SPECIALな冒険記   作:冴龍

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続きを待っている読者の方がいましたら、長らくお待たせしてすみません。
まだ更新予定の数話だけ書いてる途中ですが、進行状況的に更新中に書き切れると考えたので更新を再開しようと思います。

更新が滞る期間が長引きがちですが、止まっている間も読んで頂けたり感想や評価を送ってくれる読者の方には本当に感謝しています。
しばらくは更新し続けるので、楽しんで頂けたらなによりです。

それでは、今話から第三章編を始めます。


第3章
見据える先


 バトルをしているポケモンが描かれた派手なポスターが飾られたフロアで、アキラは目の前に並べられている商品を眺めていた。

 

 彼が今いるのは、コガネデパート内でスポーツ用品やポケモンの鍛錬に使われる道具をメインに販売しているフロアだ。

 様々な形で手持ちを鍛えている彼だが、シジマの元で修業を積んだ影響もあり、最近は本格的なトレーニング用具を用いた鍛錬にも手を伸ばしていた。

 コガネ警察へのポケモンバトル指導を終えた後に予定していた買い物では、ここに立ち寄る予定は無かったが、移動途中で気になったので下見も兼ねて見に来たのだ。

 

「すみません。このミットについて少し御伺いしたいことが」

 

 眺めていた商品から、アキラは打撃練習に使われるパンチングミットを手に取って近くの店員に尋ねる。

 呼ばれた店員はすぐに向かうと、彼の質問に丁寧に答えてくれた。

 中でも耐久性能に自信があるだけでなく、格闘系のトレーナーが自身のポケモンを鍛える目的で使用することも想定しているという回答がアキラは気に入った。

 連れているポケモン達の攻撃力――打撃力が最近とんでもないことになってきているので、耐久性に優れて尚且つ長続きしてくれないとお金の無駄だからだ。

 

「軽く試しても良いでしょうか?」

「勿論です」

 

 近くに屋内故に少し狭いがトレーニング用具が並べられたリングみたいな場所があったので、そこに移動したアキラはモンスターボールを一つ手に取り、中からブーバーを出した。

 出て来たひふきポケモンは、ボールの中で事情を把握していた様ではあったが、彼から向けられる視線をアキラは気にすることなく両手にミットを嵌めて準備を進めていく。

 

「あの…他の手持ちに嵌めないのでしょうか?」

「? いえ、自分が彼らの練習相手をするつもりですが」

「そ、そうなのですか」

 

 確かにさっきした説明で格闘系のトレーナーは自分自身が直接ポケモンのトレーニング相手になることを話したが、本来ならミットをポケモンに持たせて他の手持ちの練習相手をすることを想定している。

 これが如何にも鍛えられている熟練トレーナーならわかるが、まさか彼みたいな若い少年が自らポケモン達の練習相手をするとは思っていなかったのだ。

 止めるべきかなのか困惑している店員を余所に、準備を終えたアキラはブーバーと向き合う。

 

「さぁバーット、試しに軽く掛かって――」

 

 だが言い切る前に彼のブーバーをいきなり拳を突き出してくる。

 アキラは即座に手に嵌めたミットでガードすると小気味で良い音が響く。

 

「おいおい、いきなりかよ」

 

 相変わらずな手持ちにアキラは苦言を漏らすが、気にすることなくブーバーはジャブを繰り出し始めた。

 最初は付き合っていた彼だが、ひふきポケモンのジャブのスピードと込められている力が徐々に増していることに気付くと、手に負えなくなる前に手を打った。

 一瞬の隙を突き、彼は突っ張りを放つ様にブーバーの顔にミットを押し付けたのだ。

 顔にミットをぶつけられた衝撃で、ブーバーはバランスを崩して後ろに倒れ込む。

 

「まだ買っていないんだからそこまで強くやるな。後で幾らでも付き合ってやるから」

 

 不服そうに舌打ちをするブーバーに告げながら、アキラはミットを外していく。

 ”ほのおのパンチ”程の熱を発していなかったとはいえ良い素材を使っているのか、ミットには焦げ跡らしい焦げ跡は見当たらず新品同然の状態だった。

 今は買う事は出来ないが、今度来た時にこれを新しく買うかとアキラは決めるが、一連の出来事を見ていた店員はポカーンと間抜けそうな表情を浮かべていた。

 

