「いないですって」
「はい、お嬢様」
「手紙で約束は取り付けておいたはずよね」
「はい、お嬢様」
執事の返答にマチルダさんの表情が険しくなっていきます。
「それについて大公からお嬢様へお手紙を預かっております」
「貸してっ」
ひったくるようにして執事の手から手紙を奪い取ると乱暴に封を破り、食い入るように目を走らせ…………そして、
「なに考えてんのよっ!! おじ様のバカーーーーっ!!」
目の前にいない相手にも聞こえるような大声で罵声をあげられました。
お気持ちは察しますが、はしたないですよ?
◇◇◇◇◇
披露宴から一夜あけて、両親への説得は信頼されているのか意外にもあっさりと了承されると、なぜか本人が迎えに来てくれたマチルダさんとお母様が和やかな雰囲気で談笑する一幕となりました。
若々しいお母様と大人びた雰囲気のあるマチルダさんが並ぶと…………いえ、すみません。
姉妹に見えると言おうと思ったのですが、見えないですね。
見た目年齢的にはイケますけど、髪の色から雰囲気まで違い過ぎました。
緑の髪のマチルダさんは知的な印象と全身からできる女オーラが出ていますが、金髪のお母様はそういったものをふんわりとした柔らかい雰囲気で内側に隠していますから。
もしかしたら本質的には近いものがあるのかもしれませんが、私にはちょっと分かりかねます。
女性とはいついかなる時においても男性に推し量れるものではありませんからね。
さておき、穏便にアルビオンでの滞在期間を延長できた私は、マチルダさんがセッティングしてくれたモード大公とのアポイントメントまでの三日間をサウスゴータ領の中心都市『シティオブサウスゴータ』内にある彼女の家の別宅でお世話になりながら、どうせだからとのん気にもアルビオン観光などして過ごしていました。
アルビオンの首都であるロンディニウムや、シティオブサウスゴータの中を流れるモノウ川に沿って山の中腹にある湖まで遡って行った遠乗りも楽しかったですが、一番印象に残ったのは港町であるロサイスでのご来光ですね。
落下防止のために腰に命綱を付け、手すりに捕まり、足を標高3000メイル(m)の高さから投げ出して大陸の端に腰掛け、地平線から登って来る太陽を眺める。
もう圧巻の一言でした。
どんな絵画でも表しきれない雄大な自然の美しさを感じました。
アチラの世界で富士山のご来光登山が人気の理由が分かった気がします。
ぜひ大陸の西側でも水平線に夕日が沈んで行く風景を見てみたかったのですが、あいにくとそちらには風竜などの危険生物が生息する森が広がっているとの事で残念ですが諦めました。
ちなみにその広大な森は王国の直轄領で、人の手をあえて入れず、幻獣の繁殖地域にしているんだそうです。
これがハルケギニアで質・量ともに最強と言われるアルビオンの竜騎士団を支える重要なファクターになっているのかもしれません。
きっと竜騎士団の正規メンバーになるためには相棒を得るためにこの森に単独で入っていくという厳しい命懸けの試練がっ!!
まぁ妄想ですけど、実際ありそうですよね。
自分専用の風竜がいたら便利だとは思いますけど、リターンに対するリスクがサシでガチンコバトルでは私の感覚では釣り合いません。
それに食費も馬鹿みたいにかかりますしね。
毎日羊一頭食べられたら一年間で400から800エキュー。
たまに乗るくらいでは割に合わないでしょう。
使い魔ならその辺は諦めるしかありませんけど、水メイジの私ではその心配、もしくは期待も考慮に値しません。
きっと陸生でありながら水に縁の深い何かが当たると思います。
希望としては肩に乗れるくらい小さい子か、乗って移動できる子がいいですね。
ルーンはせっかくですから会話が出来るようになるもので。
まぁ希望通りになるとは思っていませんが、夢を見るのは自由ですよね。
◇◇◇◇◇
さて、そうこうしている間に約束の期日となり、マチルダさんに連れられロンディニウム郊外にある大公邸へ向かったわけですが、ここで話は冒頭部分に戻ります。
大公からの手紙を読んで絶叫したマチルダさんを宥め、落ち着いた所で手紙の内容を聞いてみると、
「シャジャルとティファニアを連れてほとぼりが冷めるまで雲隠れするから後よろしくね」
と要約するとそんな感じの事が書かれていたそうです。
そういう行動が取れるなら原作の流れは何だったのか疑問に思いますが、最高権力者である王様に睨まれた事で逃げきれないと思ったのか、実の兄ならば突っぱねれば妥協してくれると思ったのか、身内だからこそ意固地になってしまったのか。
まぁ考えても仕方のない事は置いておくとして、今は現実に目を向けましょう。
選択肢は2つ。
