真剣で私に恋しなさいZ ~ 絶望より来た戦士   作:コエンマ

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お待たせ致しました、第五話がようやく執筆完了と相成りました。

今回も少し文章量多めとなっております。

ただ戦闘シーンはありませんのでありからず。

それでは第五話どうぞ~。


第5話  仲間

 

「それでは本日はここまでとする。号令」

 

「きりーつ、礼。先生さようなら」

 

「はい。また来週!」

 

 とある平日金曜の午後。まだ夕日というのは早い日差しの中に生徒達の声が響き渡った。

 

 どこか間延びしたほんわかボイスに応えるのは、いつも通りビシッと透き通った担任の声だ。女性にしてはいささか鋭すぎるような気もするが、それは彼女――小島梅子のアイデンティティのようなものだろう。

 

 と、その彼女がこちらに近づいてきた。

 

「孫。今日で転入して一週間になるが、少しはクラスに慣れたか?」

 

「ええ。それなりには」

 

 気を遣ってくれた梅先生に会釈して返す。オレの言葉にウソがないと理解すると、彼女は満足げに笑った。

 

「うむ、それならばよし。お前は身体的に嫌でも目立つ要素を持っているし、自分だけで抱え込みそうな性格をしているようだからな。何かあればクラスの連中に言うがいい。私の力が必要ならば遠慮なく言ってくれてかまわん」

 

「わ、わかりました。ありがとうございます先生」

 

 オレの返答にもう一度頷くと、梅先生は今度こそ教室を後にしていった。入学するにあたってオレ個人の人間力測定の監督をしてくれたのも彼女だ。オレも戦闘力を抑えに抑えていたが、かなり驚いていたのを覚えている。

 

 そのときも思ったが、凛々しいという単語が最も似合う人だ。普段の態度もそうだが、歩き方一つにしたって堂々としている。なんというか、男らしい先生だなと思った。本人には口が裂けても言えないが。

 

 先生がいなくなると同時に空気が弛緩し、教室に喧騒が満ちはじめた。Fクラスではある意味スイッチにも似た存在となっているらしい。はじめは少し戸惑っていたこのパターンも、一週間もすれば慣れたものだ。

 

 そう、もう一週間になる。

 

 今からちょうど七日前、オレは鉄心さんの心遣いによってこの川神学院の2‐F組に転入していた。元の世界では学校と言うものに通ったことはなかったので、年甲斐もなく緊張していたのを記憶している。

 

 時期はずれの転入。しかも顔に傷跡、片腕は消失しているという奇異な存在が認められるのか不安だったが、オレの心配とは裏腹にクラスの大半は快く受け入れてくれた。むしろワイルドでカッコいいとか、性格とのギャップがいいなどという意見もあった。理由はよく分からないが、とりあえず良い方向にまとまったことには感謝である。

 

 倒れていた理由としては、自分が旅人であるという理由でなんとか通した。そして、旅の途中で船から海に放り出されて遭難してしまい、嵐に次ぐ嵐や食料もほとんど尽きてしまったことによって衰弱、なんとかあそこまで辿り着いたが、そこで力尽き気絶してしまったということにしてある。武道も旅をする中で覚えたと言うことでおさまった。

 

 苦しい言い分だが、オレが話さない限り真実は絶対出てこない。噂が飛び交う可能性はあれど、根拠も証拠も無いものである話はすぐに立ち消えするだろう。よって、コレに対する心配はさほどしていなかった。

 

 一方ネックだったのは、一子さんをはじめとするあのグループのほとんどがこのクラスに集まっていたことだ。オレがクラスに入ってから感じた敵意や疑惑、そして困惑を含んだ視線のほぼすべては彼らである。

 

 まぁそれは当然だろう。彼らの仲間の一人、川神百代さんをコテンパンにしてしまったはつい先ほどの出来事だったのだから。特にショートヘアの少女からの眼力は凄まじく、今にも爆発しそうな危険な光を宿していたのを覚えている。

 

 おまけにあの戦いが原因でルー先生というに人にオレもこってりと絞られ、金輪際あんなド派手な戦闘は起こすなと口をすっぱくして言われていた。そのせいで一時間目は結局出られずに担任の梅島先生にも注意され、その時ちょっとした一悶着もあったのだがここでは割愛させてもらう。

 

 学院長にも何か言われるかと思っていたが、彼は戦いの勝敗だけを問いただし、オレが勝った事を伝えるとそれきり黙ってしまった。先ほど鉄橋の上から見てわかっていたはずだから自分の孫がやられて怒り心頭なのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。なんだか何処となく嬉しそうにすら感じたのは気のせいだろうか。

 

 話を戻そう。とまあ、そんな感じでクラスのみんなとは仲良くしつつ、彼らのグループからは距離を置かれるという奇妙な状態に置かれている。川神さんはその中でもアプローチしようとしていたが、先の少女に加えてあの場にいた三人の少年にいつも止められていた。他の面子も少女ほどではないにしろ、オレを監視しているような様子である。

 

 ちなみに、完全に人払いをしていたためにオレと川神百代さんの戦いに関する情報は流れていないようだ。加えてあのとき周囲を覆っていたドーム状の空間も影響していると考えている。あの場の状況からみて鉄心さんたちが何かしたと考えるのが自然だ。

 

仙豆も渡していたから怪我の方は大丈夫だろう。彼女の気は、あの後学校にちゃんと来ていたし。

 

 あの時見ていたギャラリーも、オレが無事であることから百代さんが見逃したと認識をしたようだった。話を聞いた皆ははじめ青い顔をしたが、事の顛末を重要な部分を除いて説明するとそれもなくなり、無謀だとか幸運だったねとか散々言われただけであった。

 

 そしてその後は周囲に気を遣いながら生活をしている。なのでどの方面からも特段目をつけられることもなく、編入生にはよくあるという歓迎等の催し物以外は、いたって平和かつ普通な日常が続いていた。たまに女子生徒が廊下にたむろしていることもあるが、それも転入生という奇異な存在なためだろう。

 

 以上がここ最近の日常である。オレは教科書などを手際よく仕舞い込み、背中側に手下げ鞄を担いだ。

 

「おい、孫」

 

 後ろから声が掛かる。振り返ると、背の高いクラスメイトが立っていた。

 

 ついこの間覚えたばかりの名前を思い出しながら口を開く。

 

「えっと、確か源忠勝くんだったっけ? 何か用?」

 

「そのナリでくんとか付けんな、気色悪ィ。変に畏まんじゃねぇ。苗字か名前の呼び捨てでいい」

 

 不機嫌そうに彼は言った。そうして、薄い黒塗りの冊子を手渡してきた。

 

「梅先生からだ。次はお前が日直だとよ。あの先生のは洒落になんねぇからな、くれぐれも忘れねぇようにしとけ。不安ならどっかにメモっとくんだな」

 

「そうなのか。わざわざありがとう、助かった」

 

「チッ、勘違いすんじゃねぇ。お前がすっぽかしたら、伝言頼まれたこっちにまで責任がくるだろうが。オレまでとやかく言われたくねぇだけだ」

 

 不機嫌そうに背を向けて去っていく忠勝に苦笑する。彼は何度かこうやって世話を焼いてくれていた。見た目と対応は少し怖さがあるが、根は善人なのだろう。

 

「あ、孫くん、バイバーイ!」

 

「孫さん、さよならですー」

 

「ごはんきゅぅん、またねぇええ!」

 

 帰ろうとするオレにかけられるクラスメイトの声。確か小笠原千花さんに甘粕真与さん、それに羽黒黒子さん、だったかな。彼女だけ少々テンションが高すぎる気がしないでもないが、精一杯の笑顔を浮かべて手を振った。

 

「あ、あはは。また来週……」

 

 見送られて教室を出ようと歩き出す。クラスメイトから離れたオレは、一人考えに耽っていた。

 

(……目を覚まして十日ぐらいか。あれからいろいろと情報を集めたけれど、オレの世界との関わりを持つものは見つけられなかった……)

 

 病院で目を覚ましてからというもの、オレは元の世界の情報を得ようとしていた。今は川神院の飛び地にある家に間借りしている状態であるが、そうなる前から時間の許す限り行動を起こしている。

 

 入院中は語学書を片手に病院のネットを利用したし(オレの世界のものと似通っていて驚いたが)、退院してからも一般解放されている図書館の本のうち、関連する本を片っ端から読み漁ったりもした。

 

 だがいまだ有益な情報どころか、その片鱗すらも見当たらない始末だ。平行世界やパラレルワールドといったことに関する本もあるが、それらも仮説の域を出ておらず、役に立つとは言いがたい。

 

 世界を超える術。そんなものなど端からないと考えたほうが普通だ。

 

(いや……オレがここにいるのなら、戻る方法も知られていないだけできっとあるはずだ。だが、これ以上一人で調べても何も出てこない可能性の方が高い。もっと他の情報源を探さないと……やっぱり協力者を作るべきか……?)

