SPECIALな冒険記   作:冴龍

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死闘

 雷鳴の如くカイリューの吠える声が冷えた空気を震わせていた時、アキラは現在状況の把握をしつつ、頭の中でこれから戦う目の前の敵について知っている限りの情報を処理していた。

 

 嫌な予感がすると感じて”いかりのみずうみ”に駆け付けたが、直感通りゴールド達は絶体絶命の危機的状況に追い込まれていた。

 後の流れから考えて彼らが無事だと知っていても、あの状況でどうやって仮面の男から逃れたのかアキラには全く想像出来なかった。寧ろ、()()()()()()()()ならどうやって彼らは逃げ切ったのか知りたいくらいだった。

 倒れていたシルバーの容体については詳しく診れていないが、とにかくもう戦えない彼とまだ戦える力が無いゴールドをこの場から逃がすのが最優先であった。

 

 そしてゴールドとシルバーを最悪の一歩手前にまで追い詰めたのが、今アキラの目の前に立っている仮面の男だ。

 仮面で顔を隠しているが、その正体はチョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。その強さは、アキラの知る限りでは単なる本気を出したジムリーダーの枠では収まらない。

 

 実力のあるトレーナーどころか、強大な力を持った伝説のポケモンが複数挑んだとしても容易に蹴散らすという信じられないレベル。

 仮面の男はこちらを災害扱いしていたが、奴の方がよっぽど災害だ。

 

 今目の前にいるデリバードも種族単位で見たら目立った強さは無いのだが、憶えている限りではヤナギが連れているデリバードは冗談抜きでとんでもない強さと言っても良い。

 具体的な描写は無かったが、記憶が正しければ伝説のポケモンであるホウオウを単騎で相手にしても勝利――捕獲までしているのだから訳が分からない。

 そして纏っているマントの下には、恐らくウリムーが隠れていると推測される。そのウリムーも有り得ない強さと固有の特殊能力と言ってもおかしくない技術を有しているのだから、今は姿を見せなくても全く気が抜けない。

 

「デリバード一匹しか出していない私に対して手持ち九匹か…トレーナーとしての暗黙の了解を破っている以前にプライドは無いのか」

「これは公式戦じゃない。ルール無用の野良バトルだ。特にお前みたいな奴との戦いは、勝敗が生死に直結するんだから、戦い方や手段なんて気にするものじゃない」

「ほう、情けない言葉に思えるが良くわかっているではないか。カントー地方で多くの戦いを経験し、乗り越えて来たことも納得だ」

「…褒めてるつもりかもしれないが、お前やロケット団みたいに、ポケモンの力を利用して堂々と悪事を働いている奴に称賛されても嬉しい訳無いだろ」

「………」

 

 仮面の男は微塵も揺るがないアキラの姿勢に感心した様な声を漏らすが、彼としては興味を持たれない方が良かった。

 ゴールドのお陰で専門外のタイプである手持ちは戦闘不能らしいが、敵の本来の専門分野であるこおりタイプのポケモンは健在だ。

 敵の強さの全容を把握していない筈の手持ち達も、体に入っている力加減から目の前に立っている相手が強敵なのを察している。

 アキラとしても強いことは知っているが、今の自分達でどこまでやれるのか正確にはまだわかっていない。だけどこうして対峙しているだけでも、今まで戦った中で最強と言えるワタルと戦う方が、目の前の男と比べたら遥かにマシと言えるのは確実であった。

 

 反応や話す内容から察するに、今までの敵とは違って自分達に関する情報をある程度把握しているのだろう。そう考えると不利に思えるが、これから戦う敵がどういう存在なのかを知っているという点はこちらも同じだ。

 

「逃げた小僧共もしつこくて邪魔だが、やはり我が計画と配下を悉く蹴散らして狂わせてきたお前が今この地方では一番邪魔な存在だ。放置しておくのは危険過ぎる。だからこそ――」

「固まって全力で防ぐんだ!!!」

 

 デリバードに何かしらの動きの予兆が見えた瞬間、アキラは声を張り上げて手持ち達に伝える。

 

「今ここで消す」

 

 次の瞬間、これまで見たことが無い規模の”ふぶき”がアキラと手持ちポケモン達を襲った。

 かつて戦った氷使いのカンナよりも、経験した中で最も強力な雪と先の鋭い氷柱混じりの冷気の暴風。それに対して、既に彼らは一箇所に集まると個々に行動を起こしていた。

 

