SPECIALな冒険記   作:冴龍

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成長の証明

 突然自分達に起こった事態が、アキラにはまるで理解出来なかった。

 何故カイリュー達が――彼らが急にモンスターボールに戻ってしまったのか。

 急いで腰に付けているボール越しに彼らの姿を見るが、彼らも何故戻ってしまったのかわかっていない様子だった。

 

「今がチャンスだ!!! 一気に畳み掛けろ!!」

 

 戸惑うアキラではあったが、理解する時間は無かった。

 彼が幹部格と見た女性――シャムが声を張り上げると、今度は逆にロケット団達が雄叫びを上げてポケモン達と大挙して押し寄せて来た。

 すぐにアキラはもう一度手持ちを召喚しようとするが、幾ら開閉スイッチを押しても彼らが出る気配は無かった。

 中にいるカイリュー達も内側からボールを殴ったり、蹴ったりしているので出る意思はあるのだがそれにも関わらずだ。

 

「クソ!」

 

 故障なのか、一時的なものなのか、それともロケット団が何かしらの妨害を行っているのか。いずれにせよ原因は定かではないが、アキラは一転して圧倒的不利な状況に追いやられたことを嫌でも理解した。

 キュウコンやデルビルなどのほのおタイプが”ひのこ”らしき火球を次々と撃ち出し、スリープが目に見えないが”ねんりき”と思われる技を放つ動きを見せる。

 ポケモンを出していないトレーナーでも容赦なく狙うロケット団の戦略にアキラは舌打ちをするが、目の前にいる敵の動きを強く意識した瞬間、彼の視界に映る世界の動きがゆっくり見える様になった。

 

 この独特の感覚は、この世界にやって来てから度々アキラが経験してきたものだ。

 四天王との戦い後は動体視力や観察眼が大幅に向上すると言った一部の感覚は残ったが、それでも今みたいな視界に映る光景と体感的に周りが遅く感じられる感覚だけは、どれだけ意識しても引き出せなかった。

 久し振りに体感出来る様になったということは、今の自分が絶体絶命の危機であることを体が認識しているからなのだろう。

 相変わらず走馬燈みたいな嬉しく無い状況で発揮される感覚だが、アキラは気にすることなく今回も余すことなく目の感覚を活かし切るつもりだった。

 

 すぐさま彼は、視界も含めてまるで自分だけが別の時間軸にいる様な錯覚を覚える感覚を活かして、飛んでくる敵の攻撃の軌道を見切ると同時に素早く体を横に跳ばして回避する。

 今の感覚が使えなくても避けられないものでは無かったが、ロケット団の攻撃はまだ続いた。

 

 鋭い風が頬を撫でた瞬間、何時の間にか横に回り込んでいたとびさそりポケモンのグライガーが、両腕の鋏の様な鋭い爪を振るってアキラに襲い掛かって来たのだ。

 まともに受ければ大怪我を負ってもおかしくない攻撃を、アキラは常人離れした反射神経で飛び退けるとすぐさま鋭敏化した目でグライガーの姿を視界に収める。

 目を通じて得られるあらゆる情報から、彼はグライガーの次の動きを瞬時に見抜いていき、次々と仕掛けられる攻撃を避けていく。

 

 シジマの元で体を鍛えて来たお陰で、ある程度まで必要以上に力を入れてもアキラの体は耐えられる様にはなったが、それでもハードな動きや負荷を与え続けたら流石に耐え切れない。

 現に今も彼は自らの意思で制限を掛けつつも、避けれるギリギリの段階まで身体能力を引き出すことを意識しているが、流石に長時間は保たない。

 避けながらどう乗り切ろうかと考えていた時、ガラガラとカラカラが手にしたホネを投擲する”ホネブーメラン”を放ってくるのが視界の片隅で見えた。

 

 並の人間を遥かに凌駕する身体能力と動体視力、そして周囲の動きが遅く感じられる感覚を活かすことで、得られた情報を素早く頭で処理したアキラは、あるタイミングでグライガー目掛けて飛び込む様に動く。

 グライガーは何の躊躇いも無く斬撃を繰り出してきたが、その軌道もアキラはどう動くかわかっていたので難なく躱す。

 飛び込ませた体を地面で前転させることで横を通り過ぎた彼をグライガーは追い掛けようとするが、飛んで来た”ホネブーメラン”のホネがグライガーに命中して、とびさそりポケモンは地面に落下する。

