SPECIALな冒険記   作:冴龍

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第1章
始まりの日


 ”人生何が起こるかわからない”

 

 多くの人間にとって、本当かどうかわからないありふれた台詞だ。

 だけど、実際に自分の想像を超えた出来事に遭遇して初めて、この言葉の意味が良くわかる。

 あの日起こった出来事は、正に自分の人生全てを一変させた。

 

 何故あの日だったのか、何故自分だったのか。今でも昨日のことの様に思い出すことは出来るが、その疑問が解消される日はまだまだ遠そうだ。

 もしかしたら一生わからないのかもしれない。

 

 そして、これも月並みな台詞の一つだが、”人は一人では生きられない”というものもある。

 大切な言葉である以前に当たり前のことの様に思えるが、頭では理解しているつもりでも本当にどれだけ重要であるかは、実際に経験しなければわからないものだ。

 

 日々の暮らしだけでなく、困ったことや苦しいことが起きた時、一人では心細かったり力不足であっても助けてくれる誰かがいることで乗り越えられる。事実、全てが一変したあの日から理不尽とも言える多くの困難に直面したが、色んな人達との繋がりや手助けのお陰で自分はそれらの苦難を乗り越えられた。

 

 そうした過程で得られた経験を糧としたことで、自分は今日まで生きていくことが出来ただけでなく、”力”や”強さ”と呼べるものも身に付けられた。

 

 ()()()()()()()()()

 

 それが内に抱えている不安な気持ちを晴らすだけでなく、自らの望みを叶えることと疑問を解消するのに最も近付くことが出来る方法である筈だ。

 そして強くなる過程で得た力は、自らの目的以外にも何かしらの形で繋がりのある人達に役立てることが出来るということも信じている。

 

 

 

 

 

 とある施設内に設けられたバトルフィールドの上で、二匹のポケモンが激しく戦っていた。

 片方は全身がほぼ真っ黒な犬の様な姿をしたポケモンであるデルビル、もう一方は無機質な星の様な外見をしたポケモンのスターミーだ。

 デルビルは鋭い牙が並ぶ口を大きく開けて飛び掛かるが、スターミーはその攻撃を流す様に巧みに避けていく。

 

 そんな一進一退とも言える攻防を、今両者が戦っているバトルフィールドの周りに設けられている席から多くの人達が観戦していた。

 彼らは皆、このジョウト地方――コガネシティに勤めている警察官達だ。

 今日は特別講習が行われるということで、三十人近くが警察署内にある訓練施設に集まってきているのだ。ところが集まってから一向に訓練らしいことは始まらず、今の様に一人ずつバトルフィールドに立っている()()と戦い、それ以外は見学と言う状況であった。

 

 しばらくすると、戦いの流れは大きく変わり始めた。

 デルビルの”かみつく”をスターミーが”かげぶんしん”で回避すると、そのまま無数の分身でデルビルを逆に包囲したのだ。

 頭では本体は一匹しかいないのはわかるが、焦ったトレーナーはデルビルに分身を含めた全てに攻撃する様に指示を出してしまう。

 予想外の指示にデルビルは一瞬戸惑うがやむなく言われた通りに口から次々と火球を飛ばして攻撃を仕掛けるも、それらの攻撃は全て分身をすり抜けていくだけだった。

 

 そしてデルビルが疲れを見せた途端、全く予想していなかった方角から飛んで来た水の塊がデルビルに直撃して、ダークポケモンは力尽きるのだった。

 

「――これで全員ですね。一旦休憩を挟みましょうか?」

 

 進展状況を見ていた警察官達を纏める立場である署長の地位に就いている制服姿の初老の男に、休憩を進言する声が上がる。

 声を上げたのは、さっきまでスターミーに指示を出していた青いキャップ帽を被っているトレーナーだった。大人ばかりが集まっている中でただ一人――少年と呼べる程に若かったが、彼こそが今このコガネシティ警察署で行われている特別講習の()()として招かれた人物だ。

