「なんだよ、夢があったって。諦めたのかよ」
「うん。夢は期間限定(ガチャ)でね。それを過ぎたらどうにもならなかったんだ」
「だったら仕方ないか。安心しろよ、爺さん」
――その夢は、オレが叶えてやるからさ。
「ああ――安心した」
「――さぁ、あなたの望みは何、マスター?」
その言葉を彼女から聞いた時、固唾を呑む自分がいた。
もしも自分に全ての願いが叶う魔法のランプがあったらどうしよう、なんて夢想を誰もが一度は行うのではないだろうか。
あいにくと自分にはなんでも叶う、という規模の大きさにピンとしたものを感じられなかったため、ついぞその願いを口に出すことはなかった。
だが、彼女の言葉を聞いて、胸がかつてない鼓動を刻む音を確かに自覚する。
万物の始まり。万物の終わり。平たく言ってしまえば全てがあるとされる場所、根源。
願いを叶えてくれると言った存在は魔法のランプのようにメルヘンなものではないけれど。もっとずっと、規模の大きなもの。
それこそ願うなら世界を手中に収めることだって不可能ではない。そんな有りもしない可能性すら実現してしまう。そんな非現実的な実感があった。
人理を修復するために特異点と化した歴史上の一ページを旅し、聖杯を集める壮大な聖杯戦争。
それに参加し、必ず勝たなければならない使命を帯びた最後のマスターとして聖杯を集めてきた。
きっとあれは願えば文字通りなんでも叶うのだろう。当然のごとく、何もかもを巻き込んで、残酷に、理不尽に、時に面白おかしく、所持者の願いを叶えてくれる。金銀財宝、酒池肉林、全てが思うままに。
だが、誓っても良い。自分はあれに願いを抱いたことなどなかった。壮大過ぎてピンと来なかった、という魔法のランプの例が丸々当てはまった。
もちろん、自分は健全な青少年であるから悩みや願いが皆無というわけではない。
モテたいと思ったことはあるし、世界がこうなる前の将来――要するに大人になった自分について悩んだこともある。
しかしこれらの悩みや願いは自分で解決すること。聖杯にすがって解決するようなことではない。
だから自分は自分で叶えられる範疇の願いしか持っていなかった。
ちっぽけな小市民と笑わば笑え。笑ったところで事実は変わらないし、直すつもりもない。
――しかし、今の状況はどうだ。
長々と願いについて語ったが――そんなもの、全部瑣末なことに過ぎなかったと思い知らされた。
目の前で微笑んでいる女サーヴァント。雅、という言葉をそのまま体現したような楚々とした佇まい。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、という諺を当てはめた――否、むしろ彼女の振る舞いからそういった諺が生まれたのではないかと思ってしまうほど、彼女はただそこに在るだけで美しかった。
幾重にも重ねた和服を纏い、途中までは結い上げていた髪を地面につくほどに伸ばし、微笑む顔は童女のように無邪気。
女性としての美と、少女としての美。アンバランスなそれを見事に両立させた在り様に目眩すら覚える。
自分は彼女と相対しているのか、それとも彼女の掌に乗せられた矮小な存在なのか。
ただ一つわかっていることは、自分は彼女より冒頭にて告げられた台詞を聞いて、硬直しているということだ。
彼女――両儀式は非常に特異なサーヴァントである。
なにせ彼女と同姓同名同体のサーヴァントがもう一人いるのだ。
アサシンのクラスで自分と同行する両儀式と、セイバーのクラスとして召喚された両儀式。
細かい理屈の説明は省こう。それはこの場面において重要なことではなく、必須の知識でもない。
「……マスター?」
不思議そうに問いかけられる声音は優しく、無条件に甘えたくなる蠱惑的なもの。
それを聞いて正気に戻ったマスターは小さくごめん、と謝罪して続ける言葉を探す。
どうする、今しがた自覚したこの願いを口に出すべきか否か。
彼女に言う願いは、他の願いとは重さが違う。なにせ本当に叶ってしまうのだ。本人もそれを自覚している以上、この言葉は冗句である可能性が高い。
冗句である可能性が高い。その事実に今更ながらに気づき、戦慄する。
――つまり、自分が願いを口に出せる瞬間は今、この時しかないのだ。
この時を逃したらもう彼女に告げる願いは冗談になってしまう。この胸の内から溢れる衝動が、全て虚構のものとして扱われてしまう。
それだけはいけない。例えこの願いが人理救済のそれとは比べ物にならないほどちっぽけであるとしても――そこに懸けた想いまで否定してはいけない。
→願いは、ある。
そして自分はそれを口にする。踏み出したが最後、もう後戻りなどできるはずもない。
だが、自覚してしまった以上見なかったことにはできない。
決然とした瞳で式を見据え、正面から彼女と相対する。
「あら……?」
上品な所作で口元に手を当て、式はマスターを見る。
ほんの冗句のつもりで――しかし彼に本気で叶えたい願いがあったのならどうなっていたのか、自分でもわからない――言ったことなのに、朴訥な性格のマスターはこちらが心配になってしまうほど真剣な表情で悩んでいた。
自分は根源に接続し、根源と一体であるもの。人の皮を被ったナニカともいうべき存在。
人間以外のナニカが人間の願いを叶えるなど、あってはならないこと。デウス・エクス・マキナが許されるのは物語の途上ではなく、幕引きでなくてはならない。
このまま口に出されるであろう彼の願いが良いものであっても、悪いものであっても、叶えてはいけないのだ。
式はほんの少しだけ困ったように笑い、そしていつも通りにマスターの額を小突いて話を切り上げようとする。
その瞬間、マスターの腰が直角に曲がって頭が下がる。
→オレに……オレに……!