 

「やった!」

 

 同士討ち作戦が上手く行ったことにアキラは喜ぶが、彼に襲い掛かる脅威は他にもあった。

 

「くたばれ!!」

「!」

 

 今度はロケット団の団員が何人もアキラを取り押さえようとしたり、殴り掛かって来たのだ。

 自分の対処はポケモン任せと思っていたので油断していたが、極限まで研ぎ澄まされた反射神経で彼は伸ばされた無数の手を難なく避ける。

 それから流れる様に突き出された腕を掴んで足払いをすることで団員の体を宙に浮かせると、勢いを利用してアキラは殴り掛かった団員を他の団員目掛けて投げ飛ばした。

 

 さっき同士討ちをさせた様に、練習でも戯れでも無い状況下で自らの手でポケモンを攻撃することには躊躇いがあるのであまりやりたくない。だけど相手が同じ人間なら、アキラは一切手加減も躊躇はしない。

 故に今の彼にとって、ポケモンよりも人間の方が対応することは容易だ。

 身を守る為とはいえ、シジマから教わった技や技術をこんなことに使ったのを知られたら怒られそうな気はしたが、今は非常時だから使えるものは全て使うと意識を改める。

 

「こいつ意外と油断ならねえぞ。気を付けろ!」

「くそ、ポケモンが使えなければ後は楽勝だと思ったんだけどな」

 

 思っていた以上にアキラがしぶといのが意外だったのか、彼に投げ飛ばされた団員を含めた何名かが警戒を強める。

 けどアキラには、たった数名の団員の動向のみを気にしている余裕は無かった。気が付けば、先程の攻防の間に攻撃に参加しなかった団員とその手持ちが退路を断つ様に背後にも回り込んでおり、彼の逃げ道は完全に断たれていた。

 

 この状況を乗り切るには、一匹でも良いから手持ちをモンスターボールから出すことが確実だ。

 今は何故か正規の手段で出すことが出来ない状態だが、こんなこともあろうかとモンスターボールの開閉スイッチが正常に機能しなくても、強引にこじ開けて中のポケモンを出す非常時に使える開閉方法をアキラは知っている。

 だけどその手段を使うには、何とかしてロケット団から距離を置き、落ち着いてそれが行える状況にしなければ話は始まらない。

 

「どうした? 自慢の手持ちが使えないのがそんなに辛いのか?」

「カントー地方では油断したけど、お前らのヒーローごっこもここまでだ」

「ちょっと強いポケモンを連れているからって調子に乗りやがって、今更後悔しても遅いからな」

 

 自分達が圧倒的に有利な状況だからなのか、団員達はアキラに野次を飛ばしてくる。

 わかっていたつもりではあったが、どれだけ強いトレーナーと周りから称されても手持ちポケモンの力が借りることが出来なければトレーナーは脆いものだ。

 この状況だってカイリュー達がボールから出ていれば簡単に返り討ちに出来るが、今は彼らの力を借りることは出来ない。

 だけど、彼らの力が借りられないからと言って、何も出来ない訳では無い。

 

 出来ることが大きく減っただけだ。

 今の自分でもやれることは十分にある。このまま大人しくやられるつもりはアキラには無い。

 

 この一年、何の為にシジマの元に弟子入りして鍛錬を重ねて来たのか。

 

 一番の目的は自分の体を激しい戦いを繰り広げる手持ち達に付いて行ける様に鍛えたり、度の過ぎた力を発揮しても体を痛めない様にすることだ。

 けど優先度は低いのと想定していたのと少し違うが、手持ちに頼ることが出来ない状況を自力で乗り切れる様にするなどの自分だけでも出来ることを増やすことも目的にはあった。

 大きく息を吸い、吐きながらアキラは気持ちを落ち着けると同時に改めて全身のあらゆる感覚を研ぎ澄ませる。そして周囲を警戒しつつ、彼はさり気なく腰に付けたモンスターボールの一つを手に取った。

 もう一度開閉スイッチが機能していないから出せないのか確かめるつもりだったが、それを見た幹部格の男――アキラは知らないがカーツが叫んだ。

 

「奴にポケモンを出す暇を与えるな!!」

 

