SPECIALな冒険記   作:冴龍

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黄色い小心者

 森の中と言えば、虫取りには最適だけど陽が出ていようが出ていなくても薄暗くてジメジメとした場所。

 それが、アキラが小さい頃から抱いていた森のイメージだった。

 だけど彼は、今歩んでいる森の中を一直線に切り払った道を振り返りながら、そのイメージに少し修正を入れるべきだと感じていた。

 

「どうしたアキラ君?」

「あっ、すみません博士」

 

 物思いにふけていたら足を止めていたのを指摘されて、彼は背負っている荷物を背負い直すとヒラタ博士の後を追い掛ける。

 

 ニビジムへ挑戦してから今日で数日が経った。

 まだミニリュウ達とは良好な関係を築けてはいないが、様々な試みが功を奏したのか、体感的にポケモン達の問題行動が減ってきたとアキラは感じられる様になっていた。

 

 手持ちと一緒に変わっていくことで、彼らを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 

 前のニビジム戦の後にそう決意したアキラは、ヒラタ博士や博物館にいる職員のアドバイスを受けながら少しずつ本格的な勉強を重ねていくだけでなく、怪我覚悟で手持ち達と対等に対話をする様に心掛けていた。

 

 そうやって接してもミニリュウなどは中々変わらず、生傷も絶えなかった。けれども徐々に手持ちの行動パターンやクセ、得意としている戦い方、日常的な行動に込められた意図をアキラは理解出来る様になってきた。

 そして仲良くなる一環の一つとして、今までの種族名呼びからニックネームを付けたが、彼らは満更でも無い様な反応だったことが、ここ最近で一番嬉しい出来事だった。

 

 まだ手持ちの機嫌を窺ったり、恐れにも似た恐怖心を抱いてはいる。けどこの調子で普通のトレーナーとその手持ちポケモンの様な関係にまでになれば、次のジム戦でニビジムへのリベンジも十分に可能だと考えていたが、そうはならなかった。

 

 理由は、保護者であるヒラタ博士がニビ科学博物館を出るからだ。

 アキラは博士が博物館に所属する研究者と思っていたが、実際は研究の為に他の研究所からやって来た関係者だっただけであった。

 元々長居するつもりは無かったからか、すぐに予定していた滞在期間を迎えた為、二人はニビシティを離れることになった。

 

 離れる前にアキラはヒラタ博士にどこに行くかを尋ねたが、本人曰く行き先は自宅兼研究所であるクチバシティだと教えられた。

 本格的な研究に関してアキラは完全な素人だが、どんな些細なことでもいいから一緒にこれまでの研究結果を見て、彼視点での意見や考えを博士は知りたいらしい。

 

 それで元の世界へ戻る切っ掛けが見つかると考えれば、ニビジムへのリベンジは些細なことなので、大して気にすることなく彼は博士と一緒に荷物を纏めて現在クチバシティを目指していた。

 本来ならディグダの洞窟を通るのが近道だが、ヒラタ博士はオツキミ山に用があるらしく、現在彼らはハナダシティを経由する遠回りのルートを進んでいた。

 

「――大丈夫かアキラ君?」

「大丈夫です。まだまだ行けます」

 

 先頭をスリーパーと一緒に最低限の荷物を抱えたヒラタ博士は、歩みは止めずとも大荷物を背負っているアキラに問い掛ける。初めの頃は荷物の重さや体のぎこちなさにアキラは悩まされていたが、今では色んな出来事で体が鍛えられて体力が付いたからか、大分改善されていた。

 

 しかし、今二人が通っている道は、単純に森の中を突き抜けるかの様に真っ直ぐに切られているだけで、殆ど整備されていない上に腰を下ろして休める場所は無い。

 目を凝らせば、障害物も無く果てしなく道は真っ直ぐ続いて――

 

「――あれ?」

 

 先を見据えていたアキラだったが、今進んでいる道のギリギリ視認できる彼方で何やら蠢くものを捉えた。最初は何かが動いている程度だったが、近付いているのか徐々に針の穴のような大きさから点に変わり、色も認識できるまでになった。

 

「アキラ君、何か見つけたのか?」

「前から何かが来ています。野生のポケモンと言うより……人?」

 

 少しずつ姿がハッキリと見えるにつれて、前から近付いてくる姿は二足歩行であるのと腕らしきものを全力で振っていることから、人の様なものであるのが見えてきた。ところが、姿が鮮明になるにつれて、最初に頭に浮かんだ「人」と言う認識を改めざるを得なかった。

