真剣で私に恋しなさいZ ~ 絶望より来た戦士   作:コエンマ

5 / 11
やあやあ、お久しぶりです。

二週間ぶりとなる更新ですが、どうやらお待たせしてしまったようで申し訳ないです。

その代わり内容はバッチリです。なんたって、字数はいつもよりも多い!

内容が伴っているかは別として!(オイ)

それでは第4話スタートです!


第4話  崩れ去る武の神話

 

 

 ‐Side Yamato Naoe‐

 

 

 

(まさかこんなことになるなんてな)

 

 オレは人気のなくなった川原を見ながらそうひとりごちていた。周りにいるのは、いつもの風間ファミリーのメンバー。そして離れたところに立つ姐さんと、話に聞いていた青年だけだ。

 

 ワン子から彼、孫悟飯が目が覚めたことを聞かされたのは昨日のことだった。実際はその数日前にすでに意識が戻っていたそうなのだが、そのことが伝えられたのは昨日の、あろうことか夜だったのだ。

 

 すぐに連絡しろと言っていたのにこの体たらくはいただけない。そのことを問いただすとワン子は苦笑いしながら、

 

『い、いろいろあって連絡するのが遅れちゃった……てへ♪』

 

 問答無用で折檻した。油断すると鎌首をもたげてくるSサイドの俺を黙らせつつ、ワン子を弄るのは快か――もとい、心苦しいものがあったが致し方ない。何事もアメとムチが必要であるからして。

 

 その後の話をしよう。

 

 一通りのお仕置きが済んだ後、涙目のワン子から彼に関する話を聞いたオレはさらなる驚きを隠せなかった。医者の話だと全治七ヶ月の大怪我を負っていたはずだった青年が、なんと既に全快しているというのである。

 

 詳しく聞くと、なんでも彼が持っていた仙豆とかいう豆を食べたら、一瞬で怪我が完治してしまったというのだ。

 

 そんな夢物語のような展開が起こったなど到底信じられる話ではなかったが、ワン子はその瞬間を目の当たりにしており、俺も彼の容態については把握していたから、ウソだとするには肯定的な情報が揃いすぎてしまっていた。しかも学院長がその様子を見に行き、川神院の入学手続きまで取っていたというのだから流石に確定とせざるを得ない。

 

 そんな不思議な経緯で復活を果たした青年との初対面となる今朝。ほとんど前情報なしに会うことになるとは思わなかったため、どんなヤツなのかと年甲斐もなくワクワクしていたことは否定しない。

 

 まさかその当の本人と自分の姉貴分とが、遭遇から数分で戦うことになるなんて流石に予想できなかったが。今は姐さんに言われたとおりに人払いをした後、仲間と共に距離を取っている。二人は離れた場所で数メートルの距離をおいて向き合っていた。

 

「うっわー……アイツ、ここに来たばっかなんだろ? モモ先輩の恐ろしさをわかってねぇんだな……ま、人死にが出ないことだけは祈っといてやるか。主にモモ先輩と俺たちのために」

 

 ガクトが胸の前で十字を切って胸の前で手を組む。その意見には概ね同意だが、肉々しい上に暑苦しいからやめて欲しい。だいいち、お前はキリスト教徒じゃないだろうが。

 

 とはいえ、近年稀に見る状況であることは確かだ。横にいたキャップからも声が上がる。

 

「なぁ、これって相当ヤバイ展開なんじゃねぇのか? あれがワン子が今日紹介したい言ってた知り合いみたいだが、いきなりバトルになるなんてさすがに予想外だったぜ。モモ先輩も見たことないぐらいキレてるしよ」

 

「別にいいんじゃない? 身の程知らずがやられるなんていつものことでしょ。それに先輩をあそこまで挑発したんだから。ワン子には気の毒だけど、自業自得だよ」

 

「僕も京に賛成。思い上がりって、一度コテンパンにやられなきゃ治らないしね。逆に自分のレベルを知る機会が出来てよかったんじゃないの?」

 

 モロと京が同調するように言う。かなり冷たい意見だが、メンバーの中でも排他的なこいつらからすれば仕方のないことなのかもしれない。先ほどの彼の言い分が気に入らなかったのもあったのだろう。

 

「ででで、でもダイジョウブでしょうか!? モモ先輩の力は存じていますし、気だって私よりもずっと小さい。ですが、どこか今までの方とは違うような……初めて感じる気です……」

 

「オラもそう思うぜまゆっち~。けどま~、勝負は時の運、人生だってなるようにしかならねー。心配なら健闘を祈ってやるんだ~!」

 

 相変わらず心配性な新入会員その1と、よくしゃべる九十九神の会話は賑やかだ。正直会話と言えるのかのは怪しいし、キャラが迷走している気がしないでもないが、本人がいいならと放っておく。と、後ろから新入会員その2が声を掛けてきた。

 

「モモ先輩にあそこまでの啖呵を切るとは…………大和、こういう輩は多いのか?」

 

「まあ、最近では珍しいかも。それにしても、あれがワン子の臨時講師か……さっきのを見た限りそれなりにはやるみたいだけど、いくらなんでも姐さんが相手じゃ分が悪すぎる。ワン子、川神院に連絡入れといたほうがいいんじゃないか? 姐さんは見たところ相当キてる…………はっきり言って半殺しどころの話じゃ済まないことになる。退院して早々、しかも編入初日に病院に逆戻りなんて学院長が黙ってないぞ」

 

「あわわわわ! ど、どどどどうしよう!?」

 

 予想通り、いや予想以上にテンパるワン子。紹介しようとしていた青年がいきなりバトルに巻き込まれてしまったからとか、その相手が自分の敬愛する姉であるからとか、場が殺伐としすぎているからとか、理由はいろいろある。

 

 だが、おそらくはアイツのことが純粋に心配なのだろう。俺も一見しかしていないが、姐さんとの会話を聞いている限り悪い奴には見えなかった。やりすぎだと思ったから止めに入ったっていうのがまるわかりだったし。

 

 よく言えば、正義の味方のような善人気質。

 

 悪く言えば、バカ正直な世渡り下手。

 

 前情報もなしに自分の感情だけで止めに入るなんて無謀もいいところだ。それがあの姐さんなら尚更である。

 

 今回もいつものように姐さんが数秒で決めるだろう。俺たちはその後処理と姐さんを学院長から守る文面を考えなくては。姐さんを庇うようにしつつ、あの青年の立場も最低限擁護するように。

 

(この機会に恩も売れれば最高だな。仙豆とかいう豆の情報も手に入れときたいし)

