SPECIALな冒険記   作:冴龍

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業火の一撃

 ブーバーが力任せに振るった”ふといホネ”の一撃を顔面に受けて、スリープは他のポケモンや団員を巻き込みながら吹き飛ぶ。

 オニスズメやスピアーの空を飛べるポケモンやラッタの様に素早く動けるポケモンは、俊敏な動きで縦横無尽に地を駆けていくサンドパンが振るう爪の鋭い一閃や正確無比な射撃で次々とやられていく。

 一方的に暴れ続ける彼らの動きを少しでも止めるべく統率するトレーナーを狙おうとしても、攻撃の殆どはエレブーが”ひかりのかべ”や”リフレクター”に”まもる”を駆使して防ぎ、倒そうとしてもその豪腕で逆に返り討ちであった。

 そして今この瞬間にも、ヤドキングが起こした”うずしお”に何匹ものロケット団のポケモンが成す術も無く水の竜巻に巻き込まれる。

 

 他のサナギラスやカポエラー、ドーブルの三匹も、そこまで圧倒的では無いもののまるで歯が立たないくらい強く、数で勝っているとはいえ下っ端達には打つ手が無かった。

 最初にサンドパンが放った渾身の”じわれ”で足場は悪くなっていたが、それでもブーバーを始めとしたアキラのポケモン達の動きには支障は無かった。

 体を張って攻撃を防ぐ時があるエレブー以外には、ロケット団のポケモン達はまるでダメージらしいダメージを与えることが出来ず、成す術も無くやられていく。

 戦いが始まった時には百近くはいた筈のロケット団の手持ちは、今では半分以上が戦闘不能に追い込まれて全滅も時間の問題だ。

 

 そして彼らを率いるアキラは、バラバラではあるが自身の周りで持てる力を存分に振るう手持ちの動向に気を付けながら、必要とあれば何かしらのアドバイスを伝えることを心掛けていた。

 かつてはどれだけ最初は勢いに乗って圧倒出来ても、最終的には数の暴力で押されてきた自分達が、今では殆ど消耗するどころかペースも落とさずに戦えている。

 レベルが上がり、強力な技も使える様になったことも理由にあるが、何よりシジマの元に弟子入りしてから体を鍛える以外にも長時間戦える様に鍛えてきた成果が出ている。

 

 さっき手持ちを出せなかった時のアキラの動きも、シジマの元で体を適切な指導の下で鍛えることが出来たからこそ、加減しつつも体を壊すこと無く力を引き出せた。

 一年前、鋭敏化した目の感覚に振り回されたが故に陥ったスランプが、今の自分達が大きく飛躍する切っ掛けとなってくれた。

 

 手持ち全員が健在なのと今のペースを考えると、後数分もすればこの戦いは終わるだろう。

 全てのポケモンを戦闘不能にする形で無力化出来たら、これだけの数の団員達をどうやって同じ場所に留めておくことが出来るのかと考え始めた時、アキラは空気が冷たくなるのを感じた。

 五感と意識をその方向に向けると、遠くから放たれた大粒の雪交じりの暴風がカイリューとゲンガーが戦っていた方角から押し寄せて来ていたのだ。

 それがポケモンの技による”ふぶき”だと直感した直後、アキラの脳裏に仮面で素顔を隠した男――ヤナギの姿が過ぎった。

 

「全員可能な限り全力で身を守れ!!!」

 

 全員バラバラに戦っていたが、アキラの切羽詰まった荒げた声にすぐさま動いた。

 エレブー達はアキラと何匹かの仲間達の前に立ち、”まもる”による青く輝く光の壁を張って”ふぶき”から自身と仲間達の身を守り、ブーバーもカポエラーを後ろに下げて全身から炎を強めで溢れさせて”ふぶき”に対抗する。

 唐突に襲って来た猛烈な吹雪が、アキラ達が戦っていた周辺に激しく吹き荒れる。木々は枝を揺らしながら冷気で凍り付いていき、さっきまでアキラ達が戦っていた団員達の多くは巻き込まれて吹き飛んでいく。

 どうやら敵味方構わず放った攻撃らしかったが、結果的にアキラ達は無傷だったので味方の数を減らす悪手で終わった。

 しかし視線を少し上に向けると、さっきまで幹部格と見られる男女と戦っていた筈のカイリューが吹き飛ばされる形で宙を舞っているのが目に入った。

 