 

 物思いに耽りながら教室を出る。これから夜までは修行をしなくては。時間は無駄にしたくない。

 

 と、胸に小さな衝撃が走った。どうやら誰かとぶつかったらしい。

 

「っと、すまない、前をよく――」

 

「うわわ、ご、ごめんなさ……」

 

 小柄な身体。反射的に顔を上げた少女と目が合った。

 

 まだあどけなさが残る相貌。さらりと背中へ流れたポニーテール。そして、大きくて澄んだその瞳。

 

 オレの命の恩人、川神一子がそこにいた。

 

「「あ……」」

 

 お互いに動きが止まる。なんだか既視感のようなものも感じた。

 

 そういえば、あれ以来彼女とこんなに近くで接したこともなかったな。まぁ、話そうにも周りをブロックされていたし、オレも彼女を少し遠ざけるようにしていたから当然かもしれない。

 

「え、えっと……」

 

 川神さんがそわそわとしながら口を開く。オレは彼女から意識の何割かを周囲に分散させる。

 

 そうして周りを確認すると、教室の中に一つ、後ろの柱の影に二つ、そして廊下の向こう側に二つ、そして自分の真上、天井から一つ――――覚えのある気が点在しているのが感じられた。こちらを意識している感覚もある。オレの様子を探っているのか、それとも川神さんを護っているのか、その両方か、はたまた違う理由か。

 

 いずれにせよ、友好的とは言いがたい気配だ。妙な素振りを見せればすぐに攻撃してきそうな気配すらある。 

 

 そうとわかったら、オレの決断は早かった。彼女から身を離し、距離をおくべく行動を開始する。

 

 いつもの日課のごとく修行をするだけだが、今はそれで十分だ。

 

「川神さん、すまない。オレは少し用事があるから、今日も一人で「孫くんっ!!」っ!?」

 

 オレの言葉を川神さんが遮った。驚いて立ち去るタイミングを逸してしまう。そして、動きの止まったオレに畳み掛けるように彼女はさらに大きな声を出して言った。

 

「ちょ、ちょっとだけ付き合ってちょうだい! 一緒に来て欲しいところがあるのっ!」

 

 

 

 - Several days ago -

 

 

 

 一子が行動を起こすより数日前。川神のとある場所に立つ廃ビルの一角に一子はいた。

 

 ここは風間ファミリーが(無断で)使用している基地で、メンバーのたまり場ともなっている場所だ。各自持ち込んだものが多く点在していて、生活感がバリバリと感じられていた。

 

 金曜日は集会のようなものがあり、なるべく予定をいれずに集まるのが暗黙のルールとなっている。本日も全員が一室に介していた。それぞれ所定の位置に座り、黙ったまま待っている。

 

 しかし、今日はいつもの集まりとは少し趣が違った。まず今日は週の半ばだ。金曜日ではない。金曜以外で全員が集まることはなかなかないのだ。それだけでも珍しいと言える。

 

 加えて、いつも思い思いに好き勝手なことをしているのが常である風間ファミリーの全員が、顔をつきあわせて黙ったままでいるのだ。もし過去のメンバーがこの光景を見たら、恐ろしく異様であることに間違いはないだろう。

 

「よし、みんな揃ってんな」

 

 少し重い調子の声が響く。その声はバンダナを巻いたファミリーのリーダー、風間翔一のものだった。立ち上がったキャップは見渡すように全員の確認をさらっとすませ、少しだけ目じりに真面目さを滲ませて口を開いた。

 

「ここに風間ファミリーの緊急特別集会の開催を宣言する!」

 

 堂々と言い切る翔一。その顔を見つめるメンバーは真剣そのものだ。あるものは黙って、あるものは固唾を呑んで見守っている。そして当の翔一はふうと息を吐くと、ドカッと勢いよく定置のソファに腰掛けた。

 

「つっても、いつもとほとんど同じだけどな。じゃ、あと大和頼むわ」

 

「いきなり投げすぎだぞ、キャップ」

 

 部屋の中の空気が一気に軽くなる。大和はまぁまぁ、と相槌を打つリーダーにため息をつくと部屋に集う全員を見渡した。キャップの作ってくれたこの雰囲気を損なわないようにしながら本題に移る。

 

「じゃ、今日の議題だ。みんなも分かってると思うけど――「反対」京、ちょっと黙っててくれ。コホン、今日の議題は――」

 

 一度姐さんと視線を交わし、

 

「先週転入してきた孫悟飯を風間ファミリーに迎えるか否か。決議をとりたいと思う」

 

 今もっとも懸念すべき案件を提言した。

 

 その場がしんと静まり返る…………などということは微塵もなく、すぐに京が声を上げた。

 

「私は反対」

 

 強い声。断固として譲らない意志が見えた。

 

「これ以上メンバーはいらない。それにモモ先輩をあれだけ痛めつけたんだ、絶対に嫌」

 

「僕も同じだね。謝ったって許すつもりはないし」

 

 京の言葉にモロが意見を同じくして言った。そこには興味や思慮などは一切なく、怒りとも憎しみともとれる暗い感情が表れている。

 

 だが、それも仕方のないことであった。京と卓也は元々が閉鎖的な人間であり、なおかつ他人との関わりを嫌う人間である。幼い頃から一緒にいた彼ら以外に親しい人間は少なく、少し前のクリス、由紀江の加入ですら反対したぐらいなのだ。それが自分の仲間を傷つけた相手となれば、尚更賛成する理由はない。

 

 事実、この二人の悟飯の嫌いようは相当なものであった。大和やクリスなどは悟飯の人となりを見極めようと距離を置いていただけだったが、二人、特に京の態度は気を抜けば殴りかかりそうになるぐらい刺々しいものだったのだ。

 

 もはや交渉の余地はないということだろう。そして、二人に便乗するようにファミリーの筋肉担当も続いた。

 

「今回は俺様もマジで反対するぜ。新入会員は女子だけで十分だっつの。それに、俺様だってモモ先輩のことを許しちゃいねーんだ」

 

 覇気を滲ませ、はき捨てるように言った。そこには仲間思いの彼らしさが溢れていた。京たちが微笑む中、教室での悟飯の姿を思い出し、ガクトは眉に険を寄せる。

 

「(おまけに奴はイケメンだしな。クラスの女子たちじゃ飽き足らず、他クラスや違う学年の女子にまでチヤホヤされやがって……くそっ、アイツは男の敵だ!)」

 

 ギリギリと歯軋りをするガクト。背後には凄まじい嫉妬の炎が見えた。

 