「さ、最近のトレーナーは凄いですね。トレーナー自身がポケモンの練習相手になるなんて」

「まぁ…()()()()()()()()()の一つですので」

 

 店員の反応にアキラは困惑するが、特に気にすることは無かった。

 一方店員の方は、手持ちポケモンが繰り出す攻撃を難なく捌くだけでなく、反撃して止めるまでを行えるアキラに驚きを隠せないでいた。

 

 ブーバーをボールに戻し、アキラは他のトレーニング用具にも目を向ける。

 手持ちポケモンと直接対峙――()()()()()()を行う意義は、それなりにある。

 だがそう頻繁に行えないし下手をしたらシロガネ山の秘湯へ行かないといけなくなる可能性があるので危険と言えば危険だ。

 ルートはある程度覚えてはいるが、次シロガネ山へ行くとしたら余計な事情を抱えずに手際良く行きたいものだと考えながら、アキラは過去を思い起こすのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「準備良し。後は待つだけ」

 

 この三年間、居候先で自室として利用している屋根裏部屋の中で、愛用してきたリュックの中に旅の必需品を詰め込んだことを確認しながらアキラは頷く。

 数日前にあったジムリーダー試験中にあった事件は、レッドがジムリーダーへの就任を辞退する切っ掛けになるだけでなく、以前から彼が勧めていたシロガネ山の奥にあるとされる秘湯に向かうことを決意する決定打となった。

 なので言い出しっぺであるアキラは、レッドがシロガネ山へ向かうのに同行するべく、何時でも出られる様に準備を整えていた。

 

 時計に目を向けるが、予定の合流時刻までまだ余裕はある。

 予定では、そろそろレッドが自分の居候先であるこのクチバシティに来る筈だ。

 何故シロガネ山へ向かうのに海に近いクチバシティで合流するのかと言うと、ディグダの洞窟を利用して移動するからだ。

 

 以前ヨーギラスがアキラの元にやって来る時、彼の母親のバンギラスと協力関係であるディグダとダグトリオの群れがわざわざシロガネ山付近から直通の地下道を掘ってきている。

 今は安全面などの都合で塞いでいるが、それでも少し手間を掛ければ問題無くシロガネ山付近にまで繋がる地下通路として利用出来るので、そこを使うつもりなのだ。

 レッドは空を飛んでいくつもりだったが、シロガネ山近辺を訪れた経験のあるアキラは、過去にあった出来事を思い出してそこを利用することを提案したのだ。

 

 現在時刻を確認したアキラは、シロガネ山へと連れて行く九匹の手持ちの様子を窺うべく屋根裏部屋から出る。

 下に降りるとアキラのポケモン達――鍛錬に余念が無いブーバーとバルキーの二匹以外は、リビングや外で各々ダラけていたりしてのんびりと過ごしている姿が目に入る。

 何時も通りな光景に彼は安心するが、見渡していたら一つだけ気になる集まりがあることに気付いた。

 

「どうしたお前ら?」

 

 外履きを履き、途中でサンドパンと合流したアキラは、顔を俯かせて草の上に座り込んでいるヨーギラスと体を屈めて彼と向き合っているエレブーに呼び掛ける。

 どうもあまり空気が良く無さそうだったので様子を見に来たが、ヨーギラスは浮かない顔を持ち上げる様にこちらに向けるがすぐにまた俯かせた。

 彼の面倒を見ているエレブーも、お手上げなのかわからないが一緒になって肩を落としていた。

 

「…二匹揃ってどうした?」

 

 改めて尋ねるが、二匹は溜息をつくだけで全くわからない。

 ヨーギラスは折角故郷であるシロガネ山に一旦戻れる機会だから喜ぶものかと思っていたが、何故浮かない表情なのか。

 二匹が落ち込んでいる理由をアキラが考え始めた時、彼の困っている空気を察したのか、何時の間にかゲンガーとヤドキングが彼の背後にいた。

 彼らは揃って各々が愛用している絵本などの教材を手に持ち、どこからか取り出したノートとペンで競う様に何かを書き込んでいた。

 