 その鬼気迫る声にアキラはきょとんとしたが、すぐに表情を引き締めた。

 もしかしたら反撃の切っ掛けを得られたかもしれない。

 そんな考えが脳裏を過ぎったが、指揮が良いのか声を上げてからすぐに取り囲んでいた団員達のポケモンが一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 火球に念の衝撃波、斬撃に投石、あらゆる攻撃が360度全方位からアキラに襲い掛かる。

 普通に受ければ重傷どころでは無いのやトレーナーを直接狙うなど許される事では無いが、ロケット団はそんなルールやモラルは気にしないし、そもそも勝手に戦いに首を突っ込んでいるアキラとしても腹は立つが文句を言うつもりは無い。

 

 一見すると打つ手がない様に見えなくも無いが、放たれる技の速度や系統が異なるからなのか、目を凝らせば避ける余地のある隙間がアキラの目には見えた。

 その隙間は、一歩間違えれば自分から相手の攻撃に当たりに行く様なものではあったが、何もせずに立っているよりはマシだ。

 アキラは持てる身体能力全てを活用して、比較的回避しやすい隙間があると判断した方角へと体を動かし、飛んでくる攻撃を多少掠りながらも体を捻らせたりして躱す。

 

「何だって!?」

 

 まさかほぼ無傷で乗り切られるとは思っていなかったのか、包囲していた多くの団員達は驚きを露わにする。

 これで少しは動きが鈍ってくれれば、その僅かな隙にモンスターボールの開閉を試みることが出来たが、それは叶わなかった。

 避ける際に体を飛び込ませたことでアキラと囲んでいる団員の一部との距離が目と鼻の先にまで縮まったことで、またしても彼を取り押さえようと動いたのだ。

 

 アキラはロケット団の手から逃れようとするが、その腕を掴まれてしまう。

 これで奴の動きを封じたと腕を掴んだ団員が考えた次の瞬間だった。

 

「ごふっ!?」

 

 突如として顎に強烈な衝撃が走り、団員の意識は飛び掛けた。

 アキラが即座に放った膝蹴りが団員の顎をかち上げる様に叩き込まれたのだ。

 周囲が状況を理解する間もなく、すぐにアキラは自らの体を軸に荒々しい雄叫びを上げながら力が抜けた団員の体を、掴んだ腕からまるでハンマー投げの様に激しく振り回す。

 その勢いは凄まじく、同じく彼を取り押さえようとした団員達も振り回される団員の体に巻き込まれる形で薙ぎ払われていく。

 

 自分達が相手しているのは人間の少年の筈

 

 先程のポケモンの攻撃を全て避け切った時と相俟って、あまりに異様な光景にロケット団だけでなくポケモン達も動きを止めてしまうが、最後にアキラは振り回した団員を力の限り勢い良く投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた団員がアキラを包囲している他の団員を巻き込んで倒れるが、それを見届けずに彼は投げ飛ばした方角へ駆け出した。

 

「何をしている! 包囲網の穴を塞げ!! 奴を止めるんだ!」

 

 動きが止まっている団員達に幹部からの喝が入り、すぐにロケット団は動く。

 アキラの背後を取っているポケモン達は再び攻撃を放ち、彼が走る先に出来た包囲網の穴を他の団員やその手持ちが立ち塞がる形で埋める。

 だが、それでもアキラは足を止めなかった。

 

「退けえええ!!!」

 

 吠える様にアキラが怒鳴ると、さっきまで暴れていた彼の姿を思い出したのか、ロケット団とポケモン達はその威圧感に気圧される。

 アキラは固まるロケット団のポケモン達をジャンプして跳び越えると、後ろにいた団員の一人の両肩を鷲掴みにする。

 押し倒すのかと思いきや、飛び付いた勢いのまま彼は両肩を掴んだ団員を基点にまるで体操選手の様に体をバネの様に跳ね上げさせて、囲んでいた団員達の頭上を跳び越したのだ。

 

 あまりに常人離れした身体能力と予想外過ぎる展開の連続を目の当たりにしたからなのか、包囲をしていたロケット団は一体何が起こったのか理解出来ていなかった。

 そして宙を舞っていたアキラは、バランスを取る様に体を何回も宙で前転させてから包囲網の外に体を屈めた姿勢で着地をする。

 そのタイミングに動こうとした団員もいたが、その直後にアキラを狙っていた筈の攻撃が彼らを襲い、それどころでは無くなった。

 

