二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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続~10歳、ラ・ヴァリエール公爵邸にて

 ラ・ヴァリエール公爵領からこんにちは、カミル・ド・アルテシウムです。

 

 モンモランシ伯にカトレアさんの治療をほのめかしてもらった所、すぐさまアポイントメントが取れ、お邪魔する運びとなりました。

 

 それにしても公爵邸、これはもう完璧にお城ですね。

 

 ウチにしろ、モンモランシ伯爵邸にしろ、比べるのもおこがましいレベルの大豪邸です。

 

 加えて内装、調度品、警備兵、使用人、どれを取っても桁違いのクオリティ。

 

 来て早々、牧歌的なアルテシウム領に帰りたくなってきました。

 

 正直、田舎者には精神的によろしくない環境です。

 

 つまり根が小市民の私は、あちらの狙い通りの効果を受けているわけですね。

 

 豪華な装飾は恫喝と同じです。

 

 費やしたお金は権力の証明ですからね。

 

 「身の程をわきまえろよ」と言われているみたいで、自然と身が縮こまります。

 

 しかも応接間で公爵と対面するとその滲み出るプレッシャーからストレスはさらに増大。

 

 もう帰っていいですかね? ダメですか、そうですか。

 

 はぁ~~、挫けそうです。

 挨拶が済むとMiss.モンモランシーは退席してルイズ嬢へ会いに行きました。

 

 魔法学院入学前に社交の場ではなく、個人的に友誼を結ぶ機会はそう多くないですからね。

 

 チャンスがあれば逃す手はありません。

 

 ちなみに公爵は私が残っている事に訝しんでいる様ですが華麗にスルーです。

 

 お父様に任せてしまいたいとも思いますが、これは私のワガママですから逃げるわけにはいきません。

 

 お父様とモンモランシ伯の説明が終わり、後を任された私と公爵の話し合いですが、意気込んだ割に拍子抜けするくらい何の駆け引きもなく、滞りなく終わりました。

 

 これもひとえに、それだけ公爵が病弱な娘の回復を願っていたという事の表れだと思います。

 

 公爵の家族愛の大きさに感謝ですね。

 

 ちなみにこちらが求めた条件は 四つ。

 

 一つ、園遊会への金銭を含めた全面的な協力。

 

 私の目的のためにも、新酒をアピールしたいアルテシウム家のためにも園遊会は実施してもらわないと困ります。

 

 二つ、アルビオン貴族の身辺調査。

 

 特に誰を調べて欲しいとは言っていませんが、高位貴族から調べて欲しいと依頼してあります。

 

 余談ですが、事が他国に及ぶとなると軽はずみな行動はできないため依頼の意図を質問されたのですが「私にとっては姉でしたが、もし公爵のご息女が他国に嫁ぐ事になったら心配ではありませんか」と説明したところ公爵は大きく何度も頷いていました。

 

 やっぱり家族は大切ですよね。

 

 三つ、情報の隠匿が可能な状態でのトリステイン国王との私的な謁見。

 

 私の様な子供では通常なら叶うような事ではないのですが、トリステインに並び立つ者なしとまで言われる大貴族ラ・ヴァリエール公爵が請け負ってくれたのですから期待しても大丈夫なのでしょう。

 

 四つ、私個人に報酬として10万エキュー。

 

 最後のこれは、それまでの三つがあまりにも簡単に通ってしまったので試しに冗談半分で言ってみたのですが、これも二つ返事でOKされてしまいました。

 

 ちなみに10万エキューがどれ程の大金かと言うと、小ぶりなお城が二つ三つ買えるくらい、または平民の年間生活費約800人分、シュバリエ年金なら200人分と言えばその凄さが想像がつくでしょうか。

 

 こんな大金がポンと出せる公爵って、本当に大物ですね。

 

 それに対して小市民の私ですが、貰えるものは貰っておきますし、あって困るものではありませんから有り難く頂戴しておきます。

 

 使い道は……本当に小説家の卵でも囲いましょうか?