 

 このときの俺は、何一つ疑うことなくそう考えていた。もはや予定調和のようになってしまっていた『姐の勝利』を確定要素とし、勝手に結末を思い描いてしまっていた。

 

 そして、俺はほどなく思い知ることになる。

 

 この世に絶対はない。

 

 どんな状況でも、根拠もなしに決め付けることは軍師として最もしてはならない失策であったということを。

 

 

 

 

 ‐Side out‐

 

 

 

 

「そういえばお前は片腕だったな。ハンデをつけた方がいいか?」

 

「必要ない。それよりも早く始めるぞ。時間が惜しい」

 

 若干の皮肉が混じった彼女の進言をばっさりと切って捨てる。病院を出た頃は早いぐらいだと思ったが、さきほどのドタバタでかなり時間を浪費してしまっていた。まだ余裕はあるが、あと十五分もすればそれもなくなる時刻となるだろう。

 

(転入初日から遅刻はまずいな。川神さんにも学院にも迷惑がかかる。あまり時間をかけてはいられないか……)

 

 離れたところから此方を見ている川神さんを一瞥し、視線を戻す。目の前にいる百代さんは指先をパキリと鳴らしながら、こちらを見てにやりと笑った。

 

「くくく……さて、どう料理してやろうか……ここまでコケにされたのは久しぶりだからな、お前に選ばせてやってもいいぞ。まぁどれを選択しても、覚悟を決めてもらうことにはなるだろうがな」

 

「……なら、意気込んでいるところに水を差すようだが、こちらからも一つ忠告しておく」

 

 百代さんの瞳から目をそらさずに見定めた後、オレは静かに口を開いた。

 

「今の君じゃ――――オレには絶対に勝てない。それこそ戦わなくてもわかる。だから悪いことは言わない、いますぐその拳を収めてくれないか?」

 

 今度ばかりは百代さんも虚を突かれたようだ。きょとんといった風に目を丸くしている。だが、オレが言い放った台詞の内容を理解するとその顔を心底不快そうに歪め、若干失望したように肩をすくめた。

 

「フン……何を言い出すかと思えば、この期に及んで言う台詞か。相当に自信があるのか、それとも大法螺を吹きすぎて焦ってきたのか……まぁいい。どうであろうと、その言葉が本当かどうかは私が決めることだからな。達者なのは口ばかりで、腕の方は自信がないのか? お前も武道家だというのなら、拳で語ってみたらどうだ?」

 

「…………忠告はしたぞ」

 

 彼女が臨戦態勢に移るのを感じて、オレも腰を落とす。体から力を抜き、精神を研ぎ澄ませていく。

 

 もう何を言っても無駄だろう。彼女のようなタイプは実際に体験しないと決して納得しない。かつて父さんと戦ったべジータさんがそうだったように。

 

 一帯から音が消える。低く構える彼女から放出された気が、その高ぶりを表すように空気を巻き込み、いくつもの渦を巻いた。

 

「――――最初から全力で来ることを勧める。オレはさっきのヤツらのように甘くは無い」

 

「ハッ…………だったらそう思わせてみろ。私が今まで倒して来た連中も、お前と同じようなことしか言わなかったからなぁ!!」

 

 言葉が終わるのと同時、彼女の姿がブレた。それが高速で突っ込んできたことによる残像だと周囲が理解する前に、オレと彼女は交差していた。

 

 

 

 ズゥン――――……!!!

 

 

 

 オレの右腕と彼女の右拳が一点で重なる。

 

 刹那の一撃によって生まれた衝撃が、鈍い音となって大地を震わせた。

 

 行われたのは単なる一撃とその防御のみ。だが至近距離で見つめあうように対峙した彼女は、歓喜を隠せないというふうに表情を変えていった。より壮絶なものへと。

 

「せぇいッ!」

 

「ハァッ!」

 

 お互いを弾き飛ばすようにして距離を取る。

 

 だが、両者が離れたのは一瞬。次の瞬間には、衝撃波を伴って二人は再び激突した。

 

「でやぁあたたたたたたたぁッ!!」

 

「だだだだだだだだだだだだッ!!」

 

 拳。脚。拳。裏拳。正拳。

 

 追撃に応撃。迫撃に迎撃。

 

 前方、後方。右方、左方。

 

 上、中、下段。

 

 あらゆる場所から、相手を狙った必殺の一撃が嵐のように繰り出される。お互いに正面から打ち合い、それらを弾き返し、周囲に轟音を轟かせてゆく。

 

「そぉら、どんどん行くぞ!!」

 

 言葉と共に震える世界。もはやそれは日常などとは遠くかけ離れた様相を呈していた。

 

 踏み込み、押し込み、撃ち放つ。

 

 避け切り、捌き抜き、受け止める。

 

 途切れることのない攻防の乱舞。荒々しけれど、その美しき舞は見た者の心を捕らえて離さない。ぶつかりあった場所のすべてから波紋のように空気が揺れ、四方八方に迸っていく。

 

 見ると、八人に減ったギャラリーは皆唖然とした表情だった。その中には一子さんの姿もある。予想していなかったハイレベルな試合に驚いているようだ。

 

 しかし、その中心となる二人は依然としてスピードを緩めない。もはや常人には何をしているのかも判別できぬ速度だというのに、それでも二人が止まる事はなかった。それどころか一撃ごとに加速していっているようですらある。

 

 拳と拳、脚と脚、体と体がぶつかり合い、まるで一つの曲を奏でているかのごとく大気を震わせる。百代から逃れるようにして空へと身を躍らせた悟飯に追いすがるように、彼女も続いて空高く跳んだ。

 

 両者は地から離れて、なおぶつかる。

 

「でやぁ!」

 

「ふぅっ!」

 

 迷いのない正拳。首を傾けて顔面横を掠める拳をやり過ごし、畳み掛ける足技を防御する悟飯。しかし、彼女も連打に次ぐ連打で追い討ちをかけていく。

 

 瞬脚三連に後ろ回し蹴り。再び踊りかかる彼女の拳を、同じく拳をぶつけて軌道をずらしていく。

 

 フェイントはすべて無視。本命の釣りとなる多くの攻撃には体を僅かにずらし、最小限の体捌きで以ってその狙いを牽制する。それはあたかも風に揺れる柳の葉のような自然な動きだった。

 

 攻め切れないことに業を煮やしたのか、百代が空中で組み付いてきた。伸びてきた彼女の拳を手のひらで絡め取り、もう片方の拳によるパンチを肘でブロックする。思うように攻撃できなかったことに舌打ちしつつも、彼女の笑みはより一層濃くなった。