 この数カ月の間に文字の勉強を本格化させた二匹だが、今では簡単な単語を()()()()()()()上で幾つか書くことが出来る程の成果を挙げていることをアキラは把握している。

 簡易的な通訳による意思疎通をすることが可能になったが、彼は二匹の通訳をあまり活用していなかった。

 

 まだ慣れていないので時間が掛かってしまうのやゲンガーが「通訳料」名目での対価を遠慮無く要求して来ることもあるが、一番の理由は彼らの通訳前提での意思疎通に頼り過ぎてしまうのを避けるためだ。

 だけど手持ちの考えや意図を理解する時間を短縮したり、正確に把握するにはこれ以上無く助かる能力なので、こういう時には本当に役立つ。

 ヤドキングはノートにゆっくりと丁寧に書いていたが、ゲンガーの方は途中で書くのを止めて、教材として扱っている「ニャースでもわかるあいうえお」のとあるページをアキラに見せる形で開いた。

 

「『よ』は…よるの『よ』?」

 

 ゲンガーが開いているページの内容をアキラは読み上げるが、次にゲンガーは『わ』が書かれたページを開き、さっきと同じ様にアキラが読み上げると次に『い』のページを開く。

 それから最初の『よ』のページに戻って、同じ三ページを繰り返し見せる。

 

「『よ』、『わ』、『い』……弱い?」

 

 アキラが思い浮かんだ単語を口にするとゲンガーは頷く。一方横で書いていたヤドキングは、先を越されたと言わんばかりに表情を歪めて手にしていたペンの動きを止める。

 彼らの反応を見る限りでは、ヨーギラスが落ち込んでいるのはこの”弱い”の一言に集約される。

 そして”弱い”でアキラの頭に浮かぶことは――

 

「もしかして、最近の戦いとかで全然力になれていないことを落ち込んでいるのか?」

 

 アキラの問い掛けに、ヨーギラスはゆっくりと頷く。

 軽く振り返るだけでも、最近は宿敵であるワタルや彼自身が謎を解き明かそうとしている現象絡みでの規模の大きな戦いが立て続けに起こってきた。

 それらの出来事に、ヨーギラスは他の面々と共に果敢に挑んできたが、確かにやられる場面は多かった記憶がある。

 

 周りは活躍しているのに、自分だけ何時までも足を引っ張っている。

 そんなことを経験するのは誰だって嫌だろうし、何回も同じ目に遭ったら本当に強くなれるのか自信を無くしてしまうのは無理ないだろう。

 どうしたら良いかとアキラは考えるが、深く考え込む前にサンドパンとエレブーに自然と視線が向いた瞬間、あることに気付く。

 そうだ。幼いいわはだポケモンの悩みを解決する答えは目の前にあるじゃないか。

 

「ギラット、焦る気持ちはわかるけど、今は将来強くなる為に必要な下積みみたいなものだ。今お前が頼りにしているエレットやサンットだって、昔はそこまで強く無かったし戦うのに積極的じゃなかった」

 

 ”学問に王道なし”と同じとは言わなくても、どんな手段でも強くなったり力を得ようとするには相応に時間と手間を掛けなければならない。

 普通なら本当に手間と時間を掛けても上手くいくのかわからないものだが、前例があるのならその可能性は信じやすくなる。

 その前例としてアキラは、ヨーギラスの指導担当であるエレブーだけでなく、手持ちの数少ない良心にして真面目で誠実なサンドパンを挙げた。

 

 サンドパンは手持ちに加わったばかりであるサンドの頃は、能力の低さ故に他の手持ちにはまるで対抗出来なかった。だけど少しずつ成長を続けたことで、進化に至れただけでなく今ではカイリューやブーバーでも苦戦する程に強くなった。

 エレブーも素質はあったが臆病な性格故に、痛い思いをする戦いは避けたがる傾向があった。けど力が付いたお陰で自信を身に付けるだけでなく、今面倒を見ているヨーギラスとの出会いを機に最大の武器である”打たれ強さ”を存分に活かす覚悟を決めた。

 