 事実、悟飯は気づいていないが、彼は学園の女子達にかなり注目されている。勉学は世界が違えど元々の性格と素養である程度はカバー、体育では抑えていても鍛え上げられた肉体で運動神経抜群の働き、さらに性格は優しく穏やかである上に顔も悪くないとくれば、年頃の少女達が興味を持つのも当然だった。

 

 今は彼が片腕であることと、顔に傷があるなどの理由から遠巻きに眺めて騒ぐ程度だが、悟飯の認識が完全に決まればそれも時間の問題だろう。

 

 すでに一部生徒からはファンクラブ設立の提言が上がっているぐらいなのだ。ガクトに限った話ではなく、一般の男子生徒からしても面白くない話である。とはいえ、その人当たりの良さから男子も理由なく恨む人間は少ないが。

 

 そんな一部男子の嫉妬を体現した彼を、メンバーは半眼になって見つめていた。心だけにとどめておけばカッコよさも保てただろうが、自分で本音を漏らしていることに気づかなければこうなるのも当たり前である。

 

 やはりどんな時でも彼はガクトだった。

 

「――――自分は賛成だ」

 

 初めての賛成派。反対意見が俄然優勢になった状況で声を上げたのはクリスだった。

 

「先ほどからみな彼のことを悪し様に言っているが、自分は孫悟飯は悪でないと思う」

 

 断言するクリス。そこには気丈な彼女らしい性格が表れていた。モロと京が睨みつけるが、彼女はそれを気にしながらも言葉を止めない。

 

「圧倒的な武、勉学に対する真摯な姿勢、クラスの連中とのやり取り……この数日間、あいつを見ていて少しわかった。うまくは言えないが、こう、アイツが何かを企んでいるとか、モモ先輩を挑発して戦うように仕向けた策士だとか、そういった感じはなかったように思う。あの朝のこともまったく話題に上げていないし、逆にそうなることを避けてすらいるように感じるんだ。そう――――ただ直向(ひたむき)なだけの武道家、そんな言い方が一番しっくりくる気がする。なんとなくだが」

 

 最後のほうは曖昧だったが、とにかく賛成に一票が入る。すると、矢継ぎ早に次が来た。

 

「わ、私も賛成ですっ。孫さんがどういう人なのか、まだ碌に話もしたことの無い私にはわかりません。でも、武道に対してとても真摯な志を持っていることだけは感じ取れました」

 

 彼女に遅れまいとして口を開いたのは、メンバーの中で最も引っ込み思案な少女、黛由紀江ことまゆっちだった。最近になってようやく自分の意見を出せるようになってきたのは良い傾向である。彼女は両手を落ち着きなく握り直すのを繰り返しながら続けた。

 

「あの時だって孫さんはモモ先輩を倒しはしましたが、力にかこつけて見下したり甚振(いたぶ)って楽しんだりする気配はまったく感じられませんでした。ただ純粋にモモ先輩のやっていることが武道家としてそぐわないと思ったからやむを得ず勝負をした、といった感じだと……最初に人払いをさせたのも、きっと先輩のことを後々まで気遣ったからだと思います」

 

 思ったことを述べること、その難しさを誰よりも知る少女の言葉はメンバーに確かに伝わっていた。誰一人口を挟むことなく話は続く。

 

「(……それに、あんな純粋で綺麗な技を見せる人が悪人だなんて、私にはとても思えません……)」

 

 そうして、あの勝負の時を思い出す。あれに至るまで、いったいどんな過去を経てきたのだろう、と。

 

「オレも賛成だ! なんたって提案者だからな!」

 

 待ってましたとばかりにキャップが手を上げた。その顔は先ほどの重苦しいものから一転、いつもの爽やかで元気いっぱいなものに戻っていた。さっきの態度も、おそらく雰囲気を出したかったとかそういうノリだったのだろう。 

 

「大和が今はあんまり近づくなっていうから遠巻きにしてたけどよぉ、アイツが悪い奴には見えねえんだよ。仲間に入れても問題ないとオレは思うぜ? それに旅人なんて、冒険家と並ぶ男のロマンじゃねぇか!」

 

 率直な感想&主観的意見である。言葉からも分かると思うが、この案件を最初に持ち出した他ならぬ人物だ。理由は悟飯がいたらもっと面白くなりそうだとの単純なものだったが、とはいえ勢いだけで言っているようで人を見る目はあるから、反対派の二人も無碍にはしまい。

 

「それに顔に傷跡、モモ先輩を一瞬で治しちまった不思議なアイテム、おまけに片腕の戦士なんてすげえミステリアスで面白そうじゃねえか! アイツ、その気になったら空とか飛べんじゃね?」

 

「いや、それはムリだろ……」

 

 ガクトが呆れながらテンション高いリーダーにツッコむ。いくらなんでもという顔だ。他のメンバーも流石に苦笑気味であった。

 

 しかし、キャップの勘が本当に凄まじいということをメンバー知るのはもう少し後になる。

 

「……私は、孫悟飯を引き入れたい」

 

 今まで黙っていた百代が口を開いた。見ると、いつもの場所で胡坐を掻きながら、百代は床の一点を見つめていた。だが、その目はきっと違うモノを捉えているように揺れている。独白するように彼女は続けた。

 

「追いかける存在ができた。それも途方も無く遠くに……こんな感覚は初めてなんだ。アイツの底が知りたい。あそこまでの強さを持っていて名前すら聞いた事がないというのはおかしいが、だからこそ興味がある。あれだけ手を抜いても私を圧倒できるほどの強さを持つに至った、その経緯もな」

 

「ぶっ!? て、手を抜いて……? モモ先輩と戦ってたとき、アイツは手加減してたっていうの!?」

 

 モロが口元を抱えてむせる。百代は続けた。

 

「そうだ。私の感覚が間違っていなければ、アイツはこれっぽちも力を出しちゃいない。最後にヤツが見せたパワーさえ、全力には程遠いものだったはずだ。アイツの強さは状況に応じて変化するから今までの勘は当てにはならんし、そもそも力の規模が大きすぎてほとんど計れん。底が見えないんだよ……まったくな。全力の半分でも引き出せていたんなら上等だが、あの感じでは三割だって出していたか怪しいな」

 

 今度こそ全員が度肝を抜かれた。あれほどの戦いを繰り広げておきながらまだ七割、いやもしかしたらそれ以上の力を隠していたというのか。

 

「本当にヤツが私を倒すことを目的として戦いを挑んで来たんなら、あんな説教を交えてもったいぶらずとも、最初の一撃で簡単に勝負はついていた。そうしなかったのは、私やお前たちに力の差を認識させ、納得できるようにするためだ……これ以上の争いを避けるためにな。そのためだけにアイツはわざと戦いを引き延ばした。もしも一撃だけだったなら、マグレと誤認した私が再戦を挑む可能性もあっただろうからな」

 

 流石の京も、目を見開いて言葉を失っている。天を仰ぎ見ながら、百代は全員に言い聞かせるようにして言った。

 

「川神の名を落とすのが目的ならばギャラリーを下がらせる理由はないし、そうであればもっと上手いやり方なんていくらでも思いつく。元より私が全力で放ったかわかみ波を気合で掻き消すようなヤツだぞ? その気になれば一瞬で私を粉々にすることもできたろうに、ケンカを吹っかけてきた相手にあんな不思議な豆まで残していったばかりか、戦っている最中から負けた後の相手のことを一番に考えている始末だ。お人好しにもほどがある」

 

 自嘲気味に零す百代。由紀江以外のメンバーは、冗談を言っているとは思えないその言葉に絶句する。

 

 と、彼女が唐突に遠い目になって言った。

 

「世界は広い。悔しいが、武道家としての志からしてヤツの方が上だったということさ。無論、私だってそのまま独走させる気はないけどな」

 

「姐さん…………」

 

 笑みの質が変わる。それは悦びだった。

 