 

「っ、これも防ぐか! やるなぁ!」

 

「君こそ」

 

 至近距離でにらみ合う両者の時間は一瞬。百代は瞬時に体を離し、その反動を利用して前方に一回転を繰り出した。

 

「川神流、【天の槌】!」

 

「ぐっ!」

 

 猛烈な勢いで繰り出された踵落としを右腕で受け止める。だが、舞空術を使わない状態でその威力を殺せるわけもなく、悟飯は凄まじい速度で地上へ吹き飛ばされた。

 

「はぁっ!」

 

 空中で体勢を立て直す。二本足を曲げて片膝を立て、勢いを殺しながら受身を取った。

 

 地上へと叩きつけられた衝撃は凄まじく、落下地点には皹が走っている。

 

 だがオレはすぐさま後ろに飛びさすった。入れ違いに空中から舞い戻った百代さんの拳が地面を穿つ。皹がクレーターにバージョンアップした。

 

 そのまま後ろに連続でバク転をして、彼女の追撃をかわす。そして、距離が離れた瞬間を見計らい、オレは再び地を蹴って彼女に突撃した。

 

「でやぁっ!!」

 

「せぇいっ!!」

 

 拳と拳が真正面からぶつかり、衝撃が波紋のように飛び散った。同時に放たれた一撃で両者は吹き飛び、互いに大きく距離が離れる。百代さんはその瞳に狂喜を滲ませたような光を宿し、オレを射抜いてきた。

 

「正直驚いた……戦う前はどんな法螺吹きかと思ったが、相当な腕だな。かなり手加減しているとはいえ、私を相手にここまで持った奴はルー師範代以来だぞ」

 

 それはそうだ。鉄心さんが彼女とほぼ同レベルの使い手だということは予想していたが、これだけの戦闘についてこれる人間があちこちにいたら大変なことになってしまう。川神院の存在によりここは武道家が集まりやすい土地だが、やはり彼女や鉄心さんは別格なのだろう。

 

「それはオレの台詞だ。川神……一子さんから話で聞いていたが、実際に戦ってみて実感した。その歳でここまでの強さ……すごい才能を持ってる」

 

「それは光栄だな。だが、防御しているばかりでは私には勝てんぞ。今のお前を見る限り防ぐのは上手いが、ほとんど攻撃できていないじゃないか。対する私はまだ三割程度しか力を出していない。この意味が分かるか?」

 

 彼女の気がさらに強くその存在を主張する。どうやら、手加減で戦うのはもうおしまいのようだ。オレは黙ったまま彼女を見つめていた。

 

「お前は致命的に実力を見誤ったんだよ。今までは持ち前の反射神経と防御のセンスで切り抜けてきたようだが、その程度の気では力を出した私の攻撃は防ぎきれない。その強さは確かに相当なものだが、さっきの見立ては言い過ぎだったな。次は本気で攻撃する。これで終わりだ」

 

「…………」

 

 腕を組んでこちらを見る百代さんに対して、オレは一度目を瞑って大きく深呼吸をする。そしてゆっくりと瞼を上げると、口元を吊り上げた。

 

「それはどうかな」

 

「なんだと?」

 

 訝しげに睨む百代さんを無視して腰を落とす。頬を薙ぐ風はいつの間にか止んでいた。

 

「君のことは少し分かった。戦うことがとても好きだということも……強い相手を求めるその貪欲な姿勢も」

 

 そう言ってから、オレは彼女に対して『初めて』構えを取った。

 

 流れる気を落ち着け、静かに息を吐き出す。いつもそうしていたように。そう教えられていたように。

 

「だから、オレも武道家として……少しだけ本気を出させてもらう。今度は君も、本気で来い」

 

「少し、だと……? 今までは遊んでいた、と? 私をナメるのも……大概にしろよっ、お前ッ!!」

 

 一瞬にして憤怒の表情へと変わった百代さんが真正面から突っ込んでくる。流石、言っただけあって先ほどとは比較にならないほどのスピードである。そうして一瞬にも満たない時間でオレに詰め寄った百代さんは、さらに軌道を変えてオレの背後へと回り込んだ。

 

 動かない背中に視線が集中しているのがわかる。そうして彼女はほとんど本気の力を拳に込めて、オレへ討ちかかった。

 

(取った――!)

 

 首筋から背中にかけてを狙った手刀。遠慮無用の本気攻撃だった。

 

 おそらく、これをどうかすることは誰にもできない。受け止めることも、避けることも、捌くことも、知覚することすらもできない一撃。どんなに強くとも、防御不能の攻撃だったに違いない。

 

 それが、『ただの人間』相手であったなら。

 

 そして、

 

「っ!!?」

 

 手刀が首筋に命中する瞬間、悟飯がいなくならなければ。

 

「な、消え――!?」

 

 全力の手刀が空を切る。予想もしなかった事態に取り乱した瞬間、その声は聞こえた。

 

「――――遅い」

 

 自分の背後から。

 

「ぐぁあっ!?」

 

 刹那、百代の背中を稲妻が駆け抜けた。同時にその視界は大きくぶれ、天と地がさかさまになる。

 

 空中に躍り出たときと同じような感覚。一種の浮遊感が体を包んだ。

 

 しかし断続的に体中に走る衝撃が、これが自分の意志によるものではないということを百代に突きつけてくる。ほどなくしてそれらは止み、眩暈のような感覚が消えていった。混乱した頭で自分に今起きた事態を認識に掛かる。

 

 それが自分がしようとしていたのと同じ手刀による一撃であり、しかもモロに受けたのだと理解したのは、視界一面に広がる緑と茶色のコントラスト、そして頬に接した大地のざらついた感触を受けたからだった。

 

 同時に、今まで比較的に落ち着いた様子だったギャラリーから動揺が走る。

 

「な、何だぁ!? いきなりモモ先輩が吹っ飛んだぞ!?」

 

「え、え? いま何が起こったの!?」

 

 背の高い男と低い男から声が上がる。二人は目の前で起きた現象がなんだかわからない様子だったが、彼らより近くにいた二人の少年と少女たちは呆然とした様子で見つめていた。

 

「は、速い……っ!」

 

「まさか……モモ先輩の方が攻撃を仕掛けていたはずなのに……!」

 

「み、京……今の、見えたか……?」

 

「…………全然」

 

「オ、オレもだ。残像すら見えなかったぞ……?」

 

「孫くん……お姉さま……」

 

 まるで現実ではないかのような光景に、全員に動揺が伝染していく。

 

 全勝無敗。最強無敵。瞬殺必至。

 

 そんな肩書きが最もふさわしい存在に起きたこの事態に、状況を把握し切れていないのだろう。ギャラリーの彼らはもちろんのこと、その当事者さえもが。

 

 事実、百代は現在混乱の極地にいた。悟飯を見据えながら、油断なく拳を構える。そこにいつも余裕を忘れない勝気な彼女はいなかった。

 

(な、何だ、今のは……この私がまったく捉えられなかっただと……!?)

