真剣で私に恋しなさいZ ~ 絶望より来た戦士   作:コエンマ

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お久しぶりです。

ずいぶんとお待たせしてしまい、申し訳ないです。ここのところずっと時間がとれず、疲れているのも手伝っていつも執筆作業に当てる時間(深夜)をフツーに寝て過ごしておりました。

なのでほぼ一ヶ月ぶりの投稿となります。

また、今回は本作でのオリジナル設定が出ます。内容は本編にて。

それではどうぞー。


幕間1  秘めたる力

 

 

 

 孫悟飯の朝は早い。毎朝4時には目覚ましで起床し、彼の一日はスタートする。顔を洗って動きやすい服装に身なりを整えると、すぐに家を出た。

 

 そうして、いつもの場所までランニングする。4月の朝は風が冷たいことが多いが、オレはいつも半袖の道着を着ていた。とはいえ、この世界に来たときにボロボロになってしまっていたので所々繕ったものだが。

 

『やぁあああ!』

 

「お、やってるな」 

 

 目的の場所には先客がいた。風を切る音と共に、早朝には不似合いな凛とした雰囲気があたりに漂っている。オレはそんな姿を見止めながら、いつものように原っぱへと踏み込んだ。

 

「おはよう、川神さん」

 

「あ、おはよう孫くん!」

 

 声を掛けると、川神さんが動きを中断してこちらに駆けて来た。とてとてと走ってくるあたりがまた妙に動物っぽい。それほど顔が上気していないことを見ると、彼女もついさっき来たようだ。

 

「孫くんが来る前に身体は温めといたわ。いつでもいけるわよ!」

 

「よし。じゃ、いつものを一通りやるか」

 

「はいっ!」

 

 元気の良い声に思わず表情を崩す。だが、これからやることはまぎれもなく真剣だ。始まれば、甘さなどは一切を切り捨てる。そうしなければ何にもならないし、川神さんにも失礼だ。

 

 そうして、今日の修練がスタートする。私情を排し、彼女の昇華に全力を注いだ。

 

「踏み込みが甘い! もっと重心を意識して身体がぶれないように動くんだ!」

 

「は、はいっ!」

 

 攻撃部分に意識が行きがちな面を修正したり、

 

「攻撃を受けるな! 君の戦いはスピードが要なんだ、受けとめる以外どうしようもないような状況に持っていかれないよう気を配れ! 回避の時も避けるんじゃなく、自分の攻撃を合わせられないか相手を常に観察するんだ!」

 

「はいっ!」

 

 攻撃と防御ではなく、攻防一体の動きを身体に教え込んだり、

 

「身体は熱くても意識は冷たく冷静に! 客観的に自分と相手を見ることを心がける!」

 

「はいっっ!!」

 

 直感だけに頼らず、戦う上での頭の働かせ方など。

 

 戦闘に関するあらゆる要素を学ばせていた。

 

 そうやって、いつもいつもみっちりと『基礎』をこなしていく。当初は終わるとバテバテだった川神さんも、驚くほどの速度で順応してきていた。さすが武道をやっているだけある。

 

 そうして、彼女との修行をはじめて早くも一週間以上が経過していた。川神さんはいつも同じような時間に起きて川神院で修練をしていたそうなのだが、現在はその時間をオレとの修行に当てている。

 

 無論、これは鉄心さんや百代さんも了承済みである。はじめは他流派のオレが関わっては不味いかもと考えていたのだが、わけを話すと鉄心さんは快く了承してくれた。門下生ではないので川神流の技は教えられないがと注意はされたが、最初からそんなつもりはないので問題はない。

 

 それらを留意してくれれば、むしろ他流の武術を学べる貴重な機会。積極的に教えて欲しいとまで言われたぐらいだ。亀仙流の技は門外不出ではないし、たとえ川神さんがそれを会得して流出したとしても、危険な技は百代さんや鉄心さんレベルの腕がなければ使えないものがほとんどなので大丈夫だろう。

 

