ぼんやりと意識が浮かび上がって行きます。
目を開けると月明かりだけの薄暗い天井。
視線を横にずらして窓の外に移すと、満天の星空に月が二つ。
まだ日の出前ですね。
基本的に、定時に寝て定時に起きる体内時計の整った私にしては、とても珍しい事です。
やっぱり昨日の訓練をお休みしたせいでしょうか。
「昨日は……。あ、イタチは」
おぉ、置いといた餌はきちんとなくなってますね。
夜中にでも起きたんでしょう。
一安心です。
これなら近い内に森に帰せますね。
「ミツハさん、古き血の獣でしたっけ? 何か変わった様子はありませんでしたか」
「我には変わった様子というものが分からんが、カミルに危害を加えようとはしなかったぞ」
「部屋から出ようとしたり、走り回ったりは」
「うむ、していなかったな」
「そうですか、ありがとうございます」
野生の動物なら目が覚めて知らない場所、しかも屋内にいたらとりあえず外に出ようとすると思うんですけど、人に慣れているのでしょうか。
カトレアさんは例外として、馬や牛みたいに利用価値のある動物以外の純然たる愛玩動物、いわゆるペットはコチラの世界では珍しいはずですけど。
他に考えられるとしたら使い魔のケースですが、隅々までは確認していませんが、見た感じルーンは無かったような……。
あ、でも確か使い魔の契約はどちらかがお亡くなりになった時点で解消されるはずでしたよね。
そういう可能性もありますか。
まぁ暴れて欲しいわけではありませんから、大人しいのは大歓迎です。
とりあえずまだ時間も早いですし、もう一眠りしましょう。
二度寝から覚醒し、朝食を食べて部屋に戻ると、こちらを見上げたイタチと目が合いました。
「あっ、起きましたね」
近付いて抱き上げます。
あぁ、もふもふしています。
昨日は気付きませんでしたが、大きな青い瞳がクリクリしてて可愛いですね。
「傷は治しましたけど、どこか痛い所はありませんか」
ベッドに腰を下ろしイタチを膝の上に乗せ、背中やお腹を撫でたり、手足や尻尾を摘んだりしてみます。
なんて愛らしいんでしょう。
いえ、痛がったりしないかチェックしてるだけで他意はありません。
「よし、特に痛そうにはしてないですね」
良かった良かった。
「言葉が通じれば楽なんですけど、こればっかりは反応で確認するしかないですね」
「いいや」
「ミツハさん?」
サイドテーブルの上に置いたブレスレットにハメられている水石から人形サイズのミツハさんが出てきています。
「カミルよ。その古き血の獣は人の言葉を解するぞ」
「ホントですかっ!?」
ビックリして膝の上のイタチに目を向けると、
「(分かる)」
耳からではなく頭に直接声が響きました。
「今のはあなたが」
「(うん)」
おお、しゃべる動物とはさすがファンタジー世界。
「会話が出来るなら助かります。ではまず現状ですけど、昨日湖の近くで怪我して倒れていたあなたを治療して家に連れて帰って来ました。森に帰るのは元気になってからでいいので、それまではここでゆっくりしていて良いですよ」
「(なぜ)」
「なぜ?」
「(おまえ、優しい、なぜ)」
質問の内容そっちのけで「人の言葉が分かると言っても片言なんですね」と余計な事を考えてみたりして。
「色々その場での条件とかありますが、それがクリアできるなら目の前で怪我していれば助けるのは当たり前だと思いますよ」
「(条件)」
「知りたいですか」
「(うん)」
「そうですね。まずは助ける手段があること。そしてその手段による損失を許容できること。時間とかお金とか道具とかですね。次に助けた事によって自分とその周辺に被害が出ないこと。助けた相手に殺されたら目も当てられないですから。後は助けた後の世話ができること。その世話の負担を許容できること。勝手に助けた場合、その行為は相手のためだろうと結局は自分勝手な行為です。だから助けた命に責任を持たないといけない。そんな感じですね。分かりましたか」
人間ぽく首を傾げてるイタチに聞き返す。
「(分かる、でも、難しい)」
「そうですか」
その可愛らしい仕草に自然と頬が緩みます。
知能レベルは、小学生の低から中学年といった所でしょうか。
「そういえばまだ自己紹介していませんでしたね。私はカミル・ド・アルテシウム。カミルと呼んでください」
「(エコー、でも、名前、ない)」
「エコーが名前じゃないんですか」