 

 焦りが頬を伝い、首筋へと流れていく。体を震わせるのは、断じて武者震いなどではない。それは自身の理解できぬ場所にいる相手に抱く感情……おそらくは彼女が生まれて初めて感じたであろう、未知の存在に対する本能的な恐怖だった。

 

「見えなかったか? ちょっと本気になると言ったろ。今の君には少し速すぎたようだがな」

 

「くっ……調子に乗るな!!」

 

 気を抜くと下がろうとする脚を叱咤し、百代は地を蹴って駆け出す。先ほどと同じように、いやそれ以上の速度と威力で悟飯に殴りかかった。風のように移動する彼に追いすがり、地上と空中を縦横無尽に疾駆する。

 

 遠慮無用、手加減抜きの拳の連打。普通の人間ならばその軌跡すら見ることの出来ないそれらを、悟飯は体を左右にずらし、捻り、傾けて、最小限の動きでそれをかわしていく。フェイントはすべて見切られ、本命はすべて撃ち落される。

 

 まるで二人の間に見えない壁があるかのように、その距離が縮まることはなかった。それどころか、攻めているにもかかわらず、後退していっているのは百代の方だ。今度こそ、ギャラリーの不安が確信に変わった。

 

「モ、モモ先輩が……押されてる……!?」

 

 信じられないモノを見るようにつぶやくキャップ。モロが慌てた様子で反論した。

 

「そ、そそ、そんなはずないよ! 先輩には、きっとさっきみたいに何か策があるんだよ! ホ、ホラ、あっけなく勝っちゃうと味気ないからさっ!」

 

「だ、だけどよ……あんな顔のモモ先輩、初めて見るぜ……?」

 

「あ、ああ……」

 

 ガクトの言葉に、クリスも呆然と首を振って同意する。京は悟飯に押される姉貴分の姿に、視線に険を宿して唇を噛む。大和と由紀江、そして一子は、見たこともないこの戦いを食い入るように見つめていた。

 

 その中を二人は風を切り裂いて戦いを続ける。百代は攻めあぐねいている焦りを必死に隠しつつ、悟飯に向かって強烈な攻撃を繰り返す。だがどれもが、紙一重で彼を捉えるには至らない。

 

(なぜだ!? なぜ私の攻撃が届かない!? スタイルは何も変わっていない。それに奴は片腕、気に至ってはワン子よりも小さいんだぞ!? この男の何処にこんな力が……!)

 

 ギリ、と強く食いしばられた歯が鈍い音を立てる。悟飯は顔面や鳩尾を狙ってくる拳や脚撃をかわしながら呟いた。

 

「百代さん。君は気の大きさがそのまま持ち主の強さになると思っているみたいだが、それは大きな間違いだ。気を扱うことと気をコントロールすることは、似ているようでまったく違う」

 

「偉そうにッ!」

 

 怒声を上げながら、渾身の力を込めた回し蹴りを放つ。しかし、凄まじい威力であろうその攻撃を悟飯はなんと腕一本で受け止めてしまった。百代が目に見えて顔を引きつらせる。

 

「だからオレを一目見ただけでその強さを決め付けた。弱いから相手にならないと思い込んだ。それが過信に繋がったんだ」

 

「う、五月蝿いっ!」

 

 憎憎しげに悟飯を睨んだ後、再び攻撃を開始する百代。あらゆる部位が風を切る音を聞きながら、ギャラリーはその様子を固唾を呑んで見守る。

 

「うーん……」

 

「? ワン子、どうかしたのか?」

 

「あ、大和。えっとね、上手くいえないんだけど……なんかね、孫くんが一瞬だけ大きく見えたような、すごい近くに来たような気がしたの。ほら……あ、今また。でも、実際に大きく見えてるわけじゃなくって……うー、言葉に出来ないわ……」

 

 一子は悟飯と百代の戦いを一瞥して言う。横で聞いていたモロが首をかしげた。

 

「そうなの? というか、動きがまったく見えないんだけど」

 

「アタシだってそうよ――――って、アレ? じゃあ、なんで大きく見えたとか思ったんだろ……?」

 

「可哀想に……じぶんのが小さいからって、ついに男のを……」

 

「何処の話してんのよ、バカガクト! 妹キック!」

 

「ふげしっ!?」

 

 余計な合いの手を入れて予定調和のように地に沈むガクト。一子は怒りを気持ちよく発散すると、再び考え始めるがやはり答えは出ない。だが、それは意外なところからもたらされた。

 

「一子さんが言ったことは間違いなんかじゃありません。正確には『見えた』んじゃなく、『感じた』んだと思います。あれはただの格闘戦じゃない……恐ろしく高度な技による攻撃です……!」

 

「ど、どういうことだまゆっち?」

 

 大和が由紀江の方を向く。自分の姉を翻弄するトリックがわかろうとしていることに、彼らしくなく興奮した様子だった。周りのみんなも興味津々なのは同じなのか、彼女の言葉に耳をそばだてる。

 

 由紀江は、気を抜くと見失いそうになる二人を懸命に目で追いながら口を開いた。

 

「これはあくまでも私の推測でしかありませんが…………あの人――――孫悟飯さんはおそらく、通常一定であるはずの気を自分の意志で自由にコントロールすることができるんです。それも私達のような多少の増減ではなく、およそ一般人レベルから自身の最大パワーまでを自在に……」

 

 刀の柄が震える。彼女の言葉には誰も口を挟まない。

 

「だから、強い人間に必ずあるはずの強大な気があの人からは感じ取れなかった。それが気の小ささによるものではなく、気を小さく見せていただけだとすれば……今の状況にも説明が付きます。自分の中に秘めた力を移動や攻撃の瞬間だけ爆発的に高め、モモ先輩と戦っているのではないかと……」

 

「そ、そんなことが可能なのか!?」

 

「……それはおかしい。その推測が本当なら、私達があいつの気の動きを感じ取れていてもおかしくないはず」

 

