SPECIALな冒険記   作:冴龍

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ロケット団強襲

「あぁ、ひどい目に遭った…」

 

 陽は沈み、オツキミ山がある山岳地帯一帯は闇に包まれていた。

 空気が澄んでいるからなのか、夜空の星々はこれ以上無いほど輝きを放っていたが、岩肌が目立つ険しい山道を進むアキラの表情は逆に暗かった。

 彼の表情が暗い原因は、今隣に立っているエレブーだ。

 

 捕まえる気は無かったのに、狙っていたトレーナーの目の前でエレブーをモンスターボールに収めてしまうなど、気まずい以外の何者でも無かった。

 ヒラタ博士と事情を察した短パンの少年の助けを借りて、何とかエレブーを無理矢理ボールの外に出すことは出来た。しかしボールから引き摺り出しても、何故かエレブーはアキラの背中に隠れてしまうので結局状況は変わらなかった。

 

 その所為で理科系っぽい男からは、ネチネチと嫌味やらあれこれ難癖を付けられてややこしい事になったが、短パンの少年の提案の元、ポケモントレーナーらしくポケモンバトルでエレブーの所持権を決めることになった。

 

 エレブーを譲れば問題が解決することはわかっていたが、嫌がっている相手に譲る訳にはいかないと言う正義感にも似た考えもあった為、アキラはその提案を了承した。

 そして勝負は、ミニリュウが相手ポケモンを瞬殺したことで彼の勝利で終わった。

 しかし、それでも男はしつこく「無効試合だ」だの文句を言ってきたが、その往生際の悪さに戦ったミニリュウはキレた。

 

 気に入らないことは理解は出来てもトレーナーを攻撃する暴挙は許す訳にはいかなかったアキラは、この前のジム戦よりは上手くミニリュウを抑え付けることは出来たが、理科系の男は強気から一転して悲鳴を上げながら逃げていった。

 

 そんなこんなでアキラはエレブーを手にする権利を勝ち取ったが、彼自身エレブーを連れて行く気は少しも無かった。そこで比較的良識がありそうなたんぱんこぞうにエレブーを譲ろうとしたが、でんげきポケモンは譲られることに拒否の意思を見せた為、彼は潔く諦めてそのまま去ってしまった。

 

 結局アキラは自分の手元に残ったエレブーをどうするべきか困ったが、運悪く考える間もなく崖の上からゴローンが押し寄せる様に転がり落ちて来たことで移動せざるを得なかった。

 しかも悪いことは重なるものらしく、今も彼らは野生のポケモンからの襲撃を逃れるべく移動を続ける形で山を登っていたが、未だに休めそうな場所には辿り着けていなかった。

 

「――その場凌ぎの為に俺のボールに入ったのなら野生に帰っても良いんだぞ」

 

 隣を歩いているエレブーに問い掛けるが、エレブーは「とんでもない」と言わんばかりに両手を突き出して否定する様に顔と一緒に振る。

 悪知恵が働くからこんな手の込んだ逃げ方をしたのかと思ったが、どうやらエレブーは一緒に行くことを望んでいるらしい。一体自分の何を気に入ったのかアキラは不思議に思うが、目の前への集中を欠いていたからなのか、よじ登っていた岩の一部を掴み損ねて彼は尻から落ちてしまう。

 

「ッ~~~、なんでこんなのばっかなの~~?」

「旅とはそういうものじゃ」

 

 打ち付けた際の激痛に悶絶するアキラに、ヒラタ博士はそれが当然と言わんばかりにあっさりと切り伏せる。

 この短い間に色々あり過ぎて、彼の頭が混乱しそうであった。

 だけど、ここで文句を言っても何も変わる事は無い。アキラは痛みを堪えて立ち上がり、もう一度岩をよじ登っていく。今度はしっかりと集中していたので、掴み損ねることなくしっかりと登れた彼は、岩肌が目立つ少しだけ拓けた場所に辿り着くのだった。

 

「――ようやく休めそうな場所に着いたみたいですね」

 

 周辺を見渡しながら、尖った岩石が所々突き出ている所に彼は足を踏み入れる。

 ヒラタ博士も登って来たことを確認すると、アキラは座れる岩に座り込んで取り出した水筒の麦茶を飲んで一息つくが、何時の間にかエレブーはいなくなっていた。

 

