二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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6歳、意味のない独り言

 天高く馬肥ゆる秋、カミル・ド・アルテシウム、6歳です。

 

 今年の葡萄の収穫を前に去年作ったブランデーとマール、シャンパンの試飲会をしています。

 

 ちなみにワインを作った際に残る搾りかすを集め発酵・蒸留して作られるグラッパは樽で熟成させる必要がないため去年の段階で既に味見してあったりしますが、ワインしか飲んだ事のない人達にはなかなか刺激的だったみたいです。

 

 舐めるように飲む様に言ったのに、いきなり煽(あお)ったおバカさんがむせてしまい大変でした。

 

 蒸留してあるんだからアルコール度数が上がってて当然だと言うのに……。

 

 ですが、まぁ概ね好評でした。

 

 今年は蒸留する際の火力や時間を変えて、味や香り、アルコール度数の違いでどれだけ差が出るかを確認する予定です。

 

 ちなみに試飲に使わなかったグラッパを使ってリキュールの作成も試してみたのですが、なぜか女性陣にのみ好評で、男性陣に受け入れられたのはミントだけという結果でした。

 

 やはりフルーツの甘いお酒は女性向けということですね。

 

 その際、お父様に「薬草とかミックスしたら体に良さそうですよね」と唆(そそのか)したら糸目が少し開いていたので、そのうち研究してくれるだろうと思います。

 

 西洋版養命酒、できますかね。

 

 まぁそんなわけで熟成組の試飲です。

 

 まずはワインを蒸留して作るブランデーから。

 

 違いを確認するために常温と冷やしたものを飲み比べます。

 

 あ、「冷やす」と簡単に言っていますが、冷蔵庫もない、簡単に氷も手に入らない世界ではなかなか困難な作業なんですよ。

 

 今回は樽から一旦瓶に移し封をして、井戸に沈めておきました。

 

 封もコルクではなく、わざわざ錬金して密閉です。

 

 非情に残念な事に私にはまだ、えぇ「まだ」出来ないので止む無くお父様に頼みました。

 

 日本なら小川の流れにでもさらしておく所ですが、日本ほど地形に高低差があれば川の水流が早く水温も低いのですが、いかんせん大陸の川ではそうはいきません。

 

 まぁ、常温よりか幾分マシと言った所でしょうか。

 

 そもそも流れる大地の距離自体が雲泥の差なのですから仕方のない事です。

 

 話を戻しましょう。

 

 みなさんの感想を誘導するために「良い香りですね」と先に言っておきますが、まだ1年ものという事もあって味が尖(とが)っていて香りもまだまだで微妙な空気に……。

 

 慌てて「ワインと同じで熟成させればまろやかになって厚みが出たり、香りも良くなりますよ」と子供らしからぬフォローを入れてしましましたけど、所詮は子供の意見、感触はあまり良くありませんでした。

 

 次はグラッパを樽で熟成させたマール。

 

 スッキリして鋭角に突き抜けるイメージのグラッパより、香りが強く口当たりがまろやかになったマール。

 

 これは性別に関係なく評価が分かれました。

 

 私はグラッパの方が好きですけど、まぁ好みですからね。

 

 とりあえずブランデーよりかは高評価でした。

 

 最後にシャンパン。

 

 厳密にはスパークリングワインなんですけど、そんな細かい所はどうでもいいですね。

 

 結果は大絶賛でした。

 

 まぁ味はワインなんですから当然と言えば当然なんですけど、炭酸が苦手な人もいますからね。

 

 でも初めてのシュワシュワ感をみなさん楽しんでるみたいで安心しました。

 

 コルク栓を抜く時のポンっていう音もいいですよね。

 

 結果をまとめると、

 

 シャンパン > グラッパ = マール > リキュール > ブランデー

 

 といった感じになりました。

 

 くっ、私はブランデー派なのに……。

 

 5年です。

 

 5年後、絶対見返してやりますっ!!

 

 でもまずは開発中止にならない様にお父様とお母様にお願いしに行かないといけません。

 

 少量生産でもいいから継続する事が大切です。

 

「お父様、お母様、お願いが~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻って、緑生い茂る夏。

 

 外に出る際のお目付け役兼護衛役のオーギュストを連れて北の森に入ります。

 

 オーギュストはうちに代々仕えてくれている下級貴族の長男で、現在23歳。

 

 うちの常備軍、治安維持部隊に属している風のラインメイジさんです。

 

 いざという時は私を掴んで飛んで逃げていただく事になっています。

 

 三十六計逃げるに如かず。

 

 放置しては危険な人間を捕食する亜人、オークなどに遭遇しても無闇に戦闘行為には及びません。

 

 音に敏感な所も視界の利かない森において、風メイジは優秀ですね。

 

 今はそんな感じですが、いつか私も領主の跡取りの責任として討伐隊に参加しなければならない事は覚悟しています。

 

 ですが、今の私はまだまだ系統魔法もおぼつかない子供で、戦闘になれば足手まといになるのは火を見るより明らか。

 