 驚くクリスをよそに京がすぐさま反論した。

 

 それはそうだ。戦っている最中に気が発するパワーが多少上下することは実際にあるし、そうなれば纏う気の力強さだって変わってくる。同じ気の使い手である自分達がそれに気づかないはずがない。

 

 しかし、由紀江は京の言葉に対して首を横に振った。

 

「いいえ。あの人が気を高めている時間はほんの一瞬……それも、私達が感じ取れないほどの短い時間で、かつ部位を限定して行っているんです。一子さんが一瞬だけ大きく見えたと言ったのは、瞬間的に膨れ上がった彼の気を無意識下で感じ取っていたからだと思います。何度か一緒に稽古もしていたそうですから、その違和感にも気づきやすかったんでしょう」

 

 全員があっけに取られた。つまり二人は、戦い方からして違っていたのだ。

 

 百代が巨大なハンマーを持ち前のパワーを使い高速で振るっているのだとすれば、悟飯はインパクトの瞬間だけその部位を爆弾のごとく爆発させるような戦い方をしている。規模自体は大きくないが、一点に凝縮されたエネルギーが瞬間的に引き出されれば、見た目からは想像も付かないような凄まじいパワーを発揮するだろう。

 

 片や巨大な気を用いて規模で相手を圧倒する、片や消費する気を最小限にとどめ、かつ技の効果を最大限に引き出している。どちらが技術的に上かなど、火を見るより明らかであった。

 

 由紀江は唇を噛んで二人の戦いを見つめる。

 

(この目で見ても信じられない……あれは黛の剣にとっての到達点。奥義を超えた境地であるはず……それをこんな……こんな造作もなく使える人がいるなんて……!)

 

 刀を握る力が強くなる。由紀江は自分がとてつもなくちっぽけであったことを痛感していた。

 

 そして、それは戦っている本人も感じていた。力の差という、考えたこともなかったような言葉を必死に打ち消す百代。焦りが目に見えて浮かぶようになり、緊張感と疲労からか動きも精彩を欠いてきている。

 

 荒くなっていく息を百代は必死に落ち着けていた。

 

(く……これでは奴の思う壺だ! とにかく一旦間合いを計って、仕切りなおしを――……!)

 

 距離を離そうと後ろに飛ぶ百代。だが、視線を戻した彼女は息を呑んだ。

 

 先ほどまで、いやほんの一瞬前まで自分の前にいた悟飯が忽然と消えていたのである。着地した彼女は慌てて辺りを見渡した。 

 

「い、いない!? い、いったい何処へ―――――」

 

 トン。後ずさった彼女の背中に何かに当たった。強くしなやかな感触が背中を伝ってくる。それが何なのか百代が確かめる前に声が響いた。

 

「――――どうした? 武神とまで呼ばれる君の力はこんなものなのか?」

 

「ッ!!?」

 

 今度こそ息が止まった。背後から聞こえた声に体が硬直し、呼吸が定まらずそのリズムをさらに上げていく。

 

 感じたことの無い寒気が百代の背中を駆け抜け、頬を冷や汗が伝っていった。

 

「くっ…………でやぁあああ!」

 

 振り向きざまの回し蹴り。だが、またもや悟飯は消えて空を切る。同時に背後から一撃をもらい、百代は大きく吹き飛んだ。ギリギリでガードはしたようだが、その威力の大きさにピンポン玉のごとく地面を転がる。

 

 泥だらけになりながら体勢を立て直すと、離れた場所に悟飯が自然体で立っていた。

 

「もうやめろ。君の身体は傷だらけだろう。今の一撃を防御したのは見事だけど、その腕だって無傷じゃない。大怪我をしないうちに降参するんだ」

 

「この私が、降参だと……!? 冗談じゃない……この程度のダメージを負わせたぐらいでいい気になるな! 見ていろ……ハァアアッ!」

 

 気合一閃、百代が全身に気を入れた。すると、悟飯に受けたダメージや傷がみるみるうちに塞がり、元に戻っていくではないか。まるでビデオを逆再生しているような現象に、流石の悟飯も目を見張った。

 

「! 傷が……!」

 

「はははははは! どうだ! これが私の奥義、【瞬間回復】だ! 傷や怪我を負っても私は一瞬で治癒し、戦闘の疲労すらも回復する! どれだけ攻撃を加えても、私にダメージを与えることは絶対にできない!」

 

 先ほどの焦りを掻き消すように、百代は不敵に笑う。悟飯も彼女の身体に起きた事態に驚きを隠せなかったようで、眉間に皺が寄っていた。ただし、先ほどまではなかった厳しさを宿しながら。

 

「こんどは此方から行くぞ!」

 

 叫ぶや否や、百代は悟飯に向かって一直線に駆け出す。一方の悟飯は、彼女の発した言葉をかみ締めながら先ほどまでの戦いを思い出していた。そのスタイル、能力の仕様、そして技発動時の気の流れ、すべての要素を並べて頭を巡らせる。そして数秒間ほど考え込んでから言った。

 

「瞬間回復か……なるほどな。それなら防御をほとんど重視しない戦い方だったのも納得だ。けれど――」

 

「――――ガッ……!?」

 

 拳に力を溜めた状態のまま百代が止まる。彼女が走りこむより早く、一瞬で肉薄した悟飯の一撃が無防備な腹部を打ち抜いていた。あまりの威力に百代は立っていることができず、腹を押さえながら膝を付いてしまう。

 

「絶対というのは間違いだ。確かに厄介な能力だが、使い手が今の君じゃ欠点の方が多い」

 

「か……ふ…………な、なんだ、と……!?」

 

 困惑と闘争心がない交ぜとなった視線がこちらを捉える。悟飯は彼女のダメージに気をつけながら話し始めた。

 

「第一の欠点。その技は受けた物理ダメージが回復するというだけで、ダメージ自体を無力化できるわけじゃない。それに完全な再生能力というわけでもなさそうだ。格下や同格の相手ならいいだろうが、一撃で自身の許容量を超えるダメージを受けてしまえば、いくら回復する力があっても何の役にも立たないぞ。今のように技の効果を満足に発揮できないまま、無駄に気を浪費していくだけだ」

 

 近くによっても百代は動かない。おそらく先ほどの攻撃による痛みで満足に動けないのだろう。

 

 彼女を見下ろしながら、悟飯は続けた。

 