 疑問に思い周囲を見渡してみると、少し離れたところで当のエレブーは興奮した様な足取りでスキップしていた。さっきからエレブーが発端となるトラブルに巻き込まれてばかりなので、注意していないとまた面倒なことになるかもしれない。そう考えながら動きを注視していたら、走っていたエレブーの姿が一瞬で消えた、

 

「消えたって、えっ!?」

 

 瞬間移動でもしたのではないかと思えるほど綺麗に消えたのだ。

 驚きのあまり口に含んだ麦茶を噴き出した彼は、すぐに荷物を纏めて杖代わりにしている木の棒を手するとヒラタ博士を置いてエレブーが消えた辺りに駆け付けた。

 

「どこへ行く?」

「エレブーが消えたんですよ! ――って」

 

 何とか彼はエレブーが消えた現場に辿り着いたが、驚愕の表情を浮かべて絶句した。

 そこには、見たことが無い程に巨大なクレーターが彼の目の前に広がっていたのだ。

 今いるオツキミ山は、隕石が稀に落ちてくることで有名な山だ。

 クレーターなら、ここに来る途中で大小様々なのを既に幾つか見ているが、問題はそのクレーターの中心にあるものだ。

 

 大小様々なケーブルに繋がれた巨大な機械が唸り声の様なハム音を上げていたのだ。

 見た感じでは何らかの装置なのは一目瞭然だが、こんなものがオツキミ山にあることは、アキラは当然見たことも聞いたことが無い。

 

 この世界では自分の常識が通じないことを悟っていたが、この光景ばかりはこの世界でも非常識な様に思えた。気にはなるが、ここに来た目的を思い出したアキラは消えたエレブーを探し始める。色んな所に視線を向けている内に下に目を向けると、転げ落ちたと思われるエレブーが情けない姿を晒してクレーターの底に倒れていた。

 

 何をやっているのかと呆れていたが、すぐに立ち上がってエレブーは巨大な機械に近付く。

 そして両手が装置に触れた瞬間、強烈に眩い光が放たれて、電流が激しく流れる様な音も続いて周囲に轟く。あまりの光の強さにアキラは直視することはできなかったが、次第に光の強さが和らいでいくと、体の黄色の部分を黄金に輝かせたエレブーが満足気に仁王立ちしていた。

 

「どうやら、エレブーはあの装置が作り出す電気エネルギーを吸収した様じゃな」

「勝手に吸収して良いんですか?」

 

 アキラと同様にクレーターの下にいるエレブーの行動を見ていたヒラタ博士は推察を口にするが、一応エレブーのトレーナーである彼はまた頭を抱え込む。そんな彼の心配を余所に、満足できるほどの電気を体内に溜め込んだエレブーは踊る様に喜びを露わにすると、テンションが上がったままクレーターを一気に駆け上がった。

 また勝手にどこかに行ってしまったが、追い掛ける気力は湧かなかったこともあって「もうどうにでもなれ」と思いながらアキラは慎重にクレーターの中心へ降りる。

 

「それにしても、これはなんだ?」

 

 さっきまでエレブーが触れていた謎の巨大装置を前にして、アキラは首を傾げた。

 如何にも発電装置的な機械なので、これに人の手が加わっているのは確実だ。

 今この山で暗躍していると思われるロケット団関係の可能性が一番高いが、こんな重要そうな装置に護衛が一人もいないのもおかしい。ロケット団は可能性の一つと考えて、彼は頭をフル回転させて別の可能性を考え始めたが、わからないことだらけで全く謎は解けなかった。

 

「博士、何でこんなところにこんなものがあるんですか?」

「それはわしも聞きたい。以前この山を調査した時はこんなものは無かったぞ」

 

 困ったのでヒラタ博士に助けを求めるが、彼もまたなぜこんなところに人工物が置いてあるのかわからなかった。調査の為にカントー地方で最も隕石が落ちるオツキミ山に何度か博士も足を踏み入れたことはあるが、こんなものが置いてあるのは一度として見ていない。

 取り敢えずロケット団を頭の片隅に置きながら、改めてアキラは目の前の謎の存在について推測してようとしたが、その前に大切なことを思い出した。

 