 今のカイリューにとって、こおりタイプの技はタイプ相性で考えると最も警戒すべき攻撃だ。

 それをまともに受けてしまった可能性がアキラの脳裏を過ぎったが、カイリューは空中で体を一回転させてバランスを整えると、体を後ろに滑らせながらアキラのすぐ近くに着地した。

 

「リュット、大丈夫か?」

 

 アキラの問い掛けに悔しそうに歯を食い縛りながらカイリューは頷く。

 ダメージは受けている様だが、さっき見た”ふぶき”の威力や規模を考えると意外と深刻では無かった。

 カイリューは”まもる”を覚えていないが、数秒だけなら物理的な防御が機能してくれる”しんぴのまもり”が使えるので、直前に使ったことで受けるダメージを減らしたのだろう。

 

「あれ? そういえばスットは…」

 

 一緒に戦っていた筈のゲンガーの姿がどこにも見られなかったが、良く見るとゲンガーはドラゴンポケモンの背中に貼り付く様にしがみ付いていた。

 カイリューは隠れる様に背にいるゲンガーを引き剥がそうとするが、手が伸びる前にシャドーポケモンは風の様にカイリューから離れる。

 どうやらゲンガーは、咄嗟にカイリューの背後に隠れることで直撃を防いだらしい。そしてドラゴンポケモンは、ある意味盾代わりにされたことに腹を立てている様でもあった。

 

「待て待て、喧嘩している場合じゃないぞ」

 

 アキラはカイリューとゲンガーの間に割って入るが、地響きと大きな揺れを絶え間なく起こしながら何かが彼らに迫ってきた。

 

 それは全身が分厚い毛に覆われたポケモンだった。

 しかも今この場で戦っていた中で一番大きいカイリューさえも、一回り以上も上回る巨大なポケモンだった。

 

 その姿にアキラはどこか見覚えを感じてはいたが、この世界に来てから初めて見るポケモンであるのと、過去に()()()()()()()()()()()()()()()()ことが重なりその巨体を目にした瞬間、警戒を最大限に高めた。

 

「あれはカーツ様とシャム様が今回の任務用に用意した()()()()()()じゃねえか!」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 巨大ポケモンが何なのか知っているらしいロケット団の団員達は、我先に逃げるまではいかなくても次々と自分達から離れていく。

 そしてアキラは、団員達の言葉から巨大なポケモンがイノムーというポケモンなのを思い出す。

 

 名前さえ思い出せば、詳細な能力についてはわからなくてもどういうタイプのポケモンかはある程度わかる。

 イノムー、実際に見たことは無いがこの世界ではヤナギが連れている化け物染みた強さを誇るデリバードと並ぶウリムーの進化形のポケモン。タイプはこおり・じめんの二タイプ。

 どういう能力が優れているのかは殆ど記憶には無かったが、それよりもイノムーという種はカイリューよりも巨大だったのかがアキラは気になった。

 しかし、呑気にイノムーの能力分析を行っている暇は無かった。

 

 巨大イノムーは割れる様に砕けた足場の悪さを全く気にすることなく突進しながら、分厚い毛の下に隠れている口から先程吹き荒れたのと同じと思われる強烈な”ふぶき”を放ってきたのだ。

 体が巨大だからこそ秘めている力の大きさを感じさせる程の威力ではあったが、エレブーは落ち着いて特殊攻撃を防ぐと同時に受けるダメージを軽減する”ひかりのかべ”、カイリューは短時間だけ攻撃から身を守ると同時に状態異常を防ぐ”しんぴのまもり”、そしてサナギラスを含めた何匹かの”まもる”とその”ものまね”による性質の異なる三重の壁で、アキラ達は吹き荒れる猛吹雪を完全に防ぐ。

 そして”ふぶき”が途切れたタイミングに、左右それぞれにゲンガーとヤドキングらが飛び出して、”シャドーボール”や”みずでっぽう”などの飛び技で巨大イノムーを攻撃、その威力で少し後退させる。

 

 ここまでの攻防でアキラは、目の前の巨大イノムーは今まで戦った巨大ポケモンと比較すると、手に負えないくらい強いと言う訳では無さそうだと判断する。

 確かに攻撃を防いだ自分達の周り以外は、地面どころか草木が凍り付いていることから”ふぶき”の威力が窺える。

 だけど、軽い牽制も兼ねた攻撃を連続で受けたとはいえ耐えるのではなく後退するのなら、思っているよりは倒しやすいかもしれない。

 