 

「うむ。そうだな」

 

 講師として招いた少年の提案を署長は受け入れると、それを機に集まっていた人達は各々休憩するべく施設から出ていき、残ったのは署長と少年の二人だけになった。

 

 残った少年は、被っていたキャップ帽を外して汗を拭い、自らの荷物が置いてある方にキャップ帽をブーメランの様に投げる。それから手に持った紙の束に彼はペンで色々書き込んでいくと、さっきまでバトルをしていたスターミーをモンスターボールに戻した。

 

「お借りしていたスターミーと他のポケモン達もお返しします。署長のポケモン達はよく育てられていますね」

 

 ボールに入ったポケモンの状態を確認してから、彼はやって来た署長に差し出す。

 とある目的の為に敢えて自らの手持ちでは無いポケモンを借りたが、度々回復や交代などの処置を行いながらも三十近くの連戦全てに勝つのは並みの実力では出来ない事だ。

 手持ちを褒められた署長は、嬉しそうに少年の手から自らの手持ちを受け取るが、すぐに表情を引き締める。

 

「それで、君が見た感じでは我が署の署員の実力はどうなのかね?」

 

 署長の問い掛けに、少年は手に持ったチェックシートやメモとして書き込んだ内容を軽くだが見直す。

 今彼が手にしているものは、今回講習を受けるコガネシティ警察署に属している警察官のプロフィールと一緒に用意して貰ったものだ。先程まで行っていたポケモンバトルは、本格的な指導を行う前に講習を受ける彼らのポケモントレーナーとしての現在の力量を把握するべく行っていたことだ。

 

 しかし、どれだけ時間が経っても少年は署長が最も知りたがっていることは中々答えようとはせず、言葉を濁してばかりだった。

 

「そうですね……何と申し上げれば……」 

「躊躇うことは無い。君が感じた有りのままを教えてくれ」

「――良いのですか?」

「構わん」

 

 恐る恐ると言った声色で少年は聞き返すが、署長は断固とした口調で答える。

 彼の様子から見て、あまり良くないことであることは容易に想像出来る。

 だが、だからこそ厳しい現実を直視しなければ改善することも前に進むことも出来ない。

 

 署長の確固たる意志が伝わったのか、躊躇いがちだった少年も目付きを変える。

 そしてしばらく間を置いてから、彼は戦ったポケモンの能力に各トレーナーの判断力を始めとした技量、三十戦近くのバトルを行っていく中で感じたことも含めて、少し迷った素振りを見せたが有りのままに思ったことを伝えた。

 

「正直に申し上げますが…下っ端クラスなら何とかなるってところです。幹部クラスと対峙したら、とてもではありませんが束になっても敵わないと思います」

 

 耳の痛い厳しいことをハッキリと告げられて、コガネシティに属する警察官達を纏める立場にある彼は深く受け止めた。

 

 ここ数年、ロケット団を始めとしたポケモンを使った犯罪や大規模事件が多発しているにも関わらず、各地の警察はそれらの対処にまるで追い付いていないのが現状だ。

 最終的に事件を解決することができたのは、オーキド博士と言う著名なポケモン研究者が託した”ポケモン図鑑”と呼ばれる機械を持つ少年少女達の活躍。そして各地のジムリーダー達が彼らに助力したおかげだ。

 

 勿論、関係無い市民の避難誘導や事件後の処理などは行っており、警察関係者からジムリーダーが誕生したりはしている。けれども直接事件解決に貢献しているとは言い難く。近年世間の見る目は冷たい。故に早急な警察のポケモン犯罪への対応力及びバトル技量の向上が急務なのだが、この様子では予想以上に根は深そうだ。

 