 皆、最初から今と同じくらい強かった訳では無い。少しずつ成長するだけでなく、何かしらの切っ掛けで一皮むけたりすることで飛躍してきた。

 そんな彼らが成長していく姿をアキラは間近で何年も見て来たこともあるが、他にもヨーギラスが強くなるだろうと考えている根拠はある。

 

 それは”環境”だ。

 

 アキラ自身、この世界に迷い込んだばかりの頃は色々痛い目に遭ったり苦労したりしてきたが、リーグ優勝経験のあるレッドを始めとしたジムリーダーなどの腕利きトレーナーとは普通の人より知り合う機会が多かった。

 そのお陰で彼と手持ち達は、シジマに師事する前もレッドとの頻繁な手合わせのみならず、困った時はポケモンバトルの専門家であるジムリーダーからの助言や手助けを借りやすく、やろうと思えば強くなれる環境的な下地は十分に整っていた。

 

 故にアキラの育成力も関係しているが根気とやる気さえあれば、古参世代と同じか少し良い環境に身を置いているヨーギラスは、長い目で見れば進化の有無関係無くある程度の力は付く筈だ。

 

 自分の力の無さを自覚したり、不甲斐無さを嘆くことは必ずしも悪いことでは無い。

 弱いことを自覚するからこそ、更に強くなろうとする原動力に繋がる。弱かった頃を知っているからこそ、強くなれた時にそのことを強く実感することが出来るものだ。

 嫌な事で落ち込むことはあっても、めげずにひたむきに頑張り続けることで経験を積み重ねていく、それが今のヨーギラスには大切だろう。

 

 アキラが語る内容を聞いていたヨーギラスは、それが本当なのか確かめるかの様にサンドパンとエレブーに顔を向ける。

 二匹は――特にエレブーはヨーギラスの中では憧れであると同時に初めて会った時から、少しおっちょこちょいな面はあるが戦いの時は力強くて頼りになる印象があった。そんな彼らが、今の自分の様に強く無かった頃があったのが少し考えられなかったからだ。

 エレブーは頬を掻きながら少し恥ずかしそうに目を逸らすが、サンドパンはそんな半信半疑の手持ち最年少の頭を優しく撫でながら頷く。

 

 誰だって最初から強かった訳じゃない

 

 ゲンガー達の通訳を介さなくても、アキラにはサンドパンがヨーギラスにそう伝えている様に感じられた。ヨーギラスはまだどうするべきか悩んではいたが、それでもさっきよりは暗い雰囲気は薄れていた。

 それから暫く考え込んでいたヨーギラスは、やる気を取り戻したのか定かではないが、鍛錬に熱を入れているブーバーとバルキーに加わるのをアキラ達は見届けるのだった。

 

 

 

 

 

 ひとまず悩むヨーギラスを奮い立たせることが出来たと判断したアキラは、その後一旦自室の屋根裏部屋に戻っていた。

 遅刻しているのか、約束の時間になってもレッドが来ないのだ。

 家に電話しても通じなかったので移動中だと見た彼は、先程までのヨーギラスの様子を思い出しながら、目の前の机の上に広げているノートの内容に目を通してた。

 そこには最近加入した新世代――第二世代の手持ち達について彼が簡単に纏めた内容が書かれていた。

 

ギラット 種族名:ヨーギラス

タイプ いわ・じめん

確認時のレベル 33

性別 ♂

覚えている技

かみつく、たいあたり、いやなおと、いわおとし、いわなだれ、すなあらし、まもる(練習中)、ものまね

指導担当 エレット(エレブー)

課題

成長中ではあるが覚えている技が少ないため、攻撃手段や範囲は限られている。

体の動かし方も能力の関係で素早くは無いので、先を読んで動きを伝える必要が特にある。

 

 さっきの彼は自らの至らなさに落ち込んではいたが、まだ生後一年程度なのを考え得ると進化に必要な最低基準を満たせているので、客観的に見たらかなり成長しているとアキラは見ている。

 だが、進化するにはレベル以上に気持ちの持ち方が影響する。なのでヨーギラスの気持ち次第だが、まだまだ秘めている力は発展途上だ。

 