マスターの口から溢れるのはためらうような、それでいて強い意志を感じさせるもの。
きっと出て来る願いは大きく、誰もが幸福になるような、暖かなものなのだろう。
だが――願いである時点で、それは自分で叶えなければならない。他人にすがって叶えてもらってはいけない。
「ダメよ、マスター。それは――」
→膝枕して、耳かきしてください!!
「…………あら?」
珍しく、式の目がまんまるになった瞬間だった。
女性に膝枕をしてもらう。
健全な男性なら誰もが一度は考える夢のはずだ。当然、最後のマスターである少年も例外ではなく。
そこへ耳かき。膝枕をしてもらうだけでもありがたいのに、その上さらに追撃。もうこれが叶ったら死んでもいい人はいるはずだ。……いるはずだ。
などと心の中で言い訳じみた熱弁をしつつ、マスターである少年は自分に与えられたマイルーム――ではなく、畳が敷き詰められた和室に入る。
ぼんぼりの仄かな灯りが室内を照らし、しつらえたように耳かきの道具が置かれている。
「こんな部屋、どこで用意したのかしら……」
→ロマンに頼んだ
男らしく土下座で。全ての事情を包み隠さず話したところ、ロマンは無言でマスターの肩を叩き、爽やかな笑みを浮かべて快諾してくれた。
『後で詳しく』
彼もきっと自分と同じ願望を持っていたのだろう。ロマンの自分を見る目は同士を見つけたそれだった。
とにもかくにも、強力な味方を得たマスターは式に耳かきをしてもらうに相応しいシチュエーションを用意してもらい、ここに来たのだ。
「え、えっと……ここで耳かき、すればいいのかしら?」
式は普段のたおやかな立ち振舞は変わらずとも、その声には困惑の色が宿っていた。
力強くうなずくマスターを見て、式は困ったような、おかしいような曖昧な表情で頬に手を当てる。
「まったく、すごい真剣な顔で見つめてくるからどうしたのかと不安になってしまったわ。でもまさか、私という根源の渦ではなく、私そのものを求めてくれるなんて」
→根源とかよくわからないけど、この願いは本物だ
「もう……真面目な顔で言わなくてもいいわ。それぐらい、令呪を使って言うことを聞かせてもいいのに。もちろん、こうして正面から頼んでくれたことも嬉しいけど」
→それは違う。上手く説明はできないけど
確かに令呪を使って言うことを聞かせる誘惑はあった。どうせカルデアの不思議パワーで一日一画回復するんだからいいじゃん、とか正直思った。
だが違うのだ。自分の願いはそんな力づくで叶えて良いものではないのだ。もっとこう……穏やかで、救われていなければならないのだ。
力説するマスターを見た式は困った子、とでも言うように苦笑して、耳かき道具のある場所まで歩いて正座をする。
そして太ももの上をぽんぽん、と優しく叩いてマスターである少年を招く。
「そこまで言うならやってみましょう。さぁ、マスター。こちらに頭を」
→ひゃ、ひゃい
あれほど強く焦がれたというのに、いざ目の当たりにしてしまうと緊張するものがある。
少年は上手く動かない舌を動かして、手と足が同時に動いてぎこちなくそちらに向かう。
→し、失礼します
「失礼されます。ふふ、可愛い」
そっと、彼女の負担にならないように肩に力を入れて頭を膝の上に置く。
どちらかと言えば触れているだけのようなそれに、式は微笑んでマスターの側頭部に触れて自分の膝に押し付ける。
「力を抜いて。大丈夫、緊張しなくても良いの。安心して、身を委ねて――」
優しい波のような、穏やかな声。ふっと身体から力が抜けて、暖かくてお日様に似た匂いのする膝に身を預けてしまう。
心の何処かで青少年の何かが危ない、と叫ぶがそれすらもどうでも良いことのように思えてしまう。
ともすれば息をすることすら億劫に感じられてしまうほどの、圧倒的な脱力感。全身の筋肉という筋肉が弛緩して、式の膝に身も心も預けきってしまう。
「あらあら、あっという間に馴染んじゃったわね。じゃあ耳かきを始めるけれど――初めてだから、上手くできなかったらごめんなさいね?」
→あなたになら何をされても大丈夫です