「技術面は仕方ないですけど、タイプ相性などの基本的な知識面が怪しい人が何人か見られました。なので、今後は座学か何かで先に知識を身に付けた方がよろしいかと」

「つまり、定期的にポケモンの知識や署員の意識改善をする為に講習会を行う必要があると言うことかね?」

「それが一番良いと思います。ポケモンよりもトレーナー自身が、しっかりと学ぶ方が強くなる一番の近道ですから」

「…ポケモンよりトレーナーを鍛える方を優先するべきなのかね?」

「そうです。ポケモンに関しての知識を身に付ければすぐに伸びそうな人が結構見られましたので、そこを改善すれば大きく違います」

 

 署長の疑問に、少年は空いている手を握り締め、熱を込めて語る。

 ポケモンバトルは戦うポケモン自身のレベルも重要だが、それ以上に指示を出すトレーナーの力量の方が大きい。ところが直接戦うのがポケモンなのや「ポケモンバトル」と言う名称の所為なのか、ポケモンは鍛えても技の指示以上の事はしないトレーナーは多い。

 

 世間で強いと言われるトレーナーは皆、知識と技術を有していることで目の前の現状をしっかり分析出来る。或いはその両方を元に適切な指示を出せるなど、ポケモンの力を引き出したり有利な状況に持っていくことに長けている。

 正直に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、どうも署長は少年の意見に納得できない様であった。

 

「しかし、的確な指示が重要なのはわかるが、戦うのは彼らのポケモンなのだ。そちらの方を優先的に鍛えた方が良いのでは?」

「気持ちはわかりますが、強くなるポケモンの能力に…その……トレーナーの実力が釣り合わないと面倒なことになってしまいます」

「面倒?」

「えぇ、幾つかありますが、一番大きいのは最初は言うことを聞いてくれていたポケモンが力を付けて『トレーナーの指示よりも自分の判断の方が良い』と思い始めたら大変です」

 

 それからも少年は、ポケモンよりもトレーナーの方を優先的に鍛えることの必要性を署長に強く伝えていく。

 モンスターボールに納めている機会が多い為、無意識の内に見落としやすいが、ポケモンは人間と同じ意思を持った生き物だ。

 人間だって、有能で良い上司の言うことなら信頼を寄せて素直に従う。

 反対に無能で悪い面ばかりが目立つ上司の言うことは、あまり聞きたくないものだ。

 ポケモンは野生の本能、つまり強い者には従うが弱い者には従わない傾向が特に強い。基本的にその条件は、トレーナーがポケモンを捕獲する際にクリアしていることが多いため、目立って表面化することは稀ではあるが。

 

「許容範囲もありますが、これだけでも強くなるならポケモンよりは先ずトレーナーの方を鍛えた方がメリットは多いと自分は考えています」

「……他には」

 

 熱を込めて語ったお陰なのかある程度理解している様ではあったが、それでもまだ署長は納得出来ていない様子だった。

 そこで少年は少し考える素振りを見せると、穏やかな雰囲気を一変させた。

 彼の変化に署長は体を強張らせるが、少年は腰に取り付けていたモンスターボールの一つを手に取った。

 

 それはさっきまで借りていた署長の手持ちなどのこちらが用意したポケモンでは無い。

 正真正銘、彼が普段から連れているポケモンだ。

 何をするつもりなのかと思っていたら、彼がボールの真ん中にある開閉スイッチを押すと、ボールの中で大人しくしていた彼のポケモンが飛び出す。

 しかし、その巨大な姿を見れたのは一瞬だった。

 

 ボールから出て来てすぐに、そのポケモンは目にも止まらない速さで施設内のフィールドと空中を縦横無尽に駆け回り始めたのだ。

 

「仮に今動き回っているのが自分のポケモンだとしたら、このスピードに署長は付いて行くことは出来ますか?」

 

 静かに問い掛けられた署長は、彼が何の意図で自らの手持ちを出したのかを即座に理解した。

 確かにポケモントレーナーなら、連れているポケモンの力量などを把握することは必須だ。しかし、残像以上の姿しか認識出来ない程のスピードを発揮する彼のポケモンの動きに、仮に付き合いの長い自分の手持ちだとしても付いて行ける自信は無かった。

