二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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7/26 12:00 終盤の一部を編集しました。


続~11歳、転機

 オーク鬼。

 

 2メイルほどの身長に豚の顔と肥満した肉体を持つ亜人。

 

 動いているものは何でも食べる悪食なため家畜だけでなく人間にも被害が出る。

 

 しかもオーク鬼にはオスの個体しか存在せず、母体として他種族のメスを必要とするため、生理的嫌悪感という観点で言えば亜人中堂々の第一位。

 

 そんなオーク鬼が発見された場合、領主は自ら討伐隊を組むか、傭兵ギルドに依頼を出すのが常である。

 

◇◇◇◇◇

 

 夏の盛りも過ぎ、煩わしかった蝉の声からも解放されたと一息ついた所に、領主の下へ舞い込んできたオーク鬼の目撃情報の知らせ。

 

 販路の拡大により生産力に余裕のない現状において、収穫シーズンを前に被害をわずかでも出すわけにはいかないため、アルテシウム領主は速やかに討伐隊を組織し早期鎮圧に乗り出した。

 

 目撃情報から今回のオーク鬼は洞窟など根城を持っているタイプではなく、10体から20体ほどのまだ新しいグループだと思われるため、メイジのみで構成されたスリーマンセルを4部隊組織し、2部隊が正面から押し込み、残りの2部隊が左右から回り込み側面から攻撃、ないし包囲殲滅する作戦を取る事となった。

 

 オーク鬼発見の知らせが届いた翌日、部隊は最寄りの村まで馬で移動し、周囲への警戒と目標の偵察、詳しい地形の確認をローテーションを組んで行いつつ夜を明かした。

 

 翌朝、明け方のまだ薄暗いうちに行動を開始。

 

 作戦通り部隊を展開し、所定の位置に着いた部隊から木の上にメイジを一人上げ、ライトの魔法で合図を送り合いながら襲撃のタイミングを合わせる。

 

 壁役の平民がいない今回の作戦は遠距離からの攻撃魔法で封殺するのが基本方針。

 

 その口火を切るのは、文字通り火メイジによるファイヤーボールの乱れ撃ち。

 

 細かい操作は気にせず、とにかく数を撃つ。

 

 火は生物の根源的な恐怖を掻き立てる。

 

 亜人であろうとその本能からは逃れられない。

 

 寝起きを襲われたオーク鬼は、直撃を受けたものは炎に包まれながらも暴れまわり、そうでないものもパニック状態に陥っている。

 

 それに追い打ちをかけるように風メイジが風を操って煽る事で火勢を強め、逃げ道を限定していく。

 

 本能に従い襲い来る炎から遠ざかろうとするオーク鬼。

 

 しかしその行く手を遮るように土メイジが作った巨大な土の壁が立ちふさがる。

 

 一体、また一体と力尽き倒れていくオーク鬼。

 

 後方支援として回復役兼消火要員である水メイジの内の一人、今日が初陣の少年はその光景に圧倒されていた。

 

 視界を覆い尽くす火の海、言葉は分からなくともその怒り、恐怖、絶望が伝わってくるオーク鬼の叫び声、料理とは全く違うむせかえりそうになる肉の焼ける臭い、肌を焼く炎の熱、暑さと緊張からか口の中が酷く乾き、思考までが溶けていく。

 

 地獄のようだ。

 

 そう呟いた少年に恐怖はない。

 

 考える事も感じる事も出来なくなった少年はその光景をただ見ている事しか出来なかった。

 

 しかし、それが致命的な事態を招く。

 

 一体のひときわ体の大きいオーク鬼、もしかしたら群れのリーダーだったのかもしれない個体が破れかぶれなのか、それとも一矢報いるつもりなのか炎にその身を投じた。

 

 所詮は悪あがき。

 

 スリーマンセルで少年と組んでいた火と風のメイジはそう判断し、発生までのタイムラグの短いスペルで足を止めようと即座に攻撃。

 

 次の瞬間、丸太のようなオーク鬼の太い腕が宙を舞った。

 

 ファイヤーボールを払いのけた腕をエアカッターが切り飛ばしたのだ。

 

 しかしオーク鬼は止まらなかった。

 