 大和にはそれが良くわかる。持って生まれた才能と力が大きすぎたために、彼女は孤独を感じていた。どんなに相手を倒してもそれは晴れず、最近では彼女と対等に戦える人間はほぼ無いに等しかったからだ。

 

 それが一瞬にして覆った。てっぺんから見下ろすだけだった彼女の前に現れた遥か高みにいる人物――――孫悟飯。

 

 自信も、誇りも、強さも。自分の武の何もかもを圧倒的な差で打ち破ったこの男に、百代は自分の救いを感じていたのかもしれない。

 

(ホントは俺がなんとかしたかったけどな)

 

 大和はそんな姐の姿に少しばかり寂しさを覚える。だが、彼女が良い方向に向かっていることは間違いない。一つ片の荷が下りた気分だった。

 

 そして、その感謝の意を汲んで言葉にする。

 

「オレも賛成かな」

 

「大和ッ!?」

 

 京が信じられない、というふうに叫ぶ。立ち上がった幼馴染に、落ち着くよう手を振って諫めた。

 

「慌てるな京。もちろん条件付でだ。俺は姐さんの舎弟だぞ? 姉貴分があれだけやられたんだ、当然いい気分はしない」

 

 いったん言葉を切って、部屋を見渡す。反対派の三人をしっかりと見据えた。

 

 今言ったことはすべて本音だ。仮にも子分を名乗っている以上、親分の敗北が喜ぶべきことであろうはずがない。本当なら、どうやって孫悟飯に対抗するかその対策を練っていてもいいぐらいだ。

 

 だが、今回はいつもと状況が違った。どんな場合でも覆らなかった切り札が退けられてしまった。ならば、ここから先は今までと同じようにやっていてはダメなのだ。

 

「けど……あれだけの力を見せ付けられたら、軍師としては全くのノータッチってわけにもいかないんだ。姐さんを凌ぐ力なんて正直危険すぎる。下手に遠ざけて、何をしてるか分からなくなったらそれこそ厄介だ。なら、見えるところに置いて監視しといたほうが安全だろ? そういう意味では賛成というよりも中立意見に近いけどな」

 

 もしも悟飯の本当の力が周囲に広まってしまえば、それは無用な混乱を呼び込む可能性がある。それに、あれだけの力を持つ相手と無理に敵対しても得られる利は無い。孫悟飯が敵対姿勢を見せないのなら、此方に引き込むまでだ。

 

「そういうことだから、俺としては次の金曜集会の時までにアイツを引き入れるに値する存在なのか見極めたいのさ。ま、とりあえずは様子見ってことだ」

 

 いつでも戦略を練ることを忘れない彼らしい意見だった。策略を練るものに必要なモノは智謀と度胸、そして柔軟性だ。これを失った軍師は、ただの凡俗へ成り下がる。

 

 どんなときでも風間ファミリーを支えていこうと思っていたからこそ表れた言葉だった。

 

「さて。最後だぞ、ワン子」

 

 後押しするように視線を飛ばす。最後まで黙っていたファミリーのマスコットがようやく口を開いた。

 

「わ、私は……」

 

 水を向けられた彼女は握った手を胸に添えたままじっと考える。

 

 彼の顔。彼の声。彼の優しさ。

 

 浮かんでくる悟飯に関することを、自分の中にある思いと絡めて形にしていく。そうして、ゆっくりと顔を上げて言った。

 

「――――賛成よ。孫くんは無闇に他人を傷つける人じゃない。私が保証するわ。大切なはずの仙豆だってくれたし、あのとき孫くんはお姉さまと私たちに言ってたもの。すまなかった、って。私は孫くんを信じるわ」

 

 迷いの無い瞳で一子は言い放った。そして、すっきりとした笑顔でソファに座る。頭の後ろで手を組んでいたキャップが満足げに頷き、指定位置からぴょんと立ち上がった。

 

「賛成6、反対3。まぁ大和のは様子見っぽいから中立1としてもいいが……どっちにしても決まりだな!」

 

 嬉しそうに笑うリーダーキャップ。京とモロは明らかに不満そうな様子だったが、小さくため息をついて首を振った。

 

「…………わかった、みんなの意見だから従うよ。けど、私は簡単には認めないから」

 

「仕方ない。ならボクも近くから見させてもらうよ、孫悟飯っていう人間をね」

 

 席を立つ二人。そのまま誰とも目を合わせず、部屋から出て行く。まゆっちが後を追おうとするが、ガクトがそれを押しとどめた。

 

「追うなまゆっち。オレ様だって似たような心境なんだ、そっとしといてやれ」

 

「は、はい……」

 

 うなだれる由紀江にガクトが仕方ないというふうに構っている。こういうところが年下に好かれる所以なのだろうと大和は思った。下心なしでそれを他の女性にできれば少しは人気が出るかもしれないのに、不憫である。

 

「よし! そんじゃ決行は次の金曜集会ん時で! 作戦内容は……ワン子、お前に一任する! 頑張れよ!」

 

「え…………ええええええっ!?」

 

 あまりの驚きに目が飛び出そうなほど驚く一子。だが、キャップはもうすでにそこにはおらず、離れた場所で菓子を頬張っている。横にいた大和はやれやれと肩を竦めながら、ニヤニヤと笑いかけてきた。

 

 思わず涙目になる可愛そうな少女犬。

 

 これがおよそ一週間前の出来事であった。

 

 

 

‐Side out‐

 

 

 

「それで、ここが……」

 

「そ。あたし達の秘密基地――――まぁ、風間ファミリーの根城ね」

 

 川神さんに連れられて、オレは川神学院からいつも歩かない道のりを経てある場所に来ていた。

 

 見上げるようにして上を向く。そこには比較的大きなビルがどん、と聳え立っていた。建設途中で放り出されたのだろう、所々作業が終わっていない箇所も多々見られる。

 

「さ、入って」

 

「あ、ああ……」

 

 恐る恐る入り口へ踏み入る。ここへ来るまでに大体のあらましは川神さんから聞き及んでいたが、いきなり招待すると聞いたときには驚いてしまった。

 

 何しろ成り行き上仕方なかったとはいえ、自分が危害を加えた相手である。向こうの友好的とはとても言えない雰囲気から完全に関係が決まったと思っていたのだが、川神さんはそれは誤解だといった。

 

 それは嘘ではないだろう。だが、すべてが本当というわけではないのは川神さんの雰囲気から分かった。

 

 彼女は虚言を口にするのが驚くほど下手なのだ。それこそ、まだ知り合って間もない自分にさえわかるほどに。

 

(今まで何もしてこなかったのは、おそらく離れた場所からオレの様子を探っていたんだろう。彼女たちの気が隠れたところから此方を意識してたのも、それで説明がつく。そして方針が決まったから今日になって接触してきた、ってところか。川神さんの雰囲気からして争うつもりはないみたいだが、これ以上は当人たちに聞いてみないとわからないな……)

 

 前を行く川神さんを追いながら一人考えをまとめる。そうこうしているうちに目的の場所に着いたらしい。川神さんが足を止めて此方を振り返った。

 

「さ、着いたわよ。一名様ご入場ー!」

 

 遠慮も無く部屋へと入っていく川神さん。心の準備に要する時間などさっくり無視されたらしい。ため息をつきながら後に続いた。

 

「お、おじゃまします……」

 

「ん? おお、来たか孫悟飯! 待っていたぞ!」

 

 部屋に入ってすぐ反応したのは、金色の髪をした少女だった。見覚えがある、というか確かクラスメイトだったはずだ。名前は確か、クリスティアーネさんといったような気がする。

 

「お、お帰りなさいませご主人様!」

 

「へっ?」

 

 と、すぐ横からも声がした。ちょっと聞いたことのない文句に、オレは呆けたように彼女を見る。さらりとした黒髪を首の後ろで二つに分けて流した、こちらも可愛らしい少女だった。