「(違う、エコー、種族、人間、一緒)」
「そうですか。えっと、では何とお呼びしたら」
「(カミル、名前、付ける、欲しい)」
「私があなたの名前を付けていいんですか」
「(うん、お願い)」
「分かりました」
ミツハさんに次いで2度目ですね。
責任重大ですが、イタチと聞いて日本人が連想するのはこれしかないので悩まないで済みます。
「『イズナ』というのはどうでしょう」
超有名、ご存知『管狐』です。
狐と言いながら、あれはイタチですからね。
ちょうどいいと思います。
「(イズナ)」
響きを確認するように呟いてから、
「(名前、嬉しい、ありがとう)」
「気に入ってもらえて私も嬉しいです。よろしくお願いします、イズナさん」
喉を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らしています。
あぁ、小動物って癒されます。
それから数日が経ち、イズナさんも無事に元気になりました。
そこでイズナさんがどんな一日を送っているかここで紹介しようと思います。
朝、メイドが来るより先に私の顔を舐めて起こしてくれます。
これで起きないと段々と手段がエスカレートしていきます。
まずは肉球で顔をムニムニ、次は指や手を甘噛み、ここまではサービスと言ってもいい快適な目覚めなのですが、それでも起きないと強硬手段で顔によじ登って来ようとします。
イズナさんは軽いと言っても3kgくらいはありますし、そうじゃなくても毛むくじゃらなボディで鼻や口を塞がれてはさすがに寝ていられません。
柔らかいのはいいのですが、痒かったりこそばゆかったりするのは耐えられません。
顔を洗った後は一緒に朝食を食べます。
さすがにテーブルを一緒に囲むとはいきませんので、イズナさんは椅子の下ですが。
イズナさんの食事は野生動物だけあって基本は生食。
雑食らしいのですが、家では肉か魚しか出しません。
午前中、ミツハさんと湖に訓練に行く時は必ず付いてきて、周辺で木の実だったり虫だったりを食べています。
泳ぐのは割と好きなようで、私達の休憩中に水浴びをしている事もあります。
その後は岩の上で日向ぼっこをしながら濡れた毛を乾かす。
見ていて和みますね。
午後は、私が座学をしている時はその辺を走り回ったりしていますが、領地の方に外回りに行く時は馬車の中で私の膝の上を指定席にして付いてきます。
そして夜、夜行性ではないらしく私が寝る前にはもう籠の中で丸まっていますが、私がベッドに入るとトテトテと近寄ってきて枕元で改めて丸くなります。
冷える日は布団の中に入ってきてヌクヌクです。
と、こんな毎日を送っているイズナさんですが森に帰る気はないそうで、すっかり私のペットという扱いになっています。
危険もないですし、ご飯と寝床の心配もない事から満足なんだそうです。
森の奥の奥の奥に行けば群がいるらしいのですが、エコーは子供を群で育てる関係で家族意識は薄く、群も増えたり減ったりは日常的らしいので別に戻らなくても大丈夫なんだとか。
そしてイズナさん豆知識ですが、エコーは人間の言葉を話せるだけじゃなく、なんと魔法も使えました。
と言っても私達の使う系統魔法ではなくエルフなどの亜人が使う先住魔法で、その中でも特殊な魔法『変身魔法』が使えます。
ものは試しにと私の姿に変身してもらったのですが、ありきたりな表現ですけど、それは鏡の中から抜け出して来たようでした。
魔法って何でもありなんだなと改めて実感です。
質量保存の法則とか鼻で笑われちゃいますね。
しかしこの魔法にも欠点がありまして、変身できるのは見た目だけ。
私になったからといって、同じように話せたり魔法が使えたりはしません。
中身は変わらず、外見だけ擬態する魔法のようです。
きっと小動物が捕食者から身を守るために身に着けた能力なんでしょうね。
この魔法、擬態される側からして見れば分身と言えなくもない現象ですが、そう考えると例の風のスクウェアスペルが気になります。
分身体に固有の自我があり、魔法まで使えるというチート魔法。
とんでもないですよね。
どこぞの不人気教師の風最強説も納得です。
そんな事ないと有り難いんですが、戦争中に風のスクウェアメイジと戦う事になった場合の対策も必要ですよね。
後方支援希望とは言っても、怪我人が出るのは前線ですから遭遇しないとも限りません。