 バンギラスに進化すれば戦える選択肢は大幅に広がるが、それまでは範囲が限られている。

 だけど将来を期待するのは良いが、今のヨーギラスとしての姿と次のサナギラスの姿で戦う方法はしっかり考えないといけない。幾ら周りに強くなれると言われても、今その実感や成果を本人が得られなければ意味が無いからだ。

 ヨーギラスの目線に立ちつつ、どう戦っていけば良いのかと頭を働かせながら、ついでとばかりにアキラは他の新世代に関する纏めも見直す。

 

バルット 種族名:バルキー

タイプ かくとう

確認時のレベル 39

性別 ♂

覚えている技

たいあたり、いわくだき、みきり、ものまね

指導担当 バーット(ブーバー)

課題

覚えている技は少ないが、技でも無い体術を上手く扱える身のこなしと技術力を持つため相応の戦闘力を有している。

しかし、かくとうタイプ特有の接近戦に特化している関係で距離を取られると対抗手段が殆ど無いのが今後の改善点。

 

ブルット 種族名:ドーブル

タイプ ノーマル

確認時のレベル 43

性別 ♀

覚えている技

スケッチ、へんしん(主にミルタンク)、サイコキネシス、ふぶき、その他色々

指導担当 ヤドット(ヤドキング)

課題

覚えている技の数は非常に多いが、能力が低い関係で大きなダメージを与えることは難しい。

その為、ある程度強いポケモンが相手の場合は独力で対抗することは困難。

パワー不足を補えるミルタンクへの”へんしん”は、完成度は高いが大きなダメージを受けると維持出来ないことも課題である。

 

 バルキーもヨーギラス同様に加入して間もないが、元々はシジマの元で鍛錬をしていた個体の一匹なので戦いには慣れている。

 向上心の強いブーバーの元で学んでいることもあるからなのか、目に見えて強くなっているがまだ進化の兆候は見られない。バルキーは育成次第で進化する種類が変化することを、シジマから聞いているのと彼自身の元々の知識としては知っている。

 正確なレベルや条件は忘れているが、何に進化しても彼としては構わなかったのでこの辺りは気にしていない。

 

 エビワラーでもサワムラーでもカポエラーでも、どれに進化しても格闘技が主体なのは変わらないからだ。

 覚えている技はヨーギラス同様に少ないが、それでもたまに道中で挑むそれなりに強いトレーナーが相手でも十分に渡り合える実力を有している。

 しかも良くも悪くも師事しているブーバーの影響を強く受けているのか、諦めが悪くて執念深い。

 

 ドーブルに至っては制限があったとはいえ捕獲に苦戦したことを考えると、現在のレベルはその強さに十分見合ったものと言える。

 問題はドーブルの姿だと間接的な攻撃以外は軒並み威力が低い点だ。ミルタンクに”へんしん”すれば、物理的な攻撃力が本物のミルタンクと同等になるが、物理攻撃一辺倒になるのと強い衝撃を受けると元の姿に戻る欠点がある。

 今のところは頭が良いだけあって、他の手持ちと連携することで欠点を巧みに埋めているが、独力で戦うとなると少し厳しいものがある。ミルタンクに”へんしん”する以外で、パワー不足を補う方法は無いものか。能力を上げる技を使う方法は以前から考えているが、それでも十分な威力になるまで時間が掛かる。

 

「何年経っても強く育てるのは大変だな」

 

 ノートを閉じて屋根裏部屋から出たアキラは、再び外にいる手持ちの元へと向かうべく階段を下りていく。

 新しく加わった新世代の三匹は、古参世代の六匹が手持ちに加わったばかりの頃と比べれば、成長速度はかなり早い。

 しかし、まだ全体的にパワー不足なのと()()()()()()()()()()がある。

 とはいえ、カイリューを筆頭とした古参世代も問題が無い訳では無い。彼らもまた、後輩達同様に今でも更に強くなる為の試行錯誤の真っ最中だ。

 カイリューは”げきりん”、ゲンガーは”シャドーボール”、サンドパンの急所狙い、そして――

 

「あっ、アキラの兄ちゃん」

「お、どうした?」

 

