毎度お馴染みラグドリアン湖、と言っても今回はガリア側ですが、新ガリア王をお披露目するための園遊会に家族揃って参加しているカミル・ド・アルテシウムです。
モンモランシ伯とお父様に同行したガリア貴族への挨拶回りを終えた私は、お母様に付いてトリステイン貴族の挨拶回りへと向かったティファニアとの待ち合わせ場所に向かいますが、女性の方が会話に花が咲き易いためか、あいにくとティファニアはまだ来ていません。
あまりキョロキョロしているのもマナー違反になってしまいますから、柑橘系のノンアルコールカクテルを片手に遠目で人の流れを観察していると、20分程してティファニアを連れたお母様を発見。
あちらもこちらに気付いた所で2人が何やら二、三言葉を交わすとお母様はこちらに意味深な視線を送ってからきびすを返して再度人混みに消えて行き、ティファニアだけが不作法にならない程度に抑えられたら小走りでこちらに来ます。
「テファ、お疲れ様です」
「カミルもお疲れさま」
「お母様との挨拶回りはどうでした」
「緊張したけど、練習通り出来てたってお義母様に褒めてもらえたよ」
「それは良かったですね。頑張りましたね、テファ」
「うん、でもお義母様がずっとリードしてくれてたから、私は挨拶くらいしかしてないんだけどね」
「それでもですよ」
「そうかな」
「はい」
「そっか…………えへへ」
照れながらも満足そうに微笑むティファニアの頭を撫でてあげようといつもの調子で手を伸ばしそうになりますが、ドレスアップのために結い上げている髪型が崩れでもしたら大変ですからここは我慢し、一緒に笑みを浮かべるにとどめます。
「この後は同年代が相手ですから幾分気が楽ですけど、姫様の動向にだけは注意を怠らないようにしましょう」
「あ、カミル、その事でお義母様から伝言があるよ」
「伝言ですか?」
「うん、えっとね、『自分の婚約者も満足にエスコートできないような体たらくをさらした場合はキツいお仕置きを覚悟しておくように』だって」
「お……ぅ、肝に銘じます」
さっきの意味深な視線はそれですか、お母様。
「ふふ、頼りにしてるからね、カミル」
「全力でエスコートさせていただきます、My Princess」
貴族らしい気取った仕草でオチを付けた所でティファニアに腕を差し出すと、そっと添えられる柔らかな指先。
伝わる重さを確かめる様に視線を落とせば、同じ様に視線を送るティファニアの視線とぶつかり、顔を合わせて微笑み合う。
こんな何気ない瞬間に、日だまりで丸くなって寝ている猫を見つけた時の様なほんわかした温かさが胸に広がるのを感じ、幸せな気分で満たされます。
元気も充電された所で、同年代の間でティファニアを紹介して回るお仕事に取り掛かりましょう。
こういった大規模な社交の場では暗黙のルールとして、まずは大きく分けて『大人』と『子供』、次に子供は『魔法学院入学前』と『魔法学院在籍中』にエリア分けされています。
基本的にはこの枠組みの中で交流が持たれるわけですが、先程私たちがしていた様に親について回る場合はその限りではありません。
このルールの意味は『責任の違い』で、『魔法学院入学前』は完全に子供扱いされ何かあっても「子供のする事ですから」と親が恥をかく程度で済みますが、これが『魔法学院在籍中』になると本人にも何らかの罰が下される様になります。
基本的には各自の親にその判断が委ねられますが、あまりに大きな問題を起こした場合は停学や退学になるケースもあります。
例えば、誰かを悪意を持って故意に大怪我を負わせたり、国際問題を起こした場合とかですね。
たまにあるそうですよ? たま~~にですが。
そういう程度と常識の解らない輩が勘当されて野良メイジになるわけですが、大体が高すぎるプライドが邪魔をして平民の生活には馴染めず、最後には盗賊に身をやつして元同朋の貴族が組織する討伐隊に討たれるというわけですね。
さておき、つまり私たちのこれから向かう『子供』で『魔法学院入学前』のエリアは、まだ大人の真似事をするお遊びという位置付けになりますが、かと言ってそれが相手に対して気を遣わなくていい理由にはなりません。
今はまだ子供ですが、後数年もすれば魔法学院に入学し、卒業すれば大人の仲間入りです。