 この前の巨大イノムー戦の時にも繰り出した”しんぴのまもり”に”ひかりのかべ”、そして”まもる”などの性質の異なる三種類の防御技を何層にも渡って自分達を包み込む形で展開。

 更に放出された”かえんほうしゃ”の炎を纏わせた強力な念の渦である”サイコウェーブ”も駆使して、辺り一帯を氷の世界に一変させる程の”ふぶき”を、彼らは力を合わせて完全に防ぎ切る。

 

「…今のを凌いだか」

 

 防がれたにも関わらず、仮面の男が発した声は驚きでは無く大して気にしたものでは無かった。

 エンジュシティで戦った巨大イノムーとほぼ同等の威力と規模の”ふぶき”でも、彼にとっては小手調べ程度なのだろう。

 

 ワタルを相手に勝てるくらい力を付けたと自覚している今の自分達でも、公式ルールやルール無用野良バトルのいずれかの条件で正面から戦っても、勝つ可能性が低いのが彼の見立てだ。

 今みたいに後者の形式の方なら、手持ちを総動員出来るのでまだ可能性はあるが、避けられない時を除いては出来る限り戦うことは避けるべきだと考えていた。

 だが幾ら知っていたとしても、今回の様に突発的に望まない時に戦わなければならないことは起こり得るものだ。だからこそ、不本意な時に戦う事になっても良い様に、アキラはヤナギとの戦いを想定して備えてはいた。

 

 自分達を守る様に渦巻いていた炎の渦と何重も重ねて展開していたエネルギーの壁が消えた瞬間、アキラは視界内に捉えたデリバードと仮面の男の動きを読み、すぐに反撃に動く。

 

「サンット、一斉射撃だ!」

 

 一塊になっていた集団からサンドパンがエレブーの肩を借りて跳び上がり、デリバードに向けて”めざめるパワー”や”どくばり”、”スピードスター”などのあらゆる飛び技を速度重視で放つ。

 

 デリバードは飛び上がることでそれらの一斉砲火を避けるが、アキラの合図にヤドキングが手をかざしたりドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、宙を舞っていた体の動きが急に止まり、勢い良く凍り付いた湖に叩き付けられた。

 

 その瞬間、アキラが伝えるまでもなくカイリューの”りゅうのいかり”、ブーバーの”かえんほうしゃ”、エレブーの10まんボルト”、ゲンガーの”ナイトヘッド”、サナギラスの”はかいこうせん”が倒れているデリバードに殺到する。

 相手が誰であろうと一撃で仕留める気満々の同時攻撃。だが倒れているデリバードを中心に竜巻の様な猛吹雪が起こり、放たれた攻撃は全てプレゼントポケモンに到達することなく防がれた。

 

「姿勢を問わずに”ふぶき”が出せるのか。厄介だな」

 

 直接攻撃されている訳ではないが、開放された”ふぶき”の余波によって周囲の空気が一層冷えて、アキラは冷気で肌が痛いのと吐息が更に濃くなるのを感じる。

 さっき使った”ひかりのかべ”のお陰で、しばらくは手持ち達が受ける特殊攻撃によるダメージは軽減出来るが、どこまでその効果があるのかは未知数だ。

 ”ひかりのかべ”以外にも、一定時間の間だけ状態異常になることを防ぐ”しんぴのまもり”も使っているが、それらの効果を無視したり無効化することも平気でやってきてもおかしくないからだ。

 デリバードの動きを念の力で封じると同時に叩き付けていたドーブルとヤドキングも、強力な技の影響で干渉出来なくなったのか構えを解いて次に備える。

 

 やがて”ふぶき”が収まり、周囲に氷と雪が舞う中でデリバードは体を起こすと、構えているアキラ達目掛けて猛スピードで突進してきた。

 勿論アキラ達は一切油断なく神経を集中させていたが、まだ残る雪に姿を紛れさせていたのや()()()()()()()()()を使われて反応が遅れた。

 瞬く間に距離を詰めたデリバードは、その勢いのままブーバーに激突する。ひふきポケモンは咄嗟に手に持った”ふといホネ”で防御したものの、デリバードの勢いは強烈で後ろにいた何匹かを巻き込んで吹き飛ばされる。