 

 まさか目の前にいる彼は、これだけの速さに付いて行くことが出来るのか。

 にわかに信じられなくて唖然とする署長を余所に少年は次のモンスターボールを手にして、新たなポケモンを召喚した。

 

「ただ攻撃指示を伝えるだけでなく、仕掛けた攻撃が最大限の効果を発揮出来る様に、効果的な攻撃箇所やタイミングをポケモンに伝えることは出来ますか?」

 

 それから少年は凄まじい速さで動き回っている巨大な姿を目で追い掛けながら、自分の腹部を指で示しながら声で「あそこだ」と空いている手で示す。

 

 示すと同時に新たに出たポケモンは、彼が指差した方角にまるで早撃ちの様に鋭い音を立てて何かを発射した。あまりの速さに署長は何が起こったのかすぐに理解出来なかったが、縦横無尽に動いていたポケモンが大きな音を立ててフィールドを転がったことに驚く。

 

 体を転げさせたポケモンはすぐに体を起き上がらせるが、その腹部に焦げ跡の様なものが出来ていた。

 信じ難いが、彼のポケモンは少年の指示を頼りにあのスピードでも当てたのだ。

 それも彼が自分の腹部で示したのと同じ個所に命中させたのだ。

 

 そして少年は、またモンスターボールを放り投げる。

 ポケモン達をボールに戻すのかと思いきや、中からは数え切れない数の同じ姿をしたポケモン達が現れて、立ち上がったポケモンを包囲した。

 

「自らのポケモンが使う技や動きに惑わされずに意思疎通を図ることは出来ますか?」

 

 目配せをした後、少年が合図を出すと、取り囲んでいた無数のポケモン達は一斉に突撃する。

 しかし、一匹だけ離れる様に真逆の後方に体を下がっていた。

 

 その答えは直ぐにわかった。突撃したポケモン達が包囲したポケモンの攻撃を受けたことで、一瞬にして煙の様に消えたからだ。

 恐らく消えたポケモン達は、さっきスターミーが使っていた”かげぶんしん”で生み出された分身だというところまではわかった。しかし、一匹だけ別行動をするまで本物がどれだったのか署長はわからなかった。

 

 次に少年が投げたボールからは、まるで爆発でもした様な勢いで灼熱の炎を放つ存在が姿を見せ、分身をたった一回の攻撃で一蹴したポケモンと正面から取っ組み合う様に激突した。

 

「下手をすれば、トレーナーの身にも危険が及ぶ様な力を発揮するポケモンを上手く導くだけでなく、時には体を張ってでも自分の手で止める気持ちはありますか?」

 

 爆発的な勢いで溢れる炎は、激突する両者の姿が隠す程の強さには留まらず、施設内にも被害を及ぼしかねない規模だった。そんな状況で次に出て来たポケモンは少年と署長を守る様に現れ、それらの攻撃の余波が彼らに及ばない様に光り輝く壁を張ると同時に体を張ってでも防ごうとする。

 

「ポケモンが体を張って守ってくれたり、激しい戦いに身を投じることを当たり前と思わず、彼らの意思や要望に可能な限り応えていくことは出来ますか?」

 

 今度は彼が触れていないのに、腰に付けていたモンスターボールが勝手に落ちる。

 最後に出て来たポケモンは、どこからか溢れた大量の水を操り、ドーム状に包み込んで施設内に広がりつつあった炎を抑えようとする。

 

「最後にポケモンが自分の指示以上、或いは指示に無い行動を起こしたとしても、その意図を察したり、すぐに自分の中で組み立てていた作戦などを変えることは出来ますか?」

 

 そう告げた直後、戦いの中心から一際強い黄緑色の光が放たれて、炎と水に彼らを守っていた輝く壁は衝撃波と共に弾ける様に消えた。

 署長は咄嗟に衝撃波と強風から顔を腕で守ったが、気が付けば何時の間にか出ていた少年のポケモン達はいなくなっており、施設内は一転して静かになった。

 