いつかは家を継いだり、国の要職に就く者も出てくるでしょう。
個人の好き嫌いで仕事をするわけではありませんが、同じ条件下なら好意的な相手の方を選びたくなるのが人情ですし、信用と信頼のあるなしはここぞという場面で大きな違いになります。
そういう先の事まで考えれば、当たり障りなく、広く浅くの実家の方針に今から従うのは当然の帰結と言えるでしょう。
そうやって考えると原作でルイズ嬢を馬鹿にする貴族の子供たちとか有り得ませんね。
いくら三女と言っても、上にいるのが結婚できない長女に子供の産めない病弱な次女では、公爵家を継ぐのはルイズ嬢である可能性が高く、将来泣きを見ること請け合いです。
まぁ今生ではカトレアさんの病気は見た目治っていると言っていい状態ですし、それに伴ってフォンティーヌの領地は公爵にお返しして姓をヴァリエールに戻し、今はちらほらと挙がって来るお見合い話に対応中だとか。
長女のエレオノールさんに至っては、妹の病気や目処すら立たない治療の研究による心労から解放されたためか悪い噂は一向に聞こえて来ず、むしろ今年度中にもご結婚されるそうです。
本当ならこの春を予定していたそうなのですが、新ガリア王の式典を無視するわけにもいかず延期されたとか何とか。
当事者側からすればいい迷惑でしょうけれど、お祝い事のブッキングなら悪くはないですよね。
今年でエレオノールさんは24、ハルケギニアの婚期としては遅い方ですが問題にされる程でもありませんし、変に気を遣う事なく祝福できます。
私にとってエレオノールさんはヴァリエール家の長女やルイズ嬢の怖い方の姉という肩書きよりもジュリア姉様の友達というウェイトが重く、より身近に感じていたので、ぜひ幸せになってもらいたいと思います。
と綺麗に話をまとめた所で、魔法の使えないルイズ嬢の立場が公爵家を継ぐ可能性のなくなった事でより悪くなったという点については気付かない振りをしておいて、話を戻しましょう。
「テファ、まずは姫様の動向を把握しておきましょう」
「うん、そうだね」
少々お転婆な所のある姫様ですが警護は常に付いていますし、人気のある方ですから探すのは容易のはず…………なんですが。
「カミル、いた?」
「いえ、見当たりませんね」
子供のエリアだけでなく、まだ謁見の列のある王族に用意された特別席にもいらっしゃいません。
「ウェールズ王子にでも会いに行かれているんでしょうか」
お仕事ほっぽりだして。
「恋人、なんだよね」
「大きな声では言えませんから『気持ちの上では』と注釈をつけなければいけませんけれど」
「好きな相手を隠さなきゃいけないなんて可哀想」
「仕方ありません。自身の結婚が国の行く末を決めかねない人達ですから」
高貴なる立場には、それに見合った義務と責任があります。
貴族である以上、程度は違えど、それは私やティファニアにも言える事ですが。
「とりあえず、いつ帰って来られても大丈夫なように、外側を意識しておきましょう」
「うん」
さて、今日はいきなり人の輪に入って行くのではなく、ゆっくりとティファニアを紹介できる様に手近な所から個別に声をかけて行きましょうか。
「カ、カミル」
「はい、あ、ギーシュ。お久しぶりです」
と思った矢先に、先を越されてしまった様です。
「…………」
「ギーシュ?」
自分から声をかけて来たというのにこちらの挨拶に微塵も反応を示さないギーシュ。
ある意味期待を裏切らない予想通りのリアクションで、ティファニアをガン見するのに忙しいご様子。
と言うか、胸しか見てないですね、こいつ。
これは殴ってもいいですよね? 駄目ですか、そうですか。
とりあえず欲望丸出しの視線からティファニアを私の背に隠します。
あ、ちなみにティファニアのドレスは水石のイヤリングとサファイアの指輪の色に初々しさと可愛らしさと春という季節を考慮して水色を選び、デザインはバックレスドレスで背中を出している反面、首もとまで隠したホルターネックで主張の激しい胸部は完全に隠してあります。
それもギーシュの反応を見る限り焼け石に水の様ですが、それでも直接他人の目にさらすより百倍マシです。
はい、独占欲ですよ? それが何か?