 普通なら有り得ないことだが、アキラ達は巨大なポケモンと戦う事には慣れている。

 守りに徹していた面々も、巨大なイノムーが今まで経験した”巨大戦”とも言える戦いと比べたらそれ程では無いと見たのか攻勢に出ようとする。

 ところがイノムーの動向に目を凝らしていたアキラは、目の前の巨大ポケモンが何をしようとしているのかに気付き、声を張り上げた。

 

「全員一旦空へ逃げろ!!!」

 

 それと同時に、巨大イノムーはその巨体を跳ね上がらせる様に宙に浮かせると、重々しく体を叩き付ける様に地面を踏み締めた。

 その直後、尋常では無い大きな揺れと衝撃波が瞬く間に周囲に広がった。カイリューの傍にいたアキラを始めとした面々は空を飛べるドラゴンポケモンの体にしがみ付いたり、持ち前の身体能力で大きくジャンプ、或いは技の反動や力で体を宙へと浮かせて空へ退避する。

 アキラが声を上げたことで、彼らは巨大イノムーが仕掛けた”じしん”と思われる攻撃から免れることは出来たが、飛び上がったアキラ達の眼下では目を疑うことが起き始めていた。

 

 強烈なエネルギーが地中深くまで広がっているのか、木々の一部が根から倒れるだけでなくまるで地面が液状化でもしたのか沈み込んでいく様に沈下していくのだ。

 その影響は少し離れたところに建っていた”スズの塔”にまで及び、建物が一階部分から地面にめり込んでいく様に沈んでいく。

 確かに目から見えた巨大イノムーの動きから、強力な攻撃が繰り出されることは予期していたが、これ程までの力を発揮するとは思っていなかった。

 

「さっきの”じわれ”を利用されたか…」

 

 けど、冷静に考えれば僅かな時間しか溜めが無かったのにここまで威力を出せる筈が無い。

 何かしらの要因を利用してここまでの威力を発揮したと考えるなら、それは反撃の狼煙を上げる切っ掛けとなったサンドパンの”じわれ”だ。あの時サンドパンが放ったじめんタイプ最強の技は、普段よりも大きな力を引き出していた。

 たった今巨大イノムーが放った“じしん”も相当な威力だが、ここまで影響が今戦っている場を中心に広まってしまったのは、先程の”じわれ”によってこの辺りの地盤が脆くなってしまったことは否定出来ない。

 今の攻撃による被害や影響がどこまで広まっているかは知らないが、早めにイノムーを倒さなければ”じわれ”の影響が無くても、もっと大きな被害が出るだろう。

 

 すぐにでも巨大イノムーを倒すことを決意し、宙を舞っていた手持ち達と一緒に着地した時、アキラはある事に気付く。

 

 さっきまで居た幹部の二人はどこにいった?

 

 さっき団員達が口にしていたことを考えると、巨大イノムーを繰り出したのは奴らだと思われるが、少し離れたところにいた筈の幹部格の男女の姿がどこにもいない。

 それに周囲を見渡すと、まだ無事なロケット団やポケモン達がこの場から逃げる様に立ち去り始めており、誰も巨大イノムーに指示を出す様子も無い。

 それらが一体何を示すのか考えるまでも無かった。

 

「こいつは捨て駒か」

 

 あの巨大イノムーが暴れ始めるのが、彼らなりの退却の合図なのかもしれない。

 まさか、かなりの戦力である筈の巨大イノムーを捨て駒にこの場から退散するとは思っていなかった。

 単に幹部以外に巨大イノムーを制御出来るトレーナーがいなくて、味方さえも巻き込んで無差別に暴れる巨大ポケモンを回収出来なくなっただけかもしれないが。

 

 様々な考えがアキラの脳裏を過ぎっていくが、彼は普段以上に鋭敏化した視覚と時間の流れがゆっくり感じられる感覚を利用して周囲を見渡す。

 まだ逃げ遅れた団員はいるが、残っているのはブーバー達にやられたロケット団のポケモン達と巻き添えを食らって気絶したりしている団員達。立っているので戦う気があるのは、自分達と暴れている巨大イノムーくらいだ。

 