 こちらに向かって来る何かは、人にしては奇妙なまでに全身が真っ黄色、そして真っ黄色な体に雷をイメージした無数の黒い入れ墨の様なものを張り巡らした姿をしていたのだ。

 

「あれって、もしかしてエレブー?」

 

 ここまで見えて、ようやくアキラはこちらに向かってくる姿がエレブーと言う名のポケモンであることに気付いた。

 ゲームではあまり見る機会は無かったが、あの特徴的な姿とアニメでピカチュウのライバル格扱いを受けていたことはよく覚えている。まさかこんなところで遭遇するとは思っていなかったが、幾つか気になる点があった。

 

 まず、この森にはエレブーどころか、でんきタイプのポケモンが生息していない筈だ。

 勿論、アキラはこの世界がゲームとは違うことを十分に承知しているつもりだ。だけどこの森に足を踏み入れる前に仕入れた生息ポケモンに関する情報でも、そもそもでんきタイプのポケモン自体、この辺り一帯には棲んでいない扱いだった。

 

 次に気になるのは、こちらに向かってくるエレブーの様子だ。接触まで残り何十メートルにまでに迫った段階でようやくその表情が見えてきたが、どうも焦っている様に見える。

 エレブーと聞けば、気性の荒いイメージのあるポケモンの代表格だ。

 それ程のポケモンが焦っているとはどういう事なのかアキラは考えるが、疑問の答えが出る前にエレブーは彼とヒラタ博士の横を素通り――

 

 するかと思いきや、道端の石に足を引っ掛けて盛大にコケた。

 全く予想していなかった事態に、二人の視線はうつ伏せに倒れているエレブーに注がれるが、彼らはすぐに別のことに気を取られることになった。

 

 エレブーが走って来た方角から、特徴的な前歯を持ったコラッタを数匹引き連れたラッタが駆けて来て、突然アキラとヒラタ博士に襲い掛かって来たのだ。

 この森を訪れてから、アキラは野生のポケモンの襲撃を何回か経験して対処に慣れていたが、不意を突く形での襲撃は未経験だったため焦った。露骨に剥かれた鋭い前歯と後続の襲撃を危なげなく避けると、アキラは腰に付けていたモンスターボールの一つを投げる。

 

「リュット、お願い!」

 

 最近付けたニックネーム名で呼び掛けながら、ミニリュウにラッタの対処を頼む。

 飛び出したミニリュウの表情は不機嫌だったが、正面から襲ってくる数匹のコラッタ達を尾を振ることで一掃する。余波で吹き飛んだコラッタがアキラの顔にぶつかるハプニングが起きたが、飛ばした当人は気にせずラッタと戦い始める。

 結果的に勝負は十数秒でつくのだが、その十数秒がまだ動ける数匹のコラッタから逃げるアキラにとっては長かった。

 

「助けてください博士ーッ!」

 

 咄嗟にヒラタ博士に助けを求めるが、博士の方も小回りが利くコラッタ達の処理に手間取っていて、それどころでは無かった。

 その時、彼の腰に付いていたボールの一つが勝手に転がり落ちた。

 落ちたモンスターボールは、開閉スイッチが地面に落ちた衝撃で起動した為か、中からゴースが飛び出す。本来ならゴーストタイプの技しか覚えていない今のゴースには、ノーマルタイプのコラッタに有効な技は皆無だ。

 だが、出てきたゴースはその常識を容易く打ち破った。

 

 ”あやしいひかり”で警戒しているコラッタ達の動きを纏めて鈍らせると、すかさず”ナイトヘッド”をコラッタ達の足元に放ったのだ。

 直接ぶつけてもタイプ相性の問題でダメージは与えられないはずだが、黒い稲妻状の光線で放たれた”ナイトヘッド”が地面に当たった直後、発生した爆風でコラッタ達は吹き飛ばされたのだ。

 

「や、やるなスット。そんな方法よく思い付いたな」

 

 ミニリュウ同様に最近付けたニックネームで呼びながら、アキラはゴースの機転に称賛を惜しまなかった。

 アキラが危機を脱したのと同じタイミングで、ヒラタ博士の方はスリーパーが何とか退け、ミニリュウの方も”たたきつける”の一撃でラッタを空の彼方へと吹き飛ばしていた。

 

「やれやれ危なかったの」

「そうですね」

 

