盛る籠手に覆われていることにも、もうさして違和感を覚えなかった。

「来いよ、てめえら。頭蓋骨に鼻がめり込むほど殴ってやる」

 徒党を組んだ悪魔が一人の女を襲うというシチュエーションに、なにか曰くがあるとしか思えない、むき出しの敵意。

 彼の怒りに呼応して、その両腕の籠手が激しく炎を上げる。

 そして次の瞬間にはもう、襲いくる闇の軍勢に向かって、炎の魔人は灼熱の拳を振り上げていた。

 

 

 それが、黒峰キョウとジョエルの、最初の出会いだった。

 

 

       3

 

 

 相棒はいらない。コンビを組もうと持ちかけたジョエルに対する、それが黒峰キョウの返事だった。

 もちろん、一度断られたくらいで諦めるジョエルではない。彼が色よい返事をするまで延々と、それこそ眠る暇さえ与えずにつきまとう腹積もりだった。実際にキョウの寝ぐらまで押しかけ、彼が連れ込んだ女と鉢合わせたときはタイミングの悪さを呪って自分の頭を銃で撃ちたくなった。

 だが、黒峰キョウがとりわけ女好きであるということを知ったジョエルは、これは好機と踏んで大胆な行動を起こした。ジョエルの経験上、色仕掛けで落ちない男などいない。かつての職業柄、女を武器にすることにも慣れている。しかも、黒峰キョウが連れ込むような女と比べても、あたしのほうがルックスとスタイルに優れているという自負があった。十代の娘が着こなすようなタイトなジーンズが問題なく履けるのも、ひとえにメキシコのダイエット・ピルのおかげだ。飲むとハイになれるし、この国では買えない禁止薬物万歳。

 だが、たとえヴィクトリアズシークレットのカタログに載っているような下着姿を披露しても、黒峰キョウがなびくことはなかった。この界隈では「歩く生殖器」とまで呼ばれている女好きにまさか袖にされ、いたくプライドの傷ついたジョエルは自分の頭を銃で撃ちたくなった。

 しかし、どうしても。

 どんな形でもいいから彼の役に立ちたかった。タフな外見のすぐ下にある少女の名残が、それを望んでやまないのだ。そんなふうに思ってしまうのは、きっと――

「腹が減った」

 いきなりジョエルの家を訪ねてきた黒峰キョウが、開口一番に言った。

 突然の来訪に目を白黒させるジョエルは、この男は読めないと思って困惑するよりなかった。いくら空腹だからと言って、わざわざ気のない女の家にまで足を運ぶものだろうか。こちらが寝ぐらに押しかけたときは渋い顔をするくせに。

 とはいえ、黒峰キョウが空腹だと言うのならメシを作るのもやぶさかではない。そう思える程には、彼のことを嫌いではないジョエルである。

 いまは亡き長女が得意としていた、大盛りのドリア。

 それを振る舞ったジョエルは、まずは黒峰キョウのがっつきように目を見張った。よほど腹が減っていたのか、それともドリアの味が気に入ったのか。いずれにせよ、ひどく懐かしい姿が、そこにあった。

「あたし、さ。あんたの隣に立って一緒に戦うことはできないかもしれない」

 郷愁の念に駆られてしまったからだろうか。

 いつも勝ち気な彼女には珍しく、しおらしい切り口で、ジョエルは先を続けた。

「あんたが好んで標的にする悪魔は、あたしが相手してきた雑魚とはものが違う化け物ばかりさ。そんな連中との切った張ったにあたしがついていったところで、足手まといになるのは目に見えてる。……でもさ、あたしだって悪魔が憎いんだ」

 家族を奪われたから。

 無意識に伸ばした手が、父の、そしてネスティの形見であるパイソンを握りしめる。

「だから……だからっ! せめて、あんたをサポートしたい。あんたに貢献したい。仕事を持ってきたり、必要なものを用意することぐらいなら、あたしにだってできる。あんたほどの男なら、ひとりでも何も問題ないんだろうけどさ……ダメかい?」

「いいぜ、べつに」

 これがラストチャンスという意気込みで懇願したジョエルは、あっさりと承諾されて拍子抜けした。

 いつも「ノー」としか言わなかった男が今回に限って、これだ。本当に、この男は読めない。

「そんな改まって言うことかよ。涙目になってるぜ?」

 知らぬ間に感情が高ぶっていたらしい。

 慌てて目元をぬぐったジョエルは、キョウの真意を図りかねて彼を見つめる。

 真摯な、それでいて悪戯っぽい眼差しが、こちらを見つめ返していた。

「どうせやるなら、でっかく行こうぜ。悪魔狩人専用の酒場とかよ?」

 政府もしくは個人が運営する、デビルハンター御用達のギルドは、たしかに存在する。

 日頃、顔を合わせることの少ないデビルハンターたちの貴重な交流の場。悪魔に関する情報を得るなら、この上ない場所だ。

「でも、そんな金……」

「金ならオレが出してやる。まっずいドリアの代金とでも思ってくれればいいさ。おまえは店を切り盛りしてくれるだけでいい」

「悪いよ」

「気にすんなって。こう見えて稼ぎはいいし、余分に持っていても使い道がないんでね」

 今どき、映画の主人公でさえ口にしない、キザな台詞。

 しきりに恐縮してみせるジョエルに、キョウは微笑みかけた。いつもの不敵な笑みではなく、もっと無邪気な、それこそ仔猫のような表情だった。

「……笑うと幼いんだね、あんた」

 胸の高鳴りと上昇する体温とを誤魔化すような、ぶっきらぼうな口調。

 その照れたような言い方を気に入ったキョウは、ますます破顔してジョエルを困らせた。

 ジョエルの勘違いでなければ、言葉に頼らない絆が、このとき生まれたような気がした。

「ところで、おかわりはあるか? こんなもんじゃオレの腹は膨れないぜ」

「あぁん! そんなにがっつくんじゃないよ、キョウ。おかわりなら作ってあげるから!」

 ――仲のいい姉弟のようなやり取りは、場所がワイルド・カードに移り変わっても変化はない。

 キョウが大盛りのドリアを平らげたところで、ジョエルが仕事の話を持ち出す、いつものローテーション。

「最近流行ってる地下の金網ファイトなんだけどね、悪魔が一枚噛んでるそうなんだ。今回の依頼は……」

「その金網ファイトの実態調査、ってところか。退屈な仕事だな」

「そう言うんじゃないよ。悪魔の存在が確認できたら、どうせ好きなようにやるんだろ?」

 にやり、とキョウは笑った。

 肉食獣を彷彿とさせる獰猛さを帯びた、闘争的な微笑み。

「まあな」

 その、たった一言を妙にクールな声で言うものだから、ぞくぞくとした身震いにジョエルは包まれた。まったく、この男は女を刺激するのがお得意らしい。安売りしないように心がけている笑顔が、自然と浮かぶ。

「気をつけて行ってきなよ。少なくない人死にも出てるようだからね」

 あいよ、と軽く手を振ってワイルド・カードを後にする紅い背中を、しっとりとした眼差しで見送る。

 あの日から変わることなく続いている、いつものやり取り。

 ジョエルは二十四年の人生で二度、恋に落ちたことがある。

 二度目の恋は、今のところ、上々の首尾と言っていいのかもしれなかった。

 

 

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