 

「”でんこうせっか”が使えるのか…」

「私が単に氷技を力任せに放つしか能が無いとでも思ったか?」

 

 確かに仮面の男ことヤナギは、”ふぶき”と言った氷技以外にも様々な技術を持っている。

 代表的なのは、”スズの塔”で幹部格が使っていた”ほえる”とその応用だ。

 しかし、それらの技術を使うよりも”ふぶき”でゴリ押しをして如何にかする場面ばかりが強く記憶に残っていたので、他の手持ちが見られない時は氷技以外の技や技術に対する警戒が薄かった。

 デリバードに関しても、使える技は”プレゼント”や氷技くらいしか、記憶やこの世界での情報収集でしか得られていないので”でんこうせっか”を使うとは予想していなかった。

 

 ブーバーを含めた何匹かを吹き飛ばした直後、すぐ横にいたカポエラーは両手を構えて、デリバードに”めざめるパワー”を仕掛ける。

 カポエラーが放つ”めざめるパワー”のタイプはほのおだ。当たればそれなりのダメージは期待出来るが、プレゼントポケモンは波動状に放たれた攻撃を軽々と避ける。

 

 仲間の攻撃が躱されることを見越していたのか、”げきりん”のエネルギーを纏ったカイリューの豪腕が振るわれる。しかし、この攻撃もデリバードはまるで風に吹かれる木の葉の様に逃れ、ドラゴンポケモンの横顔を強く蹴り付けて大きく体勢を崩す。

 そんな小柄な体格のどこにそれだけの力があるのかと、思わずアキラは言いたくなったが、敵は常識が通じないどころか今まで戦ってきた常識外れの中でも一番の常識外れなのを改めて思い知った。

 

 強烈な蹴りで体勢を崩したカイリューにデリバードは追撃を仕掛けようとするが、背後から盾の役目を買って出たサナギラスを先頭にカポエラーも続いてプレゼントポケモンに突っ込む。

 デリバードは即座にカイリューへの攻撃を中断すると、瞬時にその両手に剣にも槍にも見える氷柱を形成。咄嗟にだんがんポケモンが発揮した”まもる”の壁を両手の氷柱での連続攻撃で瞬く間に破ると、そのまま二匹を辻斬りの様に斬り付けて返り討ちにする。

 

「動作無しで瞬時に武器生成…」

 

 アキラの目から見て、二匹が仕掛けたのは良いタイミングではあったが、デリバードは難なく対処した。

 やはり動作が伴わない技、或いは特殊技が関係した攻撃や相手の挙動の変化は鋭敏化した目でも見抜きにくい。

 

 もっと敵の動きを良く見て、迅速且つわかりやすく手持ちに伝えなければ

 

 すぐにヤドキングが念の力で大ダメージを受けて動けない二匹を回収するのを見届け、改めてアキラは先手を打つべくデリバードの動きを読むことを意識して両目を大きく見開こうとする。

 だが、違和感を感じて苦々しそうに今にも閉じてしまいそうなまでに目を細めてしまう。

 

「――空気冷え過ぎだろ」

 

 デリバードが操る強力な氷技の影響故に、アキラ達が戦っている周囲の空気は異様に冷たかった。

 最初は吐息が更に濃くなったり、顔などの剥き出しの肌が冷たい空気に晒されて痛く感じる程度の認識だったが、もっとタチの悪いものだった。

 

 冷た過ぎて目がまともに開けていられないのだ。

 

 戦いが進むにつれて放たれる冷気で空気が冷えていき、今では普段の様に目を使おうとすると寒過ぎて痛い上に眼球が凍り付きそうな感覚を覚えてしまうのだ。

 さっきデリバードがサナギラス達を返り討ちにした時も、この違和感に気を取られて上手く敵の動きを伝えることが出来なかった。

 ”すなあらし”みたいにまともに目が見えにくい状況は想定していたが、まさか目を開けていられないまでに空気が冷える状況は想定していなかった。

 気休めでも飛行用のゴーグルを掛けることも頭に浮かぶが、状況は待ってくれないだろう。

 