 教官の座学でも、部隊の中に一人でも足手まといがいる場合の危険性は教えられています。

 

 と言うか、実力が追い付かないうちに出しゃばったりするなと暗に注意されていますね。

 

 これについては特に反論する気もないので全面的に賛成です。

 

 戦術的にどうこうと言うより、正直しなくていいなら喜んで他人に任せます。

 

 ヘタレと言われようと怖いものは怖いでし、私に反骨精神なるものを求められても困ります。

 

 ですが、逃げてばかりもいられません。

 

 責任云々もそうですが、戦争に行く事を考えれば大変不本意ではありますが命を奪う事に慣れておく必要があるでしょう。

 

 その辺の「したくない」しかし「しなければならない」等の葛藤を自覚しつつ、今はまだ状況的に許される範囲において「少し猶予をください」そんな所ですね。

 

 さておき、今回は松脂を有効利用するための材料探しです。

 

 他にも家の書斎にあった薬草事典片手にどんな薬草が自生しているかの調査も兼ねています。

 

 と言うか、こちらは自分の目で確かめるのが目的ですね。

 

 近辺の薬草の分布ならお父様に聞けば分かりますから。

 

 研究大好きっ子にとって材料探しのフィールドワークは基本です。

 

 とりあえず今日は手始めに森に少し入って行った所にある湖の周辺を調べてみようと思います。

 

 とは言っても、ただ歩いているのも暇なので水メイジにおいてメインとなる医療行為について適当に考察でもしてみましょうか。

 

 あ、本当にどうでもいい、言ってみれば独り言なので過度な期待はしないでくださいね。

 

 ではでは、

 

 コチラの世界における医療行為と言うものは外科的、内科的といった区分はなく「水の秘薬を用いる」「水魔法のヒーリングをかける」「それらの併用」この三択しかありません。

 

 まぁそれだけ優秀で、かつ万能なのでしょうが、結局は水メイジに頼るしかなくメイジの数を考えれば万人が医療を受けられるわけもありません。

 

 こういった場合、普通なら知識層や平民の中から医学を進歩させる人間が出てきてもおかしくない、いや、むしろ出てくるのが必然だと思うのですが、現実にそれは叶っていません。

 

 理由を推察するに「知識層が少ない」というのが最大の要因ではないでしょうか。

 

 これが増えなければ学究の徒の分母が少なすぎて話になりません。

 

 「必要は発明の母」と言いますが、医療の発展に解剖は絶対に必要不可欠なプロセスで、しかしそれは明らかに異端な行為とされています。

 

 そもそも同族の死体を切り刻む行為は本能的に忌避される行為であるため、そういった事に自ら進んで着手できるタガの外れた狂人が出てくるためには分母を増やすしかありません。

 

 狂人という言い方にひっかかりを覚える方もいるかもしれませんが、解剖と言う言葉すらない文化圏において、その行為がどの様に人の目に映るか想像してみてください。

 

 普通なら土葬になる所をお金のない平民から死体を買い取り、人の目を気にして人里離れた建物の中で切り刻む。

 

 部屋には標本とされた部位が飾られ、大量の臓物のスケッチ、解剖や実験の器具が並べられている。

 

 正しくスプラッター映画でしょう。

 

 グロいです。

 

 そんなの見たら私は一目散に逃げる自信があります。

 

 現代日本においてお医者様は高収入で結婚相手として人気が高いですが、外科を始め、手術をされるお医者様の奥様達はちゃんと分かっていらっしゃるのでしょうか。

 

 今あなたが触られている手が普段人の肉を切り、臓物に触れ、血に濡れている事を……。

 

 医療行為です。

 

 人の命を守る尊い行為です。

 

 私だってアチラにいた頃に大怪我をすれば手術を受け、お医者様に感謝をしていたでしょう。

 

 ですが他人の手術を見る勇気はありませんし、まず間違いなくリバースですね。

 

 もし転生したのが現代日本で、頭の出来が良く、家が裕福だったとしても将来の職業に医者は選びません。

 

 家が医者だったら諦めるかもしれませんが……。

 

 あ、もしコチラの世界で研究をされる方がいらっしゃるなら神父様か葬儀屋さんになる事をオススメします。

 

 お金もかからない上に疑われずに死体を確保できますからね。

 

 さて、では知識層を増やすにはどうすればいいか。

 

 教育と聞くと日本人なら時代劇でよく耳にする寺子屋というシステムがまず頭に浮かぶと思いますが、西洋ではそれを教会が担うのが一般的です。

 

 ですが、それには平民の子供たちが家の仕事の手伝いをしないでいられる時間が必要で、加えて安定した紙の大量生産技術および印刷技術の発達が欠かせません。

 

 今、仮に私が領主の立場にいてその問題に着手するとしても活版印刷ならすぐ作れますが、紙の方はやや難しく、時間の方は完璧に不可能です。

 