「そういえばエレブーの奴どこに行ったんだ?」

 

 ただでさえエレブーと行動を共にしてからトラブルに巻き込まれてばかりなのだから、これ以上面倒事を持ち込んで欲しくは無かった。

 急いで追い掛けようと思ったが、聞き覚えのある悲鳴が耳に届く。

 

 またか、と思いながら今日で何回目か知れない溜息をアキラは吐く。

 念の為ミニリュウ達が入っているボールを両手に持ち、悲鳴が上がった方に意識を向けるとエレブーが転げ落ちてきた。余程慌てていたのか勢いで全身を打ち付けるが、倒れたまま這い蹲ってでも身を守る様にアキラの背中に隠れた。

 

「かなり怯えているな」

「今度は一体何だ?」

 

 エレブーの怯えっぷりに彼は呆れるが、徐々に聞こえてくる力強く土を踏み締めて歩いているかの様な音に眉を顰める。音の正体を考える間もなく、彼らはエレブーの怯えっぷりが妥当だと言わざるを得ない事態に直面した。

 月明かりを背にクレーターに現れた巨大な影、巨体を象徴する剛腕にそれらを支える屈強な足、象徴的な巨大なツノを持ち、一言で表せば「怪獣」と呼べるポケモンが姿を現したのだ。

 

「サ、サイドン?」

 

 予想外過ぎるポケモンの出現にアキラは狼狽え、嫌な汗が頬を流れる。

 ヒラタ博士も、まさかのポケモンの登場に唖然としていた。確かにエレブーが命辛々逃げてきても大袈裟じゃない相手だ。正直言うと、今すぐにでも尻尾を巻いて逃げたい。

 しかし、残念なことに彼らにその選択肢は与えられなかった。

 

 サイドンの隣に、同じく月明かりを背に受けているトレーナーらしき人影が立っていたのだ。

 そして、トレーナーが着ている服の胸には赤い大きなRの文字が描かれている。

 これだけでもう状況は最悪と言っても過言では無い。

 

「フフフ、君達こんなところで何をやっているのかな?」

「――ロケット団」

 

 不敵に笑う団員に、アキラは忌々しそうに組織の名を呟く。

 丁度この時期、ロケット団は何かを探すべくオツキミ山にキョウとその部下達を派遣しているのを知ってはいたが、どうやらまだ探し物を探し続けていたらしい。気が付けば何時の間かクレーターの周りには、サイドンを連れた団員を筆頭とした下っ端らしき団員達が集まっている。

 完全にアキラ達は包囲されていており、逃げ道が一切無かった。

 如何にかしてこの場を切り抜ける方法を彼は考えるが、唯一思い付く策は「ゴリ押し」とあまり当てになりそうも無かった。

 

「?」

 

 感じたことの無い緊張感で足が震え始めた時、アキラはミニリュウが入ったボールが激しく揺れ始めるのを感じ取った。

 様子を窺うと、ミニリュウはボールの中からでもわかる激しい憎悪と怒りで煮え滾っている目付きで「早く出せ」と訴えている。

 

「――抑えるんだリュット」

 

 今のミニリュウの表情から彼は、推測の域を出ていなかった己の考えていたことが正しかったことを察する。ロケット団に酷い目に遭わされたのならミニリュウの怒りは尤もだが、今自身が置かれている状況も考えて欲しい。

 この状況を打開する方法をアキラが必死に考えている間、スカーフを首に巻いた現場指揮官であるハリーは、誰も訪れないと油断して警備要員を発電装置から離れさせていたことを後悔していた。

 

 数日前、”つきのいし”探索部隊の指揮を任されていた大隊長であるキョウは、赤い帽子の少年と戦った後、上からの命令で指揮権とサイドンを中隊長であるハリーに譲ってオツキミ山から去って行った。

 それからさっきに至るまで、装置の警備をしていた団員達も動員して”つきのいし”の探索を続けていたが、作業中に発電装置からの電力供給が途絶えて全ての作業機器がストップしてしまい、確認に来たらこの有り様だ。

 

「まぁいい、小僧と老いぼれを叩きのめしてポケモンを奪うとするか。総員! あいつらからポケモンを奪え!!」

 