 汗を拭う博士に同意しつつ、少し離れたところでまだ倒れたままでいるエレブーの姿にアキラは目を向けた。転んだ時に頭でも打って気絶しているのかと思ったが、両手で頭を抱えて縮こまり、まるで怯えているかの様に震えていた。

 彼のイメージでは、エレブーは暴れん坊なポケモンに分けられるが、目の前にいるこのポケモンはそんなイメージとは大きくかけ離れていた。

 

「お前を追い掛けている連中は片付けたから大丈夫だぞ」

 

 パニックになって殴られる可能性を警戒して、距離を取った上で呼び掛けるが聞こえていないのかエレブーの震えは止まらない。

 木の枝でも拾って突こうかと思ったが、その前に出ていたゴースが行動を起こした。

 良からぬ行動を予想してアキラは止めようとするが、ガスじょうポケモンは彼の手を逃れて長い舌でエレブーの頭を軽く舐めた。

 ゴースがやらかした行為に彼の顔から血の気が引くが、エレブーは跳び上がる様な挙動を見せると尻餅を付いたまま、まるで命乞いをするかの様に手を突き出しながら後退る。

 

「――どうしたんじゃ?」

「わかりません」

 

 またちょっかいを出す前に彼はゴースをボールに戻しておくが、見た感じでは目の前のエレブーは怯えている様に見えなくもなかった。 

 さっきから見せる反応や挙動を見る限りでは、このエレブーはアキラが知っている一般的なエレブーとは少し違う様だ。

 

「そう怖がるな。別に何かしようとしている訳じゃないから」

 

 敵意を含めた関わる気が無い意思表明をして、ようやくエレブーは震えながらも立ち上がる。その何ともハッキリしない態度に、苛立ってきたのかミニリュウの表情は更に不機嫌なものになる。

 面倒なことになる未来が見えたアキラは、すぐにドラゴンポケモンもボールに戻す。それでもエレブーは、体を縮こませる様に両肩を強張らせ、その表情は何とも言えないまでに自信が無さそうだった。

 

「…博士、エレブーってこんなに臆病でしたっけ?」

「いや、儂も初めて見る」

 

 同じ種類のポケモンでも人間と同じく、個体ごとに色んな性格や特徴を持っているものだ。

 だけど、ここまで臆病で自信が無いエレブーを目にするのは、二人とも初めてだった。

 目の前にいるエレブーを余所に、二人は色々と意見を交わしていくが、何時の間にかエレブーが好奇の眼差しを向けていることにアキラは気付いた。

 

 まだ怯えてはいたが、どうやら自分達が害を与えて来ることは無いと判断したらしい。

 向けて来る眼差しは、アキラが連れているサンドがたまに見せる純粋無垢な眼差しに近かったが、乱暴者のイメージが強いエレブーがこんな目をしてくるとは思っていなかったアキラは、不気味なものを感じた。

 当人はそのつもりは無いとは思うが、得体が知れないのだ。

 

 実際は彼だけでなく、ヒラタ博士にもエレブーは同様の眼差しを向けていたが、その視線に耐え切れなかったアキラは無意識の内に一歩下がる。

 そんなアキラの動きにエレブーは気付くと、恐る恐る一歩足を前に踏み出した。それを見た彼は反射的にまた一歩下がるが、エレブーもまたさっきよりもしっかりとした足取りで一歩前に進む。

 まさかと思ったアキラは、また一歩下がるとエレブーもそれに続いた。

 

「ちょ、こっちに来るな!」

 

 何故か近付いて来るエレブーに、アキラは両手を前に突き出してストップを掛けるが、当のエレブーは意外そうな顔を浮かべる。

 増々目の前にいるポケモンが本当にエレブーなのか疑わしく思えたアキラは、念の為にミニリュウが入っているボールを手にすることを考え始める。

 

 アキラがこの状況をどう対処すべきか必死に考えている一方で、彼の隣に立っていたヒラタ博士はエレブーの挙動に注意を払っていた。

 子どもの様に首を傾げたかと思えば、何かを考える様な素振りを見せるなど、コロコロと表情を変えていたのだ。やがて考えが纏まったのか、でんげきポケモンの表情は初めて明るい表情を浮かべた。

 

「アキラ君、どうやらエレブーは君に興味を持ってしまったみたいじゃぞ」

「え゙!?」

 