 弟子達を返り討ちにされた報復なのか、今度は”ふといホネ”を手にしたブーバーと両腕に”かみなりパンチ”を纏ったエレブーが二匹掛かりでデリバードを攻める。

 素早い動きで両手の氷柱を振り回すことで攻防一体を実現するデリバードに対して、得物と電流を流した素手で巧みに防いだり捌きながら、二匹は上手く連携して戦う。

 だが今まで戦ってきた強敵とは違い、デリバードの体格が小柄なのが影響しているのか、かなり戦い辛そうではあった。

 そんな攻防の最中、デリバードが二匹から距離を取って着地した直後、足元から木の根っこみたいなのが飛び出してその体に絡み付いた。

 

「動きを封じるつもりか。ドーブルを狙え!」

 

 少し離れた場所にいるドーブルの動きに、仮面の男は気付く。

 ドーブルは極端に能力は低いが、その代わりに”スケッチ”によって大半の技を身に付けることが出来るポケモンだ。

 直接戦闘ではあまり役に立たなくても、今”つるのムチ”を仕掛けた様に何を覚えているのかわからない存在を放置するのは命取りだと、仮面の男は判断した。

 

 好機と見た二匹が突撃するタイミングに、仮面の男の指示を実行するべくデリバードは全身から冷気を開放。体に絡み付いた”つるのムチ”を瞬く間に凍らせて砕く。

 放たれた冷気が”つるのムチ”だけでなく、広がるにつれて地面を凍らせていくのを見て危険と感じ取ったのか、咄嗟にブーバーとエレブーは攻撃を中止。”かえんほうしゃ”と”10まんボルト”を放って、冷気を近付けさせない様に掻き消しながら離れる。

 

 ”つるのムチ”の拘束と二匹の攻撃から解放されたことで、自由になったデリバードは無数の氷の礫を生み出すと、それらでえかきポケモンを狙う。

 先端が鋭く尖った氷の飛来にドーブルは備えるが、彼女を守る様にサナギラス達を後ろに下げていたヤドキングが前に立ち、自分達を包み込む”サイコウェーブ”を起こすことで氷の礫の軌道を逸らしていく。

 

「狙い撃てサンット!!」

 

 目を気にし過ぎて対応が遅れてしまったが、サンドパンは伸ばした右腕を支える様に左手を添えた体勢で構えると、威力と速度を両立させた”めざめるパワー”を撃つ。

 先端が鋭く尖った光弾は命中直前に空へ逃げられたが、攻撃を止めさせることには成功する。

 

「撃ち落とすんだ!!」

 

 声を張り上げるアキラに、彼の手持ち達はすぐに応える。

 サンドパンは再び上空にいるデリバードに狙いを定めて、両手の爪からマシンガンを彷彿させる勢いと音を轟かせて大量の”どくばり”を連射するだけでなく、背中の棘から無数の”スピードスター”をミサイルの様に発射していく。

 ヤドキングも念の力を込めた掌で地面を殴り付け、衝撃波で周囲の氷や地面を砕きながら巻き上げると、ドーブルは魔法使いの様に手に持った”まがったスプーン”を振ることでそれらを支配下に置き、飛んでいるデリバードへ向けてそれらを飛ばした。

 更にカイリューらによる”りゅうのいかり”などの光線や飛び技も放たれる。

 

 大量の毒針に凍った土の塊や小石、避けても追跡して来る星型の光弾に無数の光線や炎。それぞれ飛ぶ速度が異なるだけでなく、それら全てを避け切るのは無理に思えるほどの弾幕であったが、デリバードが取った行動は予想以上のものだった。

 単純に”ふぶき”で全てを吹き飛ばすのではなく、避けながら両手の氷柱で振るい、まるで舞う様に迫る攻撃を叩き落とすなど縦横無尽に飛び回る。

 

 使う技は高い威力を誇るだけでなく、カイリューを筆頭した大柄な体格が相手でも容易にその体勢を崩せる程の膂力。

 狙いにくい小柄な体格を活かした高い俊敏性。即席で武器を作り出す技術力とつかいこなす対応力。そしてトレーナーの指示の実行速度と判断力。

 耐久面はダメージらしいダメージをあまり与えていないので打たれ強いかはわからないが、最早デリバードの皮を被った別のポケモンとしかアキラには思えなかった。

 

 アキラのポケモン達が仕掛けた激しい弾幕を躱し切り、デリバードは次の標的と言わんばかりにサンドパンへ”でんこうせっか”で一直線に飛ぶ。

 