 百代さんも来たがっていたのだが、彼女が来ると組み手よりもバトルになってしまうとのことで鉄心さんからストップが掛かっていた。いずれ時間を作って戦える場所を用意してやるとのことで納得したようだが、本当に彼女の戦闘好きには恐れ入る。

 

 サイヤ人のハーフであり、戦闘が純粋な欲求としてあるオレよりもその衝動は強いのかもしれない。それも父さんのように健全なものじゃなく、べジータさんよりももっと禍々しいものを感じる。彼女も苦労しているようだ。

 

 とにかく、オレは川神さんと約束した通り、彼女に修行をつけているわけだ。今までは基本的なことを中心にして川神さんの方向性を見定めていた、といったところである。

 

 そんなことをやっているうちに気づけば一時間半が過ぎていた。オレは息を落ち着かせている川神さんを近くに呼ぶ。彼女はすぐに走ってきて、自分の前で急停止した。

 

「なぁに、孫くん?」 

 

 くりんとした瞳を此方に向けて首をかしげる川神さん。風間ファミリーのマスコットの名は伊達ではなかったようだ。その小動物チックな仕草にまた頭を撫でたくなったのを落ち着けて、彼女に向き直った。

 

「んんっ……今日の組み手はこれで終わりだ」

 

「? なんかいつもより早くない?」

 

 腕につけた時計を何度か見て確認する川神さん。

 

 現在時計は午前6時30分。いつもなら7時ぐらいまではやっているので、かなり早めの終了に疑問を持ったようだ。どことなく不完全燃焼な気配も感じる。

 

 これにはもちろん理由がある。それも、彼女の今までからガラリと変化する要素を持った理由が。

 

 不完全燃焼などさせはしない。寧ろ、数日は燃え尽きるぐらい疲れることをやってもらうのだから。

 

「基礎はこれからもやっていく。君が続けてきた理由であるように、基礎を疎かにするとそれ以上のことは上手くいかないからな。けれど、今日からはそれに加えて新しい修行に入る。だから早めに切り上げたんだ」

 

「新しい……修行っ!?」

 

 オレの口にしたワードに川神さんは嬉々として飛びついた。いつになく嬉しそうだ。ぴょこんと立った犬耳とぶんぶんと振るわれる尻尾の幻影が見える。

 

 オレは苦笑しながら彼女を見据えた。少しだけ視線に真剣さを混ぜる。

 

「そうだ。今日からやっていくのは――」

 

 見上げてくる彼女に向けて、

 

「――――気の修練。つまりは気を自由に操る方法を修行する。これを覚えれば、川神さんの戦い方の幅は飛躍的に広がっていくはずだ」

 

 その方針を告げた。

 

 遥か遠い過去。自分が師匠から習ったように。そして、それを今度は彼女に伝えるために。

 

「気って、身体の中の内気功とかじゃなくてお姉さまの技みたいなことよね……わ、私にも使えるの……?」

 

「もちろんだ。初めてのことばかりだろうから戸惑うかもしれないけど、川神さんならきっとすごい使い手になれるはずさ」

 

 お世辞では無い。彼女にはみたところ格闘術の才能はそこまでないが、その内に満ちた気を探った限りではその方面の才能は低く無いと判断した。断言はできないが、修行しだいで化ける可能性は大いにある。

 

 オレの言葉に川神さんは照れたように俯き、髪をくるくる指に巻いた。

 

「そ、そうかな……? 気を使った技はほとんど上位奥義か集団技、それか師範代が自分で考えた固有の技ばっかりだから、川神院でもそれの修行はしたことないけど……孫くんが言うなら間違いないわね。ワクワクしてきたわ、何をすればいいの?」

 

 力強く見返してくる瞳。早くも乗り気になったようだ。

 

 

「最初は気の存在を認識できるようにすること……っと、これはある程度はOKだから、あとは広域に渡って正確にできるようにすればいいんだけどそれは追々、これらの修行と平行してやっていこう」

 

 簡単な説明をしてその概要を説明する。そしてその場に座るように川神さんに指示し、向かい合うようにして自分も原っぱに座り込んだ。

 