 

 この子もあの朝に河原にいたうちの一人だったはずだ。ずいぶんと強い気を持っていたから印象に残っている。

 

『まゆっち、それは店が違うぜ。見ろよ~、相手が困惑してるじゃんよ~』

 

 掌に乗っけた馬(?)のマスコットがコトコト動いている……ように見えた。

 

 なんとも不思議な光景だ。意味はちょっと図りかねるが。

 

「はわわ、そうでした! えっとえっと…………お帰り下さいご主人様!」

 

『ご主人様から離れようぜぇ。というか追い返してどうするんだよう、テンパりすぎだまゆっち~』

 

「うぅ、すいません松風……」

 

 思った以上にテンションが高い子だ……というか、あれはなんだろう。気を感じないから、生きているわけではなさそうだ。彼女の口元が僅かながら動いていることから察するに、彼(?)の台詞も彼女が喋っているようだ。なんとも器用な少女である。

 

 ひょっとすると、これが腹話術というやつだろうか。確か、病院のテレビでお笑い芸人なる人たちがやっていたような気がする。いや、完成度からすると比較にならないほど高いが。

 

 一人オタオタしている彼女を見つめているのも忍びないので、オレは周りに目をやった。

 

 『見えるのは』全部で五人だ。さっきの二人と向かい合うソファに座った背の高い少年と違うソファに座るもう一人の少年、そしてここに連れてきた川神さん。

 

 オレは目を数秒閉じてから周りを見渡して口を開いた。

 

「――――やっぱり君らのメンバーは『九人』か。あの河原にいたので全員だったんだな」

 

「え? やっぱりって……まだ全員と会ってもいないのに、なんでわかったの?」

 

 首をかしげる川神さんにオレは説明した。

 

「このビルには、オレ以外に気が九つあるからだよ。部屋で見えている五人、両側の柱の影にそれぞれ一人、扉の外に二人だ。右側の柱にいる一番強い気が百代さんだな」

 

「すごいわ、そんなことまで分かるのね!」

 

 素直に驚きのリアクションをとる川神さん。他のメンバーはオレを観察するような目をしている。その様子からするとやはり百代さんもある程度は使えるようだ。

 

 オレの言葉に反応したのか、柱の影に隠れていた二人がゆっくりと出てくる。外の二人も同様だ。

 

 二人がつまらなそうに口を尖らせる。

 

「くそぅ、俺がババーンと登場して驚かせてやろうと思ってたのに!」

 

「よもやこれほど簡単にバレるとはな……キャップはともかく、私は本気で気配を消していたつもりだったが」

 

 二人の登場に苦笑する。外にいた二人もいつの間にかソファに座っていた。

 

「気配だけ消しても同じだ。気を隠さなきゃな――――こんなふうに」

 

『――――っ!?』

 

 今度こそ女性たちが目を見開いて硬直した。少年たちは何が起こっているのかわからずにきょとんとしているが、武道に精通しているためか彼女たちの驚きようは予想以上だった。

 

「驚いたな……気をコントロールすることができるとは思っていたが、完全に絶つことすらできるとは……」

 

「い、一瞬で気が消えた。見えているのにいないような……不思議な感覚だぞ」

 

「まるで存在自体が薄まったみたいです……!」

 

「すごい! すごいわっ、孫くんっ!」

 

「………」

 

 驚き、羨望、疑念。様々な色の視線が集まる。

 

 疑念の視線は背後にいる彼女のものだろう。クラスでもここでも性質は変わっていない。いや、余計にとげとげしさが増しているような気がする。近くにいる少年のも然りだ。

 

 あまり前置きを長くするのはよくない。切り出すのはこのへんだろう。

 

「…………それで?」

 

「うん?」

 

 いま論ずべきは世間話ではない。この二人とは距離を考えて接していかなきゃと思う傍ら、オレは正面に座る少年、直江大和に疑問を提示した。

 

「単刀直入で悪いが一つ聞かせてくれ。何で――」

 

「――何で自分をここへ連れてきたのか、ってことだろ?」

 

 答えは違うところから返ってくる。それは先ほど百代さんと共に柱に隠れていた、バンダナを巻いた威勢のいい少年からであった。

 

 たしか彼は風間翔一。名前からも分かるが、この風間ファミリーのリーダーだと言っていた。

 

 学院の生徒たちから、特に女子からの人気が高いらしく、小笠原さん辺りからはエレガンテ・クアットロの一人だとか言われていた。いわく、とてもカッコよくて人気のある四人の男の子の一人だとか。

 

 実際に会ってみるとなるほどと頷ける好青年である。女子だけでなく 男子にも彼を好くものが多いのにも納得だ。

 

 だが、実は自分自身もそれに準ずるぐらいに注目されていることを悟飯は知らない。

 

「前置きとかは苦手だから率直に言うぜ。孫、お前、風間ファミリーに入れ!」

 

「………………へ?」

 

 思わず目が点になった。予想の遥か上を行く事態に、思わずフリーズする。

 

 翔一が眉を寄せながら首をかしげた。

 

「ん? なんだよ、ぼうっとしちまって! 聞こえなかったなら、もう一度言うからな。お前を風間ファミリーに……俺たちの仲間に迎えたいんだ。あ、だからって特別なことは何もないぜ? 規則とか金が必要とかはないしな。ただ、金曜日には出来るだけここに集まって欲しいってだけで―――」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 慌てて遮る。オレはかなり混乱していた。

 

 風間ファミリーに入れ?

 

 オレが?

 

 状況が飲み込めない。あまりにも唐突過ぎる話にオレはたまらず声を上げた。

 

「何でそんな急に……それにどうしてオレなんかを仲間に入れたがる? それにオレは君らの仲間を……川神百代さんを一方的に傷つけたんだぞ? そんな相手を仲間に入れる理由は――」

 

「それは違うぞ、孫。あれはただの試合だ。飛び入り的なものだったとはいえ、内容は誰もが認める正式なものだった。ぶちのめされたのは私が未熟だっただけだ。お前に非は無いさ」

 

 百代さんが庇うように言った。倒した相手にフォローされたことにも驚いたが、だからと言ってはいそうですかと引ける話でもない。オレは周囲へと視線を彷徨わせた。

 

「だ、だからって……」

 

「それ以上はなしだ。お前は私を壊さないように手加減し、武道家の在り方を説き、最後には対戦相手の身体を気遣ってあの不思議な豆までくれた。他がどうあろうと、私はそれに感謝している。それにここまで借りを作りっぱなしなんだ、これから返していく相手がいてくれんと私が困る」

 

「う……」

 

 有無を言わさない百代さんの言葉にオレは頬を掻いた。見渡しながら何とか言葉を続ける。

 

「だ、だけど、納得してない人だっているだろう? その人たちの意見も聞かないと……」

 

「むぅ、そう来たか…………だったらテストすっか?」

 

「キャップ?」

 

 鸚鵡返しに大和が口を開く。自慢のバンダナに手を置きながら翔一はニカッと笑った。

 

「俺が今から一つだけ質問をする。それに対していい回答が出来たら合格、孫を仲間にしよう! 当たり前だが、手心は一切加えないから気合入れて掛かれよ! くーっ、なんだか入団試験っぽくて燃えるぜ!」

 

「はぁ…………ま、それぐらいならいいか」

 

 大和がため息を零すが、試しておこうということには賛成のようだ。翔一はどうしよっかな~などと言いながら、悩んでいる。そうしてしばらく腕組をしながら唸った後、少しだけ真剣な目をして悟飯を見た。

 

「じゃあ問うぜ。孫、お前ここを……この場所をどう思う? 自分が感じた率直な感想でいい、言ってみてくれ」

 

 言われてオレは周りを見る。視線が此方に集中しているのがわかった。

 