 残った腕で握りしめた棍棒を高らかと振り上げ、攻撃してきたメイジに突進して行く。

 

 弾き飛ばされそうになった二人のメイジはとっさにフライの呪文で上空にかわすが、視界のすみで少年を捉えた瞬間、自分たちの失態にその表情が凍りつく。

 

 二人には討伐任務以外にも少年の護衛任務が言い渡されていた。

 

 初陣という事もあるが、その少年は自分たちが将来仕えるべき相手であり、現在仕えている領主の子息なのだ。

 

 そのため他の部隊にはトライアングルが1人しかいない所をどちらもトライアングルで固められていた。

 

 先ほどの選択も普段なら間違いではない。

 

 突進してくる相手に対して長々とルーンを唱えている暇はなく、その中で火メイジは打撃力もあるファイヤーボールをぶつけ、風メイジは風で道を空けてしまわないように面攻撃のエアハンマーではなく、切断力のあるエアカッターを選択した。

 

 結果、相手の腕を切り飛ばす事が出来たし、自分たちの回避も成功している。

 

 単に討伐任務だけならそれで良かった。

 

 しかし今回は護衛任務も兼ねているのだ。

 

 当然、戦場では自己責任は当たり前で、危なくなったら自分で逃げるくらい出来なくては戦場に立つ資格はないが、護衛が護衛対象にそれを求めては護衛の意味がない。

 

 自分の身を挺しても護衛対象を守るのが護衛の仕事だ。

 

 つまり今の状況は明らかな失態であり、フライで飛んでしまったため距離も離れ、落ちるのを覚悟で他の魔法を唱えている暇もない。

 

 少年の前には倍はあろうかというオーク鬼の巨大が襲いかかり、振り下ろされれば人間の頭など跡形もなく破裂するであろう棍棒が迫る。

 

 二人のメイジは少年の悲惨な未来を幻視した。

 

 しかしその未来は予想もしなかった事態で覆される。

 

 正気に戻った少年が何かを叫んだ瞬間、少年とオーク鬼の間で突然爆発するように大量の水が弾けたのだ。

 

 その威力にオーク鬼はのけぞり数歩後退る。

 

 巨体に見合った質量のあるオーク鬼にはその程度の威力だったが、少年はそうもいかず、自分の起こした爆発で後ろに吹き飛んでいった。

 

 オーク鬼は文字通り水をかけられた事で気勢をそがれた状態になり、我に返った護衛のメイジは慌てて少年とオーク鬼の間に割って入る。

 

 数発の魔法によりオーク鬼を倒したメイジ二人は安堵の息を漏らし、振り返って少年の安否を確認しようとするが、そこには少年の姿はなく、呼べど叫べど返事は返って来ない。

 

 オーク鬼の掃討と消火活動を早々に終わらせた面々が辺りを捜索するも少年を見つける事は出来なかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「…………ここは」

「あ、カミル、目覚めた」

「テファ?」

「うん、久しぶり。って言ってもまだ二ヶ月くらいしか立ってないけど」

「えっと、ここは」

「私の家のお客様用の部屋だよ」

「…………大公はトリステインに別荘持ってたりは」

「お父様とマチルダ姉さんが今度買おうって話してたけど、急にどうしたの」

 

 テファの質問には答えず、寝起きの頭に鞭を打ち、手持ちの情報を整理します。

 

 思い出せるのは、地獄の様な光景から火の海を掻き分けて突進してくるオーク鬼と、視界いっぱいに広がった水、水、水。

 

 まぁ水の方は消火活動用に待機させておいた私のオリジナル魔法『水爆』を解放したせいなのですが。

 

 コンデンセイションで作った大量の水をこれでもかと圧縮して一気に解放するだけの簡単な魔法なのですが、生きているという事は無事敵との距離を空ける事に成功したのでしょう。

 

 そして吹き飛ばされた先で木にでもぶつかって情けなくも気絶してしまったと。

 

 そこまでは良いです。

 

 しかし、起きてみれば目の前にはテファがいて、私の寝ているのは自分の家の客間だと言い、しかし大公はトリステインに別荘を持ってはいないと言う。

 

 そこから導き出される結論は……。

 