「まずは自分自身のこと――――戦闘時みたいに技を使ったり、感情を高ぶらせなくても自由に気を発動できるようにするんだ。川神さんは身体の中の気は少し分かるみたいだけど、今回は身体の外で気を発現させる。心を落ち着けつつ両手を胸の前に出して。そして、そこにある空間を包み込むようにしながら、静かに意識を集中させる―――」

 

「…………あっ!?」

 

 驚きを示す彼女の声。同じくして、包み込んでいた右手の中に淡い光を帯びた何かが現れ始める。

 

 それは球体の形を取るとオレの掌の中で揺れ動き、その光を力強いものへと変化させていく。

 

「光が……!」

 

「これが気だよ。身体の内と外じゃ、コントロールの仕方もけっこう違うから気をつけてくれ。オレは片手でやったけど、川神さんは普通に両手でね。さ、やってみて」

 

「わ、わかったわ……」

 

 しばらくそれを続けた後、力を抜いて気を霧散させる。川神さんは一度深呼吸をすると、言われたとおりに心を落ち着けていった。

 

 彼女は一瞬で意識を切り替えたのか、身にまとう空気が違っている。いつも思うが、彼女の集中力の高さは相当のものだ。思わず笑みがこぼれた。

 

 この修行は気を扱う上で基本中の基本となるものである。川神さんは長年武道をやってきているし、覚えも普通の人よりずっと早いはずだ。気の存在もなんとなくは感知できるようだから、一日二日かければなんとかものに―――、

 

「あ、光った!」

 

「え!? もうっ!?」

 

 驚きのあまりその手元を覗き込んだ。一瞬身体を硬くした川神さんだったが、恐る恐る自分の手を掲げると、その中心には確かに光の球が浮かんでいた。それも不安定なそれではなくほぼ完成状態だ。かなりの力強さを感じさせているのが何よりの証拠である。

 

 オレはといえば、目を瞬かせてその光景を見つめていた。

 

「ほ、ホントだ……これならすぐに次に移れる……すごいじゃないか、川神さん! ほとんど一発で成功させるなんて!」

 

「あはは……武術でこんなにあっさり成功したことなってなかったから……な、なんだかくすぐったいわ」

 

 彼女は照れたように笑う。その顔は本当に嬉しそうだった。オレは考えていたプランを彼女に合わせて頭の中で変更していく。一連の基礎修行はしばらく続けていくが、この分ならもっと先に進んでもよさそうだと判断した。

 

「んー……この分なら、すぐに舞空術に入れそうだな」

 

「ふぇ? ぶくーじゅつ?」

 

 またしても小首をかしげる川神さん。オレは少しだけ得意げな顔をしながら告げた。

 

「舞空術っていうのは、気を全身でコントロールして身体を空間内で制御する技……まぁ、簡単に言えば、気の力で空を飛ぶ技だよ」

 

「そ、空を……飛ぶ!? 気で空が飛べるの!?」

 

「うん。こんな感じでね」

 

 ――――ふわり。

 

 そんな擬音をつけるようにオレの身体が浮き上がる。彼女の目がまたもやまんまるに見開かれた。

 

 舞空術。文字通り気を操って空を飛ぶ術であり、もともとは鶴仙流が誇る独自の飛行技である。

 

 本来ならば、空中に身を躍らせることは武道において絶対にやってはならない悪手だ。

 

 一度宙に跳んでしまえば方向転換はできず自由もほとんど利かないうえ、遮るものもないために相手に対して完全に無防備をさらしてしまうからである。

 

 だが、その前提を根底から覆すのがこの技だ。自分の意志で自由自在に飛行可能な舞空術は、術者の戦いの幅を限りなく広げることができる。またかなりの使い手になれば空中を地上と同じ、いやそれ以上のスピードで以って縦横無尽に移動できるほどの速度を誇るまでになるのだ。

 

 防御、攻撃、回避、奇襲。あらゆる状況において有利に働く、まさに万能技とも呼ぶべきもの。彼女がこれを使いこなせるようになれば、地上戦を主とする他の武道家に対して大きなアドバンテージとなる。

 