「今自分が語ったことは、全て理想論かもしれません。ですが――」

 

 静かに語りながら少年は振り返るが、既に署長は彼の放つ雰囲気に圧倒されて何も言葉を発することは出来なかった。

 

「――ポケモンに強くなるなどの変化を促しておきながら、彼らを率いる立場であるトレーナーが何も変わらないのは都合が良過ぎます」

 

 まだ十代前半であるにも関わらず、強い信念とも言えるものが宿った目を向けられて、彼の倍以上は年を重ねている署長は思わず息を呑む。

 鍛えたことでポケモンが強くなったにも関わらず、上に立つべきトレーナーがそのポケモンを手持ちに加えた時と力量が変わっていない。

 その事を彼は危惧しているのだろう。

 

 もしトレーナーの実力が、力を付けたポケモンの求めるレベルに達していなければ、初めは得ていた信頼を失う。そうなってしまうと言うことを聞いて貰えないどころか、手に負えない事態に発展する可能性は高い。

 少年の言う通り、ポケモンを鍛えていくならトレーナーの方もそれに見合った実力を持つようにしていくべきだろう。

 

「う…うむ。今度から署内の方でも積極的に勉強していくように促していこう」

 

 ようやく納得してくれて、少年は彼が理解してくれたことに一安心する。

 こうして親子ほど年が離れている相手に何かを教えるということは、思ってた以上に気を使うので本当に疲れる。一旦ではあるが、ようやく終わってくれた。

 肩を解した少年は、後の予定も含めて考えながら隅に置いてる荷を整えると、署長はある提案をした。

 

「昼食はここで摂る予定かな? もしここで食べるなら今日は食堂を自由に利用しても構わないよ――アキラ君」

 

 思い出したかの様な口調ではあったが、アキラと呼ばれた少年はその提案に敏感に反応した。

 

「本当ですか? ありがとうございます。弁当か何かを買って食べようと考えていたので丁度良いです」

 

 魅力的な提案と言わんばかりの反応を見せ、彼は快く受け入れる。

 すぐさま整え終えた荷物を纏めて、さっき外したキャップ帽を片手に一緒に施設を出ようとしたが、彼は途中で足を止めた。

 

「どうしたのかね?」

「すみません。ちょっと用事が入りまして、先に行っても大丈夫です」

 

 そう促すと、署長は伝えられた通りに先に食堂へと向かうべく施設から出て行く。姿が見えなくなったタイミングを見計らいアキラは腰に付いているモンスターボールの一つを手に取った。

 

 中の様子を窺うと、入っているポケモンは激しくとまではいかなくてもボールの内側から積極的に衝撃を与えてボールを揺らしていた。

 彼は溜息を吐きながらもすぐにモンスターボールの開閉スイッチを軽く押し、中に入っていたポケモンを召喚する。

 出てきたポケモンは、ずんぐりとした体格に不釣り合いな小さな翼を有していたが、その巨体故か着地すると同時に軽く地響きを唸らせる。

 

「さっきはやられ役みたいな感じで出して悪かった」

 

 先程の出来事に関してアキラは真っ先に謝るが、出て来たポケモンはそれよりも別のことで不満がある様子だった。

 

「――何だ? そんなに警察のポケモンと戦いたかったのか?」

 

 見上げる形でアキラは、目の前の手持ちと向き合う。

 その巨体から滲み出る威圧感は見る者を圧倒するが、彼は全く気にしない。

 問い掛けに巨体の持ち主は不服そうに腕を組み、何度も頷いて答える。

 大方予想出来てはいたが、この主張にアキラは呆れにも似た息を吐く。

 

「あのな…今回はただ戦うんじゃなくて、指導する為に来たんだ。お前はちゃんと見極められるだけ加減できるのか?」

 