「ミスタ・グラモン、自分から声をかけておきながらこちらを無視した上に、ひとの婚約者に不躾な視線を送るとは、私に対して含む所がおありと見える」
と言うわけで、手は出しませんが、代わりに皮肉の一つでも投下しましょう。
「え、あ、そ、そんなわけないじゃないか。ははは、いやだなぁカミル。いつもの様にギーシュと呼んでくれたまえよ。僕たちは友達じゃないか」
「その友達に無視されたわけですが」
「いやいやいや、それは見解の相違というやつさ。僕はただ美しい花に目を奪われていただけであって他意はないよ」
「花と言うよりたわわに実った大きな果実に吸い寄せられていた様ですが」
「それはアレだよ、アレ。君も男なら分かるだろう」
「ギーシュ」
「なんだい」
「自重しろ♪」
「ご、ごごごごめんなさい」
満面の笑顔で釘を刺したら、全力で謝られました。
なぜでしょうね?
「テファ、彼もこうして頭を下げている事ですし、先程の無礼は許してあげてもらえませんか」
「わ、私は気にしてないですから大丈夫ですよ。頭を上げてください」
「おぉ、見目麗しいだけでなく、その心根まで美しいとは」
「ギーシュ」
「はい、自重します」
変わり身が早いと言うか、適応力が高いと言うか。
「こほん、では改めて紹介させてもらいましょう。彼女はティファニア。白の国アルビオン、モード大公家の側室令嬢で、私の婚約者です」
シャジャルさんの立場ですが、実質的には本妻なのですが、対外的には平民という事で側室扱いとなっています。
「初めまして、ティファニア・オブ・モードです。カミル共々よろしくお願いします」
お母様に仕込まれた、どこに出しても恥ずかしくない優雅な一礼をしてみせるティファニア。
その気品を感じさせる美しい振る舞いに惚れ直してしまいます。
「彼はギーシュ・ド・グラモン。トリステインの武の名門、グラモン伯爵家の四男で、薔薇とフリル、それに異性と友好を深める事に情熱を燃やす男ですから気を付けてくださいね、テファ」
「意外と根に持つタイプなんだね、キミは。まぁいいさ。ううん、僕はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』。カミルとは2年前の園遊会で知り合ってからの友人です。それにしても貴女の様な美しい女性を射止めるとは我が友人ながら羨ましい限りです」
トリステインの北端に位置する我がアルテシウム領ですが、近隣の領地の子息は歳が離れているため、前回の園遊会で知り合った同年代の友人たちと気軽に会うのは難しく、お母様に付いて商用で王都トリスタニアやモンモランシ領に赴いた際に何度か旧交を温める機会を設け、友人関係の継続に努めていたりします。
モンモランシー本人やその周りの女子を誘うため、逆もしかり、の体のいい窓口にされている可能性も無きにしも非ずですが、それは言わぬが花でしょう。
便利な橋渡し役として協力していれば、将来的に「昔世話になったから少し融通してやるか」なんて気を回してもらえるかもしれませんし。
一応断っておきますが、もちろん打算だけで付き合ってるわけではありませんよ。
癖はあってもみんな良い友人たちです。
それとは別に貴族たる者、常に家の事を頭の片隅に置いておくのは当然の事です。
「ありがとうございます。でも、どちらかと言うと私が強引にカミルを攫った様なものなんですよ」
悪戯心を滲ませた微笑みのティファニアですが、それって使い魔召喚の事ですよね。
「それはまた情熱的でいらっしゃる。カミル、こんな美女からアプローチされるなんて男冥利に尽きるじゃないか」
「そうですね。突然空から降って来たり、いきなりアルビオンの大公邸に喚び出されたりと過激ではありましたが、光栄な事です」
「カ、カミルっ」
慌てるティファニア。
せっかく被った猫の毛皮が剥がれてますよ?