 川神さんは数メートル浮かび上がったオレを見て、手をブンブン振りながら興奮気味に叫んだ。

 

「す、すごい…………すごい、すごぉいっ! まさか空を飛べるなんて! こんなとこでもキャップの勘は当たってたってわけね!」

 

「? ま、とにかく舞空術はこんな感じだよ」

 

 飛んだ時と同じく、ゆっくりとした動きで地面につく。時計を確認すると、もうすぐ七時半になろうかといったところだった。区切るにはいい頃合である。

 

「そろそろ時間だな……じゃあ、朝はここまでにしようか。放課後はこの修行の続きをやっていくから、さっきオレがやった時のことを忘れずにね」

 

「了解! 私、頑張っちゃうわよ……!」

 

 ぐっと拳を握る川神さん。しかし同時にお腹の音も一緒に鳴ってしまい、彼女は引き締めた顔を今度は赤に染めた。

 

「ははは、じゃあ早く朝食を食べに行こうか」

 

「うぅ……ビシッと決めたかったのにぃ……」

 

 がっくりと肩を落とした川神さんと一緒に川神院への道のりを歩き出す。彼女を指導している代わりに、川神院で朝ごはんをご馳走になっていた。川神院の食事はなかなかにおいしいので、オレも毎回楽しみにしている。

 

(それにしても……)

 

 オレはスキップを踏みながら歩く彼女を見つめた。まさか、あれほど早く気を発現させてしまうなんて、本当に驚いた。

 

 内気功は知っていたようだから、気を発動できるのもすぐだろうと考えていたことはある。だが、まさかたったの一度で成功してしまうとは。

 

 この様子ならば、舞空術も大した時間を掛けずに習得できるだろう。

 

 だが、このオレの予想はまたもや外れることとなった。それも、さらにとんでもない方向で。

 

 それはその日の午後に訪れた。

 

 結論から言おう。

 

 彼女は飛べた。しかも、またもやほとんど一度で。

 

「す、すごい……確かに基本は教えたけれど、もう浮けるようになるなんて……」

 

 絶句しそうになるのを搾り出した声で抑える。確かにまだたどたどしい様子ではあるが、大事なのは飛べたというその事実だ。幼い頃ではあるが、オレですら浮けるようになるまで二日は要したというのに。

 

 川神さんはたくさんの嬉しさと僅かな困惑が入り混じった、なんとも言えないような表情で笑った。

 

「え、えへへ……実は私も驚いてるの。授業中とか、ずっと孫くんが飛んだイメージをあたしに置き換えて思い浮かべてたんだ。で、それを試したら意外とうまくいっちゃった。マグレだと思うけど嬉しいわ。あたしバカだから、感覚的な事は逆に飲み込みが早かったのかしら」

 

「い、いや……そんなに単純なことじゃないんだけど……まぁ、いいか。成功はしてるし」

 

 授業そっちのけでやっていたことを注意することも忘れ、やったーやったーとはしゃぐ彼女を見ながら言う。だがすぐに気を引き締めて考察に入った。

 

(だが何故だ? 何故、こんなに容易く舞空術を……)

 

 驚きのあまり戸惑う自分に対し、彼女は空中でくるりと一回転する。普通は浮けるだけでも仰天ものだ。それが、まだぎこちなさは残るものの、かなり操れるようになっている。驚きもひとしおというものだ。

 

 原理を教えたとはいえ言葉でのみ、実演は朝に一度見せただけである。それで半日後にはもうここまで使えるようになるなんて、いくらなんでも早すぎた。もはやマグレや幸運どころか、筋がいいという領域すら遥かに超えている。

 

 川神さんの肉体の素養は高い。だがそれは普通の人と比べた場合であって、極限値だけをとれば風間ファミリーの女子の中ではおそらく最下位になる。実際の勝負には事前の準備や情報戦が大いに関わってくるが、それらの不確定要素を排除した状態では、肉体のみの真っ向勝負で総合的な勝率が高いとはいえないだろう。

 

 それは決して彼女に才能がないのではなく、他の面子の才能レベルが高すぎるためなのだが――――どちらにしても直接的な肉弾戦の資質はそこまで高くはない。

 