「第二の欠点。その技は多量の気によって体の組織に働きかけるといったものみたいだが、治っているのは見かけだけだ。いくら疲労が回復してもダメージ自体は内部へ確実に蓄積しているし、身体への負担も気の消費量も激しすぎる。何よりそんな無理矢理な方法で治癒能力を引き出し続ければ、いずれ肉体と気のバランスが崩れてしまう恐れもある。ただでさえ大きなエネルギーを消費しているんだ。その技を使えば使うほど気は減り、君は不利になっていく。息が切れて思うように呼吸ができないのはそのためだ。オレからのダメージが大きすぎるのもあるが」

 

「ハァ……ハァ……(こいつ、一度見ただけで私の技を……!?)……お、おのれ……ふぅぅうううううっ!!」

 

 百代の周囲に気が渦を巻く。そして、それが収まる前に彼女が飛び掛ってきた。また瞬間回復でダメージを治癒させたのだろう。

 

 悟飯は眉を寄せながら彼女の攻撃を捌いた。

 

「第三の欠点。これが君の体に備わった能力じゃなく、君の意識と体によって成されている『技』であることだ。たとえ君を圧倒できるだけの強さがなくとも、技を封じるのは不可能なことじゃない。現に君は一度に大きなダメージを受けすぎて許容限界を超え、回復が追いついていないだろう? それに何より、精神や気の流れが不安定になれば発動することすらできない。原理が分かれば素人ですら対策が立てられる」

 

「黙れ……だまれだまれだまれだまれ!!」

 

 凄まじい速度で繰り出される拳。だがその一つとして、悟飯を捉える事はできない。

 

 焦りと怒りで業を煮やした百代は大きく距離を取り、腰溜めに構えた。

 

「それなら、これを受けてみろ! か~、わ~、か~、み~……!」

 

(!!? あの構えは……!)

 

 自分もよく知る技と似た構えに、悟飯は驚きを露にする。瞬間、その両手が全力で突き出された。

 

「波ぁああああ!!!」

 

 彼女が叫びを上げると同時、両掌(りょうてのひら)から光の奔流が唸りを上げた。太陽が真っ直ぐに向かってくるかのような、圧倒的な光景が悟飯の前に広がる。

 

 凄まじい速度で自身に向けて肉薄してくる光。だが彼は一歩たりとも逃げなかった。

 

 迫りくる極光を見据えると、大きく大きく息を吸い込む。そしてまさにそれが直撃しようとした刹那、

 

 

 

『はぁあああああああ――――――ッ!!!!!』

 

 

 

 百代の放った光に向けて、ありったけの声量を叩き付けた。ビリビリと空気が震動し、大地が軋みを上げるがごとく僅かに沈み込む。そのあまりの大声に、試合を観戦していた大和たちはたまらず耳を塞いだ。

 

 その尋常ではない声の直撃を受けたものはひとたまりもない。それを示すがごとく、渾身の力を込めたかわかみ波は跡形もなく消えうせていた。

 

 その光景に息つくことも忘れ、百代は覚束ない足取りで後ずさる。

 

「ば、馬鹿な…………」

 

 今しがた起こった事態に身を慄かせながら呆然と零す百代。戦いを見守る風間ファミリーのメンバーたちは、その光景に開いた口が塞がらなかった。

 

「な、何が起こったんだ、今……」

 

「そんな……あれほどのエネルギー波を、気合だけで消し飛ばした……!?」 

 

「き、気合ぃ!? あ、アホか! そんなのでどうにかなるようなもんじゃなかったろ!?」

 

「なんて戦いだ……もはや我々の理解を遥かに超えている……!」

 

 ギャラリーがこの世のものとは思えない光景に揺れている。それは当事者である百代も同じことだろう。僅かも態度を変えず、悟飯は彼女を見据えた。

 

「無駄だ。今の君の力では俺には勝てない。もう一度言う……降参するんだ」

 

「く、くそぉっ……ならばこれならどうだっ!」

 

 言葉を発しながら百代が駆け出し、拳を顔面に向けて突き出した。精彩を欠いてもなおこの威力とは本当に頭が下がる。だが、オレがそれを首を逸らしてかわすと、彼女はその腕を引かずにそのまま組み付いてきた。

 

 がっちりと組み付いた状態で二人の目が合う。一瞬にして気が集まった感覚を察知した瞬間、

 

「川神流……特大ッ、【人間爆弾】ッ!!」

 

 

 

 ドッゴォォオオオオオオオオ――――ン!!

 

 

 

 けたたましい爆発音と共に、周囲に飛び散った爆煙が二人の姿を包み込む。だが、技をかけた百代はすぐに煙のドームから飛び出してきた。

 

 その様相は、頭のてっぺんから足の先まで煤まみれのうえ服もボロボロという満身創痍の出で立ちであるが、身体からは傷がすべて消えている。爆発した瞬間に同じく治癒をかけ、ダメージを回避したのであろう。

 

 肩で息をしながら、口元を吊り上げる。

 

「どうだ、最大パワーでのゼロ距離爆破の威力は!? 私もおいそれとは使えない技だが、威力は折り紙つきだぞ! これなら、貴様と言えど流石に――」

 

 得意げに語っていた言葉が止まる。それとは逆に、渦を巻いていた煙は風に流されその姿を散らしていく。

 

 そして完全に晴れた煙の中心に見えたのは――――

 

「無駄だと言ったろう」

 

 ダメージどころか煤汚れの一つなく、クレーターの中央に立つ悟飯の姿だった。

 

「そ、そんな馬鹿な……手ごたえはあった……間違いなく直撃だったはずだ!」

 

「ああ、直撃だったさ。だが、自分すら吹き飛ばし切れないような技がオレに効くもんか」

 

 戦慄する百代に悟飯が言い放つ。そして、動かない彼女に向けて右手を掲げた。

 

「気は……こうやって使うんだ!」

 

「!? ぐッ、ぁああっ!?」

 

 掌から迸った気合砲の直撃を受け、大きく吹き飛ばされる百代。そのまま地面を削りながら何度も転がり、数十メートルの距離を経てようやく止まった。意識はあるが立ち上がることができないようで、倒れたまま苦悶の声を上げてもがいている。

 

 どんな時でも頼れる姉貴の信じられない姿に、風間ファミリーのメンバーはみな言葉を失っていた。

 

「……ウソだろ……?」

 

 キャップこと、風間ファミリーのリーダーである翔一が呆然とそう零す。

 

「そんな……姐さんが、手も足も出ないなんて……」

 

「お、俺たち、夢でも見てんのか……?」

 