 外に出ようとしたタイミングで、アキラは何年もお世話になっているこの家に住んでいるヒラタ博士の孫に会う。

 様子から見るに自分を探していたらしい。

 

「いや、バーットがまた倒れているから」

「またか…」

 

 それだけで事情を察したアキラは頭を痛そうに抱え、少し歩みを早めて外に出ると真っ先にひふきポケモンの姿を探した。

 

「バーット、そろそろ止めないと置いて行くぞ」

 

 息を荒くして仰向けに倒れているブーバーをすぐに見つけて、アキラは最後の警告を伝える。

 今までこのひふきポケモンは、一般的な方法以外にもテレビで放映されている特撮番組で見たものを取り入れた奇抜だったりぶっ飛んだ特訓を実践してきたが、今彼がやっているものもその内に分類される変わったものだ。

 

 ”かみなりパンチ”のエネルギーを意図的に全身に流す形で暴発させて、自らの能力を底上げする――らしい。

 

 初めてブーバーがやっている奇妙な特訓の目的を知った時、アキラは自分の理解力不足かブーバーの主張を時間を掛けて教えてくれたゲンガーとヤドキングの訳ミスかと思ったものだ。

 今ひふきポケモンが目指しているのは、”状況に応じて適切な能力を特化させる”というもの。わかりやすい例を挙げるなら、ポケモンで言う”フォルムチェンジ”みたいなものだ。

 

 まさか一部の限られたポケモン以外で、そんなことが実現出来る可能性が有るとはにわかには信じ難かった。それに、もしブーバーが主張していることが出来るのなら、既に腕利きトレーナーの誰かが実現させている筈だ。

 仮に実現しているのにあまり普及していないとなると、編み出されたばかりの新技術か、カイリューが稀に引き出す負担度外視の大技と同じメリットよりもデメリットの方が大きいかのどちらかだ。

 そしてアキラは後者だと見ており、実戦で活用出来るとしても短期決戦向けと考えていた。

 

「まあ、ロマンを追い掛けるのは悪いことじゃないけどね」

 

 どうせ止めてもブーバーは止めないのだから、気が済むまでやらせるのが一番だ。

 単純に”かみなりパンチ”のエネルギーを流せば上手く出来る訳ではないらしいので、その詳しいメカニズムをブーバーは手探りで解明しようとしている。

 ワタルのカイリューが見たことも聞いたことが無い方法で”こうそくいどう”をしても尚上回るスピードを実現していたが、あれとブーバーが目指しているものの関連性は不明だ。

 仮に関連性があるとしても、アキラは絶対に奴に尋ねるつもりは無い。寧ろ、次会ったら今度こそ全ての手持ちを戦闘不能に追い込んで無力化した後に警察へ叩き出してやると心に決めている。

 

 そんな荒っぽいことを考えていたら、立ち上がったブーバーが息を整えながら挑戦的な目付きでアキラに指を突き付けてきた。

 

「練習相手になれってことか? まだ先生の監督無しだとあんまりやるべきじゃないし、そもそも今疲れる様なことをやってどうする?」

 

 すぐに意味を察したアキラの言い分に、わかっていたのかブーバーは納得するが少々不満気だ。

 最近、アキラ自身の成長が良いからなのかは知らないが、遂にシジマは自身の監督下限定でトレーナー自らが直接手持ちの練習相手をする方法を教えてくれる様になった。

 まだ本格的な――シジマが稀にやる手持ちとのスパーリングまではいかないが、それでもアキラはパンチングミットなどの練習用具や防具を身に付けて、手持ちの打撃練習の相手をする機会が増えてきた。

 人がポケモンの特訓相手をする。当然怪我を負う危険性は付きまとうが、シジマが語っていた行う意義とアキラ自身の経験を考えれば、絶対に物にしたいと思っていた。

 

「――まだかなレッド」

 

 様々な形で時間を潰してはいるが、流石に中々来ないレッドにアキラは愚痴を漏らす。

 一体彼は何をやっているのか。()()()()()()姿()()()()のを見ると、そろそろあちらの準備も整う頃だ。そう思っていたらカイリューは遠くの空から飛んでくる何かに気付いた。