 味方からの予期せぬ攻撃を受けてパニックになるロケット団を余所に、アキラは立ち上がりながら頭に被っている青い帽子のズレを直しながら額に浮かんだ汗を拭う。

 本当はそんなことをやっている余裕は無い筈なのだが、何故か彼の表情は嬉しそうだった。

 

 昔の自分なら、恐らくあの包囲網を自力で突破することは出来なかった。自分でもわかるくらい、連れているポケモン達だけで無く自分自身も強くなれたことをこれ以上無く実感出来たことが彼にとって嬉しかったのだ。

 

「今度は、お前達が強くなったことを見せ付ける番だ」

 

 高揚とする気持ちを抑えながら、アキラはモンスターボールの一つを手にする。

 アキラが自身の成長を強く実感していたのと同じ時、手にしたボールの中にいた彼も似た様なことを考えていた。

 昔は力が無かったから何も出来ず、逃げ回ることしか出来なかった。だけど、たった今アキラが見せた様に今の自分は、もう抵抗するのが限界だったあの頃とは違う。

 

 あの頃なら想像が出来ないくらい、強くなれたのだから

 

 中にいる()()が呼び掛けに応える様に決意の眼差しをこちらに向けて頷いたのを見て、アキラは開閉スイッチを押しながら腕を掲げて叫んだ。

 

「”じわれ”だ!!!」

 

 その瞬間、開かなかったモンスターボールが開き、中からねずみポケモンのサンドパンが再び姿を現す。

 飛び出したサンドパンは体を激しく横に回転させながら勢いを付け、両爪を地面に突き刺して渾身の”じわれ”を放つ。その威力は普段の一直線の地割れを起こすレベルでは無く、彼らの視線の先に広がる地面を砕き、無数の地割れを起こす程のものだった。

 

 大きな揺れと地響きが轟き、足場が大きく崩れたり揺れるなどで多くのロケット団が怯み、多くの団員達のポケモンが地割れへと落ちていく。

 アキラも予想以上の破壊力を発揮した”じわれ”が引き起こす揺れでバランスを崩していたが、すぐに手に取った他のモンスターボールからカイリューとゲンガーを召喚した。

 

「ヘルガーとペルシアンを潰せ!!!」

 

 飛び出したカイリューはゲンガーを背に乗せると、”こうそくいどう”の瞬発力で踏み締めた地面を砕く程の力でロケットスタートを切った。

 ”じわれ”で滅茶苦茶に砕けた地面をスレスレで飛ぶ超低空飛行で、目の前を遮ったり邪魔するロケット団を衝撃波で吹き飛ばしたり、ポケモン達を跳ね飛ばしながら、一直線の最短ルートで離れたところにいる男女の幹部格と共にいるヘルガーとペルシアンの集団へ突貫する。

 さっきまで何故自分達の意思に反してボールに戻ってしまったのか訳が分からなかったが、今ならわかる。

 

 こいつらが原因だ。

 

 奴らが大きな声で吠えた瞬間、自分達の体は意思に反してその場から退いてしまった。

 どういう小細工を使ったのかは知らないが、ただ吠えられただけで退いてしまうなど冗談では無かった。

 今度は声を発する余裕すら与えるつもりは無かった。アキラが強くなったことを自分達に見せた様に、自分達も強くなったことを証明する。

 そして真っ直ぐ突貫するカイリューが今正に、幹部格が連れるヘルガーとペルシアンの集団に一撃を振り下ろそうとした瞬間、突然目の前をようがんポケモンのマグカルゴとおうじゃポケモンのヤドキングが放った水と炎が壁の様に目の前を遮った。

 

 強引に突破しても良かったが、その威力に思わずカイリューは急ブレーキを掛けると同時に地響きを起こしながら地に両足を付ける。

 それからカイリューは”りゅうのいかり”、飛び降りたゲンガーは”ナイトヘッド”にそれぞれ攻撃を切り替えようとするが、突如として体が硬直して動かなくなってしまった。

 

「ヘルガーとペルシアンを真っ先に潰しに来るとは、やはり戦いたくない相手だな」

「だが、簡単にはやらせない」

 