 普段は冷静沈着な大和やいつもその制裁を受けていたガクトも、震えながらその場を動くことができなかった。彼女の実力を深く理解しているクリスや由紀江、そして誰よりも百代を尊敬する一子の三人は驚きのあまり言葉もない。

 

 妹である一子は元より、新参ではあるが武に関して学園の上位者たる二人も、彼女の桁外れな強さは経験と知識で認識している。自分達が束になっても敵わない猛者であることも。

 

 だからこそわかってしまった。いま百代と戦っている孫悟飯が、もはや次元の違う強さの持ち主だということを。

 

 だが、それを認められない者たちもいた。

 

「…………」

 

 ファミリーの中で最も非力なサイバー人員、師岡卓也。

 

「許さない……許さない許さない許さない許さない許さないっ!!」

 

 そして、ファミリーの中で最も仲間意識が強い椎名京である。

 

 二人にとってみれば、絶対不可侵のはずだった領域を侵されたことに等しかった。そして、その怒りが先に限界に達したのは京だった。

 

「殺すっ!!!」

 

 手近に落ちていた石を拾い、全力で気を込めようとする。その身体は危険な雰囲気を宿していた。すぐにでも弾丸のごとく飛び出していってしまいそうである。

 

 大和が慌てて押さえようとするが僅かに遅かった。

 

「ま、待てっ、みや――!」

 

 

 

 

『動くなッ!!』

 

 

 

 

「っ!?」 

 

 だが突然響き渡った凄まじい制止の声に、京は反射的に動きを止める。大和の声を遮ったその主は、いま戦っている悟飯からのもの。僅かに此方を向いたその視線は、スタートを切ろうとしていた京を捉えていた。

 

「手を出すな。彼女の戦いを汚したくなければな」

 

「ぐっ……!」

 

 此方を凄まじい形相で睨む。だが手を出してこないところを見ると、悟飯が言った事が間違っていないところを理解し、かつ仲間である百代を傷つけまいとする優しさも感じられる。とはいえ、彼女がいつまでも大人しくはしていないだろうこともその視線から理解していた。

 

 だから終わらせる。全員が納得のいくように、きっちりと勝敗をつける。

 

 それが今の自分にできる、唯一にして最大の礼儀だろうから。

 

 そう思い、悟飯はようやく立ち上がった百代に向き直る。そして、彼女と戦ってから初めて、自身の気をわずかにだが解放した。

 

 

 

 ゴォオオオオッッ!! 

 

 

 

 空気を揺るがすような音と共に、悟飯から白いオーラが立ち上った。神秘的な揺らめきを身体に纏いながら、百代を見つめる。控えていたファミリーのメンバーからも、今までとは気質の違う声が上がった。

 

「お、おおお!? オ、オレ様もなんか感じとれたぞ!?」

 

「ア、アイツから何か出てるのが見える……もしかして、あれが気なの……!?」

 

「す、すっげえっ! 俺、気なんて川神流の技以外で初めて見たぜ!」

 

 男三人は目の前で起きている不思議現象に興奮したように騒ぐ。対する大和と女性陣は方向性は違えど、驚きはさらにひとしおだった。

 

「モロにも……キャップにも見えてるのか!? ど、どうなってるんだ……オレ達には、女子みたいな力はないはず……それに、姐さんが使うような技でもないのに何で……!?」

 

「それは、あの人の気が常軌を逸して巨大である証拠です! 気を解放しただけで、一般人である大和さんたちにも認識できてしまうほどの力の流れだということ……!」

 

「くぅううううっ…………!」

 

「わぁあああっ、京っ、落ち着きなさいって!」

 

「な、なんという力だ。これだけ離れているのに、まるで目の前にいるようにすら感じるとは……完全にモモ先輩を上回っている……!!」

 

 周囲から感じる、驚愕、戦慄、畏怖。それは気を解放した悟飯へ向けられている。相対していた百代も、今度ばかりは言葉を失っていた。

 

「な、なんだ、このとてつもない気は……こ、こんなもの、私は知らない……これが、これがお前の力だというのか!?」

 

 感じたことのないレベルの波動に狼狽の声が上がった。悟飯の気は周囲に風を呼び、多馬川の河川敷を中心に突風を吹き荒れさせる。水面がその余波を受け、大きく波打った。

 

「言ったはずだ。今の君じゃ無理だと」

 

 威圧的な風に守られるようにしていた悟飯がそう口にする。勝負が始まったときはそれをデタラメや虚言だと言い切れていた百代だったが、この状況になってまでそれを続けるほど分からず屋ではなかった。

 

 いや、もうとっくに理解していたのだ。その力の差がどれほど途方もないものなのかを。

 

「く、くそっ…………こ、こんな――」

 

「『こんなはずじゃなかった』、か?」

 

「く…………っ!」

 

 悔しさを顔中に滲ませて睨んでくる。そんな彼女から目を逸らさずに語りかけた。

 

 ここでうやむやにしてしまうのは簡単だ。けれど悟飯はそうはしない。

 

 それは武道家として彼女と向き合い、そして最後まで貫き通したかった信念と礼儀ゆえだった。

 

「百代さん、君は本当に強い。今まで誰も勝てなかったというのも、その武神という肩書きも頷ける………けれど………」

 

 構えを取る。そして、

 

「――――上には、上がいるんだ」

 

 一呼吸置いた後にはっきりと告げた。びくりと、百代が震える。

 

「わ、私は…………」

 

 前髪で隠れた顔からは何の表情も読み取れない。

 

 怯え。畏怖。絶望。渇望。いや、言葉などでは表せない感情が彼女の内側で渦巻いている。

 

「私は……私は……っ!」 

 

 顔を上げる。迷いは晴れていない。だがそれでも、彼女が後ろに下がることはなかった。

 

 たとえどんな相手が現れようと、どれほどの力の差があろうと、決して逃げることなく立ち向かう。それが、彼女の答えだったのだ。

 

 決して瞳を背けようとはせず。

 

 震える身体を必死に押さえつけて。

 

 しかしなおも懸命に立つ少女がそこにいた。

 

「私は、川神百代! 川神の頂点! 私は、負けるわけにはいかないんだぁああああああ!!!!」

 

 声とともに駆け出す。ただがむしゃらに突っ込んでいく。

 

 そして、技術も何もなく全力で打ち出された拳から、

 

 

 

 バキィッ!! 

 

 

 

 悟飯も逃げることはしなかった。

 

 百代は自らの拳を打ち抜いたまま、悟飯は顔面を捉えられたまま、両者の動きが止まる。

 

 一瞬にも永遠にも感じられる時間は、

 

 

 

 バシッ―――――!! 