 そしてアキラの手持ち達は逃げるロケット団よりも、無秩序に暴れる巨大イノムーの方が脅威と判断したのか、カイリューもロケット団を余所にそちらを優先的に対応している。

 逃げる団員達も追撃したい気もするが、彼らの判断にはアキラも同意だ。

 

 アキラが危惧していたエンジュシティの町が大きな被害を受ける人為的な大災害、ロケット団の手によるものなのは覚えていたが具体的な原因まで思い出せなかったが、これでハッキリした。

 あの巨大イノムーが原因だ。

 今のところ被害は”スズの塔”と周辺の森だけではあるが、このまま奴を放置していたらどんどん被害は広がる。

 ならば、今すぐにでもイノムーを倒す必要がある。

 

「ヤドット、ブルット! ”うずしお”で奴の動きを封じるんだ。そして残った面々は動きを封じている間に最大火力で仕留めるんだ!」

 

 アキラが伝えた作戦を、戦っていた彼らはすぐに実行する。

 ヤドキングが両掌を胸の前に合わせて集中力を高め、ドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、巨大イノムーの体を包み込む程の大きな”うずしお”が発生する。

 それを見てカイリュー達も動こうとするが、水の竜巻は瞬く間に凍り付き、雪交じりの暴風が吹き荒れると共に砕けた。

 再び吹き荒れる強烈な”ふぶき”に、攻撃態勢だったカイリューやブーバーなどの手持ちは弾かれる様に吹き飛び、同じ場所に留まれたのはサナギラスとカポエラーに彼らを守るべく二匹の前で体を張って立っていたエレブーだけだった。

 

 ”うずしお”から抜け出した巨大イノムーは、まだ無事であるでんげきポケモンを見つけるや地響きを起こしながら突進する。

 対するエレブーは、後ろにいたサナギラスとカポエラーに逃げる様に声を上げながら身振り手振りで伝えると、彼は地面を強く踏み締めて体の奥底からも力を引き出すかの様に全身から電流を激しく迸らせながら雄叫びを上げた。

 何が何でもここから一歩も退かないというエレブーなりの宣言だ。

 

 普段なら間違いなく頼もしい姿だが、相手はカイリューよりも巨大な上に体重も恐らく通常のイノムーの数倍だ。

 あの巨体で体重の乗った突進を受けては、幾らエレブーがシジマの元で鍛えた体で覚悟を決めても完全に止めることは難しいだろう。

 そしてエレブー自身もそれをわかっているからこそ、止め切れなかった場合も考えてサナギラス達に逃げる様に伝えたのだ。

 あの巨大イノムーの勢いを削ぐには、生半可な攻撃では無理だ。吹き飛ばされたりしてバラバラになった手持ち達の位置をアキラは把握すると、最適な手持ちと技をすぐに決めた。

 

「リュット”はかいこうせん!! サンットは倒さなくても良いから”じわれ”!」

 

 アキラの声に、二匹はすぐに応える。

 カイリューが口から破壊的な光線を放つと、あっという間に光線は巨大イノムーに命中すると同時に爆発を起こす。

 その威力に巨大イノムーの動きは鈍るが、続けて横からサンドパンが仕掛けた”じわれ”の亀裂がいのししポケモンを襲う。

 

 そのまま亀裂に呑み込まれてしまえば後が楽にもなったのだが、残念なことに巨大イノムーは”じわれ”には呑み込まれなかった。

 しかし、”はかいこうせん”の直撃に”じわれ”で大きく足場を悪くされて、脅威に感じていた突進はその面影を殆ど失っていた。

 それを見たエレブーは防御に徹するのではなく攻撃に方針を変えたのか、右手を強く握り締めた拳に先程体の奥底から引き出したエネルギーを集めていく。

 

 激しく雷鳴の様な音を響かせ、電流を迸らせながらエネルギーが込められていくにつれて、でんげきポケモンの右拳の輝きは増していく。

 今エレブーが放とうとしている技は、シジマの元で鍛錬を重ねたことで覚えた技であったが、ここから一歩も退かないというエレブーの覚悟と引き出されたエネルギーが普段以上に集中しているからなのか、規模は一回り大きかった。

 そして、大きく腕を引いたエレブーは歯を食い縛りながら力強く地面を踏み締めた瞬間、アキラはその技名を叫んだ。

 

「”ばくれつパンチ”!!!」

 