と言うか、攻め込まれたら確実に殺られます。
理想としては空中地上問わず複数の相手を一度に殲滅できる魔法。
私だけでは無理でも、ミツハさんに協力を仰げば可能かもしれません。
そのうち相談してみましょう。
おっと、話が逸れてしまいましたので改めて、私の生活にイズナさんという癒しが追加されました。
いつかエコーの巣にも行ってみたいですね。
ところ変わりまして、今日はお父様と領内のとある村に来ています。
「よし、発酵が終わって臭いがなくなってるな」
「では」
「うむ、次の実験に移ろうと思う。村長、これを肥料としてどのくらい撒けば効率が良いか、打ち合わせ通りに調べてくれ。今まで使っていた家畜の糞から作った肥料と比べると柔らかいから加減が難しいとは思うが」
「そうですな」
「だが、その出来次第ではこの方法を領地全域、ひいてはトリステイン中に広めていく大事業だからな。しっかりと頼む」
「責任重大ですな」
「あぁ、成功したらこの肥料の作り方を村の名前を取ってカザール式肥料とでも呼ぶ事にしよう」
「よ、よろしいのですか」
「ハルケギニアの歴史に村の名前を刻むチャンスだな」
「あ、ありがとうございます。精一杯やらせていただきます」
何の話をしてるかと言うと、衛生問題の解決策として肥溜めで肥料を作っています。
アチラで読んでいた二次創作でも定番でしたからね。
私もそうですが、自分でやり方を調べた方も多いと思います。
と言うわけで、試しているのは場所と時間がかかりますがなるべく臭くない方法です。
深さ2メイル(m)くらいの穴に集めた人糞と落ち葉を一緒に入れ、発酵が終わり臭いがなくなるまでだいたい1年ほど放置して完成となります。
期間を短くして水で薄めて使う方法もあるようですが、それだと臭いがキツイらしいので止めておきました。
食べ物を作るのに人糞を使うという事に抵抗を感じるのは当然で、だからせめて臭いだけでもなくしておかないとと配慮した結果です。
この肥溜め作りは、領地運営を仕切っているお母様に了承をもらい、お父様と協力して1年ほど前から取り組んでいます。
村や街に公衆便所と排泄物の集積場を作り、そこ以外での排泄を禁止。
村では各家に任せていますが、街では各家の排泄物を回収して街の外にある集積場まで持っていく仕事を作りました。
街が臭いのも嫌ですけど、それよりももっと切実な問題として、この衛生問題を放置しておくと黒死病ことペストが流行る危険性があり、介入するのは長生きするために絶対に必要だと判断しました。
知ってますか、ペストの死亡率って20%もあるんですよ。
抗生物質なんて素人が作れるわけないですし、魔法を過信してもし駄目だったらなんて分の悪い賭けはしたくありません。
その根拠として、ハルケギニア6000年の歴史の中でしばしば流行病として大規模な死者が発生した事があるそうです。
もちろん平民だけでなく貴族の中でも死者が出ています。
その原因がペストかどうかは分かりませんが、野ざらしの排泄物は菌や害虫の増殖するかっこうの苗床ですからね。
無いに越した事はありません。
あ、ちなみにですが、肥溜め云々の知識については自分で1冊の本にしたため、出入りの商人に賄賂を掴ませて「東方からの珍しい本が手に入ったのですが」と持って来させました。
ネットスラングで言う所の自演乙ですね。
後は実験大好きなお父様をたきつけるだけの簡単なお仕事でした。
案外うまく行くものです。
この政策が成功し、トリステイン、ひいてはハルケギニア中に広まる事を期待しましょう。
こういうのは一部だけで実施してもあまり意味がないですからね。
もしそれでも政策の甲斐なく、またはその範疇にないインフルエンザの様な流行病が猛威を振るう自体が起こってしまった場合は、ミツハさんに精霊の涙を大量に作ってもらい水の秘薬を安価にばら撒くなどの対策が必要になるかもしれません。
戦争も怖いですが、見えないうえに逃げられない病気も怖いです。
やっぱり長生きするためには、この2点が重要ですね。
ミツハさんに続き、マスコット②としてイズナさんが加わりました。
内政については定番なので今更ですね。
しかし作者はこういう細かい所が飛ばせない性分なので。
次話からようやく話が動きます。
が、かなり書き直さないといけないので、ちょっと大変です。
ご都合主義な展開は、まぁ諦めてもらうとして……。