「お前が得意と聞く格闘戦といこうじゃないか」

 

 仮面の男は楽し気に告げるが、対照的にアキラの表情は得意とする土俵で返り討ちにしてやると意気込んだものではなく、寧ろ苦々しそうなものだった。

 出来る限り()()()()()ことに気付いたらしい。

 

「下手に挑むなサンット!!」

 

 アキラは声を上げるが、既に両者は鋭利な爪と氷の剣で激しく切り結んでいた。

 その光景は、さながら漫画で良く見る目で追うのが困難な速さで切り合う一流の剣の使い手が繰り広げる様な戦いであった。

 ところが徐々に本来なら切り合いも得意な筈のねずみポケモンは、辛そうに顔を歪ませながら押され始める。

 ヤドキングやドーブルも味方の不利を悟って、何とか引き剥がすべくあの手この手を仕掛けるが、デリバードは戦いながら機敏且つ巧みに立ち位置を変えて狙いを定めさせなかった。

 

「エレット、サンットを助けるんだ!」

 

 徐々に味方への誤射の危険性が高まったことで、ヤドキング達が攻撃を躊躇う様になったのを見て、エレブーがサンドパンを庇う様に両者の戦いに割り込む。

 即座に”リフレクター”を張ることで、振るわれた氷柱を正面から防ぐ。しかし、それでもデリバードは止まらなかった。

 

「横から回り込んで来るぞ!」

 

 アキラが声を上げるのとほぼ同時に、デリバードは壁の横から素早く回り込んで両手に形成している氷柱ででんげきポケモンを斬り付けて来た。

 咄嗟にエレブーは”まもる”で最初は防ぐが、間髪入れずに繰り出された次の攻撃で”まもる”の壁は破壊されてしまい、そのまま剣の様に鋭い氷柱の滅多斬りを受ける。

 

 当然エレブーは腕を盾にするなど守りを固めており、”リフレクター”の効果もあって物理的なダメージは軽減されていたが、それでもデリバードの攻撃で体中に大小様々な切り傷が出来ていく。

 だが攻撃に時間を掛け過ぎたのか、さっきの自身の様に横に回り込んだサンドパンと離れたところにいたカイリューやブーバーが猛スピードで突撃する。それらに気付いたデリバードは、腰に下げていた袋から綺麗に包装された数個の箱――”プレゼント”を投げ付けた。

 

「下がれ!!!」

 

 一見すると場違いに思える見た目の技だが、中身は迷惑極まりないものが詰まっている。

 アキラが声を上げた瞬間、それらの箱は大爆発を起こして周辺を吹き飛ばす。

 本来”プレゼント”の威力はランダムで不安定だが、アキラは仮面の男のデリバードなら全てを最大威力で出してくる確信があった。

 

 咄嗟に声を上げたお陰でエレブー以外は直撃を免れたが、それでも爆風によってサンドパン達は吹き飛ばされるか後退を余儀なくされる。

 そんな中、一番近くで爆発に巻き込まれたエレブーだけは、全身を煤で汚しながらも変わらず同じ姿勢で同じ場所に踏み止まっていた。

 中々倒れないエレブーに苛立ったのか、デリバードは片方の氷柱を更に凍らせて瞬く間に巨大化、金槌状にさせて振り下ろす。

 これで奴を仕留める、そんな思惑が籠った一撃であったが、その直後、ずっと身を固めて守っていたエレブーが纏っている空気が一変した。

 

「! デリバード離れ――」

「”がまん”!!!」

 

 嵌められたことに仮面の男は気付くが、時既に遅しだった。

 でんげきポケモンは白目を剥いて狂った様な雄叫びを上げながら、デリバードが振り下ろした巨大な氷の金槌を振り上げた拳で粉砕する。

 

 その威力は凄まじく、デリバードの体は粉砕された時に生じた衝撃と風圧によって、意思に反して後方に弾かれる。

 すぐに体勢を立て直そうとするが、これを逃せば次は無いと言わんばかりに、半分正気を失いながらもエレブーはデリバードの抵抗をものともせず滅茶苦茶に追い立てて行く。

 

「”ずつき”で吹き飛ばせ! 近付けさせるな!!」

 