 作業を邪魔したからには、ロケット団の恐ろしさを思い知らせてやる。

 憂さ晴らしも兼ねて、ハリーはすぐさま部下達に指示を出す。

 一斉に団員達はクレーターに飛び降りると、各々ポケモンを従えてアキラに襲い掛かって来た。

 

「こんなところでロケット団に遭遇するとは…今日のわしらはついておらんな」

「そうですけど、何とか切り抜けないと全ての努力が水の泡ですよ」

 

 四方から押し寄せてくるロケット団を相手に戦わなければならない状況であるにも関わらず、アキラは自分でも驚くほど冷静に状況を把握する。あまりにも危機的過ぎる状況に感覚が麻痺してしまったのかもしれないが、今この場でロケット団達と戦い、そして勝つか逃げ切らなければどんな目に遭うかわからない。

 覚悟を決めて、アキラはミニリュウにゴース、サンドをボールから召喚した。

 

「勝たなくてもいいから、とにかく逃げる為の突破口を開くんだ!!」

 

 宙を舞うボールから飛び出した三匹は、ミニリュウが”はかいこうせん”で団員達をまとめて吹き飛ばしたのを機に各々独自に戦い始めた。

 

 ゴースは手当たり次第に”あやしいひかり”でポケモン達の仲間割れを引き起こしつつ、正気に戻すきっかけを作りそうな団員達を片っ端から”したでなめる”で封じていく。

 いきなり大技を放ったミニリュウは、相手が仕掛ける仕掛けない関係無くがむしゃらに”れいとうビーム”や”たたきつける”を奮って暴れまくる。

 サンドも二匹に続こうとゴルバットに果敢に挑むが、”すなかけ”を仕掛けても効くどころか逆に怒らせるだけで、ズバット達も交えたゴルバットと団員達から逃げ惑う。

 

 こうして皆が力を合わせれば、突破口の一つや二つは開けそうだが、皆好き勝手に戦っていて殆ど連携していなかった。

 ゴースは自分の仕掛けた技がおもしろい様に決まっていくからなのか攻撃するのに夢中になっており、ミニリュウもただ目の前の敵を倒すことしか見えていない。

 サンドは力不足故に逃げ惑い、トレーナーであるアキラも攻撃の激しさに逃げに徹していて彼らにアドバイスや指示を出すどころではない。

 ヒラタ博士のスリーパーも応戦するが、数の暴力に圧されている。

 

 予想以上に下っ端達の実力が高く、アキラは焦る。

 戦いたくなかったのは事実だが、心の中のどこかでゲーム内の数でしか攻めることが出来ない下っ端団員達と戦う感覚になっていたかもしれない。実際、同じ数の暴力で攻めてきてはいるがゲームとは違い、団員達は連戦ではなくて一斉に攻めてくる。

 これだけでも十分に状況は最悪なのに、さらに事態の悪化を告げる出来事までもが起きる。

 

 ミニリュウが技を放つエネルギーを集めても、途中で集めたエネルギーが萎んでしまう様になるのだ。ゴースの方もいい加減に対策をしてきた団員やそのポケモン達に”ナイトヘッド”を発射しても、途中で消えてしまう。

 ここに来て、今日一日の疲労が出て来てしまったのだ。

 

 今日は野生のポケモンやトレーナーと戦ったので技をたくさん使ったが、その割に休みらしい休みを今日は取っていない。その所為なのか、この肝心な時に二匹はメイン技を出すのに必要なエネルギーが底を尽いてしまったのだ。

 

 彼らはすぐに別の技に切り替えるが、ゴースはミニリュウほど技のバリエーションは多くないからなのか徐々に押され始める。ミニリュウも技では物理的な攻撃で団員とポケモンを相手に応戦するが、これだけの数を相手にするのは辛いのかどこか苦しそうだ。

 

「エレブー!!! 弱気になっている場合じゃない! 手を貸して!」

 

 こうなったら苦肉の策ではあるけれど、実力は未知数のエレブーに助けを求めるしかない。

 さっきは自分の後ろに隠れていたし、自分の事で手一杯かもしれないが僅かな望みを賭けて、発電装置の近くにいる筈のエレブーに助けを求めるが反応は無い。

 走りながらアキラは様子を窺うと、エレブーは複数の団員とそのポケモン達に囲まれて踏まれたり蹴られたりのリンチから身を守るのに精一杯だった。

 

