ラグドリアン湖の畔でロイヤルな二人の密会に不運にも遭遇してしまった後、ミツハさんに湖の水の操作してもらいボートで対岸のガリア領地に侵入しています。
今回の園遊会に参加したガリア貴族の大半がこちらの領地で宿を取る事は、商人からの情報や商品の流れから調べが付いています。
そして近年体調の芳しくないガリア王の代役として二人の王子が園遊会に参加すること、その宿泊先として王家の別荘が使われることも併せて確認済みです。
もうお分かりですね?
この園遊会は警備の厳しい王宮から二人の王子を誘い出すための罠だったということです。
……何か暗殺者みたいですね、私。
外見も右手のルーン以外はミツハさんの変身魔法で大人ヴァージョンに変わっていますし。
違いますよ? あくまでも話し合い、説得しに来たんですからね? 勘違いしてはいけません。
こほん、というわけで、まずは弟のシャルル殿下に会いに行きましょうか。
外の警備兵は、ミツハさんの意思の宿った霧を発生させ、一定量吸い込んだ所で意識を奪い取ります。
そこから記憶を覗いて、警備の配置や連携の仕方を把握。
それに従って警備兵を操り、屋内の警備兵を騒がれない様に、奇襲によるミツハさんの水の鞭で慎重に削って行きます。
水の精霊の『触れられるだけで意識を乗っ取られる』という能力、素晴らしいですね。
「カミルよ、単なる者の片付けは終わったぞ」
「ありがとうございます、ミツハさん。さすがですね」
「このくらい我にしてみれば造作もない。が、もっと褒めるがいい」
「さすが水の精霊様。格が違います。可愛いし強いし最強ですね」
「うむうむ、感謝するがいい」
何だかミツハさんがやけに人間くさくなってきましたね。
背伸びしてる感が可愛いから構いませんが。
さて、それでは説得にかかるとしましょう。
◇◇◇◇◇
目の前でいくつもの氷のツララがシャルル殿下の体を貫いていく。
「どうして……」
説得できると思っていました。
追い詰めた後で救いの手を差し伸べるという古典的ですが、それ故に効果的な手法を取ったのですが、まさか加減を誤り暴発させてしまうなんて。
「こんな事に……」
氷のツララに貫かれた勢いのまま殿下が後ろに倒れた音で我に返ります。
後悔も反省も今は後回しです。
今は殿下の命を助けなければいけません。
駆け寄り、状態を確かめます。
左の手の平と右の太股はツララの先端が反対側まで突き抜け、右肩と腹部は貫通こそしていませんが、かなり深くまで突き刺さっています。
不幸中の幸いは、使われた魔法が氷だったために傷口からの出血がそれほど多くない事です。
しかしツララを引き抜けば、どうなるかは目に見えています。
「ミツハさんっ! 協力をお願いしますっ! 私がツララを一本ずつ引き抜きますから治療をっ! 私も全力でヒーリングをかけますっ!」
そんな私の叫びに対するミツハさんの反応はある意味で至極当然のものでした。
「カミルよ。そやつはカミルを殺すつもりで魔法を放った。万死に値する」
結果だけ見ればその通りです。
私に甘いミツハさんならそう答えるのも当然だと思います。
でもそうさせたのは私です。
暴発するまで追い込んだのは私です。
死なせる訳にはいきません。
「そうかもしれませんが、でもこの人をここで死なせてしまうと私はもちろん、家族にまで累が及ぶ危険があります。それにはミツハさんと過ごしたいつもの湖も含まれます。この人のためじゃなく、私を、私たちを、あの湖を守るために協力してくください。お願いします」
狡い説得とは思いますが、緊急時です。
背に腹は代えられません。
「ふむ、そういう事なら吝かではないな」
「では、腹部のツララから行きますよ」
「うむ、任せるがいい」
◇◇◇◇◇
ふぅ、危ない所でした。
何とか一命は取り留めましたが、さすがに疲れました。
正直もう帰って寝たい所ですが、今回の襲撃のせいで次の機会が巡ってくる可能性は限りなく低いですから、もう少しだけ頑張らないといけません。
「ジョセフ殿下、失礼致します」
ノックはしましたが返事は待たずに部屋に入ります。
「ようやく来たか。随分と遅かったな。まぁ座れ」
「へ?」
「何を呆けている。話があって来たのだろう」
「え、えぇまぁ」
「自分で言うのも何だが、ガリアの王子が手ずからしゃくをしてやろうというのだ。無碍にする事もあるまい」
「そ、それはまた光栄な事で」
え、ちょっと待ってください。
何ですか、この展開は。
何でこの人、こんな平然と歓迎してくれちゃってるんですか。
私、見るからに不審者ですよ? 普通に考えたら暗殺者ですよ? 実際、この屋敷の内外問わず警備の方々にはミツハさんの接触による洗脳攻撃で無力化させてもらってますし。
あ、でも、そういえばシャルル殿下も出会い頭は平然と杖を向けてきましたね。
あれですか? 生まれながらに暗殺される危険のある止ん事無き身分の方々はその辺の肝が据わっていると。