 

 

 

 乾いた音を立てて、終わりを告げた。

 

「ぅ、く―――――」

 

 手刀一閃。糸が切れたように崩れ落ちる百代。

 

 それを右手で器用に抱きかかえながら、悟飯は口を開いた。

 

「――――すまない。だが、見事だった」

 

 武道家にとって最高の労いを向ける。先ほどまでの戦いぶりが嘘のように、百代はくーくーと寝息を立てていた。その顔は満足げに微笑んでいる。

 

 オレは百代さんをうまく抱きかかえると歩き出した。同時に剣呑な視線がいくつも突き刺さるがすべて流す。そうしてオレは一人の少女の前に立った。 

 

「川神さん」

 

「は、はぃいっ!」

 

 まるで叱られた子供のように背筋をピンと張る川神さん。その様子だけで彼女の内心が手に取るようにわかった。オレは僅かな寂しさを苦笑に混ぜて、抱えていた百代さんを手渡した。

 

「彼女のことなら心配ない。ダメージと疲労で眠っているだけだ。しばらくすれば目を覚ますから安心してくれ」

 

「え……あ、そ、その……ありが、とう?」

 

 混乱しているのか受け答えが曖昧だ。しっかりと百代さんを抱えさせ、身体を離す。

 

 最後まで面倒を見るべきなんだろうが、いつまでもこうしてはいられない。周りの視線がさらに厳しくなってきている。このままでは川神さんにまで責が降りかかってしまうだろう。

 

 オレは非常用に持っていた一粒の仙豆を取り出し、困惑げな表情の彼女に渡した。

 

「目を覚ましたら、これを百代さんに飲ませてやってくれ。本当ならオレが運んで手当てしたいところなんだが、『君たち』に任せたほうがよさそうだからな」

 

「……え……いや、それは……」

 

「それと、すまない……どんな理由であれ、オレは君の姉を傷つけた。謝って許される事じゃないが、それでも……すまなかった」

 

「あ……そ、孫く……」

 

 彼女にだけ見えるよう、僅かに頭を下げる。オレの意図に気づいたのか何か言おうとするが、言葉になっていなかった。

 

 頭の中がまとめきれていない様子がありありと見て取れる。これ以上彼女に迷惑はかけられない。

 

 そうして、オレは彼女に背を向けた。

 

「先に行くよ。余計な人間がいると話が拗れそうだから」

 

 静かに歩き出す。

 

 遮るものがなくゆらゆらと揺れる左袖。彼女の視線を背中に感じても、決して振り返ることはない。

 

 どんどん離れていく。そうして、もはや声すらも聞こえないほどの距離になったとき、

 

「孫くん…………」

 

  寂しげな呟きがオレの背中に届いた気がした。

 

 

 

 

‐Side out‐

 

 

 

 

 

「やれやれ、無事に終わったか」

 

 川神学院から徒歩しばらく。多馬川を一望できる、川にかけられた鉄橋の頂にその姿はあった。

 

 身を打つ強風に僅かにも揺らぐことは無く、ただそこに佇んで事の成り行きを見守っていた。ようやく事態が収束し、去っていく悟飯の姿を目に留める。

 

 川神学院学院長、川神鉄心。並びに川神院師範代にして、ルー先生ことルー・リー。

 

 川の土手の上を悟飯が歩いていくのを二人は静かに見つめる。一度だけ鉄橋の上に目をやり、だがすぐに視線を戻して歩き始めた彼に鉄心は苦笑した。

 

「ほう、こちらの存在にも気づいておったか。なんとも末恐ろしい青年じゃのお、ふぉっふぉっふぉっ!」

 

「笑いゴトでハありまセン! モモヨを本気にさせルなんテ、私ハ寿命ガ縮まる思イでしたヨ……」

 

 笑う老人を諭す影。彼、ルー・リーは先ほどの戦いをハラハラしながら見つめていた。あれだけの大規模でド派手な戦闘を防御結界なしにするなどキチガイ沙汰である。

 

 あの青年がすべて上手く捌いたからよかったものの、一歩間違えば大惨事になっていたのだから。

 

「大丈夫じゃ。あ奴には分かっていたんじゃろ。モモの実力が手に取るようにの」

 

 何かを確信しているかのように断言する鉄心。ルーはその様子を見ながら言葉の続きを黙って待った。

 

「あの青年の力は、ワシにすらほとんど読めん。その正体が一体なんなのかはわからんが、とてつもない何かをその身に秘めていることは間違いないがの。ワシのカンが正しければ、彼の秘めたる力はあんなもんじゃないわい。今の戦いなんぞ、彼にとっては小石を蹴っ飛ばす程度じゃったじゃろうな。たぶん」

 

「何ト!? でハ実際彼と百代の間には、いったイどれホドの力の差ガあるト言うのですカ?」

 

 驚くルー。鉄心はそれも当然じゃな、と感じながら続けた。

 

「どちらも力の限界を感じさせんほどの実力者というのは同じじゃ。しかしわかりやすく言えば…………モモは底が見えない深い井戸。そしてあの青年、孫悟飯は……海じゃ。とてつもなく巨大なことは分かっても、それがいったいどれほどのものなのか実感できない……モモと同じように何やら狂気らしいものを秘めているのも感じたが、どうやら孫とは違って制御できているようじゃし、特に問題はないかの」

 

 再び眼下に目を凝らす。もはや青年は自分らの下を通り過ぎて学院へと向かっている。

 

「孫悟飯……本気のモモをあっさりと倒してしまうとは、只者ではないどころの話じゃなかったの。しかもモモと同じで、伸び代を相当に残しておると見た。ふぉっふぉっふぉっ! この歳でこれほどの発見があるとは、長生きはしてみるもんじゃわい!」

 

 およそ能天気とも捉えられる鉄心の台詞にルーは苦笑する。老人の愉快な笑い声がしばらくの間響いていた。

 

 

 




第4話、百代と悟飯のガチバトルでした。

感想欄でいろいろなご意見を伺い、戦闘力を思い浮かべながら書きましたが、いかがでしたでしょうか。

まだまだ荒削りな面が多いのは、ホントすいません。

戦闘シーンもカッコよく書けていたかどうか……あー、不安しかないなぁ……

ともあれ、このような結果に終わった今回。

次回はどうなってしまうのか。ご期待下さるのは少しにして下さいと念を押しつつ、後書きの締めとさせていただきます。

それではまた次回にてお会いしましょう!

再見(ツァイツェン)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。