 カーツは冷や汗を掻いていたが、シャムはあまり不安を抱いていない様子だった。

 彼らの周りでは、既に何匹ものヘルガーとペルシアンは唸る様な低い声を発していた。

 その声が原因であることは二匹には明白だったが、何故か戦いたい意思に反して体が動かない。

 麻痺している訳では無いのに、体がそれに近いが経験したことが無い状態になっていることにカイリューとゲンガーの苛立ちが増す。

 

 そんな二匹から片時も目を離さず、カーツはアキラの動きに意識を向ける。

 他の手持ちも繰り出したのか、カーツとシャムが今回の作戦の為に連れて来た下っ端の団員達をアキラ達は圧倒していた。

 その光景から、仮に包囲出来たとしても結局は実力差で圧倒されると言う彼の嫌な予想は当たってしまっていた。

 だけど、今この場で目の前の二匹を倒せれば、まだ流れを変えられる可能性はある。

 

 今カイリューとゲンガーの動きを封じているのと、先程彼らを強制的にモンスターボールに戻したのは、どれも同じ”ほえる”と呼ばれる技によるものだ。

 一般的に”ほえる”は、大きな声で吠えることで相手に恐怖心を抱かせて追い払ったり、無理矢理モンスターボールに戻す効果があるとされている。

 しかし、通常の”ほえる”では好戦的で実力に自信のある個体が多いとされるアキラの手持ちには効き目は薄い。

 にも関わらず効果を発揮しているのは、二人がこの技の性質や効果を熟知して巧みに使いこなしているからだ。

 

 ”ほえる”が有する効果の本質は、”相手の戦意を奪う”ことだ。

 どれだけ好戦的だろうと高い実力を誇っていようと意思が強固であろうと、生き物である限り恐怖心などの危険を察知して生存を優先する本能が存在する。

 二人が使う”ほえる”は、そういう本能的なものを巧みに刺激しているのだ。

 

 さっきアキラの手持ち全てをモンスターボールに戻した時に放った”ほえる”は、一般的に知られている効果を更に強めて、彼らの意思に関係無く”逃げなくてはならない”と体に強く錯覚させたものだ。

 そして今目の前の二匹の動きを封じている”ほえる”では、無意識の内に戦意を削ることでその影響を強く受けやすい体が意思に反して戦うことを拒否するので、まるで金縛りにあったかの様に動きを封じることが出来る。

 

 この”ほえる”の応用は、仮面の男が得意とする戦法の一つであり、直々に教わった二人にとっても基本戦術であり十八番だ。

 

 本当ならもう一度先程の様に”ほえる”で無理矢理モンスターボールに戻してしまいたいが、距離が離れているのと下手に範囲を広げると他の団員にも影響が出てしまう為、まずは戦力的に最も厄介である目の前の二匹の動きを封じ込めて確実に仕留めることにした。

 マグカルゴとヤドキング、一部の吠えていないヘルガーとペルシアンは動けない二匹を一撃で仕留めるべく最大限の技をぶつけようとする。

 

 その直後だった。

 吠えていたヘルガーとペルシアンに次々と星型と先が鋭く尖った光弾が命中したのだ。

 

「!?」

 

 シャムとカーツは驚くが、すぐに光弾が飛んで来た方角へと目を向ける。

 その先には、なんとサンドパンが襲って来る団員達のポケモンの攻撃を躱しながら、まるで拳銃を構えるかの様に両手の爪をこちら向けていたのだ。

 

「嘘だろ…」

 

 思わずカーツは言葉を漏らす。

 確かにアキラが連れているサンドパンは、一般的なサンドパンの能力や長所に加えて”どくばり”に”スピードスター”などの飛び技を得意としていることは事前に得た情報でわかっている。

 だけど幾ら何でも距離的に離れているだけでなく、落ち着いて攻撃出来る状況でも無いにも関わらず、まるで狙撃手の様な正確さで当ててくるなど予想していなかったどころではなく信じられなかった。

 しかし、唖然としている余裕は無かった。何故なら”ほえる”が途切れてしまったことで、カイリューとゲンガーの動きを封じれなくなってしまったからだ。

 

「ッ! すぐに仕掛けろ!!」

 