 やるなら農業改革からしないといけないのですが、これについては思う所があるので詳しくはまた今度という事で……。

 

 さて、そんなわけで現状、知識層が増える事はありません。

 

 貴族や教会が利益を独占して階級制度を維持したいという一面もあるでしょうが、貴族だけ打倒しても教育が成されなければ何の意味もありません。

 

 ここで言う教育とは「文字が読めるようになる」「計算ができるようになる」ではありません。

 

 生き方、思想、信仰から全て変えて行かなければならないと言う事です。

 

 現代日本における自由や個人といった概念は、随分と新しい概念なのはご存知でしょうか。

 

 それまでは、生き方は決まっているものだったそうです。

 

 選択の自由はありません。

 

 それは貴族にしてもそうです。

 

 そして幸せの在り方も大きく異なります。

 

 死がずっと身近にあった時代、飢えずに生きる事こそが最優先で、「日々の糧に感謝します」と言う言葉には相当の重みがあった事でしょう。

 

 貴族も真剣に命よりも家と名誉が大事だと思っていたはずです。

 

 教育とは聞こえは悪いですが一種の洗脳なのです。

 

 よって既存の価値観に縛られた人間に現代日本の価値観を押し付けても理解される事はないでしょう。

 

 ですから、まっさらな状態の子供たちに教育を施し、その子供達が大人になってそこそこの地位に就くに従って徐々に国の在り方を変えて行くのが順当だと私は考えます。

 

 20年から40年くらいの遠大な計画ですね。

 

 しかしそこには当たり前ですが既得権益をかけた戦いが待っているでしょう。

 

 そして、もしそれに勝ったとしてもそれだけで国民が幸せになれるわけではありません。

 

 既存の社会システムを破壊して、何の歪みもなく新しい秩序を構築できるなんて考えている人は楽観が過ぎるでしょう。

 

 そして、これが重要なのですが「発展=幸せ」ではないのです。

 

 とても分かり易く説明しましょう。

 

 私の言葉を聞いている方、あなたは今、幸せですか。

 

 今までの人生で何度幸せを実感した事がありますか。

 

 私は……どうだったでしょうね。

 

 正直よく分かりません。

 

 不幸ではありませんでしたが幸せだったかと聞かれると言葉に詰まります。

 

 まぁ、私の事は置いておいて、それでも納得されない方のために次の話をしましょう。

 

 国民の幸福度を調べた世界のランキングというものがあるのをご存知でしょうか。

 

 皮肉な話なのですが、インターネットもない、車もろくに走っていない様な文明レベルの低い山間部のとある王制を敷いている発展途上国が、堂々の1位になった事があります。

 

 しかし、その後王様が国を発展させるためにインターネットを広めたために国民の幸福度はがた落ちしてしまいましたとさ。

 

 この事から学ぶべき教訓は、人間は隣の芝生が青く見える生き物なのだという事です。

 

 残念ですが、今あるものだけで満足できる人は非情に少ないと言わざるを得ません。

 

 つまりこれを逆手にとって幸せになる手っ取り早い方法は情報を制限する事です。

 

 外からどう見えるかは関係ありません。

 

 その辺の事を理解せずに自分の価値観を振り回すのはただの押し付けであり、現代日本の価値観に照らせば他人の自由を侵す行為です。

 

 統治者が目指すべき事は、衣食住の安定。

 

 民が飢えて死ぬことのない生活をおくれるようにすること。

 

 そして出来れば医療も受けられるようになれば御の字ではないでしょうか。

 

 後は外敵から守るとか。

 

 まぁ、要するに生活の安定が大事だと言う事です。

 

 主義主張やルール、社会のシステムなんていうモノはそのための詭弁でしかありません。

 

 6000年もの間、国が亡ぶような大きな戦争もなく、魔法がいかに強大な力であろうと瞬時にかつ無限に使えるわけでもない欠点を突けば物量で圧倒的に有利な平民が革命を成功させた事もない。

 

 そして貴族社会なのに奴隷や農奴のシステムがない。

 

 コチラの世界はアチラと比べて素晴らしい程に安定しています。

 

 何が言いたいかと言うと……言うと……なんでしたっけ?

 

 適当に思い付くままに話していただけあって脱線しすぎて訳分からなくなってしまいましたね。

 

 多分、手を出すなら医療くらいじゃないかとか、そんな所ですかね。

 

 話の内容には関係ありませんが、後は踏み外さない範囲で娯楽の充実とか。

 

 お酒もその一部ですしね。

 

 あ、ようやく湖に到着です。

 

 それでは余計な事に頭使かってないで、本来の目的に戻るとしましょうか。

 




まぁ、この話で何が言いたいかと言うと、主人公は内政チートを望んでいないと言う事です。
『発展=幸せ』ではなく『安定=幸せ』だと、そんな感じですね。
次回かその次にこの話はもう1度出て来ます。
今度は戦争に絡めて。
物語が進むのはその後ですね。

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