 腰にも力を入れながら、エレブーは自らの腕を痛めるのを覚悟の上で渾身の一撃を巨大イノムーに叩き込む。

 ”ばくれるパンチ”は命中すると同時に込められたエネルギーが爆裂する技だが、膨大な量のエネルギーを込めたからなのか、さっき命中したカイリューの”はかいこうせん”を凌ぐ大爆発が巨大イノムーの顔に炸裂する。

 そして殴り付けられた衝撃と相まって、いのししポケモンの巨体は吹き飛ぶ。

 

 エレブーが放った”ばくれつパンチ”はかくとうタイプの技だ。こおりタイプである巨大イノムーには、相性は良い筈だがアキラは油断していなかった。

 どこでロケット団がこの巨大なイノムーを捕獲したのか、個体として巨大なのか、何か理由があって巨大なのか。知りたいことは山の様にあるが、今は後回しだ。

 殴り付けたエレブーが本来なら無い筈の反動ダメージか何かで右腕を抑え付けている辺り、如何にエレブーが力を込めてあの技を放ったのかがよくわかる。

 しかし、それだけの力とエネルギーで殴り付けたにも関わらず、巨大イノムーはその巨体通りタフなのか横に転がっていた体を起こすと何故か大きな寝息を立て始めた。

 

「回復を許すな!!!」

 

 巨大イノムーの行動をすぐに理解したアキラは大声を上げる。あれはイブキのキングドラやレッドのカビゴンが使う”ねむる”だ。

 エレブーが腕を痛める程の勢いと覚悟で殴り付けたのに、そのダメージを無かったことにされる訳にはいかない。

 カイリュー、ブーバー、そしてカポエラーの三匹がイノムーに跳び掛かるが、突如として耳を塞ぎたくなる程の衝撃波を伴った大爆音を受けてまたしても三匹は跳ね返された。

 

 すぐにアキラは、それが眠っている時に使える”いびき”と呼ばれる技だと察する。

 レッドのカビゴン、イブキのキングドラが”ねごと”との併用で苦戦させられた経験がある為、”ねむる”に関することはかなり調べて来た。

 文字通り大きないびきを放って相手を攻撃する技だが、ここまで規模が大きくて接近するのが困難になるとは思っていなかった。

 

 ならば特殊攻撃による集中攻撃と考えたが、果たしてそれで倒すのにどれだけ時間が掛かるのかという懸念が頭を過ぎった。

 最終的に倒せるかもしれないが、倒すまでの間に被害がこの”スズの塔”付近だけでなく町にも及ぶ可能性がある。

 巨大なポケモン絡みで良い記憶があまり無かったことも相俟って、眠っていることで近付かなければ動きが殆ど無い今の内に”ある作戦”で一気に決めることを彼は決断する。

 

「全員一旦戻って!! そしてバーットとリュット! アレを試すぞ」

 

 アキラの呼び掛けに、彼の手持ちポケモン達はすぐに彼の元に集結する。

 全員集まったことをアキラは確認するが、名指しで呼ばれたカイリューとブーバーの二匹は揃って「アレじゃわかんねぇよ」と言いたげな顔を彼に向けていた。

 言葉が足りなかったと彼は反省すると、すぐに改めて二匹に伝えた。

 

「皆で練習していたデカイ技だ。すぐに準備をしてくれ」

 

 そこまで伝えて、ようやく二匹と聞いていた他のアキラのポケモン達も自分達がすべきことを悟り、すぐに動いた。

 カイリューとブーバーが誰よりも前面に出ると、ブーバーは両腕を高々と掲げながら空を仰ぐ。

 そんな二匹のすぐ後ろでは、ドーブルがまるで祈っているかの様に両手を固く握り締め、そんな彼女をゲンガーとヤドキングが見守る。

 他の面々は、巨大イノムーがこちらの準備が整う前に目覚めて攻めて来ることを警戒して守りを固めていた。

 

 巨大イノムーはまだ回復に時間が掛かっているのか、未だに寝息を立てて動く気配は無い。

 アキラとしては目覚める前に決着を付けるつもりなので、今起きられると折角の準備が台無しになるので気は抜けない。

 