 肉を切らせて骨を断つを実践したエレブーの”がまん”攻撃。

 耐えている間に受けたダメージを倍返しされるのは危険だと判断した仮面の男の指示に従い、デリバードは一瞬の隙を突いて”ずつき”をかまし、エレブーの体を勢い良く吹き飛ばす。

 

 しかし、息を休める間は無かった。

 

 今度は再び”げきりん”を纏ったカイリューと体から放つ熱を高めたことで”ふといホネ”を熱したブーバーが、二匹掛かりでデリバードに挑んで来たからだ。

 ”ふぶき”で蹴散らそうとしたが、ブーバーが投げた”ホネブーメラン”に邪魔される。

 

 気が付けばカイリューの巨体が目の前に立っていて、すぐにデリバードは砕かれた方の手に氷柱を再形成。小柄で小回りが利く自らの体を最大限に活かして、仕掛けて来た大柄な体格のカイリューが振るう腕を避ける。

 だが、カイリューもそのくらいは予測済みだ。大振りな攻撃になりやすいドラゴンポケモンの隙を俊敏なブーバーが補うことで、二匹は常にデリバードを囲む様な立ち回りで追い詰めていく。

 アキラの手持ちの中では一、二を争う実力を持つ二匹の連携。これ以上無く心強いが、同時にそうでもしなければ勝つのが難しい敵でもあった。

 

「バーット、体を捻らせて避けながら”いわくだき”!」

 

 冷気に耐えながら、可能な限り彼らが繰り広げる攻防を視界に収めて、アキラは手持ち二匹とデリバードの動きを観察、次にするであろう動きを考慮した内容を伝える。

 それもただ口だけでなく、伝えた彼自身も感情が高ぶったのか、頭の中でイメージしているであろう体を捻らせながら腕を振る動きをしていた。

 一見すると意味が無い様に思えるが、例えカイリューの時に経験する一心同体の感覚が無くても、こうすると意外とポケモンにその意図や意思が伝わる事が多いと、シジマの元で修業する過程で学んでいたことだった。

 

 カイリューの攻撃を避け、デリバードがブーバー目掛けて氷柱の剣を振った直後だった。

 ひふきポケモンは素早く”ふといホネ”を宙に放って両手を無手にすると、アキラが口で伝えながら実際にやったみたいに体を捻らせながら回避、そのまま流れる様に裏拳で氷柱を真横から殴り付けて砕いた。

 

「むっ!」

 

 これには仮面の男も驚く。

 今の攻防の中で攻撃を避けるだけでなく、その最中で的確に砕くなど指示する方もだがまさかこうも完璧に実行するとは思っていなかったからだ。

 

 僅かな動揺で動きが鈍ってしまった時、ブーバーは雄叫びを上げながらデリバードを顎の下から勢いよく蹴り上げる。

 体の構造上、顎から下に強烈な衝撃を与えれば、大抵の敵の動きは一時的に鈍る。そしてそれは仮面の男のデリバードも例外では無かった。

 頭を強く揺さぶられる衝撃に、宙を舞うデリバードの意識に空白が生まれる。そして、生まれたその隙をカイリューは逃さなかった。

 

 ドラゴンタイプのエネルギー――”げきりん”のオーラを纏った拳をハンマーの様に振り下ろし、殴り付けたデリバードを爆音と共に地面に叩き付ける。

 想像を絶するダメージにデリバードの意識は飛び掛ける。さっきまで数の差をものともせずに圧倒してきたが、一度リズムを崩されてしまうと数で勝るアキラ達の方が有利だ。

 相応の攻撃を受けても耐えられる自信はあったが、ブーバーとカイリューの攻撃は――力は、とてもではないが耐えられるものでは無かった。

 激痛とあやふやな意識の中、デリバードは無我夢中で地面から体を起こそうとするが、容赦無い攻撃はこれで終わりでは無かった。

 

 先程吹き飛ばしたエレブーが、変わらず暴走したまま戻って来たのだ。

 

「決めろぉぉー!!!」

 

 大きな声でデリバード目掛けて跳び掛かるエレブーへ吠えながら、アキラは拳を振り下ろす。

 彼の動きと雄叫びに呼応するかの様に、でんげきポケモンの倍返しが込められた拳が、落雷の如くプレゼントポケモン目掛けて振り下ろされる瞬間だった。

 