「なんだこいつ弱いぞ!」

「このままやっちまえ!!」

 

 僅かな望みが潰える以上に、エレブーのあまりの無抵抗っぷりにアキラは思わず顔を手で抑えながら天を仰いだ。頼むから少しくらい抵抗して欲しいが、あの様子ではこの戦いが始まってからずっと何も抵抗せずあの様にボコボコされていたのが目に浮かぶ。

 

「年寄りは労わって欲しいが、礼儀がなっておらん若者達じゃな」

「そんなことを言っている場合じゃないですよ!」

 

 徐々に手段が限られてきて、アキラは今まで感じたことが無い強い恐怖心と危機感を抱く。

 元々彼もポケモン達も疲労している状態で戦ったり逃げたりしているので、これ以上体を動かすのは限界が近い。だけど手を打とうにも如何にもならなくて、時間ばかりが過ぎていき、比例する様に残り少ない体力も削られていく。

 

 彼らが限界を迎えつつあることは、クレーターの上で部下達の戦いを見守っていたハリーもすぐにわかった。

 満足に戦える団員やポケモン達はそこそこ削られたが、あれほど最初は猛威を奮っていたゴースは持てる技全てのPPが底を尽いてしまったのか逃げ惑っていた。ミニリュウは”どく”状態に追い込まれて、力尽きるのも時間の問題。ちょっと邪魔だったスリーパーは数で押したことであっという間に戦闘不能、サンドやエレブーに至っては気にする必要も無い。

 このまま数で押し切れば遅かれ早かれ彼らは力尽きるだろうが、どうしてもハリーは不安が拭えなかった。

 

 理由は、数日前の探索を妨害した赤い帽子を被った少年だ。

 あの少年と、今クレーターで部下達と戦ったり逃げたりしている彼は違うのはわかっている。

 だが同年代故か、どうしても姿が重なって見えてしまい気が抜けない。

 

「――念には念を入れるとするか」

 

 合図を出すとサイドンは雄叫びを上げてクレーターへ飛び降り、ハリーも続く。

 クレーターを降りると、ミニリュウに吹き飛ばされた団員とポケモンが飛んでくるがサイドンは悠々と受け止める。

 

 改めて状況を確認するが、もう倒れてもおかしくないにも関わらず、ミニリュウは自分の身に構わず暴れ続けている。エレブーの方は防戦一方だが、打たれ強いのか未だに頭を守る形で体を丸めたままだ。

 そして逃げ回っていたトレーナーと二匹のポケモンは部下達が追い詰めてはいたが、研究者らしき人物を除いた彼らは、悪あがきに手当たり次第に石混じりの”すなかけ”や、身に纏っている有毒ガスを吸わせようとしたり、手に持っている木の棒を振り回すなど抵抗を続けている。

 

「助けでも入らない限りもう意味ねぇのに――終わらせろ」

 

 もう手段を問わずにがむしゃらにここまで必死に抵抗する彼らの姿に、ハリーは勝ち誇って笑いたい衝動に駆られるが、まだ何が起こるのかわからないので詰めの指示をサイドンに出す。

 冷たく命じられたサイドンは、団員達に追い詰められても抵抗するアキラ達目掛けて”いわなだれ”を放つ。木の棒を振り回して暴れていたアキラは、無数の岩が迫っていることに気付くとサンドを抱えてギリギリで避ける。

 辛うじて免れたが、これまでの攻防で服はボロボロ、体は痣や傷だらけ、しかも今さっき避ける際に転んで膝を擦り剥いてしまったことで血が滲み出していた。

 

「諦めな。お前らはもう十分に頑張った。眠らせてやるからありがたく思え」

 

 立ち上がろうとするアキラに近付いてきたハリーは、一片も思っていないことを告げるとサイドンは腕を振り上げた。

 サンドやゴースが抵抗を試みるが、先程まで戦っていた団員のポケモン達からの不意打ちを受けて遂に力尽きる。離れたところで戦っているミニリュウに目を向けるが、ミニリュウも満身創痍の状態で助けに来れそうにない。

 エレブーは未だにリンチを受けており、ヒラタ博士も囲まれて追い詰められている。

 