「ねぇ、テファ」

「なに、カミル」

「ここは天国ですか」

「いきなりどうしたの」

「だって天使みたいなテファがいるし、きっとテファはみたいじゃなくて本当に天使で、じゃあここは天国って事に」

「も、もうまたそんなこと言って。カミル、まだ寝ぼけてるんでしょ」

 

 照れるテファは今日も可愛いです。

 

 と、現実逃避してる場合じゃないですね。

 

 そろそろ向き合いましょう。

 

「では、ここはアルビオンという事でいいですか」

「え、あ、うん、そうだよ」

「自領でオーク鬼討伐隊に混じっていたはずの私がどうしてここに?」

「えっと、それは…………」

 

 言いにくそうに言葉を濁された事で、いくつかあった可能性が消去されていき、一つに集約されます。

 

「もしかして、サモンサーヴァントですか」

「ど、どうして分かったのっ!?」

 

 あぁ、当たりですか、そうですか。

 

 

 きっと吹き飛んだ先に魔法陣がタイミング良く現れたのですね。

 

 

 そしてこちらの家具だか壁だかに衝突して気絶してしまい看病されていたと。

 

 

 どのくらい寝ていたか分かりませんが、あちらは突然私が消えて大変な事になっているでしょうね。

 

 

 それにしてもテファが私に会いたいと言って虚無魔法のテレポートに目覚めた時点でワザと考えないようにしていた可能性でしたが、まさか本当に喚ばれてしまうとは……。

 

 テファとは夏に一週間ほど一緒に過ごして、その人となりは分かっていますし、気心も知れています。

 

 明るく純真で優しく弄りがいがあって照れた顔も怒った顔ももちろん笑顔も素敵で可愛くて守ってあげたくなる系のまさしく天使や妖精といった女の子なテファに、好意を持っている事は否定しません。

 

 命をかけられるかと聞かれると胸を張って「はい」と言える自信はまだありませんが、一緒に過ごすために邪魔者を排除できるかと聞かれれば二つ返事で頷けます。

 

 そんなテファがご主人様なら、使い魔になる事に嫌やはありません。

 

 ですが、二点だけ気になる事があります。

 

 一つは、使い魔のルーンはやはりリーブスラシルなのかということ。

 

 これは契約するまで分かりませんから気にするだけ無駄なのですが、アニメ版では命を削る虚無魔法の増幅器であり、原作では不吉極まりない描写をされていて、正直ちょっと怖いです。

 

 まぁ「使われなければどうという事もない」と開き直ってしまうのが正解なのでしょうね。

 

 もう一つは、当然ですがロマリアです。

 

 コモンマジックが使える状態になってから表に出てきた今のテファなら系統魔法さえ使わなければアルビオンの虚無である事はバレないと思いますが、物事に絶対はなく、常にイレギュラーには注意しなければなりません。

 

 最悪バレた時は、ロマリアコンビをアンドバリの指輪、またはミツハさんに頼んで洗脳ですね。

 

 もちろん心優しい主人であるテファには内緒でです。

 

 殺しはまだ出来る自信はありませんが、洗脳くらいなら別に問題ありません。

 

 …………私、おかしいですかね?

 

 いや、きっと大丈夫なはずです。

 

 こんなの普通ですよ、普通。

 

 洗脳って単語のイメージが悪いだけで「テファはアルビオンの虚無ではありませんよ~」「アルビオンの虚無はまだ生まれていないだけですよ~」と、ちょっと強い催眠術をかけるだけです。

 

「カ、カミル?」

 

 っと、ちょっとテファを放置し過ぎたみたいですね。

 

 不安な表情をさせてしまいました。

 

「あぁ、すみません、テファ。少し考えに浸っていたようです」

「えっと、それで、それでね」

 

 テファが頑張って言葉を紡ごうとしていますが、さて、これは喚び出した者と、自分の意思でくぐったわけではありませんが召喚に応じた者と、どちらが切り出すべきでしょう。

 

 いえ、考えるまでもありませんね。

 

 男として、選択肢は一つです。

 

 テファの手を取ってベッドから降り、テファを椅子から立たせ、その前に片膝をつきます。

 