 

 貴族が芸術家のパトロンになるのはよくある事ですし、上手くすれば私の読書欲を満たしてもらえるかもしれません。

 

 そんな夢のある話ですが今はとりあえずあたためておくとして、条件丸呑みという破格の譲歩をしてもらったのです。

 

 さっそく治療に移ろうという話になったのですが、あいにくとカトレアさんは公爵邸ではなく、公爵から割譲された領地フォンティーヌのお屋敷にいるそうなので、まずは移動となりました。

 

 馬車は2台用意され公爵と私たち親子で分かれて乗り、周囲を護衛の方たちが囲みます。

 

 病身で臥せっている所に大人数で押しかけるのも良くないので、モンモランシ伯は公爵邸に残って烈風の奥様とお茶をしているそうです。

 

 怖いもの見たさで会ってみたい気もしますが、藪蛇になる可能性もあるのでやめておきましょう。

 

 馬車に揺られること1時間、フォンティーヌのお屋敷に到着し、カトレアさんが臥せっている部屋に通されると、意外な事に動物のどの字もありません。

 

 多分ですが治療に邪魔になるだろうからと客間か何かを利用しているのでしょう。

 

 インテリアに目を向ければ、自室にしては部屋主の趣味嗜好が全く見えてこないチョイスになっていますし。

 

 あまりジロジロと観察するのも失礼なので、カトレアさんと簡単に挨拶を済ませ、治療の説明と準備として水さしとグラスを用意してもらいます。

 

 その間、会話は必要最低限に言葉少なに留めます。

 

 今回は姉様の事が最優先ですから相手が絶対に飛びつく『カトレアさんの治療』というカードを使って利用させてもらっていますが、経済協力が決まっているモンモランシ家とは違い、ゲルマニアとの交易ルートの見込めないヴァリエール家とは親交を深める気はありません。

 

 嗜好品の輸出産業が活発な我が領としては、社交の基本は広く浅く。

 

 ヴァリエール家の様な強過ぎる権力には敵も多いですからね。

 

 お得意様くらいの関係がちょうど良いと思います。

 

 さ、そんなわけですからちゃっちゃと終わらせてしまいましょう。

 

 グラスに水を注ぎ、水石のブレスレットを装備している左腕を肩の高さで横に振り、

 

「ミツハさん」

 

 召喚魔法よろしく名前を呼ぶと、応じるように水石が光を放ち、私の身長と変わりないサイズのミツハさんが現れます。

 

「まぁ」

 

 それを見たカトレアさんは口元に手をあて、驚きとも喜びとも取れる声をあげます。

 

「呼んだか、カミルよ」

「はい、さっきお話した、お願いしたいというのは彼女です。全身の流れのチェックと即時改善を彼女の命が尽きるまでお願いできますか」

「うむ、我は個にして全。そして単なる者の時間という枠組みに縛られぬ存在ゆえに可能だ。しかし本来ならその様な願いを聞き届ける事はないのだが、カミルの頼みならば引き受けよう。単なる者よ、カミルに感謝するがよい」

「はい、このご恩は一生忘れません」

「うむ」

 

 見蕩れる様な良い笑顔ですが、また軽々しく『一生』なんて口にして……。

 

 命の恩人に対するセリフとしてはポピュラーですが、『誓約の精霊』の前で誓った事には信仰的に強制力がついてしまうというのに……。

 

 まぁないとは思いますが動物関連で何かあったらお願いするとしましょう。

 

 何だったらサイト少年の事をお願いしてもいいわけですし。

 

「それではMiss.カトレア、水の精霊様の宿ったこのグラスの水を飲み干してください」

「はい」

 

 今回の治療の目的は、不調の原因解明とその根絶ではなく、あくまでもミツハさんの感知できる範囲において体内の循環を常に正常に保つという対処療法の究極系です。

 

 つまりカトレアさんはこれから一生ミツハさんを体内に宿して生きる事になります。

 

 ちなみに、この治療の有効性を確かめるために自領でかなりの人数で試してみました。

 

 もちろん私も飲みましたよ。

 