まぁ騒いだり取り乱したりして欲しいわけではないので好都合と言えば好都合ですけど。
注がれたワインに口をつけながら何とか気持ちを落ち着けます。
「それで」
「は?」
「ワインを飲みに来た。というならそれでも構ぬが、話があって来たのだろう」
「えぇ、はい、失礼しました。それでは」
咳払いをして誤魔化しますが、すっかり相手のペースですね。
話を聞いてもらえるのは有り難いですが、調子が狂います。
「私はシャルル殿下に王位に就いてもらおうと画策する者で、此度はジョセフ殿下の説得に伺わせていただきました」
「ほう、説得とな。暗殺ではないのか」
「はい、ジョセフ殿下には生きていてもらわなければならない理由がありますので」
「こんな無能に利用価値があるとも思えんが、それ故に興味深いな。聞こう」
「まずは、これをご覧ください」
右手のルーンを見せます。
「使い魔のルーン? 人間の使い魔とは珍しい」
「はい、人間の使い魔は虚無の証。私のこのルーンは始祖ブリミルに仕えし4人の使い魔の一角、神の右手ヴィンダールヴのもの」
「失われた系統と聞いていたが……ん、そうなると……まさか、俺が虚無だと言うのか」
「慧眼、お見それしました」
何で分かったのか分かりませんが、話が早くて助かります。
「虚無は王家に連なる血統にのみ現れます。それを見分けるのは系統魔法が成功しないこと。そして虚無に目覚めるには決まった手順がございます」
「俄には……信じがたいな」
「心中お察ししますが、現実から逃げる事は叶いません」
「俺が虚無……」
そう呟いたジョセフ殿下は泣き笑いのような形容しがたい表情をしていて、言葉をかけるのが躊躇われます。
10分程でしょうか、ちびちびとワインを飲みながら時間を潰します。
美味しいワインでしたが、どこのワインでしょう。
商売敵ですね。
「すまなかった。続けてくれ」
「はい、ジョセフ殿下には虚無に目覚めていただきたいと思っています」
「いいのか? 俺が虚無に目覚めれば、俺を王に据えようとする輩が増えよう。それはシャルルを王位に就けようとするお前には都合が悪いのではないか」
「確かにそういった輩は増えると思われますが、虚無の担い手は王になるべきではありません」
「なぜだ……いや、そうか、聖戦だな」
「はい、聖戦が発動すればエルフに対抗するために虚無の担い手は前線に出なければならなくなりますが、王が前線出るなど論外です」
「確かにな。つまり俺が虚無に目覚めれば、王位はシャルルのものか」
「それが一つの狙いではありますが、後二つ狙いがございます」
「聞こう」
「一つは、ガリアの国力と虚無の威光を用いて、現在の腐ったブリミル教を牽制する事ができます」
「あぁ、それはいいな。自分たちは何もしないくせに金だけは強請ってくるウジ虫共には一度痛い目を見せてやりたいと思っていたのだ」
激しく同意です。
ブリミル教を否定する気はありませんが、今の在り方は改善すべきです。
「もう一つは、恐れながらご兄弟仲の修復の切っ掛けになればと」
「俺たち兄弟の仲が悪いと」
「恐れながら」
ジョセフ殿下の表情が苦みばしった風に歪みます。
「それは俺がシャルルに抱いている劣等感について言っているのか」
「それもありますが、むしろ問題はシャルル殿下の方に多くございます」
「シャルルに?」
「はい」
「あいつは誰にでも好かれ、こんな無能な兄にも笑顔を向け、事ある毎に兄を立ててくれる出来た弟だ。そのシャルルに問題があると言うのか」
「はい、シャルル殿下の闇の部分については先ほど目にして参りました」
ここに来る前に起こった例の惨事。
シャルル殿下のエア・ハンマーをミツハさんに張ってもらったカウンターで反射して抵抗の無謀さを示してから王位に就く事に協力する誘いをかけたのですが、追い詰める過程で言葉の選択を誤り暴発させてしまったのです。
『ウィンディ・アイシクル』
原作でタバサが得意としていた魔法は、父親譲りでした。
自爆とは言え怪我を負わせてしまった事は不本意ですが、しかし暴発した事でシャルル殿下が賄賂に手を染め、ジョセフ殿下を追い落とそうとしていた事の裏は取れました。
「シャルル殿下はジョセフ殿下に嫉妬していました。王に必要な国を治める能力についてジョセフ殿下には何一つ勝てないと。それ故に唯一勝てる魔法の腕に固執したのです」
「そんな馬鹿な……」
「それに加えて、シャルル殿下はどうしても王になりたかった。そのためには魔法の苦手な兄を貶め、寄ってくる輩のご機嫌を取り、賄賂にも手を染めました」
「シャルルに限って、そんな……」
「シャルル殿下は苦しんでいたのです。王になりたいという自分ではどうにも抑えられない衝動と良心との呵責に。大好きな兄が傷ついているのを見て暗い愉悦を感じてしまう自分の汚さに」
「シャルル……お前は……」