 本来なら戦闘には向かないと判断するしかないのだが、こうまで容易く気を発動できたとあれば話は別だ。

 

 気は生命の根幹を司るエネルギー。もちろん強い肉体に宿りやすいのは自明の理だが、完全なイコールになるわけではない。何事にも例外は付き物だからだ。

 

 巨大なパワーも十分に扱えなければ宝の持ち腐れ。どんなに優秀な武器があろうと兵隊がポンコツなら力を充分に発揮できないのと同じだ。そこで関わってくるのは、気を自由自在に扱う力になる。

 

 彼女の気の力は確かに肉体のそれに比べるべくも無く高い。だが、それでもズバ抜けているわけではない。これからの伸び代は不明だが、現時点の力では女子達の中でも下から数えた方が早いだろう。

 

 ならば彼女の真価はどこにあったのか。

 

 それは気の量ではない。気を扱うセンス――――気を自由自在に操る才能だ。肉体的なものや気の総量などとは異なり、形としては非常に現れにくい素養でもある。

 

 例えるなら、川神さんと同じ気力を持つだけの人間は乗用車。そして一方の彼女はといえば、同じだけの燃料を詰めて燃費も同じ戦闘機だ。燃料と燃費が同等なら、あとはそれを扱う容器の性能がモノを言う。川神さんはそれが桁違いに優れているのだ。

 

 しかし疑問が残る。それほどの逸材ならば、なぜ今までまったく頭角を現さなかったのか。いくら気を使わない方針で育てられたからといって、これは少し引っかかる。

 

 オレは川神さんに関する情報を整理して考えてみる。そして一つの考えに行き当たった。

 

(――――そうか! 彼女は肉体の強さにこだわっていた……姉である百代さんの体力や筋力、瞬発力や反射神経、それから齎される格闘の技術……それらはすべて桁外れだ。いつもその様子を間近で見ていた彼女が、強くなる理想点を身体の性能だと決めつけて、自己に投影してしまっていたとしても不思議じゃない。肉弾戦が弱いのが原因……それが強くなれば、格闘も気もすべて上手くいくと思い込んだ……)

 

 思い出してみれば、いつも川神さんが使っている技は気がなくてもできるようなものだけだった。川神院では、強い肉体や技術がないと気は教えてもらえないと聞いている。だから武術の才能があまりなかった川神さんは、気の才能も同程度かそれ以下だと思われて、気を使用しない汎用型の技を中心に教えられたのだろう。

 

(確かに、気を使用しない技なら川神さんのような人でも充分使える。だが逆を返せば、技の性能を上げるために身体のポテンシャルに頼る割合が多いということだ。それで肉体に固執して、固執するあまり無意識下で気力のほぼすべてをセーブしてしまった……だから本来持つ気の素養がほとんど発揮されず、逆に身体の内と外の波長も崩れて、全体のポテンシャルまで下げてしまっていたんだ)

 

 一度気づいてしまえば、それは至極当然のことであると言えた。強さの伸びが遅いのも当たり前だ。彼女は自分のもつポテンシャルを無視して、それとは間逆の分野で戦っていたのだから。

 

 言うなれば、戦車でカーレースに挑むようなものだ。いくら戦いでは無敵でも、純粋な早さを競うようなレースでは、戦車もその力をほとんど発揮できないだろう。元々の用途ではないもので強引に行おうとしていれば、無理がくるのは当然だ。

 

(だが、気を意識の中心に据えたことでそれらが一気に解消され、今まで身体の奥底に封じ込められていた力が引き出され始めた……オレだって今そうなってやっと気づいたぐらいだ、百代さんたちが気づかなかったのも無理は無い……初めて彼女と手合わせしたときに感じた違和感……あれは何かで強引に蓋をされた気が、押さえつけようとする力を振り切って肉体から噴出しようとしていたものだったんだ……!)