 もう勝算は殆ど無い。

 

 これは悪い夢だという現実逃避と諦めの考えが脳裏を過ぎり、アキラは顔を俯かせてしまう。

 

 

 その時だった。

 

 

 ロケット団の団員とポケモン達にリンチされていたエレブーが、突然気が狂ったかの様な大声を上げながら、自分を痛めつけていた連中を立ち上がった勢いで纏めて四方に吹き飛ばしたのだ。

 

 すぐさま一部の団員達は、エレブーが反撃に転じたのを察して戦いを挑む。

 ところが今まで受けた仕打ちの倍返しと言わんばかりに、エレブーは挑んでくるポケモンや団員を片っ端から血祭りに挙げていく。さっきまで無抵抗だったエレブーの突然の変貌に誰もが唖然、または気を取られるが、エレブーはアキラが初めて会った時に思い描いていたイメージ以上の凶暴性を発揮して暴れまくる。

 

「何時か反撃してくるとは思っていたが…」

 

 すぐにハリーは、この事態に対処すべくサイドンを向かわせる。先程とは立場が逆転して、今度は痛めつける側に変わったエレブーにロケット団の注意が向いている間に、アキラはサンドとゴースをボールに戻すと静かに立ち上がってハリーから離れようと試みた。

 

「おっと、逃がさねえぜ」

「っ…」

 

 しかし、彼が逃げようとするのを察したハリーはアーボと共に立ち塞がる。

 忌々しそうな表情でアキラは木の棒を構えるが、後ろから”こうそくいどう”で飛び掛かって来たミニリュウがアーボとハリーを纏めて”たたきつける”のフルスイングで叩き飛ばす。吹き飛ばされた彼らは、勢いで突き刺さる様に地面に頭をめり込まらせるとそのまま沈黙した。

 

「リュット……」

 

 「大丈夫か?」と言葉を紡ごうとしたが、その前にミニリュウが倒れる素振りを見せたのでアキラは素早くボールに戻した。

 本当はすぐにでも労ってやりたいが、今の状況ではそんな暇は無い。

 現場指揮官であるハリーがやられたことは、すぐに部下である団員達は知るもエレブーの反撃が激し過ぎて正直それどころではなかった。

 

「なっ、何なんだこいつはぁ――!?」

「ひいぃぃ―!!! もう弱い者イジメはしないから許してくれ――!!」

 

 掌を返すロケット団だったが、白目を剥いて正気なのか疑わしいエレブーがそんな頼みを聞く筈は無かった。懇願虚しく悲鳴を上げた団員数名は、でんげきポケモンが振るった暴力的なアッパースイングで華麗にクレーターの外へと吹き飛ばされる。

 

「これは…まさに九死に一生を得るじゃな」

「よし! 逃げるぞエレブー!」

 

 汚れは酷いが目立った外傷の無いヒラタ博士が、スリーパーをボールに戻しているのを確認してアキラは大声を上げた。

 まだロケット団の団員やポケモン達は残ってはいるが、ほとんどはエレブーの猛攻に怖気づいている。勿論彼も、今のエレブーが素直に自分の言うことを聞くとは思ってもいないのでボールに戻そうとするが、暴れるエレブーの前にサイドンが立ち塞がった。

 

 ピンチではあるが、同時にチャンスでもあった。

 恐らくここにいるロケット団最強戦力であるこのサイドンを屈服させれば、残された団員達は戦意を完全に失って逃げる自分達を追わなくなるだろう。タイプ相性と能力差を考えるとエレブーが圧倒的に不利ではあるが、先程まで奮われていたエレブーの力を信じて彼は勝利を願う。

 

 最後の障害であるサイドンに向き直ると、力瘤ができるほど腕に力を入れてエレブーは自身への鼓舞と相手に対する威嚇をするかの様に雄叫びを上げた。




アキラ、ロケット団の数の暴力に大苦戦するが、エレブーの反撃開始のおかげで形勢逆転。

最近のゲームでは団員が複数同時に挑んでくるパターンがありますけど、普通に考えたら下っ端レベルでも数で押してきたらよっぽどレベルが高くないと無事では済まないと思います。
そしてアキラはこの時点では、まだそのレベルには至れていません。

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