 望んでもいないのに時間の進みが、体感的に数秒が何分にもアキラは感じられた。

 時間が掛かることはわかっていたことだが、実戦特有の空気も相俟って少し焦り始めた時、彼はこの一帯の()()()が強くなったのを肌で感じ取った。

 同時に両手を合わせていたドーブルの体から薄らとオーラみたいなのが現れ、見守っていたゲンガーとヤドキングにも同じ現象が起こる。

 そしてドーブルの体から発せられるのと似たオーラを纏った二匹は、ブーバーとカイリューの肩や背中に自身の手を触れさせると、そのオーラはまるで彼らに託される様に移った。

 

 機は熟した。

 

「全員リュットとバーットから離れて!」

 

 大きな声でアキラが呼び掛けると、二匹に触れていたゲンガーとヤドキング含めた他に警戒していた手持ち達も二匹から少し離れる。

 ”げきりん”とは異なるオーラを纏ったカイリューは息を荒々しく吐きながら敵を睨み、同じくオーラを受け継いだブーバーも天を仰ぎながら両手を掲げることを止めて巨大イノムーを見据える。

 カイリューとブーバー以外に周囲には誰もいない。そして視線の先で寝ている巨大イノムーの周囲には、倒れているロケット団の団員を含めて誰もいない。

 二匹は胸が大きく膨らむ程の勢いで大量の息を吸い込む。――後は合図を出すのみ。

 

「特大の炎を浴びせてやれ!!!」

 

 アキラが大声で合図を出すと同時に、二匹は同時に体を屈める形で力強く踏み込むと、その口から”かえんほうしゃ”の炎を放った。

 しかし、二匹の口から放たれた炎は爆発的な勢いで広がり、瞬く間に目の前の視界全てを埋め尽くす程の巨大な炎の波と化した。

 

 アキラが手持ちと練習していた”デカイ技”、それは何時か戦うであろうヤナギが使う強力な”ふぶき”などの大規模な氷技に対抗する為に編み出した炎技の合体攻撃だ。

 

 それは単に”かえんほうしゃ”を二匹が一斉に放つだけでは無く、今のアキラ達で出来るであろう準備をした最大級のものだ。

 まずはブーバーが覚えた”にほんばれ”によって、日差しを強めることでほのおタイプの威力を高めると同時に一帯に注がれる熱によってみずタイプやこおりタイプの力を弱める。

 更にドーブルが”せいちょう”と呼ばれるポケモンの特殊攻撃を上げる技を使うことで、自らの特殊攻撃に関する能力を最大限に高める。

 高めた能力は”じこあんじ”を覚えているゲンガーとヤドキングがコピーして、同じくドーブルが覚えている技である”バトンタッチ”を”ものまね”で使える様にすることで高めた能力をカイリューとブーバーに託す。

 そして高めた能力を引き継いだ二匹は、ほのおタイプの技を存分に発揮出来る環境下で最大にまで高めた特殊攻撃で”かえんほうしゃ”を放つ。

 

 本当なら手持ち全員で同じことをやった方が遥かに威力は上がる。

 しかし、それでは流石に時間が掛かり過ぎるのと威力が増し過ぎた炎を口から放つことでの反動で体内にダメージが及ぶなどの負担がある。

 その為、ほのおタイプであるブーバーと素の能力が高くて強靭な肉体を持つカイリューが主軸を担っている。

 

 有利な環境を整え、能力を最大限に高めると言った現状で考えられる手を尽くした上で放たれた二匹の”かえんほうしゃ”は、単に表面を焦がすどころか激しい火花を散らしながら地面を削る勢いで迫る。

 

 そして巨大イノムーも”ねむる”による体力回復が済んだのか、目覚めるや押し寄せる炎の壁に対抗して”ふぶき”を放つ。

 だが対ヤナギを想定してアキラが考案した最大火力の”かえんほうしゃ”の合体技は、いとも簡単に”ふぶき”を呑み込む形で押し切り、巨大イノムーの巨体は押し寄せる業火に呆気なく呑まれた。

 

 呑み込んでからも二匹は一切気を緩めなかったが、やがて萎む様に口から放たれていた炎は止まっていく。

 完全に口から炎が出なくなると、疲れた様にカイリューとブーバーは息を荒くするが、あまりの威力の高さ故に口内が焼けたのか炎が止まっても二匹の口からは煙が少しだけ上がっていた。

 

 そして二匹が炎を放った射線上は、言葉でどう表現したら良いのかアキラにはわからない光景が広がっていた。

 地面は熱で黒く染まるどころか穿ったかの様に抉れており、融けたのか所々で未だに熱せられた地面が赤い光を放っていた。

 練習ではタンバの海に向かって放っていたので、地上ではここまでとは少し予想していなかったが、視線の先に小さな点ではあるがアキラの視力でギリギリ認識出来る先に何かが見えた。