「シャルル殿下を地獄の苦しみから救ってさしあげられるのは兄君であるジョセフ殿下だけです。此度の虚無の一件は兄弟が腹を割って話す良い切っ掛けになると私は願っています」
「……そう、だな。うむ、お前の言葉を全面的に信じるわけにはいかないが、話してみない事には始まらないな」
「ありがとうございます」
このために一年以上かけて園遊会を企画し、警備の厚いガリア城から引っ張り出して来たのですから、ぜひとも上手くいって欲しいものです。
「補足になりますが、いくつか虚無関連で説明を」
「あぁ」
ちょっと呆けているようですが大丈夫でしょうか。
「虚無の覚醒は、王家に伝わる指輪をはめて、同じく王家に伝わる始祖の秘宝に触れる必要があります」
「土のルビーと……始祖の香炉だったか」
「はい」
「それだけか」
「はい」
私の相槌に言葉を失ったジョセフ殿下はそのまま沈黙し、そして「愚かな」と吐き捨てました。
多分ですが、虚無覚醒の伝承が権力争いのために故意に失われた可能性を考えたのでしょう。
本来なら王家に連なる血筋に子供が生まれたら、全員試せばいいだけの話ですからね。
まぁ、それについては最初から伝わっていなかった可能性もありますから一概には言えませんけれど。
「次に、虚無の使い魔は人間が喚ばれます。召喚する際は十分な配慮と準備をしておく事をお勧めします」
「平民や自国の貴族ならどうとでもなるが、他国の貴族だと面倒だな」
私はそのケースですけどね。
「ん、男が喚ばれた時は男と契約の口付けをせねばならんのか」
「まぁ、そうですね」
心底嫌そうな顔には私も同意します。
ロマリアコンビは、まぁちょっとBL臭しますから大丈夫でしょう。
「ちなみにお前はどうだったのだ」
「私は幸いにも異性でしたので」
「ほぅ、お前の主は女か」
あ、ハメられました。
そうじゃなくても王家の血筋という事で候補が少ないのに、性別を知られるだけでその候補も半分になってしまいます。
「油断ならない方ですね」
「くっくっく、やられてばかりは性に合わないからな。ついでにオマエの主がどこの国の虚無か口を滑らせてもいいんだぞ」
「お断りします」
くっ、弟の事で凹んでいたくせにもう復活ですか。
まぁ太々しい方が『らしい』ですけどね。
「話を続けます。と言っても最後になりますが、虚無の担い手は一国に一人。ガリア、アルビオン、トリステイン、ロマリアで最大四人です」
「ロマリアもか」
「はい。多分ですが、建国した際に王家の血を入れる事は織り込み済みだったのでしょう」
「ありそうな事だな」
「そして担い手が死んだ場合、自国内に予備の候補がいた場合、そちらに虚無が引き継がれます」
「あいにくと俺は俺以外に同じ境遇の者に心当たりはないが、話題を振ったからにはいるのだろうな」
「はい、ガリアにはちゃんと候補の方がいらっしゃいます」
「誰だ」
「シャルル殿下のご息女、シャルロット様の双子の妹ジョゼット様です」
「双子……だと」
「はい、ガリア王家では双子は禁忌とされ、一方を殺すのが習わしだそうですが、哀れに思った夫人が身分と外見を偽って孤児院に預けたそうです」
「そうか、俺には姪がもう一人いるのか。その娘、ジョゼットが俺と同じだと言うのだな」
「はい、これを放置し、ロマリアに気付かれればどうなるか」
「小娘なら俺よりも御しやすいだろうな。では、そうなる前に始末しろと言うのか」
「いえ、まさか。保護して手元に置かれるのがよろしいかと」
「ふむ、これもシャルルと相談しなければならないな」
さて、これであらかた説明できたと思います。
兄弟仲が改善されてシャルル殿下が王位につけばジョセフ殿下の狂化は防げるはずで、結果としてレコン・キスタは組織されず、姉様の住むアルビオンが戦禍に巻き込まれる事はなくなるはずです。
本来資源に乏しく地繋ぎでないため統治しにくいアルビオンは戦略価値の低い土地ですから。
これで私が姉様の安全のために出来る事はお終いです。
もしそれでも戦争が起こった際には、無理矢理にでも助けに行くしかないですね。
他にもモード大公とシャジャルさんにマチルダさん、その周辺も合わせると……あれ? 逃げるのは無理でしょうか?
えっと、相変わらずの他力本願ですが、ミツハさんとシャジャルさんなら精霊パワーでどうにかなりますかね?
いえ、せっかくヴィンダールヴ改の力があるのですから火竜山脈やアルビオンの竜を集めて編隊を組めば……って、結局竜の力を借りている辺り他力本願ですね。
うぅぅぅぅ、帰ったら修行頑張りましょう。
夢は大きく、目指せスクエアです。
この展開で行くとシャルロット→タバサがなくなってしまいますが、姉様の安全のためには仕方ありません。
この話をもって姉様の死亡フラグ回避の話は終了ですので、次からはほのぼのとしたのが書けるはずです。
テファの甘ったるい話が書けたらいいな~と思っています。