「デリバード!!!」

 

 でんげきポケモンの拳が届く正にその直前、仮面の男が手持ちの名を叫んだ。

 その瞬間、伏していたデリバードを中心に猛烈な”ふぶき”が吹き荒れ、エレブーとカイリュー、ブーバーの三匹は抗うことすら敵わずに吹き飛ばされて、地面を転げたり叩き付けられる。

 

「……何て奴だ」

 

 ようやく追い詰めた筈なのに、あっさりと引っ繰り返されたことにアキラは悔しそうに歯を食い縛る。

 どんなに不利な逆境でも力押しで強引に突破するその姿は、正に彼が警戒していた仮面の男そのものだった。

 奥の手以外にもまだ使っていない策はあるが、やはり手強い。元の世界で、最強のトレーナーと言われるのも納得だ。まだ自分達が戦えるのが不思議に思えてしまうくらいにだ。

 

 だけど何よりアキラが驚いていたのは、仮面の男とデリバードの一連の動きに既視感を感じてしまったことだ。

 それは仮面の男――ヤナギがデリバードの名を呼んだ時だ。

 焦りも含まれていたが、トレーナーが危機に陥ったポケモンに呼び掛ける様な、こうして対峙した時のやり取りからは全くイメージすることが出来ない悪党らしからぬ懸命な声。

 その直後にデリバードがこの戦いの中で一番の”ふぶき”で逆転したこと、まるでレッドと戦っている時、追い詰めた際に彼と手持ちポケモンとの意思疎通が段違いに早くなるのを彷彿させたからだ。

 

 だが、幾ら同じ実力者の世界に立っているとはいえ、数々の悪行に手を染めている存在に友人にしてライバルを重ねて見てしまうなどレッドに失礼過ぎる。

 すぐにアキラは己を恥じて、手持ち達の状況を確認しながら未だ吹き荒れる氷の竜巻と仮面の男の動向からも目を離さなかった。

 

 そして”ふぶき”が弱まった時、一目でわかるくらい大きなダメージを受けてはいたが、まだ戦えると言わんばかりに強い意志の宿った目で立つデリバードが仮面の男と共に姿を見せた。

 

「…さっきのブーバーへの指示とそれを実現させた動きは敵ながら見事だった。危うくやられそうになった。だが、デリバード一匹に苦戦するなど、思ったよりも大した事が無いな」

「世間的に強く無いと言われるポケモンに苦戦させられたり、負かされることはポケモンバトルではよくある事だ」

 

 戦いが一旦落ち着いたこともあるのか、仮面の男はアキラを嘲笑うが、彼は気にしなかった。

 確かにカイリューを筆頭とした強力なポケモン達が()()()()()で挑んでおきながら、それ程強いポケモンとは言えないデリバード一匹に苦戦するなど普通なら有り得ない。

 普通のトレーナーなら屈辱に感じるだろうが、アキラ達はそうは思わなかった。

 

 本来ならそこまで強いポケモンでは無いデリバードを、全くの別物に思えるまでに強く鍛えたのは紛れもなく仮面の男の育成力が如何に優れているかを物語っているからだ。

 アキラの手持ちにも、能力では大きく劣っているにも関わらず他の手持ちと肩を並べる実力を持つサンドパンと追い付こうとしているドーブルがいる。他にもレッドのピカチュウやサカキのスピアーなどの規格外はいるので、世間的に弱いとされるポケモンに負けていることに彼らは何も恥と感じていなかった。

 

「随分と冷静だな。だが、それも何時まで持つかな?」

 

 仮面の男とデリバードの気迫が更に強まったのを見て、アキラは改めて気を引き締める。

 ここで取り逃がせば情報を持ち帰られるだけでなく、その情報を元に対策を練られたり、更に力を付けられるかもしれないから仮面の男としては逃がしたくないだろう。

 アキラとしても、相手の力量や使う手段をある程度把握していても結局は苦戦を強いられているので、デリバードが弱っていても一切気が抜けなかった。

 それこそ、久し振りに「死」の概念が脳裏を過ぎってもおかしくないくらいにだ。




アキラ、仮面の男とデリバードに総力戦で挑むも大苦戦を強いられる。

次回、この戦いに備えていた奥の手をぶつけます。


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