 

 はじめは、彼女が気の扱い方が下手だからだと思っていた。だがそうではなくて、自分の求める戦い方に合っていなかったがために無意識下で封じていた結果だったとしたら、その力を意図的に発動させたとき、齎される力の凄まじさがどれほどになるのか予想がつかないのだ。

 

(確かに強い肉体は気の操作に必要不可欠。けど、気の修行と肉体の修行は方向性がまったく違う。お互いを補い合うようにしてこの二つを行って、初めて武術の修行になる。気の修行を行うことで肉体のパワーも同じように引き出されやすくなっていくから、まだ相当の伸び代が彼女にはあるってことだ。それにこの方法なら、身体の劣った部分も十二分にカバーできる……!)

 

 気による強化と肉体による気の制御。これらを自分に合った方法でバランスよく扱うことがその者の戦法(スタイル)となり、戦いにおける『強さ』となる。

 

 話を聞く限り、彼女は今まで姉貴分である百代さんに追いつこうと必死になっていたはずだ。それこそ血の滲むような努力をして。依然としてまったく届かない姉のことを心より尊敬し、その裏で僅かな焦りを抱えていることも言葉の端々から読み取れた。

 

 だが、それは川神さんが百代さんと『同じ方法』で強くなろうとしていたからだ。さっきもいったように、オレから見て彼女の武術に関する才能は風間ファミリーの女性達の中で最低である。勝負は時の運とはいうものの、小細工なしの正面から、それも純粋な武術のみでぶつかれば、どうしたって川神さんに勝ち目は薄い。

 

 しかしだからこそ、気による術や技の要素が彼女にとっての切り札となりえる可能性が高いのだ。『強さ』とはなにも近接の戦闘力だけではないのだから。

 

(確かに彼女の身体ポテンシャルは高くない。だが気の強さは相当なものだし、何よりその操作や術を構築する素養はおそらく彼女たちの中でも飛びぬけて優れている。それこそ百代さんよりも遥かに……クリリンさんと同じでパワーよりも気の扱いに秀でたタイプ……いや、武道家というより術師の才能だ。それも、緻密な気のコントロールを必要とする舞空術を、こんな僅かな時間で自力成功させてしまうほど破格の力……いいぞ……もしかすると、川神さんはオレが思っていた以上にとんでもない才を秘めているのかもしれない……!)

 

 肉体の力だけに頼らない、気を使った戦い方。それは彼女に差し込む光明だ。その強さの限界を途方もなく押し上げてくれるに違いない。純粋な体術とはいかないので最初は少し歯痒いかもしれないが、ここは我慢してもらおう。

 

 それに術や技だけではない。気を完全にコントロールできるようになれば、力を解放して肉体のポテンシャルを爆発的に高めることもできるのだ。それが彼女の武術と合わされば、今までを遥かに超える武の力を発揮することも夢ではない。

 

 オレは頭の中で彼女の修行予定を大幅に改定していく。武術の修練をこなしつつ、気を最大限に扱うことができるようになる修行内容へと。

 

「あ、私が飛べることはまだ内緒にしておいてね。完璧に使いこなせるようになってから、お姉さまたちを驚かせたいの。むふふ、今から楽しみだわー!」

 

 舞空術を随分と気に入ったのだろう。今だ宙に浮かびながら、川神さんは唇に人差し指を当てて微笑む。その様子にオレまで嬉しくなった。

 

 ――――ただ強くなりたい。

 

 その昔、自分も追い求めていた純粋な気持ち。それを持ち続ける少女に少しばかりの羨望を抱きながら。

 

「……よしっ! じゃあ次だ。舞空術は要練習にしておいて、今度は気のコントロールを――」

 

 大きく気合を入れたある日の午後。

 

 それは後に一子の武道家としての転機となった日であった。

 

 

 




今作品初となる幕間ストーリーはいかがでしたでしょうか。

こういう流れなので各々で意見があるとは思いますが、今作品でのコンセプトはこのままいこうと思いますのでよろしくお願いいたします。

オリジナル設定ではありますが、原作にて言及していなかった部分を上手く拾いましたので矛盾は無いはずです(本編で語られなかった部分を付け加えたぐらいに思ってくれれば)。

それではまた次回にてお会いできることを!

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