「それはまた……。今の楚々として佇まいからは想像もつかないが、随分と活発なお嬢さんだったのですね」
「田舎貴族である我が家の家風に合った辺りから察してもらえると有り難いですね」
「なるほど」
「もうっ、カミルっ」
こんな感じに良い意味で肩の力の抜けた私たちは、その後も順調に挨拶回りをこなし、懸念していた姫様と鉢合わせる事もなく、無事に一日を終えました。
友人たちや新たに知り合った人たちの反応は概ね予想通りなもので、男性陣は一度は目を奪われ、女性陣は自分のものと比べ微妙な顔をしていたのはお約束ですね。
「何に」とは今更なので言いませんが。
その中でも身長はそう変わらないのにスレンダー美人なモンモランシーの視線は最初かなりキツく、矛を収めてからはティファニアに何か特別な事をしているのか、よく食べる物や好物は、などと質問責めにし、終いには私に「カミル、あなた婚約者に内緒で何かやってるんだったら告げ口しないであげるから正直に教えなさい」と尋問紛いの質問をぶつけてくる始末。
ティファニアに関しては人体の神秘としか答え様がありませんでしたが、ミツハさんについて知っているモンモランシーならいいかと、ミツハさんの分体を飲んだ時のエレオノールさんの話をしておきました。
あの様子では、きっと近い内に話を聞きに行くのではないでしょうか。
女性の美に対する執着は呆れを通り越して、もはや尊敬するレベルですね。
ところで男女共に無視できない存在感を示したティファニアですが、私の婚約者、つまりは売約済みとして最初から紹介された事で、変な軋轢を起こさないで済んだのは幸いでした。
これでティファニアにも同年代の友達ができますね。
アルビオンではその微妙な立場からマチルダさんしか結局身近にいませんでしたし、我が家に来てからも外に知り合いを作る機会はありませんでしたから。
ティファニアが私と一緒に魔法学院に入学するかはまだ分かりませんが、それにもまだ2年程ありますし、お母様と相談して少し積極的に外に出る機会を作ってあげようと思います。
その時はモンモランシーにもそれとなく頼んでおきましょう。
彼女、長く集団の中心にいたせいか、面倒見が良く姉御肌なんですよね。
ミツハさんとのコミュニケーションで苦労しているせいか、プライドは高くても高飛車ってわけでもないですし。
ティファニアは少し天然さん入ってますから、そこも魅力の一つなんですが、彼女が見ててくれれば安心です。
モンモランシ家とは家同士も密に連携していますし、二人が仲良くなってくれると嬉しいですね。
ティファニアを魔法学院に入学させるか、それが問題だ……。
筆が乗らなかったり、プロットを組み直したりしながら悩んでます。
そしてルイズの召喚するサイト少年を原作準拠にするか、本人の逆行にするか、転生者の憑依にするかもフラフラしています。
主人公の貴族に染まったスタンスで行くと、原作サイト少年だとアンチしちゃいそうで嫌なんですよね。
体面的に引けない場面とかあるでしょうし。
憑依なら、踏み台系ではなく常識人やヘタレを考えているので「郷に入っては郷に従え」という日本人らしい考え方でその辺の問題を解消できるのが魅力的。
ちなみにガンダールヴ以上の何かを付ける気はないので他の転生はなしの方向で。
ま、まだ14歳も続きますし、使い魔召喚は学院2年目なので、それまでじっくり考えてみます。