 ヒラタ博士の予想外の言葉に、アキラは裏返ったかの様な声で驚く。

 急いでエレブーに顔を向けると、でんげきポケモンはまるで見たことが無いものに心を奪われて興味津々な幼い子どもの様な表情をしていた。そのエレブーから向けられる先程以上に純粋無垢な眼差しに耐え兼ねたアキラは、思わず上体を後ろに仰け反らせる。

 

 一体どうすればこの状況を脱せるのか。

 

 パニックに陥りながらも必死に考えるが、突如遠くから怒鳴り声にも似た奇声が響いてきた。

 

「な…なんだ?」

「また何か来たの」

 

 怪訝に思いながら、二人は声がした方に振り返る。

 エレブーが逃げてきた方角から、眼鏡を掛けた如何にも理科系っぽい人物とその後ろを短パンを履いた少年が、砂埃を上げる程の勢いで走りながらこちらに迫っていた。

 

「待てぇぇーー!!」

「うるせぇ! エレブーは俺が捕まえるんだぁぁーー!!!」

 

 聞こえてくる理科系っぽい男の言動から察するに、どうやら彼らは今自分達の目の前にいるエレブーがお目当てらしい。そんな彼らのお目当てであるエレブーはと言うと、彼らの存在に気付いた途端、輝く様な表情はあっという間に引っ込ませて一目散に逃げ始めた。

 

 そしてアキラ達は、下手に関わらず静観した方が良い判断すると、大人しく走って来た二人の邪魔にならない様に道を開ける。さっきまでエレブーがいた場所を砂埃を巻き上げながら、必死の形相で走る眼鏡を掛けた青年と短パンの少年は彼らの目の前を通り過ぎて行く。

 

「随分と激しい捕獲競争じゃな」

「そうですけど、何か狙われるエレブーが気の毒だな…」

 

 舞い上がった砂や埃が落ち着いた頃には、既に彼らの姿は見えなくなっていた。

 どうやらあの変わり者のエレブーは、野生のポケモンだけでなく、トレーナーにも追い掛け回されていたらしい。

 ポケモントレーナーにとって、強いポケモンだけでなく珍しいポケモンを連れるのはある種のステータスだ。今回遭遇したエレブーは色々変わった個体ではあったが、能力があるだけでなく希少な方に分類されるポケモンであることには変わりない。

 

 ようやく肩から力を抜くことが出来たアキラは、ニビシティを出る直前に思い描いた理想的な手持ちをもう一度思い浮かべる。

 

 理想と言っても、現実的に考えると揃いそうも無い手持ちではあることは承知している。今回の出来事でより一層でんきタイプのポケモンが欲しく感じられたが、アキラ的に理想のでんきタイプは、やっぱりと言うべきかピカチュウだ。

 

 エレブーは喧嘩っ早そうなポケモンと聞かれたら、真っ先まではいかなくても間違いなく浮かび上がる扱いの難しそうなイメージがあるポケモンだ。対象外と言うべきか、どうしても気が荒い暴力的なイメージが強くて気が進まない。

 

 未だにミニリュウやゴースに手を焼いている影響もあって、これから手にするポケモンは珍しいのや強いのでは無くてサンドの様に”扱いやすい”ことに重点を置いている。

 さっき会ったエレブーの本性もイメージ通りだと考えると、手持ちに迎えたら苦労するのは目に見える。仮に全く違うとしても、あの様子では別の意味で苦労はしそうではあるが。

 

「理想ばかり追うのは、ダメだってことはわかっているけど…」

 

 一応ここに来るまでの間に、理想では無くても何か閃きのようなのを感じたポケモンを見つけたら捕獲を試みてはいるが上手くいっていない。

 サンドで挑めば技の威力が低過ぎるからか、限界まで弱らせようとするとボールを投げる前に逃げられてしまう。

 ゴースとミニリュウで挑んだ場合、こちらの事情を一切考えずに文字通りぶっ飛ばす。

 

 そういった理由もあって、アキラは手持ちの残り三枠を埋められずにいた。

 だけど、どれだけ時間が掛かっても残りの三枠に出来ればでんき、ほのお、みずのタイプをそれぞれ有するポケモンをメンバーに加えたいと思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 奇妙な出来事はあったものの、その後も彼らは先へと進み続けた。

 野生のポケモンの襲撃から逃れたり返り討ちにしたり、数時間掛けて二人は森を抜ける。

 初めは勢いのままオツキミ山を登ろうと考えていたが、時計を確認すれば針は既に夕方近くを示していた。大事を取って今日はここまでにすることを決めて、二人は拓けた場所で野宿の準備を始めたのだったが――