 釣られる形でアキラも顔を向けると、最初は小さかったそれは徐々に姿が認識出来るにつれて、オレンジ色の体色をしたカイリューと同じドラゴンみたいな姿をしたポケモンだった。

 そしてそのポケモンは、彼が待っているレッドらしき人物を背中に乗せていた。

 

「リザードン?」

 

 全く想定していなかったポケモンをレッドが連れているのにアキラは首を傾げる。

 彼の手持ちにリザードンはいなかった筈だ。そうなると彼の身近でリザードンを手持ちにしているトレーナーは――

 そんなこんなで色々考えているアキラを余所に、レッドを乗せたリザードンが彼らの前に静かに着地する。

 

「レッド、予定より三十分以上も遅れているぞ」

「わりぃわりぃ、そんなに遅れていたんだ」

 

 どうやら予定よりも遅れてしまっていた自覚が全く無かったらしい。

 ポケモンの飛行速度は種ごとに異なっているから、彼の見通しが甘かったのだろう。

 だが、実際の理由が違う事をアキラはすぐ知ることとなる。

 

「実は、遅れたのには訳があってな」

「…訳?」

 

 疑問を漏らすアキラに、レッドは腰に付けていたモンスターボールの一つを見せる。

 中身を覗くと、中には今彼が乗って来たリザードンと同じく彼が連れていない筈のポケモンであるカメックスが入っていた。

 その姿を見たアキラは、今目の前のボールにいるカメックスが何を意味しているのかに気付く。

 

「ブルーに会っていたの?」

「そう。出る直前にシロガネ山に行くことをどこかで聞いたらしくて、俺にこいつを貸してくれたんだ」

 

 最初レッドは、彼女のエースであるカメックスを借りるのを躊躇ったものの、結局彼女に押し切られて連れて行くことになったと言う。

 ブルーが何故カメックスをレッドに貸したのかはアキラは知らないが、これから行くシロガネ山は強力なポケモン達の巣窟だ。戦力的には申し分ないので有り難いと言えば有り難い。

 取り敢えずこれで準備は整った――と思っていたら、今度はカイリューがリザードンを睨み付けており、両者の間に険悪な空気が漂い始めていた。

 今にも一戦始めそうな面倒な雰囲気にアキラは思わず溜息を吐く。

 

「はいはい。今ここで戦うのは無しだぞ。無し」

 

 カイリューの態度で確信したが、やはりレッドを乗せて来たのはグリーンのリザードンの様だ。

 どういう経緯でグリーンがレッドに一番の戦力である手持ちを貸したのかは知らないが、今はそれを考える時でも無いし喧嘩している場合でも無い。

 カイリューの腹を両手で力一杯押して、アキラはリザードンから距離を取る様に強引に押し退けていく。

 

 まだ”げきりん”を完全に覚えられていない”ものまね”している状態なので、モンスターボールに戻す訳にはいかないのだから余計なトラブルは起こして欲しく無い。幸いリザードンの方も睨み返してはいたが、グリーンが良く躾けているからなのか、そこで留めてくれたのも有り難かった。

 カイリューの方も引き離されたことで興味が薄れたのか、リザードンを視線から外したのを見てアキラはようやく一安心する。

 

「お前のカイリューって、グリーンのポケモンと相性悪いな」

「まあ気難しいからね。それよりレッドは必要な荷物はちゃんと持ってきた?」

「勿論、長丁場になることも考えて旅をしている時と同じくらい準備してる」

 

 背中に背負っている大きめのリュックを見せ付けて、レッドは準備出来ていることをアキラに見せる。それを見た彼は自分も荷物を取って来ようとしたが、あることが頭に浮かんで足を止めた。

 

「レッド、リュット達の今のレベルを確認したいから何時もの様にポケモン図鑑貸してくれないかな?」

「おう良いぜ」

 

 アキラの頼みに、レッドは慣れた様子で彼に取り出したポケモン図鑑を貸す。

 近年はボックスシステムの設備が整えられるなどポケモンセンターの機能は徐々に充実してきているが、それでも一般に利用出来る設備ではオーキド博士が開発したポケモン図鑑程にポケモンの正確な能力を把握することは出来ない。