 

「…リュット、どうなったのか確認したいから連れて行って貰えないかな?」

 

 アキラは疲れているところを悪いと思いながらもカイリューに頼む。

 疲れた様に呼吸をしていたドラゴンポケモンではあったが、息を整えると彼の体を抱え込んで軽く飛翔する。

 しばらく宙を舞っていると、一直線に黒く焦げた地面の先に巨大な黒い物体が転がっているのがハッキリと見えて来た。

 

 それは先程の巨大イノムーだった。

 ”かえんほうしゃ”の業火に呑まれた後、全身を覆う分厚い毛は全て黒焦げになるまで焼かれ、炎の勢いに押されてここまで吹き飛ばされたのだ。

 近くに着地するとアキラはカイリューの手から離れて、目の前に転がっているいのししポケモンの様子を見ていく。

 

 普通のポケモンに対してぶつけるには過剰過ぎる火力ではあったが、巨大イノムーは意識が完全に飛んだ瀕死状態ではあった。

 アキラとしては今回仕掛けた合体技は、カイリューが時たまに引き出せる大技と同等かそれ以上と言っても良い威力と見立てている。

 しかし、ここまでやってもこれが本当にヤナギに通用するかはわからない。それに時間が掛かる複数の協力前提だったりと問題点も多いので、彼は今回使ったこの合体技の今後の実戦での改善点を考える。

 

 軽く一通り考えた後、アキラは改めて周囲を見渡してみるが、もう既に自分達以外の誰かがこの場にいる気配などは感じられなかった。

 先程までの喧騒とは一転してこの静寂、戦いは終わった――否、まだ戦いは終わっていない。

 

 ここだけでなくエンジュシティでシジマが――師が戦っている筈なのだ。

 この場にいたロケット団の多くは撤退したが、巨大イノムーが暴れるまでに自分達が倒して気絶している団員達は結構いる。

 一部の手持ちにそれらの団員の回収と監視を頼んで、自分とカイリューを含めた何匹かを連れて師の加勢へ向かおうかと考えた時、ポケットに入れていた彼のポケギアが鳴り始めた。

 こんな時に一体誰が連絡を、と思ったが、息を落ち着かせてからアキラはポケギアを取り出す。

 

「もしもし…」

『アキラか? お前は今どこで何をしているんだ?』

 

 電話の相手は、今アキラが加勢に向かおうと考えていたシジマであった。

 師は確か、エンジュシティの町中で暴れてるロケット団の対応をしていた筈だ。

 なのにこのタイミングに自分に連絡を入れるのであるなら、考えられる理由は一つだ。

 

「先生…エンジュシティでの騒ぎはどうなったのですか?」

『ロケット団が暴れていたが、警察や加勢してくれたトレーナー達のお陰で何とか抑えることは出来た』

「そうですか。――良かった」

 

 どうやら町の方でのロケット団は何とかなったらしい。

 何だか緊張の糸がプツンと音を立てて切れた様な気がしたが、アキラは気にせず自分の状況についてシジマに報告する。

 

「俺の方は……さっきまで”スズの塔”で企んでいるロケット団と戦っていました」

『”スズの塔”? 何でお前がそこにいるんだ?』

「先生が対処していた町で暴れていたのは恐らく陽動だったのです。幹部みたいな雰囲気を出した男女を見掛けましたので、本命は今自分がいる場所だったみたいです」

 

 町への被害はシジマ達の活躍で恐らくアキラが知っているよりは大きく抑えられたと思われるが、結果的に言えば”スズの塔”絡みでの企みを阻止出来たとは言い難いだろう。

 そもそも”スズの塔”に何の目的があったのか、アキラは知らないのでここが本命だと見ても狙いまではわからない。

 アキラが話す内容を一通り聞いたシジマは、電話越しでもわかるくらい大きなため息を吐く。

 

『理由は後で聞くが、大丈夫なのか?』

「えぇ、かなり疲れましたが大丈夫です」

 

 手持ちを封じられた時は結構ピンチではあったが、幸いなことに目立った外傷を負う事無く何とか乗り切れた。

 肉体が耐えられる限界ギリギリの力を瞬間的であるとはいえ何回も発揮したので目に見えない体の内側はまだ痛むが、少し休めば問題は無いだろう。

 