マチルダさんに伝言を頼んで引き下がるか、探し出すかです。
ま、考えるまでもないですね。
「マチルダさん、大公の行き先に心当たりはありませんか」
「そうね……確か西に向かった先の森の中にエルフが好みそうな別荘を建ててるって言ってたからそこかもしれないわ」
もしかしてウエストウッド村の原型でしょうか。
「良ければ案内をお願いできますか」
「えぇ、私も一言言ってやらないと気が収まらないから」
「ではさっそく向かいましょう」
お忍びという事で2人だけで来ていたのが幸いして、御者や護衛を言いくるめる労力をかける事なく、馬二頭で連れ立って森へ向かいます。
余談ですが、この三日間で友好を深めた結果「マチルダさん」「カミル」と呼び合う仲になっています。
フランクで世話焼きなマチルダさんの懐の広さは姉様の愛情の深さに通じるものがあって、ついつい甘えたくなってしまい、観光中に度々困ってしまいました。
「カミルよ」
「どうしました、ミツハさん」
森に着くと、水辺以外では珍しい事にミツハさんが自分の意志で水石から現れ、
「この森一帯に我ら精霊の力を用いた魔法がかけられておる」
危険を知らせてくれます。
「精霊の力という事は、エルフの魔法という事ですか」
「そうなるな」
「どんな魔法か分かりますか」
「うむ、これは幻惑の結界を作り出す魔法だ。結界内では認識を誤魔化され、目的地にたどり着く事が出来なくなる」
「シャジャルさんね」
「そうでしょうね」
そんな事が出来るならなぜ原作でしなかったと再度思ってしまう私は悪くないと思います。
「ミツハさん、解除をお願いできますか。それと無駄な抵抗はしないで待っているようにと術者のエルフの方に伝えてもらえると嬉しいです」
「カミルの願いだ。引き受けよう」
ミツハさんに頼りきりですが、相手がエルフでは割り切るしかないですね。
友達として私ももっとミツハさんに何かしてあげられればいいんですけど、今のところ水辺に一緒にいるくらいしか良い案がありません。
要検討ですね。
そんな事を考えている内に、ミツハさんのかざした手から発生した霧が森を駆け抜けて行き…………?
「ミツハさん」
「なんだ」
「今ので終了ですか」
「うむ」
「何というか、さすがの一言ですね」
「? うむ」
首を傾げ不思議そうにしてから「ま、いっか」という風に頷きを返すミツハさん。
その妙に人間くさい仕草が可愛いです。
「エルフの方はどうですか」
「待っていると言っている」
「それは良かったです。では行きましょう」
とんだ回り道をさせられてしまいましたが、終わりよければ全てよしです。
説得、頑張りましょう。
◇◇◇◇◇
森の中を馬で進むこと20分強、ポッカリと開けた空間に出ました。
そこには小屋と言うには立派な、丸太で作られた建物が一つあり、その前に目的の人物だと思われる男女と母親の後ろから恐る恐るこちらを伺っている少女がいます。
馬から降りて近付いて行くと、母親と少女には確かにエルフの特徴である尖った耳が確認できました。
耳に目がいった際、少女と目が合うと慌てて母親の後ろに隠れられてしまいましたが、好奇心に負けてまたチラッと顔を出します。
その仕草が可愛くて笑顔で手を振るとビクッと全身を跳ねさせ、次いでアワアワと左右を見てから何かしらの葛藤と戦うように俯き、観念したのかウルウルした瞳を上目遣いにして小さく手を振り返してくれました。
ぐはっ!? こ、殺す気ですか、この子は。
萌え死にで吐血しそうです。
断言しましょう。
彼女は妖精なんかじゃない。
彼女こそ地上に舞い降りた天使です。
「おじ様。これはどういう事ですか。お屋敷で会う約束をしたはずですが、私の勘違いでしたか」
「い、いや、これには訳があってだな」
「訳? 私に後の始末を丸投げして夜逃げする程の訳とはなんです」
「よ、夜逃げしたわけでは」
私が可愛過ぎるティファニア嬢に悶えそうになっている横ではマチルダさんが大公に綺麗な笑顔で詰め寄っています。
その威圧的なプレッシャーに冷静さを取り戻した私はとばっちりを受けても面白くないという事でアイコンタクトとジェスチャーでシャジャルさんに家に入っていいか問うと、シャジャルさんも大公たちは放置の方針らしく、苦笑しながら頷くと招き入れてくださいました。
そして「お茶を入れますね」と言ってティファニア嬢にまとわりつかれながらキッチンに消えたシャジャルさんを大人しくテーブルに着いて待ちます。
外観に対して内装は意外にも凝っていて、テーブルや椅子、棚や窓枠などに職人技を感じさせる見事な彫り細工が見て取れます。
感心して見回していると2人がお茶を持って戻って来て、3人でテーブルを囲みます。