 

「アキラ君、心此処に在らずの様子じゃが」

「……大丈夫です」

 

 テントを張る作業を終えたアキラは、ヒラタ博士が準備した缶詰などの携帯食を口にしていたが、意識はオツキミ山のことで一杯だった。

 オツキミ山は登って進む方法もあるが、洞窟の中を通過して進むのがゲームでもこの世界でも一般的である。幸いミニリュウ達は、何時ものように体力を有り余して扱いに困っている状態なので、このまま野宿しても特に問題は無い。

 けれども、どれだけ考えても不安は拭えなくて夕食の手もあまり進まなかった。

 

 今アキラを悩ませている最大の心配は、通る予定であるオツキミ山洞窟内部で、まだロケット団が暗躍している可能性があることだ。

 

 レッドが数日前にニビジムでバトルを繰り広げたのを考えると、時期的に今オツキミ山でロケット団が何か探し物をしていた筈だ。出来ればレッドの妨害を受けて、ロケット団が今この山から去っていると言う確証が欲しいが、一切そういう情報が無いのだからお手上げである。

 かと言って、如何にかしてロケット団を避けて通るとしても恐ろしく時間を食ってしまう。もしいないとしても、無事にオツキミ山を通り抜けられるのか。

 どれも未知数なので不安が尽きないのだ。

 

「気になることがあるなら言った方が良いぞ」

「…正直に言いますと、不安なことだらけで絞れません」

 

 悶々としているアキラの様子に、ヒラタ博士はどうやったら彼の不安を改善できるか考えた。

 旅の道中で不安を抱くことは別におかしいことではないがアキラの場合、一体何にそんな不安を抱いているのかと思えるほど少し過剰な印象だ。

 しかし、ヒラタ博士は今このオツキミ山であるかもしれない可能性について全く知らないので、ちょっとだけ本当に過剰なのを含めても実際は知っているか知っていないかの差だ。

 

「確かに”旅”は不安になることは多いが、少々心配過ぎではないか?」

 

 確かに気にし過ぎているかもしれないが、アキラにとってはこうしている今でも現在進行形で知らないことや初めて体験することを経験している。

 ニビシティを出て数日、この世界に来てから二週間近くになるのでそろそろ慣れてきたかと思っていたが、どうやらまだまだらしい。

 一ヶ月後の自分はどうなっているだろうなと思いながら食の手を進めるが、ミニリュウが何故か物凄く不機嫌な様子で森に目線を向けていた。

 

「? どうしたリュ……」

 

 ミニリュウの様子に気付いたアキラだったが、ドラゴンポケモンが向けている目線の先にあるのを見て、思わず固まってしまった。

 黒と緑しか認識できない暗い森の中に、見覚えのある異様に目立つ黄色い姿が見えるのだ。

 

「……皆、無視だ」

 

 ミニリュウだけでなく、他の手持ちも森の中からこちらの様子を窺っている存在に気付いたが、アキラは無視する様に促す。

 あの黄色い姿は、間違いなく昼間に遭遇したエレブーだ。

 何故こんなところにいるのか気になるが、下手に関わらない方が良い。しかし、サンドを除いた面々は、大人しくアキラの言う事を守ることの方が少ない。

 

「アキラ君、ゴースはどこに行ったのかね?」

「ゴース…スットのことですか?」

 

 今にも森の中に隠れた気でいるエレブーに飛び掛かりそうなミニリュウにアキラは注意を払っていたが、ヒラタ博士に聞かれてようやく気付く。

 何時の間にかゴースの姿が影も形も無くなっていたのだ。

 どこに行ってしまったのかとエレブーのことを忘れて、慌てて周囲を見渡した直後だった。森の中から奇妙な悲鳴が上がり、隠れていた筈のエレブーが転げる様に飛び出してきたのだ。

 

「何だ!?」

 

 思わずアキラは立ち上がり、ミニリュウやサンド、博士が連れているスリーパーなどのポケモン達は、エレブーに対して構える。

 しかし彼らが臨戦態勢に入っているとは気付かない程、エレブーは尻餅を付きながら森から離れる様に後退る。でんげきポケモンの反応から、森の中に何かがいると見たアキラは、暗い森の中に目を凝らす。

 

 何が起きても対処出来る様に神経を集中させるが、彼らの警戒は杞憂だった。

 何故なら森の中から、ついさっき姿を消したゴースが愉快そうな表情で現れたからだ。

 どうやら何時の間にかエレブーの背後を取っていた様だ。

 