『こっちは後始末で時間が掛かりそうだが、迎えを向かわせようか?』

「ありがとうございます先生。出来れば警察の方も一緒にお願い出来ませんか? 自分が倒した団員が結構な人数いるみたいなので」

『結構な人数か…わかった。逃がさない様にな』

「はい。最後まで油断はしません」

 

 それを最後にシジマとの通話は切れ、改めてアキラが一息付いた時だった。

 

「ッ…」

 

 唐突に腕や足から感じる痛みとは異なる強い頭痛に襲われて、彼の足元がおぼつかなくなる。

 気が付けば、周囲の動きや時間の流れがゆっくりと見えたり感じられる感覚は消えていた。

 戦いは終わったのだと意識して認識したことで、体が無意識に抑え込んでいた痛みや疲労が一気に押し寄せて来たのだ。

 昔経験した頃よりは大分マシではあったが、それでも足に力が入らなく平衡感覚が曖昧になる。

 

 思わず倒れそうになるが、そんなアキラの背中を何かが支えてくれた。

 ぼんやりと顔を上げると、見下ろす形でこちらの顔を覗いているカイリューの姿が見えた。

 どうやらカイリューが腕で自分の背中を支えてくれているらしい。

 

「ごめんリュット。少し気が抜けてしまったみたい」

 

 軽く謝ると、カイリューはアキラを抱え上げて再び空を舞う。

 行き先はさっきまで自分達が居た場所ではあったが、カイリューとアキラが戻った頃には置いていった手持ちポケモン達は既に次の行動を取っていた。

 それは倒れていたロケット団とそのポケモン達を監視しやすい様に一箇所に集めることだ。

 途中から巨大イノムーを倒すことに集中していた為、逃げていくロケット団に追撃を仕掛けることは無かったが、それでも途中まで戦っていたのだ。

 

 気絶している仲間を回収する団員も居たが、それでもアキラ達が倒したり巻き込んで気絶に追い込んだ人数の方が多かったので、回収し切れずに倒れている団員をそこら中で見掛ける。

 アキラのポケモン達は、倒したロケット団の団員とそのポケモン達をまるで山を作る様に雑に積み上げていた。そして戻って来たカイリューは、ゆっくりと着地をすると静かにアキラの体を背から支えながら降ろす。

 

「ありがとうリュット……まだまだ俺も鍛えが足りないな」

 

 体の痛む箇所を抑えながら、カイリューに背を支えられたアキラは呟く。

 まだ全身の至る箇所で痛みはまだ残っていたが、頭痛などの耐え難い痛みは和らいではいた。

 最終的にはこちらの圧勝で終われたが、振り返ってみれば危うい点や改善はすぐに幾つでも浮かび上がる。

 特に周囲の動きがゆっくり見え、体感時間が長く感じられる感覚は是非とも自由に発揮出来る様になりたい力だが、まだまだ危機的状況で無い限り引き出せない力だ。

 それが手持ちを封じられた時に発揮されたということは、あれが今回の戦いで一番のピンチであったことを意味している。

 

 下っ端どころか幹部格さえも圧倒出来るのにどうも取りこぼしが多いのは、自分達には追撃戦の経験があまり無いからだろう。

 今まではどうやって逃げるのかを考える側だったのが、今ではどうやって逃さずに追い掛けるのかを考える側になった。

 そのことを今後自分は自覚しなければならないのだろう、とアキラは手持ち達の動きを眺めながら頭痛が残る頭でぼんやりと考えるのだった。




アキラ、スズの塔での戦いを制してロケット団を退ける。

昔に比べれば段違いに強くなっていますが、今までは逃げる手段ばかりを考えていたので、逆の立場である追撃は文字通り追い打ちを掛けるくらいしか出来ないのでアキラは少々苦手です。

申し訳ございませんが、今話で更新は一旦終了になります。
予定ではイツキとカリンとの戦いで連続更新は終わる予定でしたが、思いの外次の話がスラスラと書けたので今話まで更新出来ました。
次の更新で第三章を終えるのは難しいですが、そのくらいにアキラとヤナギとの小競り合いやら激突を予定しているつもりです。
目標としてはポケモンリーグ開催直前までと考えていますが、時間が掛かるようでしたらキリが良い所まで更新を再開致します。

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