「ふふ、ありがとう。マスター」
式の声と同時に、耳かきがそっとマスターの耳に触れる。
いきなり耳の中――ではなく、その外縁や溝を優しくなぞるようにカリカリと耳かきの匙が動いていく。
人の手にやってもらうそれは予測がつかず、同時に壊れ物を扱うようなそっとした手付きがマスターの耳を心地よく撫でていく。
その刺激にはふぅ、と安心しきった吐息が漏れる。式にも聞こえたのか、クスッと小さく笑う声が頭の上から聞こえてきた。
カリ、カリ、と耳かきの音と耳を押さえる手と膝の温もり、そして彼女自身の優しい匂いに癒される幸福以外に表現のしようがない時間。
ああ、なんかもう死んでもいい。そんなことを思いながら彼女の腕前を堪能していると頭上から優しい声が降ってくる。
「ダメよ、死んでもいいなんて考えるのは。大勢の人が悲しむわ。もちろん、私も」
→ごめん、気をつける
「ううん、謝らなくて良いの。それに肩ひじも張らないで。今、こうしている時は全部の力を抜いていいのよ」
優しく、ゆったりとした手付きで式がマスターの肩や首を撫でる。彼女の手が触れる場所からふっと力が抜けていき、再び全身がグニャグニャになったような錯覚をまどろむ意識の中で感じ取る。
最終的に彼女の手はマスターの目の上に行き、彼女の手によって視界が閉ざされ、暖かで優しい暗闇に覆われる。
ウトウトと夢うつつな心地で彼女の声による誘導に身を委ねていると、不意に耳の奥に刺激が走る。
→――っ!?
「あ、あら? 痛かったかしら?」
→い、いえ、お気になさらず
「そ、そう? 痛かったら言って頂戴ね? 私も初めてで緊張しているから」
やや慌てた様子の式を可愛いと思いながら、恐る恐るといった手付きで再開される耳かきを心待ちにする。
先ほど驚いたのは痛かったわけでも何でもない。むしろ未知の快感にびっくりしてしまっただけだ。
耳の奥にすっと入り込むそれに痛みは微塵も感じない。全神経が耳に集中し、彼女の繊手によって与えられる快感を今か今かと待っていた。
やがて再開したそれに、得も言われぬむず痒い感覚の混じった心地よさが耳から全身に広がり、身体が浮いているような気分になる。
耳の奥だからだろう。耳かきの動きも外縁をなぞっていた時のように規則正しいものではなく断続的に、それでいて的確に耳垢を取っていく。
かり……かり……ぺり……しゅり、しゅり……
耳垢が剥がれていく度に痛痒にも似た感覚が走り、変な吐息が漏れる。
自分でやる時とは比べ物にならないほど奥深くまで匙は入っているのに、痛みはひとかけらもない。あるのはむず痒い心地よさだけ。
暖かさと心地よさ。双方が混ざって眠気を誘う。時折聞こえてくる匙の音も、式の息遣いも、全てが子守唄に聞こえてくる。
それらに身を任せ、とろとろと揺蕩う意識に身を委ねていると式が楽しそうに笑う声を聞く。
「ふふ……こういうのも悪くないわね。このまま寝てしまっても良いわよ?」
→…………
「あら? ……聞くまでもなかったようね」
淡く微笑み、反応のなくなった――眠りに落ちたマスターの頭を優しく撫でる。
きっとこのマスターの歩む先にはこれまで以上の苦難が待ち構え、手ぐすねを引いているのだ。
だから今ぐらい――いいや、たまにはこんな時間も良いのだろう。
式は膝の上で眠る愛しいマスターの耳元で、そっとお休みの挨拶を告げるのであった。
「おやすみなさい、マスター。……夢の中でも私と会っていたら、嬉しいわね」
うん、もうタイトルの通り。それ以外に言うことがない。なんで書いたのか? 誰も書いてないからだよ! そして私が読みたいからだよ! 耳かきの描写難しいわ!
こんなの望んだシチュじゃない! とか式はこんなこと言わない! とかあるならお願いします、これより良いやつを書いてください。そして私に教えてください、見に行きます(土下座)
セイバー式、略して剣式。良いですよね和服、雅、それでいて可愛い。膝枕して欲しいサーヴァントNo1です。No2はブーディカさんかな!(欲望の塊)
あ、ちなみに私は剣式持ってます(裏切)