 無視を決め込んでいた二人も、意識だけは向いているのがわかる。オレはは静かに目を閉じて、十秒間ほど思考の海に自分を沈めた。そして目をあけるのと同じくして、ゆっくりと口を開く。

 

「オレはまだここに来たばかりだ。君らがここで何を経験したのかは分かるはずもないし、その経緯だって知らない。けれど、ひとつだけ挙げるなら――」

 

 もう一度部屋を見渡し、思うままに言った。

 

「――――君達にとっての大切な場所……拠り所なんじゃないか?」

 

「「!」」

 

「ほう……?」

 

 百代さんが面白い、というふうに口元を吊り上げる。オレに対して剣呑な視線を向け続けていた二人にも驚愕の念が混じっていた。

 

「何でそう思うんだ? ここがただの集まりの場で、場所はどこでもいいのかもしれないぜ? いくつか場所があって、今日はたまたまここにいるだけかもしれないじゃんか」

 

「いや、それはない」

 

 翔一が別の可能性を提言するが、悟飯はその言葉をきっぱりと否定する。そこには推測を超えた確信が宿っていた。

 

「見ていればわかる。外での君たちとここでの君たち…………二つを比べればすぐに気付くさ。君らがこの場所に安心を……安らぎを感じているってことが。それに、ここの空気はあたたかい。温度的なことじゃなくて、本当に温かいんだ。それぐらい、この場所には大切な思いが込められている……オレはそう思う。それに――」

 

 言葉を切って川神さん……一子さんを見る。答えは分かっていた。彼女がオレをここに連れてきた理由……それはオレが今感じているものと、きっと同じなのだろうと信じて。

 

「――――君達のここでの雰囲気……それと同じものを知ってるからな。オレの場合は場所じゃなくて、人を中心にしたものだったけれど」

 

 言って、オレは口を閉じた。言いたいことはこれですべてだ。後は彼らに任せるしかない。

 

 一瞬の沈黙。しかし、次の瞬間には大きく手を打つ音が聞こえた。  

 

「合格だ! 文句なしの満点解答だぜ!」

 

 キャップが満面の笑顔を見せながら言った。一子と由紀江も嬉しそうな顔をしており、百代は相変わらず不敵そうに笑う。クリスも満足そうに頷いたが、大和に何かを耳打ちされて真っ赤になって怒っていた。

 

「あんな顔で言われちゃあね……一応、仕方なくではあるけど、認めざるを得ないか」

 

「しょーもない……」

 

 モロと京、残されていた二人がゆっくりとため息を吐いた。そこに今までのような険は薄れている。信頼と呼べるにはまだ遥か遠いものの、どうやら敵対意識だけは取り除くことが出来たようだ。

 

 そこで百代さんがオレに近づいてきて言った。

 

「ところで孫。さっきの口ぶりからするにお前にも仲間がいるようだが、そいつらはどこにいるんだ? お前ほどの実力者の仲間なら、きっと凄まじい使い手だと推測する。武道家としても風間ファミリーのメンバーとしても、ぜひ会ってみたい」

 

「アタシもアタシも!」

 

「あ、ずるいぞぅ! 俺も会う!」

 

「確かに、興味はあるな」

 

「ふむ、自分も会ってみたいぞ」

 

「ど、どこにいらっしゃるんですか?」

 

「その中にいい女がいるなら、オレ様に紹介しろ!」

 

「ガクトはいつもそれだよね」

 

「ホント、しょーもない」

 

 百代を皮切りにして詰め寄ってくるみんな。オレは飛びついてくる川神さんと翔一をいなしながら考えていた。

 

 オレの仲間……ピッコロさん、べジータさん、クリリンさん、天津飯さん、ヤムチャさん、餃子さん……みんなかけがえのない仲間だった。

 

 どんな絶望が訪れても、どれだけ希望が失われかけても、みんなでそれを乗り越えてきた。『あの人』と一緒に。

 

 それはいつまでも消えることのない、オレの大切な思い出。彼らが大切な仲間であることも決して変わることは無い。

 

 たとえ、みんなとはこの世(ここ)でもう二度と会うことができないとしても。

 

「…………すまない。オレはずっと前に家を出たから、それ以来仲間とは別れたままなんだ。今どこにいるとかはオレにも……」 

 

 上手く隠せているかはわからなかったが、自分なりに精一杯普通を装って言った。この世界に意味もなくあの記憶を持ち込むことは絶対にダメだ。知ったところでどうしようもないし、彼らにまで要らぬものを背負わせてしまう。あんな地獄を知るのは、オレ一人で十分すぎるのだから。

 

「そうか、残念だな……」

 

 苦笑しながら言うオレに百代さんは肩を竦める。すると、その横にいた一子さんがひょいと顔を出した。

 

「……でも、また会えるといいわね! 昔の仲間に! 大丈夫よ。こんなに強い孫くんの仲間なら、きっと今でも元気でいるわ!」

 

「ああ…………ありがとう、川神さん」

 

 いつくしみの心がストレートに伝わってくる。オレの体はそれに応えるように自然と手が伸び、その頭をゆっくり撫でていた。

 

「ふぇっ!? そ、そそそ孫くん!?」

 

 川神さんが驚いたような声を上げるが、気にせず撫で続ける。

 

 本当に優しい子だ。やはり彼女にはこのままでいて欲しいと願う。

 

 だからこそ、真実を告げるわけにはいかない。それが、彼女の願いとは違うことだとしても。

 

「ふにゃぁあ……」

 

「おおっ、ワン子が完全にとろけている……」

 

「かなりの撫でテクだな」

 

「…………は!? ご、ごめん川神さんっ、つい……」

 

 慌てて手を離す。昔仲の良かったハイヤードラゴンを撫でる要領でやってしまった。流れでしてしまうとは、本当に彼女の動物属性には恐れ入る。前世が犬系と言われれば失礼だが納得してしまいそうだった。

 

「き、気にしないでっ! いつもみんなにやられてることだし!」

 

 川神さんは一瞬だけ寂しそうな表情をした気がするも、すぐに慌てたようにいつもの顔に戻った。恥ずかしかったのだろうか、僅かに頬を赤く染めている。島津などにそれをネタにされたのか、お互いにド突きあっていた。

 

 オレは少し離れて、じゃれあう彼らを眺める。

 

「……仲間、か…………」

 

 オレはかつての仲間たちに思いを馳せた。最後に言葉を交わしたのは、もう十年以上前の出来事だ。

 

 だが、今でも鮮明に思い出せる。希望に満ち溢れていたあの頃のことを。

 

 楽しかった日々。

 

 厳しくも優しかった生涯の師匠。

 

 いつも温かく見守ってくれたクリリンさんたち。

 

 誰よりも強く、誰よりも遠い目標だったあの人の背中。

 

 どれだけ時が経とうとも、どれほどの絶望にまみれようとも、一つとして色褪せることはない。

 

 今となっては数少なくなった、オレの幸福な記憶。これだけは、『ヤツら』にも壊せないモノだから。

 

「……――――」

 

「孫……?」

 

 隣にいた直江大和の瞳が不意に此方をとらえる。そして彼が口を開きかけた時、それをさえぎるようにしてキャップこと風間翔一がオレの前に立った。

 

「とにかく仲間に入れ! これからいっしょにやろうぜ、悟飯!!」

 

 満面の笑みを以って伸ばされる掌。こちらを見据える瞳を見返し、俺は改めて考えた。

 

 自分が彼らの仲間に入る資格なんてない。この身が抱え込んでいるのものは平和なこの世界とはかけ離れた、途方も無く危ういものである。それにオレ自身が異質であるのだ。生まれ、力、存在、すべてにおいて。

 

 それは彼らには関係のないこと。ならば、ここで彼らを突き放すことがオレの取るべき道ではないのだろうか。

 

 簡単なことだ。嫌だ、無理だ、入れない、そのつもりはない。

 

 そう一言口にすればこの話は終わる。そして同時に彼らとの関係もこれっきりになるだろう。

 

 それでいい。元より自分の世界には関わらせないと決めたはずだ。たとえ危険がないとしても、あんな悲惨な記憶など知らないほうがいいのだ。

 

 これでいいはず。これ以外に選択肢は無い。そのはずなのに、オレはその言葉を紡げなかった。

 

(まさか、求めているのか……オレが……?)