 それにより、ミツハさんが体内の循環を整えてくれる事によって様々な症状の緩和と、本人が自覚する前の段階での改善が可能である事が証明されています。

 

 私にしてもミツハさんにしても医学知識なんてありませんから、出来るのはこれが限界ですね。

 

「ミツハさん、どうですか」

「今まで見てきた単なる者と比べると最悪と言っていい。よく生きているな」

「そ、そんなにですか」

「うむ、修正は可能だが、これだけの淀みを急激に直してはかえって負担となろう。時間をかけて徐々に修正していく」

「どのくらいかかりそうですか」

「単なる者の枠組みで言えば、半年と言ったところだ」

「長丁場ですね。分かりました。大変でしょうがお願いします。ありがとうございます、ミツハさん」

「友の頼みだ。気にするでない」

 

 男前な台詞を残してミツハさんは水石に戻っていきました。

 

 本当に感謝感謝です。

 

 これで姉様を助ける見通しが立ちます。

 

「お聞きになった通りです。まずは半年ほど今まで通り安静に過ごされてください。その後で体調と相談しながら徐々に体を鍛えていけばよろしいかと思います」

「これでカトレアは助かるのだな」

「難しい質問ですね。水の精霊様にお願い出来るのは不調を自覚する前に治して体調を正常に保つ事です。もちろん水の精霊様が体内にいる事で、Miss.カトレア自身の自然治癒力や自浄作用も高まりますが、不調の原因を解明して根本から治すわけではありませんから厳密に言えば病気は放置されたままです。もし不調の原因が生まれつきのもので、それがMiss.カトレアの当たり前だった場合は今の方法ではどうしようもありません」

「そう……なのか」

「ただ、これまでのように痛かったり苦しかったりその都度水の秘薬を飲んだりという事はなくなると思います」

「そうか……いや、娘が苦しまずにいられるならそれだけでも有り難い事だ」

 

 そう言った公爵の表情はとても悲しそうで……。

 

 つい余計な事を言ってしまいたくなりました。

 

「これはあくまでも可能性の話になりますが、半年かけて体内の淀みを治した後に経過観察すれば、体のどの部位から不調になるか分かるかもしれません。特定の部位に原因があると分かれば治療の研究もしやすいのではないですか? せっかくMiss.エレオノールがアカデミーにお勤めなのですから、その伝手で人体について研究するのも手かもしれませんよ」

「人体についてか……。確かに過去にアカデミーでは非人道的な実験がなされていたと聞くが」

「いえ、そんな物騒な話ではありません。亡くなった方の体を遺族と合意の下で買い取り、解剖してサンプルを比較検討。それに基づいて体内の様子を探る魔法を作れば正確な診断が出来るようになります」

「だがそれは異端すれすれではないか?」

「自分たちにも利があると説明できれば大丈夫ではないでしょうか。彼らだって秘薬の効かない病気になるかもしれないのですから」

「あぁ、確かにそうだな」

「後は部位や症状ごとに特化した秘薬を研究するなり、思い切った新しい治療法を探すなりすれば良いと思います」

「うむ、少し考えてみるとしよう」

 

 その後は二、三言葉を交わして女性の寝所という事もあり早々にフォンティーヌを辞去、しようとしたのですが、お礼の晩餐会をぜひ今夜ここでという話をお父様が押し切られ、逗留する事に。

 

 リスク回避で夜までの時間はミツハさんへのお礼も兼ねて近くの湖でまったり出来たのですが、晩餐会ではまさかのヴァリエール家勢揃い。

 

 カリーヌさんやルイズ嬢はまだしも病み上がりのカトレアさんやアカデミーにいるはずのエレオノールさんまで同席されるとは……。

 

 なるべく猫をかぶってやり過ごしましょう。

 




カトレアさんの病気って何なんでしょうね。
分からないなら分からないなりに解決策を模索してみました。
とりあえずこれで時間稼ぎは出来ましたから、後は誰かが何とかしてくれるでしょう。
勝手に完治するかもしれませんけど。

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