 奴らを自由にさせたら終わり

 そのことはカーツだけでなくシャムも理解していたので、彼女はポケモン達に攻撃を急がせる。

 マグカルゴとヤドキングなどの彼らのポケモンは、慌てて準備していた攻撃を放とうとするが、目の前に立っているカイリューの様子が変わった。

 

 全身から黄緑色のオーラ――”げきりん”を燃え上がる業火を彷彿させる勢いで放ちながら纏うと、地面が砕ける程の力で踏み締めながら怒りの雄叫びを上げたのだ。

 声の大きさだけでなく、その姿と威圧感に鍛え上げられた彼らのポケモン達は気圧され、まるでさっきまで自分達が二匹仕掛けていた”ほえる”を受けたかの様に体が硬直してしまう。

 それは彼らのトレーナーであるカーツとシャムも同じであった。

 

 そして、その体が硬直した僅かな時間が彼らの命取りとなった。

 

 大振り、それも腕にあらん限りの力と”げきりん”のエネルギーを纏った右ストレートがマグカルゴに叩き込まれ、ようがんポケモンは何匹かのヘルガーを巻き込んで吹き飛ぶ。

 一喝されて怯むだけでなく、たったの一撃で何匹も蹴散らされたことにヤドキングは動揺するが、視線が殴り飛ばされたマグカルゴに向けられている間に何時の間にか近付いたゲンガーがその肩に触れてきた。

 気付いた瞬間、触れられた手から強烈な”10まんボルト”の電撃が放出され、苦手なでんきタイプの技をまともに受けてしまったヤドキングは全身から煙を上げながらフラつく。

 その姿にゲンガーは心底つまらなさそうな目を向ける。

 

 幾ら彼らにとって信じられないことが起こっているとしても、これが自分のライバルである同種だったら、受けた電撃を耐えるどころか逆に利用してきただろう。

 まあ、それ以前にそもそもこんなに簡単に動揺して無防備な姿を晒すのは勿論、それでも肩に触れさせることすら許さないだろう。

 見たことも無い技、或いは技術で翻弄されたが、それが使えなければ後は如何にでもなるレベルの相手だ。

 それからゲンガーは右手に影とゴーストタイプのエネルギーを球状に収束させ、自分達を手間取らせた怒りと共に”シャドーボール”をヤドキングの頭に叩き付ける様にぶつけ、おうじゃポケモンは地面が割れる程の勢いで顔から地面に打ち付けられるのだった。

 

 

 

 

 

 カイリューとゲンガーは本領を発揮していた頃、アキラは全ての手持ちを繰り出して、自分達を取り囲むロケット団を相手取っていた。

 数ではロケット団の方が圧倒的に勝っている筈なのだが、現実は数の差も全く物ともしないアキラのポケモン達が蹂躙していた。

 揶揄でも何でもなく、技だけでなく彼らがパンチやキックを繰り出したり、手にした武器を振るう度に、攻撃を受けたポケモンの体は吹き飛んだり宙を舞うのだ。

 

 だが当然、このままやられるのを良しとしない団員もいる。

 

「くたばれこのガキッ!!!」

 

 腕を振りかざしたロケット団の一人が、激しい乱戦の隙を見て背後からアキラに襲い掛かる。

 だが彼は振り返ることなく肘を団員の顔面に叩き込み、相手が怯んでいる間に振り返ると同時に鋭い回し蹴りを放つと、体を横にくの字に曲げた団員をそのまま蹴り飛ばした。

 さっきから何名もの団員が一発逆転を狙ってトレーナーであるアキラをポケモンの技で狙ったり、自力で襲い掛かったりしていたが、どれもアッサリ避けられるか今の様に呆気なく返り討ちに遭っていた。

 

 連れているポケモンだけでなく、トレーナー本人も子どもにも関わらず大人でも歯が立たないくらい強いなど、敵対するロケット団にとっては悪い冗談を通り越して悪夢の様なものだった。

 しかし当のアキラは、頻繁に肩や腕を解しつつ体の調子を気にするなど、少し疲れた様子を見せていた。

 エレブーやサナギラスなどが自分の周囲を固めてくれてはいるが、それでも敵の数は多いのでどうしても彼らでは防ぎ切れないこともある。その防ぎ切れないのが、ポケモンの技だったり、さっきの様に特攻を仕掛けて来るロケット団の団員だ。