 

 困惑した視線をずらして川神さんを見る。不安げな表情だった。だが、僅かな期待が入り混じってもいる。目を閉じても、その顔は瞼から離れようとしない。

 

 一言、一言拒否を告げるだけだぞ。簡単なことだ。彼女は悲しむかもしれないが、巻き込むよりはいい。

 

 だが、言葉が出てこない。オレは唇を噛み締めた。

 

(父さん……あなたなら……)

 

 いつでも自分の憧れだったその姿を思い出す。

 

 誰よりも強く、誰よりも優しく、そして誰よりも偉大だった父。父さんなら、あるいはどうするだろうか。

 

 

 

『父ちゃんが絶対助けてやるからな!』

 

 

 

『後はオラにまかせろ』

 

 

 

『頑張ったな、悟飯』

 

 

 

 いつだって遠かった背中。強くて、明るくて、少しドジで。

 

 どんな時だって、いつもみんなを助けてくれたあの人なら。

 

『あんま考えすぎんじゃねぇ悟飯。おめぇのやりてぇようにやってみろ。それに何かあっても、おめぇがちゃんと助けてやりゃあいいじゃねぇか。大丈夫さ、おめぇならできる。なんたってオラの息子なんだからな!』

 

 ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 

 きっとこれはオレのわがままだ。自分にとって都合のいい妄想でしかないのかもしれない。だがそれでも、

 

(……そう言っただろうな)

 

 ふぅと息を吐いて、身体から緊張を解き放つ。いつの間にか、重苦しい気持ちは薄くなっていた。

 

 護りたいなのなら強くなればいい。絶対に負けないように修行すればいい。

 

 あの人はいつもそう言い、そして言葉の通りに生きていた。素直に、正直に、誠実に。オレもそんなふうに生きれたら、どんなに幸せだろうか。

 

 だが、そう考えたくても、オレはすでに多くを背負いすぎてしまっていた。その気持ちと同じぐらい譲れないものだってある。

 

 それはどんな絶望でもオレを支えてきた信念だ。簡単に曲げることなどできない。

 

 ならばどうすればいい。どうしたらいい。

 

 いまだ掲げられた手を見つめた。何の屈託もない笑顔で向けられるその手。

 

 どれぐらい考えただろうか。ゆっくりと目を見開いて全員を見つめる。

 

 その中でオレは、

 

「――――すまない」

 

 自分への救いを否定した。翔一はぽかんとした表情をしていたが、すぐさま顔を膨れさせて抗議する。

 

「ええ~!? 何でだよ!? 何であの雰囲気で断るんだ! 絶対OKの流れだったじゃんか! まだ何かあるのかよぅ!?」

 

 地団駄を踏む翔一。それを取り囲むみんなからは様々な感情の流れが見て取れる。

 

 オレは川神さんの方を見ないようにして理由を話し始めた。

 

「さっきも言ったようにオレはまだここに来て日が浅い。当然君達のこともわからない。だから、いきなり仲間になれと言われても正直戸惑ってしまっているんだ」

 

「なんだ、そんなことか。それなら、ここにいてわかるようになればいいだろう? そりゃ、最初は戸惑うだろうが、初めから仲のいい人間なんているか?」

 

「そ、そうですよ! 私やクリスさんだってそうやって仲良くなったんですし!」

 

 百代さんが眉を寄せながら、黛さんが慌てたように反論してくる。オレはその心中を推し量りながら言葉を続けた。

 

「そうかもしれない。だが、オレがいまの君達との距離感を掴みかねているように、いまの君達もオレをどう見たらいいのかわからないでいるだろう? それに君らがオレを誘っているというのも、そのままに受け止めているわけじゃない。いろいろと考えはあるだろうが、今は強いということ、あるいはオレの強さがもたらす利点が大きいことが一番の理由を占めているように思う。違うか?」

 

「う……まぁ、それは確かに、ある……よなぁ……」

 

 島津がばつが悪そうに頭を掻く。女性陣から殺気が飛んできたのを、師岡の後ろに隠れてやり過ごしていた。

 

「それに仲間っていうのはそういうものじゃないだろう? 確かにはじめから仲のいい人間なんていないが、だからって仲間になりましょうっていうものでもないはずだ。この風間ファミリーは違うのか?」

 

「かなり当たっているだけに反論しづらいよね……」

 

 師岡が苦笑しながらつぶやく。そこには険の色はなく、ただ単に事実を事実だと受け止めているだけだった。オレは席を立って、入り口に寄りみんなに背を向ける。

 

「決して君達を嫌っているというわけじゃない。けど君達に独自の考え方があるように、オレにもオレの……事情がある。だから、今回は無理だ」

 

「そ、そんな……」

 

 川神さんが泣きそうな表情になる。いや、もう半分泣いていた。

 

 心が痛みに痛む。思えばずいぶんと懐かれたものだ。

 

 はじめはただの怪我人と恩人だった。それが勝負を経て半ば強引に教えを受ける側と授ける側に変わり、そして今に至る。たった十日程度でよくここまで変化したものだ。

 

 悲しい顔をさせたいはずなどない。背を向けたまま、強く唇を噛み締める。

 

「……孫、一つだけ聞くぞ」

 

 扉に手を掛けようとした時、背中から直江の声がかかる。いつになく真剣な声だった。動きを止めてそのまま佇んでいると、彼はオレの背中に向かって口を開いた。

 

「『今回は』ってことは、これからは未定なんだな?」

 

 どこか確信を得ているような声色。口元を吊り上げている様子が目に浮かぶような、強い自信に溢れた言葉だった。

 

 その言葉に誰かがはっと息を呑む音が聞こえる。オレは軽く息を吐いてから、答えとなる言葉を紡ぎ始めた。

 

「……今後オレと君達との関わりが続くなら、お互いを知る機会はきっとある。そうなれば、その中で互いのいいところ、悪いところ、それらが今よりはっきりと見えてくるだろう。ある時には助け、またある時には助けられ、そしてまたある時には、意見が違ってぶつかることもあるかもしれない」

 

 そうだ。『オレ達』はいつもそうやってきた。

 

 はじめは恐怖しかなかったピッコロさんも、出会った時は地球にとって恐ろしい敵だったべジータさんも、父の親友だったクリリンさんや仲間であるヤムチャさん、天津飯さん達でさえ、はじめは父のことを嫌っていたり敵だったりしたことをいつか語っていた。

 

 だが、一心不乱に打ち込んだ修行の日々、力と力をぶつけ合った死闘、絶体絶命の戦いにおいていつしか団結するようになった。はじめは利害の一致でしかなかった関係が、背中を預けられるような間柄にまでなっていたのだから。

 

 それは世界が違うといっても変わらないはずだ。

 

「けどそれでいい。偽りない気持ちで本音を語ったり、お互い本気でぶつかることができる人がいるってのはすごく幸せなことだ。それは簡単にできるものじゃないし、簡単にできちゃいけないものだと思う。少なくともオレはそうだったし、それは君たちも同じはずだ」

 

 問い返す声はない。みな真剣に此方に耳を傾けている気配がありありと分かった。それだけで答えは出たようなものだったが、これ以上は踏み込めなかった。

 

「だから、いまは距離を置く。けれど、それは永遠のものってわけじゃない。いま見えている側面だけで選択したくは無いし、君達にもそうやって決めて欲しいから」

 