「私はシャジャルと言います。こちらは娘のティファニア。ほら、ティファニア。あなたも挨拶を」
「テ、ティファニアです。は、初めまして」
「初めましてティファニア。私はカミル・ド・アルテシウム。気軽にカミルと呼んでください」
「は、はい。カ、カミ、ル」
「はい、ティファニア」
「えっと、じゃあ私の事もテファって呼んでください。ティファニアって呼びにくいでしょ」
「そうですか? 特に発音しにくいとは思いませんけど、でも愛称で呼んだ方が仲良くなれそうなので、テファって呼ばせてもらいますね」
「はい♪」
安心してくれたのか、やっと笑顔を向けてくれました。
まさに天使の微笑みですね。
気になったので年齢を聞いてみると、今年で11歳、同い年という事でした。
ところでティファニア嬢と言えばついつい気になってしまう一部分についてですが、第二次成長は既に始まっているようで、緑色のワンピースからはまだまだ控えめですが確かな膨らみが見て取れます。
これが後にバストレボリューションとまだ言われる成長を見せるかと思うと、人体の神秘について考えてしまいますね。
さておき、こちらの挨拶が一段落した所でシャジャルさんとの会話に移ります。
「水の精霊のお友達というのはアナタですね」
「はい、ミツハさんは大事な友達です」
「ミツハさん?」
「友達になった時に名前をつけて欲しいと言われたので。友達を呼ぶのに水の精霊様では味気ないですからね」
「それは……」
難しい表情で考え込んでしまったシャジャルさんの反応に戸惑っていると、次いで問いかけられた内容にさらに困惑が深まります。
「精霊と名前を呼び合う意味をあなたは知っていますか」
「いえ? 友達以上の意味があるのですか」
「これは我々エルフに伝わる言い伝えですが、精霊と心を通わせ名を呼ぶ事を許された者は大いなる意志の加護を受けし者であると」
「大いなる意志、ですか?」
「星の意志と言い換えてもいいでしょう。我々エルフを始め、精霊の力を借り受けて力を行使する者たちにとって、大いなる意志は絶対の信仰対象です。その加護を受けたあなたは」
そこで言葉をためられ、高まった緊張からゴクリと喉が鳴ってしまいます。
「いえ、あなた様は我々にとって付き従うべき存在。王、主、救世主と呼び方は色々できますが、総じて上位者という位置付けになります」
「王に主に救世主……」
身の丈に全く合わない、そのスケールの大きな言葉に上手く反応が返せません。
助けを求めるように腕輪の水石に視線を落とし、友達の名を呼ぶと、
「ミツハさん」
「なんだ、カミル」
テーブルの上のカップのお茶が盛り上がり、小さいバージョンで現界してくれます。
それを見たテファが「わぁ♪」と嬉しそうな声をあげますが、今は構っている余裕がありません。
「聞いてました?」
「うむ」
「大いなる意志の加護とかその辺についてどう思います?」
「特に何も」
「何も?」
「大いなる意志の存在は否定しない。が、それは例外なく何者にも推し量れるものではない。我はカミルが単なる者と違う事は分かるが、それが大いなる意志に関係するかは判断できない。しかしカミルに名を許したのは単に我がカミルを気に入ったからであって、そこに他の何者かの意思が働いたとは我は認めない」
「ミツハさん…………ありがとうございます。私たちは私たちの意思で友達なんですよね」
「うむ、その通りだ」
エルフの王とか予想の斜め上な話が否定された事に安心したのもありますが、最後に添えられたミツハさんの友情の深さが込められた言葉に自然と頬がゆるんでしまいます。
「シャジャルさん」
「はい」
「さっきの言い伝えは迷信という事で」
「そう、みたいですね。私も安心しました」
いくら人間を愛した人でも、いきなりエルフの救世主が実は蛮族でしたと言われても扱いに困りますよね。
兎にも角にも誤解が解けて良かったです。
難しい話が分からず小さなミツハさんに興味津々なテファはいいとして、シャジャルさんと私の緊張した空気が落ち着きホッと一息入れた所で、図ったように外で言い合いをしていた2人が部屋に入ってきました。
気を遣わせてしまいましたね。
空気の読める方たちのようです。
お茶を入れ替えにシャジャルさんが席を外し、4人掛けのテーブルには私の隣りにマチルダさん、正面にモード大公が座り、戻ってきたシャジャルさんがテファを膝の上に載せて、話し合いのテーブルが埋まりました。
正直少し疲れてしまいましたが、本命はこれからですから気合いを入れ直さないといけないですね。
やっと、やっとティファニアを出せました。
ロリですが、既にツルペタではないご様子。
成長が楽しみですねww