 ポケモンの技なら余程無理して避けなければ体に掛かる負荷は少ないが、団員が相手だと自力で素早く片付ける為、どうしても瞬間的でも体が耐え切れなくなる限界ギリギリの身体能力を発揮して対応せざるを得ない。

 その為、アキラは疲労感だけでなく度の過ぎた負荷を掛ける度に体の各部に走る痛みでジワジワ消耗していた。

 

 けど、そこまでやった甲斐があったのか、ポケモンを嗾けて狙う時はあっても挑んでくる団員の数や頻度は目に見えて減っていた。

 勿論、この超人染みた身体能力は単に自分の身を守るだけには活用していない。両眼を忙しなく動かし、彼は最大の武器である鋭敏化した目と動体視力で周囲の状況を確認すると、目に見える世界がゆっくりと感じられる感覚を活かして瞬時に把握する。

 最初の出鼻こそ挫かれたが、何とか流れは引き戻せた。手持ちの暴れっぷりを見る限りでは、特に指示を出さずに今のままでも良さそうだ。

 距離の問題でカイリューとゲンガーにまで目を向けられていなかったのでピンチに気付くのに遅れたが、あちらの方も様子を見る限りはもう大丈夫だと見ていた。

 

「このまま一気に勝負を決めるぞ。思う存分暴れろ」

 

 ロケット団がここまで団員を動員してきたのだ。

 目的は知らなくても何か重要なものなのが考えられる。さっさと片付けて、落ち着いてシジマに連絡を取りたい。

 

 

 

 

 

 予想以上の厄介さ――否、強さにカーツは悔しさに歯を噛み締める。

 最初の”ほえる”による手持ち封じの策は上手く行った。だが、それから先のアキラが見せた対応が完全に予想外だった。

 まさか自力で団員達とそのポケモン達による攻撃を、”ほえる”の効果が途切れるまで逃げ切るどころか包囲網を突破するとは思っていなかった。

 

 ポケモントレーナーは、自分も含めてその強さの大半は連れているポケモンが担っている。

 特に年齢的にまだ子どもであるアキラは、手持ちさえ封じれば後は下っ端達でも如何にか出来ると思っていただけに、まさか大の大人でも全く歯が立たない程に強いのは想定外も良い所だ。

 

 背中の殻の一部が砕かれる程の大ダメージを受けて気絶しているマグカルゴをボールに戻した直後、カーツとシャムの足元にボロ雑巾同然にボコボコにされるだけでなく一部の爪や牙、角を折られたヘルガーとペルシアンが何匹か転がる。

 視線を前に向けると、腕を組んでふんぞり返るゲンガーに、その隣で顔だけでなく全身からも怒りを露わにしたカイリューが立っていた。

 ドラゴンポケモンの手には頭から鷲掴みされているヘルガー、足元にはシャムのヤドキングが踏み付けられていたが、どちらも意識が無いのか抵抗する気配は全く無い。それからカイリューは先に倒したヘルガーやペルシアン同様に、二匹を二人の足元にまで転がす勢いで蹴飛ばしたり投げ飛ばす。

 離れたところで戦っている仲間と同じ姿をした同種が相手でも二匹は全く容赦しなかった。

 

 二人は今まで培ってきた力の全てを駆使して本気で挑もうとしたが、一度暴れ始めた二匹の暴力的な強さは彼らの本領を発揮することすら許さず、瞬く間に手持ちを一蹴した。

 手持ちの大半は戦闘不能。用意した下っ端達残党勢力も壊滅を通り越して全滅するのも時間の問題だ。

 

 だけど、二人はこのまま逃げ帰るつもりは無い。

 まだ今回の任務の目的を果たしていないのだ。例えこの戦いに負けるとしても、任務だけは成し遂げるつもりだ。

 そしてその為の準備は既に整っている。

 

 目の前に立つ強大な二匹を見据え、意を決したカーツは特別なモンスターボールに収められた()()()()()()を開放した。

 

「いでよ! イノムー!!!」




アキラ、ピンチを乗り越えて逆転に成功するもロケット団が奥の手を出す。

もしも通常のボール開閉手段を封じられた時の対策は一応用意していましたが、実演する前に普通に乗り切りました。
作中でも描きましたが、アキラは相手が同じ人で且つそのつもりなら容赦はしません。
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