 これはただの先延ばしだ。信念を曲げまいとする自分と未練がましい自分が相容れず、だがそれでもどちらを否定することもなく出した答え。

 

 現状維持。手放せず、断ち切れない気持ちがない交ぜとなった逃げだ。

 

 どちらか一方と認めてしまうのはまだ早い。どちらもオレであり、どちらが欠けてもオレではなくなる。だから、オレが何をなすべきなのか、何をなしたいのかを考えたい。

 

 そのための時間が欲しかった。

 

「君達とオレが互いを知り、その時、二つの気持ちがまだ変わらずにいたのなら――――」

 

 振り向いて部屋を見渡す。全員の視線が此方を捉えていた。あのショートの少女すらも、此方を見据えている。

 

 オレはふっと力を抜いた。その時は少しだけ笑っていたかもしれない。

 

「――――その時は、改めて誘う必要はないさ」

 

 ドアノブを捻って扉を開く。そうしてオレは今度こそ部屋から出て行った。

 

 風間ファミリー。

 

 仲間を失ったオレにはとても魅力的な集団に見えた。正直、手を取りたくなかったと言えば嘘になる。

 

 だが、まだできない。オレはまだ自らの果たすべきことを成していないのだから。

 

 万が一にも彼らに危害を及ばせたくはないし、オレの世界のことはオレ自身の手でカタをつけたい。

 

 そのためにも――――、

 

「強く、ならなきゃな……まずは修行のし直しだ」

 

 拳を握り締めて決意を新たにする。

 

 そのまま階段を下っていった。

 

 ほんの僅かの名残惜しさを胸に秘めて。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ハァ、勧誘失敗か……やっぱり一筋縄じゃいかなかったな」

 

 大和の声が沈黙の満ちた部屋の中に響き渡る。言葉だけを見れば残念そうではあるが、その表情に憂いは無い。むしろ、彼の『言質をとれた』ことが大きな収穫だったようだ。それを裏付けるように、百代が頷く。

 

「奴の胸の内を察するに、『仲間にはなりたいが今はまだその時じゃなく、仲間になるのはこれから先の私たちとアイツ次第。それは仲間っていうのは作るものじゃなく、自然になるものと思っているから』ってとこだろう。まったく、頑固な上に無駄に回りくどい言い方をして、どこかの弟分のような奴だ」

 

「まぁ、孫はかなり頭が回るみたいだからね。そのぶん自分の考えもしっかりしてるみたいだし、揺るがない感じが武道家らしいよ。気遣いもかなりのもんだし、何事にも真面目で気移りしない辺りは姐さんとは違うかも――――ぐぇぇ!?」

 

「ほ~う? 誰が知能指数も低くて、女漁りの色情魔だって~?」

 

「そ、そこまで言ってな――ぎゃああ!? ギブギブ!!」

 

 こめかみに青筋を浮かべた姉とヘッドロックをかまされる弟分。いつものごとき光景に戻ったことで、メンバーは苦笑しながらも身体の力を抜いた。

 

 とはいえ、先ほどの空気が完全に流れたわけでもない。クリスは難しい顔をしながら腕を組んでいた。

 

「むぅ……まさか拒否するとは。入りたいのならそうすればいいと自分は思うが、アイツの中ではそこまで簡単な話ではなかったのだな」

 

「孫さんは私達よりも多くの経験をしてきていそうですから。仲間に対しても何か強い思い入れがあるんでしょうね、きっと」

 

『おー、オラも一緒にやれたら楽しそうだと思ったんだけどな~。ま、今後はまだわかんねぇから、それに期待しつつ精進だぜまゆっち! でもまずはファミリー以外で友達作ろうな~』

 

「はい松風!! でも、道のりは遠いですねうぅ」

 

 ガッツポーズを決めながら気合を入れなおし、なおかつ涙目で落ち込むという器用な真似をする由紀江。この一人と一匹(?)には、悟飯の言葉に何か感じ入るものでもあったのだろう。また、翔一に至っては先ほどよりも笑みを強くしていた。

 

「へへ、悟飯の奴、上手く切り抜けたつもりだろうが、さっきのでますます気に入っちまった! オレは諦めないぜ! 絶対仲間に入れてやるからな~!! そうと決まったら早速勧誘だ! 風のごとく、ってな!」

 

「だからこれから先なら入るかもって……それに勧誘はさっき断られたばっか……って、早っ!! もう行っちゃったよ……」

 

 脱兎のごとしスピードで消えた翔一に乾いた笑いを零すモロ。京もため息をつく。

 

「あーあ、キャップの好奇心とか諸々に火をつけちゃったみたいだね。南無南無」

 

「しばらくしたら戻ってくるだろ。ついでにメシ頼んどこうぜ」

 

 いつものごとくマイペースな二人。だが、そこに悟飯への嫌悪感はなかった。ある程度の警戒は続けるだろうが、敵意を持つまでではなくなっている。

 

 悟飯と接して少しだけ変わったメンバーを見ながら、一子は彼の去っていった扉の方を向いた。

 

 

 

【オレにもオレの……事情がある】

 

 

 

 そう言った彼の横顔を思い出す。今日一日でも彼のいろいろな表情や感情を垣間見ることができた。

 

 だが、そのなかで一瞬だけ彼が見せた一つの顔が私の心に引っかかっていた。

 

 自分の事情。

 

 彼がその言葉を発したあの時、その瞳には彼と初めて会った時と同じ表情が見えていた。まるで置いていかれた子供のような……何かを堪えるような、そんな憂いを帯びていたようなそんな気がしたのだ。

 

 それに、私はなぜか懐かしい気持ちになる。少しだけ懐かしくて、どこか切ないその気持ち。

 

 それが何に起因するのかはわからない。胸に少しだけちくんとした痛みが走った理由もわからない。だが、私はコレを知っているような気がした。

 

 今はまだ、それは形を成さずに不定のまま心の隅に漂っているだけ。だが、それが明確な形を取るのはそう遠くない、それは私の中である種の確信になっている。私と孫くん。程度は違うだろうが、両方の心に等しくあるもの。

 

 だが、私はそれを言葉にはしない。それは彼の一部ではあるが、彼のすべてではないからだ。

 

 すべてをひっくるめて彼、孫悟飯はそこにいる。

 

 私がいま『川神一子』であるように。

 

「(いつか、話してくれるよね…………孫くん……)」

 

 語らない彼の背中を思い描きながら、私は静かに願う。

 

 他ならぬ孫悟飯が持つ、まだ見ぬ側面を知るときが来るようにと。

 

 彼が自分に対し、本当の意味で心を開いてくれるときを。

 

 今はただ、それだけを願う。そうしたまま、私はしばらくその場に佇んでいた。

 

 

 




第五話でした。

以前に感想欄で

「いきなり風間ファミリーに入るのはありきたりですよね」

とコメントを貰っていながらこういうストーリーとなってしまいました。

本当に申し訳ないです。これしか流れ的にいい感じにならなかったので・・・・

悟飯は仲間を求めているんじゃないかな~と推察してこうなりました。

自分が仲間と呼んでいた彼らはもう13年前には全員殺されてしまいましたし、トランクスは仲間ではありますが、それ以上に弟子でしたので。



さて、ここからは業務連絡です。

第五話を投稿致しましたが、ここから先二週間ほど、正確に言えば23日まで私は行事が立て込んでおりまして、小説の執筆が出来そうにありません。なので、少し六話は遅れることになりそうです。

明日なんて三時起きせねばなりませんし(泣)。

なので、これからその準備をしていきます。そのようなことですので、感想を返すのも遅れるかもしれませんがご了承下さい。遅れても返信は致しますので。

長くなってしまいましたが、今回はこれで以上になります。

それではまた次回にてお会いできることを。

再見(ツァイツェン)!!



‐追伸‐

修正完了いたしました。

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