「スット、お前な~~」

 

 無事に見つかった安心感と無駄に警戒してしまったことに対する徒労感など、複雑な感情がアキラの中に入り混じるが、すぐに彼はこれ以上面倒事を起こさない様にゴースをボールに戻した。

 エレブーはゴースの姿が消えてホッとした様だが、まだ災難は去っていなかった。

 ミニリュウがバトルでもするつもりなのか、首を念入りに捻り始めたからだ。

 

「待て待てリュット、戦う必要は無いぞ」

 

 こんなことで消耗して欲しくないアキラはミニリュウを宥めるが、ミニリュウは素直に聞き入れるつもりは無かった。手持ちの喧嘩っ早さに彼は頭を抱えるが、さっきまで怯えていたエレブーがぼんやりとこちらを見つめていることに気付いた。

 

「ぁー、お前もう帰っても良いぞ。ていうか抑えが効いてる内に早く帰って、頼むから」

 

 睨むミニリュウを抱える形で引き摺りながらアキラはエレブーに告げるが、それでもでんげきポケモンは昼間とは少し違う眼差しを彼に向けていた。

 何か様子がおかしいと感じるが、考えがハッキリする前に暗くなった森から雄叫びの様な奇声が響いてきたのに彼は驚いて肩を跳ね上がらせた。

 森から野生のポケモンが飛び出してくるかと思ったが、出てきたのは二人の人間だった。飛び出した彼らの姿を目にしたアキラは、また面倒事に巻き込まれたのに肩を落とす。

 

 何故なら今目の前にいる二人は、昼間にエレブーを追い掛けて捕獲競争を繰り広げていた人達だったのだ。

 今すぐにこの場から去りたいが、何時の間にかエレブーは自分を盾にする様に後ろに隠れていたので動こうにも動けなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…やっと追い詰めたぞ」

「はぁはぁ…あれ? 何でエレブーが君の後ろに隠れているのですか?」

 

 息を整えた短パンの少年は、目の前のエレブーの様子に疑問を零す。

 彼が口にした内容に反応した理科系っぽい男は、俯かせた顔を上げると同時に眼鏡は鈍い光を放った。二人の様子から見て少年の方はまだマシな雰囲気だが、眼鏡を掛けた男の方は悪い予感がしてならなかった。

 

「えっと…あの、何が何だかさっぱりなのですが」

「まさかお前もエレブーを狙っている奴なのか?」

 

 誤魔化すつもりではないが、ちょっと濁った口調で時間を稼ごうと試みるも理科系の男は直球で詰め寄って来る。

 あれだけエレブーの捕獲に力を入れていたのだ。変なことを口にしたら面倒なことになると直感し、目線でヒラタ博士に助けを求めるが、博士の方は状況がよくわかっていない様子だった。

 

「いや自分は別にエレブーを――」

 

 「捕まえる気は無い」と伝えようとしたが、直後だった。

 ボンッ! と何かが破裂した様な音と共に彼の体を抑えられている固定感が消えた。

 後ろを振り返ると、さっきまで背中に隠れていたエレブーが何故か姿を消していた。

 

「――は?」

 

 訳の分からない事態に、状況がよく呑み込めなかった。

 一体エレブーはどこに消えてしまったのか疑問が浮かぶが、それは目の前にいるエレブーを追い掛けていた二人も同じだった。

 

「あれ? どうして?」

「な、なんでエレブーが消え…まさか!」

 

 頭の中に浮かんだ可能性に、眼鏡を掛けた男は今にも胸倉に掴み掛りそうな怒気を漂わせ、怒りの対象となったアキラは慌てた。

 一体何で消えてしまっただけなのに、怒りを向けられなければならないのか。

 理不尽だと思うが、足元に当たったものに視線を向けた瞬間、彼の顔は青ざめた。

 

 足元に転がっていたモンスターボールの赤いガラス越しに見える姿、腰に手を伸ばしてみてわかる一個分の空きがあること、全てを理解した彼は気まずさの余り黙り込んでしまうのだった。




アキラ、手持ちにニックネームを付ける。そしてまさかのエレブーが自分から捕まる。

今話からアキラの手持ちにニックネームが付きます。
ニックネームの法則は「捕獲時の種族名の一部+ット」です。
ピカチュウを連れるトレーナーは多いけど、エレブーを手持ちにしているトレーナーって二次創作に限らずゲームでも少ない気がします。

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