「テファ、貴女と生涯を伴にする事を許してもらえますか」

「えっ…………と」

「駄目、ですか」

「ううん、そうじゃくて、あの、えっと、それは使い魔としてって事……だよね?」

「使い魔になる事もそうですが、使い魔である前に一人の男として申し込んでいます」

 

 その言葉にテファは驚き、次いで真っ赤になりながらも、いつものように慌てるでもなく真剣な表情で聞き返してきます。

 

「私、ハーフエルフなんだよ? みんなの怖がるエルフの血が流れてて、私の子供も耳が長いかもしれないんだよ」

「構いません。テファはテファです。それに耳は隠せますし、もし系統魔法が使えなくてもシャジャルさんみたいに誤魔化せますから」

「本当に私で、私でいいの」

「はい、テファがいいです」

 

 言葉を受け取ったテファは一度俯き、再度上げられた瞳は涙で濡れていました。

 

「私もっ、私もカミルがいいっ!! 私に明るくて幸せな世界をくれたカミルが、初めての友達でもあるカミルの事が大好き」

「私もテファの事が好きです。きっかけは姉様の安全のためでしたけれど、一緒に過ごした日々は本当に楽しく、その中で見せてくれたテファの表情はどれも可愛く、美しく、愛おしく、魅力的で、私の胸を熱く、そして温かくしてくれました。テファ、私は病める時も健やかなる時も貴女と伴にあり、貴女を幸せにする事をここに誓います」

 

 立ち上がり、テファの頬を伝う涙を指で拭いながら気持ちを伝えると、テファはとても綺麗な微笑みを浮かべてくれます。

 

「私もカミルが、ううん、二人で一緒に幸せでいられるように頑張る事をここに誓います」

「ありがとうございます、テファ。それじゃあ」

「うん」

 

 テファは瞳を閉じ、精神を集中させルーンを紡ぎます。

 

「我が名はティファニア・オブ・モード。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 ゆっくりと開かれたテファの瞳は熱っぽく潤み、顔は真っ赤に染まっています。

 

 半歩の距離を縮め、触れ合った指先をどちらともなく絡めます。

 

「テファ」

「カミル」

 

 息がかかる程の距離で互いの名を囁き、その響きが消える前に誓いの口づけが交わされました。

 

 唇から伝わる柔らかい感触とテファの体温。

 

 胸いっぱいに幸福感が広まります。

 

 しかし次の瞬間、いきなりメーターを振り切ったかのような容赦のない激痛が走り、それらの感覚は一瞬で弾き飛ばされてしまいます。

 

 そのまま体の内側から鋭い刃物が肉を突き破って出てくるような、神経を直接引っ掻かれているような抗い難い痛みが数秒にわたって続き、しかしルーンを刻み終わった瞬間、それが幻であったかのように唐突に消えてなくなり、終了の合図のようにカコーンと何か固い物が落ちた音が響きました。

 

「オ、カ、リナ?」

 

 激痛に耐えた疲労感から膝をついた状態で拾い上げたそれは、アチラの世界の楽器であるオカリナに見えます。

 

 とりあえず回らない頭で考える事は放棄して、まずは額に浮いたあぶら汗を袖で拭き、荒くなった呼吸を整え、落ち着いた所で先ほどまで激痛の走っていた部位、刻まれた使い魔のルーンに目を向けます。

 

 が、それは全くの予想外な結果で、驚きと困惑から思わず呟きが漏れてしまいます。

 

「右手という事はヴィンダールヴ…………なんでしょうけど、最後に漢字で『改』って付いているのはなんですか?」

 

 突然現れたオカリナといい、謎は深まるばかりです。

 




これこそが待ちに待った転生特典です。
『R』でも『α』でも『:2.0』でも良かったのですが、あえて漢字にしてみました。
とは言っても別にこだわりがあるわけでもないので不評が多いようなら変更も吝かではありません。
ただのヴィンダールヴではない事が伝われば良しです。
次回、その効果が明らかに……きっとなるはず。
それにしてもヴィンダールヴって、ガンダールヴとミョズニトニルンと比べると戦闘力という点でかなり見劣りしますよね。
基本的に他力本願ですし。
まぁ、ヴァージョンが上がってもその辺は変わりませんのであしからずという事で……。

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