 今回アキラは、警察からのポケモンバトル指導の依頼を引き受けてここに来ている。

 予定では午後まで続く上に、相手は大人の人達で警察関係者だ。

 ただ戦うだけなら気にしないが、大人が子どもに指導されるのは本音からしてあまり良い気分ではないだろう。かと言って露骨に加減をするのは最悪だ。

 

 そういう理由もあり、トレーナーの力量次第でどんなポケモンでも力を発揮できる例を見せることも兼ねて、アキラは何時も連れている自分のポケモンではなくて署長の手持ちと言った警察側が用意したポケモンをさっき借りたのだ。

 痛いところを突かれたのか、目の前のポケモンは不機嫌な表情のまま、目線を明後日の方向に向けて無視を決め込む。露骨な拗ねり方にはもう慣れたが、このまま気を悪くされたら堪ったものでは無い。

 

「一応考えておくよ」

 

 しかし、機嫌を直す良い考えが浮かばず、そう伝えながらアキラは手持ちをボールに戻す。勝手にボールを転がして、飛び出ることがない様に固定することも忘れない。リュックを背負い直したり、手にしていたキャップ帽を被って彼は改めて身を整える。

 

 空腹感もひどくなってきたので、ぼんやりとこの後行う予定であるコガネ警察の署員の訓練や改善点を考えながら、コガネ警察が利用している食堂へと向かい始める。

 途中でガラス越しに外の景色が見られる通路に入ると、彼はぼんやりと外を眺めながら歩く。

 

 無数の高層ビルと目を引く装飾の建物がそびえ立つ、ジョウト地方最大の街であるコガネシティ。ラジオ塔にゲームコーナー、各地方に支店を置いている百貨店の本店。そして山脈を超えた先にあるカントー地方との往来を実現したリニアの駅などが充実した華やかな街だ。

 そんな時、薄らと窓ガラスに映っていた自身の表情に気付いた彼は足を止めた。

 

「――随分と遠くにきたものだ……」

 

 ガラスに映っている己と向き合いながら、アキラは自分自身に問い掛ける様にぼやく。

 目の前に広がる街もそうだが、つい数か月前までこのジョウト各地で起こった事件や騒動の影響を受けていた。日が経つにつれて街は日常を取り戻しつつあったが、同時にそれは人々が少しずつ事件の存在を忘れていくことも意味していた。

 

 その事に危機感を抱いたのか、街を守る人々が集うコガネシティ警察署からポケモンの扱いが長けていると言う理由で今回の特別講習の講師としての依頼が舞い込み、自分はそれを引き受けた。

 

 署長には偉そうに、ポケモン達に変化を求めるならトレーナーも彼らに応じて変わる必要があることを話したが、言い出しっぺである自分はちゃんと実践できているだろうか。

 感傷的になった彼は無意識に腰に付けているモンスターボールに触れながら、誰にも明かしていない自身の秘密を思い出す。

 

 もう何年も探し続けているが、未だに果たせていない()()()()に来てから胸に抱いてきた目的。

 そして知り合った人達には、皆例外なく隠している最大の秘密。

 

 色々バレないように彼なりに試行錯誤をしてきたが、これから先も明かしたくない秘密を隠し通せる自信は無い。何時かバレるとは思っている。だけど、だからと言ってそう簡単には明かしたくない。

 コガネの街を眺めながら複雑な胸中のまま、アキラは再び歩き始めた。

 

 

 アキラが隠している秘密、それは――

 

 

 自分が本来この世界に存在する人間では無いということだ。

 

 何故この世界の人間では無い彼が、今こうしてこの世界で生きているのか。

 全ての始まりは、今から四年以上前に遡る。




思い付いてから数年、度々大幅に書き直したり他の二次創作を考えたりを繰り返してようやく初投稿に至れました。
反応は怖いですけど、頑張っていきたいです。

最初に書いておきますが、この物語に出てくる主人公は2011年ぐらいの時期からやって来た設定なのと、次回から主人公が今話の時間軸に至るまでに何があったのかやどういう出来事を経験してきたなどの過程を描いてきます。

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