 その為、アキラは時たまにポケモン図鑑を借りることで、手持ちポケモンのレベルや技などを把握している。

 今回もレッドから借りたポケモン図鑑を開くと、アキラは今この場にはいないサンドパンを除く手持ちの現在のレベルを中心としたデータを確認する。

 

カイリュー レベル75

ゲンガー  レベル69

エレブー  レベル67

ブーバー  レベル74

ヤドキング レベル67

ヨーギラス レベル31

バルキー  レベル35

ドーブル  レベル40

 

「――あれ? 全員以前測った時よりも下がっている様な…」

「それについてだけど、オーキド博士の話だと図鑑のメンテナンスした時にポケモンのレベルを判断する基準が変わったとか何とかって言っていた」

「またか」

 

 記憶よりも手持ちのレベルが下がったことにアキラは首を傾げるが、レッドが話してくれた理由に納得する。

 今彼が話した様に、ポケモンのレベルは数年頻度でポケモン協会が判定方法や基準を変えているので、ポケモンの力量を表すレベルの表示は頻繁に変わる。

 一応ポケモンのレベルの上限値は、名目上は100に設定されているが、基準が変わったりする関係でレベル100に達したポケモンは記録上存在しない。

 そもそもポケモンのレベルは50以上に上げること自体、一般的にかなり大変とされている。

 

 確かにゲーム同様に戦いの経験を積み重ねることで、ポケモンのレベルは上がる。

 だが、ある程度のレベルに達すると、ただ敵を倒したり技や体を鍛えたりするだけでは伸び悩んでしまう。

 それ以上レベルを上げるには、強敵や格上との死闘とも言える戦いや限界まで体を動かすなどの極限状況を経験することが必要になってくる。

 実際、四天王との戦いが終わった直後に計ったカイリューのレベルは、伸び悩んでいた50前半から一気に60後半近くにまで跳ね上がっていた。

 

 それに下がってはいるが、それでも全体的にかなりの高レベルだ。

 タケシやカスミ、エリカなどのジムリーダーの手持ちでも、ここまで高レベルの手持ちは殆どいない。

 だけど図鑑などで表示されるレベルは、あくまで人間から見てわかりやすい指標として使われているだけなので過信は禁物である。

 

 基本的に肉体の強靭さや体内に秘めているエネルギーの強さなどの機械で測定出来る要素からレベルを判断しているので、技術面などの測定されない面はレベルには考慮されていない。

 この世界でレベル差が圧倒的に下である筈の格下が格上を倒すことがあるのは、そういう技術面や潜在能力を瞬間的に高める火事場の馬鹿力みたいなのを発揮することがあったりするからだ。

 他にもその日の調子が悪ければ、ロクに力を発揮することも出来ないので高レベルなのは有利ではあっても絶対では無い。

 

「――おっ」

 

 土が盛り上がり、アキラ達の足元に一匹のディグダが顔を出す。

 続けてサンドパンが土の下から出て来たのを見ると、どうやら地下通路の準備が整ったらしい。

 今は他のディグダやダグトリオの群れが警戒してくれている筈だが、早く向かって入り口だけでも塞いで、誰かがシロガネ山へと繋がる地下通路の存在に気付いてしまうことは避けたい。

 

「レッド、ディグダ達が例の地下通路を使える様にしたらしいから行こう」

「おっしゃ。遂にあの山に行くのか。何だかワクワクするな」

 

 レッドの楽し気な反応に、アキラは少し遠い目を浮かべる。

 シロガネ山はその危険性故に立ち入り禁止されているのだが、レッドはそんな危うい場所でもまだ見ぬ未知の世界がどんなものか考えると楽しみらしい。

 最後にサンドパンの現在のレベルが65であることを確認したアキラは、手際良くゲンガーが屋根裏部屋に置いていた筈のリュックを持って来てくれたこともあり、ディグダの洞窟へと足を運ぶのだった。




アキラ、レッドと共にシロガネ山へと向かう。

遂に第三章スタートです。
今章は今までの章の中で最も色々な出来事にアキラ達が関わることになると思います。

更新頻度と更新時間は最後に更新した時と同じになります。

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